1−5/星皇軍
前回のあらすじ
アホ(主人公)
アホ(主人公2)
アホ(大佐)←NEW!
「まず、ここは日本星皇軍第二本部——手っ取り早く言えば、秘密組織の根城みたいなもんだ。お前たちが普段暮らしてる、いわば表側の世界から見つからないようにして、俺たちがひっそり役目を果たすための秘密基地と思えばいい」
すらすらと、あれだけ渋っていたのが嘘のように。
先ほどまでとは裏腹に、立て板に水といった様子で説明を始める坂本大佐。その変貌に驚きつつも、重要な情報に耳を傾ける。その変わりようは、あるいは仕事を早く終わらせたいが為のものか。
「んで、本題だ。その役目、『何をする場所か』ってのは色々あるが、大きく分けると二つ」
そこで一旦言葉を区切った坂本大佐は、確認するように二本の指を立てる。
「一つめの役割は、外界の星刻者を集めて保護することだ。星刻者ってのは、簡単に言えば超能力に目覚めた人間の事だな。火を吹くとか、テレポートできたりとか、お前みたいに水を出せたりとか、種類は様々だが。そういった異能力——『星の力』なんて呼ばれたりもするな——を持っている人間を探し出して、一箇所に集めて保護する。ここまでは分かったか?」
「……まぁ、一応は」
初っ端からトップスピードの説明に置いて行かれないよう、どうにかして理解を試みる。
超能力。馬鹿馬鹿しいと笑うことは簡単だが、現に俺も手から水が出ているのだから何とも言えない。見たものしか信じないというのなら、俺はなおのことこの状況を信じないわけにはいかなくなる。
ここにいる魚見や坂本大佐も、恐らくは俺の同類ということなのだろう。保護という言を信じるのなら、その同類が何十人単位でここにいる、ということもあり得る。テレポートやら何やらの能力も、数多の中に実際に存在するのかもしれない。
「ただ、質問があるんだが。外界とか言ってたが、具体的に何処にあるんだ、ここ?」
だが。理解が及ぶからこそ、疑問もまた生じることになる。
秘密基地だ何だと言っていたことからも、ここが人目に付きにくい立地にあることは明らかだ。僻地にあること、それ自体には何も問題ない。
しかし、だ。俺が行方不明になっていることを知れば、あの姉は間違いなく手を尽くして探し出そうとするだろう。変なところでアクティブなぶん、大勢の人間を巻き込んで捜索を始める場合もある。
いたずらに騒ぎが大きくなるのを防ぐため——そして何より、彼女を安心させるために。できる限り早急に正確な居場所を把握し、姉に連絡を取る必要がある。
……と、思っていたのだが。
「さぁ? 分からん。その辺の森の中じゃないか?」
帰ってきたのは、想像していたよりもだいぶ適当な答えだった。
「……はあ?」
「おっと、別にからかってるわけじゃないぞ。隔離するために結界やらなんやらをかけまくったせいで、座標がうやむやになってるからな。ここがどこにあるのか、正確な事は誰にも分からんってだけだ。ただ、少なくとも日本なのは確定だから安心しろ」
ええ……安心しろ、とか言われてもですね。
あっけらかんとした様子で答える坂本さんに、怒りよりも当惑が身体を満たす。日本語が通じるのに越したことはないが、逆に言えばそれだけだ。
組織の推定トップがこれということは、本当に誰にもわからない、と考えるのが適切なのか。結界とかいう単語も出てきたし、どうにも想像以上に複雑らしい。
……にしても、さすがに誰にも分からないというのはどうかと思うのだが。設計者とか創設者とか居るだろ、訊けよ。
「……隔離ってことは、出入りとかも規制されてるってことか?」
「いや、そのへんは手続きを踏めば問題なくできる。条件はあるし、多少面倒ではあるがな」
「……はあ。手続き、ねえ」
例えるなら、入国管理のようなものだろうか。
どの程度のものかはまだ不明だが、合法的に脱出できる手段があることがわかっただけマシと言うべきなのかもしれない。もちろん、隔離されているという事実自体は結局変わらないままだ。
「ま、そのへんはまた説明してやるよ——ってことで、納得できたんなら次いくぞ。星皇軍の目的その二、それは星刻者にとっての脅威と、その原因を排除することだ。まあ、軍って言ってる以上ある程度は察しているとは思うが、こっちはある程度の荒事も絡んでくるな」
「脅威ねえ……特殊部隊とか、そんな感じか?」
疲れたように首を回す坂本大佐に置いて行かれないよう、脱線しかけていた意識を引き戻す。
適当も適当、完全にあてずっぽうの放言だったのだが、どうやら大佐のツボに嵌ったらしい。
