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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
54/126

2-13/狐のお使い

前回のあらすじ

二人集まったが最後、雑談と説明しかしなくなる主人公二人。

「無理」


 いや、無理。ちゃちゃっと片付けるとか大法螺(おおぼら)ぶっこくんじゃなかった。

 次から次へと、怒涛(どとう)のようにやってくる仕事たち。それらを(さば)き、時に放置し、あるいは別の部署へとぶん投げ、やっとの事で手に入れた昼休憩——それですらも会場の様子を伺いながら飯を食っているあたり、ちっとも気が休まらないことこの上ない。

 分かりきっていたといえばその通りなのだが、覚悟したところで仕事の量が減るわけでもない。むしろ数分に一回、己の見積もりの甘さを突きつけられるのだから、もはや新手の拷問である。


「お疲れさま……って、うわあ。床で食べるのは行儀(ギョーギ)悪いよ?」


「仕方ないだろ、他にスペースがないんだから。どうせこれ食べ終わったらまた仕事なんだしな」


 一般客の入場が解禁され、人波に辟易(へきえき)する余裕があったのも束の間。開会式が始まる頃には、なけなしのテンションすらも何処かに消え去っていた。

 ちなみにその開会式であるが、坂本大佐が真面目に務め上げていたのだから驚きである。さすがに他本部の重鎮(じゅうちん)までいるこの場にあっては、椅子に縛り付けられてお役目(おしごと)を果たす以外の選択肢などないと言うことか。


「椅子とかは?」


「探せばあるんじゃないか? 見つかったら使っていいぞ」


「いや、そういうことを言ってるんじゃないんだけど……」


 待ちに待った団体戦の第一試合が始まったのは、わずか十数分前。会場の熱狂度合いは言うまでもなく、だからこそこちらの負担も余りあるほどに多くなるというものだ。

 朝にも確認した通り、団体戦の本戦出場チームは12チーム。基本的には五つの本部それぞれから2チームずつ選出されており、生徒数の多い総本部と第二本部(ここ)は追加でもうひと枠出場できる。

 まずは本戦予選として——こう言うとややこしいことこの上ないが——各チームごとに3回にわたって、三つ巴・四つ巴の試合を行う。その後、勝ち点の多い4チームで決勝を戦う、というルールであるらしい。

 つまるところ、最多で4回の試合を戦わなければならないわけである。3ラウンドまである団体戦の予選は初日からの3日間、決勝戦は日が開いて最終日の6日目に割り振られてはいるが、それでも連日ガチバトルをする負担は察するに余りある。

 緒戦(しょせん)となる今日の日程は、四つ巴が三試合。ここでどれだけの勝ち点を稼げるかでこの先の展開も変わってくるため、選手たちも観客も固唾(かたず)を飲んでその行方を見守っている、というわけだ。


 ……まあ。形式的なお話は、この程度でいいとして。


「で、降谷(おまえ)の用事は? 迷子か? 落し物か? 担当部署に案内するくらいならしてやるぞ」


「いやいや、そんなのじゃなくて。はいこれ、店長からとあたしからの差し入れ」


 本来なら裏方しか入れないこの場所に、爽やかな笑顔を振り撒きながら現れた彼女。相変わらず見る者全てを魅了するような笑顔は、激務の疲れを多少緩和する効果まであるらしい。

 たまたまここに行き着いたのか、それとも不都合なトラブルでもあったのか。疑問に思って話題を振ってみると、予想外の反応が返ってきた。


「おお? ……おお、マジか。有難い」


 差し出された紙袋を覗き込んでみれば、そこに鎮座(ちんざ)ましますのは出来立てのサンドイッチだ。恐らくは作ったばかりのものを持ってきてくれたのだろうが、まさかの差し入れに驚きよりも申し訳なさの方が勝ってしまう。

 警備員として働く都合上、星皇祭の期間中にバッティングしている喫茶店(クラニア)のバイトはどうしても休まざるを得ない。その旨の話は既に伝えているのだが……よもや、快諾するどころか差し入れまで用意してくれるとは。マスターの好意に全俺が泣いた。


「これから長丁場なんだし、栄養はしっかり取らないとね。一応恭平にも渡しに行ってるはずだから——あ、来た来た」


「渡しに……?」


 渡しに行く——ではなく、渡しに行ってる、とは。

 他にも同行者がいるようなその口ぶりに、該当する知り合いがいたかと首を傾げる。もちろん、第二本部でも有数に顔の広い魚見と降谷のことであるし、俺の知らない第三者がいても不思議ではないのだが……。


 しかし。その疑問は、数秒もすることなく氷解することになった。


 数多の人々が忙しなく行き交う、スタジアムの角から現れた人影——それは、他でもない()()()()()()

 

