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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
62/126

2-21/フェーズ2:捕食者はどちら

錯綜するそれぞれの思惑。

「っ、こっち——」


 一層の混迷を極めるスタジアムの中、目的地に向かって一直線に通路を駆け抜ける。

 時間が経てば経つほど、観客が恐慌状態に陥っていくことは想像に難くない。そっちもそっちでどうにかしたいのは山々だけど、そこは軍の人たちがどうにか収拾をつけるはずだ。僕たちのようなバイトに、最初からその手の役割は期待されていない。

 照明をコントロールしているのは、ここからもうしばらく行ったところの小さな管理室。暗転などという大それたことをやった時点で、向こうも突入されることくらいは覚悟の上だろう。

 犯人が我が物顔で陣取っているのか、それともとっくに退散しているのか——あるいは、それを既に観測している誰かがいるのか。

 何が待ち受けているにせよ、出来るだけ速やかに、それを確かめに行かなければならない。

 「標的は一人」。犯行予告において、犯人は確かにそう口にした。それが真実か否かはさておいても、ここまでの動きは完全に陽動でしかない。


 必ず、次の一手を打ちにくる。それは予測であり、ありふれた経験則からくる確信だ。


 耳元で飛び交う連絡と、遠く聞こえる客席の混迷。すべてを頭の隅に留めおきながら、通路の曲がり角を大きく右折する。

 例の管理室はもう目と鼻の先だ。トップスピードを維持したまま、床を大きく蹴り飛ばす。


「……な」


 ——しかし。


 曲がり角の向こう側、一気に大きく開けた視界。

 飛び込んできたのは、予想を大きく逸した衝撃的な光景だった。

 もちろん、管理室に誰かが居座っている可能性は想定していた。場合によっては荒事も覚悟していたからこそ、振本さんは同行を辞退したのだから。


 でも——スタジアムの僻地とも呼べるこの場所で、先客ふたりが既に熾烈(しれつ)な戦闘を繰り広げていることなど。


 しかも。

 それがどちらも見覚えのある顔であることなど、想像できるはずもない。


 管制室へと続く、一般客など寄り付きもしないはずの細い通路。本来なら喧騒から遠く離れているはずのそこは、今や戦場とも呼べる騒乱に支配されていた。


「……っ」


 考える暇など与えないというように、無差別な面攻撃が襲いかかる。

 能力によって遠距離からの攻撃を畳み掛ける、やや離れた位置に立つ男。

 猫背気味の立ち姿と、微妙に焦点が合っていない両の目が、雑多な記憶の中から一瞬で掘り起こされる。


 顔を見たのはほんの数秒。それでも、僕が()()()の人間のことを忘れるはずがない。


 襲撃者の正体——それは本戦初日、振本さんと衝突した不審な男。

 あのヘッドフォンの彼が、そこにいた。


 その瞳に宿るのは、あからさまなほどの強さをもった剥き出しの敵意。属性を纏った多くの攻撃が、通路を埋め尽くさんばかりの勢いで標的へと襲い掛かる。


 ……が、しかし。


「あれ? 君、魚見君だっけ。なんで?」


 その攻撃はひとつたりとも、標的となるもう一人の男に届くことはない。


 さも簡単そうに、全ての攻撃を見切って受け流すその男。その悠々とした振る舞いは、己の実力を過不足なく把握しているからに他ならない。

 ……でも。その実力の高さは、彼がこの場所にいてはいけないことをこの上なく端的に示すものだ。


「こっちの台詞です。なんでここにいるんですか、和泉さん」


「いやあ、やっぱり犯人ってのに直々にお(きゅう)を据えてやりたくてさ。いそうなところに目星つけて来てみたら、まさかのビンゴってわけ。我ながら引きの強さにビビってるよ」


 必死の形相をする犯人の男も、ありえない事態に目を見開く僕も。

 すべてがどこ吹く風とばかりに、和泉さんは片手間に振り向いてそう告げる。

 僕より先に管理室に到着し、あまつさえこの騒動の犯人と思しき男と戦闘を開始している。目の前に広がるこの光景を、できる限り冷静に説明すればそうなるだろう。

 ……もちろん。ことも無げに言ってはいるけど、やっていることは冗談で済まされる類の話ではない。

 それはつまり、完全な個人の独断で復讐しにきた、ということで。それも周囲を見る限り、警備の一人もつけずに単身ここに来ている可能性が非常に高い。

 警備についていた面子を説得したのか、それともこの短時間で撒いてきたのか……たぶん後者なんだろうけど、ずいぶんと大それたことをしでかすものだ。


「……ビンゴって……」


 すっかり元気になっているのはいいとしても、その方向性が明らかに間違っている。

 犯人は必ずとっちめる、と息巻いてはいたけど、まさか本当に独断専行でケジメをつけにくるとは思わなかった。想定外すぎる行動に、今までとは別の意味で頭が痛くなってくる。

