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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
75/126

2-34/8月9日、本日はお日柄もよく

過ぎ去ってこその祭です。

「ゔあー…………」


 二週間。あれだけ濃密だった星皇祭から、気づけばそれだけの時間が過ぎていた。

 終わってみれば一瞬で過去になるあたり、時の流れというのは不平等という他にない。一分一秒を戦っていたあの本戦期間中はなんだったのか、と文句の一つも言いたくなる気分である。


 ……まあ。こと俺に限って言えば、本当に不平等だったわけだが。


「やあ、おはよう。気分はどう?」


「いいと思うか?」


「えー、なかなか捨てたもんじゃないと思うけどねぇ」


 ほざけ。内情を知ってなきゃ出ないんだよそんなセリフは。

 人をおちょくってるとぶっ飛ばすぞ、と啖呵の一つでも切りたいところだが、くたびれ儲けにしかならないのは自明の理だ。にしても張り付いた笑みが腹立つんだよなあ……申し訳ありません、このような学生で。


「僕も顔は広い自信があるけど、これだけ病院のお世話になる人は初めて見たよ。今回でまた記録更新でしょ?」


「欲しけりゃくれてやるよ、こんな記録」


 気のせいか未だに重い身体に喝を入れ、自販機の底から二人分の飲料を引っ張り出す。

 よく冷えた炭酸を体の中に流し込めば、遅れ気味の思考がようやく追いついてくる。無駄な口ばかり回るのだから、まったく効率が悪いことこの上ない。


「おっと危ない——あ、それで例の事件の顛末(てんまつ)だけど。もう聞いてるんだっけ?」


「いや。……というかお前、俺がどういう状況だったか知ってるだろ」


「まあね」


 不機嫌な口ぶりの俺を前にしても、魚見は悪びれもせずそう返すだけだ。絶妙にアメリカナイズされた動きが、胡散臭さをより一層加速させる。

 おっと危ない、などと抜かしつつ、放り投げた缶を危なげなく受け取って口をつける魚見。炭酸が溢れるかと密かに期待していたのだが、そうそう上手くいってくれるはずもない。

 

 「例の事件」——星皇祭のでのごたごたが片付いたのは、先にも述べた通り二週間前まで遡る。


 数多の妨害を受けながらも、警備員の尽力によって表沙汰に至ることはなく。例年にないレベルのイレギュラーに見舞われた星皇祭本戦は、それでもなんとか大団円を迎えた……らしい。

 推測の形になっている理由は簡単、俺がその場にいなかったからだ。というか、あれだけ渦中にいたにも関わらず、騒動がどういった形で終息したかすらも把握していない。

 本戦五日目、和泉さんにタイマン勝負をふっかけたあたりを最後に、俺の記憶は途絶している。次の記憶は文字通り二週間後、一昨日に目が覚めた時点まで飛ぶのだから、眠り姫と揶揄(からか)われるのもやむなしだ。


 ……もっとも。病み上がりどころか、ゾンビも顔負けの状態で動いていたのだから、こうして何事もなく復活している方がおかしいのだが。


 俺に打ち込まれた毒の強度は、どうやら常人を数回殺して余りあるレベルのものだったらしい。

 当たりどころの問題か、それとも変な耐性でもあったのか。幸いなことに、俺は九死に一生を得ているが……どこから入手したにせよ、大統領でも殺すのかと言いたいくらいのオーバーキルっぷりだ。


「3日ときて5日ときて、その次が二週間とはね。毎回病院でオチ着けるの、さすがに無理が出てきたんじゃない?」


「無茶苦茶言うな」


 オチのために毎回死にかけるやつがいてたまるか。星皇軍から毎回保障が下りるとも限らない以上、(かさ)み続ける医療費もバカになっていないのだ。

 もはや見慣れたベッドに、懐かしさすら感じる病室の匂い。覚醒した瞬間に何が起きたのかを大方悟れるようになったあたり、俺も一段と成長したものである。

 さすがに二週間も眠りこけていたのは予想外だったが、それだけあればとっくに事態の収拾もついている。夏休みに突入した学生たちからすれば、星皇祭など遥か過去の出来事と化しているのだろう。

