2−9/新・作・神・器
追加装備が天井から落ちてきたりはしませんし、チベットから届くこともありません。
……たぶん。
欲しいジュースが売ってませんでした。失望しました、自販機で買うのやめます。
……などと。無様な愚痴を垂れ流しているうちにも、ただ無情に時間は過ぎていき。
現在時間、気付けば19時5分前。昼間の約束を律儀に守り、俺は博士の研究室へと足を運んでいた。
団体戦で初戦敗退しても、負けた人から帰っていいという寛容さが全校イベントにあるはずもない。観戦もそれなりに楽しくはあったが、炎天で大会の熱気に一日晒されるのは想像以上に堪えるものだ。
……まあ、何が言いたいかというと。この状態でバックれない俺、我ながら人間が出来過ぎているのではなかろうかという話である。人呼んで寛容さの化身、大慈大悲の権化と言っても過言ではないのかもしれない。多分過言だなこれ。
「さすが雨宮くん、時間厳守とはありがたい。まあ入って入って」
当の博士はにこやかに応対しているが、仮に遅れでもしたらどうなるか、という話だ。
見かけはどれだけ優しい口調でも、強引な手段を厭わないことが確信できるのだからタチが悪い。迷子放送さながらに、第二本部全体に呼び出しをかける程度のことは平然とやってのけそうである。
「さて——じゃ、まずは君が持っている方の神器を出してくれるかな。正直これほど上質なデータが短期間に集まるとは思っていなかったから、準備はほとんど白紙状態なんだけどね」
「……そんなに積極的に使ってた覚えはないんだがな」
「まさか。実地での戦闘が一回あれば、それだけで何百回の訓練に相当する価値がある。それがぼくの理念に反するものだったとしても、最終的に判断を下したのは他ならないぼく自身だ。最大限に活用しなきゃ、命を張った雨宮くんに失礼ってものだよ。そうだろう?」
いや、知らんけども。
訳知り顔でそうだろう、とか言われてもですね……魚見といいこの人といい、相変わらず変なところで筋を通すものだ。譲れないラインとやらがあるのはいいことだが、願わくばそこに俺を巻き込まないでいただきたい。
「ほいよ。俺としちゃ、これでも十分満足なんだがな」
とはいえ、こんなところでもったいぶっても仕方がない。
キラキラと輝く目に求められるままに、懐の人造神器を博士へと手渡す。
死線を共にした武器として多少は愛着も湧いているのだが、ここで一旦のお別れだ。こういうものは終盤で超強化されて返って来ると相場が決まっているし、しばらくは別な武器で我慢することにしよう。
「ほお——イイねイイねぇ、素晴らしい。これは最高のサンプルになりそうだよ」
素人目には何も変わらないのだが、専門家からするとそうは見えないらしい。
受け取った神器を満足げに検分していた博士は、ややもするとおもむろに立ち上がり、黒いトランクケースを持って戻ってくる。
俺が持ってきた方はしっかり保管しているところからして、よほど重要なものになったのか。鍵までかけて厳重に管理しているあたり、机上に放り出してあった最初とはえらい違いである。付加価値という言葉の意味を思い知った気分だ。
「さて、昼間にも言った通り、今日の本題その二がこれだ。つなぎってわけじゃないけど、少なくとも君が今まで使っていたものよりは面白い性能をしていると思うよ。個人的にもお気に入りの、かなり苦労した一品さ」
や、別に武器に面白さとか要らないんですが。そもそもここで言う「面白い」とか、明らかにマッドサイエンティスト御用達の表現だろ。騙されんぞ。
俺としては何よりも安定性を重視して欲しいのだが、どうやらこのワンオフ製造機には何を言っても通じないらしい。
武器商人もさながらの手つきで、博士が邪悪な玉手箱を開け放つ。
新しい神器。俺の手足となる新たな武器。それは、奇しくも昼間に見た覚えがあるものだった。
「盾……じゃないな、これ」
