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その道の先に  作者: たけのこ派
第四部/クリスマス編
99/126

4-7/刻限

前回のあらすじ

主人公(表)、戦闘中。だいぶヤバい。

主人公(裏)、これから戦闘、だいぶヤバい。


「——前に出るな! 退路を作ることを最優先しろ! 我々の任務を忘れるな!」


 雪下に響く、兵長の号令。張り上げられるその声を受け、隊員たちが駆け抜ける。

 口を開くことすら難しいはずの傷を負ってなお、兵長は陣頭に立って指揮を振るう。その様子はまさしく、鬼気迫ると言うに相応しいものだ。


「佐野、後ろを」


「了解——雨宮くん、こっちへ!」


 陣形を組んだ隊員たちが、途切れることなく攻撃を繰り出していく。滑らかなその動きは、幾度繰り返されたのかも分からぬほどに淀みない。

 個の力ではない、徹底的に練り上げられた数の力。磨き抜かれた統率に、終始優勢を保っていた“騎士”が初めて後退する。


「雨宮くん、今のうちに樋笠くんを連れて撤退を。俺たちは同行出来ないけど、直ぐに本部から救援が来るはずだ。……君たちの背後(うしろ)は、日本星皇軍が必ず守ってみせる」


 震えながらも断言するその口ぶりにあるのは、確かな覚悟と意志の強さか。

 巧みな攻勢に押され、徐々に離れた方向へと誘導されていく星屑(ダスト)。攻撃の合間を縫うようにして、佐野隊員が俺を引き起こす。

 満身(まんしん)創痍(そうい)の人間に、護衛のひとつも付けられない。それは取りも直さず、今の彼らに余裕がないことを証明するものだ。あまりにギリギリの戦力で渡り合いながら、それでも彼らは俺たちを逃がすことだけを考えている。


「……わかりました。兵長は?」


「ありがたい申し出ですが、私はまだやるべきことがありますので。心配せずとも、私の能力は多少応用が利きまして。止血程度なら簡単に済ませられます」


 そう口にする兵長の額には、しかし大粒の玉汗が滲んでいる。

 土手っ腹に穴を開けられてなお立ち続けるなど、およそ常人には不可能なはずだ。俺と樋笠がいくら重傷を負っていようと、いの一番に逃がすべき人間が兵長であることは疑いようもない。

 だが。そんな無理も押し通すと言わんばかりに、兵長は気力と意志の力で前を向く。


「……すぐに援軍を連れてきます。それまで、どうか」


「それは君たちの役割じゃありませんよ——さあ、早く!」


 沈痛な樋笠の言葉に、兵長はただ小さく苦笑を返す。

 ふらつく俺とは対照的に、確かな足取りで立ち上がる樋笠。話すことはそれきりだと言わんばかりに、大きな手が背に触れる。


「各員、手を緩めるな! 日本星皇軍の威信にかけて、彼らの道は必ず守り抜け!」


 押し出された勢いをそのままに、つんのめるようにして前へと駆け出す。

 背後にこだまする声を信じるからこそ、振り返ることは決してしない。立ち止まって時間を無駄にするなど、それこそ彼らに対する裏切りだ。

 一歩を踏み出すことすら、重労働と言っていいほどに身体が重い。それでも足を止めれば、それきり動けなくなることは分かりきっている。


「俊、こっちだ——」


 負傷などものともしない体捌(たいさば)きで、樋笠が先導するかのごとく駆けていく。

 兵長ほどではないとはいえ、彼もまた全身に裂傷を負っているはずだ。血まみれにも関わらず、本調子となんら遜色(そんしょく)ない動きを見せるそのさまは、感嘆を通り越していっそ恐ろしい。

 主戦場となっているポイント02から離れ、小さく狭い脇道へと入り込む。進むごとに遠ざかる敵との距離も、その存在感の大きさの前では些細なものだ。

 たった一歩でも遠ざかったと取るか、より救援に向かい辛くなったと取るか。逃がされた身にも関わらず、そんな思考が頭を()ぎる。

 あれだけの戦力を投入しても、何ら過剰なものではないと——ともすれば不足しているのではないかと、そう思えてしまうほどに。こうして離れたことで、より一層あれが「敵」であるという事実に震えそうになる。


