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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
52/126

2−11/鷹姿狼歩

前回のあらすじ

鷹山……仁……?(人違い)

 消えた。目前にいたはずの大尉の姿が、一瞬で。


 ……何処に?


「——————!」


 直感。ぞわりと逆立つ全身の毛が、早くも全力で危機を主張する。

 寸毫(すんごう)とすら呼べないほどの時間の中、導き出されたひとつの結論(みらい)。虫の知らせと呼ぶにはあまりにも強すぎるそれに従い、強引な回避行動をノータイムで決行に移す。


 だが、足りない。


 すれ違いざまの一瞬、二人の位置が重なる僅かな時間。刹那を狙い澄ます一閃が、完璧な角度で首筋へと食らいついた。


「……ぐ、っ」


 カマイタチのごとき速度で駆け抜けた大尉に対して、俺ができたことは精々体を反らせた程度だ。一撃死クラスのダメージは免れたものの、実戦であれば致命打を貰っていたことは疑いようもない。


「へえ……避けるのか、今の。完全に入ったと思ったんだけどな」


『そこはそれ、雨宮くんの底力というやつだよ。きみも油断してると、若手に置いてかれることになるんじゃない?』


 体勢を立て直す俺に追撃をかけることもなく、当の大尉は博士と呑気に言葉を交わしている。その口調を聞く限りでは、今の一撃は完全に様子見ということなのだろう。

 初見で避けられたことに驚きはするものの、それが優位性をひっくり返す致命打にはなり得ない——お互いの力量差を理解し、的確に把握しているからこその余裕。それを突き崩す難易度は、今の俺にとっては相当なものだ。


「……っ」


 たった一撃。それだけで直感的に理解できるほどの、歴然とした力量差。

 紛うことなき格上と対峙するのは、何度やっても慣れるものではない。カインを前にした時のそれに近い感覚が、血に乗って全身を駆け巡る。

 考えろ。今の一撃に潜んでいるカラクリ、攻撃に移る前の予備動作。少しでも情報を集めなければ、勝負を成立させることすら不可能だ。

 一発を見切って反撃に転じるか、それとも攻撃そのものを封じるか。このまま何もしなければ、ただ座して狩られるのを待つのと何も変わらない。


「んじゃ、頑張って避けなよ? どうせやるなら一方的なんかじゃない、面白い試合が一番でしょ」


 靴の先で地面をトントンと叩き、大尉が神器を再度肩に担ぐ。

 特徴的なその動きは、あるいは今から攻撃をするという分かりやすい意思表示なのか。爛々(らんらん)とした獣のような瞳が、帽子の下からこちらを射竦(いすく)める光を放つ。


 収束する。緊張感が肌を焦がすほどに、神経がひとつの方向へと研ぎ澄まされていく。


 血が沸き立つような興奮と、氷のように冷え切った思考回路。共存し得ないはずのふたつが、渾然一体となって存在感を増大させる。

 この感覚を、俺は知っている。昼間の試合ではついぞ満たされなかった、喉から手が出るほどに欲しくて堪らなかったそれが今、まさに目の前で獰猛に笑っている。


 ——まだだ。まだ、足りない。

 身を焦がすようなこの感覚を、魂すらも焚べる甘美な炎を。もっと、もっと、もっと——


「さあ、気張ってこうか」


 不敵な笑みを浮かべる大尉の姿に、次の1秒が限りなく引き伸ばされていく。

 迫り来る刃は、スローになった世界の中にあってもなお圧倒的な速度だ。見てから回避することはおろか、防御を間に合わせることすら不可能に近いことは、痛いほど分かりきっている。


 ……しかし、だ。致命の一撃と引き換えに、掴めたものもいくらかはあった。


 瞬きをする暇もなく、縮地のごとく距離を詰めてくる大尉の攻撃。能力に由来するであろうそれは、恐らくは高速移動のカテゴリと考えて間違いないはずだ。

 水無坂のような転移系の能力であれば、死角から一撃を加えるほうがよほど手っ取り早い。幻覚やらの精神干渉で騙されている可能性もあるが、それにしては余りに手段が非効率すぎる。馬鹿正直に正面から叩かずとも、楽な手はいくらでもあるだろう。