見た目だけでいえばラウンドシールドに酷似したそれは、しかし大きさで言えば及ぶべくもない。
イメージとしては、某時間停止魔法少女やら炎属性鳥コンボの装備に近しいか。昼に見た盾使いの神器と同程度か、場合によっては更に一回り小さい盾は、何たらスピナーと名付けたくなるような存在感を放っている。
サイズ的には小さめの手甲と言ったほうが正しいが、先も言ったように形状は真円にほど近い。手首あたりに装着したとして、肘までの距離の半分はガード可能な範囲に入るだろう。
だが。この武器の本質——真骨頂は、とてもそんなものではない。
円の中心、不自然に凹んだ一点。そこに少し目をやるだけでも、博士の趣味が搭載されていることは容易に理解できるというものだ。
「お、もう目をつけてるとはさすが雨宮くんだ。お察しの通り、今回も指紋認証システムを採用してるんだよ。ということでまず、窪みに指を置いてくれるかな」
「よく分からんところでハイテクだな……」
ようやく蔵出しできたことに興奮しているのか、やたらウキウキな博士の説明。それに嫌な予感を覚えながらも、言われた通り窪みに親指を押し当てる。
何らかの認証があったのか、それとも初期設定の類なのか。暫しの間淡く発光していたそこは、やがてカシャンという子気味良い音とともに展開した。
……そう、展開したのである。
何を馬鹿な、と思われるかもしれない。しかし、表現としてはそれが一番適切なのだ。
「……説明を」
「もちろん。今回の神器だけど、変形合体機能を搭載してるんだ。ささ、真ん中のブレード部分を引き抜いてくれたまえ」
ほう、変形合体。随分と男の子のハートを擽る単語だが、まさか実際に作る馬鹿がいるとは思わなかった。
しかもこんな小さい武器に変形合体とか、男の浪漫を完璧に理解しているフシすらある。あまりにテンションが急上昇する言葉に、束の間文句を言うことすらも忘れてしまう。
「ふむ……」
さしあたって昂ぶる心を鎮め、変形した人造神器と向かい合う。
博士の言葉通り、真円だったはずの神器はワンタッチで大きく形を変えている。アルファベットで言うところのOの形をしていたそれは、今や二つのパーツに二分されていた。
まず、核となる中心の一点から、大きく左右に展開した部分がひとつ。言うなればHの形状をしたそこに、中心を上下に貫くI、見たまんま一本の棒がぶっ刺さっている。二つ合わせてIH……ヤダ美味しいご飯炊けた……。
「で、引き抜くのはこの部分でいいのか?」
「そう、そこのトリガーを押しながら一気に。あ、刃も一緒に出るから気をつけてね」
15センチかそこらのIの文字、すなわち博士がブレードと呼称した部分。そこを掴んで一息に引き抜けば、先端から音もなく白刃が展開される。
形成されたそれは、全体的に以前の人造神器より小ぶりな短剣だ。脇差と短刀の中間のようなサイズ感も鑑みれば、暗器と表現したほうがしっくりくるかもしれない。
「短剣と小楯ね。暗殺なのか決闘なのか、随分とまた中途半端な武装だな」
「まあ、それは欲張った結果ってことで。どっちもできるなんて魅力的だろう?」
「……器用貧乏の間違いだと思うんだが」
盾モードでガードしつつ、隙を見て短剣を引き抜いて一発狙うのが一番適切な戦法だろうか。派手な鍔迫り合いでなく、一瞬の機を見極める戦い方が必要なあたり、上級者向けの武器であることは間違いない。
中途半端に盾があるぶん、白兵戦もやろうと思えばできるのだからなお扱いづらい。どうせならもう少し暗殺特化にして欲しかったんだがな……決闘に見せかけて不意打ちするとか、我ながら騎士道精神の風上にも置けない輩である。汚いなさすが暗殺者汚い。
「今のそれが第二形態、言うなれば剣盾モードというやつだね。もちろんガード自体はできるけど、第一形態に比べれば防御力は落ちてるから気をつけて欲しい。言うまでもないことだけど、これは構造の話じゃなく、神器に含まれる『盾』って概念が分散してることに起因するもので——」
