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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
63/126

2-22/フェーズ2:一撃は彼方に

急造のタッグ。主人公(裏)、サポート適正高し。


「……!」


 微精霊の持つマナを故意に暴走させ、内部から圧力をかけて強制的に爆破させる。

 それは属性攻撃もへったくれもない、いわば即席の小型爆弾。

 俗に「手榴弾」と呼ばれる爆破攻撃——単純ゆえに高火力のそれが、超至近距離で和泉さんを襲う。


「……くそ!」

 

 精霊使いの奇襲性——そして何よりも、この男の執念を甘く見積もっていた。

 咄嗟に和泉さんを救出するために駆け出すものの、到底手の届く距離にはいない。

 迸る爆風と、一時的に奪われる視界。悔やみきれない己のミスに歯噛みしながらも、男を取り押さえるために全力で地面を蹴り飛ばす。


「へえ。まだ余力があるのか」


 ——そして。


 荒れ狂い、不安定に揺れる視界の中。

 爆風を切り裂き、当の和泉さんが何事もなかったかのように姿を現す。


「悪いけど、爆発の類には慣れてるんだよ。その程度じゃ、レベルとしては下の下もいいとこだ」


 完全な不意打ちだったにも関わらず、その身体に負傷の痕跡は一切見られない。余裕綽々で通路に立つその顔には、むしろ攻撃を待っていたと言わんばかりの感情が滲み出していた。