「……っ、おわ」


 それは、こんな状況で場違いなことを考える俺に下った天罰か。

 足元すら覚束(おぼつか)ない中で、思考にリソースを割いていた俺を(いさ)めるかのように。せり出した木の根に足を取られ、情けない声をあげて豪快にすっ転ぶ。


「おっと、危ない——怪我は?」


「……おかげさまで」


 もちろん。無様に尻餅をつく前に、助けの手が差し伸べられるわけだが。

 いつものごとく差し出された手に捕まり、何とか二本の足で踏み止まる。

 仮初(かりそめ)にも敵の目から逃れたことで、緊張の糸が切れたのか。偶発的とはいえようやく落ちた速度は、それだけ驚異から遠く離れたことの証明だ。

 なまじ考える時間が出てきたことで、一本化されていた思考がほうぼうに枝分かれし始める。良からぬことを考えてしまうのも、裏を返せばそれだけの余裕があるからこそだ。


「少しペースを落とそうか。僕も正直、走り続けるのは辛くなってきたところだし」


 息ひとつ上がっていないにも関わらず、樋笠はそんな言葉を口にする。

 全力疾走から小走り程度まで落ちた速度は、あからさまに俺の状態を見かねたものだ。それをおくびにも出さずにこなしてしまうのだから、まったくもってこの男は厄介極まりない。


「……怪我はいいのか」


「この程度なら何とでも。君の方こそ、かなり無理をしているだろう? 急いで走るより、確実に一歩ずつ、だよ」


「さっきよりはだいぶマシになった。……慣れただけかもな」


 不器用なりに気を遣った結果、こちらを心配する声が返ってくる。

 先の特攻といい、明らかに俺よりも樋笠の方が負傷が多いはずなのだが、そんな人間に心配されたら何も言い返せない。一発一発はかすり傷とはいえ、その出血量はシャレになってないはずなんだがなあ……。

 少しでも足を止めれば、肩に雪が降り積もりそうなほどの吹雪の中。痛む全身を引き()り、夜闇をかき分けてひた進む。


「…………アレ、何だ?」


「特A級の星屑(ダスト)……と、滝川さんは言っていたね。比較できるほど星屑と戦ったことがないから、正確なところがどれほどのものかはわからないけど——一筋縄でいく相手でないことは、肌感覚でわかる」


 打てば響くような返事の速さは、彼も同じことを考えていたからか。思考を彼方へと彷徨(さまよ)わせるのは、今ここにある身体の痛みから意識を引き剥がしたいがゆえだ。

 特A級、固有名持ちの個体。それがどれほど恐ろしいものかは、この身体で痛いほど味わった。

 形態変化に豊富な攻め手、果てはこちらを罠にかける知能まで用意しているのだから、こちらからすればたまったものではない。今話題のS級がこの更に上だというのであれば、国難扱いされるのもなるほど納得だ。


 だが。奴の本質は、きっとそれとは全く別のところにある。


 俺と樋笠、そして兵長の3人だけでも、第一形態の時点ではある程度優勢だった。全員が健在であったのなら、第二形態を相手にしてもある程度は勝負ができただろう。

 単純な戦闘力の高さだけで特A級を名乗るには、奴は今ひとつの能力値と言わざるを得ない。第二形態がどれだけの戦闘力を有しているにしろ、背負う名にふさわしいだけの手札は未だ隠し持っているはずだ。

 “シャウラ”。そう名付けられたのであれば、その名前には必ず意味がある。


「……ああ、くそ。ダメだ」


 何かが繋がりそうな思考は、しかしあと一歩のところでまとまらずに消えていく。

 喉奥に引っかかった小骨のような、形にならない僅かな違和感。あと少しで掴めそうだったそれは、しかし身体中を駆け巡る疼痛(とうつう)に上書きされてしまう。

 

「何にせよ、腰を落ち着けるのが先決だ。考え事は安全圏でもできるからね」


「管制塔までは?」


「あと少しだよ。今は見えにくいけど、そこを出ればもうすぐだ」


 最悪に近い視界の中でも、樋笠は最短経路をしっかりと認識しているらしい。明快かつ端的な返答に、つくづく自分とのレベルの差を感じ取る。

 どれだけ苛烈(かれつ)な状況下にあっても、常に視野を広く保っている。その完璧さ、完成された在り方は、きっと最期の時まで一切乱れることはないのだろうと——そんなふうに、(よこしま)な確信が持ててしまう。