「あー、その辺の話は長くなりそうだからいい。つまりガード自体は問題なくできるんだな?」
「……まあ、そういうことだね。要は盾の部分全体を、薄い膜のようなものが覆っていると考えればいいよ。形態変更しても膜自体に穴ができることはないから、ガードはどの部分でも問題なく行える。ただ、膜自体の強度は低下してるから過信しないほうがいい、ってことだ」
展開と収納、一つひとつの手順を確認しながら、手に馴染ませるように幾度か同じ動きを繰り返す。
バックでは博士の説明が流れているが、もとよりこの盾に真っ当な防御性能など期待していない。正面から受け止めると言うよりは、受け流す使い方が主になるだろう。左腕の小楯でパリィを決めつつ、右腕で短剣を返しの一撃を見舞えれば御の字だ。
……しかし、だ。携行が必須の人造神器の中で、更に常時装着していなければ使えないこの武器は、かなりの大きな枷を背負っていると言っても過言ではない。
言うまでもなく、主にビジュアル的な意味で、である。日頃から目立つ楯を腕に嵌めているとか、側から見れば完全に痛いやつ認定だ。
変身前から武器を持ち歩いているヒーローっぽくて有りなのかもしれないが、それならそれでもう少し便利なものが欲しかった。まだ銃なら格好もついたであろうに、どうしてこんな古代じみた武器なのか。
「収納はトリガーを押してから、か。こりゃ練習が必要だな」
「だいたいはそんな感じだね。トリガーを押すごとに刃の出し入れが出来るから、タイミングや必要な時間は実際に体験して覚えてもらった方がいい。一応収納時のセーフティ機能的なものはあるけど、手動で刃を消せるに越したことはないからね。それで、ここからが本題なんだけど——さしあたって、まずは柄尻を収納部に押し当ててくれ」
……ほう。本題と言ったのか、今?
不穏な単語が示す恐ろしさに、ギリギリのところで纏まっていた思考を危うく手放しかける。ここまでやってまだ前座とか言うつもりなのか、この人……便利機能がいくらあっても、それを使いこなせるかは全く別の話なんだが。
もちろん、今更文句を言えるはずもなく。刃が消えたことを確認し、柄だけになった短剣部分をくるりと回す。
指示通りに柄尻の部分を注視すれば、なるほど確かに接続器らしきものが見てとれた。促されるままに盾側の収納部位、すなわち神器の中心点へと押し付けると、カチリと何かがハマる感覚が返ってくる。
……うん。というより、あれだな。これはもはや言い逃れできないレベルだな。
「説明」
「お任せあれ。見てわかる通り、これが第三の形態、一撃必殺の斧モードだ。今みたいに接続された状態から引き抜くことで、自動で刃が展開される仕組みになってる。言うまでもないけど、この状態だと盾としての機能は完全に死んでるから、100パーセント攻撃に傾倒したモードになるね」
「…………はあ」
斧。斧ねえ……Oh,Noとか言ったほうがいいんだろうか……。
盾に短剣と来て、挙句に行き着いた先が斧とは。
別々の武器ならいざ知らず、揃いも揃ってひとつの武器に集約しているのだから、機能としては過積載もいいところである。武器を工芸品か何かと勘違いしていないか、と頭を抱えたくなるのも仕方がないというものだ。
「また物騒な武器だな……完全に頭とか砕けるやつだろこれ。トマホークとか言った方が良いのか?」
「投げて使う武器でもなし、両刃斧と表現するのが一番適切かな。打撃はもちろんのこと、切断もきっちりできるようになっているから安心してくれていいよ」
いや、安心してくれと言われても。言い方によっちゃ殺人教唆とも取れるのだが、責任者として大丈夫なのだろうか。
大きさとしては片手でも振るえる手斧であるが、見た目の威圧感は短剣モードの時とは段違いだ。左右対称の両刃が展開しているさまは、古のバイキングが持っていそうな武器と言えば伝わりやすいかもしれない。
