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その道の先に  作者: たけのこ派
第四部/クリスマス編
94/126

4-2/召集

前回のあらすじ

リア充死すべし! イヤーッ!


※筆者、情けないことに作中時間を一週間間違えていました。現在の作中日時は12/23になります。

 この修正に伴い前話に齟齬が生じたため、該当箇所を修正しております。展開の内容自体に変更はないため、引き続き物語をお楽しみください。

「……飯時だよな? 今」


「もちろん、その認識で合ってるよ。昼休みに“機関”から呼び出されるとか、全国の男子高校生が夢見る展開じゃない?」


「それっぽく言い換えるな。要は職員室みたいなもんだろうが」


 割と険を含んだ俺の声にも、魚見は動じることなくへらりと笑う。どうせこいつのことだし、全部わかった上でへらへらしてそうなんだよなあ……。

 言うまでもなく、純度100パーセントの偏見だ。というか、そもこいつは中継地点に過ぎないのだから、怒りをぶつけること自体がお門違いも甚だしい。

 こいつはあくまで、上からの決定を伝えているだけ。分かってはいるし、こいつにもこいつの苦悩があるとは思うのだが……にしても、あの電話はどうにかならなかったものか。

 いっそ芸術的なまでのタイミングで訪れた、司令部からの緊急招集。その後すぐに軍部棟(ここ)まで走ってきたせいで、結局水無坂との話はなあなあで流れてしまった。

 何よりも水無坂自身が、こういったお堅い話にはうるさい性格だ。私のことはいいからとっとと行け、などと態度で急かされたら、今後の予定がどうのとのんびり話し込んでいるわけにもいかない。

 そう。少なくとも、表面上はケツを叩いて送り出されたのである。……表面上は。


「……はあ……」


 あの目、絶対納得してなかったんだよなあ……。戻ったら何言われるんだろうな……。


 魚見(こいつ)は指令を中継するだけでいいかもしれんが、ヘソを曲げた水無坂(ひめさま)のケアをするのはこちらなのである。貴方がとっとと決めないからこんなことになるのです、だいたい普段からしてどうのこうの……などと、くどくどお叱りの言葉が飛ぶのは避けようもない。今回に関しては全面的に俺が悪いので、まるで言い返せない特典付きだ。


「あ、ちなみに昼からの授業だけど、司令部が直接連絡してくれるってさ。今頃先生に通達が行ってると思うよ」


「授業に遅刻する理由が本部からの呼び出しか。豪勢なもんだな」


「悪くないと思うけどねぇ。いい感じの特別扱い、クラスの人気者にランクアップするチャンスじゃない? 帰ったら質問責めも覚悟しておいたほうがいいかもね」


「……ありえん……」


 クラスメイトと信頼関係があることが前提なんだよなあ、それ。俺が教室に戻ったところで、帰ってくるのは冷たい視線だけだ。

 いくら特別扱いされても、現状の風評ではマイナス評価にしかなり得ない。よく分からんが危なそうなヤツに、またひとつ胡乱(うろん)なエピソードが追加されるだけの話である。


「で、今日は何の話だ。どうせ(ろく)でもないんだろ?」


「焦らない焦らない。僕の口から言うべき話でもなし、とりあえずは席に着くところからってことで——ほい、到着っと」


 歩きながら内容の説明を求めるものの、さすがにその程度で済ませられる話でもないらしい。そうこうしているうちに行き着いた目的地の扉が、魚見によって開け放たれる。

 日本星皇軍第二本部、その司令室。やけに行き交う人が少なかったからか、到着するまでのタイムは前よりもよほど速い。

 久々に訪れるこの場所の様相は、以前に訪れた時そのままだ。肌を刺すヒリついた感覚が、部屋の中に漂う緊張感を如実に伝えてくる。


 しかし。その中で待ち構えていた顔ぶれは、想像とはいささか異なるものだった。


 俺を呼び出した張本人であり、普段なら椅子にどっかと腰掛けているはずの坂本大佐。その姿はどこにもなく、代わりにそのポジションには流川少佐が立っている。

 やたらと上物の椅子に我が物顔で陣取り、書類に目を通しているのは誰であろう博士だ。この人がこちらに出てきている、ということはそれなりに重要な案件なのだろうが、にしては幹部であるはずの鬼島大尉の姿も見当たらない。