 何食わぬ顔で話を続けるその表情とは裏腹に、その動きは一切の油断なく襲撃者を捉え続けて離さない。攻撃の雨あられを平然とくぐり抜け、決定的な一撃を狙うその姿は、本戦出場者の名に恥じない立ち回りだ。

 この場を制圧するのなら、彼一人で十二分に事足りるんじゃないか。そんなことを、割と大真面目に考えてしまうほどに。


 でも。残念ながら、事態はそう簡単にはいかない。


「それで、魚見君は味方、ってことでおっけー? んじゃ、犯人(コレ)倒すの手伝って欲しいんだけど。ほら、俺よりきちんとした警備員が捕まえた方がそれっぽいし」


「……最初からそのつもりです。ただ、脱走の説明は後でしていただきますからね」


 流れ弾をやり過ごしながら口を開く僕に、えぇー、と大げさに不満の声を上げる和泉さん。戦闘中にも関わらず気の抜けた声を上げるその姿には、緊張感のかけらもない。

 どのみち、僕の目的は最初から犯人の手かがりを掴むことだ。かなり計算外の出来事ではあったけど、逃げずに立ち向かってくるのであればこちらとしても都合がいい。


 ……それに、だ。監視の目を搔い潜った選手が勝手に犯人を倒した、なんてことが知れ渡れば、警備員(ぼくたち)の面子にも関わってくる。


 バイトとはいえ、警備員という立場にいる僕が現れたことは、和泉さんにとっても渡りに船だったんだろう。僕を巻き込んだ方が色々と()()()()()ことを理解しているからこそ、彼はこうして共同戦線を持ちかけている。

 いくら学生同士の小競り合いとはいえ、試合用の結界が及ばないここでは命の危険もあるはずだ。そのさなかに事後処理の心配とか、どこまでも余裕が有り余っていて恐ろしい気分になる。


「オーケイ、ここからはチームプレイだ。敵の特性は——」


「精霊操作、ですよね? 見た感じかなり火力に振ってますが。援護します」


「お、話が早い。じゃ、そういうことでよろしく」


 どちらにせよ、この場で僕が取る選択肢はひとつだけだ。

 神器を構えつつ、隣に立つ和泉さんにそう返す。その言葉がトリガーになったのか、正式に僕を「敵」と認識したらしき襲撃者がこちらを睨む。

 ……正直なところ、和泉さんという戦力は嬉しい誤算だ。戦闘になることを覚悟していても、それと戦力の多寡はまた話が違う。

 ましてやロック解除のお許しが出ていない現状、頼りになる戦力はいるに越したことはない。

 それがとても褒められた助っ人ではないにしても、だ。


「……さて」


 相対するのは、通路に所狭しと能力の弾をぶちまける男。やや暴走気味にも思えるその男の能力は、一見何もない空間から属性の弾を撃ち出している。

 火炎弾や氷の(つぶて)といった物理的なものから、こちらの体勢を崩しにくる突風に、果ては視界を遮る煙のようなものまで。

 多彩な属性攻撃を行いつつも、しかしそれらが継続することはない。長くても十数秒が過ぎた途端、降り注ぐ攻撃はスイッチが切れたように消え去ってしまう。


 多様に見えて、その実使い捨ての属性攻撃。精霊操作型の能力の大きな特徴だ。


 微精霊が内包するマナを使い切ってしまえば、攻撃はその時点で打ち止めになる。例えるなら携帯カイロを一瞬で消費しているようなものなのだから、効率が悪いと揶揄されるのも仕方がない。

 大気中に存在する微精霊(タマ)の数はほぼ無尽蔵。とはいえ、一度に使役できる数には限りがあるのもまた事実だ。


 「使い切った」微精霊と新しいものとを交換する、そこには必ず隙が生まれる。

 僅かな間、攻撃が止まる一瞬を突き、一気に畳み掛けるしかない。


 能力の特性と、そして和泉さんを執拗に狙うその姿勢。まず間違いなく、この男は一連の事件の中心にいる。

 ……さすがに、犯人と初日にすれ違っていたのは想定外だったけど。そのあたりも含めて、捕まえてから問い質すことは多くなりそうだ。

 精霊操作の特徴である、どこから攻撃が飛んでくるか分からない奇襲性——それも通路という制限された空間においては、大幅な弱体化は免れない。せいぜいが背後から奇襲をかけられる程度のものか。


