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その道の先に  作者: たけのこ派
第三部/夏休み編
89/126

3-10/ブレイジング・サマーⅢ

VS星屑、開幕。

『そう、そこを真っ直ぐ。(しるべ)みたいなのが見えるだろう? そしたら、そこで左折してもらえれば目的地に出るはずだ』


「どこだよ……これか?」


『そう、そこそこ。あ、ちなみに折れずに行くとまた別の場所に出るから気をつけて』


「んなこと言われてもな……」


 や、気をつけて、と言われましても……。

 土地勘のある人間ならいいのかもしれないが、あいにくとこちらは完全に初見なのだ。星屑(ダスト)を討伐するつもりが道に迷いました、なんて笑い話にもなりやしない。


目的地(ポイント)にはあらかじめ隊員を向かわせてありますのでご心配なく。道案内と星屑の誘導、それと万が一の時は即座に救援に入れる位置を確保していますので、思う存分暴れていただいて結構です』


「……だいぶぞんざいじゃないですかね、俺の扱い」


『実力を見越しての判断です。今回の星屑はCランク中位相当、多少腕に覚えのある隊員であれば余裕をもって倒せるでしょう。既に星屑の単独討伐を経験している雨宮さんなら、取るに足りないと言って差し支えありませんよ』


「隊員でも何でもないんですけど……」


 通信越しでも冷静な流川少佐のコメントに、何と返すべきか頭を悩ませる。

 博士であれば適当にあしらっても問題はないのだが、彼女が相手だとどこまで冗談なのか分かりゃしない。こちとら仮にも学生ですよ。バーサーカーみたいな扱いをされるのは心外なんですが。


「と、ここか」


 例の標を素通りしかけ、慌てて来た道を引き返す。

 道の様相は林道か、あるいは森の小径(こみち)とでも言うべきか。慣れたらどうということはないのだろうが、こうも同じような形式が続くと方向感覚を失いそうになる。


「いや、もう……勘弁してくれ……」


 思わず漏れてくる愚痴を聞かせないため、慌ててマイク部分を指で塞ぐ。方向音痴に単独でこんなことをさせるのだから、星皇軍というのは随分とスパルタ方式らしい。

 (さかのぼ)ること、およそ30分と少し前。クソ暑い中管制塔にたどり着いた俺(と博士)は、成り行きに任せて流川少佐の講義を受けることになった。

 そもそも結界とは何なのか、二つの結界の緩衝(かんしょう)地帯であるこの場所は何故存在しているのか。

 その道の第一人者だけあって、その説明は大変わかりやすいものだったのだが……なにぶん情報量がとんでもなく多かったので、その咀嚼(そしゃく)に四苦八苦している、というのが現状である。正直今だに理解しきっているわけではないので、ノートにでも書き出して理解せねばならないだろう。

 とにかく。その説明も一通り終了し、さあ戦闘開始だ、という段になって。


『それじゃ、戦闘開始地点までは君ひとりで行ってもらうから。ま、これも訓練みたいなものだよ』


 などと。そんなことを言われれば、気が滅入るのも仕方がないのというものだ。

 

「……星屑を誘い込むフィールド、ねえ……」


『誘い込むと言っても、別段大したことをしてるわけじゃない。獣が通り慣れた道を通るように、()()()()()道を作っているだけさ。敵を狩りやすい、かつ被害が出ない安全な場所まで誘導して、そこで叩いてるってことだね——ほら、ラ○シャンロンを砦で討伐するとか、そんな感じだよ』


「ならせめて撃龍槍くらいは用意してくれ」


 我知らずボヤきを口にすれば、光の速さでレスポンスが返ってくる。

 ナビゲートしてくれるのはありがたいが、安全地帯(かんせいとう)からコメントされるのは何となく(シャク)というか……いや、博士も流川少佐も直接戦闘には向いていないタイプなのだから、出向いてくる方が足手まといになるのは理解しているのだが。


「……ふうむ」


 改めて現状を把握するため、先程の説明をかいつまんで思い返す。

 大前提として、なぜ外結界だの内結界だのと、まだるっこしい手間を踏んでいるのか。その理由は元を正せば、外結界が持った性質に由来しているらしい。

 この日本星皇軍を外界から隔離する、大きな“仕切り”たる外結界。その強度は極めて強力なものであるが、それは「『星の力』を持つものだけを通す」という、単純なルールに従って運用されているからこそのものである……とか、何とか。

