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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
55/126

2-14/エンカウント:不穏な影、腐心する彼

前回のあらすじ

裏方系主人公、今日もがんばる。

 どうせ俊のことだし、今頃ぶつくさ言いながら弁当を頬張ってるんだろう。どれだけ愚痴を言ったって仕事は仕事なんだから、すっぱりと諦めて勤しんで欲しい。


 ……などと。周囲に視線を向ける傍ら、十中八九的中しているはずの予想を走らせる。


 目前のステージで展開されているのは、待ちに待った星皇祭本戦の第一試合。90分という制限時間も、倍どころでは済まない広大なステージも、予選とはケタ違いのスケールだ。

 これで選手として参加できていたら言うことなしだったんだけど、そう贅沢は言うものじゃない。席すら取れないレベルで人気の試合を、この至近距離から眺められるだけでも僥倖というものだ。

 例によってステージの内部そのものは見えないけど、それに変わる大画面のモニターが試合の様子を中継している。映像だからこその多角視点に、観客の興奮と熱狂を間近で受け取ることも合わせれば、その臨場感はなかなかどうしてバカにできない。

 四つ巴で争う彼らの所属は、総本部から第四本部までのそれぞれ1チームずつ。試合開始から20分強が経過し、試合もそろそろ様子見から本腰を入れた戦闘へと移り変わる頃合いだ。

 選手たちのプロフィールは一応ざっと洗ったものの、本戦に参加するほどの猛者だけあって能力の制御も完璧らしい。それはそれで問題が起こらないわけではないけど、そんなところまで心配していたらさすがにキリがないというものだろう。


「——お疲れさま。魚見くんは休憩まだ?」


 と。

 油断しきっていた僕、その背中に突き刺さる柔らかな声。

 あまりにも出し抜けなそれに、驚きとともに振り返る。そこに居たのは、僕の想定からは最もかけ離れたタイプの人物だった。


「……今ちょうどペアが抜けてるので、さすがに僕まで抜けるのはまずいかなと。彼が戻ってきたら交代で入らせてもらいますよ。振本(ふりもと)さんこそ、休憩とってませんよね?」


「俺は好きでこうしてるからね。せっかくの星皇祭なんだし、こんないい席から見られる機会なんてこの先ないかもしれないじゃないか。せめて初戦くらい、警備(バイト)の特権を活用したいんだよ」


 呼吸を整え、言うべき言葉を組み立ててから口を開く。多少不意を突かれた程度でこの有様なあたり、僕の小心さがよくわかるというものだ。

 朝のうちに会場内を隈なく歩いた中で見つけた、試合観戦するにはうってつけの場所。大抵の客席から死角となり、その上スクリーンも観客もよく見渡せるこの位置は、警備員だからこそ居座れるとっておきの特等席だ。


 ……しかし、だ。こんな場所、普通に仕事をこなしていてはまず気付けない。


 立地からして裏方以外には入れないし、そもそも「そういう場所」を意識して探さなければ意識の端にも掛からない。初日のうちにこの場所を発見する人なんて、どう転んでも僕くらいのものだと思っていたんだけど……。

 どうやら、僕の思っていた以上に世界は広かったらしい。認識を改める必要性がありそうだ。


「にしても、振本さんもサボりなんて意外ですね。もっときちんと仕事してるかと思ってました」


「おっと、嫌味かー? 俺だって、何のリターンもなしにこんなバイトに応募しないさ。みんな多かれ少なかれ下心は持ってるよ。今の魚見くんの振る舞いなんて、まさにそのものズバリだろう?」


「それはまあ、その通りではありますけど」


 授業を抜け出した先で知り合いを見つけた時のような、悪戯っぽさと多少の()()を内包した声色。共犯者を作り出すかのようなその言い分に、知らず口元が緩んでしまう。

 もちろん、彼の言い分にも一理はある。というより、このバイトに応募すること自体が下心ありきのようなものなのだし、その点については反論する余地がない。

 試合を間近で確実に見たい、他本部の選手とお近づきになりたい。どのようなものであれ、そこには確かな需要がある。だからこそ、このバイトは抽選が行われるほどの人気を博しているのだ。