「なあ」


 その高潔さを。

 一本の芯を貫く、美しいまでの在り方を。


「ん?」


「や、大したことではないんだが。……なんとなく、言っとこうと思ってな」


 少しだけ、羨ましいと思う。


「……なんか、悪いな。また、助けられた」


 刹那が極限にまで引き伸ばされた一瞬が、記憶の中に蘇る。

 あの「扉」を開こうとすることは、生き残るために必要な選択だった。あの瞬間、俺が何よりも求めていたものが、きっとあの扉の向こうにはあったはずだ。


 だが、それは。一度進めば戻れなくなる、向こう側への片道切符に他ならない。


 雨宮俊、と。

 あの時確かに聞こえた声が、耳の奥で未だに響いている。


「受けた恩は返す主義なんだがな。こう毎度毎度助けられてると、そろそろ返せないレベルの負債になってそうで困る」


 きっと、また揺れる。どれだけ覚悟を決めたふりをしていようとも、それを止められるはずもない。

 あの時踏みとどまれたのは、樋笠の声があったからだった。決して大きくはない、それでも魂にまで届く声が、俺を扉の前から引き戻した。

 今度は、どうなるかわからない。本当に踏みとどまれているかすら、こうしている限りでは怪しいものだ。


「恩返しなんて言うなら、僕の方こそ恩を受け取っているよ。それこそ、数えきれないほどにね」


「……言うと思った」


 全身を包む感覚が、わずかな安寧(あんねい)すらも剥ぎ取っていく。

 まるでこれこそが、本来のお前の形だとでも言うように。ひりつくような緊張が、肌を突き刺す焦燥が、どうしようもない歓喜を掻き立てる。

 直感が騒ぐのは、遠い背後に置き去ってきた脅威に対してではない。

 もっと差し迫った危険が、すぐそこに迫っているからだ。


「それでも、恩は返す。受けた恩を忘れるなって、姉にも仕込まれてるもんでな」


 絶望から逃れ、ひたすらに走ってきたその先。

 長い長い森を抜け、ようやく管制塔にたどり着く。

 あれから何分経ったのか、それすらもこの状況では曖昧なままだ。援軍とやらの到着を安全地帯で待っていようかと思ったのだが、現実はそう簡単にいかないらしい。


「これは——」


「敵だ。……どうやら、向こうだけじゃないらしい」


 いち、にい、さん。——たくさん。

 十を超えたあたりで、数えることを放棄した。

 管制塔を取り囲む、無数の星屑(ダスト)。視界が開けた瞬間、出来の悪いゾンビ映画のような光景が俺たちを出迎える。

 包囲網の中心点は、しかしながら管制塔そのものではない。この戦禍(せんか)、絶望的な状況の中にあってなお諦めない者こそが、台風の目足り得るものだ。


「行くぞ」


 大量の星屑、果てのない脅威。

 それに抗う「誰か」が、激しい戦闘を繰り広げている。


「……ああ!」


「気付かれた」。そう認識した時には、既に無数の瞳がこちらを捉えている。

 となれば、その次に来る行動など言うまでもない。

 あれだけ重かった身体が、今は羽のように軽い。負傷のすべてが一瞬で()えたかのように、高揚感が肉体を包み込んでいく。

 震える指先から目を背け、心の奥底にあるものを押さえつける。この衝動を押さえつけるには、今の俺ではあまりにも力不足だ。


 ——()()()()に、出てくる。

 1秒後か、1分後か。あるいはもう既に、デッドラインを突破しているのか。


 確信めいた何かが、はらわたの内で(うごめ)いている。心中をただ一色に染め上げる感情はあまりにも純粋で、それゆえに目前の状況にはあまりにも不釣り合いだ。

 息を吸い込む。今の俺とは決して相容れないモノが、己の底から湧き上がる。

 それとの直面を避けるのならば、取り得る手段はたったひとつしかない。

 殲滅(せんめつ)が先か、それとも時間切れの方が先か。


 戦いは、まだ終わらない。


# # #


 四足歩行、二足歩行、あるいはそれ以外。

 山ほどいる星屑の形状は、ご丁寧にそのすべてがまるっきり異なっている。

 最も手近にいるそれの形状をあげれば、動物とも人間ともつかない獣人と呼ぶのが正しいか。ご丁寧に棍棒(こんぼう)まで持っているあたり、もう少し可愛げがあればゴブリンだかオークだかを名乗る資格もあるだろう。

