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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
69/126

2-28/フェーズ3:しがらみ

前回のあらすじ

(・ワ・姉)<ちょっと通りますよ

 相変わらずの適当なノリで、適当にノックされた扉。

 その向こうに誰がいるかなど、改まって考えてみるまでもない。


「……仮にも社会人だろ。二回はトイレってことくらい知っといてくれ」


『お? その声……俊くん、もしかしてもう中にいる感じ? それじゃ、これ開けてもらうことってできたりする?』


 対する向こうはといえば、俺が部屋にいることは想定外だったらしい。

 年甲斐もなくピョンコピョンコと飛び跳ね、扉越しに存在を主張する20歳児。大衆の面前で()()をやっているという事実に、頭が芯から痛くなってくる。


「……部屋主の名前ぐらい確認してきてくれよ……」

 

 たった一言。完全な部外者であったにも関わらず、それだけでこの部屋の息苦しさを完全に消し飛ばした。

 ドアの向こうから伝わる空気に、張り詰めていた部屋の空気が嘘のように弛緩する。あまりの無茶苦茶ぶりに、こんな状況下でも苦笑が漏れ出してしまう。


「……貴方の?」


「姉だ。今は星皇軍で働いてる。この本戦にも幾らか関わってるし、俺とお前の事情も把握してる……はずだ」


「……意外ですね。貴方にきょうだいがいるとは思いもしませんでした」


 あの駄姉(あね)のことであるし、何も理解していない可能性も大いにありうる——俺としてはそんなことを危惧していたのだが、水無坂にとっての興味は別のところにあったらしい。


「それで、そのお姉さんが何の用でしょう。言伝(ことづて)なら電話で良いと思うのですが」


「俺に聞かれてもな。あの言い方から察するに、俺よかお前に用があるんじゃないか?」


 気の抜けた俺とは対照的に、水無坂は未知の訪問客に対して身構える。

 先程まで取り乱していたとは思えないほどに、その意識の切り替えは鮮やかだ。これも選手として必要なスキルだというのなら、その技量は間違いなく本物だろう。


「で、どうする? 俺は通してもいいんだが。素性は保証するぞ」


「成りすましの可能性があるでしょう。護衛対象の安全を確保するのが、警備の役割ではないのですか?」


「その護衛をお飾りにするつもりだったのは何処の誰だよ……」


 お互いに平常運転に戻っているのは、一種のショック療法のようなものか。

 今までの揺らぎなど一切感じさせることなく、高圧的な態度に戻った水無坂がそう口にする。なんなら安心感すら覚えるようになったのだから、慣れとはあまりにも恐ろしい。

 あれだけ大見得を切った割には、一丁前に不意打ちの可能性を警戒しているらしい。対姉用の警報が脳内でじゃかじゃかと鳴り響いているあたり、不意打ちや偽物の可能性は限りなく低いのだが……。

 ……まあ、姫様の仰せとあれば仕方がない。安全マージンは取っておくことに越したことはない、というものだ。


「ひとつ質問。好きな料理は?」


『俊くんの手料理ならなんでも! あ、もしかしてまた新しいメニューだったりする? じゃあじゃあ、お姉ちゃんはカボチャの天ぷらが——』


「よし、通っていいぞ」


 ご覧ください、この一言でわかる脳カラ加減を。

 コンマ一秒でこの答えを返されたら、質問した方が馬鹿らしくなってくるというものだ。カボチャの天ぷらってなあ……コンロの火力足りたっけかな……。


「開けるぞ」


 不承不承といった様子で頷く水無坂を確認し、扉を一思いにえいやと開く。

 いざという時は、肉壁のひとつにでもなってやろう——決死隊のような心算(こころづもり)だったのだが、さすがにそこまでの急展開が待っているわけもなく。

 果たしてそこにあったのは、文字通りの満面の笑みだけだった。

 このアホさ、何も考えていない顔。たったそれだけでよく分かる、この上ない駄姉(ほんにん)確認だ。この状況でそんな顔されると、逆に怖くなってくるからやめてほしい。


「へえ……ほんとに警備なんてやってるんだねえ。美人さんと二人きりなんて羨ましいぞお、このこのお」


「冷やかしなら帰ってくれ」


「えー、いーじゃん別にぃー」


 扉を開け放つや否や、待ちかねたようなダル絡みが襲ってくる。

 部屋の前に立ったまま、大袈裟な動きで俺を小突き回す葵ちゃん(20歳)。リアクションがふた昔くらい前のそれなんだよなあ……というか、それもう二日前くらいにやっただろ。


