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その道の先に  作者: たけのこ派
第四部/クリスマス編
98/126

4-6/戦騎

第二ラウンド、開始。

 身体が、熱い。


 文字通りのゼロ距離で自爆特攻を喰らい、ついでとばかりに地に叩きつけられた。いかに能力で強化された肉体とはいえ、無事で済まないことくらいは馬鹿でも分かる。

 物理的に腹を割った経験なら無くもないが、この手の攻撃はなんだかんだ初めてだ。内臓が潰れているのか、骨が折れているのかはともかく、身体には無視できないダメージが入っている。

 痛みは別にどうとでもなるが、身体を動かす感覚が違ってくるのはいただけない。ゼロコンマ1秒でも動きにタイムラグが生じれば、その瞬間が致命傷だ。

 口の中に広がる鉄の味を吐き捨て、飛びそうになる意識を立て直す。何となれば腹に剣を突き刺してでも意識を保つ算段だったが、どうやら野蛮な手は使わずとも良いらしい。


 ……そうだ。たとえ一瞬たりとも、気を抜くことは許されない。


 目前に在るのは、かつてないほどに明白な脅威。

 己の身そのものを囮とし、俺たちを完全に騙し通した巨体——身に(まと)った外装(よろい)のすべてを吹き飛ばし、こちらに甚大な被害をもたらした“蠍”は、しかしながら。


 傷ひとつないままに、その「本体」を晒していた。


「……く」


 武者震い、ではない。

 ただ。この身に駆け抜ける予感が、かつてないほどの大音声(だいおんじょう)で叫んでいるだけだ。


 外装(ガラクタ)に覆われていた姿を、塔と定義するのならば。

 (あら)わになったその「本体」は、“騎士”と呼称するのがふさわしい。


 纏っていた外殻(よろい)の分厚さを象徴するがごとく、フォルムは全体的に一回り小さくなっている。随分とスマートになったシルエットから放たれるのは、今までとは全く異なる異物感だ。


 それは、言うなれば半人半機——いや、半人半蠍か。


 4本の折れ曲がった脚。やたらと肥大した(ハサミ)。太く長く、先端が鋭利に研ぎ澄まされた尻尾。まるでケンタウロスさながらに、その上に人型の上半身が接続されている。

 “蠍”の中心から「本体」が伸びる外観は、乱暴に(たと)えればT2ファージのような見てくれだ。総計で六本もの腕を生やした“騎士”は、存在を誇示するかのごとく身体を銀色に(きら)めかせる。

 (うずたか)く積み重なる外装(ガラクタ)など、不要な重りでしかなかったと言わんばかりに。

 「本体」を守る真の鎧——美しさすら感じる銀の甲冑が、何よりもソレを“騎士”足らしめていた。


「雨宮くん、樋笠く——何があった、応答を——』


 博士の必死の呼びかけも、耳障(みみざわ)りなノイズにかき消される。通信が再び途切れるまで、もう幾許(いくばく)の猶予もない。


「……ダメだ!」


 不安定な視界の向こうで、樋笠があらん限りの焦りを(にじ)ませる。それがどれほど恐ろしいことか、今更言葉にするまでもない。

 吹き(すさ)ぶ吹雪が、たった一瞬だけ嘘のように澄み渡る。よりにもよってその瞬間だけがはっきりと見えるなど、偶然にしてはあまりに出来すぎだろう。


 ともすれば、それは完成された絵画のようですらあった。


 “騎士”が操る、歪な六本の腕。そのうちの一本、不気味なほどに人間じみた手には、氷柱(つらら)のごとき鋭利なランスが握られている。

 大木ほどの大きさもあるそれは、視界の隅に映った羽虫を叩き潰すかのように。

 あまりにも無慈悲に、初瀬兵長を刺し貫いていた。


「くそ——」


 さながら磔刑(たっけい)に付された罪人か、それとも神に捧げられる供物か。

 降りしきる白と闇に浮かぶ銀、天高く掲げられる人間の早贄(ハヤニエ)。限りなく悪趣味な光景が、聖画のような美しさすら伴って現出する。


「兵長!」


 甲冑の奥、確かにそこに存在するはずの“騎士”の瞳。それは樋笠の叫びにも反応することなく、ただ冷酷な光だけを返す。

 汚物でも振り払うかのような動きで、無造作に腕が振るわれる。己を苦しめた相手を片手間に吹き飛ばした“騎士”は、ボロ切れのごとく地を転がる兵長に一瞥(いちべつ)さえもくれることはない。

