3-5/問1.点Mから点Aまでの距離はいくらか
なお、点Mは1秒にx㎝動くものとする。
日本星皇軍の直下に位置する、広大すぎるほどに広大な地下街。商業区だけを見渡しても、その広さは軽く地上の数倍……え? この説明もう飽きた?
まあ、とにかく。何度言っても言い足りないほどに、このあたりは広大かつ複雑なのである。
星皇祭本戦のスタジアムへと赴く際に使用した、門に似た転移装置。この地下街全体、特に居住区や研究区に蜘蛛の巣のごとく張り巡らされているそれは、正式名称を駅というらしい。初めてこの地下街を目の当たりにしたとき、駅前の商店街という感慨を抱いたような気もするが……まさか本当に“駅”前だったとは、想像だにし得なかったというものだ。
転移の際は利用者から少量のマナを吸い取り、それを動力として転移を可能にしているのだとか。慣れていない人間が転移の際に軽い立ちくらみのようなものを起こすのも、ひょっとするとその影響なのかもしれない。
ちなみにこのターミナル、意外なことに商業区にはほとんど設置されていない。例の地下鉄じみた階段を使えということなのだろうが、方向音痴としては良い迷惑である。
……まあ、感覚としては電車やバスに代わるものなのだろうし、住宅地にそういった交通網が発達しているのは当然といえば当然だ。そもそもこの地下街自体、車の類をほとんど目にしたことがないし、貴重かつ重要な公共交通機関なのだろう。
——と。
随分と長々と語ってしまったが……要するに、何が言いたいかと申しますと。
場所、「駅前」の商店街。
日時、夏休みかつ日曜日。
そして——状況。見た目だけなら超一級品の美少女、しかも本邦初公開の私服姿と二人きり。
……これは。これは、もしや。
夢にまで見た駅前デート、というやつなのでは——
「——みたいなことを考えているのでしょう、貴方? 丸分かりです」
「……思考盗聴か?」
えっ怖……なーんで俺の考えを完璧に読めてるんですかねえ、この人……。
毎度のことすぎてすっかり感覚が麻痺してきたが、そろそろエスパー呼ばわりしても許されるレベルにまで成長している気がしなくもない。ここまでオチを的確に潰せるのも才能だと思うのだが、それほど俺の言動がわかりやすいということなのだろうか……。べ、べ別に、動揺とかしてねーし……。
「貴方の態度を見ていれば嫌でも分かります。見え透いている、という表現がこれ以上ないほどお似合いですよ、今の貴方」
「裏表がなくて素敵な人間だろ? ホワイト通り越して完全に透明とか、今どきの企業でも滅多にないぞ」
「貴方のそれは薄っぺらい、というのです。中身がない企業がやることなんて、せいぜいが横領くらいのものでしょう。詐欺に手を染めるのも時間の問題では?」
「広告なんて突き詰めりゃ詐欺みたいなもんだろ。必死に透明に近づけてる企業努力を舐めるんじゃない」
俺の動揺を他所に、水無坂はどこか楽しげな口ぶりで俺を責め立てる。まったく変わらない舌鋒の鋭さにも、一周回って安心すら覚えてくるのだから不思議なものだ。
お互いに偏見丸出しのバトルみたくなってきたので、ここらで手を引いておくことにする。なんでここまで責められてるんだろうな、俺……冷静に考えるとかなり理不尽だろ、これ。そろそろ訴えてもいいレベルだと思うんだが。
「……それより、エスコートのひとつでもしたらどうなのですか。貴方の人生でもまたとない機会ですよ? 経験を積んでおくのも、悪いことではないと思いますが」
「またとないなら経験積む必要もないだろうが……」
そして罵倒していたかと思えば、次の瞬間にはこの謂である。
コイツの中で、俺は一体どのような立ち位置にカテゴライズされているのやら。ミジンコの次くらいの順位に置かれてても驚かんぞ、俺は。
「ま、安心しろ。生憎と、取扱に難のある美人は触り慣れてるもんでな。エスコートがお望みなら、それこそ介護レベルでやってやることもやぶさかじゃない」
もちろん。真面目な話、水無坂と俺がそこまで親密な関係を築けているはずもない。
友人とも呼べない奇妙な関係性において、適切な距離感などというものが存在しているのか。久々の罵倒合戦も、その本質は間合いの探り合いだ。