 旧式の家電製品ほど作りが単純、単純ゆえに出力が強い——乱雑な例えではあるが、考え方としてはそれが一番近しいか。複雑な機能や余計な制約がないからこそ、馬力をフルパワーで発揮できるということなのだろう。


 ……だが。作りが単純ということは、融通が利かないということにも繋がるわけで。


 『星の力』を持つものだけを通し、それ以外の存在をシャットアウトする。外結界に搭載されたそのフィルターは、あいにくと星刻者と星屑を弁別できるほどの器用さを持っていなかったのだ。

 星屑であろうと、『星の力』を持っているという事実に変わりはない。条件に合致したとみなされ、(ゲート)をくぐることができてしまう——機能の単純さゆえの弊害なのだろうが、こちらとしてはたまったものではない。

 「男性である」という唯一の条件に合致すれば、問答無用で通行許可を出してしまう警備員のようなものだ。変質者だろうが不審者だろうが、堂々と正門を通過して来られるのだから、警備の仕事を果たせと怒鳴りたくもなる。


 と、いうわけで。正面から乗り込んできた不審者を通さないため、より強固な第二の警備システム——すなわち内結界が用意された、という経緯なのである。


 ()から入ってきた星屑は、しかし第二の警備(内結界)を突破することができず立ち往生することになる。二つの結界の間、つまりこの緩衝地帯で跋扈(ばっこ)する星屑を狩るため、管制塔をはじめとした環境の整備が行われた……という次第なわけだ。


 で、だ。俺が今歩いているこの道も、その整備された環境のうちのひとつであるらしい。


 そもそも、この結界。構造的な点からして、出入り口——つまり門はひとつしかない、という致命的な問題を抱えている。

 いくら管制塔が監視しているとはいえ、往来する星刻者と星屑が鉢合わせする、なんてことも有り得てしまう。そうでなくとも、星屑に門の周りをうろちょろされては、色々と危険が生じるのは言うまでもない。

 そこで考案されたのが、今しがた博士が口にした方法——門から出てきた星屑を特定の狩場に誘導する、というやり口だった。

 星刻者(にんげん)が往来するためのルートと、星屑(どうぶつ)を引き込み、狩り場へと繋がるルート。外結界の門をくぐってすぐの場所から、このふた通りの道が形成されている。

 これまた雑な例えを出すのならば、禁煙席と喫煙席のようなものか。(そとがわ)で弾くことができないのなら、せめて内側でゾーニングしようということらしい。

 管制塔から門まで、直線距離にすればおよそ数百メートルほど。カイン討伐戦の折に使用したこのルートはいわゆる人間用、最短距離を往来するための道だ。文字通りの一本道、障害も何もありはしない。


 が、その一方で。星屑ルートは狩場として機能させるため、物理的にも構造的にも厳重な隔離措置が取られている。


 山というにはあまりに小規模だが、かといって林と表現するには大きすぎる。人工的に維持管理される、言うなれば里山のような森そのもの——星屑を留めおくための狩場が、管制塔にほど近い位置に存在しているのだ。

 小道はしっかり整備されているものの、曲がりくねった道は方向感覚を失わせる。数百メートル足らずの「縦」ではなく、複雑に展開する「横」の広さは、なるほど林道と呼ぶにふさわしい。くまなく一周しようと思えば、どれほど慣れていてもそれなりの時間はかかるだろう。

 

 そして、その林道の合間。

 指示通り左折した瞬間、前触れなく視界が晴れ渡った。


「っと……ここか?」


『ああ。そこが今回の狩場、ポイント03だよ。もうじきお客さんがくるから、手近な場所にでも隠れているといい』


 耳元で響き渡る博士の声が、戦闘開始まで間もないことを伝えてくる。

 人二人程度がやっと通れる道の中、突如開けた視界。それは言うなれば、(もり)の中にある神社の広場のようなものか。

 戦闘に十分な広さの平地と、片手間に配置されたような少量の遮蔽(しゃへい)物。サバゲーのフィールドじみた空間が、星屑と戦うための「狩場」らしい。


「三番、ね。他にもあるのか、これ」


『01から04まで。さっきの道を直進すれば、他の狩場にも出られるよ。ま、この奥は割と広くなってるから、どっちかと言えばオープンワールド風味の狩場だけどね——うまいこと誘導と分断をするのも、星皇軍の仕事のうちってわけだ』


