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その道の先に  作者: たけのこ派
第三部/夏休み編
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3-6/問2.Hの心情は次のうちどれか

なお、Hの経歴については、脚注を参照のこと。

 こんにちは! わたしアメミヤ、元気いっぱいの高校一年生!

 暇つぶしのつもりで外出したら、別人レベルでイメチェンしてた知り合いと出会ってもう大変! よく分かんない関係性のまま、いつの間にかデートっぽい展開になっちゃった! 全然それっぽい話題が思いつかないし、向こうも変に意識してるのか全然喋ってくれないし、いったいどうなっちゃうの〜!?


 見りゃ分かるだろそんなもん。このザマだよ。


 直前までの(やかま)しさが幻だったのではないかと思えるほどに、会話の死に絶えた道程を経ることしばし。あまりの暑さと現実の厳しさに、気づけば俺の頭の中は謎の新番組予告に埋め尽くされていた。

 見てくれは確実に休日朝の女児アニメ枠だが、それにしてはあまりに嘘くさいのが引っかかる。年齢設定が高すぎるところを鑑みても、まず間違いなく詐欺予告の類だろう。

 テンプレで視聴者を釣りつつ、慣れてきた後半で鬱展開をぶつけてきそうな匂いがプンプンする。よくないなあ……詐欺予告(こういうの)は……。いや、徹頭徹尾ただの妄想なんだけども。


 が。そんな過酷な道のりも、これでようやくお開きだ。


「お邪魔しまーす……」


 なんと言えば良いか迷った末に、入店時にはおおよそ相応しくない言葉が口を衝いて出る。

 若干挙動不審になっているところも合わせ、その様子は他人の家に上がり込む泥棒の如しだ。水無坂から向けられるなんだコイツ、という視線も、客観的に見れば納得の一言しか出ない。

 しかし、だ。これも前に言った気がするが、職場に客として入るのはそれなりの度胸を要求されるのである。

 女(はべ)らせて堂々と来ました、なんて顔ができるわけもなし、結果としてこうなってしまうのは当然の帰結というものだ。こういうのは場数を踏まなければならないのだろうが、そもそも場数を踏むほどそんな経験をしたくない、というジレンマもある。なんか恥ずかしいじゃん、こういうの……。


 まあ、そんな話は置いておくとして。


 ドアを(くぐ)るや否や、体に吹き付ける心地よい涼風。我が愛しの職場クラニアは、今日も今日とて賑わいを見せていた。

 時間帯を考えれば納得の一言しか出ない客足も、今日はとりわけ伸びているらしい。(ちまた)では隠れた名店扱いされているらしいが、それもぼちぼち過小評価になりつつある。商業区いちの名店となるのも、もはや時間の問題だろう。

 レジの子気味良い音が響き、しばらくして同年代と思しき女子が扉の向こうへと駆けていく。なんとはなしにその様子を見ていると、俺たちの姿を認めた店員がこちらに会釈を送ってきた。


「いらっしゃいませー……っと、わお。今日はふたりで来たんだ」


「……まあ、話の流れでな。行きずりの関係ってやつだ」


「違います」


 適当なことを抜かすや否や、隣から氷のごときテンションで訂正が入る。空気和らげようとしたんだがなあ……駄目?

 俺たちのやり取りに笑いを返すのは、言わずと知れたこの店の看板娘(?)である降谷だ。今日も今日とて8時間みっちりシフトに入っているのだから、その勤勉さには頭が下がる思いである。

 あくまで与太話の類であるが、中には彼女目当ての客もいるとかいないとか。そんな噂話が大真面目に囁かれるあたり、やはり愛想のいい美人というのは居るだけでプラスの効果を生み出すらしい。聞いてるか水無坂、お前のことだぞ。

 ……しかし。今日の降谷は心なしか、テンションが低いようにも見受けられる。

 満面の営業スマイルは健在だが、その口調は平時と比べて明らかに下方向に向いている。知り合いでなければ気づけないほどのものだが、それだけにどうにも気になってしまうのは避けられない。