 であれば。いかな高速斬撃であるといえども、攻撃可能な部位はある程度限られてくる。


「お、やるね」


 鳴り響くのは硬質な音。迫り来る刃を奇跡的に弾けば、大尉は満面の笑みで言葉を零す。

 

 防御というにはあまりにも杜撰な、直感(ヤマカン)に任せた一点張り。

 ——だが。変わらず急所(くび)を狙った一撃は、確かに俺の盾によって阻まれていた。


 摩訶不思議な力で背後を取られるのではなく、斬撃が屈折して斬りかかってくるわけでもない。あくまで距離を詰めて斬りかかる、その動作が極限まで加速されているだけだ。なら、狙われる部位を予測することくらいは出来る。

 相手が知覚できないほどの速度で動くとなれば、勘に任せるのも案外捨てたものではない。滑り込ませた盾に弾かれ、光を反射した白刃が鈍く煌めく。


「ほらほら、休憩してる暇なんてないよ?」


 しかし。

 必殺だったはずの一撃を阻まれても、足を止めた大尉には微塵の動揺もない。

 むしろ待っていたと言わんばかりに、更に踏み込んで白兵戦の構えを見せる。


「ほれ」


 速度、威力、そして攻撃のタイミング。好戦的な言動とは裏腹に、その何処にも綻びは見られない。

 矢継ぎ早に繰り出される攻撃の前では、斬り合いどころか防戦を成立させるだけでも手一杯だ。前掛かりな一方で、決して力押し一辺倒ではないその実力は、最低でも樋笠と同格以上はあるだろう。


「————」


 研ぎ澄まされた刃が、首元の空間を切り裂いていく。紙一重の回避を繰り返すほどに、思考の回転数(ギア)が上昇するのを感じ取れる。

 そもそもの話、あの高速機動に対しても根本的な解決策は見えていない。

 狙いが的中したと言えば聞こえはいいが、その実一か八かで張っていたヤマが当たっただけだ。また同じ攻撃が来るとして、今度も読みが的中する保証は何処にもない。


「もう少しお手柔らかに頼めません?」


「無理。手加減したら怒るでしょ、君?」


 上からの一閃を受け止め、帽子の下で笑う大尉と盾越しに相対する。

 確かに一理くらいはあるのかもしれないが、理由の大部分は明らかに自分が楽しみたいからだろう。これでもかと表情に出すあたり、上辺だけでも取り繕う気遣いは持ち合わせていないらしい。


「……まあ、それはそうとも言えますけど」


 言うまでもなく、大尉は強い。

 相手にとって不足無しどころか、どう考えても俺には荷が勝ちすぎる相手だ、()()で鍔迫り合っていても、()()でないことは容易に理解できる。


 そして、だからこそ。


 刃を交えるほどに、意識は鋭敏に錬磨(れんま)されていく。

 励起する。覚醒する。錆を落とすように、器に水を注ぐように——目覚めてはいけないはずの何かが、歓喜に身を震わせながら身体を起こす。


「起動」


 近接での斬り合いなら、むしろ望むところだ。清々しすぎる宣言に応えるように、刃を受け流した神器を剣盾モードへと変形させる。

 いかな人造神器とはいえ、さすがに変形機能があるとは思ってもみなかったのか。虚を衝かれたのか、一瞬反応が遅れた大尉の懐に入り込み、そのままの勢いで一発を見舞う。


「……まあ、ただの盾じゃないとは思ってたけどね。よくもまあそんなものを使う気になったもんだ。使う側のこと全く考えてないでしょ、それ?」


「ええ、本当に」


 動揺の隙を突き、続けざまに仕掛けたはずの第二、第三の攻撃。それをいとも簡単に受け流した大尉は、距離をとって呆れたように笑う。

 まともに通ったのは最初の一発のみ。その一発さえ、思ったほどの手応えは得られていない。二発目以降に至っては、掠りもしていない無情さだ。

 これが上澄み——日本星皇軍の中にあって、より一握りの戦闘員(エリート)。一端しか晒していない今ですら、その実力は痛いほどに理解できる。

 能力抜きでも問題ないほどに高い戦闘能力と、反撃を受けてなお揺るがぬ冷静さ、そして戦況を見据える確かな目。その全てが、高い水準で纏まっている。

 さすがにカインほど出鱈目な予測ではないが、たった一発の不意打ちで仕留められる程に簡単な相手でないことは明白だ。むしろ貴重な手札を切ったぶん、こちらは確実に不利になっている。


