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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
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2-23/フェーズ2:虚な予感

誰が何を考え、何を目的に動いているのか。いよいよ混沌としてきた気がしますが、物語はまだまだ波乱が続きます。

「……おお?」


 ばちん、と。

 勢いよく電灯が落ち、次いで聞こえてくるのは爆発音だ。

 不安、恐怖、混乱。それらすべてが()い交ぜになった、うねりのような観客の声。それが一気に勢いを増し、ゲートを挟んだ俺の位置まで伝わってくる。


『お客様に連絡いたします……ただいま、機材に一時的な不備が生じています……まもなく係員が参ります……お客様におかれましては、どうぞそのままお待ちいただきますよう……』


 ほどなくして流れ始めたアナウンスが、俺のいる外側の通路まで響き渡る。

 途切れ途切れに聞こえるそれは、騒動の制止を呼びかける類のものだ。どうやら避難誘導するのではなく、あくまでその場に(とど)まらせようという方針らしい。

 ここでいたずらに避難を開始させようものなら、パニックに陥った観客は我先にと出口に駆け出すだろう。最悪の場合、出入り口付近で怪我やら暴動やらが起こることにもなりかねない。

 観客の統制を保つ意味でも、そしてそれ以上に騒ぎを拡大させないためにも。観客にクールダウンを呼びかけ、待機させるのは理に(かな)っている。

 そもそもにおいて、犯人の目的はあくまで一人だけと明言されている。あの犯行予告にどれほどの信頼が置けるのかはさておき、これがヤツ(はんにん)好みの陽動であることは火を見るよりも明らかだ。

 ここで騒ぎを大きくしようものなら、ますますもって犯人の思う壺でしかない。多少強引な手を使ってでも、観客の沈静化という課題は最優先されて然るべきだろう。


「おつかれさまでーす……」


 フル稼働する通信網の中、目の前を正規の警備隊である隊員たちが駆け抜けていく。当然ではあるが、その労いの言葉は誰にも届くことはない。

 こうした不測の事態にも対応できる訓練を積んでいるのか、それとも最初からこの手の展開を予想していたのか。鍛えられた「軍」の人間だけあって、その動きには一切の迷いがない。

 今回に限って言えば、事前に予告があったことも大きな意味を持っていたのだろう。後手後手に回らざるを得ない状況の中、それでも最善を尽くそうとする彼らの覚悟と意地が、今まさに試されているわけだ。


 ……と、まあ。

 よくわからない目線で偉そうなことを言っているが、別段俺に彼らを評価する権限があるわけでもない。


 もう散々言っているように、俺に課せられた任務はここでぼさっと突っ立っているだけだ。一刻を争う状況の中、2分3分と経過していく時計を見ているのはどうにも居心地が悪い。

 仕事を(まっと)うしていると言えばその通りではあるのだが、身を粉にして闘っている隊員(かれら)からすればただの木偶(デク)の坊である。基本的に役に立たない人間であることを自負している俺ではあるが、今回は輪をかけた無能っぷりを晒していると言っても過言ではない。

 棒立ちになっているのが仕事であり、その仕事も余程のことがない限りは大勢に影響しない。気楽といえば気楽だが、なんとも言えない気持ちになるのもまた然りだ。

 あれだけ荒れ狂っていた客席の喧騒も、引き潮のごとくゆっくりと後退していく。照明落としと爆発騒ぎ、どちらも想定外の隙を上手く突かれた形にはなったが、結果としてリカバリは上手く効かせられているらしい。

 最低限の被害に収めたその手腕は、日本星皇軍の面目躍如といったところか。もう数分もすれば、事態は収束の方向へと向かい始めるだろう。


「……んお?」


 だが。

 思わず間抜けな声を上げてしまうほどに、今この場で俺の注意を惹いたもの——それは、観客席の喧騒などではなく。

 

 まったくの別方向から響いてきた、明らかに異質な音だった。


 スタジアムの中心部とは完全に真逆、閑散としきった通路の奥から聞こえてきたそれ。

 何かを豪快に打ち崩すようなその音は、ここからそれなりの距離にある場所から発せられたことは疑いようもない。にも関わらず、確かな存在感を持ったその音に、知らず思考が深みへと嵌っていく。


「……照明(でんき)か?」


 薄暗がりの中で思考を巡らせること数秒。

 行き着いた先の結論は、ある意味当然の帰結とも呼べるものだ。

 スタジアム中の明かりを落とす——単純明快かつ強引なこの犯行も、実行に移すとなれば手段はそれなりに限られる。この通路の先にある管理室の存在など、少しでもここの構造を知っている人間なら真っ先に思い浮かべるものだろう。

 管理室かその近辺に潜んでいた犯人と、そこに急行した警備隊の誰か。偶然鉢合わせた彼ら二人が激突し、結果として先程の轟音が起きた……そんなところだろうか?