「折角のデートのとこ悪いんだけど、今ちょっと席が埋まってるんだよね。もうしばらく待ってもらわないと……」


「あー……5分かそこらか?」


「最短でもそれくらい、かな。店内で待てるように、店長には言っておくけど……」


 いえその、などと口(ごも)る水無坂を尻目に店内を見渡すと、なるほど座席はみっちり埋まっている。例の密談席はおろか、普通の座席もことごとく塞がっている隙のなさだ。

 ……にしてもこいつ、降谷に対してはやたら甘いというか弱いというか……。俺基準の対応を見過ぎたせいで麻痺しているのかもしれないが、俺以外と比較しても採点が緩いのは明白である。

 やっぱりアレですか、仲良くしてくれる人には強く出られないんですか。その理論で行くと俺は一番甘くなってしかるべきだと思うんだが。

 ある程度の混雑具合は覚悟していたが、正直ここまで繁盛しているのは完全な想定外だ。二週間近く寝ていたゆえに未経験だったが、夏休みと休日の相乗効果を甘く見積もりすぎていたと言われても否定はできない。


「——ああ、大丈夫。今この席を空けるから、もう少しだけ待ってくれるかな」


 ——と。


 進むべきか退くべきか、隣のご機嫌を伺いながら首を捻ることしばし。

 その思考を遮るようにして、手近な席から声がかかった。

 恐らくは先ほど退店した少女と相席していたであろう、聞き覚えのある爽やかな男の声。彼はこの上なく申し訳なさそうな顔で、今しがた届いたばかりのマグカップに手をかける。

 そのジェスチャーを見るに、今すぐこの中身を飲み干して席を立つ、という意思表示か。その迅速な判断、他人の為に動く性質は、いかにも彼らしい選択だと言える。

 ……の、だが。今回に限って言えば、それはあまり褒められたものでもない。


「いえ……先輩、それは——」


「いや、そんなことしなくていい。せっかく真心込めてマスターが作ったもんなんだから、きちんと味わってから帰ってくれ」


 どことなくバツが悪そうな声を出す降谷を遮り、そこに座る彼——樋笠へと言葉を投げかける。

 いかなバイト戦士とはいえ、俺もここの店員の端くれだ。コーヒーの一杯にしたって、店長(マスター)が丹精込めて作っていることくらいは知っている。

 もちろん、俺たちのために気を遣っているのは承知の上で、それでも。席を空けるために一気飲みされるくらいなら、時間をかけてでもゆっくり飲んで欲しいのが偽らざる本音なのだ。


「どうしても寝覚めが悪いなら、対面(こっち)に俺が座ればいい。待ってる客がいると思えば、多少は飲み干すのも早くなる」


 強引に言いくるめるような締め方をすれば、樋笠は驚いたような顔をして俺を見上げる。滅多にお目にかかれない類の表情は、言いかけた何かを飲み込んだようにも感じられた。


 ……まあ。彼が何が言いたかったのかは、なんとなくの直感で察せられるんだけども。


 いや、俺としてはかっこよく決めたかったんですけどね? 頭ごなしに否定するような物言いになってしまったが、コーヒーの件に関しては間違いなく本心なのだ。

 でもほら、このボリュームで立ち話なんかし続けたら、店内の空気とかえらいことになるし……。飯屋の空気悪くするくらいなら、強引にでも座った方がいいかと思って……。

 実際今もかなり悪目立ちしているというか、隣から何言ってんだお前みたいな視線の圧を感じるというか、ああもう全体的に胃が痛い。身も蓋もない本心を言ってしまえば、とっとと座って雲隠れしてしまいたいのである。

 すいませんお嬢、俺が悪かったです……実際、これに関しては紛れも無い俺の落ち度なので、平謝りする以外の選択肢などあってないようなものだ。良い子のみんな、思いつきで行動するとこうなるぞ! 発言はよく考えてからにしよう!


