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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
56/126

2-15/エンカウント:不遜な彼、腐心する我

仕事、終わりが見えるほどに疲れが来るのは仕様なのでしょうか。

「やあ俊、お疲れ様。なかなか大変な職場みたいだね、そっちは」


「ああ、本当に。……まだ一日目のはずなんだがな。先が思いやられる」


 ようやく捕まえたその姿に、遠方から大きく手を振って存在を知らせる。えっちらおっちらと距離を詰めながら口を開くと、対面の男と言葉を交わしていた樋笠は苦笑を浮かべて俺を出迎えた。

 試合直後、関係者以外は立ち入り禁止の通路で話ができるのも、この仕事(バイト)あっての特権だ。ロッカールームから出てきてすぐの人間を捕まえるのはなかなかに気がひけるのだが、当の樋笠は気にも留めていないらしい。


「俺のことより、そっちこそお疲れ様だ。さっきの試合、かなり惜しい感じだったんだろ? 途中まで見てた限りじゃ、完全に勝ったと思ってたんだがな」


「いやいや……まったく、緒戦(しょせん)から不甲斐ない限りだよ。勝負は時の運、なんて言い訳もできるけど、気の緩みがなかったと言えば嘘になる。応援してくれる人がいるからには、やっぱり勝ちを見せたいものだからね」


 十数分前に敗れたばかりにも関わらず、樋笠のコメントには全くもって嫌味というものがない。

 当事者である以上並並ならぬ悔しさがあると思うのだが、それをおくびにも出さないのはさすがといったところか。即座に切り替えができるあたり、その精神性は超高校生級のそれだ。


「それにしても、仕事もあるのに見てくれてるとは思わなかったよ。このぶんだと、次はもっと頑張らないといけないな」


「そりゃ、知り合いが出てたら応援くらいはするさ。この仕事(バイト)だって、試合観戦目的で参加してる奴がほとんどなんだから、誰に見咎められるわけでもない」


 一日目の最終試合、満を辞して迎えた樋笠の第一戦。仕事の合間に見ていた限りではかなりの接戦——何ならやや優勢だったようにすら思えたのだが、どうやら終盤になって勝敗はひっくり返ったようだ。

 刺し違える覚悟で数人が樋笠を足止めし、リーダー格が諸共(もろとも)に吹っ飛ばす。巨大モニターで繰り返し流されているその映像は、なるほどこの試合のハイライトと呼ぶに相応しい。チーム単位で対策を組まれては、さしもの樋笠といえど撃墜される他ないというものだ。

 ……もっとも、くたばるまでにその数人を葬っていたあたり、相変わらずのインチキじみた性能に変わりはないのだが。逃げ回るだけだった俺と徹底抗戦を選んだ樋笠、地力の差がありすぎて悲しくなってくる。


「ま、俺一人の応援で結果が変わるわけでもなし、気負わずやるのが一番だろ。俺も気楽に観れるしな」


 下手くそにもほどがある励ましだったのだが、どうやら伝えたいことは伝わったらしい。そうだね、と頬を緩めるその姿を見れば、次からは是が非でも決着を見届けたいという気持ちが沸き起こってくる。

 ……いかん、いかんぞ。我が事ながら、このムーブは完全に攻略ヒロインのそれだ。気付いたら個別ルートに入ってそうだな……雨宮俊ルート、多分誰も幸せにならないからやめてほしい。


「……それより、完全に邪魔するタイミングで来たっぽいな。さほど急ぎの用事でもなし、出直すくらいのことはするんだが」


 会話の出だしから気になっていた、樋笠の隣に佇む男。そちらに視線をやりつつ、居心地の悪さと申し訳なさを感じて身を(よじ)る。

 いくら会話が盛り上がろうと、誰かを蚊帳の外に起き続けるのはあまりにも忍びない。心なしか手持ち無沙汰気味の彼に対し、それとなく仕切り直しを提案したつもりだったのだが——


「いやいや、何も出直すことなんてないよ。いい機会だし、ここでお互いに自己紹介をしておくのも良いんじゃないかな? 君の仕事上、たぶん関わり合いになるだろうし」


 待っていたのは、驚いたような顔をして俺を引き止める樋笠だった。

 いや……そりゃお前、知り合いじゃない人間を置き去りにして盛り上がるのは気になるでしょうが。むしろ自分だけ全員知り合い、とかいう状況に耐えられてるお前がすごいんだが。

 予想外の展開に動揺するものの、どうやら俺の対人性能はハナから問題外らしい。樋笠の言葉を引き継いで会釈(えしゃく)する男に、事態が止めようもなく進行していることを肌で感じ取る。

 ……え、マジでこのまま自己紹介する流れなの? 知らない人と話すのとか怖いんですけど。俺だけリモート形式で参加するとか駄目?