「……猿4匹とかだけは勘弁だぞ、それ」


 長々と語ったが……まあ、要するに。

 この小ぢんまりした森をひとつのフィールドとするならば、それぞれの狩場がエリアとなっているのである。管制塔はさながらベースキャンプ、エリア移動に必要な通路が小道、というわけだ。


『雨宮くん』


「了解」


 そして。

 これが、狩りである以上——エリアで待っていれば、そこにモンスターが現れるのもまた必然だ。


「…………!」


 つかず離れず、絶えず挑発し続けるかのように。星屑を引き連れてきた誘導役の隊員が、こちらに向けて一瞬のアイコンタクトを飛ばす。

 余裕綽々……かと思ったが、どうにもそういうわけではないらしい。額に滲む玉汗は、誘導が一筋縄ではいかなかったことの証左だろう。

 握りしめた拳といい、見開かれた目といい、どうやらまだ経験の浅い新人なのか。まあ、苦労して誘導した先にいるのがひ弱な学生なのだから、焦るのも当然と言えば当然かもしれない。



 ——ああ、ならば。


 引き連れてくれた彼のためにも、楽しまなければ失礼というものだ。



 彼を追いかけ、曲がり角から現れた星屑。噂をすれば影というわけではないが、その外観は猿と表現するのが最もふさわしい。

 およそ類人猿と分類して差し支えないであろうそれが取っているのは、しかし獣らしい四足歩行の構えだ。目測にして約3メートル、軽自動車に近い巨体が突っ込んでくるとなれば、なるほどその恐ろしさも頷ける。

 俺と入れ替わるようにして、背後へと駆け抜けていく誘導役の彼。視線が俺に釘付けになっているのは、ひとえに俺の身を案じているからに他ならない。

 逃がさないと言わんばかりに、星屑の剛腕(ごうわん)が振るわれる。ラリアットの構えのまま、凄まじい跳躍力で飛びかかってくる星屑の速度たるや、砲弾と言っても過言ではない。


「————!!」


 吠え(たけ)る獣と、交錯する視線。

 一歩踏み出した俺を蹂躙(じゅうりん)せんと、飛来する影が目前に迫り——


「起動」


 その一撃を、小さな人造神器(たて)が受け止める。


「っと————」 


 とんでもなく重い一発が、(しび)れとなって身体を襲う。全力で勢いを受け流したにも関わらず、腕どころか全身が砕け散りそうになる。

 もとより小楯(バックラー)、渾身の一撃を受け止めるためのものではない。あと1秒でも負荷が加わっていれば、身の安全などとても保証できないだろう。現にこうしている今ですら、五体満足で居られるのが奇跡だと思えるほどだ。


 ……ああ。だが、()()()()


 腕も、身体も。全身がひしゃげてもおかしくないような衝撃を、人造神器はしっかりと(とど)めきっていた。

 最善策どころか、次善の策とすら呼べない愚行。それを実行に移せている時点で、驚異の度合いなどたかが知れている。

 全力の攻撃でも、所詮はその程度(Cランク)。綱渡りの賭けがあるわけでもなく、死の淵で戦わねばならないハンデを背負っているわけでもない。

 欠伸が出るほどに単純な命の取り合い。ゆえに心火が燃え盛ることはなく、不完全燃焼のようにちろちろと揺らめくだけ。いつかに感じた高揚には、文字通り遠く及ばない。

 

