1−7/小さな星の話をしよう
再びの会話劇。ホシとスシのお話です。
その夜。
「それで? 毒舌美少女に完敗して、結局何も食べてないと。……何しに行ったの?」
「最初っから暇潰しに着いて行っただけだ。それより、何でここにいるんだお前」
「んー……親愛なる学友の引越し祝い、は理由になる?」
「却下」
謎の美少女とのじゃ〇りこ争奪戦に負けた俺は、あの後特に何をするでもなく時間を潰し、魚見と合流した。合流した時に何故かやたら魚見がホクホク顔だったのが気になったが、まあその辺は別にどうでもいい。金払っても聞こうとは思わん。
して、その後。
他の建物を軽く紹介されながら寮へと向かい、坂本大佐の言葉通り届いていた家具やら新品の制服やらを確認しているうちに時間は過ぎ。
完全に日が暮れていることに気付き、ひとっ風呂浴びて空腹をどう満たそうかを考えていたら、やたら高級そうな出前寿司を携えた魚見が押しかけてきて今に至る……という訳である。
「にしてもこの寮、また随分と豪華だな。どの部屋もこんなもんなのか?」
一通り片付け終わった部屋を、改めてぐるりと見回しながら呟く。
今すぐに生活できるだけの準備があるという話は、あながち誇張でも何でもなかったらしい。風呂やらトイレやらの必需品から便利な小物まで、生活に必要なものは既に揃っていた。ボロい寮の外見からは想像もできない、破格そのものの待遇である。
「まあね。見た目は昔の建物だから仕方ないとしても、設備は問題なく使えるはずだよ」
サーモンを至福の表情で頬張りつつ、半ば上の空で答える魚見。そんなにがっつかなくても誰も盗らねえよ。
「というかお前、こんな高級そうなもん頼んで大丈夫なのか。金欠になって泣きついてきても責任は取らんからな」
「あぁ、大丈夫大丈夫。請求先は坂本さんにしてあるからね。どれだけ食べても、痛むのは坂本さんの財布だけってことで」
外道め……胡散臭いどころか真っ黒だよこいつ。
やたらと手慣れたそのやり口に、戦慄も通り越して一種の感動すら覚えてしまう。もしかしなくても架空請求とかやり始めそうなんだよなあ……なんならもうやってる可能性すらある。
そんな俺の考えを知るはずもなく、目の前の手は旨そうに寿司を口へ運び続ける。主賓を差し置いてよく進む手だな、などと考えていると、その腹黒はふと思い出したように口を開いた。
「ひょういやひゃ」
「飲み込んでから喋れ」
「失礼。……そういやさ、何か僕に聞きたいことない? 坂本さんの説明は不十分だっただろうから、僕が答えられる範囲なら答えるけど」
「……聞きたいこと、ね」
寿司へと伸びる手を止め、昼間の話を思い起こす。
正直なところ、質問などいくらでもある。だが、いざ質問があるかと問われれば、言葉に詰まってしまうのもまた事実だ。
「……『星の力』だっけか? この超能力の名前は」
「うん。それが?」
「いやなに、随分な名前だと思ってな。実際のとこ、星と関係はあるのかって話だ」
しばらく顎に手をやって考えた末、ひとつの根本的な疑問に行き当たる。
現象だろうが道具だろうが、名前がついていることにはそれなりの意味がある。ただの異能力であれば、わざわざ「星の力」などという大層な名前を付けられることもなかったはずだ。
馬鹿らしいと言えなくもない俺の質問を前にして、しかし魚見もまた寿司を運ぶ手を止める。意外にも真面目に答えるつもりなのか、口を拭った彼は居住まいを正して俺に向き直った。
「こっちの世界の神話では、神様が一部の人間に特別な力を与えたことになってるんだよ。ほら、ちょうど絵本の中にもあったでしょ? 君が熱心に読んでたやつ」
「ああ……まあ、そうだな」
やめろ、蒸し返すな。言い返すのが面倒になってくるだろうが。
「で、それが今の話とどう関係するんだ。まさか、本当に神様の仕業だなんて言うつもりか」