特殊部隊もアリだな、などと呟く大佐の顔は、完全に瞳を輝かせる少年のそれだ。や、適当に言っただけなんですけどね……魚見くんが渋い顔でそっち睨んでますよ。
「特殊部隊と殴り合うのも面白そうっちゃ面白そうだが……俺たちが戦ってるのは、もっと分かりやすい相手だな。一口で言えば怪物だ。お前も戦ったんだろ?」
「——っ」
「怪物」。
そう形容されるものなら、俺にも幾らかの心当たりがある。一気に身近になった話題に、知らず前のめりな質問を返してしまう。
「……何か知ってるのか。あの……化け物について」
もちろん、言うまでもなくあの異形のことだ。冷静になって考えてみても、奴に関しては説明できない点が多すぎる。
この上なく歪な姿も、こちらを執拗に狙い続けるその執念も。果ては、塵となって消えていく最期すら——全部夢でしたと言われた方がまだ現実味があると思えるほど、あの存在は不可解極まりない。
「あの怪物は、俺たちが星屑と呼んでいるモノだ。奴らは生命エネルギーを得るために、星刻者を——『星の力』を持っている人間を好んで狙う。奴らからすれば、俺たちはステーキみたいなもんだって事だな。BかCってあたりか、お前が戦ったアレのランクは」
「ちなみに星刻者以外の人間には見えないよ、アレ。バスでも騒ぎにならなかったでしょ?」
「……待て、整理させてくれ」
一気に提示される情報の数々に、必死で頭を回して対応する。
星屑。あの異形、現実から乖離した存在には、れっきとした名前が与えられているらしい。
さも当然、といった反応を見る限り、彼らにとっては見慣れたものなのか。星屑という名称も、個体名というよりは種族名と考えた方が適切なのかもしれない。
確かに、だ。今の説明の通りであれば、あの異形の姿が他人に見えなかったのも、俺が標的となったのも納得はいく。あの場にいた人間のうち、星刻者とやらが俺だけなのだとしたら、俺を真っ先に狙うのは当然のことだと言えるだろう。
だが。説明できない違和感が、俺の胸中を擽る。
餓えを満たすためだけの狩りにしては、例の異形はあまりにも前掛かりだった。そもそも星刻者が狙われるのであれば、魚見も対象になってしかるべきはずだ。
それはまるで。何かに命じられるがまま、こちらの命を付け狙っているかのような——
……いや、ちょっと待て。
「おい魚見。お前見えてただろ、バスの中のアレ」
「え? あぁ、うん。もちろん」
あぁうん、じゃねえよ。完全に流しかけてたわ。一番ダメージが少ないであろうタイミングでバラしてくるあたり、明らかに狙ってたなこいつ。
「いやぁ、申し訳ないとは思ってるよ? でもあの時は僕も僕で忙しかったし、そもそもあの場で伝えても信じないでしょ、君。ま、あんな早く会敵するのは完全に想定外だったから、そこは謝らなきゃいけないんだけど」
「……ああ、はい。さいですか」
咎めたてるような目を向けるものの、帰ってくるのは事前に用意したかのような回答だ。淀みと呼べるものが全くないそれに、怒りを通り越して嘆息する。
そりゃ信じなかっただろうが、もう少しやりようはあっただろ。冗談抜きで死ぬかと思ったんだからなアレ。
「んで? その怪物を退治するのが、ここの軍の仕事ってわけか」
「ああ。より正確に言うなら、今いる星屑の討伐と、新たに発生する星屑の根絶だな。それが俺たち星皇軍の第一目標だ。もちろん、そう簡単なことでもないが」
「根絶って、止めようとして止められるもんなのかそれ。動物を絶滅させようとしてるようなもんだろ?」
口を開きながら正面へと向き直ると、大佐は口をへの字にして思案するように腕を組む。
いや、そんな瞳で見据えられてもですね……説明の面倒を増やしたくない気持ちは痛いほどにわかるが、責任ぐらいはきちんと果たしていただきたい。
「あー、そうだな……説明するとなるとめんどくさいんだが、そもそも星屑ってのは子供を産むもんじゃない。星刻者が変異する事で、その数を増やしてるわけだ。だからそれを防ぐために、こうしてお前たちを一箇所に集めて監視してるわけだな」
一頻り沈黙した後、あくまで同じ調子を保ったまま大佐が告げたその言葉。それは確かに突飛な話ではあるが、決して理解が及ばないものではない。
だが。理解したからこそ、大きな疑念が胸中に浮かび上がる。
星刻者が——人間が変異して星屑になる。大佐は今確かに言った。
ならば。俺が殺した異形、あの正体は——
「おっと、それは違うぞ。何を考えてるかは大体わかるから言っておくが、違う」
が。