「……ぁぁぁぁああああッ!!!」


 仕留め損ねたと見るや、狂ったように爆発を連続して繰り出す男。狙いも何もないその絨毯爆撃は、当然ただの一発も和泉さんに有効打を与えられてはいない。

 薄ら笑いを顔に貼り付けたまま、和泉さんはわざとギリギリで男の放つ爆撃を回避する。

 その表情に浮かび上がるのは、揺らぐことのない勝利者の余裕そのもの。傷を負った男がジリ貧に陥っていくさまを楽しんでいるのは、火を見るよりも明らかだ。


「ほらほら、まだ奥の手があるんだろ? せっかくの実戦なんだし、どうせだったら全部見せてからにしてくれないと。精霊使いの全力、憎い相手に全部ぶつけてみなよ」


 必死の形相で吠える襲撃者の男を前にして、和泉さんは煽るような言葉をぶつけ続ける。

 錯乱と、冷笑。襲撃者とそれに応戦する被害者という構図は完全に逆転し、もはやわずかな名残すらも残されていない。


「ぐ……がああああ——ッッ!」


 痛みと怒りの混ざり合った唸り声は、その煽りに乗せられたが故のものか。

 人とも獣ともつかぬ咆哮。直後、もはや言葉にもならない声に応えるようにして、男の周囲の空間に光が集い始める。


「……っ」


 脳内に警鐘が響き渡り、冷や汗が背筋を流れ落ちる。久しく感じていなかった命の危機が、確かな形を持って眼前に溢れ出す。


 ——マズい、と直感する。

 間違いなく、これがこの男が扱う能力の中で最大、最高火力の攻撃だ。


 使役できる最大数の微精霊をありったけかき集め、その力を極限まで励起させる。()()()を考えないからこその、文字通り必殺の一発だ。

 男の周囲で弾ける光。目には見えないはずの存在が視界に写り込むのは、迸るエネルギーが限界を超えつつあることの証左だろう。

 ともすれば暴発しそうなほどの力を束ね、一箇所に留め置いている。その技量は、間違いなくこの男をひとかどの使い手だと認めるに足る能力だ。


「へえ。イイね」


 挑発か、それとも本心からの言葉なのか。

 この状況で、なおも変わらずに和泉さんが冷たく笑う。


 その言葉は、最後の一押しには十分すぎるものだった。


「…………ッ————!!」


 雄叫びは、しかし声になることもなく。

 もはや彼の瞳に、僕の姿は一片たりとも映っていない。憎しみのこもった視線の全てが、和泉さんただひとりへと注がれる。


 そして。

 男の全霊をかけた一撃が、一直線に放たれた。


 知恵も工夫も、それどころか属性の区別すらも存在しないまま。文字通りの力押し戦法は、本来「器用貧乏」であるはずの精霊使いがそれだけ切羽詰まっていることの証左だ。

 例えるなら、大質量の鉄塊を真正面からぶつけるがごとき強引さ。どこまでの純粋な破壊のエネルギーが、白色の光線となってこちらに襲いかかる。

 波動砲じみたその光線が直撃しようものなら、人間の体など塵も残さず消し飛ばされるだろう。例えわずかに掠るだけでも、その部位が消失することは自明の理だ。


 だから。今度こそ、必ず止めなければならない。


「間に合え……!」


 声とともにあらん限りの力を絞り出し、和泉さんの眼前へと滑りこむ。

 ロックで制限されている現状、僕が行使することを許されている力はたったふたつ。「星の力」共通の基礎技能であるパッシブの身体強化と、僕本来の神器である一振りを呼び出すことだけだ。

 そのどちらも、真っ当な星刻者に比べてあまりにも微弱かつ脆弱なものでしかない。正攻法で戦おうとすれば、およそ勝負にならないのは目に見えている。


 ……ただ。この状態の僕にもひとつだけ、ユニークスキルと呼んで差し支えない能力がある。


 必要なのは発想の転換。真正面からぶつかっても勝てないのなら、どうやり過ごすかを考えればいい。

 格上と戦うための経験なら、既に嫌という程訓練を積んできた。おかげで「逃げ」の方向性だけなら、出せる手にはそれなりのストックがある。


「神器変換完了——(シールド)モード、換装(チェンジ)!」


 それは、「見せてもいい」手札の一枚。


 高らかに声を上げると同時、僕の手に握られた神器がその姿を変じさせる。


 久しく使用していなかった、僕の神器が宿す特殊機能。錆び付いていた機械が動き出すように、能力が励起していくのを感じ取る。

 神器。ひとくちにそう括っても、その様相は個人によって千差万別だ。

 水無坂さんのように無限の弾数を持つものもあれば、坂本さんのようにもはや武器の形を成していないものも存在する。適合率や能力の強大さ次第では、神器そのものが独立した能力のような力を持つものすらもあるほどだ。

 そして。そういったものを「特異例」として括るならば、僕もその中に含まれることになる。


 「武器形態の自由な変更」。それこそが、僕の神器が備え持った特性。


 どの形が原本(オリジナル)、というわけでもない。どれでもあってどれでもない、いわば不定形の存在——それが僕の神器の本質であり、能力を制限された状況下でも切れる数少ない手札だった。