 そして、極め付けに——見慣れた軍部のメンツの中にあって、異分子と呼べる存在(せいと)がひとり。


「やあ、久しぶり。さすがの迅速な行動だね」


「急用って言われたからな。……なんか前もやらなかったか、似たようなの」


 そうだったかな、と爽やかに笑う彼がいることに、隠しきれない驚きを覚えつつ。

 久々に会う気がする樋笠(イケメン)の、それでも全く変わらない友誼(ゆうぎ)に安堵する。

 なんだかんだ学年が違うこともあって、樋笠と顔を会わせる機会はそう多くはない。有事が頻発していた一学期ならともかく、平穏無事なこの半年にあってはそれも仕方がないというものだ。


「というわけで、連れてきました。これで全員揃った、かな?」


「ええ、さしあたっては。——それでは、話は私から」


 ささやかな再会と、その隣で展開する本題と思しき話。魚見から話のバトンを引き継ぎ、少佐がこちらに視線を向ける。

 ……しかし、アレだ。少佐に博士、そして樋笠・魚見・俺の学生組とは。

 なんだかなあ、この組み合わせの時点でもうなあ……。疑いようもなく面倒事の予感がしてきたが、さりとてここまで来てしまったからには仕方がない。

 兎にも角にも、まずは話を聞くところからだ。姿勢を正し、襟を正し、意識と耳を一点に傾ける。


「さて。急な呼び出しにも関わらず、集まっていただいたことに感謝を。まずは本題ですが——単刀直入に言うと、皆さんには()()()()をしていただきたいのです」


「……それは、どのような?」


「順を追って説明しましょう。こちらに資料を用意してあります。……といっても、使い回しのものにはなりますが」


 樋笠の疑問にも動じることなく、少佐は落ち着き払った声で対応する。坂本大佐とは比べ物にならない用意周到さ、まさしく第二本部のブレインと呼ぶにふさわしい。

 眼鏡を押し上げる動作を挟んで、彼女は抱えていた資料を俺と樋笠に手渡す。ペラペラと(めく)ってみれば、その紙束は確かに何処かで見覚えがあるものだった。


「もしかして、遠征の件ですか?」


「お察しの通りです。もっとも今回は、もう少し事情が複雑ですが」


 イマイチ繋がりの見えない俺とは裏腹に、樋笠は早くも合点がいったらしい。

 どこで見たんだっけな……などと頭を捻る俺を他所に、彼ら二人は互いに納得したような表情を浮かべている。


「ご存知かもしれませんが、第二本部は年に二回、夏と冬に「遠征」を実施しています。星皇軍全体で見ても大規模かつ稀少な、外部での実地任務です」


「……遠征?」


「ええ。討伐隊を組織し、(ゲート)から表側の世界、中でも星屑(ダスト)の頻出地域へと討って出る。やや大仰な表現ですが、基本的に星屑に対して受け身である星皇軍が、唯一自発的に星屑の駆除を行う機会というわけです。大規模な作戦行動であり、同時に貴重な実地訓練の側面も持っているため、毎回部隊はそれなりに大きなものになります」


 置いてきぼりの俺を見かねたのか、少佐が懇切(こんせつ)丁寧な助け舟を出してくれる。すいません……出来の悪い生徒ですいません……。

 しかし、だ。こうして解説されれば、なるほどと合点できるものもある。


「そういえば、ロビーからして人が少なかったのは——」


「はい。今年は星屑の動きが活性化しているため、討伐隊もそれに見合った規模となっています。第二本部の戦力のうち、3分の1ほどは動員しているでしょうか。これだけの数を動かす作戦は、近年でも例を見ません。まさしく大規模作戦といえるでしょうね。……まったく、タイミングが良いのやら悪いのやら」


 言葉尻に乗せられる、万感の思いが(こも)った吐息。見ようによっては溜め息とも取れるその仕草は、およそ完璧に仕事をこなす少佐らしからぬものだ。


「話を戻しましょう。これは雨宮さんにも覚えがあると思いますが、管制塔は基本的に隊員による持ち回りでの警備体制が取られています。言うまでもなく、遠征中は人員不足でシフトに穴が開くことになりますが……この期間を利用し、毎年職場体験のようなものを行なっている、というわけです。そちらの資料の3ページ目にある——そう、それですね。同じ内容の案内を学院でも掲示しているので、見覚えがあるかもしれません」