「……あの」


「あ、貴方が水無坂ちゃん? 初めまして、雨宮葵と言います。見ての通り、雨宮俊の姉です。よろしくね」


 と。

 己に向けられたもうひとつの視線を敏感に感じ取ったのか、姉が水無坂の方向へと向き直る。

 その佇まいも、流麗そのものといったお辞儀の所作も、どこに出しても恥ずかしくないほどに洗練されたものだ。その「完璧美人」っぷりに、毎度のことながら呆れてしまう。

 相変わらず、外面を取り繕うのだけはやたら上手いんだからなあ……俺と始終一緒に居たはずなのに、何処でこんな(サマ)になっている技術を身に付けたのやら。


「……ええ、はい。よろしくお願いします」


 流石の水無坂といえどついて行けないのか、柄にもなく戸惑った表情を見せている。

 いかに姉の振る舞いが板に付いているとはいえ、初対面の相手に呑まれる彼女は相当にレアだ。珍しいもん見たな……この反応を引き出せただけで、姉がここに来た意味はあるのではないかと思えるくらいだ。


「で、何の用だ。まさか、本当に様子見に来ただけとかじゃないだろうな」


「んー、半分くらいは正解かな? ()()()でこっちに呼ばれたから、ついでに俊くんの様子も見ておきたいなーって思って。で、せっかくだから来ちゃった」


 ええ……来ちゃった、じゃないんだが。

 お仕事、と言っている通り、一応は警備関連に関連した話のついでなのだろうが、そんな軽い気持ちで動けるのなら誰も苦労はしていない。

 まずもって、この姉をわざわざ選んで呼びつけるところからして、明らかに軍の人選ミスだ。話をまともに聞いていないどころか、下手したら俺が何故こんなことをしているのかも理解していない疑惑がある。

 まだ伝書鳩の方がよほど勤勉だろうに、どうしてよりにもよって駄姉(コレ)を選んでしまったのか。どんな仕事か知らないが、この駄姉にしかできない仕事を探す方が余程難しかろうて……今からでも遅くないから人選をやり直してくれ。


「あのな、今俺の周りがどれだけ危険か分かってるか? 下手したらこの大会の中で一番危ないまであるんだぞ。今だって、一歩間違ったら的になってたんだからな」


「お姉ちゃんだって話は聞いてるんだから、それくらいはわかってますう。うう……弟が頑張ってるのを見に来たかっただけなのに、俊くんのバカ……よよよ」


 もう何度目かも分からないような内容の説教を垂れれば、姉はわざとらしく顔を覆って嘘泣きに精を出す。こいつマジで一発殴るべきだな……もしかすれば、外れたネジが上手い具合にハマるかも知れん。


「——でも、びっくり。俊くん、きちんとお仕事してるんだねえ。心配して見に来たけど、これじゃ私のほうが頑張らなきゃだね」


「いや、最初からそう言ってるだろ」


 やめろ、いい話ふうにまとめようとするな。その手の強引なやり口、だいぶ前に見飽きてるんだからな。


「こっちはまだ試合が控えてるんだから、上から言われた仕事くらいはきちんとやってくれ。ただでさえ俺は変な立場にいるのに、これ以上問題起こされたらたまったもんじゃない」


「むぅ……俊くんも言うようになったんだから」


 わざとらしい膨れっ面を作る駄姉に取り合わず、1秒でも早く部屋から追い出すべく捲し立てる。ほんま腹立つ顔してんな……そのへんの男ならイチコロなのだろうが、肉親にその手が通じると思ったら大間違いだ。

 これ単体の相手すらとんでもなく骨が折れるというのに、水無坂まで入ってこようものならいよいよもって収集不可能である。気分的には怪獣大戦争、勝った方が我々の敵になるだけです、というやつだ。

 何にせよ、水無坂が会話に入って来られていない今のうちに、さっさと退散させる以外にない。清めの音か何かで爆散してくれれば楽なのだが、そうもいかないのが辛いところである。