 今日を含めてここまでの3日間、動ける範囲で聞き耳を立てていたものの、もう誰も星皇祭のことなど話題にしていない。起き抜けに情報だけ貰っても何が出来る訳でもないのだが、やはりどうしても気にはなってしまう。

 本格的に情報の収集に乗り出すべきか、それとも信頼できる情報源と接触できる機会を待つべきか。そんなことを考えつつ、だらだらと時間だけを消費していたら——3日目にして、その情報源(魚見)の方が訪ねてきた、という次第なのである。


「あ〜…… 沁みる」


「炭酸でそこまで感動できるのすごくない? 感動のコスパならたぶん日本一だよ、君」


「二週間ぶりの嗜好品だぞ。感動くらい自由にさせろ」


 いくら昼前かつ日陰の中とはいえ、八月の晴天の恐ろしさは推して知るべしだ。

 気がついたら月が変わっていた、などという話はよく聞くが、まさか比喩抜きでそうなるとは思わなかった。このぶんだとまだまだ悪化しそうというか、ほっといたら今度は三ヶ月くらい飛びそうな怖さがある。

 現在地は病院の中庭、日除けの下にベンチが(しつら)えられている一角。拭っても拭っても噴き出してくる汗が、猛暑の過酷さを端的に知らしめてくる。


「というか、本当に退院していいのか。……さすがに怖いというか、なんなら未だに信じられないんだが」


「大丈夫だって、お医者さまのお墨付きだよ? せっかく拾った命なんだし、運が良かったってことで納得しておけばいいと思うけどね」


 身体の点検も兼ねて軽く歩いてみたが、多少の重さ以外の異常は一切と言っていいほど見られない。せいぜい、暑さへの耐性が多少下がった程度のものだ。

 明らかにヤバい毒を貰ったにも関わらず、後遺症の類も一切ないのが逆に恐ろしい。今日には退院も可能と言われたが、さすがに都合が良すぎて信じたくないのが正直なところである。なんか騙されてたりしない? 大丈夫?


「ま、それはそれとして——とりあえず、簡単な報告でもしておこうかな。まずは君、というより和泉さんの件から」


 その声とともに、視線をスマホからこちらへと飛ばす魚見。

 硬めの口調からして、わざわざ病院に足を運んだ理由も()()か。やっとこさ突入した本題に、居住まいを正して向き直る。


「とはいえ……これに関しては、君に伝えることなんてあってないようなものなんだけどね。君、最後にどうなったのかは覚えてる?」


「……なんとなく、な。あの増援はお前が呼んだのか?」


「まぁ、そう言えなくもないね。君の希望通りに監視は緩くしたけど、君ひとりに任せるにはあまりにも危険すぎたから。鬼島さんに頼んだら、うまい具合にやってくれたよ」

 

 俺にとっては数日前の、しかし実際には二週間も以前の記憶。

 混濁したそれにピントを合わせれば、様々な情報が一息に浮かび上がってくる。中でも鮮明に再生されるのは、最後に耳に届いたあの声だ。

 俺が倒れるちょうどその時、助太刀に来た声の主。俺の聞き間違いでなければ、あの戦闘を鬼島さんが引き継いでくれた、ということなのだろう。

 警備を強化すれば、用心深い犯人は異変を察知して必ず撤退する。監視の目を通常のままにしておくよう、和泉さんとの対面に先んじて魚見に話を通しておいたのだが……ちゃっかり救援をよこしてくるあたり、こいつもなかなかに(したた)かだ。

 保険を打っておくのはいかにも()()()やり方だが、今回ばかりは結果としてそれに助けられた。この上なく癪だが、この件に関しては頭を下げるより他にない。


「君が気絶したすぐあとに、鬼島さんが和泉さんを捕縛。君は速攻で病院(ここ)送りになって、それでこの一件はおしまい。なんなら君をこっそり運び出すのが一番苦労したくらいだよ。尋問で多少の情報は得られたけど、この辺の話は直接聞いてるんじゃない?」


「ああ……まあ、動機の類はな。それよりも、他の奴はどうなった? 複数犯だの何だの、お前が担当してたアレだ」


「黒幕さんのことなら、警備隊の人たちのおかげで簡単に捕まえられたよ。和泉さんにしても黒幕さんにしても、案外尋問に協力的で助かった。模倣犯が出てくる様子もなかったし、一連の事件は五日目に全部終わったってことになるね」


