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その道の先に  作者: たけのこ派
第三部/夏休み編
87/126

3-8/ブレイジング・サマーⅠ

作者は夏バテ気味です。なんですかこの暑さ。

 8月と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。そんなアンケートを取ったとしたら、大抵の答えは予想通りのものとなるに違いない。

 部活に精を出し、大会の結果に涙する。花火に海に肝試しに、思いつく限りの風物詩を謳歌し、我らの夏はここにありと声高に叫びを上げる。

 夏休みも青春も、何もしなければ過ぎ去っていってしまうという点では等しく同じ。青春真っ盛りだの、夏休みど真ん中だの、殊更に強烈な言葉で印象づけるのは、裏を返せばその儚さを理解しているからに他ならない。

 過ぎてしまえば、みな一様に一夏の思い出。それをどれだけ美しく飾り立て、鮮烈なものとして記録できるか……八月という季節には、そんな激しさが内包されているのだ。

 ああ、兎にも角にも素晴らしき盛夏。勉強にも遊びにも全力で取り組んだとき、流れる汗はきっと美しい。青春最高、夏休み最高——!


 ……などと。

 そんなイメージが世間に染み付いて、どれだけ擦っても落ちやしない。

 

 一度でいい、冷静になって考えてみてほしい。雨宮俊が青春最高、などと言って騒いでいたら、その絵面こそ肝試し(ホラー)そのものだろう。

 自分で言うのもなんだが、夏に浮かれてはしゃぎ回る俺など、どう考えても解釈違いである。満面の笑みを浮かべ、大勢の仲間と共に笑っているアナザー雨宮俊がいたら、目にした瞬間に殴り飛ばしているに違いない。もう一人の自分との対決とか、字面だけ見ると面白そうなんだがな……俺は最早、鏡の中の幻ではない……。

 そもそも、だ。こうして歩くだけでも夏バテしている人間が、夏を謳歌するなどできるわけがない。

 クーラーの効いた部屋でゴロゴロダラダラする以外の夏など、俺は断固として認めるわけにいかないのだ。分けても最近の度し難い暑さを前にして、好き好んで外出する理由など何処にもない。

 室温20度の部屋の中、布団に(くる)まってアイスを貪る。自然界では有りうべからざるその矛盾、文明の利器をフル活用した生活を楽しむのが、8月という季節ではないのか。怠惰最高、夏休み最高——!

 

「——夏バテもせず時間厳守とは、毎度さすがだね。坂本さんあたりには見習ってほしい気持ちでいっぱいだよ」


「夏バテしてないように見えるか? これで」


「うーん……ま、きみが死にそうなのはいつものことだからねえ。それより、最初からバテてる人間が夏バテしたらどうなるんだろうね? 単にバテバテになるのか、それとも夏バテバテになるのか」


「ただの救急搬送だそれは」


 と、まあ。

 いい加減に読まれてきた気がしなくもないが、またしてもこの流れである。

 この手のネタもあまりに毎度毎度やっているせいで、すっかり新鮮味がなくなってしまった。擦っても落ちないなどと言っておきながら、手前では同じやり口を何回も擦っているのだから、まったくもって都合がよろしいことこの上ない。


「……というか、茶のひとつでも出ないのか。炎天下の中歩いてきた客だぞ俺は」


「お茶ねえ。水道水でよければ……あ、煮沸する? 給湯室がそっちにあるけど」


「なんでホット前提なんだ……」


 別に実験に使うのでもあるまいし、煮沸消毒なんざせんでもよろしい。ヒイヒイ言いながら歩いてきたというのに、どうして文字通りの煮え湯を飲まされなければならないのか。

 もちろん、必要以上に炎天を歩く羽目になったのは、疑いようもなく俺の落ち度だ。大人しく約束の時間まで自宅待機していれば、少なくとも地下街を歩かされることはなかっただろう。


 ……いや……うん? でもしかし。


 ぶっちゃけ今回に関しては外的要因が強いというか、水無坂に引き摺られた側面が強いというか……。ほんまに俺の責かこれ? だいぶ被害者じゃない?

