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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
65/126

2-24/フェーズ2:想定外を捕捉せよ

危機は続く。

「……くそ」


 混濁した思考回路の裏側で、暴論じみた推測を裏付ける材料だけが揃っていく。

 思えば、初日の夜の時点で予想はできたことだ。立ち入り禁止区域であるにも関わらず、水無坂は敵情視察と称してスタジアム内を好き勝手に動き回っていた。

 どれだけ警備が厳重であろうと、選手次第では突破も難しいことではない。奇しくも和泉さんが証明したように、本人の知恵と意思があればいくらでも可能なのだ。

 これまでの行動から見て、水無坂が警備の目を潜り抜けようとするのは決してありえない行動ではない。ましてや、彼女の能力も考慮に入れれば、姿を(くら)ませるハードルはかなり低いと言わざるを得ない。


 「私はやらなければならない」。その言葉にどれだけのものが内包されているかを、俺は見誤っていたのだ。


 昨日の晩、降谷から伝え聞いたその一言。今更のように重さを増してきたそれが、水無坂の形を纏って脳裏に幻出する。


「っ——」


 ピリピリしている。余裕がない。ここ最近、周囲の人間が一様にそう評価するのに対し、俺の眼に映る水無坂はむしろ正反対のふてぶてしい態度を保っていた。


 ……だが。それが、急き立てられた感情の裏返しであるのならば。

 余裕のなさ故に、行き所のない感情をサンドバッグである俺にぶつけていたのならば、あの強情さにも納得がいく。


 それは呪縛か、それとも反骨精神によるものか。

 ここにはいないはずの、見えない「誰か」——その存在に縛り付けられた彼女の精神は、俺の想像よりずっと追い詰められていたのだろう。

 追い込まれた人間がどのような思考回路に至るのか、その全容を俺が知れようはずもない。だからこそ、水無坂が今動いているという荒唐無稽な考えも、一笑に付すことができないのだ。


「何処だ——」


 この数日間で、建物の構造自体は完全に把握した。

 思い当たる場所を虱潰(しらみつぶ)しに探すのもいいが、それでは間違いなく後手に回る。走り回る場所、探さなければならない場所は、少なければ少ないほどいい。


 必要なのは、目的地を見定める的確な推論。そして何より、一点に賭けるクソ度胸のみ。


「……考えろ」


 団体戦の選手ではない水無坂が、わざわざスタジアムまで足を伸ばす理由。

 敵情視察も、もちろん目的のひとつには数えられるだろう。だが、犯行予告が出ていることを知ってなお、単独行動を行うほどに彼女も馬鹿ではない。

 ……換言するのならば。この状況で単独行動をするだけの理由が、彼女にはあるということになる。


 “仮定”。


 例のカイン事件において、水無坂は俺の救出任務に自ら手を挙げた。魚見が零した話を信じるならば、最後の突入作戦にも同行を申し出たらしい。

 どのような思惑があれ、彼女は自らの意志で事件の渦中へと飛び込んだ。今回もそうであるとするならば、彼女にあてどなくスタジアムを彷徨(ほうこう)するつもりがあったとは考え辛い。

 犯人を見つけ出す。手段や思考の巧拙(こうせつ)はさておき、その意志だけは明確に持っていた、ということになる。


 “仮定”。


 彼女の性格と目的から言って、管理室で行われている戦闘を見過ごすとは思えない。だが事実として、あの場所で大立ち回りを演じた「協力者」は和泉さん一人だけだった。

 報告に際して何らかの虚偽が含まれている、という線も考えにくい。だとすれば、管理室近辺に水無坂は近寄ってすらいないことになる。


 “仮定”。

 そう、仮定だ。


 (うずたか)く積み重なった「ただの仮定」、そして見えている僅かな事実。

 その二つをこねくりまわし、信頼に足るものを引きずり出す。


「——控え室(ロッカー)