「……ああ、そういえば」


 その言葉で、ようやく既視感の正体に思い当たる。

 二週間ほど前から廊下に掲示されていた、やたらと目を惹くプリントの一枚。結局内容は流し見ただけだったが、そういえば星皇軍の職場体験がどうの、などという大層な説明をされていたはずだ。


「学院生の中でも高等部3年、それも軍に進路を定めている学生の参加を募り、管制塔での業務を経験してもらう。こちらとしても、遠征期間中に不足している人員を補うことができるので、あながち的外れな企画とも言えません。ここ数年に実施したうちでは、学生からの評判はおおむね好評でした」


「ま、早い話が1日お仕事体験だね。と言っても夜勤までしっかりやるから、お客様待遇ってわけにもいかないけど」


 脇から挟まれる魚見のコメントは、いかにも見てきたような調子のものだ。お前やたらこのへんの事情に詳しいよな……そろそろ軍部との関係性を(ただ)した方がいい気もするが、生憎とそこまで暇なわけでもない。

 そうだ。今この場において、魚見の素性より大事な話は確かに存在している。


「それで、その職業体験が何か? 将来のためにやっておけって話ですか」


 話の内容からして、恐らくは想像通りのことを要求されるのだろう。確信じみた予想を立てているだけに、コメントもどこか白々しくなってしまう。

 だからこそ。沈痛な面持ちで伏せられた瞳に、これ以上のものが潜んでいるとは思わなかった。


「……そうですね。ここからは、専門家に聞いた方が早いでしょう。というわけで研究顧問、任せても?」


「もちろん。ま、別に専門家ってわけじゃないんだけどね——だけど、とにかく緊急事態だ」


 一歩下がる少佐と入れ替わりに、これまで沈黙を保っていた博士が立ち上がる。

 いやに静かだと思っていたが、それは出番があることを知っていたからか。だが、それを差し引いてもこの表情、見るからにただ事のそれではない。


「演習のため、討伐隊が発ったのが今日の朝。そこから見計らったようなタイミングで、先ほど星皇軍全体に緊急事態宣言が発令された。……原因はそこの資料にある、そいつだ」


 暗に手元の資料を見るよう促され、ページをより先へと()っていく。

 一枚、二枚。文字ばかりのページを数枚(めく)った末、やがて一枚の不鮮明な画像に行き当たる。


「なんだ、これ」


 画質が悪いのか、それとも元からこういった写真なのか。なんとかして見ようとするものの、その実態はイマイチ判然としない。

 いくら目を凝らしてみても、見えてくるのはピントの合わない写真だけだ。暗い上に手ブレまでしているものだから、何が映っているのか全くもって情報が得られない。


星屑(ダスト)だよ。……それも、限りなく特例のね。姿を記録できた時点で僥倖(ぎょうこう)と言っていい。ありとあらゆる記録のなかで、一番マシな写真がそれだ」


 しかし。

 ほぼゼロに等しい情報量の画像を前にして、博士は深刻そのものといった表情でそう告げる。


「識別コード“アンタレス”。クラスSの星屑、超特級の危険存在——単体で国すらも滅ぼしうる、文字通り次元が違う化け物。そんな規格外の存在が今朝、第三本部によって捕捉された。遅くとも今日明日のうちに、日本に上陸する可能性が極めて高い、って予測付きでね」


「識別コード?」


「星皇軍によって観測された星屑の中で、特に危険な存在に付けられる個体名みたいなものさ。具体的にはすべてのS級と一部のA級、優先度が高いと判断されたものに割り振られてる。ま、早い話が二つ名みたいなものだね」


 怪訝(けげん)な顔をする俺を前にして、博士はつらつらと説明を重ねていく。

 その内容それ自体に、およそ理解が及ばないところはない。クラスSの星屑の話は聞いていたし、危険な個体に名前をつけるのも合理的な理屈だ。ネーミングに法則性があるのかは不明だが、なかなかにセンスが良いと言ってもいい。


「……ふうむ」


 いやしかし……クラスS、ねえ。

 聞く限りでは、どうにもとんでもない力を持った星屑らしいが……国ひとつ滅ぼすとまで言われると、対処法はあるのかと不安になってくる。

 蠍の心臓(アンタレス)とやらがどの程度のものかは知らないが、扱いはほとんど台風のそれだ。いかに精鋭を揃えたところで、神風が相手ではみっともなく敗走する他にない。

 要するに、荷物をまとめてとっとと逃げ出しましょう、と。俺としてはてっきり、そういう話かと思ったのだが——


「もちろん、星皇軍もただ指を咥えて見てるわけじゃない。この緊急事態に対して、全本部および支部に厳戒態勢が敷かれることになった。同時に409部隊——つまり星皇軍全体規模での精鋭部隊が召集され、該当地域へと出撃。……日本星皇軍の保有する最高戦力を以て、これを迎え撃つってことになる」