「……そうか」


 そんなもんか、と。

 喉元まで出かかった言葉を、なんとなく相応しくない気がして抑え込む。

 何の感慨を宿すこともなく、すらすらと答える魚見の口調。それが事務的であればあるほど、この事件が終わったものであることをより一層実感させる。


「……呆気ないもんだな、終わりは」


 多くの手先を操り、周到に計画を立てていたであろう黒幕。

 指先ひとつで、あわやスタジアムを恐慌の渦に叩き落としかけた愉快犯。

 言うまでもなく、当事者として奔走していた間はとんでもなく苦しめられた。それだけに、その終わりはあまりにも肩透かしに映ってしまう。


「……いや」


 いや。きっと、それが正しいのだろう。

 どんな策謀を巡らそうとも、どんな暗躍を重ねようとも。

 然るべき終わりの形が訪れれば、「悪役」の抵抗は意味がない。事態は速やかに収拾され、あとに残るのは僅かばかりの記憶だけなのだ。

 いくら暴れ回ろうと、最後に訪れる断罪(せいぎ)を免れることはできない。どれだけ舞台の上で目立とうが、往生際が悪かろうが、時が来れば幕は必ず降ろされることを、誰もが直感的に知っている。

 クライマックスで正義の味方に敗れ去り、物語は大団円で幕を閉じる。それが悪役が「悪役」たる理由、あるべき姿なのだから。

 降りてくる緞帳(どんちょう)を受け入れず、その枠を超えて抵抗を続ける者。そんな輩は、悪役と呼ぶことすらも値しない。


 それは、きっと。

 舞台という大前提すらも破壊する——純然たる「敵」そのものだ。


「そんなわけで、五日目の個人戦決勝は滞りなく終えられたよ。六日目もアクシデントなく終わって、星皇祭は円満に終了。いや〜、めでたしめでたしだねぇ」


「……まあ、何事もなく終わったのなら何よりだ」


 明らかに含みのあるその声に、あえて何も言い返すことなく目を閉じる。

 いや、言いたいことは色々ありますけどもね? それでも、俺以外に大した負傷者も出ていないようだし、大局的にはめでたしめでたしなことに違いはない。


 しかし、だ。

 そんなこと——ああ、()()()()()よりも。

 俺にとってはもうひとつ、ごく個人的に気がかりな問題が残っている。


「それで——」


「ああ、言いたいことは分かってるよ。水無坂さんのことでしょ?」


 そんな質問など、とっくの前にお見通しだと言わんばかりに。俺の言葉を読んでいたらしき魚見が、機先を制して口を開く。

 事件の結末も気掛かりではあったが、それはあくまで警備員としての責務の話だ。後顧の憂いなく解決されたとあっては、否が応でも意識は()()の方へと逸ってしまう。


 すなわち。水無坂の「結果」が——結末がどうなったのか、という話だ。


「水無坂さんは入賞だったよ。奮戦はしたけど、やっぱり壁は厚かったみたい。あ、ちなみに個人戦の優勝者は樋笠先輩ね。団体戦と合わせて二冠、とんでもないよあの人」


 運命を決するがごときその言葉は、しかしあまりに何の躊躇いもなく。

 端的にそう言い放たれたそれは、何の感情も孕むことはない。だからこそ、事実だけがより重くのしかかる。

 落胆、ではないのだろう。脳裏に過ったものを押しとどめておく程度には、俺にも思考する頭がある。


 だが。結果を単なる結果として受け止めるには、俺はあまりにも彼女の内面に近づきすぎたのだ。


「結果の割には落ち着いてたけどね、彼女。びっくりするくらい晴れやかな表情(かお)してたし、出し切れたんじゃない?」


「……そうか。ならいい」


 瞬時に浮上した無数の思考は、しかし形をとることもなく消えてゆく。


 ……勘違いするな。星皇祭が終わった今、俺は単なる部外者だ。


 あの決勝の舞台の上で、彼女が何を考えていようとも。優勝できなかったという事実を前に、どんな結論を出していたのだとしても——これ以上は、みだりに深入りをするべきではない。