相手が何を考えて、どういう感情を抱いているのか。そんなもの、俺の対人スキルで見抜けるはずがないのだから。
言葉なしには理解できないというのなら、どれだけ歪でも言葉を重ねる以外にない。その大前提があって初めて、この関係は成り立っている。
「お姉さんのことを言っているのだとすれば、また酷い物言いですね。貴方のことですし、手がかかる相手ほど喜びそうなものですが」
「……お前、分かって言ってるだろ」
「さあ、どうでしょう? ……ふふ」
……もっとも。真面目な空気を出そうとしても、向こうがこれではやる気も削がれるというものだ。
彼女なりに歩み寄りの姿勢を見せていると思えば、微笑ましくもあるのだが……それにしても、今日の煽りの練度高くない? コミュニケーション全部この方法でやるわけじゃあるまいな。
下手に関係性が進展したぶん、一方的な拒絶だった以前よりも面倒になったのは言うまでもない。どこまで踏み込んでいいのやら、デッドラインを慎重に探っている自分がバカらしくなってくる。
距離感を好き放題弄ってこられるとですね、俺のような人種は処理に困ってしまうのですよ。そこのところを理解してただきたい。
「……んで、目的地は? わざわざ降りてきたくらいなんだから、行きたいとこのひとつやふたつ——」
「おや、『デート』に目的地が必要なのですか? こういうシチュエーションは得てして、そのあたりを歩いて時間を潰すものでしょう。もちろん、エスコートする気になったというのであれば、お手並みを拝見させていただきますが」
「……デートをなんだと思ってんだお前は……もういい」
澄ました顔で首を傾げる水無坂に、任せていても話が一向に先に進まないことを悟る。
例によって煽りの類かと思ったが、どうやら今回に関しては何割か素も入っているらしい。行き過ぎたきらいのある教育を鑑みても、割といいとこのお嬢さまなんだよなあこいつ……。
ナイフのような言動に見え隠れしているが、たまにこうして世間知らずな娘らしいことを言い出すのだから恐ろしい。お付き合いは手を繋ぐところからとか、ほっといたらそんなことを言い出しそうだ。
「このクソ暑い中、延々とウィンドウショッピングするわけにもいかんだろ。とっととカフェあたりに引っ込んだほうがよっぽど健全だ。涼しいし、何より昼飯も食えるからな」
「……貴方の言う『カフェ』、該当する場所が一箇所しか考えつかないのですが」
「ああ、従業員価格で飯が食えるぞ。今なら美人で騒がしいウェイターもいるおまけ付きだ」
珍しく反応が遅れた水無坂に、これ幸いとたたみかける。
何に対して言い淀んだのかは知らんが、こちらの要望を通す機会をみすみすフイにするわけにもいかない。彼女としては炎天下でひたすら口論しながら練り歩きたいようだが、そんなことをしていては遠からずぶっ倒れるのは目に見えている。
「カフェ」などと意味ありげに行ってみたが、その内容は言うまでもなくバイト先のことだ。ここから歩けば5分程度でたどり着ける上、今ならランチまで出してもらえる厚遇っぷりである。
問題点があるとすれば、今日シフトに入っている同級生のことくらいだが……まあ降谷とて、仕事そっちのけで絡みにくるほど弁えていないわけではない。嫌というほどニヤつかれるだろうが、そのあたりはプライスレスで見逃すべきだろう。
……いや、マジでとんでもなくニヤニヤされそうだな……次のシフトに入った時どうなるのやら……。
「……この状況で美人などと宣う神経がわかりませんが、まあ、いいでしょう。そこまで遠いわけでもありませんし、軽食程度でしたらご一緒します」
「そりゃ嬉しい限りで。……んじゃ、とっとと行くか。ほれ」
とはいえ。この手の話題は秘密扱いすればするほど、どこかからか野次馬が集まってくるものだ。
昨日一緒にいるところ見たよ^^だの、二人はどういう関係なの^^だの。躍起になって否定しようとすれば、そのぶんだけ墓穴を掘ることになる。こういうのは適当に認めて、その上でやんわりと釘を刺しておくのが一番なのだ。
一生この手の話題には縁がないと思っていただけに、こんなことに腐心している自分自身がひどく滑稽に思えてくる。どうせなら本物の色恋沙汰で悩みたかったんだがなあ……なんもかんも、俺とこいつの関係が一言で説明できないのが悪い。