点と点とが繋がり、線へと姿を変える思考。ひとつの恐ろしい事実を浮かび上がらせるそれは、しかしその途中で遮られる。
「何も無条件に人間が化け物になるわけじゃない。環境やら本人の状態やらの条件が重なって、結果的にそうなるってだけだ。病気にかかる人間は大抵、生活習慣やら本人の体調やらに問題を抱えてるもんだろ?」
「……弱った人間ほどなりやすい、ってことか?」
「ああ、その認識でだいたい合ってる。で、その条件の中でも一番大事なのが、『星の力』自体が持っている自我だ。コイツは基本は意思疎通が不可能なレベルで小さいんだが、その性質がクソ迷惑でな。宿主の精神を一旦壊して、その上で体を乗っ取ろうとする。つまり完全変異した時点で、宿主の意識はもう死んでるってことだな」
奴らも思い通りに動く体が欲しいんだろうな。何食わぬ顔をして、大佐が恐ろしいことをさらりと付け足す。
「……精神を壊して、なあ……」
だが。大雑把なことこの上ない説明ではあるものの、喩えのおかげで言いたいことはなんとなく理解できた。
要は宿主に寄生して養分を吸い取る、冬虫夏草のようなものか。恐ろしいことこの上ない話だが、事実そうなってしまえばもはや人間とは呼べない。
自我と言われて真っ先に思い当たるのは、死の間際に見たあの性悪スライムだ。あれの自我が微弱かどうかという話はさておいて、俺の精神を破壊するという話には信憑性がある。
「なら、俺もそのうち乗っ取られるのか?」
「いいや、それは心配ない。お前もそのうち教えてもらえると思うが、対処法さえ分かれば簡単に防げる。要は弱めの精神攻撃だからな、心構えひとつでだいぶ違うもんだ。何も知らない野良の星刻者ってのが一番危ないんだよ」
野良の星刻者。なかなかに強いワードだが、その言い分は至極もっともだ。
星屑とやらへの変異が病気で、それを予防するために必要なのが心構え。受ける被害に対していまいちピンと来ない対処法を紹介されたあたり、手洗いうがいの重要性を説かれているような気分になる。いや、重要なのはわかってますけどもね?
「……つまり俺は超能力者の一員で、バケモノに襲われたり、バケモノになったりする可能性があるから保護されると。そういうことでいいんだな?」
「まあ、手っ取り早く言えばそういうことだ」
俺の雑なまとめにも満足げに頷いた大佐は、凝り固まった体をほぐすようにだらしなく伸びをする。
仮にもお偉いさんのはずなのだが、こうして見ている限りでは威厳など微塵もない。寝ていたことも合わせて、まんま縁側で寛ぐ猫だ。
「おし、こんなもんでいいだろう。話は終わりだ。恭平、寮に案内してやれ」
適当そのものといった様子で告げられた、説明会のお開き宣言。それを境にして、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
ひと仕事終えたとばかりに大欠伸をして俺に背を向ける大佐と、その言葉を受けて動き出す魚見。質問タイムなどあるはずもなく、話は次なる展開へと流れてしまう。
むろん、そのこと自体に不満があるわけではない。どのみち、詳しいことなど今聞いてもわかるはずがないのだから、触りの理解さえできていれば十分だ。
……そう、説明自体には。だが——
「……寮?」
「ああ。必要最低限、今すぐに生活できるだけの準備はしてあるから安心しろ。荷物も諸々含めて先に届いてるから大丈夫だ。秘蔵のエロ本もしっかり入ってるぞ」
いや、違う。サービスが充実しているのはありがたいが、そういうことを言いたいのではない。
あまりにも自然に告げられたがゆえ、危うく流しかけたその言葉——当然のように大佐が口にした一言は、よく聞けばとんでもない内容のものだった。
「……寮って、何にも聞いてないんだが。今すぐ?」
「そりゃ今すぐだ。保護するって言っただろ?対象がここから離れちゃ意味ねえだろうが」
「にしても、さすがに急すぎるだろ。うちの家族だって何言うかわかったもんじゃない」
俺の困惑など何処吹く風といった様子の坂本大佐に対し、ささやかながらも反論を試みる。
引越しの必要性も、その言い分の正当性も理解の上だ。それでも、この展開はあまりに唐突にすぎる。
家族といっても居るのはあの駄姉だけだが、それでも家族に変わりはない。弟から漸く連絡が来たと思えば急遽引越しするとか、彼女からすれば倒れてもおかしくない出来事のはずだ。
……が。
そんな俺の考えさえも、続く大佐の言葉によってあっさりと裏切られる。
「その件だがな。お前が寝てた間に、いろいろと話をつけてある。その時にお前の姉ちゃんから伝言を預かったんだが、読むか?」