 長いこと寝ていたからか、思考回路がろくな働きをしていない。どうにもならないことを考えてしまうのは悪い癖だが、今は尚のことそれが顕著なようだ。

 残った炭酸を一気に流し込めば、ようやく目が冴えるような感覚が身体を包み込む。やっぱり時代は炭酸だな……メロンエナジーは最強なんだっておばあちゃんが言ってた。ソーダもそうだそうだと言っています。


「……行くぞ。大体の話は終わっただろ? 昼には退院したいからな」


「アクティブな患者だねぇ……ま、報告事項はこれくらいかな。しばらくしたらまた坂本さんあたりと話すことになると思うけど、それはまたおいおい——あ、そうだ」


 投擲した空き缶は、過たずゴミ箱に吸い込まれて甲高い音を響かせる。ここ最近で缶投げもずいぶんと上達したものだ、などと要らぬ感慨を抱いていると、思い出したかのように魚見が言葉を継いだ。


「その水無坂さんだけど、君が退院したら会いたいってさ。目を覚ましたって話はしたから、そのうち連絡が来ると思うよ」


「……連絡先、教えた覚えないんだが」


「そりゃ僕が教えたからね。知らない電話番号だからって切らないようにしなよ?」


 こいつ、平然と人の個人情報を……俺にも人権と呼べるものくらいはあるのだが、そのあたりはまるで考慮に入れてもらえないらしい。

 前々から思っていたのだが、俺の個人情報、二束三文で買い叩かれすぎではなかろうか。ここまで人権がない扱いをされ続けると、己が人間でないと言われても納得できるのだから不思議である。雨宮俊実は非人間説、一周回って信憑性が高くなってきたな……。


「まあ、分かった。水無坂から連絡な。あとは?」


「あとは——ないね。うん。こんなところだよ」


 微妙に歯切れが悪い言葉は、言いかけた何かを飲み込んだものか。

 釈然としないその口調を問い質そうとも、答えが返ってくることなどない。それを理解しているからこそ、その先を追求することなく背を向ける。

 こいつは……魚見は、俺とは比べ物にならないほどに難しい立場にいる。いくら鈍い俺といえど、そのくらいは朧げながらに察しているつもりだ。


 魚見の立場が、事情が、抱えているものが。彼の体裁が、それを口にさせることを許さない。


「……俊!」


 ()()()

 踏み出しかけた俺の背に、追いついてきたその言葉は。


 きっと。体裁や外面を取り払った、本心からの言葉なのだろう。


「僕のせいで、君は命を落としかけた。それを誰よりも知っているはずなのに、あのとき僕は君を頼った——危険性を理解していながら、その上で死地に送り込んだのは、紛れもない僕の責任だ。君は僕を、好きなように断罪する権利がある」


 振り絞るようなその声は、普段の彼とは似ても似つかない。

 それはまるで、糾弾されることを望んでいるかのように。いつかの水無坂と同じ、苦しみを孕んだ剥き出しの声が、白日の下に曝け出される。


「一度だけじゃない、これで二度目だ。……この次があるのなら、きっと僕はまた君を危険に晒すことになる」


 彼が今どんな表情をしているかなど、俺にわかるはずもない。

 ただ。その声だけが、痛々しい響きを持って俺の背中に突き刺さる。


「今回みたいな幸運が、この次も続くとは限らない。この次で()()()()()()()かもしれない。だから——!」


「魚見」


 ……そうだ。


 どんな顔をして、何を考えているのか。そんなことが、自分ではない誰かに理解できるはずもない。

 水無坂と、あるいは俺ではないすべての人間と同じように。彼の抱えている問題もまた、余人には立ち入ることなどできないのだから。


「貸し、一だ。……そのうち飯でも奢れ。それでチャラだ」


 だからこそ。俺にできるのは、ただ俺の意見を押し付けることだけだ。

 それでいい。それでいいのだ——例えいつか、それだけでは済まされなくなったとしても。


 今だけは、こいつにだけは。……たぶん、それでいいのだと。


 駆け寄るその足音が、答えを示しているような気がした。

次回、第二部最終回。

彼女から始まったこの物語、やはり彼女で終わらせるのが筋でしょう。


次回は週明けの月曜日、23時より投稿予定です。どうか最後までお付き合いください。


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