「だってよ、滝川サン。唯一の使用者からこんなこと言われてるけど?」


『むむう……それでも、きっと雨宮くんなら使いこなしてくれるさ。信じてるよ、ぼくは』


「だいぶ悪趣味な他力本願じゃないかね、それ」


 変形機能までは伝わっていなかったのか、あるいは単に試す相手がいなかっただけか。気安い会話を博士と繰り広げる大尉が、物珍しそうな目を人造神器(こちら)に向ける。

 距離を取られた以上、次の一手にはまたあの高速斬撃が来るだろう。だがそれが分かったところで、具体的な対処の手立てを用意しなければどうしようもない。

 予測。回避。防御。今ある手札では、どれを行おうと不完全になるだけだ。


 ——考えろ。


 いくら攻撃が正面からに限定されていようと、今のままでは結局確率の勝負に縋るしかない。そして、それに勝ち続けられるほど、天が俺に味方しているわけでもない。

 

 ——考えて考えて、突破口を見つけ出せ。


 たゆたう思考の数々が、ふわりふわりと浮かんでは消えていく。そのひとつに目が留まったのは偶然か、それとも一種の必然なのか。


「……いや」


 それは、今しがた(よぎ)った思考の断片。


 ()()。その単語が、不意に確かな重みを持って目の前に現れる。


 もちろん、この推測が外れている可能性も大いにあるだろう。それでも、試してみる価値はある。


「お、準備おっけー? んじゃ、色々やってみるといい。何も死ぬわけじゃなし、ものは試しってやつだ」


 興味深げに目を細める大尉は、俺の準備が整うのを待っていたのか。教導するような口ぶりを滲ませながら、楽しげに今までと同じ構えを取る。

 俺に策があることなど、当然大尉は見透かしているはずだ。それでも一度見せた戦法を崩さないのは、あえてその策を受けるという余裕の表れか。


 どちらでもいい。たとえ誘っているのだとしても、受けてくれるというのならそれに甘えるまでだ。


 今までに受けた二回の高速斬撃は、どちらも首を狙った一撃だった。

 むろん、次も狙いが同じとは限らない。だが、正面からの攻撃に限定されるのであれば、自ずとその軌道には共通する点が見えてくる。


 そして。もしその軌道が、攻撃の前に決められているのだとしたら?


 変形機能、解放。狙いはたった一瞬、少しでもズレれば意味がない。

 視界から大尉の姿が消えた、まさにその瞬間——コンマ1秒も遅れることなく、前方の空間に向かって手斧を振り抜く。


「——へぇ。やるじゃん」


 がきん、と。

 掌中(しょうちゅう)に広がる、これまでとは違う確かな感覚。ようやく捉えた手応えに、捕まった大尉が関心したような声を上げる。


()()()


 読み通りだ。大きく体勢を崩した大尉に、綱渡りに勝ったことを確信する。

 ここぞとばかりに斧を振るい、ありったけの連撃を叩き込む。ようやく訪れた反撃の機会、これを活用しない手はない。


 目視できないほどの速度での超高速斬撃。なるほど、確かに強力だ。これが実戦であれば、初撃の段階で勝負は決していただろう。


 だが。そこまでの速度で動けば、どこかで必ず支障が出ることは想像に難くない。


 いくら能力の強化ありきとはいえ、人間の体には限界が必ず存在する。人体にかかる負担、あるいは思考速度の明確な限界点——それをクリアし、より高速度で動くにはどうすれば良いか?


 その答えこそ、この超高速移動の種明かし。

 すなわち——「攻撃の軌道を予め設定しておく」ことだった。


 次の一歩を見極め、状況に応じて動くのではない。決まった一本道に自分の行動を()()()()ことで、そこにかかる一切の手間を廃し、ただ機械のように迅速に行動を終了させる。

 そういった機能のある能力なのか、それとも大尉が独自に編み出した戦術なのか。いずれにせよ確かなのは、この高速機動があくまで条件付きのものであるということだ。

 坂道を下る自転車はとてつもない速度を出すが、不測の事態には対応できない。この攻撃も同様だとすれば、むしろ高速機動中がいちばん脆い、ということになる。

 一度攻撃を開始すれば、終了まで他の動作を一切入力できない。攻撃の途中で妨害を入れることができれば、今のように行動を完全に停止させることもできる——確信というにはあまりにも綱渡りな、分の悪すぎる仮説だった。