 じりじりと近づくそれらが管制塔(こちら)に到達するまで、もういかばかりの猶予もない。ゆっくりと、しかし着実に(せば)まっていく包囲網は、当事者からすればホラーそのものだ。

 窓の外から迫る、狂気の具現とでもいうべき大群。百鬼夜行の先陣を切る獣人が、手に持った獲物を振り上げる。


「——2番、召喚(コール)!」


 もちろん。それを黙って見ていられるほど、僕は肝の座った人間じゃない。


 手元ではなく、獣人の直上へ。

 錆び付いた大剣(じんぎ)を召喚し、そのまま押し出すように射出する。銃弾もかくやの勢いで発射される神器が、そのまま獣人を(はりつけ)のごとく地面に縫い止めた。


「謨オ逕滉ス薙r遒コ隱」


「謗帝勁縺吶k」


「豸亥悉縺吶k」


 幾重にも連鎖する、言葉ともうなりともつかぬ不気味な声。嫌悪を掻き立てる不協和音が、周囲の空気を瞬く間に塗り替える。

 扉を蹴飛ばし、弾丸のごとき勢いで管制塔の外へと飛び出す。冷気も可愛く思えるほどの敵意の嵐が、確かな重さを伴って肌に突き刺さる。

 

「「「「髫懷ョウ繧堤「コ隱」」」」


 全身に広がる鳥肌と、それとは比べ物にならないほどの恐怖。想像を簡単に超えてくる絶望が、心を容赦なく叩きのめす。

 群れの先鋒を叩けば多少は警戒してくれるかと思ったけど、どうやらそう上手くはいかないらしい。獣に人間相手の心理戦が通用するとはハナから思ってないけど、こうして事実を突きつけられるのはまた別だ。


「……っ…………!!」


 多対一で時間を稼ぐ訓練はそれなりに積んでいるけど、この数の星屑なんて想定外にすぎる。一発目の不意打ちを成功させ、たった1秒でも膠着(こうちゃく)状態を作り出した、この時点で僕からすれば奇跡にも等しい。

 孤立無援、どころか絶体絶命。もとより対人特化の僕では、星屑の山を相手に時間稼ぎは分が悪すぎる。一匹一匹は雑魚レベルでも、覆せない戦力差にすり潰されるのがオチだ。


 持って5分、あるいはそれ以下。並み居るすべてが敵となり、僕ただ一人に向けて襲い来る。


「……いくぞ」


 己を鼓舞する言葉が、吹雪の中に溶けて消えていく。

 右、二体。左、一体。その後ろから、追加で三体。魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)の行軍を抑え込むには、初手から出し惜しみ無しの全力をぶつける他にない。