……そういえば。野次馬根性という単語、真っ先に該当しそうな男が一人いるのだが……どうしてか昨日から、奴とは連絡がとれていない。
別段差し迫った事情があるわけでもなし、むしろ知られていない方が都合がいいのは言うまでもない。
言うまでもない、のだが……何気なく送った連絡に反応ひとつ付いていないところを見れば、多少は不安にもなってくるというものである。基本的に即レスが返ってくる人間なだけに、何かあったのかと邪推してしまうのは避けられない。
……まあ。いかに胡散臭いあの男とはいえ、カテゴリとしては紛れもない人間だ。
人に言えない秘密のひとつやふたつ、抱え込んでいてもおかしくない。ああいうタイプほど実は曇りやすい、とは古事記にも書かれている伝統であるし、どうせ俺に話していないことも山ほどあるのだろう。
考えてみれば、俺は魚見恭平という男について何も知らない。下手に興味を持って首を突っ込もうものなら、それこそ野次馬という言葉を己が身で体現してしまうことになる。
あいつにはあいつの、俺には俺の。それぞれに踏み込まれたくない領域がある。それを朧げながらも認識していれば、今はそれで十分だ。
——と、そんなわけで。
そんな感じのどうでもいいことを刹那のうちに考え、眼前にいるお嬢さまへと意識を引き戻したわけなのだが。
「……? なんですか」
当の本人は応じるどころか、真顔で目をパチクリさせていた。なんだその顔は可愛いなお前。
「……いや、エスコートしろって言ったのお前だろ……」
そんな雑な反応ある? こっちはわざわざそれらしい選択をしてやったというのに、どうしてそんな顔をされねばならんのやら……。
心の底からポカンとした顔で見てくるの、ある意味直球の罵倒よりも効くからやめてほしい。なんて顔、してやがる……こんなアホ面を晒していても美人なのだから、蓋し顔の良さというのは罪作りなものだ。
「……別に、ちょっとした気の迷いだ。不要ならいい。余計なことしてすまんかったな」
自分でも何に不貞腐れているのかわからぬまま、一瞬傾きかけた意識を立て直す。
コミュ障あるある言いたい、余計な気を使って勝手に疲れがち。なんなら全部終わったあと、あの対応は良くなかったんじゃないかとか布団の中で頭抱えがち。いやマジでどうにかしたいんだよなあこれ……。
「——いえ。唐突なことだったので、少し面食らっただけです。先導していただけるのなら、ありがたく」
そして。完全にNGを出されたかと思えば、いつの間にやら話が進んでいるのだから驚きだ。
ええ……今の流れでOKなとこあった? 俺の貧弱な読解力では到底読み解けないんですが。コミュニケーションって難しいんだなあ……。
人の心というのは得てしてよくわからんものだが、どうやら女心というのは輪をかけて難解なものらしい。ガイドブックとかないの? このままだと、そう遠くないうちにヒトの心がない化け物扱いされそうで怖いんだが。
「……そうか、ならいい。行くぞ」
諸々の感情を押し殺し、平静を装ってそう口にする。
水無坂に振り回されていたはずが、いつの間にやらなんとも言えない空気になってしまった。これアレじゃん……冗談で告白したらOK出されて微妙な空気になるやつじゃん……いや、リアルでそんな体験したことないんですけどね、わはは。
外側に俺、内側に水無坂。他人というには遠すぎる、しかし友人というにはあまりにも微妙すぎる距離を保ったまま、目的地に向けててくてくと歩き出す。
適当な会話を続けようと思うものの、言葉が喉につっかえて出てこない。そういや会話の口火を切る役目はいつもこいつだったな、となどと思い至る頃には、とてもとても話題を切り出せる空気感ではなくなっていた。
……ところで、この空気の中5分歩くってマジ? 倦怠期のカップルでももうちょっとマシだと思うんだが。
教えてくれ五飛、俺はどうすればいい? ゼロは何も言ってくれない……。
近く、遠く、一定の距離感を保って。
会話させるだけで一話ぶんの文量が吹っ飛んだので、今週は二話投稿になります。二話目は明日の23時ごろ投稿予定です。
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