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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
77/126

EX-6/ファイル1

今回の番外編は短編集形式になります。合計文字数が過去最高レベルで長くなったので、のんびりとお楽しみください。

No.1/『一ノ瀬(いちのせ)一楓(いぶき)の人事レポート』より一部抜粋


※適合率は最新の測定結果に基づく。




●雨宮俊(あめみや-しゅん)

・能力名:——

 …自身および、起点に定めた箇所からの水流の放出


・適合率:106

・肩書き:日本星皇軍第二本部附属 星皇学院所属 第一学年

・年齢:15(2/7)


・主な実績

 …Cクラス星屑の討伐

 …第二本部強襲事件における主犯格「カイン」の撃退

 …本年度星皇祭妨害事件における主犯格の捕縛に貢献


・危険度:S(特殊事例。取り扱いに格別の注意を払うこと)


・性向

対人能力は低め。こちらから働きかければ応じるが、積極的に輪を広げるようなことはしない。基本的に無害、受け身のスタンスであるが、親しくなった相手に対しては能動的に問題解決に動く場合もある。

特筆すべき性質として、大規模な問題、特に戦闘へと派生する恐れのある重大局面において、予想外の働きをすることがある。言うなれば人智を超えた第六感とでも呼ぶべきもので、「カイン」はこの性質を指して英雄(ヒーロー)と呼称している。本人も半ば以上無意識で行動している事象であり、この性質を制御することは難しいと言わざるを得ない。


備考コメント

 ……いや、格別の注意を払えって言われても……。情報なんてもらってないも同じだし、そもそもこれに関しては上のほうが直接目をかけてるレベルだし。

 一応、何かあれば動ける立ち位置は確保しているつもりだけど、持ち前の直感で動かれたらどうしようもない。正直な話、彼が騒ぎに関わるとろくなことが起こらないので、じっとしていてほしいというのが率直な感想。お姉さんも多分そう思ってる。




○水無坂綾乃(みなさか-あやの)

・能力名:とびうお座(特殊能力強化型/水属性)

 …空間転移


・適合率:102

・肩書き:日本星皇軍第二本部附属 星皇学院所属 第一学年

・年齢:15(1/17)


・主な実績

 …第二本部強襲事件において問題解決に貢献

 …本年度星皇祭「個人戦の部」入賞


・危険度:B(言動に不安定な傾向あり)→C(安定)


・性向

誰に対しても一線を引き、過度な関係性を築こうとしない。両親との確執から生じた問題より、結果を出すことに腐心し、己が目指すところのために過剰なまでの研鑽を重ねている。

努力家、といえば聞こえはいいが、その実盲目的に縋っている節があり、そのことを本人も薄々ながら自覚している。方向こそ定まっているものの、現状において精神の支柱となっているものはあまりにも不安定であるため、継続的な監視が必要である。

(更新)星皇祭を経て心境の変化があったのか、問題となっていた余裕のなさに大幅な改善が見られた。その後も継続して監視を行なっているが、安定した状態を保っているため、危険度の引き下げを提案する。


備考コメント

 星皇祭で雨宮くんと絡み出した時はどうなることかと思ったけど、どういう風の吹き回しか吹っ切れたみたい。周囲に対するスタンスは不干渉を貫いているけど、トゲがなくなったこともあってかなり柔らかくなってるのは事実。……そのくせ彼に対する態度はそこまで変わらないあたり、ツンデレの才能あると思う。




○降谷香純(ふるや-かすみ)

・能力名:こぎつね座(特殊能力強化型/火属性)

 …使い魔(まめまる/本人命名)の使役


・適合率:93

・肩書き:日本星皇軍第二本部附属 星皇学院所属 第一学年

・年齢:15(10/17)


・主な実績

 …第二本部強襲事件において映像資料を提供

 

・危険度:A(精神に深刻な支障あり。継続的な監視および個別の対応が必須)→C(安定)


・性向

外部からの刺激によって、自然的な解放の前に能力が発現してしまった、いわゆる「暴発組」。自動車事故に巻き込まれ、彼女以外の家族全員が落命する状況の中でひとり生き残ってしまった、という状況に置かれているため、能力および自己の生存そのものに対して深刻な心的外傷を抱えている。外部に対して過度に攻撃的になる性質は持ち合わせていないものの、自罰的かつ強い破滅願望を抱えており、その在り方はあまりに危うい。個別的なケアを最優先して行う必要がある。

(更新)高等部に進学し、剣道部に所属したことによって、心境に大きな変化があった模様。中でも高等部2年の樋笠拓海に多大なる薫陶(くんとう)を受け、心身ともに奇跡とも呼べるほどの回復を見せた。

現在では本来持っていた社交性が十全に発揮され、クラスの中心人物とも呼べるほどの立ち位置に成長している。樋笠拓海に対する依存もそれほどなく、精神的にしっかりと自立できているため、危険度の引き下げを提案する。


備考コメント

 正直、ここまで持ち直すとは思ってなかったから、今でもかなり驚いてる。俊——じゃなかった、雨宮くんの長期監査から戻ってきて顔を合わせた時は、本当に誰かわからなかったくらい。不甲斐ない私の立場で言う資格がないことは分かっているけど、樋笠さんには本当に感謝してもしきれない。

 ……うん、本当に。




○樋笠拓海(ひがさ-たくみ)

・能力名:おおかみ座(身体能力強化型/風属性)

 …身体能力強化補正の上昇、特に脚力および持久力に顕著な強化

 …友軍が存在する場合、その規模や程度に応じてさらに補正率が上昇


・適合率:117

・肩書き:日本星皇軍第二本部附属 星皇学院所属 第二学年

・年齢:17(7/3)


・主な実績

 …第二本部強襲事件における主犯格「カイン」の撃退

 …本年度星皇祭「団体戦の部」および「個人戦の部」優勝

 …昨年度本部対抗競技大会「剣道競技の部」優勝


・危険度:C(安定)


・性向

誰に対しても極度に友好的かつ、情に厚い。知人だけではなく、一度顔を合わせただけの人間や、場合によって見ず知らずの他人すら躊躇せずに手を差し伸べる行動力と、相手が抱え込んでいる問題を許容するだけの懐の広さを併せ持つ。自ら望んで輪の中心に立とうとするのではなく、挙措と言葉によって自然と人を集める、筋金入りの人格者。

また、本人単体での実力、有事における適切な判断力も、他の学生とは一線を画している。状況如何によっては指揮官として場を統率することも、他の戦力と協力して事に当たることも可能な存在であり、今すぐに部隊への配属も可能なほどの戦闘能力を有している。将来星皇軍を運用する上で、不可欠な人材の一人であると断言できる。