刀身の役割を担っているのは先ほどまで盾だった部分、つまるところHの文字の側である。左腕に装着されていたそれを柄部分と接続し、文字通りに「引き抜く」ことで、自動的に盾だった部分の外縁から刃が展開される——という仕組みのようだ。
攻撃性能は飛躍的に上昇しているが、博士が言う通り盾としての機能は完全に死んでいる。左腕に装着した部分は完全に基盤しか残っておらず、サポーターでも装着しているような様相だ。
盾モードと剣盾モードを軸として立ち回り、斧モードで一気にけりを付ける。言葉にした限りではなかなかに魅力的ではあるが、実際には途轍もない練度と難易度を要求されるだろう。
リアルタイムに移りゆく戦況の中で、三つのモードを適切に判断して使いこなす。要求される技術力が高すぎて、どれだけ練習すれば身につくかもわからない。
「そもそも、なんでこんな複雑なもん作ったんだ。ピーキー過ぎて使える気がまるでしないんだが」
「そこをなんとかして使いこなすのがきみだろう? というより、ぼくはその点に関しては全く心配していないんだよ。ある程度触りさえすれば、きみはこれの扱いをすぐにでも物にしてしまえるだけの素質がある。もちろん、多少の慣れは必要だろうけどね」
そこで俺本人を差し置いて断言するの、どう考えてもおかしいんだよなあ……何処から来るんだその自信は。
実験台になる人間が一人もいないと嘆いていたが、目の前のこれを見れば納得の一言しか出てこない。そりゃこんなもんばっかり作ってたら使う人もいなくなりますわ。
「ある程度、なあ。言うのは簡単だが、研究室でこれを振り回すわけにもいかんだろ。体育館借り切って自主練でもすればいいのか?」
「もちろん、そのあたりの疑問も既に対策済みさ。実は今日、運よく——そう、運よく、本部のトレーニングルームに空きがあってね。せっかくなんだから使わせてもらおう、ってことで予約を入れておいたんだよ。19時半から予約してるから、今から行けば丁度間に合うって寸法さ」
「……おい。本当に運なんだろうな、それ」
やけに含みのある博士の言葉に、そこはかとない怪しさを感じて口を挟む。
普段のエキセントリックな言動で忘れがちだが、この人は第二本部でもそれなりのポストに就いているのである。権力にモノを言わせて強引に予約をねじ込んだ、なんてことがあった日には、時節柄非難の嵐が起こってもおかしくない。
星皇祭開催中、トレーニングルーム使用の希望倍率が最も高くなるであろう日の夜に、初戦敗退した人間が何やら謎の特訓をしている——そんな噂が広まった日には、学内での立場が輪をかけて凄惨なものになることは確定だ。もっと平穏な学生生活を送るはずだったんだがなあ……おかしいなあ……。
「何にせよ、取れたものはありがたく利用させてもらうのが一番ってことさ。さあさあ、早く行かないと時間がなくなるよ」
下手をすれば俺の学校生活が破滅するというのに、当の博士は無邪気に俺を急かしている。
人造神器をケースに収め、喜びを隠しきれぬ様子で席を立つ博士。その姿は、完全に遊園地の前ではしゃいでいる子供そのものだ。こんな邪悪な子供がいてたまるか。
「……トレーニングルームって無料だよな? 会員証とかあるのか?」
まあ。当然と言えば当然だが、この場面から逃げ果せられる手段はない訳で。
部屋でだらけているであろう駄姉に遅れる旨のメールを送信し、溜め息と共に鞄を持ち上げる。もはやこの手の展開に慣れきってしまっているあたり、諦めのプロと言っても過言ではない。
……嗚呼、足も鞄も鉛のごとく重い。嫌だなあ……頼むから全部夢だったりしてくれないかなあ……。
ころころ変わる俊の装備も、この作品の見どころの一つです。ゲテモノ兵器をどれだけ扱えるか、無茶振りに応える主人公の活躍にご期待ください。
次回は明日、23:00ごろ更新です。
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