 その眼が捉えるのは、この場に残っている二つの獲物。

 “騎士”の次なる標的が、手負いの樋笠拓海と雨宮俊に定められる。


「俊、僕が合図を——振り返らずに走って——」


 必死に叫ばれるその声すら、銀世界の彼方に溶けて消えていく。

 (ほとばし)る濃密な気配は、とても今までの比ではない。ひたひたと近づく死の刃のイメージは、今にも俺の首を飛ばしそうなほどの重厚さに満ちている。


「……っ、く」


 アレにとって、兵長は敵ですらなかった。だというのに、向けられたこの殺意はなんだ。

 腕が(しび)れ、足が震える。(またた)く視界が、遠い耳鳴りが、迫り来る危機の認識すらも困難にさせる。

 5秒、あるいはそれ以下。その死が現実のものとなるまで、残された猶予はたったそれだけ。

 その時間のすべてを使っても、俺が動ける距離は一歩かそこらしかない。無駄な抵抗という言葉がここまで様になるなど、数秒前までは思いもよらなかった。

















 ——ああ。


 本当に、身体が熱い。

















「あ、はは」


 思考が、肉体が、精神が。この身に宿るすべての炎が、果てを知らずに(たかぶ)っていく。

 頭が沸騰し、身体が焼け付く。あまりにも容易に限界を飛び越え、その衝動はなお飽き足らずに加速する。


 ——ようやくだ。ようやく、あの娯楽(カイン)を超える相手が見つかった。


 この半年以上、ずっと待った。

 ずっと。

 ずっと。

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと——。


 ただ、ひたすらに。待って待って、待ち焦がれたのだ。


 であれば。

 

 もう、我慢する必要などないだろう?


「ははははは——」


 右腕をランスと呼ぶならば、左腕のそれはメイスとでも言うべきか。六本、三対の腕のうち一対に握られた獲物は、人間の身にはあまりにも巨大にすぎる。

 “蠍”だった頃とは比べ物にならない俊敏性で、こちらへと距離を詰める“騎士”。樋笠や兵長もかくやという技の冴えは、ソレが獣の範疇(はんちゅう)には収まりきらないことを雄弁に証明するものだ。

 地に突き刺さるランスを回避しても、第二波のメイスが間髪入れずに突き出される。立つことすら危うい今の状況では、それをやり過ごすだけの身体能力など望むべくもない。


「——っぐ、ふ」


 ばぎり、と。一撃を受けとめた盾が、腕もろともに砕け散らんばかりの音を立てる。


 振り下ろされた鉄槌(てっつい)と比べれば、あまりに矮小な左腕の盾。腕どころか全身の感覚がホワイトアウトし、刹那の間をおいて激痛を訴える。

 手加減も何もあったものではない、膂力(りょりょく)の限りを尽くした渾身の一撃。万全であっても耐えられないような攻撃を受けて、この状態の身体が無事であるはずもない。

 頭上から加えられる圧力が、確実に俺を押しつぶしていく。万力のように加わる力に()され、口元から血の塊が吹き出した。


「はは、(いて)えな」


 「問題ない」。

 今この瞬間、こいつの動きは止まっている。


 残された“騎士”の腕は五本。それらすべてが動き出す前に、残った右腕で碧落(ぶき)を引き抜く。

 狙うは正面、外すにはあまりにも大きすぎる的。銃口を向けた瞬間、“騎士”の意識が確かにそこへと集中する。

 冷酷な面貌(なり)をしている割には、存外抜け目なく状況を観察しているらしい。起きているのか寝ているのかも不明瞭だった“蠍”の時に比べれば、随分とわかりやすくなったものだ。