備考コメント

 いや、コメントの必要ある? ってくらいの完璧超人すぎて……。

 実力は樋笠の人間だから、で納得できるところもあるけど、それ抜きでも相当な鍛錬を積んでなきゃこうはなれないはず。それでいて驕ることもなく、近寄りがたいこともないんだから、まさに完成されきった人間だって笑いが出てくるレベル。彼に救われた人間は、きっと片手の数じゃ効かないんじゃなかろうか。




●魚見恭平(うおみ-きょうへい)

・能力名:へび座(属性能力強化型[特殊能力強化型]/土属性)

 …自己再生


・適合率:90

・肩書き:日本星皇軍第二本部附属 星皇学院所属 第一学年

・年齢:15(2/29)


・主な実績

 …特になし


・危険度:C(安定)


・性向

 多くの人間と平等に付き合い、交友関係を薄く広く保っている。情報収集に努めているような様子こそあるものの、その立ち位置はあくまで学生生活を送る上での情報通という立場に留まっており、それ以上のことに踏み込む様子は見られない。いずれの問題にも深入りせず一定の距離を保つため、現状において注視する必要性は感じられない。


備考コメント

 特になし。



# # #



No.2/適合率について:『日本星皇軍第二本部研究顧問 滝川玲氏の講義記録』より一部抜粋


※本記録は講義内容を書籍の形にまとめたものであり、実際の講義内容とは異なる部分があります。ご了承ください。




『続いての議題は適合率——先ほども話題に出した、『星の力』と星刻者がどれほど結びついているか、を示す数値についてです。……おっと、どうかそんな顔をしないでいただきたい。分かりきっていると思うことであっても、改めて学ぶと思いもよらない発見があるものですからね。

 では、話を本題に戻しましょう。まず、そもそもの大前提ですが……適合率は0から始まり、200で最大値に至ります。ですが皆さんもご存知の通り、それらの数値に当て嵌まる星刻者はいない。何故だか分かる方、おられますか?


 ……はい。稲葉(いなば)さん、正解です。そもそも、『星の力』が発現する適合率はおおよそ70。それ以下の適合率では、能力を宿していても発現することはないからです。つまり能力発現の過程で、星刻者はみな適合率の段階的な上昇を経験しているというわけですね。

 そして、これも稲葉さんが述べてくれた通りですが——下限が存在するのであれば、当然上限値も存在します。

 どれだけ適合率が高かろうと、正常なままではそのラインを突破することはできません。適合率180、このラインを飛び越えられたことそのものが、既に星屑(ダスト)に変質しきっている動かぬ証拠となるのです。……このあたりは以前の講義で取り扱ったので、今回は軽く触れるに留めますが。


 ところで、適合率は10ごとに成長が鈍化する傾向がありますが、これは見方を変えれば成長度合いの指標にすることもできます。現在の適合率は〇〇だ、これは一般的なレベルで言うとどれだけだ……というふうに、いわばゲームのランクやら偏差値のような扱いができるわけですね。ここにいる皆さんも、一度はそういった己の適合率についてそのような見方をしたことがあるかと思います。


 それでは、ここからはその区切りとなる適合率について、より深く見ていくことにしましょう。


 まずは適合率70。先述したように、覚醒直後の星刻者は、平均してこのあたりの適合率に位置することになります。

 (つぼみ)として燻っていた能力が開花し、一人の星刻者として成立する。よほどの問題点がない限り、能力の基礎的な制御方法さえ覚えれば、この数値台の壁は楽々突破できることでしょう。

 もし70台で止まる方がいるとすれば、その理由は大別してふたつ。未知のものである能力への恐怖を消しきれていないか、あるいはそこが最大値であるか、です。


 前者であれば、軍による適切な指導と理解の深化によって、その恐怖を拭い去ることができます。……ああ、もちろん気後れする必要はありません。能力に対する不安を消し去ることが、日本星皇軍の至上命題なのですからね。

 もし後者であった場合は——これは少々、残酷な言い方になるかもしれませんが——そこが彼もしくは彼女の限界だった、ということになります。

 人には何事も向き不向きがありますが、それは能力の伸び(しろ)においても同様です。要は一般的なそれよりも早い段階で、頭打ちになる時期が来てしまった、というわけですね。


 ……もちろん。適合率が早期に打ち止めになったからといって、悲観することは微塵もありません。


 一部例外こそありますが、身体能力の補正は適合率の高低で天と地ほどの差異が出るものではありませんし、他者に比して弱い能力も使いよう次第です。現に私は、適合率が70台でありながらも、この星皇軍において最強と呼べるまでに練達した使い手を一人知っています。

 才能が全く影響しない、とは言いません。ですが、何事もある程度までは努力と工夫で覆せます。一念が鬼神に通じる場合もあることを、皆さんにはぜひとも知っておいていただきたいのです。


 ……話が脱線してしまいましたね。改めて、続きから話し始めることにしましょう。


 適合率80、この値は数ある区切りの中でも指折りに重要な値です。

 毎年6月ごろは、この値を意識する学生のみなさんもかなり多くなりますね。特別講座などでもこの値をひとつの目標としていますから、目にする機会はそれなり以上にあることでしょう。

 ……そう、お察しの通りです。適合率80への到達は、すなわち神器の獲得を意味します。

 適合率を高める上で最初に遭遇する壁であり、成果がもっとも明確な形で現れる境界線でもあります。5月あたりから開講される神器獲得教室でも、この話は耳にタコが出来るほど聞くことになるかと思います。

 早めにコツを掴んだ方であれば、4月の段階でもう到達されていることもあるかもしれません。センスありきの問題にはなりますが、ここに到達できるか否かは、星皇祭の明暗を分ける大きな分かれ目になるため——


 ……いえ、失礼。このあたりは、みなさんの方がよほど詳しいでしょう。

 とにかくここでは、80が神器を獲得するための値であることさえ覚えていただければ結構です。


 続いて焦点となるのが、適合率100の値です。これもみなさんには周知の事実かと思われますが——ええ、正解です。所謂(いわゆる)三桁の壁、と呼ばれているものですね。

 99と100の間には、これまでとは比べ物にならないほど大きな壁が横たわっています。この壁を越えるには、努力はもちろんのこと、何よりも卓抜したセンスと経験が要求されることになります。軍の実働部隊に入るためには、最低でもこの壁を突破しなければならない……といえば、どれだけ険しい門であるのかが分かるかもしれません。


 客観的な判断基準として、適合率100を越えれば間違いなく「優秀」な部類です。中には類稀(たぐいまれ)なセンスでもって、覚醒から数ヶ月もしないうちにここまで上り詰めてしまうルーキーもいますが……そういった部類の人間はごく一握りの資格者であって、九分九厘の星刻者にとっては遠すぎる世界と断言できます。

 自身の能力に対する理解を深め、何が出来るのかの分水嶺(ぶんすいれい)を冷静に見極める。「向こう側」に立っていない大多数にとって、能力と長期間向き合い続けることこそが、壁を越える最良の手段です。決して楽なものではありませんが、ここまで至ることができれば、能力の制御はもはや皆伝も同然でしょう。