 ちょっとそこまで、くらいの軽いノリで同伴したつもりだったにも関わらず、気づけばクラニアにまで足を運んでしまっていた。それどころか、樋笠とも割と込み入った話までしてしまったのだから、想定外なことこの上ない。

 刻限の間際までだらだらと話し込んだばかりに、灼熱の地下街からここまでの距離を慌てて登ってくる羽目になった。クラニアに残してきた水無坂には申し訳ないが、そのあたりは甘んじて受け入れていただきたいところである。

 先約があった旨の話自体はしていたし、問題はないとは思うが……それでもなんか怒ってそうと思えてしまうあたり、刷り込まれた恐怖というものは消えないらしい。水無坂キレさせたら大したもんですよ……どうにも恐ろしいし、後で菓子折りの一つも持っていくべきか。

 

「で、内容は? また例の身体測定か?」


「そっちに関しては、休暇明けに学院側がやってくれるよ。メールでも書いたと思うけど、今日はぼくの個人的な話だね——肩肘張らず、リラックスして聞いてくれればいい」


「その言い分ほど信じられんものもないんだが……」


 心なしか弾んだ言葉の尻に、内容を聞く前からゲンナリとした気分が押し寄せてくる。またその手のフェイントですか博士……そろそろ訴えても勝てそうな気がしてきたぞ。

 8月日曜の昼過ぎという、どこからどう考えてもインドア人間を殺すためとしか思えない時間の呼び出し。そんな非人道的な予定を組んだのは、言うまでもなく目の前に座す博士その人である。

 日付と時間、それにこの研究室という待ち合わせ場所。それ以外の情報などおよそ皆無であるメールが届いたのは、何を隠そう昨日のことだ。

 どうやら「勉強会」みたいなものをやるつもりらしいが、その内容に関しては毛ほども知らされていない。もうちょっとこう、事前にアポを取るとかさあ……「どうせきみのことだし、予定なんて入っていないんだろう?」みたいなスタンスで来られてもですね、心地よくはならないんですよ。コミュニケーションというものをもっと学んでいただきたい。


「きみのことだから、多少杜撰(ずさん)なスケジューリングでも許されると思ってね。どうせ空いているだろうと思って先延ばしにしていたら、連絡が前日になってしまった。その点は申し訳なく思っているよ」


「もっと他に謝るべき点があるだろ……」


 やめろ、想像以上に酷いものをお出ししてくるな。想定していた最低値を割ってくるとか、どこまで俺を雑に見れば気がすむんだあんたは。

 あくまで第二本部の中でとはいえ、研究部のトップがこれとか考えたくもない。俺ならどれだけ雑に扱っても許される、みたいな風潮、そろそろ止めておかないとマズイと思うんだよなあ……や、お互い様なのは重々承知の上なんだが。

 苦虫を噛み潰した表情をしていると、いつの間にか眼前には紙コップが用意されていた。来客に紙コップを使うのもどうかと思うが、さりとてこの部屋から発掘したマグカップを使うのもそれはそれで恐ろしいものがある。

 水分が欲しければ自分で工面しろというスタンス、とてもではないが客をもてなす態度ではない。不承不承ながらも水道水を汲んで席に着けば、それを待っていたかのように博士が口を開く。


「それで、だ。今日の本題なんだけど……人造神器のことについて、きみにはもう少し理解を深めてもらおうと思っていてね。これまで実践ばかりで、きちんとした説明をしてこなかっただろう?」


「……説明、必要か? 今のままでも問題なく使えてるんだから、それでいいと思うんだが」


「まあまあ、そう言わずに。説明書を読んでいるうちに、新しい何かが見えてくることだってあるものさ。加えてきみの場合は、どうしても不足しがちな基礎知識を埋めるのにも役に立つ。ほら、例えば星屑(ダスト)の話とかね」


 懐疑的な俺をなだめすかし、言葉巧みに己のフィールドへと引き込もうとする博士。

 このやりかたも相当に悪質というか、この時点で逃げられないことが確定しているのだから始末が悪い。どれだけ固辞したところで、最終的に折れるのはいつでも俺なのだから、もはや八割がたが意味のない通過儀礼をしている気分である。

 もちろん、博士の言うことにも一理はある。4月ではなく5月、半ば特例じみた動きで中途入学している俺にとって、根本的な知識の不足はどうしても避けられないものだ。

 なんだかんだと言いつつ、必須級の知識を博士から得ていることも、決して一度や二度ではない。知識の穴を埋めることができるというのなら、今回の話を聞いてみるのもやぶさかではないのだろう。