「1番、4番、展開(セット)……!」


 いの一番に向かってくる、虎の似姿(にすがた)をとった星屑が一匹。その飛びかかりをいなすように、高速移動(鷲座)分身(兎座)の能力を呼び起こす。

 中心から割けるようにして、僕が二人に「分裂する」。渾身(こんしん)の一撃を(かわ)された虎を、もう一人の僕がバッサリと両断した。


「「讓咏噪繧堤「コ隱」」


 眼前に迫る二体の星屑、そのいずれも二足歩行の獣人型。一難が去ったと思うまもなく、二倍の困難が眼前に立ちふさがる。

 当然、まともに取り合っている時間はない。正面から相手取ろうものなら、一発で詰みが確定してしまう。


「——2番、展開(セット)!」


 相手が二足歩行であるのなら、片足の自由を奪えばいい。地面を突き破るようにして飛び出した二本の鎖が、星屑へと一直線に射出される。

 追尾性を備えた猟犬座(にばん)の鎖が標的に絡みつき、迫り来る脅威を地に引き倒す。雪を撒き散らす二体の星屑は、その後ろから迫る軍勢に容赦なく踏み潰されていく。


「謗帝勁縺吶k」


「……っ!」


 背後から振り下ろされるそれは、さながらなまくらな(ナタ)か。

 風を切る音に気づいて振り返った瞬間、目先10センチの地面に刃が突き刺さる。

 本能で動く獣でありながら、神器の使い方は本能的に心得ている。そのアンバランスさに恐れをなせば、取り返しのつかない隙が生まれるのは明らかだ。

 たった1秒でも躊躇(ためら)ったが最後、次の瞬間には圧倒的な戦力差に飲み込まれる。迫り来る死を先延ばしにしようと思うのなら、できることは全力で逃げ続けるほかにない。


「豸亥悉縺吶k——」


「1番、召喚(コール)!」


 二撃めを繰り出そうとする星屑に向け、先端の欠けた長槍を射出する。対象を背後にいた星屑もろとも串刺しにするその勢いは、言うなれば即席のパイルバンカーか。

 数メートルにも及ぶ飛翔のあと、撃ち出した神器が地に突き刺さる。それを目にしても軍勢は怯むことすらないのだから、まったくもって理不尽な話だ。


「っ……換装(チェンジ)!」


 上空より飛来する、有翼の星屑が数体。同時に側面から押し寄せる獣を、とっさに盾へと形を変えた神器で受け止める。

 左右のみならず、上にまで注意を向ける必要がある。その難易度がどれほどのものかなんて、わざわざ明言するまでもない。

 たった一瞬、されど一瞬。生じてしまった不手際のツケは、次の瞬間にはもう数倍にも膨れ上がっている。

 ただでさえ能力の多重使用でパンク気味の頭が、いよいよもって擦り切れそうなほどに熱くなる。もちろん、その処理落ちを見逃してくれるほど、この状況は甘くもなんともない。


「…………くそ……!!」


「「讓咏噪繧堤「コ隱」」


 追加で二体。息を吸い込む暇すら与えないと言わんばかりに、星屑が怒涛(どとう)の勢いで襲いくる。

 足を止めた。たった一手、それだけのミスですら、一瞬のうちにこの状況を招く。その事実に焦ろうものなら、ここから総崩れになることは想像に難くない。


 足を止めるな。攻め続けろ。その覚悟無しで、今この瞬間を切り抜けることは不可能だ。


 どれだけ危険な状況でも、僕に許される選択肢はただひとつ。攻めの姿勢を捨て去った瞬間に、ゲームオーバーが確定する。


「っ、まだだ——!」


 手札なら、ある。必要なのは、それを切る覚悟だけ。

 たとえ奪ったのだとしても、受け継いだものを背負っていることに変わりはない。その力を使うこともなく犬死にするなんて、それこそ命を奪った彼らに対する冒涜だ。

 5人目の犠牲者、大宮亜里亜。彼の力を、僕は生き残るために使う——!


「……5番、召喚(コール)!!」


 顕現(けんげん)する、合計三対六本の神器——それは、言うなれば巨大な飛輪(チャクラム)