「つまり、ここに坂本大佐がいないのは——」


「ええ。各本部から召集した戦力を第三本部に送り届けたのち、自らも鬼島大尉をはじめとした該当者と目的地に向かわれました。その際預かった指示に従い、こうしてあなたがたをお呼びした、というわけです」


 差し挟まれた少佐のコメントに、そういうことかと得心する。

 大佐の指示にも関わらず居ないのはどういうわけだと思ったが、割と冗談抜きで危急存亡の(とき)ということらしい。総力戦とか精鋭部隊とか、聞いてる側としてはめちゃくちゃ興奮するんだよなあ……や、そんなこと言ってられる状況じゃないのは重々承知の上なんだけども。

 

「それで、厳戒態勢を敷いた結果、演習に向かわせた部隊を呼び戻したと。そういう話か?」


「いや、それなら問題はなかったんだけどね。……あいにくと、事態はもう一段面倒だ」


 自信満々でそう予測したのは、未だ何処かに他人事だという意識があったからか。

 俺のコメントに対して、博士はゆっくりと首を横に振る。珍しく難しい色をしたその表情は和らぐことなく、それどころかより一層厳しさを増していた。


「全国から隊員を搔き集めるには、第二本部ここのマザーゲート——つまり、外結界の(ゲート)の機能が不可欠だ。対象が入口側の門であれば、コレならどんなに離れていようと繋げられるからね。一旦第二本部(ここ)に集めた隊員を、今度はまとめて第三本部の門に飛ばす、これが星皇軍が取り得る最短経路だ」

 

「本当に最短か、それ。マザーゲートとやらを直接繋げるとか、そうすればもっと楽なんじゃないのか」


「ええ、その通りです。ですが現在の技術では、マザーゲート同士の接続は困難を極めます。なるべくやるべきではない——はっきり言ってしまえば、不可能と言って差し(つか)えありません」


 脳裏に(よぎ)る疑問は、星皇祭の折に魚見から伝え聞いた話。それをふと口に出せば、少佐は渋い顔をして(かぶり)を振る。


「これは前にも話したと思うけど、結界というのは家の壁のようなものだ。家の玄関に当たるのが(ゲート)、中でも家の中から外への移動に該当するのがマザーゲート。マザーゲート同士の移動は、言ってしまえば家の内部から内部に移動するってことになる。玄関開けたら他人の家の玄関でした、なんて、そもそも成立しないだろう?」


「……違法建築だな、確かに」


 補足説明に入る博士の言葉で、二つの家の入り口がドッキングした絵面が脳内に描き出される。

 玄関開けたら他人の家、とんでもなくシュールな光景だ。四次元空間的な演出では割とよく見る気もするが、実際に遭遇したらたまったものではない。


「違法建築程度の話ならまだいいけど、あいにくとこの家には(これ)以外に出口がない。それが別の家の入り口と化して、出口としての役割を果たさなくなったらどうなるか……出ても入っても家の中、つまりは結界の大原則である「内と外」の概念が揺らぐことに繋がるわけだ。何処からが結界の内側で、何処からが外側なのか、その基準線が全く使い物にならないってことだからね」


「基礎となる外界を認識した上で、それとは異なった内側を定義するのが結界の本質です。出口(マザーゲート)同士を接続すれば、そこには内側だけが存在することになってしまう。そうなれば結界は形を保てません」


 つらつらと口から講釈を吐き出す博士と、間髪入れず補注を入れる少佐。俺の表情から説明すべきことを汲み取ったのか、その説明には一切の乱れが見られない。

 やたらと息の合った説明を前にして、樋笠は余計な口を挟むこともなく耳を傾けている。魚見はといえばいつも通り、聞いているのかいないのかよく分からない反応を示すだけだ。


「つまり、なんだ。結界どうしをダイレクトに繋ぐことはできない、って認識でいいか?」


「現行の技術ではそうなります。とんでもないコストとリスクを飲み込めば、数分程度の接続は可能ですが……相互干渉の末にどちらか一方、強度の弱い結界が木っ端微塵に吹き飛ぶ危険性があります。もちろん、中にいた人間が無事で済む保証は何処にもありません」