 だが。こうして結果だけを見れば、賭けた価値も十二分にあるというものだ。


「もう一発」


 行動を阻害された直後であれば、高速移動を再使用した離脱もできない。これも予習済みだ。

 もし高速移動の重ねがけができるなら、先の攻防で防御した後に手痛い一発を貰っていただろう。大尉があの場で斬り結ぶことを選択したのは、それ以外の選択肢がなかったからだ。

 斧での切り上げ、そして剣盾モードへの再変形。さすがにノーガードとはいかないが、総合ダメージとしては上々だ。NPC戦で掴んだ神器変形のタイムラグを逆算し、大尉の逆襲を盾で受け止める。


「よくここまで上手いこと対策したもんだ。記録(ログ)でも見て予習してたとか?」


「いや、全く。勘が冴えてたんで」


 タネを完全に見破られても、大尉に動揺した様子は一切見られない。直刀(ファルシオン)一本で斬り結ぶ彼の口元は、相も変わらず獰猛(どうもう)な笑みが浮かんだままだ。

 ともすれば——俺に対策を促していた時点で、この状況も想定の範囲内なのか。


 さて、どうするか。

 

 今の攻撃を加味しても、開幕で致命のダメージを貰っているこちらが不利なことに変わりはない。試合の残り時間がどれほどのものかは知らないが、このままでは恐らく競り負ける。

 神器のリーチと能力の把握、いずれも少々手間を取りすぎた。次の一手がある可能性も考慮すれば、ここから押し返すのはかなり気合いが必要になる。


「良いね良いねぇ、すんばらしい——これなら、()()のほうでも十二分な働きが期待できそうだ。大佐と恭平の見立ても捨てたもんじゃないな」


「はあ、どうも」


 より激化するであろう戦いを前にして、大尉が嬉しそうに口を開く。

 それは何らかのヒントなのか、それともただの雑談なのか。いかな情報も見落とすものかと、唸りを上げる思考がその言葉をつぶさに解析する。

 仕事。大佐。そして魚見。その言葉が指し示すものは——。


 …………。


 ………………。



 ——はあ?



 おっと。一時的に処理能力がバグったぞ。聞き逃してはいけないレベルの話を危うくスルーするところだった。


「いや……は?」


 鍔迫り合いの最中に告げられたのは、暗示でも何でもない()()()()()

 冷や水を浴びせかけられたような感覚に、昂ぶっていた精神が一気に現実へと引き戻される。


「…………仕事?  何の?」


 動揺の隙を突いて来られなかったのは僥倖(ぎょうこう)だが、俺はあと何回この手のドッキリを喰らえば良いのだろうか。

 不意打ちの後出しジャンケンでぶん殴ってくるの、心臓に悪すぎるからやめてほしい。いやほんと頼むから。


「あれ、警備(バイト)の話はもう行ってたんじゃないの? 坂本大佐が——」


「いや、それは確かに聞きましたけど。答えるのはとりあえず保留ってことにしたはずなんですが」


 警備の仕事。言うまでもなく、先日流川少佐が持ってきたバイトのことだ。もし参加するのなら優先枠を設けるという話もされたが、あの時の俺は確かに回答を延期したはずである。

 ……そう、そのはずなのだ。それが何故、当然のように参加という形で処理されているのか。

 あの少佐が連絡を怠ったとはとても考えられない以上、別のどこかで伝達ミスがあったとしか思えない。報連相がガバガバとか、最早そういうレベルすら超越している。仮にも軍事組織だろここ。


「そうなの? ま、団体戦にも負けて予定が空いたんだし、丁度良かったんじゃない? 恭平も君なら問題ないって太鼓判押してたし、何よりもうそのつもりで二人分追加しちゃったんだよね」