 学生のみなさんにとって、この適合率100に至ることこそ最終到達目標である——この数値にはそう言って差し支えないほどの難易度と、習熟度が要求されます。長い道のりではありますが、みなさんが三桁の世界を踏みしめることを、心待ちにしています。


 ……さて、それでは。少し余談じみた形にはなりますが、ここからは「この上」を目指す狂人向けの話です。


 これも以前に説明した通り、適合率を上昇させることはすなわち、己自身に課したリミッターを少しずつ外していくことと同義です。成長の途上で問題なく通過できる二桁台であればいざ知らず、三桁に突入してからの危険性は、当然数倍どころの話では済まなくなってきます。

 例えるならば、既に膨らみきった風船に空気を送り込むようなものでしょうか。適合率を1上昇させるだけでも、経験とセンスに基づいた綱渡りの見極めが求められることは多言を要しません。ここまで到達できた星刻者でも、たったひとつのミスで星屑へと即座に転落する理不尽さに満ちています。


 100を超えれば「優秀」と言いましたが、適合率110を突破すれば紛うことなき「精鋭」です。120まで到達できれば真性の「天才」、軍のほうから諸手(もろて)を挙げて迎え入れられるでしょう。本人如何によっては、学生のうちから特例でスカウトされる、ということもあるかもしれません。

 むろん、実戦に臨むのは卒業してからになりますが、それ以前から特定の訓練プログラムが組まれる可能性すらあります。数年に一度クラスの才能を冗談でも逃していいはずがない、というわけですね。


 事実、学院設立からこれまでに観測された、数人のライン突破者——適合率120オーバーの生徒は、いずれも卒業前にスカウトを受けています。本人に最終決定権があるのは大前提ですが、学生のうちにこの領域に到達できるのは、控えめにいっても傑物(けつぶつ)と定義できるでしょう。彼もしくは彼女ひとりが戦況を左右する可能性すらある、まさしく得難い才能であることは、今更言うまでもありません。……こうして多大な期待をかけるのは、私個人としてはあまり本意ではないのですが。


 ——はい、稲葉さん。……なるほど、良い質問です。


 適合率120の時点で「天才」であれば、その先に到達した者はどうなるのか。ええ、ここまで聞いたみなさんであれば、持っていて然るべき疑問でしょう。


 この言い方は語弊を招きますが、あえて端的に述べさせていただきます。

 適合率130以降、「天才」を超えた領域に足を踏み入れたごく一部の星刻者たちは——もはや「異常」と呼んで差し支えない領域に到達しています。

 本来であれば、適合率130から180までは人ならざる位相……星屑に変質するまで秒読みと言えるほどに均衡を崩した、人と魔の中間点である存在が該当する領域です。そんな場所に、己の自我を完璧に保ったまま踏み込める人間は、当然ながら常人の類ではありません。


 傑物と言う言葉も超え、英雄や化身と呼ぶことすら大袈裟ではない。場合によっては十二宮(ゾディアック)にも匹敵しうる、あまりにも強大な力を持っています。


 大き過ぎる力は崇敬(すうけい)を集めますが、それ以上に畏怖(いふ)の対象となります。10年と少しの歴史を刻んできた日本星皇軍においても、適合率130を超えて安定している例は本当にわずかです。そのうちの一人は、この第二本部のトップを務めていますが……彼がどのような業績を成し遂げてきたか、という点に考えを巡らせるだけでも、その影響力の大きさが理解できることでしょう。


 時代の変わり目に不世出(ふせいしゅつ)の才能が現れるのは世の常ですが、それは時として大きなうねりをもたらします。以前のそれが10余年前の革命だとすれば、次の潮流はもうすぐそこまで迫っている……のかも、しれません。


 ——さて。綺麗にオチもついたところで、次の講義に移ることにしましょう。


 10分の休憩を挟んで、午後3時ちょうどから講義を再開したいと思います。質問等ある場合は受け付けますので、どうか気兼ねなく聴きにきてください。また、続いて取り扱う議題についてですが……』



# # #



No.3/週刊月報 特集『消えた凶悪犯を追え! シリーズ』より『事件簿5 闇に葬られた鬼 〜殺人に魅入られた少年の足跡を辿る〜』




『 読者の皆さんは覚えておいでだろうか。あの凄惨極まる、そしてそれ以上に不可解な一つの事件のことを。

 5年。そう、世間を騒然とさせたあの事件から、既に5年が経過しているのである。

 当時お茶の間でテレビを囲んでいた方なら、誰もが知っている大事件……目を覆いたくなるような悲惨さでありながら、しかし世間の注目を捉えて離さなかったあの出来事も、気づけばもう誰も話題に出さなくなって久しい。

日本列島を恐怖と好奇の渦に叩き込んだ未曾有の恐怖すらも、時間の荒波には逆らえないのだろうか。このまま完全に風化し、誰からの記憶からも完全に消え去ってしまうことを待つだけなのだろうか?


 ……いいや。断じて否である。


 今こそ。放っておけば忘れ去られ、全てが消えてしまいかねない今だからこそ——その真実を白日のもとに晒し、永久に語り継いでいかなければならないのではないだろうか。

 確かにあの事件の奥底には、目を背けたくなるような真実が眠っていることであろう。だが、見たくないものに蓋をし、逃げ続けることが正しいかと問われれば、その答えは絶対にNoだと言わねばなるまい。


 正当な事実を、闇に葬られた真実を探求し、それを正しい形で公表する。それがジャーナリズムに従事する者の使命ではないか?


 これは、真実のジャーナリズムを追い求めた執筆者が綴る、ひとつの事件に関する記録である。



 第一回である今回は、「5年前のあの事件」と聞いて未だにピンとこない読者の方々に向けて、改めて簡単な解説を行うとしよう。

 既に事件の詳細を知っているという方々も、改めてその内容を確認してもらいたい。自分の記憶がどれだけあてにならないものであるか、よりはっきりと見えてくるはずだ。


 それでは、真実を追い求める船旅に漕ぎ出すことにしよう。

 


 事件の舞台となったのは、K県Y市のとあるニュータウン。市の中心部から少し外れたこの土地は、正しく住宅街と呼ぶべき開発地区に該当する一帯だ。

 閑静な街並みの中、中流階級と言うには少しばかり高級な世帯が整然と立ち並ぶ。清潔感溢れる邸宅やそこに暮らす住民からは、生活の質の高さが節々から滲み出している。

 決して大豪邸というわけではないが、さりとて間違っても「普通の家」ではない。ここに住むのはみな、人生の勝利者と呼んで差し支えない人々だろう。


 ……そして。この事件の焦点となる一家も、その街に住むうちの一世帯だった。


 (さかき)家。父の廉治(れんじ)、母の梨花子(りかこ)、そして一人息子の(りょう)(仮名)の三人からなる、正真正銘の核家族だ。

 ……この手の話題が出た途端、すわ家庭内暴力絡みの問題か、と警戒する読者もおられることだろう。だがこの事件に関して言えば、その手の問題はまったく見られないのである。もちろん、それがこの事件の謎をさらに深めていることは言うまでもない。