「ども、和泉(いずみ)透夜(とうや)といいます。君は……ああ、確か朝に居た案内の人だっけか。確かに関わりがあってもおかしくないな。ま、気楽に頼むよ」


「……あ、こちらこそどうも……。雨宮俊といいます、警備のバイトやってます」


 置いてきぼりにされた俺をよそに、対面の彼は(よど)みのない口ぶりで自己紹介を終わらせてしまう。

 慌てて取り繕う俺とは対照的なその振る舞いは、こういった場に慣れていることを如実に示しているかのようだ。こうして並べると、俺の駄目さ加減がこの上なく際立つからやめて欲しいんだよなあ……警備やってますってなんだよ。宣伝しに来たのかお前は。


 ……にしても、だ。

 和泉透夜——和泉さん、とは。噂をすれば影がさす、とはこのことか。


 昼飯の折に耳にした名前だが、まさかその日のうちに本人と対面することになるとは予想外だった。降谷とて、あの会話がこのような形で回収されるとは思っていなかったに違いない。

 樋笠と同じ二年生であり、所属は総本部の剣道部。そして、降谷曰く「強いほう」という実力の評価——確かにこれだけ条件が揃えば、試合やらなんやらで樋笠と顔を合わせることも多くなるだろう。こうして気心の知れた会話をしているのを見ても、納得という言葉しか出てこない。

 樋笠のような優男ふうのイケメンとは毛色が違うものの、彼も彼で相当なルックスの持ち主であることに間違いはない。キツめに整った顔といい、高い身長を際立たせる長い脚といい、その手の雑誌に載っていても違和感がないほどだ。

 先ほど場慣れしているという評価を一方的に下したが、それは恵まれた容姿から来るところもあるのだろう。樋笠と並んで立っていれば、見てくれは完全に業界の人である。高い顔面偏差値と凸凹の身長、そのへんのアイドルユニットと言われても頷いてしまいそうだ。


「アメミヤ……ああ、聞き覚えあるな。確かこないだ、総本部(ウチ)に呼ばれてたとかなんとか。 拓海が前に話してたのもそれか」


 顎に手を当てた和泉さんは、僅かな間を置いて合点(がてん)したように手を叩く。長い手足も相まって、ひとつひとつの動きが見栄えするものだから始末が悪い。

 単体で呼ばれると首を傾げそうになるが、そういえば拓海というのが樋笠の下の名前だったか。俺含めて全員が苗字で呼ぶせいで、どうにも「拓海」と呼ばれるのに耳馴染みがないと思えてしまうが——


 ……いや。今話題にすべきは、そんなことではなく。


「……どこまで広がってるんだ、その話」


 ()()()()()()()()——言うまでもなく先日の出頭、もとい事情聴取に赴いた件のことだろう。

 だが。そこまで話が広がっているとは誰が思うだろうか。

 第二本部の面々ならまだしも、総本部の人間にすら悪名が知れ渡っているとは。人間の精神はですね、際限なく広がる悪評に耐えられるわけがないのですよ。そのへんを理解していただきたい。


「仮にも第二本部のトップが学生を引き連れて総本部に来たんだから、多少は噂にもなるよ。……まあ、今回は僕が話してしまったのもあるんだけどね。噂話が好きな子は結構多いから、当事者として当たり障りのない範囲を話すのにかなり苦心したよ」


「そりゃま、目の前に当人がいたら聞きたくもなるさ。総本部のお偉いさんに呼ばれるなんて滅多にないし、それが他の本部の学生となればなおのこと珍しい。どこ行っても質問の嵐だったろ?」