「それが一番分かりやすい説明だしねぇ。ま、本当かどうかは神のみぞ知るって所かな」
うーわ、絶対ドヤ顔してるやつだわこれ。うまいこと言ったつもりかお前。
「にしても、未だに神話なんか信じる奴がいるとは思えんがな。あからさまに作り話だろ」
「作り話じゃない神話の方が珍しいと思うけど。結局、重要なのはその真偽じゃなく、それが信じられてるかどうかってことだよ……熱っ」
「淹れたばっかなんだから熱いに決まってるだろ……」
備え付けの食器棚から適当な湯呑みを探し出し、話の片手間にふたり分の緑茶を用意する。即座にそれを煽った魚見の口からは、珍しくやたらと含蓄に富んだ話が返ってきた。
らしからぬ気の利いた答えだが、ひょっとしてカテキンの殺菌作用が効きすぎたのだろうか。会話してて楽だし、個人的にはこのままずっと殺菌されててほしい。毎日出会い頭に緑茶をぶっかける、一考の余地ありだ。
「……とにかく。神話によると、特別な力を与えられた人間たちは神々と共に戦い、そして見事に勝利した。彼らはその力を忘れる事のないよう、能力の詳細を分類して星座という形に落とし込み記憶した。それが巡り巡って受け継がれるうち、『星の力』なんて呼ばれるようになった——とか、なんとか。ここまで言えば、もうわかるでしょ?」
ふむ、なるほど。
つらつらと語られる話を聞きながら、自分の湯呑みを引き寄せて一息に飲み下す。熱々の緑茶が喉を滑り落ちる中、魚見の言葉が脳内で幾重にも反芻される。
「分からん。つまり?」
考えるのもめんどくさいのでさっさと解答を提示するよう促すと、なんとも言えない渋い顔が返ってきた。
何を期待してたのかは知らんが、こっちはとっくに今日の分のキャパを超越しているのだ。ろくすっぽ頭が回ってないことくらい、持ち前のスキルで察して欲しい。
「少しは考えてもよかったんじゃないかな……さっきの質問の答えだよ。なぜ『星の力』なんて大層な名前がつけられてるか、それはこの超能力が特徴別に88個の星座に割り振られて分類されてるから、ってこと。大熊座なら力が強い、鷲座なら動きが速い、みたいな具合にね。同じ星座の力でも個人差があって、それによって出力にも違いが出る。早い話が運動神経みたいなもんだね。ま、厳密には88個じゃないし、十二宮みたいな特殊な例もあるんだけど」
「その、ゾ……何とかってのは?」
「名前の通りだよ。十二星座、星座占いとかで見るあれに該当する星刻者のこと。簡単に言えば、めちゃくちゃ強くて希少な能力なんだよね。星皇軍全体で見ても、僕が知る限りじゃ一人しかいなかったはずだよ」
「……ほーん」
十二宮。なかなか男心を擽るワードに、俄然興味がそそられる。
運動神経という例えには辟易するが、理解がしやすいこともまた確かだ。カテゴリ別の能力分類とか、別格上位レベルの能力とか、男子なら嫌いなはずがないんだよなあ……あとは13番目の十二宮なり、人工的に作られた能力なりが出てこれば文句のつけようもない。
「それなら、自分の能力も分かるのか? どの星座に該当するのか、とか」
「もちろん。最近はデータも豊富だから、そのへんは簡単に調べられるよ。……というより、基本は入学前にこっちで勝手に調べるんだけどね。特定しておくに越したことはないし、管理もしやすくなるから」
「……じゃあ、俺は」
抑えられない興奮に、知らず前のめりで質問を返してしまう。
なんだかんだで知らないまま進んできたが、自分の能力が星座に関連する、と言われれば気にならない道理はない。それも特殊な能力の可能性とか、否が応でも期待はしてしまうものだ。分かっていても宝くじを買ってしまうのが、男の悲しい性というものなのである。
「君の場合、経緯が経緯なだけにまだ調べられてないんだよね。ま、そのうちきちんと測定してもらえると思うけど、どちらにせよ過度に期待はしない方がいいよ。水が出るだけの分かりやすい能力だしね——ポンプ座とかコップ座とか、そのへんじゃない?」