 基本形として扱っている無骨な剣から、攻撃を受け止めるに足るだけの大楯へ。


 イメージしたものと寸分違わぬ実物が、神器となって手元に現出する。攻めから守りへとその役目を変えた神器を構え、襲撃者が放った渾身の一撃の前に立つ。


「く……ぅ」


 迎え撃つのは、全てを破壊する光の奔流。

 「重い」。この上なく端的で、それゆえに的確な感覚が、身体中を駆け抜ける。

 着弾した一瞬、その僅かな間ですら、殺人的な威力に膝をつきそうになる。数秒後には挽肉になっていそうなほどのプレッシャーが、大楯越しにじりじりと肌を焼く。


 ……でも。最初から、この攻撃を馬鹿正直に受け止め続ける義理はない。


 格上と真正面から戦わない。逃げに徹して、自分のやるべきことを全うする。

 坂本さんに嫌というほど叩き込まれた、戦闘における心構えだ。脳裏にこびりつくそれに従い、己の身体に課した役割を全力で実行に移す。


「っ、はあああああ——!」


 全霊を賭してなお、僕にできることはそう多くない。

 精々が攻撃を受け止めている大楯、その方向を修正する程度のこと。どれだけ気迫を込めたところで、己の限界点が変わるはずもない。


 それでも。たったそれだけのことで、待ち受ける結果は大きく変わる。


 光線を正面から受け止めるのではなく、ほんの僅かに面の角度を変えて「逸らす」。

 僕たちを飲み込むはずだった暴虐は、しかし方向転換を余儀なくされる。滑るように盾の上を駆け抜けた光は後方へと流れ、そのままの勢いで通路の内壁へと殺到した。


「……っ!」


 響き渡るのは、耳を(つんざ)くがごとき轟音。

 仄暗い視界の中で、どうどうと流れ落ちる瓦礫と塵。五感の半分ほどを埋め尽くす勢いのそれが、破壊力の凄まじさを物語る。

 一人の人間を害するには、あまりにも過剰すぎる威力——その一発は頑丈に作られているはずの壁面を破壊し、あまつさえ風穴さえも開けていた。


「……あ……」


 憎悪、狂乱、覚悟。文字通り全てを賭け、死力を尽くして放たれた必殺の一撃。

 しかし。それすらも僕という邪魔者の手によって、紙一重で防がれた。

 目の前の敵を消し去る——ただそれだけのために放たれた、正真正銘の切り札。それさえも使い果たした襲撃者に、もはや使える手札は残されていない。


「あ——あ、あああ……」


 揺るぎのない、たった一つの簡潔な事実。それを認識した男の喉から、もはや言葉にもならない呻きがこぼれ落ちる。


 すなわち。今この瞬間、彼は完全に敗北したのだと。


 こちらに向けられた瞳のどこにも、燃え盛っていた感情の炎は残っていない。

 残り火どころか、灰さえも燃え尽きたその瞳。その中に存在するのは、絶望すらも通り越した虚無だけだ。


「おお、魚見君ナイス。さすがは警備員ってとこか。じゃ、あとは任された」


 そして。


 そんな男の様子など、気にも留めていないような声。

 一瞬の攻防で力を使い果たし、床にくずおれそうになる僕——その肩を労うように叩いた和泉さんは、世間話でもしているかのような気軽さで男へと歩み寄る。


「ふぅん……そういえば見覚えあるな、この顔。予選で俺に負けたとか? ……ま、どうでもいいんだけどさ」


 今にも男を足蹴(あしげ)にしそうな位置で、和泉さんは興味深げに口を開く。

 飄々とした口調とは裏腹に、そこには何の感情も篭っていない。およそ熱と呼べるものはかけらもなく、完全に冷え切っている。


「で? まさか君が全部計画した、とかじゃないんだろ? 親玉がどこに居るのか知んないけど、なるべく早く吐いた方が良いよ。ほら、情けは人の為ならずって言うし。……いや、ちょっと違うのかこれ」


 満足のいく答えなど、最初から期待していない。そう言わんばかりの勢いで、和泉さんが言葉を矢継ぎ早に並べ立てる。

 問い質す、というよりは、資料の検分でもしているような無機質さ。物言わぬ男の前で、完全に一人だけの思考へと没入する和泉さんは、しかし唐突にそこで言葉を切った。


「……ま、良いか、なんでも。どうせすぐに分かるし」


 それは宣告であり判決。意志はおろか男の存在そのものすら、そこには微塵も介在していない。

 抜き放たれた神器の刃は、さながら判決を言い渡す閻魔(えんま)の笏のごとく。薄闇の中でなお煌めく白刃が、男の頭上高くに掲げられる。


「待っ——」


 無論、間に合うはずもない。


 咄嗟に動くことすらできない僕に、できることなど何もない。

 張り上げた声だけが、半壊した通路に虚しく響き渡り——


「はい、これで満足? 約束は守る主義だからさ、俺」


 ……しかし。


 その一刀が、男の首を落とすことはなく。

 振り下ろされた美しい刃——その切先は、ただ空だけを切り裂いて止まっていた。


 呆れた様子でため息をつく和泉さんが、血振るいとともに神器を霧消させる。

 足元に転がる男は死体のような有様でこそあるものの、その実気を失っているだけだ。もちろん、和泉さんが何か細工をして気絶させた、というわけでもない。


「……冗談はほどほどにしてください。ほんとに斬るかと思いましたよ」


「えー、信用なさすぎ。そのへんは君たちの領分だろ? 犯人(コレ)を煮るにしろ焼くにしろ、それは君たちが決めることであって、俺の仕事じゃないし」


「そんなこと言い出したら、そもそも今ここに居るのもあなたの仕事じゃないんですけどね……」


 あの表情と躊躇いのなさを見せられたら、本気にするなという方が無理な話だ。

 極度の緊張から解放され、呼吸の仕方を今更のように思い出して大きく息を吐く。

 ようやく身体を動かせるようになった僕とは対照的に、和泉さんの態度にはまったく変化がない。メンタリティも強さのうちだ、と言わんばかりに、倒れた襲撃者を興味深げに見つめている。