 スタジアム内部にいる選手が、最も足を運びそうな場所。それは必然的に、試合に関係のある場所に限られる。

 選手控え室——つまるところ、ロッカールーム。もし水無坂が動いているとすれば、そこに向かっている可能性は決して小さいものではない。

 選手が標的にされている。それは水無坂にも俺にも、等しく与えられた事実だ。犯人の尻尾を掴みたい彼女がそこに目をつけるのは、ある意味当然とも言える。

 犯人を捕まえるつもりで向かった人間が、結果として犯人の標的になる。ミイラ取りもいいところだが、まだ全ては仮定の上でしかない。


「ああ、くそ——」


 この推論が外れていれば、また振り出しに戻って探さなければならない。だがこんな馬鹿げた考え、大前提として当たらない方がいいに決まっている。

 外れていて欲しいという虚ろな願いと、相反するようにますます大きくなる嫌な予感。頭を掻き毟りたい気持ちを抑え、1分1秒を惜しんで階段を駆け下りる。

 消えていた電気が復旧したのか、一斉に瞬き始めるスタジアムの照明。

 ようやく暗さに慣れ始めた視界が、またも急激な環境の変化に揺らぐ。唐突に色合いを変える世界に、ほんの一瞬だが視界が眩み——


 そして。


「……水無坂!」


 やはり、予想は最悪の形で的中するらしい。


 1秒が何倍にも引き伸ばされ、時間感覚が消え去った世界の中。


 眩惑(げんわく)された視線のその先で、それでも目を惹く黒髪が艶やかに踊る。揺蕩(たゆた)うようなそれを一目見た瞬間、脳内であらん限りの警鐘が掻き鳴らされた。

 彼我の距離、およそ5メートル程度。全力でアクセルを吹かせる俺とは裏腹に、当の水無坂はゆっくりとこちらへと振り返る。


「——?」


 怪訝な……というよりは不審な、といったほうが近しいであろう、顔中に不満を貼り付けたその表情。

 俺に警戒の矛先を向けるのは結構なことだが、この局面においてはあまりにも悪手でしかない。


「貴方——」


 どうしてここに。後に続く言葉としては、概ねそんなところだろうか。

 珍しく意表を突かれたのか、端正なその顔が驚きに包まれる。時間にしてほんの1秒以下、彼女の動きが完全に停止した。


 だが。


 知っている。文字通り一瞬と呼んで差し支えない、だが確かに生じた隙が、戦場においてどれほど致命的なものになるのかを、俺は身を以て学んでいる。


「人造神器、起動」


 このままでは確実に間に合わない。頭がそう判断するよりも先に、身体が強引に次の行動を実行に移す。


 人造神器、第二形態。大仰に展開した剣盾モード、その短剣部分を間髪入れずに引き抜く。

 どれだけ手を伸ばそうが、この距離を埋めることなどできはしない。水を出そうにも、塗りつぶされた視界では狙いをつけることすら困難だ。


 ——だったら。あらん限りの力技で、その距離を埋めてやる他にない。


 直感によって指し示された空間は、振り向いた水無坂の右後方。眩まされた視界に頼ることなく、ただ心眼の手引きによって短剣を投擲する。

 流麗さなど求めようはずもない、ただ最短の手順を踏んで振り抜かれた俺の右腕。放たれた人造神器が、水無坂の頬すれすれをすり抜け——


「ぐ……あ」


 当たり(ヒット)