 もっとも。あまりにも分かり易すぎると、攻略の甲斐がないのだが。


「残念」


 撃ち出される水流は、銃口ではなく“騎士”の直下から。

 地に接する四脚が、再度吹き上がる水柱に押されて浮き上がる。前回よりも手応えが軽いのは、あれだけあった装甲がパージされたせいか。

 一度見せた碧落の性能、それを逆手に取った初歩的なフェイク。一発限りの不意打ちで生まれた隙を使い、今度こそ銃口からアンカーを撃ち出す。


 ——もっと。


 銀の甲冑に突き刺さる(びょう)と、磁石さながらに引き寄せられる身体。急激な加速に耐えきれず、満身創痍の肉体が(きし)みをあげる。


 ——もっと。


 (はさみ)を覆っていた盾のような外装も、見事なまでに跡形もなく吹き飛んでいる。その下に隠されていた本来の形状は、蟷螂(カマキリ)のごとき鋭利な双刃だ。

 振るわれる巨大な鎌が、こちらの想像をはるかに上回る速度で振るわれる。六本の腕のどれよりも鋭い一閃は、人間の首など容易く飛ばしてしまうだろう。


 ——もっと、もっと、もっと。


 ギロチンのごとく落ちてくる鎌を紙一重で(かわ)し、“騎士”の首元まで駆け上がる。正面から側面へ、背後にまで一息のうちに回り込めるのは、空中という利点があるからこそだ。

 視線が交錯する。瞳か、それとも別の何かが、甲冑に隠された奥で光り輝く。

 ひたすらに肥大を続け、いつまでも落ちてこない水滴のように。過ぎ去るはずの1秒は全力で抵抗を続け、先に進むことを全力で拒む。


 その()は、次の一手があることを示していた。


「————」


 ぐるり、と。“騎士”が、「回る」。


 四脚に接続された、銀の甲冑に覆われた上半身。フクロウの首さながらに、それが真後ろまで回転する。

 子供がデタラメに(いじ)ったソフビ人形のように、腰から上だけが反対を向く。およそ現実には有り得ないその光景は、一種のシュールさすらも内包したものだ。


「縲碁岑螳ョ菫翫r遒コ隱阪?」


 獲物を手にした二本を近接用とすれば、残り四本の腕は遠距離用か。

 “蠍”の時には不釣り合い極まりなかった腕も、こうして「本体」から生えている様子を目の当たりにすれば納得もいく。六本の腕を状況に応じて使い分ける、それこそがこの“騎士”の本来の戦闘スタイルなのだろう。 

 獲物を握っていない、残り四本の腕。砲塔として機能するすべての腕が、こちらに向けて狙いをつけている。


「………………あ」


 そうだ。俺が望み、俺が願い、俺が焦がれた。


 欲しいものも、欲しかったものも、今まさに目の前にある。この瞬間こそが最上であると、何に恥じることもなく断言できる。




 だが。まだ、足りない。


 


 命を削り、魂を燃やし、すべてを賭け——それすらも超えた先、果ての果てへ。その場所を見ることは、今のままでは叶わない。

 今の俺が至れないというのであれば、何を犠牲にする覚悟もある。だが、そんなことを言っている間に、避けられぬ死が目前に迫っている。


 ()()が欲しい。()()が見たい。どうしても、何よりも、我慢ができない。


「あ——は、」








 であれば。やるべきことなど、たったひとつしかないだろう?


















「あ——は、ははははははははははははははは!!!!」 


 足りない。まだ、足りない——もっと、もっと、もっと!!!


 (さら)け出せ。お前が見たいものを見るために、不要な重石(おもし)は捨て去るべきだ。


 お前(おれ)は知っている。(お前)は知っている。この望みを満たすために、何をすべきかを知っている。

 両手にものを抱えていては、空を飛ぶことなど出来やしない。たったそれだけの、明快極まりない事実なのだから。


『さあ、選べ』


 最初から、「扉」は目の前にある。その先を通るために、不必要なものはここで捨てていく。

 触れた扉の感覚は、意外なほどに暖かい。懐かしさすら覚えるような感覚が、指先から全身を駆け巡る。

 全身を(さいな)む痛みも、間近に迫った死の気配もない。あるのはただ、安堵にも似たような感情だけだ。

 何もかもが()いだ、穏やかな海面のような世界の中。

 ずっと欠けていた何かが、ようやくこの掌の中に収まって——

 


















「————()()()!」


















 叫びが、木霊(こだま)した。


 樋笠の声が届いたことに、きっと大した意味はないのだろう。極限まで高まった感覚が拾い上げた、取るに足らないひとつのノイズでしかない。


 それでも。

 魂より放たれた咆哮(ほうこう)が、俺をこちら側の世界へと引き戻す。


「…………っ!」

 