「これに関しちゃブレイクスルーを待つしかない、ってこと。少なくとも今できるやり方じゃ、二つの結界を安定して接続し続けるのは不可能だからね。この限界をひっくり返せるだけの、とんでもない天才の登場を待つしかない」


 我ながら乱雑にも程があるまとめだが、どうやら理解の方向性としては間違っていないらしい。

 代わる代わる繰り出される、しかしいつにも増して遊びのない説明に、ようやく事態が風雲急を告げていることを実感する。

 要するに、結局は複数回の手順を踏む他にないということなのだろう。不可能ではないがリスクが大きすぎる、できるとやれるは違うという好例だ。守るべき日本星皇軍を自分の手で吹っ飛ばすなんて、そんなバカな話もない。


「というわけで、だ。話が多少逸れたけど、召集に当たって結界の内部を手っ取り早く行き来することはできない。第二本部(ここ)のマザーゲートに鞭打って、複数回の移動を実行するしかないわけだけど……残念ながら、これも一筋縄じゃ行かなくてね。きみ、この門の特徴を聞いたことは?」


「燃費が悪いって話なら、もう三回はされてるぞ」


 いや、さすがに三回は盛ったが。二回だったかな……一回ではないと思うんだがな……。

 第二本部のマザーゲートは高性能な代わりに燃費も高い、これまでにも何度か教えられた性質だ。なんなら目の前で頷く博士にも、いつぞや似たような話をされた覚えがあるのだが。


「なんにせよ、話が早くて助かるよ。改めて繰り返すけど、ここのマザーゲートは全国どこでも接続できる代わりに、いささかコスパが悪い。飛ばす対象との距離、対象の数なんかによっては、否応なくガス欠の危機に(さら)されることになる。普段ならこんなこと気にしなくてもいいんだけど——」


「今回は遠征のために、討伐隊を派遣した直後です。その上全国に召集をかけ、まとまった数を第三本部にまで飛ばしています。この上で討伐隊を再度呼び戻すとなれば、()()()の展開に対応できなくなる」


「これより状況が悪くなる、ということですか?」


「可能性がないわけじゃない。これ以上何も起きない、とは口が裂けても言えないからね。戦力を呼び戻さないことが何よりの戦力維持になるなんて、なかなか(ヒネ)くれてる状況だろう?」


 眉根を(ひそ)めた樋笠の問いに、博士は唇を釣り上げて皮肉げな笑みを返す。滅多に見られないその表情は、それだけこの状況が切羽詰まっていることの端的な証左となるものだ。

 第二本部が置かれた現状と、手足を縛り付けるかのごとく付された数々の条件。それらを頭の中で吟味すればするほどに、この上なく明快な事実が浮き上がってくる。


「……つまり、アレか。今の第二本部(ここ)、想像以上にヤバいと」


「ああ、とんでもなくヤバい。戦力の三分の一は外に置いたまま動かせず、精鋭は軒並み他に回されてる。客観的に見て、今の第二本部は歯抜けもいいとこだよ。……それで、話はやっと最初に戻ってくるわけだ」


「ありがとうございます、研究顧問。というわけで、ここからが本題——第二本部からあなた方への「お願い」、その内容ということになります」


 再度前に出る少佐と入れ替わりに、自発的に一歩後ろへと退がる博士。

 自分から説明の場を辞する、などというらしからぬ態度が、より一層非日常感を加速させる。そこに責任を放棄する意思がないことが分かるくらいには、俺も博士に信を置いているつもりだ。


「409部隊の召集によって、管制塔のシフトには更に数人の不足が出ています。それを補うために、二年生以下の高等部の生徒からも、追加募集という形で人員を募ることになりました。雨宮俊さん、樋笠拓海さん——あなた方には特例措置として、管制塔での警備活動に従事していただきたいのです」


「拒否権は?」


「もちろん自由です。ですがあなた方には、他の生徒を寄せ付けないほどの実績があります。こうして特別に召集しているのも、その対応能力に信頼を置くが故のことです」


 その言葉とともに、少佐の頭が良い姿勢を保ったまま下げられる。艶やかな黒髪が一房(ひとふさ)はらりと垂れ、彼女の視線を覆い隠した。

 「実績」。やたらと大それた呼び方をされるそれは、言うまでもなくカイン撃退戦のことだろう。戦果の八割は樋笠のものだと思っているのだが、まさかここまで付いて回ることになるとは露ほども思っていなかった。