 話を戻そう。父・廉治と母・梨花子であるが、ともに国内を代表する某大企業に勤めていた。

 どちらも同世代の中ではトップクラスの業績を収めており、社内でも有望株として度々名前が挙がるほどの人材だった。お似合いの二人だ、などと冗談半分でからかわれることも、どうやら一度や二度ではなかったようだ。

 果たして周囲の期待に応えるかのごとく、程なくして二人は付き合い始める。社内恋愛が認可されていた社風も相まって、その動向は逐一共有されるほどに注目の的だった。

 写真を見てもらえれば一目瞭然だが、営業成績トップの、それもとびきりの美男美女同士である。飛び交う下世話なゴシップも含めて、噂が立たないほうがおかしいくらいだ。社内では——特に男性社員の間では——やっかみのようなものもあって、いつ別れるかという賭けじみたものまで行われていたらしい。


 しかし。そんな噂をするりと(かわ)すかのように、二人はめでたくゴールインすることになった。


 付き合ってからちょうど一年、大きな波乱もなく順当に結婚まで行き着いた二人。時には悪質な風評が流れたこともあったものの、周囲の反応はお祝いムード一色だったようだ。

 双方の人徳の結果か、悪い噂もすぐに立ち消えになり、結果的に同僚から冗談半分でイジられる程度のところへと落ち着いた。誰からも祝福され、本人たちもこの上なく幸福な、まさしく順風満帆な新婚生活だったと言えるだろう。


 そんな新婚生活も、そろそろ2年目に差し掛かろうという頃。この家族に、次なる転機が訪れた。


 一人息子、遼の誕生。日頃から男の子が欲しい、とこぼしていた梨花子にとって、その喜びが並並ならぬものであったことは言うまでもない。

 一家がこの住宅街へと引っ越してきたのも、ちょうどこの頃だ。近隣住民からの評判も良く、誰もが笑顔で「あそこに越してきた新婚夫婦」の話をしていたらしい。

  社交家で辣腕(らつわん)、才色兼備の父と母——そして、そんな両親からの愛を一身に受け取る一人息子。この一家にとって最も幸せな時間が流れる中、彼らの新しい家族はすくすくと育っていった。


 ……いや、訂正しよう。

 「すくすくと」。そう表現するには、遼はいささかばかり内向的な性格だった。


 もちろん彼の性向は、日常的な会話に不都合が生じるほどにひどいものではなかった。しかし、対人コミュニケーションにおいて100点満点の正解を叩き出す両親と比べれば、その姿は多くの人間から随分とシャイに映っていたようだ。

 「あの両親」の子供にしては、意外なほどに奥手で無愛想な子供。近隣住民はみな一様に、遼に対してそういった感想を抱いていた。もっとも、それはあくまで純粋な感想であり、そこに彼を排除しようとする意志はなかったと断言できる。


 ……だが。「あの両親」と比べて劣っている、という周囲の認識は、より一層遼を縮こまらせることになった。


 時は流れ、遼は小学校に進学する。保護者同士の繋がりでも、榊家は常に注目の的であった。

 誰もが知るような企業での激務をこなしながらも、学校のイベントには必ず出席する夫婦。保護者会議といった役員会にも欠かさず顔を見せ、周囲への労いを忘れない夫婦……当時の彼らを知る人々はみな、榊夫妻を理想的な夫婦だと証言していた。

 一方の遼はといえば、とにかく「目立たない生徒」だった。提出物は遅れずに出すし、テストで悪い点を取ることもない——しかし、クラスで何らかの役割を担うこともなく、休み時間はただ黙って本を読んでいるばかり。

 親しい友人は一人もおらず、放課後になればとぼとぼと一人歩いて帰ってくる。そんな彼をさすがに不安に思ったのか、授業参観での榊夫妻は決まって我が子を(おもんぱか)る表情をしていたという。


 偉大な両親からの期待と、それに答えられない己への不甲斐なさ。小学生でありながら、遼はそのギャップを薄々感じ取っていたのだろう。


 吐き出せるような友人関係など、当然ながら何処にもない。学校に全くと言っていいほど馴染めないまま進級した遼は、やがていじめの標的にされるようになる。

 最初は散発的な嫌がらせ程度であったいじめは、学年を経るごとにエスカレートしていった。四年生の後半ごろには、放課後のグラウンドで集団から暴行を受けていた、という証言が残っている。

 日常化したいじめは誰からも触れられることなく、遠巻きに眺める「風景」として処理されていた。子煩悩で両親からの報復を恐れたのか、教師側も遂には問題を公にすることなく、完全に隠蔽(いんぺい)する道を選んだ。

 学校という小さな檻の中では、すべてが彼の敵だった。結局誰一人として、遼に手を差し伸べることはなかったのである。

 家にいれば両親への劣等感を否が応でも刺激され、学校ではひたすらにいじめを受け続ける日々。

 生き地獄のような状況に、たった一人で晒され続けた幼い心がどうなるか……聡明な読者であれば、もうお気づきのことだろう。



 それは、ある夏の晩のことだった。



 近隣住民からの通報を受けて急行した警官はみな、こみ上げる吐き気を必死に堪えたという。


 一面に広がり、足の踏み場もないほどにリビングを真っ赤に染め上げた血だまり。その中に沈む二つの身体は、(たか)り始めた羽虫ともども、冷たい蛍光灯の光に照らされていた。

 事切れる直前の感情を克明に刻みつけたかのような、想像を絶するほどの恐怖の表情。どちらの死体にも等しく浮かび上がっていたそれが、警官たちにトラウマを植え付けたことは言うまでもない。


 だが。その状況の中、もっとも彼らに衝撃を与えたものは。



 両親の死体を前にして、血がべっとりと付着したナイフを(もてあそ)び——あろうことか()()()()()で振り向いた、遼の姿であった。




 これが5年前にこの国を震わせた、「榊夫妻殺人事件」のあらましである。

 あまりにもセンセーショナルなこの事件は、当時あらゆる局のあらゆる時間帯で特集が組まれていた。当初は世紀の大犯罪として取り上げていたコメンテーターたちも、遼の置かれていた環境、両親の経歴といった背景事情が明らかになるにつれ、次第にこの社会そのものへと批判の矛先を移していくことになった。

 しかし——どれだけ取り沙汰されようと、所詮は移ろいやすいお茶の間の話題。

 一ヶ月もすれば、衝撃的だった事件も手垢に(まみ)れることは必定だ。内容そのものはもはや相手にされず、大手メディアはみな、大衆の関心に合わせていじめ問題や家庭の闇といった話を取り扱った。やがてそれすらも、積み重なる新たなスキャンダルに飲み込まれて消えていった。

 たった半年。それだけの期間で、世間から榊一家の話題は綺麗さっぱり消失した。気づけばこの事件は、完全に過去の遺物と成り果てたのである。


 ……だが、待ってほしい。


 果たして本当に、この事件は「終わったもの」なのだろうか?