 ……言うまでもなく。大層なことを言ってはいるが、要するに諦めるに足る理屈を探しているだけだ。


 こちらに足を運んだ時点で負けは確定しているのだから、あとはダメージをなるべく少なくするくらいしかできることがない。取るに足らない雑談のために炎天下を歩いてきた、なんてことになれば、茹だった頭は間違いなくオーバーヒートしてしまう。 


「で? 一時間か? 二時間か? なんならノートも用意させていただくんだが。どうせ課題も出すんだろ?」


「やだなあまったく、そんな講義じゃないんだから。適当にリラックスして、縁側で話すくらいの感覚で居てくれればいいんだよ。もちろん質疑応答は自由だし、発展的な議論ができるに越したことはないけどね?」


「素人相手にかける期待じゃないんだよなあ……」


 やだ、なにこの“圧”……素人質問で恐縮ですが、みたいな言い分をひしひしと感じるよお……。

 早くも頭痛すらしてきた意識をシャットアウトし、この話をやり過ごすことだけに全身全霊を傾ける。そう、俺は壁……目の前の博士(これ)はただのラジオ……。

 よし、問題しかないな。ちっとも大丈夫じゃない。


# # #


「さて、雑談だけしていても仕方なし、そろそろ本題に入ろうか。まずは……そうだね、星屑(ダスト)の話からだ」


「……人造神器の話なんだよな?」


「物事を正しく理解するには、根本から順に沿っていくのが一番手っ取り早いからね。この先必要になる知識でもあるし、どうせなら生産元から知っておこうということさ——ほら、カカオ農園で働く少年たちの実態を知ろうとか、そんな感じのやつだよ。教育っぽくてポイント高いだろう?」


「中途半端なのはむしろポイント低いんだよなあ……」


 それっぽいことを言えば騙せると思っているんだろうか、この人。ノリと勢いだけで社会派を気取るんじゃない。


「能力にいろいろな種類があるように、星屑も個体によってかなり差があるんだ。顕著なところでは外見、人型だったり獣型だったりね。そこから派生して、俊敏性とか力の強さ、回復速度にも違いがあったりする。ある程度は素材(もと)の能力者に左右されるところもあるけど、このあたりは個体差が大きすぎてなんとも言えないかな」


「個体差、ねえ。人型って珍しいのか?」


「一般的、ではないだろうね。獣型とか、あるいは半人半獣の怪人であればそう珍しくもないけど、見たまんま人間なのはなかなかにレアだ。恭平に聞いた限りだけど、単眼だった以外は完全に人型だったんだろう? それに、あそこまで再生力に特化しているのも、そう見れるものじゃない。羨ましくなるくらいの運の良さだよ」


「そんなところでレア引いてもな……」


 気づけばもう三ヶ月ほど前となった、記念すべき星屑との初エンカウント。それがレアな体験だったと言われても、はいそうですかと素直に喜べるものではない。

 あれが完全な獣の形をしていたのならば、状況はもっと楽に切り抜けられただろう。やけにおぞましい見た目といい、やたら機転が利く頭の良さといい、チュートリアルの相手としてはあまりに強敵すぎる相手だった。


「そういえば、大佐が前に言ってたな。ランク、だったか? 俺が倒したアレがBだかCだか、って」


「ああ、その話もまだだったね。——じゃあ、そのあたりの話もしておこうかな」


 掘り起こした記憶に触発され、坂本大佐の雑すぎる説明が連鎖的に思い起こされる。

 記憶の端に引っ掛かっていた言葉が、今になって思考にフラッシュバックする。星屑に関する知識があの時に受けた説明きりなあたり、改めて考えても説明責任は果たされていないのではなかろうか。

 

「個体差の話の延長にもなるけど、星屑の強さにも段階があってね。要するに格付けというか、倒すにあたってどれだけの戦力が必要になるか、の指標のようなものだ。基本的にはDからAの四段階、上に行くほど一筋縄ではいかなくなる」