が。
抱いていた小さな望み。儚い存在感を放っていたそれは、しかし心ない一言によって無残にも両断されてしまう。
もっとこう、なんかそれっぽいのがあるだろ。言うに事欠いてポンプってなんだよ……せめて消防車とかハリネズミとかないの? 鯨とジェット機でもいいんですけど。
「だったら、そう言うお前は何なんだよ」
二杯目の緑茶を湯呑に注ぎながら、仏頂面で魚見に問いかける。俺だって最強能力で無双とかしてみたかったんだが。主人公の能力が最強とか鉄板だろ、お約束守れよ。
「僕は——蛇だね。蛇座。戦闘には向いてないハズレ枠だよ」
「…………似合ってるな」
いや。ドンピシャだろそれ。
返ってきた100点満点の答えに、何事か言おうとしていた勢いが根こそぎ取り払われる。愚痴のひとつでも言ってやろうと思ったのだが、ここまで完璧だと難癖すらも出てこない。
似合っていると言うより、正直言ってこれ以上ないくらいに適役だ。名は体を表すとはよく言ったものだが、それにしたってこれはやりすぎなくらいである。無垢な人類にダース単位で林檎を売り捌く作業をしていても、一切違和感がないのだから恐ろしい。
「ま、僕も僕でちょっと特殊なんだけどねぇ。それより、他に質問とかはない? 今なら出血大サービスで答えるけど」
「……じゃ。お言葉に甘えて、もひとつ聞いていいか」
「ご自由にどーぞ。あ、これ美味しい」
会話が一段落したことで、今まで止まっていた魚見の手が再び動く。
質問を受け付けると言いながらも、再始動した食欲のアクセルが止まることは決してない。サーモンを一瞬で吸い込んで穴子に手をつける様は、側から見ればどちらが主賓かわからなくなるほどだ。目の前で茶を啜っている俺にネタを残しておこう、という思考回路は一切持ち合わせていないらしい。
よくよく考えてみれば、先程から寿司の七割ほどはこいつの腹の中に収まっている気がする。蛇の要素がこいつの胃袋説、割とありうる気がしてきたな……蛇というかウワバミだろもう。緑茶じゃなく酒飲ませた方がいいんじゃなかろうか。
「……最初から訊きたかったんだが。こいつは何なんだ」
残り少ない寿司に見切りをつけ、議題の中心となるそれへと意識を移す。
俺が今現在指差しているのは、魚見が寿司と一緒に持参したもの。机の端に無造作に置かれているそれは、文字通り何の装飾もない素朴な木箱だ。高級ハムが入ってそうなあの箱、と言えば伝わるだろうか。
……だが。ハムなどとは比べ物にならないほどの危険物が、その中には丁重に仕舞われていたのである。
「あー、それ? 坂本さんからのプレゼント。いや、プレゼントって言い方は正しくないか。『預かり物だからお前に返しておく』とかなんとか言ってたよ」
「……誰にも預けた覚えがないんだがな、こんな物騒なもん」
木箱の中にあったのは、映画やアニメでしかお目にかかれないもの。
それは、紛うことなき殺人の道具。フィクションの世界では当たり前にありつつも、実際に見ることなどあってはならないはずのもの——文字通り、本物の拳銃がどっかりと鎮座していた。
魚見に世間話のテンションで「それ本物だよ」などと言われた時は、本気で背筋が凍ったものだ。最初はべたべたと不用心に触っていただけに、恐怖も驚きも五割増どころの話ではない。本物ならもう少しそれっぽく保管してくれ、と声を大にして言いたい気分である。
「だいたい、こんなもん貰ってもどうすりゃいいんだよ。銃刀法違反で捕まるだろ」
「こっちじゃ銃刀法違反なんてあてにならないんだよねぇ……もっと物騒なものを持ってる人だってゴマンといるし。むしろ、神器を持ってない君には心強い味方になるかもだよ?」
「じんぎ?」
ひとつの疑問を解消したかと思えば、またしても耳慣れない単語が魚見の口から飛び出してくる。星屑ってアラガミだったのかあ……ないぞうはかいだんって使えます?