 この事件がもたらした衝撃、それをとやかく否定するつもりはない。だがしかし、その話題性、ショッキングな面を強調するあまり、当時の報道は見るべきものに光を当てていなかったのではないだろうか。

 例えば、犯行の様相について。現場の状況からして、遼が父と母を手にかけたことは疑いようのない事実だとされているが……常識的に考えて、小学五年生の子供が大人二人を手にかけることができるだろうか?

 遼の体格は同年代でも平均的、どころかそれ以下と呼んで過言ではないほどに貧相なものだった。いくら凶器を持っていたとはいえ、それだけで犯人を断定するのは、あまりにも早計と言わざるを得ない。

 加えて——これは信頼できる筋から入手した情報であるが——両親はどちらも、急所をナイフでひと突きされたことが直接の死因となっている。

 人体急所を的確に狙い、最小の動作で確実に命を絶つ。相当の訓練を積んだ暗殺者でもなければ、この現代日本でそんなことを成し遂げるのは不可能だ。

 実の両親を躊躇することもなく一撃で殺害する、一般的な家庭で生まれ育った小学五年生。仮にそんなものがいるとするならば、それはとても人間と呼べるようなものではない。そんな死神のような存在は、フィクションの中だけで十分だ。


 この事件には、きっとまだ何かがある。

 おそらくは我々の想像もつかないような、大きな「何か」へと繋がっている。


 あえてもう一度、繰り替えさえていただきたい。闇に葬られた真実を読者へと届けることこそが、真のジャーナリズムに身を捧げた者の使命なのだと。

 

 さあ、出かけよう。まだ見ぬ真実が、我々に発見されるのを待っている。




 次回、特集第二回。執筆者が行った数々の調査が、隠された事件の顔を暴き出す——乞うご期待』



# # #



No.4/ウルトラポスト『急成長を続けるアルカディア社、その真相に迫る!』より




『こんにちは! ライターの植村です。


今回の特集は、世界的大企業のアルカディア社です!


あなたが使っているそのスマホも、リビングでついているそのテレビも。今日も日本のどこかで、アルカディア社の製品が活躍しています。


でも、そんなアルカディア社って、実際はどんな企業なんでしょうか? 気になったので、私なりに調べてみました!

それではさっそく見てみましょう!



アルカディア社は、アメリカのワシントンに本社を置く、超一流企業です。今や名前を知らない人はなく、世界中のどこで聞いても「あの」アルカディア社、という反応が返ってきます。


昨年度の「影響力のある世界の企業トップ20」において一位に選ばれただけでなく、その他にも大小様々な賞を受賞しています。中でも「米国の学生が選ぶ理想の就職先ランキング」において、第二位のゼネラル&イマジン社に大差をつけて一位の栄冠に輝いたことは、半年が経ってもなお薄れない衝撃として語り継がれています。


多国籍企業としても順調に成長を遂げていて、多くの国別本部が短期間で立て続けに設置されていることでも有名です。ここ日本においても、長らく本部の設立が待ち望まれていましたが……今年の5月、いよいよ明日にも始動するという段階になって、営業開始日が唐突に延期されたことは記憶に新しいと思います。

来日する役員のスケジュール調節が間に合わなかった説、建物に致命的な不備が見つかった説などから、過激なところでは競合他社による陰謀説まで、多くの議論がネット上で交わされました。延期を挟んだだけで何事もなく始動し、現在は業績も順調に軌道に乗っているとのことですが……あの時何が起きていたのか、謎は深まるばかりです。


また、アルカディア社の大きな特徴として、経営を積極的に多方面へと拡大していることが挙げられます。当初はスマートフォンに関連した、ごく一部製品のみを取り扱う会社でしたが、現在はIT関連の製品といえばすべてアルカディア社に丸投げ、と言ってもいいくらいの超巨大シェアを誇っています。更に遠くの分野までも進出することは確実視されているため、あと数年もすれば、生活に関連する製品はすべてアルカディア社のものに……なんて展開もありうるかもしれません。


快進撃を続けるアルカディア社ですが……なんと驚くべきことに、たった数年前までは、誰の目にも止まらないような小さな会社でしかありませんでした。この5年ほどで目覚ましい急成長を遂げなかったら、アルカディア社は今も無名の会社のままだったのです。


この大躍進の裏には、一人の名経営者の存在があります。

経営が日に日に傾き、今にも倒れそうだった旧アルカディア社に立ち入り、根本から会社を改革した男性……「今世界で最も成功している人間」2年連続一位、アルバート・ウッド氏。

彼がいなければ、アルカディア社という世界的大企業は、きっと存在すらしていなかったでしょう。アメリカどころか日本でも、彼の名前を聞いたことがない人は存在しないと言われています。


そんなウッド氏ですが、アルカディア社がニュースに登場するようになったあたりから、こんな話がまことしやかに囁かれるようになりました。


“彼はアルカディア社を統治しているが、君臨しているわけではない”。


真の黒幕が他にいる、という噂は、彼が実績を上げた今ですら、未だによく耳にします。ありがちな陰謀論かもしれませんが……なんとなくありそうだ、と思えてしまうのが、アルカディア社という会社の恐ろしいところですね。


噂といえば、もうひとつ。アルカディア社に関する、面白い話題を紹介します。


アルカディア社には本社がもうひとつ存在する、という冗談は、最近よく話題になっています。ワシントンに設立された第一本社に比べ、郊外に設立された第二本社は、その周囲だけで生活が出来るほどに環境が整っていることで有名です。

社員寮を皮切りとして、数々の売店や病院まで。嘘か誠か、運営に必要な電力さえも周囲の発電装置でまかなっている、などと噂されています。

中には……地下まで余すところなく最新鋭の設備が詰め込まれている、とか、人工衛星の打ち上げに必要な設備すら整っている、とか。そんな面白都市伝説すらも大真面目に話されているのだから、アルカディア社の話題性の高さを実感しますね。仮に世界が大変なことになったとしても、その中にいれば安全なのかもしれません。


成長を続けるアルカディア社、その将来に一層の期待が持てますね!