 丸ノコのような薄い刃が、天を裂いて降り注ぐ。


「くらえ……!」


「——————!」


 響き渡る断末魔を、意識から弾き出すようにシャットアウトする。

 高速回転する円形の刃が、群がる星屑をまとめて切り刻む。束の間止まる軍勢の動きは、それが予想外の威力を有していたがゆえか。


換装(チェンジ)……!」


 とっておきの札を切り、ようやく手に入れた得難い隙。攻勢が止まったその1秒、神器を再度剣へと変形させる。

 必要なのは、全面攻撃ではなく一点突破だ。手近にいた星屑の一匹を斬り倒し、包囲網を内側から食い破る。

 額に流れる汗を拭う。背筋を伝う冷たいものが、まだ生きていることを知らしめてくれる。 


「はぁ……はぁ、っ……!」


 一向に整わない呼吸と、暴走列車のごとく加速する動悸。この状況を端的に表すなら、「追い詰められている」と言う他にない。

 5分か、あるいは10分か。もう何分も経過したような気がする一方で、たった10秒すら経過していないように思えてしまう。


「くそ……あと、何分……!!」


 目標の2分を稼げているかどうかすら、今の状況では確認するすべがない。最小限、ワンセットの攻防で収めているはずなのに、それでも手数は圧倒的なまでに不足している。

 もう一人の(ぶんしん)も、今ここにいる僕と似たり寄ったりの状況だ。いくら二倍の戦力がいるとはいえ、僕が二人に増えたところでできることはたかが知れている。

 これだけの手札を乱発しても、敵の数は半分にすら達していない。二の足を踏むこともなく、ただ捕食の本能にのみ従って動くのだから、人間よりもよっぽど厄介だ。


「……まだ、いける」


 滲み出す焦燥と、とめどない指先の震え。気を抜けば溢れそうになる感情を、喉奥の唾もろとも飲み下す。

 坂本さんなら、この群れを薙ぎ払うのに10秒とかからない。鬼島さんなら余裕を崩さないまま、僕と同じ時間で半分は片付けているだろう。

 いない人間を当てにするほど、僕も頭が悪いわけじゃない。それでもこんな状況に陥れば、どうしたって己の至らなさばかりに目が向いてしまう。

 握り直したはずの神器が、手のひらから滑り落ちていく。神器を痛いほどに握りしめても、返ってくるのは無機質な感覚だけだ。

 ここにいるのが、もし僕でなかったら。僕なんかより、よっぽど上手くやれる人がここにいれば。

 極限状態であればあるほど、思考は明後日の方向に駆け出していく。


『す——各員に告ぐ——応答を——』


 でも。


 そんな甘えが許されるほど、この場所は楽な戦場じゃない。


 耳元でがなり立てる砂嵐と、その中でわずかに聞こえてくる滝川さんの声。背後の管制塔から届く通信は、集中しなければ聞き分けられないほどに酷い状態だ。


『通達する——緊急連絡システムに異常あり——エマージェンシーコールは——』


 それでも、よりにもよって。

 ()()()()だけは、はっきりと聞き取れた。


『——救援部隊は来ない。こっちからの連絡が届いていない——』


 ——全身が、硬直する。


 余力と呼べるものなど、最初から残すつもりで動いていない。こうして立っていられるのだって、あとどれだけ持つかわかったものじゃない。

 一人でこの数を相手取れるなんて、最初から考えていなかった。1秒でも長く抑える事だけを念頭に置いていなければ、今の時点で二回は死んでいるはずだ。


「讓咏噪繧堤「コ隱——」


「………………!」


 好機とばかりに押し寄せる獣の群れを、咄嗟に割って入った分身が迎撃する。猟犬の鎖に絡め取られた巨大な熊が、しかし有り余る力でもう一人の僕を弾き飛ばす。


 ——マズい。


 救援が、来ない。

 想定したくなかった最悪の事態が、さも当然のように現実になる。


 ——戦わないと。僕が、今、ここで。


 正隊員はみな、特A級と死闘を演じている。この大群を相手にできるのはたった一人、僕だけだ。

 中学生の頃の馬鹿な僕でも理解できるほどに、その事実は単純だ。今やるべきことが何かなんて、わざわざ明言するまでもない。


 ——管制塔(うしろ)には滝川さんがいる。僕が、やらないと。


 持久戦から殲滅(せんめつ)戦へ。方針を転換するだけだ。

 黙って死ぬことを良しとしないのなら、最初からそれ以外の選択肢なんてない。


「謗帝勁縺吶k——」


「……くそっ…………!」


 一瞬の油断が命取りだと。そんなことを口にしていながら、ふらつく思考は絶望的な隙を(さら)す。

 今度は壁になる分身もいない。襲いかかる星屑を前にして、身体はあまりにも手遅れな迎撃を——


「——おい、こっち見ろ」


 そして。

 耳馴染みのある声が、わずかに聞こえてくると同時。


 ——視界の隅で、巨大な水柱が吹き上がる。

主人公ズ、合流。反撃なるか。


次回は二週間後、日曜夜に投稿予定です。ケツに火が付くどころか最近は爆炎に包まれている作者ですが、第四部はそろそろ折り返し地点に入ります。どうかごゆるりとお楽しみください。


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