その言葉を裏付けるようにして、大佐が簡素な白いガラケーを差し出す。
ともすれば時代遅れとも取られかねないような、一昔前の簡素なデザイン。そろそろ骨董品に認定されてもおかしくないであろうそれは、言わずもがな俺の携帯だ。
家を出た時に俺が忘れていったコレを、姉が届けてくれた、ということなのだろうか。自分の知らないところで事態が進行していることに、言いようもない恐怖感が募る。
「……ここって携帯使えるのか?」
「普通に使えるよ。ネットにも繋がるし、電話とかも全然問題なし。あ、当然だけど、機密とか漏らしたら首ちょんぱだから気をつけてね。責任はとらないから」
おい、なんだ首ちょんぱって。恐ろしいことをかわいい語感で包み隠そうとするな。
素朴な疑問に対する返答に戦々恐々としつつ、手中の携帯に目を向ける。
最後に見たときと変わらぬ光沢を放つそれからは、しかし小さな青いストラップが消えていた。姉からもらったものではあったが、もとより大して思い入れがあったわけでもない。
それより大事なのは、何をおいても彼女の伝言だ。目を背けたい衝動に抗い、恐る恐る携帯を開く。
果たして、そこにあったのは——
『俊くんが倒れたって聞いた時には本当に心配したけど、無事みたいで何よりです。しばらく会えなくなるみたいだけど、お姉ちゃんは大丈夫だから、思いっきり楽しんできてね♪
P.S. あ、あとお土産よろしくねー
葵より』
……………………………………。
「……なあ、大佐」
「うん? どした」
「これ、本当に全部伝えたんだろうな?」
底抜けに明るい内容のメールに対して、俺はどんな表情をしていたのだろうか。正確なところがどうなのか、鏡でも見なければ分かりようがない。
が。突き刺さる大佐の視線を前にすれば、ある程度は想像もつくというものだ。
「包み隠さず伝えたぞ。んで、その結果がそれだ」
そりゃひでえや。あの駄目姉、確実にホームステイか何かと勘違いしてやがる。
声にならない感情と、全てを諦めて天を仰ぎ見ようとする俺の頭。どうしようもない衝動を抑え込み、なんとかして他の論点を探し出そうと試みる。
落ち着け……そう、落ち着け。
もとより大佐に反駁している理由は、この展開に準備が追いついていないからだ。
目下の問題点である家族についてはどうやら心配いらないようだが、何も問題と呼べるものはそれだけではない。他の箇所に目を向ければ、自然と様々な不都合が見えてくる。
そう、例えば、だ。
「……引越しは良いが、学校はどうなるんだ。ここからうちの高校までどれくらいかは知らんが、交通費は負担できないぞ?」
曲がりなりにも、うちの高校はそれなりの進学校だ。県下でも上から数えた方が早いと言えば、その程度は伝わるだろう。
生憎と友人関係はからっきしだが、入学時の姉の喜びようを見れば簡単に辞めようとは思えない。が、仮に毎日金と時間を払って通学しなければならないとすれば、それはそれで姉に負担をかけることになる。
どちらに転んでも、疑いようもなく不都合が生じてしまう。まさしく問題と言って然るべきものだ。
「ああ、そういえば言ってなかったな。もちろん、その話もきちんと対策済みだ。手間と時間をかけて星刻者を集めておいて、別行動させるほど無意味なこともないだろう?」
しかし。
俺の言葉を聞いた坂本大佐は、そこで思い出したように手を叩く。
「と、いうわけでだな。お前には明日から、ここの附属学校に通ってもらう。転入手続きやらなんやら、その辺りのことはもう済んでるから心配は無用だ」
想像の遥か上を越えていく、唐突すぎるその宣告。反論も質問も、そこに差し挟まる余地はない。
凄まじい速さで展開する話を前に、俺にできることは間抜けな声を上げることだけだ。
「……ええ」
超能力、引越しときて、最後が転校とは。
話の流れを考えればむしろ当然とも呼べるのだろうが、思考からは完全に除外されていた。スケールとしては一番小さいだけに、かえってそのリアリティを認識せざるを得なくなる。
矢継ぎ早に追加される情報に、ただでさえパンクしそうな頭が沸騰する中。俺の事情などどうでも良いとばかりの勢いで、話が強引に締めくくられる。
坂本大佐が告げた、最後の言葉。それは、俺のか細い抵抗が徒労に終わった証だった。
「——ようこそ、星皇学院へ」
俊に拒否権はありません。かわいそうに。
次回、ヒロイン登場です。
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