いかがでしたか? ウルトラポストはこれからも、読者のみなさまに素敵な情報をお届けしていきます。

もし面白いと感じていただけたのでしたら、こちらの記事もどうぞ!』



# # #



No.5/『音声ログ:—年—月—日 15時23分22秒』アイオーン集積データより(編集済み)




(start)


『——さすが、時間ぴったりだ。どうやら見立てに間違いはないらしい』


『何事においても、時間厳守は基本ですので。ましてや、私を名指しでご指定とあらば、身を引き締めないわけにはいかないでしょう?』


『はは、日本語も堪能とは恐れ入る。単身で来たのは失敗だったかな?』


『まさか。失礼のないよう、この店の警備にはすべて話をつけてあります。それでも不安と言われるのであれば、何なりと融通をさせていただきますが——』


『いいや、問題ない。君のお膝元、息のかかっている場所でこの話をすることに意味がある。そもそも場所の指定をしたのはこちらだ、文句などつけるはずもないさ』


『なるほど。……貴方を門前払いしなかった担当者には、後でボーナスを出しておきましょう。では、お掛けください——』


〈noise)


『さて。それでは、「話し合い」を始めさせていただきますが……その前に、ごく個人的な質問を一点、させていただいても?』


『もちろん』


『ありがとうございます。では、その質問ですが……貴方はどのような手段で、私という存在の元へとたどり着いたのでしょうか。表からも裏からも、それと分かるような情報の置き方はしていないはずなのですが』


『ああ、そのことか。もちろん、一筋縄ではいかなかったさ。……というより、ここにいることからして奇跡のようなものだよ。ヤマ勘と希望的観測を重ねに重ねた結果がこれなのだから、私の人生も捨てたものではないのだろうね』


『……というと?』


『将来を嘱望(しょくぼう)されていた、某大手財閥の若き俊英(しゅんえい)——その死亡事故が一年前。そして数ヶ月後には、とある地域のゴロツキたちの()()がやけに効率化され始めた。かと思えばそのやり方は瞬く間に広がり、ほどなくしてこの国の裏社会の小競り合いも綺麗に落ち着いた……ダメ押しで裏のボスが世代交代した、なんて話を聞けば、首をひねるのも仕方がないだろう?』


『ええ、そこまでは。ですがそれは、この国を裏から牛耳りたいという彼の野望と、それを可能にする能力があってのものです。()()として背中を押しただけの私は、ものの数にも入っていませんよ——そもそも、どこぞのご令息の不幸がいくら耳目を集めようと、さすがに短絡的思考が過ぎるのでは?』


『ああ、だから私も期待はしていなかったさ。だが……聞くところによると、君は()()()()数ヶ月前から、何やら尋常ならざるものに興味を覚えていたようだ。それを気味悪がった当主様から、存在を抹消されたのではないかな?』


『続けてください』


『この国の暗部……ことに()()に関した情報網ならば、私にも多少は覚えがあるのでね。というより、最初に違和感を覚えたのもそこが原因だよ。普通ならまず気付かないほど、この上なく巧妙に——しかし、より効率的に、ネットワークが作り変えられていた。ご丁寧に頭が()げ替えられているところまで、ゴロツキたちの人員整理と同様だ』


『適材適所、という言葉がありまして。私は然るべき場所に、然るべき人員を招き入れただけです』


『ああ。まったく、惚れ惚れするような手際だよ。……君は己を徹底的に隠したと言うが、それは間違いなく真逆だ。むしろ、自分の存在を暴き立てる人間のため、其処(そこ)彼処(かしこ)にか細い導線を配置していた。こうなることを期待して、ね』


『その心は?』


『己の中で、未だ腑に落ちない部分に納得をつけるため。己に宿った、不可思議な異能の力——その正体について本質的な説明ができる人間、その登場を待ち望んでいた。違うかな?』


(noise)


『——お見事です。まさか一人目の時点で、ここまで完璧な回答が返ってくるとは思いもしませんでした。手間をかけた甲斐があったというものです』


『ははは——いやはや。私としても、安い命を何度も賭けた甲斐があったよ。死を覚悟した回数は片手の数では足りないが、その中でも君は群を抜いている。こんな16歳がいることなど、にわかには信じたくないね』


『いえ。私の方こそ、試すような物言いをしたことをお許しください。……それでは、本題に入りましょう。貴方の「お話」がどのようなものか、私はとても興味がありますので』


(noise)


『ふむ。ではまず、第一の議題だが……君は「日本星皇軍」という組織を知っているかな?』


『いえ、寡聞(かぶん)にして』


『まあ、無理もない。……なにぶん、まだ一年前に成立したばかりの組織だ。ようやく門戸(もんこ)を開いたとはいえ、そう簡単に流通する類の情報でもないだろうからね』


『名前から察するに、日本における「そういった人たち」の団体かと見受けられますが……すると、貴方はその団体からの使者、ということでしょうか?』


『いや、それは違う。籍こそ置いているが、私がこの組織に主体的に関わったのは設立までだ。今ここにいるのも、あくまで私個人の意思だよ——それはそれとして、君の見立て通り、この組織は日本の異能力者の隠れ里のようなものだ。旧弊(きゅうへい)の支配体制から革命によって脱却し、まさに今、新たな道を歩まんとしている』


『ほう、それはそれは。日本にはそこまで確固たる組織があるのですね。それも支配体制というからには、随分と長い間活動が確認されていたようですが……』


『その通り。恐らくこれは、君が知りたがっている情報のひとつだろうが……日本星皇軍は、君たちが「|歪み」と呼んでいるモノの向こう側に存在する組織だ。我々はあの歪みを「(ゲート)」と呼称している』


『…………なるほど。それは、とても——ええ、とても興味深い情報です』


(noise)


『……こちらが、日本星皇軍の概略ですか。貴方がたがゲートと呼ぶあの歪みは、すべてこの組織に繋がっていると?』


『いいや。(ゲート)は世界各地に設置されているが、その接続先は地域によって違いがある。日本には日本の、アメリカにはアメリカの、それぞれの()()()が用意されているだろう。便宜上「異界」と呼ぶことにするが、日本においては、そこでたまたま日本星皇軍という組織が勃興した……というだけのことだ。これに関しては、多少私の推論も混じっているがね』


『実に面白いですね。ですが——私が聞いた限りでは、あの「歪み」に入ることはできても、帰ってきた人間は一人もいない、という話でした。なぜ貴方だけが、ゲートから出ることができたのでしょう。それとも、日本の「異界」においては、ゲートの出入りが許可されているのでしょうか?』


『ああ、重要なのはそこだ。元来、敷設されている(ゲート)には等しく、対面通行の機能が備わっていた——だが現在、どの門も「外」から「内」へと入る、一方通行の機能のみに制限されている。日本の門が双方向から行き来できるようになったのは、私がその機能のロックを解いたからだ。つい先日のことだよ』


『……ほう……ほう、なるほど。ロックを解いた、ですか。貴方はどうやら、かなり特殊な立場におられるようですね』


『立場というよりは、忌々しい防人(さきもり)の血あってのものだが、ね。だが、重要なことは別にある』


(noise)


