1−4/おはようございます
激闘の先。全員のIQが漏れなく下がります。
むかしむかし。
このせかいをつくったかみさまたちが、まだこのせかいにいたころのおはなしです。
かみさまたちはながいあいだ、わるいかみさまたちとたたかいつづけていました。
けれど、どれだけたたかっても、かみさまたちはわるいかみさまたちをやっつけることができません。
こまったかみさまたちは、にんげんたちにこういいました。
「わたしたちのちからをすこし、おまえたちにあたえよう。そのかわり、わたしたちといっしょに、わるいかみさまたちをたいじしておくれ」
かみさまたちは、じぶんたちのふしぎなちからをにんげんたちにあたえました。
にんげんたちはかみさまたちといっしょに、わるいかみさまたちをたいじしたのです。
たたかいがおわったあと、かみさまたちはたびだっていきました。
にんげんたちは、かみさまたちにもらったものをわすれないよう、めじるしをつくることにしました。
それはいまでもよぞらにかがやき、ふしぎなちからをわけあたえてくれるのです。
# # #
窓から差し込む陽光で目が覚めた。
寝起きの頭と眼を働かせるため、ぐりぐりと周囲に視線を向ける。とりあえず右、次、左。どの方角を見ても、見覚えのあるものはひとつとしてない。
……ほう、つまりこれはあれか。もはやテンプレとして定着してしまったあの台詞を、遂に俺も言う時が来たのか。
感慨深いようなそうでないような複雑な気分だが、なんだかんだこのシチュエーションに遭遇することもそうはないだろう。人生で機会があれば言ってみたい台詞ランキングの上から5番目くらいには入っているはずだ。
脳内の某塾講師も、ここぞとばかりに全力でアピールをかましている。いつ言うの? 今でしょ! むしろ今以外で言うタイミングとか絶対にない。
と、いうわけで。
それでは——ご静聴ください。
「知らない天井だ」
言えた。よし、起きよう。
馬鹿な考えを速攻で頭から排除し、横たわっていたベッドからよっこらせと身を起こす。
少し体が重い感覚こそあるが、布団を剥いでみても傷らしきものは見当たらない。簡素な病院服のようなものに覆われた全身は、記憶の中にある状態とそっくり同じままだ。
視界は良好、手足も問題なく動く。もちろん直死の魔眼も開眼していない。俺をここに運んだ誰かがいたとして、その誰かはおそらく善意で手当てをやってくれた、ということだろう。
……にしても、だ。
起きたら全く覚えのない病室(?)に寝かされていたというのも、体験としてはなかなかなのだが——しかしそれ以上に、あまりにも記憶の断絶がありすぎるのがなんとも気持ち悪い。
返り血だか俺の血だかわからんものを浴びながら異形と戯れた末、魚見が止めを刺したところまでは覚えているが、そこからは知らない天井まで全カットだ。夢オチと言われても信じられるくらい、前後の状況が異なりすぎている。
……いや、本当にあの一件は夢だったのではないか。俺の身に何事かあって倒れた末に、昏睡状態で幻覚を見ていただけではないだろうか。うん、なんとなくそんな感じがしてきたぞ。
「水、出ろ」
顔に掌を向け、物は試しと唱えてみる。これで出なかったら相当な笑いものだが——
「くぁwせdrftgyふじこlp」
出た。思いっきり出た。すげぇ冷たい。
「ちょ、無理無理無理……止まれ止まれストップ」
パニックになりながらも声を荒げると、嘘のように水流がピタリと止まる。しかしもう出てしまった水がなかったことになるわけもなく、ベッドも俺もまとめて綺麗に洗浄されてしまった。
いかに世界広しといえど、寝床の上で溺れかけたのは俺ぐらいのものではなかろうか。うわめっちゃ恥ずかしいなこれ……誰もいなくてよかったマジで。
「うあー……気持ち悪」
寝起きの鼻やら口やらに冷水が入り込むのは気分がいいとはとても言えないが、おかげで目もバッチリ冴えた。
数回目を瞬かせれば、完全に覚醒した思考が戻ってくる。
「ふむ」
……しかし、だ。
目が冴えたのはいい。身体に何も以上らしきものがないのも、僥倖といえば僥倖だ。
が。そうなると、今度は自分が置かれている状況に対するいくつかの疑問が浮かぶことになる。
まず、何をおいても一つ目の疑問。なぜ俺はこんな所で寝ているのか、だ。
この答えは、恐らくは推測した通りだろう。異形との交戦後に意識を失った俺は、何者かの手によってここに運び込まれ、治療を受けた。それが魚見なのか否かは不明だが、少なくとも俺よりは事態を把握しているはずだ。