 申し訳ない、と頭を下げる樋笠と、愉快そうな口調で口を添える和泉さん。外見だけでなく内面まで対照的なそのコメントに、どうしたものかと頭を抱える。

 樋笠のことだし、守秘義務に抵触しない範囲で上手いことお茶を濁したのであろうが……それにしたって、そこまで話題になるのは想定外だ。男女問わず人気者の彼だからこそ、輪をかけて話が大きくなったのかもしれない。


「ほとんどは無難な話にとどめたつもりだけど、どうしても避けられない点というものはあってね。君の名前も、おそらくは君が思う以上に広まっているだろうから、そこは謝罪させてもらうしかない」


「別に悪いことをしたわけでもなし、胸を張ってれば良いんでない? 他本部の生徒に名前を売れる機会なんて、正攻法ならそれこそこの星皇祭くらいのもんだし」


「別に名前を売るつもりはなかったんですけどね……」


 きちんとした結果を出して名前が売れるならまだしも、名前だけが一人歩きする状況というのはそら恐ろしいものがある。加えて事情が事情なだけに、詳しい話をすることも不可能という隙のなさだ。なるほど、こうして悪評というものは広がっていくのか……。

 

 ……とはいえ、だ。苦し紛れとはいえ、喜べる部分も少なからずある。


 広まっているのはおそらく名前だけで、顔の方はさほど知られていない。最初は無反応だった和泉さんを鑑みても、その事実は確定と言っていいだろう。

 名乗らなければ済む話であるし、そもそも他本部の人間と積極的に繋がりを持とうとも思わない。今回のような避けられない接触もあるが、それはそれ、必要経費の範疇(はんちゅう)だ。

 何より——こうして長閑(のどか)に歓談していると忘れそうになるが——目の前にいる樋笠も和泉さんも、れっきとした団体戦の選手である。

 たった今試合を終えたばかりの人間に、必要以上の負担をかけたくない。明日以降も試合はあるのだから、これで心の健康を損なうようなことがあれば一大事だ。

 

「ま、こんなものは俺が気をつければいい話だろ。名前なんてそのうち忘れられるしな」


「そうそう、気にしないのが重要ってことよ。このイベント中はだいぶ目立つだろうけど、なんなら立場的にはプラスになるまである。名乗るだけで注意も引けるし、そんな奴が警備員をやってる、って事実は抑止力にもなるし——いっそ、自分から名前を宣伝していくのもアリなんじゃないか?」


 いや、別に何もアリじゃないが。他人事(ひとごと)だからって好き放題言い過ぎだろこの人。

 俺の心境を知ってか知らずか、和泉さんはからからと声を上げて笑う。事態を深刻にさせたくない、という気持ちを()んでくれたのかも知れないが、それにしたって随分と適当だ。

 この人もこの人で相当にアクが強いというか、性質としては間違いなく愉快犯と言っていい。気軽に俺をコンテンツにしないでくれ、頼むから。


「それで、要件は何だったかな? 僕に協力できる範囲であれば、喜んで手伝わさせてもらうんだけど……立場上、今回は動ける時間が少なくてね。あまり力になれないかもしれない」


「ああ、いや。今回は面倒ごとじゃなくてだな」


 脱線した話をそこはかとなく戻そうとする樋笠に、忘れかけていた当初の目的が思い出される。

 そういやわざわざ呼び出したんだったな……途中で完全に意識が飛んでたわ。なんもかんも俺の話題性が高すぎるのが悪い。

 そもそも、俺の話=厄介ごと、と認識している樋笠も樋笠である。いや、確かに面倒ばっか持って来てる自覚はあるけどね? 俺なりに静かに暮らす努力をしているのだが、どうにもままならないものだ。


「ほい、降谷からのプレゼント。クラニアのサンドイッチ、なるべく早めに食べてくれって話だ。味は保証するぞ」


 ちょうど和泉さんが試合をしている頃、昼過ぎに降谷から預かった差し入れ。ようやくその任務を完遂(かんすい)すると、樋笠は予想外そのものといったふうに表情を輝かせる。


「クラニア……確か、君たちのバイト先だったかな?  美味しいって評判は聞いていたけど、こんなところで豪華な差し入れを貰えるとは思わなかった。選手になるのも捨てたものではないね」