「後ろ!」


「りょーかい」


 そして。その危険性も、一人が補佐に回れば危険度は大幅に低下する。

 咄嗟に声をあげた僕に対して、和泉さんはあくまで余裕ある動きで攻撃を躱して接近していく。不意打ちの一発を防がれた襲撃者が、じりじりと下がりながらも歯噛みする。


「これでもだいぶ警戒してたんだけどな。こんなもんか」


 そう呟く和泉さんの表情には、何の表情も浮かんでいない。

 ぞっとするほど冷たく響く声色。一度は被害者になったはずのその声は、あろうことか失望すら感じさせるものだった。

 初日の不意打ちは、試合後の気の緩みと遠距離からの一撃という好条件が揃ったからこそ成し得ただけだ。それを証明するかのように、和泉さんの下には未だ一撃たりとも届いていない。

 いかに強力なマナドレインといえど、お互いの姿を視認しているこの距離では成功するはずもない。鬼のような形相とは裏腹に、襲撃者は着実に追い詰められていく。

 和泉さんが携える神器は、樋笠先輩と同じく日本刀型。木刀を模した仕込み刀である先輩とは対照的に、美術品として飾られていてもおかしくないほどの荘重(そうちょう)な造りが施されている。

 同じ剣道部、同じ形状の神器——共通点がありながらもここまで対照的なのは、双方のスタンスが違うからこそのものか。


「予選落ち……いや、三回戦までは行ってそうだな。ま、その程度だろうけど」


 獲物を認識した捕食者のように、和泉さんが一直線に襲撃者の男との距離を詰める。

 手数では圧倒的に(まさ)っているはずの男の攻撃は、裏を返せば()()()()でしかない。男の焦りを如実に示すように、攻撃の手はますます苛烈に、しかし狙いは粗雑になっていく。


「——ちょっと痛いぞ」


「……ッ!」


 踏み込み、そして鋭い一閃。

 全ての攻撃を躱しきり、瞬く間に距離を詰めた和泉さん。抜き放たれた刃が、目測が難しいほどの速度で標的を襲う。


「ぐあ——!」 


 手加減も手心も、その一切が端から存在しない。

 直前で怖気付くかもしれない——そんな僕の想像など、くだらないと笑い飛ばすかのように。

 無慈悲そのものの一撃は、襲撃者を文字通り一刀のもとに斬り伏せていた。

 煌めく白刃から逃げきれず、斬られた勢いのままに地面を転がる男。振り払われたその切っ先から、紛れもない鮮血が滴り落ちる。


「ぐ、が……お前、お前——!」


 痛みか、それとも怒りか。

 衣服をもろともに切り裂かれた襲撃者が、錯乱した様子で声を上げる。

 人体へのダメージカット効果が付与されているのはスタジアム内でもごく一部、あくまで本戦が行われている中心部のフィールド上のみだ。スタジアム端のこの通路では、当然気の利いた安全装置など存在しない。

 神器という凶器がもつ殺傷性。その威力が、ここでは十全に発揮される。


「おいおい、そりゃ無いと思うんだけど。やるからにはやられる覚悟もしてこなきゃね」


 顔を歪めて激昂する男に対し、あくまでも和泉さんは冷静な口調を崩さない。

 己の神器で相手に血を流させる。通常の学院生ならまず怯んでしまうはずの行動を、和泉さんは一欠片の躊躇もなく成し遂げていた。


「和泉さん、まさかとは思いますけど——」


「大丈夫大丈夫、命までは取んないから。ただ、ちょっとばかり痛い目を見てもらう必要はあるってこと。どっちみち、無力化させなきゃ取り押さえることもできないだろ?」


 どうせなら、丸一日くらいは医療班にお世話になって貰わないとね。世間話でもするような気軽さで、そう付け加える和泉さん。

 その目に宿る感情は、僕よりもよほど蛇と言うに相応しい。獲物をいたぶる冷たい悦びが、瞳の奥底から滲み出す。


「これだけやれば十分です。あとは、僕が」


 ……でも。いくら被害を受けた当事者であろうと、これ以上の折檻(せっかん)は認められない。


 この場で指の一本でも切り飛ばそうものなら、過剰防衛どころか完全な加害者になってしまう。僕がここにいるのは、そんなことをさせないためだ。


 動こうとする和泉さんを制し、痛みにもがく男へと目を向ける。


 刃傷(にんじょう)沙汰に慣れていないことは、その表情を見るだけでも明らかだ。もう一撃でも加えれば、間違いなく完全なパニックに陥るだろう。

 警戒を怠らず、されど処理は手短に。パニックなどと言う暇もなく、一撃で意識を確実に奪う。審判にかけるのは、その後でも遅くは——


「ぐ……がッ、あ」


 しかし。

 呻き声をあげる男は、どうやら想像を超えたタフネスを持っていたようで。

 

「っ——危ない!」


 思わず上げた警告は、男の咆哮(ほうこう)にかき消されて届かない。

 男の真正面で、動きを止めていた和泉さん。

 無防備になったその瞬間を、的確に狙い撃つかのように——


 空気が、爆発する。

和泉さん&魚見vs襲撃者、第二ラウンドへ。


次回は明日、投稿時間を23時に戻してみようかと思います。


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