「……まあ」


 しかし、だ。

 どれだけ低級でも、それが肉であることに変わりはない。しばらく噛み続けていれば、味が出てくることもあるはずだ。


 であれば。

 せめて美味くなるように調理してやることが、彼らに対する礼儀なのかもしれない。


「展開、抜刀」


 防御のための盾から、攻防併せた剣盾へ。

 引き抜いたブレードを片手に構え、距離をとった星屑(えもの)と向かい合う。

 今の迎撃で、相手もこちらに標的を切り替えたのか。安全圏で息を整える誘導役(かれ)を追うこともなく、猿は俺を注視し続けている。

 さながら時代劇の侍がごとき、間合いの外からのじりじりとした牽制。時間にして数秒もないはずのそれは、しかし無限とも思えるほどの重さを以てこの場を支配する。


「譚・繧九——!」


 咆哮(ほうこう)が大気を揺らす。その姿に似合わぬほど甲高い、金切り声と呼んで差し支えないほどのそれは、生理的な恐怖を植え付けるものだ。


「はよ来い」


 だが。あいにくと、そこまで付き合っていられるほどに悠長な性格はしていない。

 耳に(わだかま)る雑音を意識から排斥(はいせき)し、地を蹴って相手の懐深くへと飛び込む。ルールのある試合ならいざ知らず、殺し合いで相手の初動を待ってやる義理もないだろう。

 小細工を(ろう)することなく、馬鹿正直に真正面から突撃する。

 狙いはこの猿のメインウエポン、見るからに頑強かつ危険な腕。脇差(わきざし)程度の短刀でどれほどの傷をつけられるか、ひとつ検証でもしてやろうと——


「っと」


 瞬間。ロケットパンチがごとき豪快さで、拳が前方へと振り抜かれた。 

 前方へと駆ける勢いを維持したまま、大きく地面へと沈み込む。風切り音すら聞こえる鋭さを伴って、剛腕が頭上を通過する。

 流石に真正面から突っ込めば、相応の反応は返してくれるらしい。胸踊る感覚を覚えたのも束の間、伸ばされた腕がそのまま振り下ろされる。


「繧?a繧!!」


 アームハンマーと、そう呼ぶにはあまりにも重すぎる一撃。地を揺らし、内臓までひっくり返るような振動は、直撃すれば間違いなくミンチになろう類のものだ。


「おお——」


 だが、まだ終わらない。

 勢いよく叩きつけられた腕は、土木工事でもするかのごとく横方向へと薙ぎ払われる。地面ごと俺を()き潰さんばかりのそれを、星屑の体側まで駆け抜けてギリギリでやり過ごす。

 巻き起される土煙が、瞬間的に視界を覆い尽くす。何も見えないまま、ただ思考を突き刺す直感に従って身を(ひるがえ)せば、振るわれた腕とは逆側の拳が地に突き刺さった。

 接地した腕を起点に、強引に身体を捻って拳を叩き込んだのか。人体とは根本から異なる、文字通りの獣じみた連撃が、息もつかせぬほどの速度で展開される。


「————!!!」


 不明瞭な視界の向こうで、一対の瞳が爛々(らんらん)と輝く。仕切り直しなどさせないとばかりに強張(こわば)るその影は、次の一撃がすぐそこまで迫っていることを示すものだ。


「……はは」


 ああ、なんだ。やればできるじゃないか。


 望外の幸運に、「何か」が心を満たしていく。

 ()いでいた水面(こころ)に生じた白波が、潮騒(しおさい)のごとき心地よい音を意識に響かせる。

 対して面白みもない狩りかと思っていたが、いざ蓋を開けてみればこれだ。何かに怯えているのか、それとも追い立てられているのか、星屑はCランクなどとは思えないほど凶暴に暴れてくれている。


「いやはや、これは——」


 どうにも。想像以上に、楽しい(愉しい)狩りになりそうだ。


「豸医∴繧阪?∝喧縺醍黄繧……!」


 空気を裂き、地を揺らす。間近で振るわれる星屑の拳は、あの()()とは趣が180度異なっている。

 異形の腕を枯れ枝とするのならば、この猿のそれは角材か、それとも丸太か。掴まれる心配はなさそうだが、そんなことを言い出せばそも捉えられた時点でアウトだろう。こんな腕で握られたら、空き缶のようにグシャっと潰されるのは目に見えている。

 

「さて」


 しかし、だ。向こうが俺を排除しようとしているように、こちらにもれっきとした攻撃の意思が存在する。

 雨あられと降り注ぐ拳、その全てから逃げ惑う必要などない。明らかな本命だけを確実に回避していけば、攻撃を差し挟む余裕も見えてくるというものだ。

 後ろ足で立ち上がり、飛び込むかのような勢いで腕を叩きつける星屑。その内側に入り込み、物は試しと脆弱な腹部に短刀を突き立てる。


「………………!!!」


「おっと」


 そこに内包されているのは、怒りか、狂乱か。

 一筆書きのごとき勢いで、はらわたを一文字に()(さば)く。言葉にならない叫びをBGMに、なお一層暴れ狂う星屑の懐に居座り続ける。

 刃を弾かれる、という最悪のケースも想定していたが、むき出しの腹部ともなればさすがに柔らかいらしい。さすがに一刀でズンバラリンというわけにはいかないが、攻撃がまともに通るとわかっただけでも儲け物だ。

