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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
67/126

2-26/フェーズ3:ミッション・ほぼインポッシブル

前回のあらすじ

仕事の後のコーヒーは美味い。

「この人を私の警護者として推薦します」


「だってさ。どうする?」


 なんだそれは。無茶言うな。


「…………わはは」


 喉元、どころか唇のふちまで出かかった言葉の数々を、我ながら驚異的な自制心で押し留める。

 代わりに不恰好なことこの上ない笑いが出てきてしまったが、この場でキレ散らかしていないだけでも褒めてもらいたいところだ。自制心を問われることがやたら多くなったぶん、この手の対応(あきらめる)能力は比類なき成長を遂げているらしい。

 さも当然、と言わんばかりに謎の権利を振りかざしている水無坂と、完全にクレーム対応のテンションで俺に話を振る鬼島大尉、おまけに少し離れた位置で観客役に徹する気満々の和泉さんと魚見。

 予想通りの……と言うにはあまりにも面倒すぎるその状況に、早くも帰りたい衝動が胸中で荒れ狂う。

 問題児の寄せ鍋といっても過言ではないレベルの面子だが、特に腹立たしいのは野次馬が二人もスタンバイしている点だ。到着早々にこの光景を見た俺の気持ちにもなってほしい。

 珍しくお手上げといった表情をする魚見はまだしも、和泉さんに至っては完全に興味本位のにやけた視線をこちらに送っている。やめろ、コンテンツとして俺を消費するな。


「で、大尉。どういうことですか、これ」


「うーむ……自由性の尊重?」


「嘘つけ」


 おっと失敬。抑えていたつもりだったのだが、今度こそ耐えきれずに声が出てしまった。

 慌てて咳払いするものの、敏感に察知した水無坂が(とが)めるような目をこちらに向けてくる。一番に咎められるべきなの、どう考えてもこいつのはずなんだがな……どうやら、そのあたりのことは理解していただけないらしい。

 説明も何もなく唐突に召集され、到着したと思ったらこの扱いだ。開口一番から理解の及ばない言葉を投げつけられたら、いかな俺といえど頭痛がしてくるというものである。

 バファ○ンより優しさの含有(がんゆう)量が多いと評判の俺でも、許容量の限界というものがあるんですよ。ご集まりの皆様におかれましては、どうかそのへんを斟酌(しんしゃく)していただきたい。


「自由性、ねえ……」


 もちろん、状況と面子からある程度のことは推測できる。

 今日の予定が全て終了し、時間的にも精神的にもある程度の余裕が発生した。改めて昼間の事件を整理しよう、というその考え自体は、別段理解できなくもない。

 まだ事件が収束していない以上、捕まえた一人目の犯人から聞き出すことも山のようにある。さすがにここにいるわけもないが、今頃どこかで楽しい「お話」をしていることだろう。

 仮に水無坂(おじょうさま)が云々、という話がなかったとしても、当事者として俺がこの場に呼ばれていた可能性は非常に高い。要はそこに面倒な問題が付随しているか否か、という問題だけなのだ。


 とにかく、ここで頓珍漢(トンチンカン)な受け答えをしている余裕はない。

 時間的な意味でも、俺の精神衛生的な意味でもだ。


「……それで?」


 本人がこうして目の前にいるのだから、直接問い質すのが筋というものだ。

 どうにも気が乗らないが、気が乗らないなりにやるしかあるまい。

 ふらついた視線を水無坂の方へと向ければ、彼女は毅然(きぜん)とした表情で俺を見上げる。今にも飛びかかってきそうな勢いといい、下から唸り声をあげている様子といい、見てくれは完全に凶暴な小型犬だ。


()()()も何も、今話した通りです。選手の——私の専属警護の役目を、貴方に担当していただきたい、と言っています。貴方にとっても、悪い話ではないと思いますが?」


「フム……」


 ……うん。


 ……うん?


 お、やばいぞこれ。本人から聞いてもさっぱりわからん。


 話の流れが全く見えてこないが、とりあえず面倒だということだけは理解できる。

 「悪い話ではない」などと(のたま)っているが、今の時点でもうだいぶ悪いということに彼女は気づいていないらしい。この言い方でミッションを受諾する奴、相当の聖人君子か歴戦の傭兵くらいしかいないだろ。


「専属警護って……あのな、もう軍の人が付いてるだろ。そもそも俺はただのバイトだぞ、そんな無茶苦茶が通るわけあるか」


「ええ、もちろん理解しています。でも事実として、あの時複数犯の存在に気付き、行動を起こしたのは貴方だけでした。助けられた身として、これほど警護に適性のある存在はいないと認識しています。貴方の功績はすでに知れ渡っていますし、私からの推薦という名目であれば可能だと思われますが」