「…………???」


 どことなく浮世離れしたような、ふわふわとした足取りで歩いてきた降谷二号(仮称)。驚きのあまり口を開閉する俺を意に介することもなく、彼女はその姿を一瞬にして消す。


 ……いや、違う。消えたのではない。

 ぽわん、と。そんな擬音がこの上なく似合うであろう動きで形を変えた()()は、今や手乗りサイズとなるまでに小さくなっていた。


「……なんです、この狐?」


「あ、やっぱり雨宮くんにも狐に見える? よかったー、私だけじゃなかったんだ」


 マスコット——と。今の今まで降谷二号だった()()を説明するなら、そうとしか表現のしようがない。

 そこにいるのは、文鳥のごときサイズ感をした一匹の狐。驚くあまりキャラブレを起こした俺を意にも介することなく、謎の生物(?)は本物降谷の足元をぐるぐると回っている。こうして見てると、ご主人に褒められたい飼い犬みたいで可愛いことこの上ない。


 ……いや、そういう話ではなく。


「えと、なんだっけ。最初は特に形とか決まってなくて、本人の認識しだいでいろいろと形が変わるんだって。使い魔? って言えばいいのかな、わかりやすく言うとそんな感じ」


「…‥ああ、なるほどな」


 いや、何もわからんのだが。

 なるほどな、とは言ったものの、ふわふわとした説明も相まって本質的な理解などしていないも同然だ。むしろ理解を放棄している、と行ったほうがまだ近しいまである。


「使い魔ねえ……そんな能力もあんのか。人海戦術とかできそうだな」


 使い魔。当然のごとく未履修の単語だが、ニュアンスとしてなんとなくの理解はできる。

 ひとつ確かなのは、この狐ちゃんは降谷の能力——「星の力」によって生み出されたものだということだ。分類としてはよく分からんが、素人(しろうと)目線で判断するなら擬態とか変化とか、そういったものに該当すると見るのが妥当か。


「強い人だと、何十人とかの単位でいーっぱい出せるらしいよ。……あたしは弱いし、適合率も低いから、この子しか出せないんだけどね」


「自分の姿になって仕事も任せられるとか、一人でも十分強力じゃないか?」


 能力者本人だけでなく、狐ちゃん単体でも色々と行動できる。それだけで十二分に便利な部類だと思うのだが、どうも降谷は自分の能力に自信がないらしい。人間放水機でしかない俺よりよっぽどマシだと思いますよ、ええ。


「あたしの場合、一番最初に軍の人から能力の詳細とか聞いちゃったから、このイメージで固定されちゃったんだよね。……でも、こう見えていろんなものに化けられるし、簡単なことならだいたいできるんだよ、この子。さっきのお使いもちゃんとできてるし——ほら、おいで〜」


 あたし自体は全然、大したことできないけどね。そう付け足した降谷は、手のひらにぴょこんと飛び乗った狐を優しく撫でる。どことなく輪郭がぼやけているような手乗り狐はこれといった反応を返すことなく、されるがままに鈴谷に撫でられていた。

 狐の形をした使い魔が、他人の姿に変化する。なんとか能力の仕組みを飲み込めているのは、ファンタジーの中で比較的見慣れたシステムであるからこそか。

 狐とはいえ、もふもふの尻尾と狐耳(ケモミミ)が強調された姿は、リアルな狐というよりはむしろデフォルメされたマスコットのような見た目に近しい。これで周りに火の玉でも浮かべていようものなら、(まご)うことなきミニミニ妖狐の完成である。


「そのイメージが俺にも見えてるってことか…‥にしても、随分とファンシーなイメージだな」


「こぎつね座、なんて言われたら逆にこれ以外に想像できなくない? 小狐だよ小狐。あたしは可愛いから大満足だけど——ね、まめまる」


「……まめまる、ね」

 

 確かにそんな能力名を最初に聞かせられれば、こんなイメージがついてしまうのも仕方のないことではある。名前までつけて可愛がっているあたり、当人も余程気に入っているようだ。

 要はこのまめまるが、彼女の能力の本質ということなのだろう。まめまる、なかなかどうして可愛らしい名前である。多少言いにくいことにはこの際目を(つむ)ろう。


「はい、おつかれさま。いつもありがとね」


 なおも降谷にもふもふと撫でられ続けていたまめまるは、その言葉を機にふわりと姿を消す。仕事が終わって速やかに帰宅、まったくもって素晴らしいホワイト企業だ。

 ……いや、この場合は降谷が消した、という方が正しいのか。能力の産物である以上、オンオフを切り替えているのはあくまで彼女の一存であるはずだ。

 だが。ここまで独立している能力となれば、見ている側からはなかなかそうも思えない。完全にコントロール下に置いているわけではなさそうな口ぶりも相まって、独立した一個体の存在だと言われても信じそうになる。


「とにかく、これで恭平にも差し入れは渡せたかな。あとは先輩と、水無坂さんにも一応用意してるんだけど——さすがに選手でもないのに渡しに行くのはダメだよね」


 逸れていた話題を本筋に戻すかのように、スカートの裾を(はた)いて降谷が立ち上がる。

 俺一人の差し入れにしては多めの量だと思ったのだが、どうやら他にも渡すアテがあったらしい。手にしている残ったふたつの手提げ袋に入っているのが、件の二人への差し入れということか。