 付けた傷は既に修復が始まっているが、その速度はあの異形と比べると明らかに遅い。再生特化と博士が言っていた通り、むしろこちらが星屑の平均値だと思っていいだろう。

 「捕獲」という名目であるくせして、ある程度は弱らせる必要があるというのだから始末が悪い。さじ加減を間違えたら最後、そのまま自然に還すところまでいってしまいそうだ。


「そろそろパンチ以外も欲しいんだが——」


「————!!」


 何の気なしにリクエストを投げれば、星屑は周囲に打ち捨てられていたガラクタの山を引っ掴む。

 瓦礫というには少々大きすぎるそれらは、どちらかといえば粗大ゴミといったほうが適切か。鉄棒と形容するにはあまりにも太く大きいそれを、大猿はためらうことなくひょいと持ち上げる。


 ……まさか、と。


 頭の隅によぎるのは、荒唐無稽にすぎる「嫌な予感」。反射的に飛び退(すさ)れば、果たして展開されるのは予想通りの事態そのものだ。


「莉翫%縺薙〒豁サ縺ュ——!」


「ええ……」


 こんな物騒な場所を資材置き場にしたのは誰だ——と。槍投げの要領で撃ち出された鉄棒を前にすれば、場違いな愚痴のひとつも叫びたくなる。

 耳元を掠め、背後へと突き刺さる鉄塊。バス停でも投げたのか、などとくだらないことを考えていると、追い討ちのようにさらなる鉄塊(なげやり)が飛んでくる。


「おわ」


 射的の的にされるなどまっぴらごめんだが、さりとて距離をとって回避する以外の対応策がないこともまた事実だ。飛来する鉄塊を打ち返す技量も、己に届く前に焼き尽くしてしまえる火力も、あいにく俺は持ち合わせていない。

 二本、三本。次々に飛んでくる鉄の槍から逃れるには、攻撃の手を止めて後退するより他にない。懐に入り込んだ状態から一転し、大きく開いた距離が現状を端的に伝えている。


 ……そして。距離が開いたとなれば、次に来る攻撃も大方予想がつく——ついてしまう。


 猛り狂う獣の声が、(けぶ)る視界の向こうから響いてくる。

 右、違う。左、違う。いくら探し求めようと、しかし星屑の姿はそこにはない。

 

「……………!!!」


 声にならない雄叫び。次いで、攻撃が「上」から落ちてきた。


 軽自動車ほどの巨躯(きょく)が勢いよく落下してくるそのさまは、悪い夢でも見ているかのような光景だ。プロレス実況もびっくりのボディプレスが、確実にこちらを叩き潰さんとして迫り来る。

 投擲(とうてき)攻撃で距離を取りつつ、意識を飛び道具の方へと集中させる。その隙に次の一手を整えているのだから、なかなか侮れたものではない。伊達に類人猿を気取ってはいない、ということなのだろう。

 これが勝負を決める大技だということくらい、いかな(しろうと)といえど肌感覚で理解できる。このまま何もしなければ、待っているのは確実な死だけだ。


 ならば。

 この先に待つ未来を、覆したいと思うのであれば——こちらもこちらで、それなりのものを出さねばなるまい。


「神器展開——斧モード、起動」


 短刀を盾へと突き刺し、そのままひと思いにえいやと引き抜く。瞬く間に手斧へと姿を変えた神器を、しかし刺突でもするかのごとく顔の横で構え直す。

 正直なところを言えば、別段この形でなければならないわけでもない。ただ両手で握るにあたって都合が良いから、わざわざ変形という過程を踏んでいるだけだ。

 もはや目と鼻の先まで接近した星屑、その顔面に照準を合わせる。

 左右対称に展開した斧刃、その頭から光の刃が一直線に伸びる光景をイメージし——


 そして。その光景をなぞるかのように、神器から水流が(ほとばし)った。


 両の足で地を踏みしめ、吹き飛ばされそうになるほどの圧力を強引に押さえつける。たった数秒のうちに怒涛(どとう)の勢いで放出されるのは、瀑布(ばくふ)と呼んでも差し支えないほどの水量だ。