「……………………まあ、そういう人です、貴方は。というわけで先輩、こちら失礼しますね」


 射殺さんばかりの眼光と、次いで諦めきったような溜息。

 俺の横をするりと抜けた水無坂が、猫のような動きで二人掛けソファの奥に陣取る。呆気にとられた顔をしていると、間髪入れず絶対零度のごとき言葉がこちらに向けられた。


「何をしているんですか。悪目立ちしたくないのなら、貴方も早く座ってください」


 あれ、そういう流れ? いや、ありがたいし別にいいんだけども……。

 流れるように変化した状況を前にして、言われるがまま水無坂の隣に腰を下ろす。その空席ポンポンするやつ、駄姉(あね)以外の使い手がいたとは思わなかったな……同年の人間にやられると、ここまで気恥ずかしさが勝るものか。

 俺が座ったタイミングを見計らうようにして、降谷が手際よく机上を片付けていく。注文までの流れがひとしきり終わると、なんとも言えない微妙な空気が降りてきた。


「本当にすまないね。君たちに窮屈な思いをさせるのは、僕としても心苦しいんだけど……」


「いえ、お構いなく。……そちらも何か、世間話では済まないような空気でしたので」


 すっかり喧騒が戻った店内で、降谷(てんいん)の制服の裾がひらひらと揺れる。背を向けて遠ざかっていくそれを何の気なしに見送っていると、いつの間にか水無坂と樋笠が会話の口火を切っていた。


「特段深刻な話、というわけではないんだけどね。言ってしまえば、ちょっとした相談会のようなものだよ。会場がこの店になったのは、僕としても想定外だったんだけど……こうなることも視野に入れておくべきだったかな」


「いや、さすがにこの状況は予測できんだろ……」


 例によって頭を下げる樋笠を前にして、反射的に無難な言葉を選択してしまう。

 気の利いたコメントのひとつでも返せればよかったのだが、残念なことに俺はそこまで器用な人間ではない。まして他のことに意識が割かれているような状況ならなおさら……いや、別に降谷ばっかり見てたとか、そういうわけでは全然なく。


 ……しかし、「相談会」ね。なんとなくだが、降谷のテンションが低い理由も見えてくる。


 男女二人きりで食事に出かけているとなれば、そこに大なり小なり要らぬ邪推が入り込むのは避けられない。樋笠本人にそのつもりなどなくとも、影響力のある人間の行動はそれだけで波紋を呼んでしまう。

 彼の性格からしても、この店を選んだのは相手方の希望を尊重してのことなのだろう。色々と苦慮した上で、それでも相手の意を汲む選択に重きを置いたのは、何よりも彼らしい行動だと言う他にない。


 もちろん。降谷も聡い人間であるし、それくらいは薄々理解しているはずだ。


 樋笠にはそうするだけの理由があり、彼は心の底から本気で「相談会」に協力しているのだと——そんなことが容易に想像可能なくらいには、俺も彼の人柄を理解してきたつもりである。

 ……まあ、要するに。結局のところ、感情と理屈は別物である、という有りがちなオチが導き出されるだけなのだが。

 いいなあ……青春してんなあ……。俺だって、なんかもっとこう……いや、別にいいんだけどもね? それでも、さあ……。


「にしても面倒見いいな。……他人の相談役なんて、そう気が向くものでもなかろうに」


 よく冷えた水を一杯煽れば、未だ火照った体に心地よい刺激が走る。

 何を言うべきか、あるいは何をスルーすべきか。多少を冷えた思考を回して二の句を継ぐ。水無坂からまたも呆れたような視線が飛んでくるが、それは素知らぬふりで黙殺するのがマナーというものだ。

 具体的な話は全くわからないが、カウンセリングじみた行為をしていることくらいは理解出来る。無論、それがどれほど難しいものなのかも、(おぼろ)げながら把握しているつもりだ。

 この人望と聖人君子ぶりからして、例の彼女以外にも「お悩み相談」を受けていることは想像に難くない。他にも大なり小なり、多くの人間から同様のアプローチを受けているのだろう。

 個別的かつ慎重な対応が要求されるメンタルケアを、同時並行で複数個。そんなもの、どだい普通の人間には不可能だ。

 常人が調子に乗ってそんな試みをしたところで、状況をさらに悪くするだけであることは疑いようもない。いくら頑張って抱え込もうが、遠からず取り落すことになるのは目に見えている。

 