 まるで線をなぞったかのように、狙い通りの軌道を描いた短剣。何もないはずの空間に向かって飛んだそれは、しかし(あやま)たず標的を捉えていた。


「っ……!」


 突如として背後から聞こえてきた声に、水無坂が小さく息を飲む。

 即座に臨戦体制へと移行するものの、その驚愕と混乱をすぐに消しきることはできなかったらしい。想定外の事態に弱いのは、実戦経験が不足しているがゆえのことか。


 ……しかし。この相手を前にすれば、動揺するのも仕方のないことだ。


 第二の襲撃者。第二の実行犯。外れて欲しいという願いとは裏腹に、それは確かに存在している。

 そこに在るのは荒い息遣いと、滴り落ちる数滴の血痕のみ。周囲のどこを見回しても、声の主と思しき姿はない。

 どこかに隠れたという形跡はおろか、その影すらも捉えようがない。ただ、()()()()という事実こそが、その存在を如実に証明している。

 目の前に確かに存在しているはずの、しかし一切の観測が不可能な「敵」。無いにも等しい情報を纏めれば、その特徴はこれ以外に言いようがない。


 ——すなわち。完全な透明化こそ、この襲撃者の能力であると。


 無論、荒唐無稽な予想であることは理解している。だが現状を見る限り、当たるとも遠からずといったところだろう。

 絶対に存在しない能力など、なんでもありの星皇軍では口が裂けても断言できない。ましてやこの状況で、あり得ないと声高に叫ぶ方がよほど無神経だ。


「貴方、まさかこれを——」


「後にしろ。まずはこっちだ」


 何を言いかけたのかは知らんが、下らない言い争いに乗ってやる場合ではない。

 水無坂の言葉を中途で制し、盾を構えたまま彼女の正面へと滑り込む。

 何故彼女がここいるのか。何故俺がここにいるのか。そんなもの、あとでいくらでも問い質せる。


 重要なことはただひとつ。姿など見えなくとも、この場には害意を持った人間が確かに存在しているということだ。


 増援を呼べる時間も、誰かが駆けつける気配もない。この暗殺者をどうにかして切り抜けなければ、話し合う以前の問題になる。


「……っ」


 俺に危地を救われたことがよほど不満なのか、腹に据えかねた表情をする水無坂。何か言いたげな視線を完全に黙殺し、暗殺者がいるはずの空間に目を向ける。

 照明が戻った今ならもしや、と思ったのだが、やはり影の出どころすらも掴ませてはくれないらしい。大量出血でもしてくれれば楽だったのだが、擦り傷程度では目印にもならないようだ。

 捉えられるのは、滲み出す僅かな気配のみ。しかも得られているのは具体的な場所ではなく、ただ居るという直感に基づいた確信だけだ。


「……話はあとで。たっぷり聞かせてもらいます」


「こっちの台詞だ」


 お互いに、最初から価値のある返答など期待していない。

 衝撃から立ち直ったのか、それとも俺への対抗心が勝っただけか。再び瞳に戦意を灯した水無坂を尻目に、一方的な言葉を投げつけて臨戦態勢を取る。

 不意打ちという、最初にして最大の困難はなんとか防ぎきった。しかし、未だ戦況が好転したとはとても言い切れない。

 どこから攻撃が来るかわからない現状、周囲すべてを警戒しなければならないことになる。それも水無坂(おひめさま)を死守した上でという条件付きだ。

 こちらから攻めるのも手段としては悪くないが、唯一の武器である短剣(じんぎ)は今しがた投擲してしまった。隙を見て回収したいところだが、そこまで相手も甘くはないだろう。

 当面の装備はこの盾のみ。手当たり次第に水をぶっ放しても、狙い通りに捉えられる可能性は皆無だ。となれば、否が応でも守勢に回らざるを得なくなる。


 ……だが。

 それは、俺が一人であったなら、の場合だ。


「いいからナイフありったけ投げろ。俺に当てても文句は言わん」


「舐めないでください。そんなヘマはしません」


 いつどこから来るともしれない攻撃に、じりじりとした緊張が背筋を焦がす。前方に視線を固定したまま口を開けば、背後から強めの反駁(はんばく)が返ってきた。

 いくら標的になっていたからといって、何も問題の全てを俺が解決しようとする必要はない。要人警護のような、指一本触れさせない扱いをされて怒るのは、誰よりも水無坂自身のはずだ。


 選手として、そしてそれ以上に自分の意志でここに足を運んでいる者として。戦う意志を示したのなら、遠慮なく戦力としてカウントさせてもらう。


 それは俺への意地か、それとも狙われたことに対する怒りか。

 にわかにやる気を出したらしい水無坂が、盾を構える俺に負けじと神器(ナイフ)を出現させる。

 姿も影も見えない、だが確かに存在する敵。そんな相手に、どう対処するのが正解なのか?