 適当に思い描いたシナリオだが、存外に筋が通っている。真偽のほどはさておき、少なくともいい線はいっているはずだ。


「こちら雨宮。……はあ。了解です」


 俺の稚拙な推論を裏付けるように、そこから1分も経たないうちに連絡が回ってくる。


 おおむね……そう、おおむね。その内容は、それなりに予想通りと言っていいものだった。


 管理室前の通路にて、犯人と警備隊の隊員が交戦。「協力者」のサポートもあり、大した被害もなく犯人の捕縛に成功したらしい。

 戦闘の過程で通路の一部が半壊したらしいが、こちらに人的被害がなかっただけでも僥倖(ぎょうこう)だ。完結極まる連絡ゆえに詳細は述べられなかったが、恐らくは軍属の誰かが駆けつけて大捕り物を演じたのだろう。

 まあ、そこまではいい。手柄を上げた人間の名前を聞いたところで、どうせ知らない名なのだから何の意味もない。


 ……しかし、だ。

 そこに和泉さんの名前が絡んでくるとなれば、話はまた変わってくる。


 見張りについていたはずの警備員を振り切り、事件のどさくさに紛れて逃走。あまつさえ逃げた先で犯人とかち合い、その捕縛に貢献した……らしい。

 改めて整理してみても、何が何やらさっぱりわからない。まだドッキリと言われた方が納得できるレベルだ。


「……協力者、ってなあ」


 冗談半分かと思ったが、先の事件が相当頭にきていた、ということだろうか。

 もちろん、その感情自体は理解できる。やられっぱなしでは終われない、なるほど実に男の子(オトコノコ)な理由だ。

 ……だからといって。


「本当に警備を()いて行動する奴がいるか……」


 思わず天を仰ぐものの、それで何が変わるわけでもない。

 水無坂といいこの人といい、本戦出場者というのは何故揃いも揃って限度というものを知らないのか。叫び声のひとつもあげたい気分である。


 ……まあ、とにかく。とにかく、だ。


 何にせよ、これで星皇祭を散々騒がせた犯人はめでたく捕まった。これにて一件落着なのだから、まずはそこを喜ぶべきだ。

 残っている問題といえば、未だ微妙に色めき立っている観客の沈静化だが……これも犯人が捕まった以上、新たに火種が持ち込まれることはない。そう遠くないうちに、奮戦中の警備隊員たちが場を収めるはずだ。


 だというのに。


 心の端に引っかかるような、不吉な予感じみたもの。それは未だ消えず、俺の中に我が物顔で居座り続けている。

 何かを——見過ごしてはいけない()()を、間違いなく見落としている。

 具体的にそれが何かは不鮮明なまま、ただ直感だけが絶え間なく俺の胸を打つ。

 今日の朝からずっと……ともすれば犯行予告が届いた昨晩から、嫌という程にがなり立てるそれ。それは消える気配すらもなく、ここにきてその存在感を一層肥大させていた。


「ああ、くそ」


 まとまらない考えと、未だ輪郭すらも見えない予感の正体。

 苛立ちを抑えきることができずに、薄闇の中がしがしと頭を掻き毟る。


『ねえ、まさかとは思うけど——』


 あてどなく空回りし続ける脳内。刹那の間に浮かび上がるのは、魚見が言いかけ、そして俺が遮ったあの一言だ。


 この事件の犯人はあの男(カイン)ではない。昨晩の時点で抱いていた確信は、もちろん今も変わることはない。


 やり口や姿勢こそ似通っていても、その本質には天と地ほどの開きがある。アレとこの犯人を同列に扱うなど、烏滸(おこ)がましいとさえ言えるほどだ。

 犯人が何を考え、どう動こうと。その振る舞いは所詮、あの男の劣化コピーでしかない。


 ……だが。


「——いや、違う」


 ()()()()()。思考の最中、たった一瞬ちらついたその言葉が、僅かな光明となって道筋を照らす。


 ——この事件に、実行犯とは別の黒幕がいると仮定するならば?


 それは無意味な、ともすれば滑稽な仮定なのかもしれない。

 それでも……それでもだ。


「考えろ——」


 固執するな。発想を転換しろ。本物が行いそうなことを、劣化といえどコピーが思いつかない道理はない。

 あからさま、かつ即効性の高い陽動。もし犯人があの男(カイン)ならば、その裏で必ず「次」のプランを走らせているだろう。

 いかに奇襲性に長けた能力とはいえ、陽動役はあくまで囮。確実に目的を達成したいのなら、複数の実行犯を抱え込んでいてもおかしくはない。


 そして。本命の行動を起こすならば、囮に注意が向いている今が一番の好機であるはずだ。


 僅かな気の緩みに付け込み、孤立している標的を狙う。別段珍しいことでもない、狩りの常套手段と言って差し支えない戦法だ。

 和泉さんは初日の夜、試合が全て終わった後の空気の中で襲撃された。選手であり、なおかつ単独行動の多い人間を狙ってくるのならば、対象となる人間は自ずと限られてくる。

 今この場、この状況で、真っ先に標的になりそうなのが誰かと問われれば——


「……()()()


 ありえない。タチの悪い思い込みだ。

 そんな言葉が、僅かな間もおかず脳内に響き渡る。

 即座に否定されてしかるべき思考は、しかし(とど)まることなく加速していく。咄嗟に携帯を取り出して通話を試みるものの、しかしその番号は無機質な不通音を返すだけだ。


「……っ」


 当の水無坂がこの場に居れば、俺の考えは馬鹿げていると一笑に付すのだろう。

 確証もない、仮定の上に仮定を重ねただけの思考。そんなものなど、本来ならば何の役に立つこともない。

 ……そう。言ってしまえば、これはただの思い込みだ。

 この上なく出鱈目で、突拍子もないただの直感。妄想だといって差し支えないほどに、根拠に乏しい愚考でしかない。


 そして。

 往々にして、この手の直感は当たると相場が決まっている。


 何処に向かうべきなのか、その手がかりすらも掴めないまま。

 ごちゃ混ぜになった思考と対をなすように、俺の足は勝手に走り出す。

確信に基づいて走り出した魚見、あてずっぽうの直感から駆け出した俊。さて、悪い予感は当たるのでしょうか。


やたらと気になるところで切ってしまいましたが、例によって土日はお休みします。次回は月曜日、23時ごろ更新予定です。


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