「それじゃ仰せの通り、邪魔者はお仕事に行ってきまーす。水無坂ちゃん、お邪魔してごめんね? 俊くんのこと、よろしくお願いします。じゃね〜」


 ようやく諦めたと思しき姉は、最後にもう一度水無坂に頭を下げる。……かと思えば、嵐のごとき勢いでそのまま駆けて行ってしまった。

 お願いします、と言っている割に、返事のひとつも待つ様子がない。ひらひらと手を振って消えてゆくその様は、嵐と形容して差し支えないほどの暴れっぷりだ。

 ……そもそも、だ。いくら立場上では保護者に当たるとはいえ、今水無坂に俺の世話を頼むのはどう考えてもあべこべである。

 仕事に行くところだというのに、寄り道と雑談に興じるところからして不安なのだが……いかんぞ、これからのお仕事とやらまで恐ろしくなってきた。星皇軍から苦情電話が回ってくる、くらいの覚悟はしておいた方がいいのかもしれない。


「…………あれが、貴方のお姉さん……ですか。にわかには信じられませんね」


「ああ。俺もだ」


 姉の姿が消え、その残像も薄れてきたころ。

 やっと衝撃から立ち直ったらしい水無坂が、世にも珍しい当惑顔でそう口にする。

 割と失礼なことを言われた気がするが、他ならぬ俺が何よりも実感していることなのだから反論のしようがない。あんな嵐を呼ぶモーレツな実姉、初見で適応できるのは降谷くらいのものだろう。

 外見にしろ中身にしろ、俺とあまりにもかけ離れすぎている。何度でも言うが、赤の他人と言われた方が余程納得できてしまうくらいだ。


「何から何まで、貴方とは正反対ですね。随分と自由な育ち方をされたようで」


「親の教育方針が良かったんじゃないか? 俺には知ったこっちゃないが」


「知らないわけはないでしょう。親の教育方針など、そう簡単には変わりません」


 適当に話を流そうとすれば、間髪入れずに鋭い返事がお出しされる。

 どうやら落ち着きを取り戻したことで、多少は言い返す余裕も出てきたらしい。張りのある言葉で俺を突き刺さんとする水無坂の表情は、もうすっかり見慣れたそれだ。

 言っていることが理解できない、という感情を内包した瞳。整った形をしたそれが、胡乱(うろん)げな色を宿して俺を射抜く。

 その口ぶりから察するに、子供の教育に対しては何やら思うところがあるのだろう。彼女の置かれていた環境というのも、恐らく無関係ではないはずだ。


 ——が。

 この件に関して言えば、本当に俺には知り得ない問題なのだから仕方がない。


「んなこと言われも、居ないんだから知りようがないんだよ。姉ちゃんが生まれた時にどうだったのかは知らんが、少なくとも俺は最初から姉ちゃんと二人きりだ」


 心持ち声が大きくなったのは、()()()()で水無坂を黙らせることができると確信していたが故か。


 俗物的で浅ましい思考回路に、我が事ながらこの上なく嫌気がさす。


 いつも自分をやり込めている人間の、絶句した表情を拝むことができる——それだけで優越感じみたものを感じているのだから、性根がひん曲がっていると言われても否定はしきれない。


「俺が覚えてる限りじゃ、あの姉に自由に育つ暇なんてなかった。そんな環境でああなったんだから、ある意味奇跡の産物だな」


 物心ついた頃から、一年前に最後の引っ越しを終えるまで。やけに鮮明に思い出せる記憶の一群が、瞬時に脳裏を走り抜ける。

 たった4歳かそこらの歳の差で、保護者としての立場と責任を背負わされる。俺が生まれたその瞬間から、姉は姉であることを背負って生きてきたのだ。

 庇護者(ひごしゃ)など何処にもいない、きょうだい二人だけの生活——それを維持するのがどれほど大変だったか、俺にはその一端を想像することすらもできない。


「……それは」


「お前が考える通りだよ。……まあ顔も見たことないから、親ってものが何かすらも実感が湧かん、ってのが正直なところだが」


 両親はおろか、頼りにできるような確たる縁もなく。薄い縁をたどった先の親戚筋をたらい回しにされ、何度も転校を繰り返した。

 何処へ行っても厄介者扱いされる状況を変えるために、学業もそこそこに働き始めたのが数年前。狭いアパートの一室とはいえ、ようやく生活が軌道に乗ってきた……そんなふうに腰を落ち着けたかと思ったら、今度は()が厄介ごとを持ってくる始末だ。