……と、すると。必然的に、二つ目の疑問が生まれる事になる。
「どこだ、ここ」
当たり前の疑問であり、当たり前すぎるが故に後回しにしていた疑問。
解決の糸口を見つけるため、改めて周囲を見渡してみる。すると、多くの新しい情報が目に飛び込んできた。
何と言っても特筆すべきは、この部屋の全体的なあり方だ。先ほど俺はこの部屋を病室と表現したが、それにしては必要なものが無さすぎる。
いっぱしの病院——だと勝手に思っていたが——の割には、ベッドの他に大したものも置かれていない。複雑な計器類やら何やらを用意するほど俺の容態が深刻でなかった、というだけかもしれないが、それにしても違和感があることは否めない。
「よっこいせ……っと」
更なる手がかりを得るため、ベッドの横に備え付けられている棚までもぞもぞと移動する。
抽斗を検分するように開けていくと、中には俺の制服が入れられていた。綺麗にクリーニングされているそれに、これ幸いと袖を通す。
医者の許可もなしに着替えていいのかと思わなくもないが、そもそもここが病院であるという保証もない。身体が問題なく動かせる以上、慣れた服の方が何かと行動もしやすいはずだ。
依然としてこの場所に関する情報はまるでないが、まずは一歩前進だ。さて次の行動をどうしたものか、と視線を例の棚に移し——
「……わお」
喉の奥から転がり出たのは、自分でもどうかと思うほどの間抜けな声。
……だが。目前で控えめな自己主張をしているモノを見れば、それも仕方ないことだと思ってしまうに違いない。
棚の最上部、数冊の本が乱雑に積まれているその隣。百均にあるような小さな液晶時計が、現在時刻と今日の日付を簡潔に伝えている。
曰く——現在時刻、午前11時28分。本日の日付、5月15日、日曜日。
「……寝すぎた」
俺の記憶が確かなら、遠足の実施日は5月14日。当然、異形と戦ったのも同日だ。
この液晶時計が壊れていない限り、俺は丸一日ぐっすり寝込んでいたということになる。もっとも、こんな所に運ばれても起きなかったということは、昏睡していたと言うほうが余程的確なのかもしれないが。
人生初昏睡、晴れてトロフィー獲得です。大した感慨も湧かないあたり、覚えていないだけで既に経験しているのかもしれない。昏睡した記憶を失ってる、なんかそれっぽい過去がありそうで気になる設定だ。
「……無いわ……」
いや、すぐ腐るだろその設定。要らねえ。
しかし、まあ。時計が嘘をついているとも思えない以上、一人で馬鹿をやっていても仕方がない。
それよりも今欲しいのは、より多くの情報だ。この部屋にあるものはあらかた調べ尽くした現状、次の一手は自ずと限られてくる。
と、いうわけで。
新たな情報を得るため、気を取り直して人を呼ぼう——としたのだが。
「誰も呼べんよなあ、これ」
よくよく考えずとも、この場所で頼れそうな知り合いに心当たりはない。ならばと病室から首を出して適当な人を捕まえようとしたのだが、運の悪いことにすっからかんだ。
つきっきりで看病してくれる美少女とかいないものか、などと気持ち悪い妄想を垂れ流すものの、そんな願いが叶えられることはもちろん無い。そも唯一のアテが魚見という時点で、俺の主人公力などゼロも同然だ。どこで間違えたんだろうなあ、俺の人生……。
「いや、詰んだか?」
11時30分。雨宮、投了です。本当に、本当にありがとうございました。
どうやらこの場で俺にできることは、精々が待機といったところらしい。
目が覚めて数分でやることが尽き果てるとか、さすがに想定外のルートすぎてびっくりだ。開発者も想定外なんだろうなあ……大丈夫? きちんとデバッグした?
残された暇つぶしの手段といえば、もう不貞寝する以外にまともな択がない。あるいは、平積みされたこの書籍たちを読み漁ることくらいのものか。
能動的にアクションを起こす選択肢をすっぱりと切り捨て、棚の上の図書へと目を向ける。
「これでいいか」
適当に抜き出してみた一冊を、なんぞこれと確認することしばし。
やたらファンシーながら不思議な感じのするイラストと、やけにひらがなが目立つ文章が特徴の本だ。短いながらも起承転結のしっかりしたストーリーが、読み手に小さいながらも確かな感動を抱かせる。
「……うん」
いや、絵本だなこれ。
なぜこれだけ本がある中で、よりにもよってピンポイントで絵本を引き抜いてしまったのか。しかも内容もなんか変化球気味だし……何これ建国神話? こんな人間がアクティブに動く建国神話とかあった?