「うん、君が考えてるものとは多分違うものだと思うけどね。まあ、そのへんはおいおい分かるから大丈夫。焦らない焦らない」
「……質問に答えるって言ってた気がするんだがな、お前の口」
「正解を教えるとは言ってないからねぇ。それに、このへんは話を聞くより実際に見た方がわかりやすいと思うよ。百聞は一見に如かず、ってね」
何だそりゃ。出来損ないの頓知でも出された気分だ。
呆れている俺を放置したまま、魚見はよっこらせと腰を上げる。動きにつられて視線を向ければ、あれだけあった寿司はいつの間にか綺麗さっぱり消え去っていた。
「いやー、食べた食べた。やっぱりたまにはお寿司もいいよねぇ。坂本さんのお金だし、次は焼肉でも行ってみますか」
ご満悦の表情で腹をさする魚見の言葉は、完璧なる外道のそれだ。俺の視線を受けても身じろぎすらしないあたり、自覚してやっているのだからタチが悪い。
歓迎会はここまでということらしいが、不思議なことに歓迎された気が全くない。寿司は食べられ会話では煙に巻かれ、結局残ったのは虚脱感だけである。歓迎会にかこつけて寿司食いたかっただけだろお前、騙されんぞ。
「んじゃ、僕はそろそろお暇するよ。おつかれさまー」
最後の一貫を出前の皿ごと掠め取り、魚見は上着を手に玄関へ向かう。どうでもいいけどそのイクラ、最後に食べたくてわざと残しておいたんだぞ。どうでもいいけど。
「……あぁ、間違えないように言っておくけど、クラスは一棟の一階ね。一番端っこだから、初日から寝坊しないように気をつけて。じゃ、おやすみ~」
「……はあ。お疲れさん」
忠告なのか煽りなのかよく分からない言葉を残し、今度こそ魚見は夜の闇へと消えていく。
隙間風を招き入れながら、軋むような音を立てて閉まる扉。終始やりたい放題だった奴の姿が見えなくなると、途端に部屋は静寂に包まれた。
「……疲れた」
……いや、それにしても喧しかったな。あいつとの会話、想定の5倍くらい疲れる。
ぶるりと身を震わせ、居間に戻って腰を落ち着ける。改めて部屋を見回してみると、想像以上に部屋が広いことに気がついた。
考えてみれば、本格的な一人暮らしというのは俺にとって全くの初体験だ。必要最低限の家事スキルは持っているものの、それにしても心配事は尽きないものである。
……具体的には、うちの姉の安否とか。彼女が一人で暮らせるビジョン、絶望的なまでにまったく思い浮かばない。外見全振りで生命力ゼロ、生態的にはパンダが最も近いのではないだろうか。
「……預かりもの、ね」
慣れない感覚を紛らわせるためか、俺の手は自然に木箱へと向かっていた。
やりすぎなほどの注意を払いつつ、木箱から件の拳銃を取り出す。ひやりとした感触のそれを慎重に検分すれば、なぜかそれは意外なほどしっくりと手に馴染んだ。
言うなれば、身体が覚えているとでもいうべきものか。拳銃を、それも本物を触ったことなど、天地神明に誓ってとんとないはずなのだが……事故に巻き込まれた拍子に記憶喪失になったとか、そういう設定があったりするのかもしれない。あかつき号事件とかスカイウォールの惨劇とか、そんな感じの名前がついていればなお良しだ。
「……ふむ」
駄目だ、まったく分からん。
脱線しつつも記憶を辿ってみたものの、当然思い当たる節などさっぱりない。思考を隅々までひとしきり洗い出してみた末に、諦めた方が早いという結論に至る。
このまま考えていても、恐らく答えが出ることはない。無為に時間を過ごして遅刻するよりは、明日に備えて早めに寝た方がよほど賢い選択だろう。
銃を木箱に戻し、諸々の作業を済ませてベッドに横になる。寝れないだろうと思っていたがそんなことはなく、すぐに眠気が瞼の上にのしかかってきた。
「……うあ」
何となく感じる寝心地の悪さ、それを忘れようと一度寝返りを打つ。
たった二日間の出来事とは思えないほどの、濃密すぎる体験の数々。薄れゆく意識の中、それらが走馬灯のように脳内を無秩序に駆け巡る。
星屑との死闘。坂本大佐から聞かされた、数々の突拍子もない話。地下街での少女とのやりとり——そして最後に、見覚えのない一丁の拳銃。
溶ける。
解ける。
それら全てが混ざり合い、一つになって融けてゆく。
——気付けば、誰かが笑っていた。
楽しくて仕方がないという風に、気味の悪い笑みを満面に浮かべて。
その姿は誰のものなのか。その顔は、その笑いは、何を意味するものなのか。
深く考える間もなく、俺は転げ落ちるような眠りに誘われる。
俊と魚見の会話劇をどれだけ楽しく描けるか。この作品を書くにあたって、作者が課している命題のひとつです。
ちなみに出前寿司、お値段にして軽く5000円。ほぼ全てが魚見の腹に収まりました。
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