「……それ、BとCとでかなり違うんじゃないか?」


「そうだね。軍に入りたての人間なら、Dランクを単独で討伐できて一人前かな。一般的な単独討伐の限界点はC、精鋭でもBが限界点とされている。Aランクともなれば、部隊を動かすことを前提で挑まねばならない相手だろうね」


「ほとんど倍々ゲームだろそれ」


 どうせ規格外の大佐のことだし、BもCも一緒くたに吹っ飛ばしてしまえるのだろう。

 だからこそあれだけ雑な判別をしたのだろうが、こちらとしてはたまったものではない。バイクも10tトラックも公道を走っているからみな同じ、と括るくらいの暴論である。


「色々な要素を総合的に勘案するに、きみが戦った例の星屑はCとBの中間あたりといったところかな。きみと恭平の話から考えると、脱皮直後だった可能性もある」


「……いや、あのな」


 ちょっと、なんですか唐突に。

 毎度毎度、知らない概念を当然のように突っ込んでくるのをやめていただきたい。何、脱皮? 星屑って蝉とかの近縁種なの?


「いくら強力な星刻者が素体になっていても、最初からAランクの星屑が生まれる訳じゃない。大抵の場合、星屑は捕食と成長を繰り返し、より強力な個体になっていくんだ。その過程で姿が変わることを、ぼくたちは俗に脱皮と呼んでいる」


「……まあ、確かに見た目は変わってたが。あれだけ柔らかかったのも、脱皮直後だったからってオチか?」


「否定はできないね。あれだけ再生特化となれば、多少斬られたところで致命打にはなり得ないだろうし——もっともその場合、また別の問題が出てくることになる。ぼくとしては、むしろこちらの方が気になっているんだけど」


 そこで腕を組み、眉根を寄せる博士。にわかに難しくなる表情は、研究者としての好奇心を刺激されたが故のものか。

 こうして口を引き結んでいても絵になるのだから、(けだ)し美形というのは特なものだ。このままずっと黙っててくれればな……や、それはそれで不気味すぎるんだが。


「基本的に、脱皮には大きくエネルギーを使うものだ。一般的な例から考えても、脱皮直後というものは一番無防備になっていることが多い——そんなタイミングで積極的に狩りに赴くのは、どうにも辻褄が合わない気がしてね。きみと恭平の話から考えるに、再遭遇まで一時間となかったんだろう?」


「それだけ俺が価値ある獲物だった、ってことじゃないのか? 取られたり見失う前に、リスクを冒してでも狩りたかった、とか」


「もちろん、それもまったくありえない話ってわけじゃない。想定することはできなくもないけど——なんだろうね、それとはまた違うというか。動物的な本能を押さえつけるような、より強い何かに基づいた行動というか……いや、ダメだな。根拠のない話をするものじゃない」


 冬眠直後の熊が空腹になっているとか、そういった類の話ならありえなくもないと思うのだが。ど素人なりに反論を試みると、博士は腕を組んだままムムムと唸る。

 我ながら鼻持ちならない仮定にすぎる気もするが、さりとてこう表現する以外にどうしようもない。価値ある獲物ですみません……才能の塊ですみません……。


「というか、動物的って言ってもな。そもそも動物の括りに入れていいのか、アレ? カテゴリとしちゃ、精霊とかいう分類に入れるのが正しいんだろ」


「ああ、種別的にはね。身も蓋もないことを言ってしまえば、存在の大元はマナの塊だよ。多くの星刻者を——より正確には、そのマナを食らうことで力をつけ、自己の存在を確立していくわけだ」


 星皇祭の折、魚見が事件の合間に挟み込んだ何気ない一言。それを思い出して口を開けば、博士は神妙な顔をしたまま大きく頷く。


「使い切った微精霊が消滅するのは知っているだろう? 絶命した星屑が消滅するのも、原理としては似たようなものさ。繋ぎ止めていたものがなくなれば、マナの塊は霧散するしかない。どれだけ強大な存在だろうと、その大原則は変わらないよ——例えそれがAランクでも、あるいはSランクの星屑でもね」


「待てや」


 ちょっと貴方、今注意したところでしょうが。

 まーたそうやって新しい概念を出す……四段階とか言ったそばから例外を出してくるんじゃないよ。必死に頭に入れているこっちの負担も、少しくらいは汲んでくれても良いのではなかろうか。