 振本(ふりもと)光生(こうき)。星皇学院第二本部、高等部に所属する二年生。


 特殊能力型——より詳細な区分で言えば、たしか時計座だった気がする。

 改めてプロフィールを思い返してみても、特筆すべきことはない普通の生徒という印象だ。能力こそ厄介な種別ではあるものの、適合率やセンスが突出しているわけでもない。

 目立ちすぎることはなく、かといって不自然なほど影が薄かったり浮いているわけでもない。休み時間、席に突っ伏して寝ているがゆえに悪目立ちするのが雨宮俊だとすれば、中のいい友達と隅のほうで固まっているのが振本光生という人間だと言えるだろう。

 ……つまるところ。総評として、平凡と表現する以外にないのである。

 もっと身も蓋もない言い方をしてしまえば、紛れもない「凡人」だ。そしてそれ故に、監査対象からは真っ先に外れるタイプだとも言える。

 人畜無害、絵に描いたような「人並み」の人間——そんな彼が仕事をサボり、こんな穴場スポットを見つけ出している。その事実が衝撃的というか、思いの外アクティブなことに驚いてしまった。


「振本さんの担当は第三ゲートでしたっけ? あのあたり、人の行き来も多いから大変なんじゃないですか」


「ま、その辺りは仕方ないと割り切ってるよ。今の時間はさほど往来もないから、相方に任せて巡回、なんて名目で色々見て回れるしね——うん、なかなかどうして()()()()の立地じゃないか、ここ」


「そんな物件見て回るみたいな感じで言われても……」


 言うまでもないことだけど、ここでのゲートとは(ゲート)のことじゃない。もっと単純に、観客席に出入りするための入場ゲートのことだ。

 警備員はそれぞれスタジアムの出入り口、特に人の往来が多いところにペアで割り当てられており、選手の誘導や観客の整理等の仕事を受け持っている。試合中は休憩時間に比べれば格段に楽になるとはいえ、仕事を放棄して良いというわけでは当然ない。

 棒立ちで試合観戦など、職務放棄も甚だしい……と言いたいところだけど、それに関しては僕も同罪だ。というより、これが目的でバイトに参加しているのだから、勤務態度としては我ながら最低レベルと言ってもいい。良い子のみんなはサボりとかしちゃダメだからね! 魚見くんとの約束だよ!


「——はいはい?」


『俺だ。飯も食い終わったから、今からそっちに向かう。それと、降谷に関しての話なんだが——』


「ああ、差し入れならありがたく受け取ったよ。多分まめまるでしょ? アレ。あとで本人にも言っておくよ」


『……何だ、気付いてたのか』


 耳元で響く、心なしか残念そうな声。

 逆に聞くけど、どうして僕が気付かないと思ったのやら。能力に関しての知識なら、君よりよっぽど持ってると思うんだけど。


『ま、とにかく待たせて悪かったな。ゆっくり飯食って良いからとっとと戻って来い』


「ん、じゃあ5分後に。おつかれー」


 仕事も忘れて試合を観戦する中、突如として入ってきた連絡に現実へと引き戻される。

 いや、やるべきことがあるのは重々承知の上なんだけどね? それでもさ、何もこんないいところで……はぁ。天罰ってあるのかなぁ、やっぱり。


「今のは?」


「相方からです。休憩時間がそろそろ終わるんで、交代しようって話でした。……僕としては、まだまだこっちに居させて欲しいんですけどね」


 まったく。俊もどうしてこう、嫌がらせのようなタイミングで連絡を入れてくるのか。渋い顔をして答えれば、同じような表情の振本さんが小さく溜息をつく。


「うむむ……君がいなくなるのに、俺だけこうしているわけにもいかないか。見たいものは見れたし、観念して戻るとするよ。サクも待ってるだろうし」


「怒ってないといいですけどね、桐岡(きりおか)さん。じゃあ、お疲れ様です」


 見ていたいと言う欲望がありつつも、ペアへの申し訳なさが勝ったのか。物憂げな顔をして相方の名前を呟いた振本さんは、最後に名残惜しそうな顔をして踵を返す。

 僕としても最後までここで見ていたいのは山々だけど、仕事であるからには仕方ない。移動時間の試合観戦はすっぱり諦めて、控え室で差し入れをありがたくいただくのが最善策なんだろう。

 ……いや、でもしかし。クラニアのサンドイッチ、情報筋によるとかなり美味しいらしい。

 ことこういったものに関しては、JKネットワークはこの上なく信頼を置ける。日によっては買えないこともある逸品が無料で食べられるなんて、それはそれで望外の幸運だ。

 控え室の小さなスクリーンであるとはいえ、試合観戦自体は質に拘らなければどうにでもなる。おまけに隠れた名喫茶店のサンドイッチをつまめるという、ちょっとした幸せ特典付きだ。