「——望み通り、好きなだけ投げてあげます」


 答えは簡単だ。隠れる場所もないほどに、空間を攻撃によって埋めつくしてやればいい。


 右手に3本、左手に3本。投擲は自分の領分だとでも言うように、洗練された流麗な挙動で一斉に放たれた投げナイフは、しかし互いに干渉することはない。

 いかに完璧な擬態といえど、存在そのものが消えて無くなったわけではない。対処せざるを得ない物量をぶつけてやれば、こちらから追いかけるまでもなく自ずとボロを出す。


「……!」


 空気を通して伝わってくるのは、隠しきれない確かな焦り。それは、この戦法が()()()であることの裏付けだ。

 透明化——暗殺者にとっては天職とでもいうべき、反則もいいところの能力。だが、水無坂の戦闘スタイルとの相性は存外に悪くない。

 必死に逃げるのもいい。自衛のために叩き落とすのも、あるいはあえて無抵抗で受けるのもいいだろう。


 しかし。放たれたナイフに対して何らかの行動を起こした時点で、その居場所は完全に確定する。


 格の違いを俺に見せつけるかのごとく、一瞬のうちに襲いかかる6本の牙。

 背後から放たれたそれらは、しかしものの一本も俺に掠ることはない。緻密に軌道を計算し尽くされたそれが、形のない襲撃者へと殺到する。

 僅かでも反応がありさえすれば、その1本を(しるべ)にして水無坂はたちどころに転移を実行に移すだろう。間断ない絨毯爆撃を続けているだけで、襲撃者の場所は簡単に割り出せる。

 水無坂が攻撃に専念できるよう、その身を何としても守り続けること。俺に課された任務はそれだけ、実に単純でわかりやすいものだ。


 ……だが。


「——手応えなし。完全に逃げられました。これ以上は無駄骨かと」


「だろうな。見てりゃわかる」


 正面の空間を蜂の巣にせんとばかりに、続けざまに放たれた水無坂の攻撃。そのすべては襲撃者に当たることもないまま、虚しく空だけを切って直進する。


 相性の不利を悟ったのか、それとも最初の不意打ちが失敗した時点で撤退を決め込んだのか。

 二度目の衝突を覚悟していた俺を裏切るように、襲撃者の気配は綺麗さっぱり消え失せていた。


「……ったく」


 こうもあっさりと退いた当たり、犯人(くろまく)からの指示でもあったのか。何れにせよ、駒を残したむこうの判断は決して間違いではない。

 和泉さんの活躍によって、駒のひとつは既にこちらの手に落ちている。目的を達成できなかった瞬間に撤退を選択するのは、賢明な判断だと言えるだろう。

 誰もいなくなったことを強調するように、音を立てて通路に落下する投げナイフの数々。粒子となってふわりと消失するそれらを横目に見つつ、無造作に転がされていた短剣(じんぎ)を回収する。


「……仕事が増えた……」


 終結の兆しが見えたと思ったこの事件は、どうやらまだまだ序の口でしかなかったらしい。

 透明化などというふざけた能力の犯人を取り逃がした以上、警戒はさらに厳しくせざるを得ないだろう。どれだけの人間が関わっているのかは知らないが、相手側もそれなりの統率が取れているのは確実だ。

 なんらかの組織なのか、それなりのカリスマを備えたボスでも裏にいるのか。複数の実行犯の存在が確認された今、三人目、四人目の存在も念頭に入れて動かなければならない。


 ……そして。そして、何よりも、だ。


「説明してください。何故貴方がここにいるのですか」


 うん。

 やっぱりこいつ、一発くらい殴っても許される気がしてきたな……。

面倒ごとの解決により、さらなる面倒ごとの発生へ。基本的に魚見の胃に穴が開く本作において、俊が胃痛要因になるのは珍しいのでは。


次回は明日、23時ごろ投稿予定です。


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