「ええ……」


 二人分、とは俺と魚見のことか。何故あいつがこのアルバイトに参加しているのかは知らないが、どうせ出所不明のコネか何かでも使ったのだろう。


 ……いや。この際、魚見のことなどどうでもいい。

 この場で問題と呼べるものはただひとつ、俺の意思が全くもって反映されていない点だ。


 この仕事、確かに時給も条件も悪くはない。ただ突っ立っているだけで喫茶店バイト以上の賃金が入ってくるのだから、俺としては願ったり叶ったりだ。

 だが。あの駄姉(あね)が家に居着いた今、その世話を一週間も放棄するのはもはや動物虐待と同じである。夏真っ盛りのこの時期にそんなことをしようものなら、帰った時には部屋の中に腐乱死体が出来上がっているに違いない。


「…………いや、でもな…………」


 しかし。しかし、だ。


 よくよく——そう、よくよく考えてみよう。

 この先の食生活、他ならぬ駄姉(あね)のせいで家計が逼迫することは明確なわけで。

 現在のバイト一本の稼ぎでは心もとない上、分けてもこれから先に待っているのは夏休みだ。必然的に出費は増え、食費が恐ろしいことになるのは確定的に明らかと言っても過言ではない。


 つまるところ——そう。


 これは。いつもの流れ、というやつなのではなかろうか。


「ああ……まあ、はい。分かりました、予定は空けておきます。確か25日から一週間、でしたよね」


「そそ。まあバイトなんだし、気楽に楽しめば良いんじゃない? 星皇祭の席は毎年超満員になるから、特等席で確実に見られるこのバイトは学生からしたら激レアチケットって話だし。舞台の裏側も見られるし、要はオリンピックの裏方みたいなもんよ」


 や、じゃない? って言われてもですね……。オリンピックはクーラーのかかった室内でアイス食べながら見てたい人間なんですけど。

 すっかり気の抜け、徒労感だけが残った立ち合い。その終わりを告げるように、タイムアップのアナウンスが鳴り響く。

 そういえば戦闘中だったっけな……そんなことも忘れるくらいの衝撃だったわけだが、もうこの類の不意打ちにも諦めがつくようになったのだから恐ろしい。ワンパターンながら毎度毎度驚かされているあたり、自分の単純さにほとほと嫌気が差してくる。


「いやはやまったく、滝川のガラクタもバカにできたもんじゃないな。給料は弾むから、この調子で当日もよろしく」


 先程までの好戦的な態度は何処へやら、神器を消した大尉は洒落た帽子を目深(まぶか)に被りなおす。

 天井からは不服そうな博士の声が聞こえてきているが、一切気に留める様子はないらしい。ガラクタとはなんだ、という喚きをBGMにしつつ、そ知らぬ顔でトレーニングルームから退出していく。


「ほいじゃね、楽しかったよ雨宮ちゃん。お疲れ〜」


「……はあ。お疲れ様です」


 最後にひらひらと手を振るものの、こちらを振り返ることすらしない。さっぱりしている、などという評価すら飛び越えて、その在り方はいっそ潔いとすら思えるほどだ。

 ……というか、試合が終わった瞬間にさっさと帰るあたり、もはやマイペースですらない次元である。マジで一戦交えに来ただけだったのか、あの人……こんなのが揃いも揃っている第二本部の上層部、冗談抜きに流川少佐が最後の希望だ。今度ドーナツの差し入れとか持っていってもいい気がする。


『ま、鬼島はああいう人間だからね。まったく、少しはまともになってほしいものだよ……それで、次のNPCのレベルはどうする?』


「……5でいい。大尉よりはよっぽど弱いだろ」


 アンタもアンタで相当だよ。暗に自分を真人間枠に入れるんじゃない、騙されんからな。


 天井から鳴り響く博士の声に、散逸していた意識を手繰り寄せる。

 完全に忘却の彼方にあったが、元はと言えばこれは神器の性能テストだ。大尉の乱入のほうがイレギュラーなのであって、こちらを疎かにできるはずもない。

 10分と経過していないにも関わらず、とんでもなく疲労している頭と体。もはや満身創痍のそれを今一度奮い立たせ、意を決して正面へと向き直る。

 先刻まで俺と大尉の試合結果を読み上げていたアナウンスが、対戦開始の合図を告げる。その無機質さにある種の救いすら覚えつつ、出現する人影に狙いを定めた。

博士と大尉、割と距離が近い悪友感。にしても変形合体機能はさすがに予想外だったのか。


次回は明日、23:00ごろ投稿予定です。


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