 うん。こうして書くと、こっちもこっちで大いにありありな気がするな。むしろ仕事に精を出したぶん、こっちの方が良さそうとまで言えるかもしれない。


「その辺は平謝りして許してもらうさ——っと」


 その時。

 

 不意に止まった振本さんの声に、離れかけていた意識が舞い戻る。


 前方への注意が疎かになっていたのは、僕の側に意識を向けていたがゆえか。正面を向いた時にはもう、振本さんの身体は軽い接触事故を起こしていた。

 尻餅こそつかなかったものの、押し出される形になった通行人が軽くふらつく。これで相手がその筋の人ならば、法外な慰謝料を請求されることは想像に難くない。


「すみません。不注意でした。お怪我のほうは——」


 事態を一瞬で把握し、慌てて頭を下げる振本さん。光の速さで行われたリスク管理は、しかし相手にされることすらもない。


「あの……?」


 不安げなその問いかけにも、相手が答えることはなく。

 こちらに一瞥もくれないまま、相手の男は無言で立ち去っていく。この会場でわざわざヘッドフォンをつけているあたり、振本さんの謝罪が聞こえていない可能性すらある。


「……大丈夫でしたか?」


「……ああ、うん。ちょっと押されただけだからね」


 猫背気味でのたのたと歩いていく男の後ろ姿を、なんともいえない空気感の中揃って見つめる。

 いくら客とはいえ、すみませんの一言すらないのはどうかと思ってしまう。勤務中にこんなことを考えるのはどうかとも思うけど、別段お客様は神様の精神で働いているわけでもない。


「ま、元はと言えば俺の不注意が原因だし。たまにはああいう客もいるってことさ」


「ですね。……とにかく、何事もなくてよかったです」


「いーや、まだ分からんよ? もしかしたらド級の苦情が入るかも、ってね——それじゃ、今度こそお疲れ」


 顔を顰めた振本さんは、しかし気にしていないことをアピールするがごとく殊更に笑顔をつくる。笑えないタイプの予想を口にするのは、それが冗談で終わって欲しいからと願うからこそだ。

 もう誰もいないよな、と呟きながら、おっかなびっくり退散していく振本さん。どうやら今しがたのミスを相当気にしているのか、最後までその振る舞いは縮こまったままだった。


「……ふぅむ」


 ……しかし。

 恐る恐るといった足取りで、曲がり角の向こうへと消えていく後ろ姿。それを最後まで見送ったあと、腕を組んで思案する。

 議題は言うまでもなく、振本さんとぶつかったさっきの男のことだ。雑踏の向こうに消えていったものの、外見的特徴は目に焼き付いている。

 猫背に常時下に固定された視線、そして極め付けにヘッドフォン。外界との断絶を示す上で、ここまで数え役満的な特徴を有しているのも珍しい。口を開かなかったことも相まって、偏ったイメージに拍車がかかってしまっている。

 言うべきではないとわかってはいても、どうしても僕の場合は仕事柄気になってしまう。言ってしまえば職業病のようなものなんだけど、こういった場合の勘は大抵合っているからなおのことタチが悪いのである。


「……うぅん、ダメだな」


 ぶんぶんと頭を振り、(わだかま)った考えを頭から追い払う。

 いかに第一印象が(かんば)しくないとはいえ、会話もしていない相手を一方的に悪者にするのはよくない。そもそも振本さん本人が気にしてないのに、僕がとやかく言うのはそれこそ不躾(ぶしつけ)というものだ。

 変な人は一定数いる、という話は朝方に俊ともした通りだけど、それで過敏になっていたら世話がない。誰彼構わず吊るしあげようものなら、それこそ僕が変な人の仲間入りを果たしてしまう。


 よって、結論。この件、頭の片隅程度に留めておけばいいでしょう。

 不必要なところに脳のリソースを割いていては、出来ることも出来なくなってしまう。不安も虫の知らせも大事だけど、きちんと理屈をつけて考えた方が大事なのは言うまでもない。


 さあ、サンドイッチが待ってるぞ。さっさと交代して、控え室にれっつごー、だ。

喫茶店の袋を抱えながら警備する主人公(裏)。仕事に対する誠意が足りないんじゃないでしょうか。


次回は明日、23時ごろ更新予定です。


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