 カインと激突したあの戦いの折、人造神器の刀身から放出した水鉄砲。それをさらに高出力化し、砲台としての運用にまで昇華させたのがこれだ。

 精密な操作こそできないものの、「敵」をひと思いに吹き飛ばす砲撃としてはこの上なく使い勝手がいい。手持ち武器からぶっ放していることも相まって、どこぞの星の聖剣(ビームぶっぱ砲)っぽく見えるのも個人的には高評価だ。

 以前とは比べ物にならないほどの奔流(ほんりゅう)が、襲来する星屑の顔面へとぶち当たる。大質量の水は星屑(えもの)を飲み込み、拮抗することもなく空へと押し返す。


「——————!!!!」


「おー、よく飛ぶ」


 その有様はいっそ、ペットボトルロケットとでも表現した方が正しいか。

 大量の水とともに宙へと吹き飛ばされた末、地面へと叩きつけられる星屑。3メートルの猿相手にこの出力、並の人間ならまず間違いなくオーバーキルだろう。


「じゃ、ちょっと失礼」


 勝負は決した。遠く吹き飛ばされ、水揚げされた魚のような様相のそれを見れば、浮かんでくるのはそんな言葉だけだ。

 抵抗するかのようにのたうち回る星屑だが、さすがに先程の勢いは見る影も無い。振り回される手足を避けて斬り込みを入れつつ、さてどうしたものかと思案する。


「で、どうすんだこれ。手足の一本でも落とせばいいのか?」


『許可出したらそれこそ達磨(ダルマ)にするでしょ、きみ。そのまま封星弾を打ち込んでくれれば、後でぼくが然るべき回収作業をしておくよ』


 通信越しに答える博士は、どうやら俺への偏見を隠そうともしないらしい。そんな野蛮人みたいな扱い……いや、される余地が全くないとは言わんが……。

 星屑に背を向け、通信へと意識を傾ける。ホルスターから銃を引き抜くとかいう行為、それだけでカッコよく見えるから不思議なものだ。このまま銃の扱いに習熟すれば、西部劇さながらのガンアクションをこなせる日が来るかもしれない。


「……………………!!!!!!」


「悪い、()()はもう知ってる」


 ふらふらと立ち上がる星屑に、一瞥(いちべつ)をくれることもなく。

 ただ流れ作業のまま、銃口だけを背後に向けて引鉄(ひきがね)を引く。

 最後まで戦う意志を捨てない姿勢は素晴らしいが、そのパターンはもう経験済みだ。どうせ復活するのなら、もう少し変化をつけて欲しいものである。


「——繝舌こ繝「繝」


 派手な音と、最後に鳴き声を響かせて。

 今度こそ間違いなく、星屑の身体が崩れ落ちる。

 塵になっていないことを(かんが)みるに、捕獲作戦は成功と見て良いのだろう。じきに博士がやってくるだろうし、それまではこいつの横で休憩タイムということになりそうだ。


「……まあ、こんなもんか」


 楽しかったか、と。


 そう問われたのなら、悪くない、と返すだけ。

 厳然たる事実として、それ以上でもそれ以下でもない。余興にはなっても余興でしかない、言うなればたったそれだけのものだ。


「ああ、いや——」


 ……だが。そういえば、引っかかった点もなくはない。

 確かに今回の星屑は、クレバーな動きも見せていた。だが、それは獣が狩りの時に見せるような、あくまで生物的なものだった。

 あの「異形」——最初の星屑。アレが見せた動きは、今回のそれとは似ても似つかない。「普通の」星屑との戦闘を経験したことで、その感覚はなお一層強くなった。


 それは、およそ真っ当な生物が行うような戦闘行動ではなく。

 もっと歪な()()が作用し、あまつさえそれに引き摺られているような——。


「……やめだ」


 それ以上踏み込むべきではないと、何かが警告を発したような気がして。

 無意識のうちに、その疑問に蓋をした。

気絶せずに敵に勝つほうが珍しい男、雨宮俊。

次回は来週、日曜夜に更新予定です。あくまで雨宮俊ではなく彼が主役の章、始まりも終わりも彼で締めたいと思います。


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