『現状において、日本の他に往来が許可されている「異界」は存在しない。どの異界も等しく、長期間の鎖国が続いているはずだ。隔絶された空間の中で、独自の文化と、独自の価値観が形成されているだろう——それも、かなり尖った方向に』


『具体的には、どのような?』


『私の生い立ちを語れば、詳細を語ることはこの上なく簡単だが……百聞は一見に如かず、だ。この国の「異界」がどう変質しているか、実際に確認しに行くほうがよほど分かりやすい。そしてそれが、私が君に望むことでもある』


(noise)


『……確かに、魅力的な話ではあります。絶対的に不足している「知識」を埋めるにあたって、貴方は私が求めていた人材そのものだ。——ですが、未だに不明瞭な点がひとつ』


『それは?』


『貴方の目的です。この席を用意するにあたって、貴方は一筋縄ではいかなかった、と言いました。命を何度も賭けた、とも。そこまでの労力を割いた理由が、単に私と異界旅行をするためであるというのは、少々納得しがたいものがあります』


『なるほど、当然の意見だ。……だが、私は何を置いてもまず、この世界の現状を君に知ってもらいたいと思っていてね』


(noise)


『私が第一義に据えている目的は、とあるプロジェクトを完遂することだ。そのためには当然資金がいる——しかし、君を単なる資金源に留めておくことは、私の望むところではない。パトロンではなく、良きパートナーとして有りたいのだよ。そのためにも、まずは君自身にこの世界の良し悪しを断じてもらいたい。その答え如何で、私の目的がどのようなものかを伝えたいと考えている』


『私の答えが、貴方のご期待に添えるとは限りませんが?』


『いいや。君は必ず、私が思い描いている答えにたどり着くさ。何も持ち得ない私だが、それだけは断言できるとも』


(noise)


『……では。貴方がこの席に費やした労力と、何よりも見出した()()とを()んで、契約締結といたしましょう。パートナーとなるかパトロンとなるかは、また改めて決定させていただきます。それでよろしいですか?』


『願っても無いことだ。……正直、私に交渉などというものは不向きでね。これ以上時間をかけようものなら、いよいよボロが出てしまうところだったよ』


『ご冗談を。ところで、貴方をなんとお呼びすれば良いか、まだ聞いていませんでしたね。お名前をお伺いしても?』


『ふむ……いや、その通りだ。既に調べ上げていると思っていたが、礼節に欠ける行為だったな。大変失礼した』


(noise)


『では——シゴウ、と。数字の四に故郷の郷、と言っても、伝わらないかもしれないが……さしあたっては、そう呼んでくれれば良い』


『分かりました。……では、プロフェッサー・シゴウ。これは本題とは異なる、私個人からの提案なのですが——』


(end)



# # #



No.—/『とある古びた手記』第1ページより




『 最初に何を書こうか迷った。

 ただでさえ貴重な配給品を、日記などという完全な趣味のためだけに使っている。であればせめて、後代にも残るほどの貴重な資料にするべきなのだろうが……あいにく私には、そんなものを創り出せるほど大層な能力も知見もない。

 ただ。将来、全てが終わったとき……そんなこともあったと、笑いながらこれを見返せる日のために。あるいは、幸運にもこれが遺り、見知らぬ誰かが探究心を抱いてこれを捲るときのために……私が見聞きしたことを、ここに記しておこうと思う。

 

 さて。そのためにはまず、現状を端的に述べることから始めよう。



 世界は、滅んだ。



 ……いや。より正しくは、まさに滅んでいる最中、といったところか。


 どこの誰が始めたかなんて、もはや誰にもわからない。それどころか、当初の目的が何だったのかすら、もう誰も覚えていないだろう。


 初めはよくある小競り合いだった。卓上ではにこやかに話しながら、見えないところでは足を踏みつけ合う、なんてことはない国際外交の延長線上の話。

 順当にいけば、適当なタイミングで大国が止めに入っていたはずだ。人道的観点だの何だのと、もっともらしい言い訳を書き連ねて、中立的な立場とやらから双方を「仲裁」する。それによって生じた利権を裏から吸い上げる、などという吐き気のする手口は、二つの大戦があった頃から何一つ変わってやしない。


 そう、すべては予定調和だった。この時点では、事態の全てが対岸の火事だったのだ。


 遠い国で起こった国際問題として、表立った情報だけが取り上げられる。たかだか数分、昼の情報バラエティ番組で読み上げられる程度の『戦争』に、愛すべき国民たちが危機感を持つはずがない。

 原油価格がどうの、テロ組織の動向がどうの。有象無象の情報は、まったくもって関係のない、取るに足らないノイズとして処理されていた。


 状況が変わったのは、そんなニュースが一月も続いた頃だった。


 某国の首脳に送りつけられた、1通のビデオレター。それは言うなれば、あまりにも陳腐で、使い古された「犯罪予告」だ。


 ……そして。たったそれだけのものを起点にして、世界の在りようは決定的に歪められてしまった。


 『アポカリプス』と。ありきたりな名で呼ばれているあの事件を、我々の世代にあって知らないものはいない。

 10年前の7月11日、忌むべき皆既日蝕の日。テロリストたちは宣言通り、某国の首脳を襲撃した。

 幾重にも張り巡らされた警備の罠を、世界で最も厳しい監視の目を、物ともせずに楽々とくぐり抜けて。何の労苦もなく首脳を手にかけた彼らは、ゲームの実況でもするかのようにその光景を生配信し——そして、最後にこう締めくくったのだ。


「我らの同胞、『超能力者』の諸君、団結せよ」


「虐げられるだけの時代は終わった」


「これより我らは、全世界に『宣戦布告』する」


 ……嘘か誠か、このテロ行為を行ったのは、「戦争」において使い潰される予定だった国々らしい。

 大国に搾取され続ける中、彼らは国内で観測された『超能力者』の研究を秘密裏に続けていた。国家規模の能力開発実験、その最終段階が『超能力者』の実戦投入であり、このパフォーマンスは反撃の狼煙(のろし)として結実するはずだった。


 だが。そんな国々もまた、飼い犬に手を噛まれた被害者なのだ。


 「全世界への宣戦布告」も、「超能力者の団結」も。本来シナリオには含まれていない、襲撃者たちが独断で実行したものだったのだから。


 『超能力』を宿した、先天性の『能力者』。世紀の加害者となった彼らは、同時に世紀の被害者でもあった。

 特別性ゆえに疎まれ、蔑まれ、何よりも畏れの対象として排斥される。国家に捕まってからはモルモットとして、過酷な実験と試験運用に晒され続ける日々。常に被虐者であった彼らの選択が、最高の舞台で「世界」に対して反旗を翻すことだった。


 ……ああ、本当に。その程度の話であれば、どれほど良かったことだろう。


 どれだけ超能力などと言い張っても、所詮は単なる国家ぐるみのテロ行為だと。当時の私を含め、()()に及んでまだタカを括っていた数十億人は、程なくしてとんでもないしっぺ返しを食らうことになる。