 ほお、評判なのか。店員ながら全く知らないあたり、俺の世界の狭さがよくわかる一幕である。

 まあ実際、まかないは美味いし、マスターは優しいし、納得の一言しかない。差し入れに悩まなくて良くなったあたり、俺としてはむしろ万々歳だ。


「もう少し早くに渡しに行くつもりだったんだが、いろいろ仕事が重なってな。悪くなったりはしてないから、夕飯の足しにでもしてくれ」


「ああ、ありがたくいただかせてもらうよ。香純には改めて感謝を伝えなければならないね——もちろん、君にも。ありがとう、おかげで明日も頑張れそうだ」


 珍しく子供のように喜ぶ樋笠の表情は、紛れもなく喜色満面(きしょくまんめん)という言葉そのものだ。

 袋の中を興味深げに覗き込む和泉さんを完全に放置しているあたり、どうやら本当に想定外のプレゼントだったようである。おいそこ、どさくさに紛れて一個くすねようとするな。


「それだけ喜ばれるなら降谷も本望だろうよ。俺からも改めて感謝はしとくから、明日以降も頑張ってくれ。……ま、応援くらいしかできるもんがないけどな」


「まさか、そう言って貰えるだけで十二分な報酬だよ。ひとりじゃない、ってだけで普段の何倍の力が出るのが人間ってものさ……特に、僕のような人種はね」


 心持ち捻くれたような俺の言葉にも、返ってくるのは王道ど真ん中のヒロイックなコメントだ。ここまでストレートに感謝されると、かえって俺のほうがむず痒くなってくる。

 振る舞いといい言葉といい、なんでこんな主人公力に溢れてるんだろうな……これもう俺いらなくない? エンドクレジットの三番目あたりに引っ込んだほうがいい気がしてきたんだが。


「んじゃ、無事に渡せたし俺は戻るわ。もう少し仕事があるんでな」


「えぇー……雨宮くぅん、俺のぶんはないの? なんなら、交代の合間とかにお使い頼みたいんだけど。もちろんお駄賃(だちん)も出すよ?」


「最低でも7時までは待ってください、そこまではずっと仕事あるんで。……いや、買いませんけどね?」


 口を尖らせて不満を垂れる和泉さんは、どうやら本気で差し入れを期待しているらしい。そんな顔をされても無理なものは無理なのだし、大人しく諦めて欲しいものだ。

 そも、会場がお開きになった後も、仕事は山ほど残っているのである。時間も体力も現時点でスッカラカンなのだから、頑張って降谷の親愛度を稼いでくれとしか言いようがない。


「ま、こればっかりは仕方ない。最終日に祝杯がてら買いに行くとしますか」


「そうそう、折角なんだから出来立てをいただきにお邪魔しないとね。それじゃあ、残りの仕事も頑張って。応援してるよ」


 諦めたように溜め息をつく和泉さんと、ひらひらと手を振って俺を送り出す樋笠。仕事(げんじつ)へと戻りたくない気持ちを抑え込み、軽く頭を下げて場を後にする。

 ……選手に応援される状況、よく考えるとなかなかに面白い気もするのだが。それも飛び切りのイケメン二人なのだから、見る人が見ればそれなりに羨ましいのかもしれない。


「うお——」


 一般開放されているスペースまで戻れば、途端に俺を飲み込むのは怒涛(どとう)の人波だ。初日の最終戦が終わったばかりということもあって、ロビー近辺にはスポーツ観戦後のような高揚した空気感が漂っている。

 確かに客がこのテンションなら、飲食の屋台やイートインスペースやらは大入りが見込めるだろう。こんな辺境のスタジアムでも経済を回しているのだから、その商魂には感服するほかない。


「……まだ5時半かあ……」


 おっと、いかんいかん。仕事着で溜め息とか、見咎められたら何を言われるかわかったものではない。

 勤務時間はあと一時間とそこら。残業が発生するのはほぼ確実だが、それについては極力考えないようにしよう。地獄の中で更なる地獄のことに考えを巡らせるとか、あまりにも不毛というものだ。

 ……ああ、にしても怠いなあ……。時間スキップとか使えたりしない? 駄目?

どこか浮き足立った非日常。疲労感と、それでも残る充足感。

——長くは続かないからこそ、お祭り騒ぎには意味があるのかもしれません。


次回の投稿時間はいつも通り……ですが、おそらく二話投稿になるかと思います。1度目は19時ごろ、2度目は23時ごろを予定しています。


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