 振るわれるメイスと、発射される無数の「針」。迫る不可避の死を、目の前で展開された半透明の障壁(バリア)が受け止めている。


「……舐めるな……!」


 意識はおろか、生きているのが不思議なほどの傷を負ってなお。

 その身に宿す矜持(きょうじ)を証明するかのように、初瀬兵長は己の足で地を踏みしめていた。

 必殺の攻撃を阻まれた“騎士”が、初めて兵長へと視線を向ける。構えられる四本の腕は全て、目障りな蝿を消しとばすためのものだ。


「謗帝勁蟇セ雎。繧貞、画峩」


 数多の砲門が火を噴く。俺を串刺しにするはずだった「針」が、目標を変えて兵長へと撃ち出される。

 身を守るバリアが薄いのは、能力(リソース)の大半を俺の方へ回しているからか。なけなしの障害など物の足しにもならないとばかりに、薄い防壁はいとも簡単に打ち砕かれる。


「くそ——」


 声を上げたところで、今の俺に何ができるわけもない。そもそもこの局面において、助けられたのは俺の側だ。

 たった数秒。残された猶予に対して、乗り越えるべき障害はあまりにも多い。

「針」が殺到し、炸裂する。その予想図が避けられない未来になることは、誰の目にも明らかだ。兵長を蹂躙(じゅうりん)する抗いようのない暴力に対して、俺はあまりにも無力にすぎる。