 先輩、というのは言わずもがな樋笠のことだろうし、水無坂には友人のよしみとして持ってきたのだろう。水無坂が差し入れを喜んで受け取る姿とか想像できないんだよなあ……俺ならともかく降谷からの贈り物であるし、間違ってもぞんざいに取り扱うことはないだろうが。

 ちなみに一年生で本戦に出場しているのは、出場選手のすべてを見渡してもごくごく僅かだ。むろん我がクラスでは水無坂以外にいないので、差し入れが山のように届いてもおかしくないのである。本来なら。


「ああ、その程度の仕事なら請け負うぞ。俺に預けてくれれば、時間があるときにでも個別で渡しに行く」


「ほんと? じゃ、お願いしてもいいかな。今日中に食べないと悪くなるから、なるべく早く渡してくれると嬉しいかも」


「ほいよ、了解」


 さすがに今すぐには食べられない俺の分と合わせて、部屋の冷蔵庫にでも突っ込んでおくべきか。完全フリーな水無坂はともかく、団体戦の試合が控えている樋笠に渡せるのは最短でも夕方になってしまうが、そのあたりはもう仕方ないと割り切るしかない。

 マスターの腕は俺もよく知るところであるし、今日の夜食にでもありがたくいただくとしよう。冷めようが時間が経とうが美味い、それがクラニアのサンドイッチなのだ。

 食品管理についてそれらしい思考を巡らせながら、ちまちまと食べていたおかずを纏めて腹の中へと流し込む。

 予期せぬ会話に時間を割いていたおかげで、おかげで休憩の時間はそれなりに押している。友人とのお喋りは言うまでもなく素晴らしいものだが、それにかまけて仕事を放棄していいはずもない。  


「——あれ、和泉さんだ。へえー、本戦出てたんだぁ」


「いずみ? ……ああ、確か総本部の。知り合いか?」


 と。

 我ながらかつてない勢いで、弁当の早食いに挑戦する俺。その傍らで、スクリーンに目を向けた降谷は何やら声を上げていた。

 感嘆とも驚きともつかぬそれに釣られ、画面の端に映る文字列に目を向ける。一定時間で切り替わる選手紹介の欄に踊るのは、なるほど確かに和泉という文字列だ。


「うん、部活繋がりでね。総本部(むこう)にも剣道部はあるし、たまに試合とか練習とかしたりするんだよ。和泉さんは二年でも強いほうだから、本戦に出てるのも納得かも」


「ほおん……」


 和泉(いずみ)透夜(とうや)。二年生の彼を中心とした三人のチームは、強豪ひしめく総本部の予選において二位通過を成し遂げている。個人戦には出ていないようであるが、相当の使い手であることは自明の理だ。

 名簿を確認した際におおよその名前と所属は把握したものの、まさかこんなところで繋がりがあるとは思わなかった。いくら部活という足がかりがあるとはいえ、本部の垣根すら超えて知り合いを作っているあたり、彼女の顔の広さも相当なものだ。


「剣道部の強い人って言われると、樋笠のイメージしか湧かないんだが。あれと似たような感じなのか?」


「ん〜……似てるかって聞かれると、また違うタイプかなぁ。能力のことはあんまり知らないけど、キャラも結構違う感じだよ。割とバンバン撃ってくる、みたいな?」


「ただの危険人物だろそれ……」


 撃ってくるキャラってなんだ……比喩なのかリアルなのか、この環境では分からないのだから恐ろしい。実際に銃器を振り回す男が大佐と殴り合ったらしいし、もう何でもアリなのではなかろうか。

 いかなテロップといえど能力の詳細は触れられていないが、予選の記録(ログ)は公開されているので確認はいつでもできる。総本部の強豪、というだけで面白そうな匂いはするし、暇なときに確認しておくのもいいかもしれない。

 ……まあ、暇な時なんてないんですけどね、ハハハ。仮にも仕事中の人間が、いたずらに暇だのなんだのと口にするものではない。水無坂に聞かれてたら何を言われるか、背筋も凍る思いである。


「それじゃ、私はそろそろ行こうかな。バイト頑張ってね〜」


「あいよ、差し入れありがとうな。二人には責任持って渡しに行くから、店長にもよろしく言っといてくれ」


 ひらひらと手を振る降谷に頭を下げ、立ち去っていく彼女を見送る。

 投げ入れた空の弁当容器が、ゆっくりとゴミ箱へ吸い込まれていく。やたら綺麗な弧を描くそれは、重力に捕らえられた俺の心を象徴するものか。


「ごちそうさまでした」


 嗚呼……ここからまた仕事かあ……観客みんないなくなってくれないかなあ……。

 そんなこと言ってもしゃあないね、仕事だからね。とっとと魚見呼んできて交代するか。

今章における作者の目標その1、大会の裏特有のザワザワした空気感をお届けすること。アレもアレでお祭り感があって好きです。


次回は明日、23:00ごろ投稿予定です。


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