 何が何かもわからないまま、進学させたばかりの弟は唐突に転校することになり。見るからに怪しい組織の下で身元を預かると言われ、果ては生死に関わる大怪我をした——などと聞けば、こちらに押しかけてくるのも当然だろう。


「ま、教育って線もあながち間違いじゃないのかも知れんがな。俺が生まれる前とか、記憶にある前とか、そのへんで親が何かしてても別に不思議じゃない」


 この上なく空虚に響く、外聞だけを(てい)良く取り繕った言葉。

 反駁がないのをいいことに、中身のない言葉だけをつらつらと並べ立てる。今すぐに止めるべきだと理解しているのに、下らない話が堰を切ったように流れ出していく。

 何も憐れみが欲しいわけではない。ただ、()()水無坂が口を(つぐ)み、何も言い返せないでいることに、一種の快感を感じているだけだ。


 水無坂の心情も、この星皇祭の現状も。こんなことを言ったところで、目の前の問題は何も解決しない。


 分かっている。理解している。くだらない不幸自慢であることなど、百も承知だというのに——その上でこんなことを続ける、そんな自分が何よりも腹立たしい。


「……ひとつ」


 だから。


 俯いていた水無坂が、不意に口にしたその言葉。

 抱えていたものを取りこぼしたように呟かれたそれを、咄嗟に理解することができなかった。


「……今の質問は、紛れもなく私に非がありました。あまりに不躾(ぶしつけ)だったことを謝罪させてください。その上で、ひとつ提案があります——もちろん、この謝罪を受け入れていただけるのであれば、の話ですが」


 唐突に(かしこ)まり、あろうことか俺に頭を下げる水無坂。

 あまりにありえないその光景に、理解よりも驚愕が先行する。


「……そんな大袈裟な話じゃない。こんなもん、大なり小なり誰にでもあることだ」


「いいえ、大袈裟な話です。だからこそ、なあなあで済ませるわけにはいかない。何よりも、私が納得できません」


 どれだけ言葉を重ねようと、意志が変わることなどあり得ない。

 彼女の言葉、その一字一句が、その意志をたやすく理解させるだけの力を持っている。納得という言葉は、その中でも最たるものだ。

 仮に謝罪とやらを受け入れなかったとしても、水無坂は何も言うことはないのだろう。それくらいの事実であれば、いくら足りない俺の頭でも理解はできる。

 くだらない不幸自慢だと——お前が気にすることではないと。そう言って今すぐに話を終わらせてしまえば、この話はここで立ち消えになるはずだ。 


「……分かった。それで? 提案があるんだろ?」


 それでも。

 主人の意に構うことなく、俺の口は勝手に言葉を紡ぎ出す。


「ええ。……ひとつだけ、質問を許可します」


 目の前に在るのは、水無坂という人間の矮躯(わいく)のみ。

 周囲を威圧するような空気も、その身を顧みない焦燥感すらも。彼女が纏っていた何もかもが跡形もなく取り払われ、残ったのは人の形をした小さな存在だけだ。


「どのようなものであろうと、私はその質問に嘘をつくことはありません。どれだけ私に不都合があろうと、全て隠さず話します。……これが埋め合わせになるかどうかは、私ではなく貴方次第ですが」


 目には目を、質問には質問を。等価交換だとでもいうように、水無坂の「提案」が目の前に突き出される。

 それはおよそ荒唐無稽と言って差し支えない、それだけ聞けば笑い出してしまうような類のものだ。

 この場にいない人間にとって、その提案はまるで理解できないものとして映るに違いない。「埋め合わせ」という考え方そのものすら、バカバカしいと笑われるに決まっている。


「……だったら、さっきの質問の続きだ。あんたが犯人逮捕に躍起になる、その理由が知りたい」


 ——だから。


 今この場にいる俺が、それを笑い飛ばすわけにはいかないと。

 小さな存在(かのじょ)を前に、そんな思考を抱いたのだ。


 質問がひとつだというなら、むしろ悩む手間が省けていい。

 遡ることたった数分。彼女の言葉が、水無坂という存在のうちから絞り出されたそれが、未だ耳にこびり付いている。

 あの時、二の句を継ぐことができなかった俺にとって——訊かなければならない事など、最初から決まりきっているのだから。


「……それなら、もう答えたはずです。努力をしてきた人間が貶められることが、私にはどうしても許せない。結果も何もない、舞台の裏で張り巡らされた卑劣な罠を、到底認めることはできません」