 ええ……キメ顔でそんなこと言われてもですね。

 つらつらと並べ立てる水無坂の表情は、この状況でも全く変わらないままだ。本を正せば脱走したこと自体に問題があるはずなのだが、そんなことはどうでも良いと言わんばかりの自信に満ち溢れている。

 自分の落ち度から助けられた身でここまで威丈高(いたけだか)に振る舞える奴、人類多しといえどもそうはいないに違いない。なんとなく己の方に非がある気すらしてきてしまうのだから、(けだ)し攻めの姿勢というのは恐ろしいものだ。


「なーにが適性だ……」


 専属警護。そう聞くと何やら硬い感じがするが、要は選手たちにつけられた警備のことである。

 犯行予告に対する備えとして、本日から選手一人ひとりに星皇軍の警備員が付いている……というのは、昼間にも軽く触れた通りだ。どうやら彼女は、その警備員を俺に変更したいらしい。

 ……最大の問題点といえば、その警備の目を掻い潜って行動した人間がこんなことを言っている、という点だ。自分がどの立場からモノ言ってるかわかってんのかお前。


「……軍としてはどうなんですか、これ」


 分かりきってはいたが、俺一人ではどう足掻いても手に負えない。

 こいつを真っ向から説き伏せるとか、ある意味カイン戦以上の無理筋だ。箸から滑り落ちる絹ごし豆腐の方が、まだ言うことを聞くのではないかと思えるレベルである。こんなものはスプーンで掬えばいい話だ、と言えるくらいの豪胆さが俺にも欲しい。


 と、いうわけで——作戦変更。


 いくら俺と水無坂が話を進めようと、上が決めたルールには逆らいようがない。分けても水無坂タイプの人種なら、上の人間の言葉には敏感なはずだ。

 切り口を変えるべく、ここまで静観していた鬼島大尉に会話の矛先を向ける。俺一人に押し付けるつもりだったのか知らんが、しっかりと巻き込ませてもらうからな。逃げられんぞ。


「んー、まあ、別に不可能ってわけじゃない。色々と言われることも言いたいこともあるけど、選手本人たっての希望じゃ強硬にNGは出しにくいんだよね」


「……ありえない話ではない、と?」


「まるで現実味のない話ならまだしも、雨宮ちゃんには実績って大きな武器がある。昼間の件に関してなら、手柄としては完全にキミの一人勝ちだしね——今回に限って言えば、それがプラスに作用してるかは微妙なとこだけど。何にせよ、そう馬鹿にできた提案じゃないのは確かだ」


 俺の言葉を受け、思案顔で言葉を紡ぐ大尉。

 指先に引っ掛けられた中折れ帽が、彼の言葉に合わせてくるくると回る。その不安定さは、想定外の答えに揺れる俺の心情そのものだ。


「当然っちゃ当然だけど、仮に個人警備をやるとしても、さすがに24時間ぶっ続けってわけじゃない。交代制で面倒を見ることになるから、具体的に今と変わるのはシフトと担当場所くらいのもんだ。今ある警備シフトに雨宮ちゃんをねじ込むか、あるいは一人と替わるって形になるだろうね——勤務内容如何(いかん)によっちゃ、追加手当も出るかもよ」


「……はあ……」


 厳格な否定を突き出されると思っていたのだが、返ってきたのは給与アップのお話だった。そういうことを聞きたかったわけではないんですが……いや、給金が増えるのは嬉しいけども。

 しかし、だ。珍しく煮え切らない口調からも察せられる通り、大尉でも即断即決できる内容ではないことは確かなのだろう。

 完全に突拍子もない話であれば、話し合いの場が持たれることもなく、俺がここに呼ばれることもなかったはずだ。「有り得ない話ではない」ことがなまじ立証できるぶん、輪をかけてややこしくなってしまっている。


 ……いかんぞ。この流れ、明らかにマズいタイプのそれだ。


 俺の判断次第で決まるような方向に話が流れつつあるが、あくまでそれは上辺だけの話でしかない。

 水無坂(お嬢さま)を前にしたこの状況で、俺の選択肢など最初から無いも同じだ。ここで水無坂の提案を突っぱねたとして、はいそうですかと終わるはずがない。

 彼女がこの程度で折れるような存在であれば、そもそもこんなことにはなっていないのだ。その強情さがどれほどのものであるかは、ここ数日で嫌という程に思い知っている。


「…………〜〜っ」


 折り重なる悪態は形になることなく、ただ溜め息となって出力される。

 水無坂の思い通りになるのは癪でしかないが、さりとて他の解決法が思いつくはずもない。よしんば思いついたとしても、それを水無坂が受け入れるとは到底考えられないのも事実だ。