 だが——その上で。

 常人の域を遥かに超えた樋笠(こいつ)は、完璧な正答を引き当てるのだと。何の根拠がなくとも、そう確信できるのだから恐ろしい。


 相談相手である例の彼女も、問題を解くためのヒントを少なからず貰っているはずだ。あるいはもう既に、解答用紙そのものを受け取った後なのかもしれない。

 一人ひとりと真摯に向き合い、迷うことなく正しい答えへと辿り着く。それができるのが樋笠拓海と言う人間であり、だからこそ彼はこうして頼られている。

 ……もっとも。なまじ解決してしまうからこそ、(こじ)れる問題もあるわけなのだが。


「色々と相談してくれるのも、頼ってくれるのもとても嬉しい。それは本当だよ。……ただ——」


「——彼女のためにならない、ですか? 一概にそう言い切ってしまうのも、それはそれで早計だと思いますが」


 言葉を濁した樋笠は、煮え切らない表情のままカップに口をつける。それに鋭く切り返す水無坂の主張も、ここ最近の彼女を見ていればあながち的外れとは言えないのだろう。

 

「自分だけの力で見つけなければならないのだとしたら、多くの人間は道半ばで挫折します。どのような形であれ、本人の中で納得できるものなら、それは「答え」と呼んで差し支えないはずです」


 グラスに落とされていた視線が、やがて樋笠と相対するかのように上げられる。

 その瞳に宿るのは、平時のような揺るがぬ意志とはまた毛色が違うものだ。


「例えそれが、他者から与えられたものであったとしても——あるいは、与えてしまったと考えるのであっても。その答えの価値そのものは、最初からずっと変わりません。変わるものがあるとすれば、それはあくまで付加価値というものでしょう」


 迷って、苦しんで、それでもその道程を肯定すると言わんばかりの。

 星皇祭という大舞台を経た、今の水無坂だからこそ出せる色。確かな輝きを放つそれが、美しく揺らめく瞳の奥に宿っていた。

 

「付加価値、ねえ……今回の問題に関しちゃ、そっちの方が重要な気もするが。違うか?」


 ……ただ。しかし、だ。

 水無坂の主張に間然(かんぜん)すべき点などないと、そう前置きした上で。

 樋笠が懸念していることは、きっとそれとは別のところにある。


「ああ……そうだね、その通り。彼女の世界で、僕は今大きな立ち位置を占めすぎてる——それはとても危険で、不安定なことだ。一本しかない支柱が崩れたら、きっと根本から瓦解してしまう」


「……星屑(ダスト)のことか?」


「もちろん、それも理由のひとつではある。ありえない可能性とは言い切れないからね——僕の目が黒いうちは、なんて言うけど、僕の目がいつまでも黒いとは限らない」


 随分と都合のいいことを言っているのは、もちろん自覚の上だけどね。その呟きをかき消すように、二つのカップが眼前に運ばれてくる。

 真っ黒な液体に映り込むのは、いまひとつ腑に落ちていない間抜けな表情だ。理解力のない己に腹立たしさを感じて口をつければ、水面に僅かなさざ波が立つ。


「彼女も君たちも、向こうの世界からこっちへ来た人間だ。こっちの世界で生まれ育って、これからもこちらにいる僕とは、必ずどこかで相容れない部分が出てくる。それが将来みたいな大きいものか、あるいは色々な(しがらみ)からくる小さなものかはわからないけど……縛られたくないと思うほど、そういうものを意識してしまうのは避けられないからね」


「……意外だな。あの樋笠拓海が、そんなことに囚われてるとは思わなかった」


 自分で振った話題でありながら、とっさに口を衝いて出るのはそんな言葉だけだ。

 「あの」樋笠が——などと。安い冗談にもなっていないそれを聞き届け、しかし彼は柔らかく微笑む。

 きっとこの手の驚きも、当人からすれば既に見飽きた反応なのだろう。学習能力のない俺とは裏腹に、樋笠はどこまでも落ち着いた口調を崩さない。


「僕のような融通の効かない人間ほど、こういうことで頭を悩ませてしまうものさ。飛び越えていける人間になりたいと思っていても、現実はなかなかに厳しいからね」


「……お前が現実を悲観しなきゃならんのなら、俺は明日にでも首を吊ってるレベルだぞ」


「はは、まさか。そこでどうにかできるのが君だろう? なにせヒーローなんだから、さ」


「……ナイスジョーク」


 おおう……なかなかキレがよろしいことで。

 随分と珍しい言い回しに、先ほどとは違う意味で面食らう。

 俺の失態に対する彼なりのアンサーなのだろうが、にしたって切れ味が良すぎる気がしないでもない。普段冗談を言わないだけに、時折飛び出すそれがとんでもない高火力に思えてしまう。