 加えて言うのならば——鼻にかけているようで我ながら(シャク)なのだが——星皇祭での一件もある。

 個人と団体で二冠を獲った樋笠は言うに及ばず、俺も大会の裏で問題解決に一枚噛んだ身だ。それらの働きがともども「実績」に換算され、追加の評価を受けていてもおかしくはない。


 ……正直、快諾するにはあまりにも気が重い。

 シンプルに過大評価というか、役割の不適合もいいところである。いくら仮初(かりそめ)の実績があるとはいえ、それで特別扱いされるなどあまりに短絡的な評価だと言わざるを得ない。

 職場体験がどんなものかはわからないが、カイン撃退や星皇祭の警備とはまた勝手が違う。そもそも俺が役に立つという前提で話を進めている時点で、的外れと表現しても差し支えがないくらいだ。


 ——だが。


「事情はわかりました。僕でよければ、喜んで」


 もう一人の当事者である樋笠(かれ)が承認するのならば、俺が何もしないわけにもいかなくなる。


 困っている人がいたのなら、何一つとして躊躇うことはない。その姿勢は非の打ち所のない、「実績」がある人間に相応しい類のものだ。


「……いいのか? だいぶ都合のいい使われ方してるぞ、これ」


「騙されているとすれば、たとえ僕でもそれなりに警戒はするだろうけど……今回がどれだけマズい状況か、今まで丁寧に説明されたからね。それをどうにかできる一助になるなら、僕一人の力ぐらい安いものだよ」


 そう言って笑う彼の口ぶりには、何ひとつとして嫌味なところなどない。

 そこにあるのはたったひとつ、混じり気のない感情の塊。ただ誰かの力になりたいという、裏表のない想いだけだ。


「……わかった。俺も出る」


 友人に働かせておいて、自分一人何もしないというのはあまりにも寝覚めが悪い。それが世話になった先輩であればなおのことだ。

 それにどの道、ここまで内情を聞いてしまった時点で、手を引く意志など持てるはずもない。断るなら一番最初、呼び出しを貰った時点で電話を切るべきだったのだ。

 完全に成り行きに流されて決断を下せば、樋笠は何も言わずにただ微笑む。最初から分かっていた、などという顔をされても嫌味ひとつ感じないのだから、(けだ)し人徳とは重要なものだ。


「それで、日程は? 一日警備とかいう話ですけど、朝から晩までってことでいいんですか」


「より正確には、次の朝の交代時刻までです。もちろん休憩はありますが、その一日間は原則管制塔の中で過ごしていただくことになります」


 これがボランティアの押し付けのようなものになっていることなど、他ならぬ少佐が一番理解しているはずだ。だからこそ彼女は視線を上げ、毅然(きぜん)とした態度で口を開く。


「日程ですが、この事態において重要な日付に配属されることになります。他の生徒では万一の対処が難しい、あなた方の状況即応能力が最も求められるであろうタイミング——S級星屑が上陸し、部隊と交戦する日付がこれに当たります」


 何が起こってもいいように、何が起きても対処できる人間(せいと)を配備する。その範囲を生徒にまで広げた、言うなればたったそれだけのこと。

 身もふたもない言い方をすれば、考えすぎといって差し支えない範疇(はんちゅう)なのだろう。いくら第三支部で死闘が繰り広げられるからといって、遠く離れた第二本部(ここ)に残された人間の任務が変わるわけでもない。

 狼狽(うろた)えることなく、浮き足立つこともない。有事における実績があるお前たちは、いつも通りの業務を遂行する上で適していると——つまるところ、これはそういう話なのだ。


 だが。つまり、()()に該当する日付は。


第三本部(向こう)では十中八九、明日が最大の焦点となるでしょう。急な話になりますが、業務は明日一日ということになります。……それでもよろしければ、こちらに署名を」


 12月24日——クリスマス・イヴ。

 甘い甘いデートで終わるはずだった1日は、どうやら平穏とは程遠い方向に向かうらしい。

聖夜という名の男祭り。すっごく……素敵だね……。


次回は一週間後、来週日曜の夜に投稿します。男祭り前夜、それぞれの思いを胸に。


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