……まあいい。一冊くらいはこういうものもある。クジの最初でハズレを引いたと考えれば、気も楽になろうというものだ。
この書籍を全て読み終わるまでには、誰かが通りがかることだろう。そのタイミングを逃さずに捕まえることができればよしだ。
それでは、気を取り直して二冊目にいくとしよう。どうせ時間はたっぷりある。
# # #
「それで、結局全部読んだってこと?」
「まあ、他にやることもなかったんでな」
隣から聞こえてくるのは、呆れと笑いが半々で入り混じったような声。肩を並べて仏頂面で歩く俺との取り合わせは、無論不釣合いなことこの上ない。
「……そんなに面白いか」
「いやいや、むしろ感心してるよ? よくあれで時間潰せたなぁって」
本当に感心してるなら、その半笑いみたいな喋り方をやめろ。今すぐに。
「だいたい、なんで子供用の本しか置いてないんだよ。病院の待合室でももう少しマシだぞ」
「いやぁ、間の悪いことに個室の空きがなくってね。普通は共同なんだけど、君の場合は色々と事情があるし。結局、使われてない病室を急遽解放することになったってわけ」
「仮にも病室を物置にするな」
絶妙に腹が立つ隣の声は、言うまでもなく魚見のものだ。美少女などいない、現実を見ろ。
事態が動いたのは、目覚めてから30分もしないうちのこと。見ての通り、俺が目覚めたことを知ったらしい魚見の手によって、前置きもなくいずこかへと連れ出されたのだ。
曰く、俺に会いたいと言う人がいるらしい。その人から俺を連れてくる大任を仰せつかり、こうして迎えに来たとのことだった。
昏睡から覚醒した直後にしては扱いが雑だが、魚見も問題ないと言っているし気にしないことにする。なんか起こったら間違いなくこいつの責任になるし、それはそれで万歳三唱だ。昨日俺を孤立無援で戦わせた報いを受けるがいい。
ちなみに例の平積み書籍、まさかの全て子供用というオチだった。よりにもよってウォーリー探しに熱中していた時分に魚見が訪ねてくるあたり、運がないとかいう次元の話ではない。
「ところで、道間違えてるってオチじゃないよな。もうだいぶ歩いてるぞ」
てくてくと歩く傍、気になっていた質問を投げかける。
既にそれなりの距離を上り降りし、病院(?)から別の建物に移動しているはずだ。にも関わらず、その足は一向に止まる気配がない。
「あぁ、大丈夫大丈夫。今はこっちにいるから、移動距離が長いだけ——ほら、着いた」
だが。その質問を待っていたかのように、魚見がひとつの部屋の前で足を止める。
指し示されたのは、見るからに重厚な一枚の扉。放たれる物々しい雰囲気は、そこがただならぬ部屋であることを如実に物語っていた。
「……おい、こんなとこ入って大丈夫なのか?」
いかな俺といえど、寝起きでこんな場所に案内されて緊張しないはずがない。
漂う面倒事の気配に、魚見から目を離さないまま身構える。
建物の最上階にあるというこの部屋の立地を考えても、向こうで待っている人がそれなりの地位にあることは確定的に明らかだ。え、何? 強くて謙虚なナイトが中に居たりすんの?
「平気平気。そういうの気にしない人だし、君は呼ばれた側なんだから。じゃ、入るよ」
俺の不安を他所に、ノックをする魚見が片手間に答える。一呼吸おいても返事がないことを確認した上で押し入る一連の動作は、何度も繰り返されてきたかのように淀みない。
失礼します、の言葉とともに扉を開けた魚見が、遠慮もなしにずかずかと踏み入っていく。
後ろについておっかなびっくり部屋に入る俺は、側から見れば間違いなく挙動不審のそれだ。不審者とか犯罪者とか、言われた方は結構傷つくから止めような! お兄さんとの約束だ!