「……頼む!」


「任された」


 となれば。それはまさしく、神頼みとでも言うべきだろう。

 (たと)えるのなら、一条の流星。情けない俺の声に応えるかのごとく、疾風が闇を切り裂いて駆け抜ける。

 俺と同程度の傷を負っているにも関わらず、その動きにまるで不調は見られない。あるいはその継戦能力こそ、彼が持つ戦闘技術の真骨頂か。

 殺到する「針」の群れと、それ以上の速度で渦中へと飛び込む樋笠。肉の一片すらも残らないほどの爆発が、その中心点で巻き起こる。

 どれほどの超人といえど、そこから無傷で生還することは困難を極める。分けても誰かを救出するとなれば、それは奇跡と呼んで差し支えない偉業だろう。


 だが。その奇跡すらも可能にするのが、樋笠拓海という存在だ。


 誰もが不可能だと考えることを、不可能のままに成し遂げる。事理を飛び越えた奇跡を成す、それを英雄と呼ばずして何と呼ぼう。


「樋笠……!」


 血に塗れ、数え切れないほどの傷を受け——それでも五体満足のまま、ふたつの人影が飛び出してくると同時。


 5人分の攻撃が、天幕を破って降り注ぐ。


 タイミングも手際も、これ以上ないほどに完璧な一手。練り上げられた攻撃が表すものは、まさしく日本星皇軍の威信をかけた攻勢だ。


 ——そうだ。不可能を成し遂げるのが、英雄であるとするのならば。

 英雄に手を差し伸べる仲間も、また必ず存在する。


『佐野より管制塔へ!』


 ノイズだらけの通信は、しかしその音声を逃さず拾い上げる。

 限りなく詰みに近い状況でも、決して諦めない者を(たた)えるかのように。絶望を踏破するに足るだけの力が、樋笠拓海の元へと集う。


『日本星皇軍、現着した。……これより、戦闘を開始する』


 今にも崩れ落ちそうな俺たちを庇うかのごとく、“騎士”に応戦する五つの人影。その攻撃のひとつひとつが、星屑の動きを止めるに足るものだ。

 想定外の新手に不意を突かれた“騎士”が、仕切り直しと言わんばかりに距離を取る。苛烈(かれつ)な戦場から一転して、二つの勢力が静寂の中(にら)み合う。


「よく頑張った。……あとは任せてくれ」


 差し伸べられる佐野隊員の手は、天からの(たす)けと言うことすらも大袈裟(おおげさ)ではない。

 (おぞ)ましい(なり)をした“騎士”に相対し、なお怯むことの無い五人の「軍人」。それは英雄の道を開く勇者さながらに、満身創痍の俺たちを引き起こす。

 長い長い戦いが、次のステージに移行したことを示すかのように。

 管制塔からの援軍が、俺たちを背にして並び立っていた。


# # #


「こちら管制塔、応答願う! 雨宮くん、樋笠くん、可能なら今すぐに撤退を——ああ、くそ!」


 途絶する映像と通信に、滝川さんが拳を叩きつける。叩いて調子が戻るなら儲けものだけど、生憎(あいにく)と精密機械はそこまで都合よくできていない。

 通信がまともに繋がったのは、時間にして10秒もないはずだ。何とか最低限の情報は伝えられたけど、それで撤退できるほどに甘い相手じゃない。

 それまで良好だったにも関わらず、監視網が唐突に不調を訴え始めたのが少し前。信号弾が打ち上がったのは、すわ異常かと様子見をしていたまさにその時だった。

 雪に覆われた世界の向こうで、ただならぬ事態が起こっている。必死に拾い上げた一瞬の映像が、その予感を確信に変えた。

 全員の思考を硬直させた、映像に映り込んだ謎の星屑。それを前にして、ほぼノータイムで非常事態宣言エマージェンシーコールを下した滝川さんの判断の速さは、まさしく果断と呼ぶにふさわしい。


『今動かせる全戦力を持って、彼ら3人を救出する。出し惜しみはなしだ』


 滝川さんが下したその指示の通り、既に5人の隊員全員が現場へと向かっている。現在管制塔に残っているのは、連絡業務を引き受けた滝川さんと僕だけだ。

 緊急事態宣言を受けた第二本部から、救援が到着するまでがおよそ3分。5人の援軍が現場に到着するまで、どれだけ少なく見積もっても同程度の時間はかかる。その間、戦場にいる3人が無事である保証はどこにもない。

 彼らの現状を知りたくても、この通信状況が邪魔をする。あの手この手を試す滝川さんですら解決できないあたり、相当に厄介なトラブルであることは疑いようもない。


「……見間違いの可能性はないの? 特A級なんて、いくら何でもタイミングが悪すぎる」


「いいや、これに関しては間違いない。何の因果か、ぼくはアレを直接見たことがあってね——だからこそ、この問題がよりキナ臭くなってくる」


 素朴な疑問に対して飛んでくるのは、あまりにも語気の強い否定の言葉。およそ余裕というものが一切ないそれが、事態が逼迫(ひっぱく)していることをこの上なく端的に伝えてくる。


「見たことがあるってことは、戦闘のデータもあるってこと?」


「いいや、文字通り見ただけだよ。記録(ログ)を隅から隅まで漁ってみたけど、ぼくが前に見た時以外には目撃記録すらもない。もっとも、アレの性質を考えれば、それも仕方がないのかもしれないけどね」


「……性質?」


 頭を抱える滝川さんの言葉には、実感があまりにも(こも)りすぎている。普段とは似ても似つかないその様子に、未知への恐怖よりも疑問が先行してしまう。

 

「特A級の星屑は、一部のはぐれを除いたすべてがS級の眷属(けんぞく)だ。常にS級星屑に付き従い、戦闘では手足となって戦う——S級をボスとするのなら、特A級はナンバー2、腹心ってことになる。中にはS級(ボス)から離れて行動する特A級(腹心)もいるけど、大多数は自分のボスから離れることはないはずなんだ。分けても今出てきたアレは、ボスに付き従うタイプと考えて間違いない」


 ぼくの記憶が正しければね、と付け加える滝川さんの表情は、しかし言葉とは裏腹に確信に満ちている。それはデータだけではない、実体験に裏打ちされたが故のものか。

 でも。その言葉が真実ならば、この状況は更なる危険性を孕んでいることになる。

 

「だったら——」


「だったら、S級の星屑がいなければおかしい。ああ、その考えは間違っていない。……でも、今回に限っては違うんだ。断言できる」


 言葉を中途で(さえぎ)り、思案顔のまま(うな)りを上げる滝川さん。一切の迷いなく言い切られるその様に、状況を推測するピースが少しずつ揃っていく。

 S級に付き従っているはずの特A級が、単独行動していると言える理由。ただ一度、この星屑を見たことがあるという事実だけでは、それは決定的なものにならないはずだ。

 より明快で、より理解が及びやすい理由(もの)——客観的で、誰からの目にも明らかな原因。それを突き詰めれば、自ずと答えは見えてくる。


「……まさか」


 巡り巡る思考は、やがてひとつの解へと行き着く。行き着いてしまう。

 ……そうだ。「S級」と、「不在」。どちらの条件にも合致するものが、今まさに存在しているじゃないか。


「ああ、その通り。特A級星屑“シャウラ”——その親玉は、S級星屑“アンタレス”。今頃坂本さんたちが、全霊をかけて挑んでいる相手だよ」


 冷静に告げられるそれが、却って事態の異常性を際立たせる。

 六本の腕。四本の足。一瞬だけ繋がった映像は、とてもこの世のものとは思えない異様さに満ちていた。アレが眷属でしかないというのなら、その首魁(しゅかい)たるS級の恐ろしさはどれほどのものか。