 我々と『超能力者』、双方にとっての——そして何よりも、世界そのものにとっての不幸。

 それは『超能力者』という存在が、決して対岸の火事ではなかったということに尽きる。

 

 東京にも、パリにも、ワシントンにも。どれだけ少数であれ、『超能力者』たちは確かに存在していた。

 何十億と存在するホモ・サピエンス種の中、突然変異とでも呼ぶべき異能を身につけた人間たち。弾圧と偏見を受け続け、それでもなお世界の隅で生きようと足掻いていた生命を、我々は見ようとしなかっただけなのだ。


 虐げられ続けた民衆が立ち上がり、支配構造を変革せんと行軍を開始する。歴史はそれを、革命と呼んで称えてきた。


 今回の場合、討たれるべき巨悪は我々だった。

 そして、怒りに燃える少数の市民たちは、ひとりひとりが眠れる獅子をも超える猛獣だった。


 『アポカリプス』以来、世界各地で散発的に起こっていた暴動は、程なくして組織だった抵抗へと変じていく。

 銃弾を無効化し、爆弾を跳ね返し、遥か上空の航空機をも撃ち墜とす、そんな戦力が「個人」の枠に収まっている。一人に手を焼いている間に、より多くの『超能力者』が姿を現し、途轍もない損害を与えては消えていった。


 初動の遅れ、各国の利害の対立、未知の驚異に対する対応力の甘さ。その時の我々の過失を上げろと言われれば、ざっと並べただけでも多岐にわたるだろう。

 だが。一番の原因は、多数派であるという根拠のない驕りだった。


 いつまでも足並みが揃わない我々を他所に、世界中から集った超能力者たちは解放戦線を結成していた。一万人にも満たないはずのその集団は、しかし超常の力と有能な指導者の存在によって結束し、こちらに致命的な打撃を与えながらなおも膨張し続けた。

 半年も経つ頃には、世界は完全に戦争の渦に叩き込まれていた。能力を持たない我々は、慣れ親しんだ隣人が「敵」である可能性に怯え、常にお互いに監視の目を向けながら生きることになった。

 難癖、偏見、一方的な決めつけ。人間の最も醜悪な性質は一瞬で伝播(でんぱ)し、社会はいとも簡単に崩壊した。第三次世界大戦で最も多い死因は魔女裁判である、などと、あまりに酷すぎて笑う気にもなれやしない。


 かくして——何の誇張もなく。本当にあっけなく、世界は滅んてしまったのだ。

 

 世界人口がどれだけ減ったのか、そんなものは数える気にもなれやしない。果たしてそのうちの何割がきちんとした「戦争」で死ねたのか、それを考えるだけで頭が痛くなってくる。


 もちろん。我々非能力者の側も、甘んじて滅亡を受け入れていたわけではない。

 初動の遅れを取り返すべく、最新式の戦争兵器が総動員された。相手が超常の存在であるのをいいことに、本来であれば絶対に使用を認められないであろう大量破壊兵器が、目を覆いたくなるような結果をもたらす非人道的兵器が、ようやく出番が来たとばかりに惜しみなく振舞われた。


 戦争屋が聞けば腹を抱えて笑うような、地球という星の耐久実験。その結果がどうなったのかなど、わざわざ明言するまでもない。


 最初は破竹のごとき進軍を続けていた解放戦線も、世界連合軍からの反撃によって手痛い被害を被っていた。圧倒的なカリスマと指揮能力を持った指導者が道半ばで倒れ、以後の攻勢は明らかに精彩を欠くようになった。

 次第に泥沼化していく戦況。しかし、万一にも白旗など振ろうものなら、その先には隷属(れいぞく)の未来が待っている。


 もはや戦争ですらなかった。生きるか死ぬかの生存競争、それを終わらせる事ができるのは、どちらかが全滅した時だけだ。

 解放戦線も、連合軍も、そしてこの地球という星も。見る影もないほどに疲弊しきって、あとは緩やかな滅びを待つだけだったのだ。

 

 ——3年前。そんな世界を変えるため、この組織が設立されるまでは。

 

 正式名称は、構成員である我々ですら誰も知らない。ただの「組織」であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 決して大きな組織ではないし、未だ何かを成し遂げたわけでもない。現段階ではまだ、世界の陰に隠れた名もなき集団だ。いかに解放戦線や連合軍が揺らいでいようと、目をつけられれば一捻りで潰されてしまうだろう。


 だが、私は確信している。この組織こそが、世界すべてを救う希望になると。


 能力のあるなしに関わらず、志を同じくするものを等しく迎え入れる。その理念に則り、世界中から集められた同胞たちは、まさしく新世代を担うにふさわしい傑物揃いだ。

 世が世なら名を轟かせていたであろう頭脳の持ち主も、解放軍の上位戦力と張り合えるほどの能力者もいる。二大勢力の腐りように嫌気がさし、この組織に光明を見出した人々も少なくない。


 共通点はたったひとつ、みな、戦う意志を持っているということ。


 能力者も非能力者も関係ない。この理不尽な世界そのものに抗い、新たな道を切り拓くため、私たちはこうして戦っている。

 構成員がまだ二桁に届くか否かの黎明(れいめい)期に、この組織は私たちを拾ってくれた。平凡極まりない私でも、この組織の礎となることくらいはできるはずだ。


 いずれプロジェクトが成就し、楽園へと至るその日まで。

 苦難の道のりも、その中にあってなお輝いていたものも……確かに存在していたものの証明のために、この紙幅(しふく)を使うことにする。



 ……ああ、そうだ。一番大事なことを、最後に書いておこう。

 そもそもこの日記を書き始めたことも、あの子が欲しいとねだったことが始まりだった。それでいて、いざ手に入ればお兄ちゃんが書いて、なんてことを言うのだから、まったくもって手がかかる妹だ。


 私には何があっても構わない。だが、あの子だけは必ず守り通してみせる。

 決意表明など柄でもないが、これだけは宣言しておかなければならない。最後に残った家族をも失えば、きっとあの子は壊れてしまう。


 ……いけない。話題が暗くなってしまった。

 めでたい日に、こんな話題はふさわしくない。このご時世だからこそ、せめて今日くらいは笑っていてほしい。

 そろそろあの子も帰ってくる。結びの言葉を書いて、ここで一旦筆をおこうと思う。



 誕生日おめでとう、(かえで)。あなたの将来が、美しいものでありますように。



 2  年11月28日 一ノ瀬(いちのせ)一輝(かずき) 記』

無数の点が、やがてひとつに収束する。


次回から第三部、夏休み編です。本来は2.5部として制作していたお話ですが、文字数の増加に伴って第三部に格上げと相成りました。変化していく物語の空気感を味わいつつ、楽しんでいただけたらと思います。


次回は来週日曜、23時ごろ投稿予定です。


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