「坂本さん、お望みどおり連れてきたんだけど。坂本さん?」
予想通り、上質そうなソファやら机が鎮座する空間。奥の椅子に座る一人の男性は、その中にあって一際大きな存在感を示している。
魚見が近づいて声をかけるものの、男からめぼしい反応は帰ってこない。こちらに背を向けて座っていることもあって、感情の類も一切読み取れないままだ。
俺に用があるというのも、恐らくはこの人なのだろう。俺が声をかけられるはずもなし、魚見が振り向かせてくれれば楽なのだが——
「はぁ……もしもーし? おら起きろ」
「ぐぇ」
いや、そこまでしろとは言ってない。
スパーンという景気のいい音とともに、書類の束が魚見によって男の頭に振り下ろされる。気持ちのいい音からもわかる通り、躊躇も手加減も一切なしの一撃だ。というか寝てたのかあんた。人を呼び出しといてそれはどうなんだ。
「あー、痛……おい恭平、お前手加減抜きで叩いただろ今。場合によっちゃ懲罰ものだぞ」
「人を呼んでおいて居眠りしてる上官のほうが懲罰に値すると思うよ、僕は」
気だるげに椅子から身を起こす仮称・坂本さんは、見知った仲のように魚見と軽口を叩き会う。
その外見から推察する限り、年齢は三十代の中頃といったところか。しかし、中年太りが始まっていてもおかしくないような年齢とは裏腹に、その肉体は着崩された制服の上からでも容易にわかるほどに引き締まっている。
就いているであろう相応の地位、それに説得力を持たせられるだけの確かな貫禄。目に見えずとも確かに迸るそれが、相対する者に圧倒的な緊張感を植え付ける。
……ただし。ただし、だ。
それは、その目を除いたら——という注釈がつくことになるが。
こちらを見据える彼の目は、なんというか、こう……例えるなら、疲れ切った会社員そのものだった。連勤+休日出勤+サービス残業、すなわち死のデスコンボの完成である。ソウルジェム真っ黒に濁ってそう。
「ほら、他にやることもあるんだしさ。ちゃっちゃと必要なことだけ説明しちゃってよ」
未だに話を切り出さないさまを見かねたのか、魚見がせっつくようにして男を促す。高校生に催促されるアラサーってどうなんだろうな……や、アラサーかどうかもわからんが。
わーってるよ、となおも怠そうに答えた彼は、検分するかのようにこちらの姿をじっと見つめる。居心地の悪さに身を捩ると、それを察したらしい男は咳払いを挟んで口を開いた。
「あー、恭平から大体の話は聞いてると思うから説明は省くぞ。俺は日本星皇軍大佐、坂本慎一だ。雨宮俊くん、君の身柄は俺達が責任持って保護するから安心してくれ。何か質問は?」
いや。全然わからん。
「……あ、あー……」
おっと危ない、脊髄で答えるところだった。
放たれかけた返答を強引に呑み下した結果、よく分からない呻き声が口から溢れ出す。我ながら咄嗟の対応力が低すぎるな……まだ昨日の異形の方が会話が成り立ってたレベルだ。
こちらを置き去りにする速さで並べ立てられた情報もさることながら、仕事は終わったとばかりに差し出された片手も相当アレである。明らかに握手すること前提で質問は? とか聞かれてもですね……。
というか、それ以前に。
「ここに関しての話なんて、ほぼ何も聞いてないんだが。なあ魚見?」
こちとら大体の話どころか、最低限の説明すら聞いていない。前提をひっくり返すようで申し訳ないが、さりとて紛れもない事実なのだ。
これだけ友好的に接されているのも、こちらの警戒心を削ぐための演技かもしれない。何らかの形で監禁されていたり、人質ないし捕虜として扱われている、という可能性も捨てきれないのである。
確認のために視線を魚見へと移動させても、返ってきたリアクションは肩を竦めるだけ。腹立つからその絶妙にアメリカンな表情をやめろ、今すぐに。
俺と魚見がコントじみたことをしている一方で、大佐は完全にその動きを止めていた。よほど予想外な出来事だったらしく、数秒フリーズした後に咎めるような視線を魚見に向ける。
「……恭平」
「何?」
「まさかとは思うが、何にも話してないんじゃないだろうな?」
「逆にいつ話す時間があったのか、僕が聞きたいくらいなんだけど。俊が起きてたらすぐに連れてこい、って言ったのは坂本さんだよ?」
こちらに伸ばされていた手が、所在なさげにゆっくりと下ろされる。
持ち主の瞳はその心を映し出すかのように、先程の二割増しで曇りきっていた。例えるならばそう、唐突に出張を告げられたサラリーマンの——よし、この話はここまでだ。失うものがあまりにも大きすぎる。
「……なあ、恭平」
「ダメ。響さんに仕事丸投げしてるのに、その上説明までサボるつもり?」
か細い抵抗を続けていた大佐だったが、痛いところを突かれたらしく押し黙る。尚も渋い顔をしていたものの、遂に魚見の無言の圧力に屈したらしい。それでいいのか、あんた大佐だろ。
「……んじゃ、なるべく手短に済ませるぞ。わからん事とかあったらその都度聞いてくれ」
か細い溜め息。それすらも、虚しさだけを残して消えていく。
最後の抵抗を捨て、観念したように大佐が口火を切った。
坂本大佐、登場。腕組んで黙ってれば最高にかっこいいんじゃないでしょうか。
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