「ま、そのへんは多めに見るってことで……それより、大丈夫なのコレ? 失血死とかは流石にシャレになんないんだけど」


「……いえ、脈は安定しているので問題はないかと。どちらかというと極度のショック、あとはマナを後先考えずに使ったことからくる、一時的な失神でしょう」


 奇襲の可能性も、決して捨て置けるものではない。万一を考えつつ男に接近し、完全に気を失っていることを確認する。

 男は流血こそしているものの、致命的と呼べるほどに深い傷なわけでもない。医療班に診てもらいさえすれば、たちどころに意識を取り戻すだろう。

 ……まさか、こんな形で労せずに捕縛できるとは思わなかったけど。始まりが予想外なら、幕引きも予想外そのものだ。


「目覚めるのがいいことかどうかは、彼のみぞ知る、って感じですけどね。()()()()になるのは確定事項でしょうし」


 聞きたいことも、聞くべきことも山ほどある。

 「お話」がどれだけ長くなるかは僕の(あずか)り知るところではないけど、5分のお話でハイおしまい、という手軽さでないことくらいは僕にもわかる。少なくとも、彼の寝覚めが心地いいものにはならないだろう。


「ま、それはそっちが頑張る方向で。なんなら協力者ボーナス的なものがあってもいいんじゃない? ほら、雨宮君みたいに表彰するとか、本線の方でボーナスポイントつけるとかさ」


「彼は色々と理由がありますから。……まぁ、違反行動に関してなら、口添えくらいはしておきます。とりあえず、今日の本戦に問題なく出られるくらいには」


「お、マジ? やっぱり持つべきものは友人ってことか。せんきゅー魚見くん」


「……そう思うなら、友達になるべく迷惑をかけない生き方を心がけてください」


 溜め息だけを無限に吐き続けたい状況ではあるけど、まさかそれが通るわけもない。

 片手間に会話をしながら、()の人たちに手短に連絡を取る。数人を派遣してもらうように要請すれば、驚くほど簡単に話は通った。

 色々と申し開きをしなければならないことはあるけど、さしあたってはこの襲撃者を収容することが先決だ。いたずらに時間を消費できる状況でもなし、そのあたりのことは迎えにくる彼らのほうがよほど理解しているに違いない。

 和泉さんも触れていたように、この男が唯一の実行犯にして黒幕であるという保証はどこにもない。さっさと傷を治して、持っている情報を洗いざらい吐いてもらわない限り、こちらが後手に回る危険は常に付きまとう。


「すぐに回収に向かう、とのことです。最低でも20分の()()は覚悟してください」


「ええー……いや、仕方ないんだけどさ。仕方ないんだけどさあ……」


 いくら手柄を上げたとはいえ、それはそれ、これはこれだ。

 監視の目を振り切ってここに来ていることに関しては、少々きつい追求の手が伸びることになるだろう。情状酌量してもらえるように僕も働きかけてはみるけど、それもあくまでバイトの戯言でしかない。

 うげえと顔を(しか)め、これ見よがしに嘆息する和泉さん。その表情は、紛れもない等身大の学生そのものだ。

 相手を冷笑し、(なぶ)るような顔は、完全に奥に引っ込んでいる。最初から最後まで、身に纏う空気に一切の変化がないのが余計に恐ろしい。


「……戦果は上々、かな」


 ようやくひと段落つき、心持ち空気が弛緩する。

 訪れた静寂に耳を澄ませば、スタジアムの中心部から微かに喧騒が届いてきた。

 僕が消し炭になるか否かの瀬戸際、死線をくぐり抜けていた数分間。経過した時間は僅かでも、観客席の様相は間違いなく変化していることだろう。軍の人たちが沈静化に努めてくれているとはいえ、今の僕には状況が悪化していないことを祈ることしかできない。


 重たい息を吐き出し、変わらずに足元で伸びている男へと目を向ける。


 このゴタゴタで意識が飛びかけてはいたけど、今日の僕の目的は既に達成されている。

 加えて予想外の共闘とはいえ、襲撃者の男もここで捕まえることができた。プラスアルファの目的も達成された現状、この場において出来うる限りの成果は挙げられたと言っていいはずだ。


「……でも」


 でも、それなら。

 未だ消えないこのわだかまりは、いったい——。

これにて一件落着……でしょうか?

次回、ボサッと突っ立っている主人公(表)に視点が戻ります。


次回は明日、23時ごろ投稿予定です。


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