「『基本的には」四段階、だって言ったろう? その中に入れることもできないような、明らかに規格外の星屑も存在するんだよ。それがSランクの星屑——言ってしまえば、星屑版の十二宮のようなものだ」


 いやあの……なんだそのその揚げ足取りみたいな理屈……。

 だがここに例外が存在する、みたいな言い方をしているが、例外の方が主流になっていくのは想像に難くない。例外の方が多い規格とか、そういう名前でもつけた方がいいのではなかろうか。やめちまえそんな役立たずな規格。


「……なんかもう、別にいいが。で、なんだ? 規格外?」


「正直に言えば、規格外なんて言葉ですらも生温い存在だよ。存在そのものが天災、Aランクとは比べ物にならない危険度を持つ——もし日本に出現すれば、星皇軍の精鋭を総出でかき集めないといけないレベルだろうね。ぼくも実物を拝んだことはないけど、奇跡的に残っているデータが何件かある。どれもラスボス級、資料が残っているだけでもおかしいくらいさ」


「ええ……」


 ほんまか、それ。色々と尾ひれがついてそうなもんだが。


「強大な力なんて、古今東西から得てしてそんなものさ。坂本さんですら有る事無い事囁かれてるんだから、伝承ともなれば基本は眉唾ものだよ」


 どうにも嘘くさい話に顔を(しか)めれば、からからとした笑い声が返ってくる。言いたいことは分からなくもないが、同列に並べられる坂本大佐のことも少しは顧みてやって欲しい。

 にしても、だ。ラスボス級だの規格外だの、果ては資料があやふやだの……。

 聞けば聞くほどそれらしいというか、いかにもといったニオイのする案件である。響きからして明らかにヤバい類、古龍だの接触禁忌種だのといった立ち位置だろう。

 これがゲームなら狩り放題だが、リアルファイトとなればそうも言っていられない。実力に信用のおけない味方が一人でも混じっていれば、すぐさま全滅の憂き目に遭うのは自明の理だ。あっフルクシャですか……移動しますね^^;


「ま、星屑の話はこのくらいで。適当な話題はあらかた出きったし、これからの話の方が重要だからね——もちろん、質問があれば受け付けるけど。疑問点とか、ある?」


「今更あるかそんなもん。いいから次行け次」


 一段落ついたことを示すかのように、両の手を広げて質問歓迎の意を示す博士。いやそういうのいいんで……そも、さっきから死ぬほど質問してただろ。一体何を見てたんだあんたは。


「じゃ、仕方がない。ここからは人造神器に話が移るわけだけど……正直なことを言えば、話すべき事項はさほど残っていないんだよ。せいぜいが成立過程というか、人造神器をどう作るか、って話くらいかな」


「……今日の本題じゃなかったのか、それ」


「もちろん()()だよ。ま、それはまた後で話すとして——だ。ぼくが前に話した人造神器の創り方、覚えているだろう?」


 いやに含みのある言葉とともに、唐突に復習めいた言葉が投げかけられる。課題出さないって言ったじゃん……。

 人造神器の作り方——その説明を受けたのは、確か初めてここに来た時だったか。話の内容云々より、研究室が汚かったイメージしかないんだが……加えて直後にカインの襲来があったせいで、どうにも記憶が曖昧だ。

 正直うろ覚えもいいところなのだが、ここで答えなければまた面倒なことになるのは目に見えている。いい加減に疲れてきた頭を再度こねくり回し、奥底にある当該データを引っ張り出す。

 

「あー……たとえ星屑になっても、神器の生成能力は失われない、だったか? それを利用して作ってる、みたいな話は聞いた覚えがあるが」


「素晴らしい、よく覚えていたね。オプーナを買う権利をあげよう」


「要るか」


 苦労して出した答えの報酬がそれか。ガラクタでもいいからもっとマシなもんをよこしてくれ。


「きみの記憶通り、星屑が生成する神器を解析して抽出、そこに色々と手を加えることで完成するのが人造神器だ。ちなみに星刻者には神器の強弱があるけど、どうやら星屑にもその傾向はあるみたいでね。より高位の星屑ほど、クセがあって面白——失礼、強力な神器が作り出せるんだ」