 いや、そんなことよりも。


「……なんで」


 何故。何故。何故。明らかになった情報が、なおのこと疑問符を加速させる。

 第三本部で総力戦を展開している裏で、その腹心たる星屑がどうしてかこんな場所に居る。それがあまりにも不可解で、だからこそどうしようもなく不気味だ。

 あるいは例のS級星屑に、複雑な策を張り巡らせるだけの知能が備わっている可能性もある。しかし、例えそうだとしても、この気味の悪さは決して消えてはくれないだろう。


「分からない。分からない、けど……明らかに、これは偶然じゃない。わざわざ今日を狙ってきたのも、眷属だけが出てきたのも、この通信妨害だって、必ず意図が絡んでるはずだ」


 言葉は確信とともに。滝川さんのその言葉には、えも言われぬ悔しさが(にじ)んでいる。

 誰が、どうやって、何のために。その疑問点を解消できない限り、僕たちは延々と後手に回る。いくら最悪に近い状況でも、これで嫌がらせが打ち止めだという保証はどこにもない。

 何かが、(なにがし)かが、僕たちを追い詰めることに意義を見出している。それもかなり周到に、十重(とえ)二十重(はたえ)にも策を張り巡らせて。

 となれば。この先に更なる仕掛けがあったとしても、なんらおかしなことはない。


「……くそっ……」


 たった3分、されど3分。雨宮俊と樋笠拓海が生き残るために、その3分はあまりにも大きな壁だ。

 時間を稼ぐことの難しさなんて、今更誰かに説明されるまでもなく分かっている。僕がどれほど気を揉んだところで、戦場にいる彼らの旗色が良くなるわけじゃない。


「……いや」


 それでも。それならそれで、やれることはある。


 考えろ。たとえ戦っていなくても、抗い続けることはできるはずだ。

 剣を()って命を賭す者、それを罠にかけようと動く者。この窓の向こうで何が起こっているのか、それを今俯瞰(ふかん)できるのは僕しかいない。


「ああくそ、これもダメだ。恭平、悪いけどそっちのスイッチ入れてくれ。こうなったら片っ端から——」

 

 そう。()()()()()()()に、どれほどの脅威があったとしても。


 立ち向かわなければ、死ぬだけなのだから。


「……ごめん、滝川さん。今それどころじゃないっぽい」


 仮に襲撃者が居たとして、どこまでが計画のうちなのかなんてわからない。

 だけど。このタイミングにこの数、偶然と言い張るにはあまりにも出来すぎている。

 管制塔(ここ)が孤立した瞬間、完璧なタイミングを見計らってくるなんて——そんな芸当、星皇軍(こっち)の考えとやり口に精通していなければ不可能なはずだ。


「……まさか!」


 息を飲む滝川さんを背にして、時計の竜頭(りゅうず)をガチリと押し込む。無意識下にかけられた制限(ロック)を取り払うと同時、段違いの出力が身体のうちから湧き起こった。


 そうだ。たとえ一瞬たりとも、気を抜くことは許されない。


 外と、内。障壁と呼ぶにはあまりにも頼りない、窓という一枚の薄板を挟んで。


 ——この数が。

 ——(ゲート)以外の場所から。

 ——ものの一匹たりとも、警報にかかることすらもなく。


 数える事も億劫(おっくう)になるほどの視線が、すべてこちらを向いている。


「滝川さんはここに居て。……時間、どれだけ稼げるかはわからないけど」


 本部からの援軍が到着するまで、最速でもあと2分と少し。


 星屑(ぜつぼう)の群れは、すぐ目の前だ。

扉の向こうにあるものは。


次回以降の更新ですが、しばらくは二週に一回の更新にしたいと考えています。更新日時は従来通り、日曜の夜を予定しております。作者は現在絶賛修羅場中のため、今しばらくゆるりとお待ちいただければ幸いです。


次回、ようやく出番到来。魚見、気張る。


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