「なら、言い方を変える。あんたが努力してる理由は何のためだ? ここで優勝することは、あんたにとって手段であって目的じゃないはずだ。どうして、そこまで『結果』を求めたがる?」

 

 結果、結果、結果。何度も繰り返されるその言葉は、しかし水無坂の目的とイコールではない。

 これまでの彼女の言動と、魚見や降谷から聞き(かじ)った情報。断片的なそれらを繋ぎ合わせれば、(おぼろ)げながらも一つの解が見えてくる。


 予選を勝ち上がり、本戦に出場し、個人戦で優勝を飾る。彼女にとって、それらはゴールどころか通過点ですらないのだ。


 そこまでの「結果」を挙げなければ、きっと彼女は土俵に上がることすら許されない。それを痛いほど認識しているからこそ、彼女は「結果」に腐心し、その道筋を不当に妨害する者に対してこれほどまでに憤っている。

 適当な推論で、下世話な好奇心だ。それでも引き下がろうとしない自分の、あまりにもらしくないやり方に、幾度我に返りそうになったか分からない。

 ……だが、一方で。この推理がそう遠くないと理解しているからこそ、俺はこうして口を開いている。


「私にとって、両親は全てでした」


 ——「それ」は。1秒だったのか、それとも10分だったのか。


 永遠にも感じられるほど、身体に重くのし掛かる静寂の果て。

 身を削り、魂を削った彼女の言葉。やけに広い部屋に木霊(こだま)するそれこそが全ての原点なのだろうと、刹那のうちに悟る。


「生まれた時から、()()以外のものを知らなかった。両親の言いつけを守ることが、両親の期待を裏切らないように生きることが、私の狭い世界の全てだったんです」


 ぽつり、ぽつりと。


「努力をしました。人と同じ量では一番になれないから、人より多くの努力をしました。価値のない人間になったら見放されてしまうのだから、それ以外のやり方なんて思いつくはずがない。……でも、努力をし続けたら、一番になり続けたら、いつかは。そんなことを、ずっと夢見ていた」


 吐き出される独白は懺悔のように。

 消えることのない責め苦だけが、小さな身体を絶え間なく苛む。


「『星の力』。人智を超えた、両親(かれら)の世界には存在し得ない力。そんなものに目覚めた人間が、およそ『普通』であるはずがありません。少なくとも、両親(かれら)の思い描いた道筋の上に、そんな不確定要素はあってはならない。


 言葉のひとつどころか、呼吸さえも(はばか)られる空間の中。

 剥き出しになった少女の心を象徴するかのごとく、声は拠り所なく震えていた。


「あの人たちから見た今の私は、きっと異常で——それ以上に、存在する価値もないのでしょう。敷き続けてやったレールから断りもなく勝手に降りた、とんでもない親不孝者だ、と」


 あらん限りの嘲りと、侮蔑を内包したその声。それは誰でもない、水無坂自身をひたすらに抉り続ける。


「分かっているんです、ずっと。こんなことをしても何の意味もないことは、きっと私が何よりも解っている。両親(かれら)にとって、私はもう娘でもなんでもない、赤の他人なのですから」


 一度でも触れた瞬間に、跡形もなく崩れ去ってしまう。それを理解できるからこそ、口を挟むことなどできようはずがない。

 この空間の中で存在を許されるのは、時折差し挟まれる水無坂の呼吸だけだ。時計の針も、扉の向こうの遠い喧騒も、全てがしじまの彼方へと溶け去っている。


「他のやり方を知らないから、『結果』に固執しているだけ。(わら)ですらない何かに(すが)って、とっくに沈んでいる事実からも目を背けて……それでも、こうする以外の方法が分からないんです」


 身じろぎすらも息苦しい、小さく閉じた世界の中で。


 彼女は。どうしようもないほどにか細く、笑っていた。


「滑稽で、浅ましい——それが、私の『努力』の理由です」


 長い髪に隠されたその表情が、瞼に焼き付いて離れない。

彼の過去。彼女の過去。そして、彼女の戦う理由。

さて、主人公はどうするのでしょう?


次回は月曜日、23時ごろ更新です。いよいよ終わりが見えてきた第二部、その結末をどうか見届けてください。


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