「……Sランクの星屑から作った神器とか、頭がおかしい性能になりそうだな」


「そりゃもう、一世一代レベルでとんでもないものが出来上がるに決まっているさ。そこらの星刻者や星屑なら、文字通り一息で吹き飛ばしてしまえるレベルだろうね」


 あえて突っ込まずに話を進めれば、博士は目を輝かせて食いついてくる。そりゃ作る側は好き放題ロマンを詰め込めるでしょうけどね、ええ。使う側はこっちなんですよ、そのあたりを是非とも理解していただきたい。


 ——というより、だ。


 なんてことはない会話の流れで、ついつい素通りしそうになっていたが。よく考えれば、とんでもないことを見落としていたことに気づく。


「なあ。星屑って、活動停止したら消えるんだろ? それなら、核が残ってるのはおかしくないか」


「ああ、そうだね——よくぞ気付いてくれた。その答えはもちろん『活動停止していないから』だ」

 

 今回の話のキモは、まさしく()()にこそあると。こちらに向けられた視線が、言外にそう告げている。

 素朴な疑問を呈したつもりが、気づけば完全に乗せられていたらしい。こちらから興味を持つよう誘導するその手腕に、怒りを通り越して感心すらも覚えてしまう。


「ぼくが扱っている人造神器はみな、生け捕りした星屑から調達している。より詳しく言うなれば、お零れに預かっているって感じかな——星屑を、それも核を損なわずに捕獲できるなんて、星皇軍全体からしても貴重すぎる研究対象だからね。滅多にないぶん、資料として丁重に保存されているんだよ」


「……捕獲って、そもそも出来るもんなのか。達磨(ダルマ)にしても再生してくる相手なんだろ?」


「もちろん、普通に戦闘する限りでは難しいだろうね。能力で縛り付けることもできなくはないけど、ずっとその能力者を働かせるわけにもいかない。素直に核を破壊するよりも、何倍も厳しい任務だよ。……そこで出てくるのが、()()だ」


 いつかここで聞いたような台詞を、重ね合わせるように再び口にして。

 おもむろに立ち上がった博士が、すっかり見慣れた封星弾(それ)を持って戻ってくる。


「『星の力そのもの』である星屑に対して、星の力を封じる弾丸の有用性は言うまでもない。もちろん、これ単体で倒せるほどに簡単な相手でもなし、ある程度は弱らせる必要があるんだけどね。……つまり星屑の捕獲には、近接戦闘をこなしつつ、確実なタイミングでこれを当てられる人材が必要になってくるってわけだ」


「——おい」


「封星弾の訓練を受けているのは、もっぱら研究畑の人間だけ。そんな人間に前線を任せられるわけもなし、これまで星屑の捕獲にはかなりの手間が必要だったんだけど……幸か不幸か、その二つを一人でこなせてしまう人間が、今ぼくの目の前にいる」


 電流のように走るのは、予感か、はたまた虫の知らせか。

 完全に想定外の角度から、点と点とを繋げられた。そう認識した時には、退路などとっくの昔に封じられている。


「というわけで、お待たせしたね雨宮くん。ようやく今日のメインテーマだ——星屑の捕獲・実地研修編。さあ、すぐに出かけるとしようか。既にアポは取ってあるからね」


「……そんなことだろうと思った」


 反論するタイミングなど、当然ながらどこにもありはしない。一方的な宣告によって、椅子の上で固まっていた体に出動指令がかけられる。

 どうやらこの炎天下の中、模擬戦ですらない戦闘をやる羽目になったらしい。何が個人的な話だこの野郎、個人的に命をかける案件があってたまるか。

 ……いや、なんとなくの予感はしていたけどもね? しかし、これだけ長々と話した末にやることが戦闘とか、あんまりにあんまりな結末である。俺のことを都合のいい実験体かなんかと勘違いしていないだろうか、この人……。


「ああ、安心するといい。今回は軍の正規隊員もついているからね、いざという時の備えも万全だ。さすがに純度100パーセントの実戦というわけではないから、そのあたりは気にせずのびのびと戦ってくれればいい。いい訓練になるはずだよ」


「そういう話をしてるんじゃないんだよなあ……」


 のびのびと戦うってなんだよ。成績の評定欄にでも書くつもりか?

長い長い夏の一日。主人公の受難はここからです。

次回は一週間後、来週日曜の夜に更新します。

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