 もちろん、底抜けに気の回る彼のことだ。今の俺の反応すら、完全に見越した上で言っているに違いない。これで手打ちにするという表明なのだから、咄嗟のやり口としてはあまりに洒落が効きすぎている。

 ……いや、敵わんなあ。本当に一年差かこれ?

 あまりに人間が出来すぎていて、10歳ほど詐称していると言われても信じそうになる。人生二周目だったりしない? それか、俺の精神状態の方がバグってるとか。なんか秘められた深層意識があるとか、そういう設定だと美味しいんですけど。


「それじゃ……オチもついたことだし、僕はこの辺でお(いとま)しようかな。無粋な真似をして申し訳なかったね——コーヒー、ごちそうさまでした。お陰さまで、味わって飲むことができたよ」


「おう。今度はサンドイッチも食ってけよ」


 立ち上がる樋笠の言葉を裏付けるかのごとく、空になったマグカップがかたりと音を立てる。

 無言ながらもしずしずと頭を下げる水無坂と、その隣で遠慮もへったくれもない言葉をかける俺。その違いに笑みを浮かべつつ、彼はひらりと手を振って席を後にした。


「…………移動するか?」


「別にこのままでも構いませんが——まあ、貴方が気になるというのであれば。二人で横並びになっているのも、それはそれで面白いですが」


 対面に座っていた人間がいなくなるや否や、流れ始める微妙な空気。それをどうにかしようと口を開けば、隣からは苦笑のようなものが流れてくる。

 いやだって、二人しかいないのにこの座り方は違うじゃん? とはいえ無言で移動するのもアレだし、そもそもこんな状況とか経験したこともないんですよ。女子と二人きりで喫茶店に来た時のマニュアルとかない? ないかー。 

 横目でチラチラと伺っていたものの、どうやらレジでギスギスすることもなかったらしい。降谷に二言三言話しかけた樋笠は、そのままドアベルを鳴らして炎天下へと踏み出していった。

 どうなるかとヒヤヒヤしながら見ていただけに、一部始終を見届けて胸を撫で下すのも仕方がないというものだ。バイト先が修羅場になるとかじゃなくてよかった……や、双方ともにそんな人間でないことくらいは、十二分に理解しているつもりだが。


「よっこいせ……っと」


 若人とは思えない掛け声とともに、水無坂の隣から対面へと席を移す。たったそれだけのことで見える世界が変わるのだから、(けだ)し美人というのは恐ろしい。

 いや、にしても顔がいいなこいつ……。距離としてはむしろさっきより遠くなっているのに、破壊力は数倍増しになっているのだからタチが悪い。この距離で目を合わせて会話するとか最高難度だろこれ……自分で言ってて悲しくなってきたな。

 あまりに距離の近い顔面を直視できず、視線をテーブルに彷徨(さまよ)わせる。目と目を合わせて会話できない、気持ち悪い人としてあまりにも満点すぎるんだよなあ……いや、自画自賛してる場合じゃないんだが。


 ……というか。机を眺め回していて気づいたのだが——もしかして。

 

「なあ、これ——」 


「伝票なら、あの人がさりげなく持って行きましたよ。気付かなかったのですか?」


「………………はー」


 ほーらやっぱり。そういうとこだぞ樋笠、いやマジで。

 …………はー。

本来は彼についてもう少し踏み込む予定でしたが、意図しないデート続行によりこのような形になりました。第四部ではもう少し踏み込んだ内容に触れる、かも知れません。


次回の更新は来週日曜日、夜ごろを予定しています。少しアバウトな指定になってしまいますが、目を瞑っていただければ幸いです。


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