 結論。この状況、俺がどう足掻こうが完全に詰んでいる。というか、ノコノコとこの場に来てしまった時点で、俺の負けが確定していたと言っても過言ではない。


 つまり、だ。

 この場において、俺に許されている唯一の解答。それは——


「分かった。受けてやる。……ただし、ひとつだけ約束しろ」


「? はい、構いませんが。何か?」


 逡巡とすら呼べない、わずか数秒の思考時間。予定調和の解答を読み上げた勢いのまま、せめてもの抵抗を試みる。

 可愛らしく小首をかしげる水無坂の表情は、自分の提案が通ることを疑ってもいなかった者のそれだ。なんならこうして注文をつけられることすら、予想だにしていなかったのだろう。


 ……しかし、だ。

 お前が好き放題やるのであれば、こちらもささやかな反撃くらいはさせてもらう。


「これ以降、警備員の言うことには必ず従ってもらう。勝手に出歩くのも、隙を突いて逃げ出すのも金輪際なしだ。その条件を飲むのなら、あんたのボディーガードをやってやる」


 本来なら言葉にする必要もない、当然とも言えるべきその内容。それをわざわざ明確化したのは、言ってしまえば意地の産物だ。

 大層な言葉を並べ立てても、所詮は口約束。守ろうが反故(ほご)にしようが、強制力などあってないようなものでしかない。


 ——だが。そこに第三者がいるとなれば、その意味合いも変わってくる。


「ええ、もちろん約束します。ここにいる方々を証人にしても構いません」


「あ、そう? じゃ、ペナルティでも設けておくか。もし破ったら出場停止とか、選手資格剥奪とかの話にもなってくるけど」


 意思の疎通は一瞬。分かりやすい言質(げんち)を取った今、アイコンタクトの必要性すらない。

 紋切り型の回答を聞くや否や、即座に鬼島大尉が口を開く。

 そのタイミングも、ある種脅迫的な内容も。俺の意図を完全に理解しているからこそのものだ。

 この場限りの約束を正式なものにするためには、立会人が必要だった。それも学生より上の立場、軍の人間であるのならば、そこに新たな条件を付加することも可能になる。


 つまりは——そう。


「口約束には口約束を、だ。簡単だろ?」


 しっぺ返しにもならないような一撃を、それでも苦し紛れに言い放つ。

 最初から不平等極まりない話だったのだから、これくらいの条件を付加することなど屁でもない。むしろ、ようやく多少は対等な条件になったのだと感激するくらいだ。

 この先どう転がるかは水無坂の遵法(じゅんぽう)精神次第だが、少なくとも何もしないよりはマシなはずだ。マシになってもらわないと困る。


「問題ありません。当然の話ですから」


 怯ませる目的もあったであろう、「怖い大人」としての大尉の言葉。それを受けても、対する水無坂は小揺るぎもしない。

 ……どうやら、これ以上の条件を引き出すことはできないらしい。涼しげな顔色のまま頷く彼女に、ここが限界点だと悟る。


「……ならいい。これで成立だ」


 あらゆる感情を(はら)の中に落とし込み、濃縮した一言を言い放つ。


 やれることはやった。自分にそう言い聞かせることで、少しでも諦めがつくのなら御の字だ。


 いくら気が乗らない案件だろうが、決まった以上腹を括るより他にない。

 同じ負け戦でも、重要なのは負け方である。正しく「物は言いよう」だが、そうでも言い聞かせなければ頭がおかしくなりそうだ。

 案の定、という顔をする魚見の隣で、和泉さんがさも面白いものを見たといった表情で目を丸くする。とことん他人事として楽しんでんなこの人……いや、まあ実際他人事だからいいんだけども。


 ……にしても、だ。


「はあ……」


 結局、こうなる定めか。せり上がった言葉の断片が、目の前の彼女にぶつかることなく霧散していく。

 まさか——まさか。本戦も後半に差し掛かるところで、更に厄介ごとが増えるとは思わなかった。

 多少足掻いても何も変わらないあたり、抗えない運命というものを垣間見た気分だ。これもシュタインズゲートの選択なのか……。

 ……いい加減、もう少し勝ち目のある戦いと縁があってもいいと思うんですけどね。おお、ナムサン。

雨宮俊、警備員から雇われ護衛にジョブチェンジ。気難しいお嬢さまの護衛を達成せよ。


次回は明日、23時ごろ投稿予定です。


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