2−8/付かず離れずテレポート
前回のあらすじ
主人公、集団戦でボコられる。
「で、結局そこから何もできずに負けたと。恥ずかしくないの?」
「返す言葉もない」
まあ。あの場面から逆転できるとか、そんな虫のいい話はないわけで。
試合終了後。すごすごとフィールドから出てきた俺は、運動場の隅で陰気に反省会を開いていた。
最後の最後でようやくやる気が出たのはいいが、言うまでもなく時既に遅し。一応最善の手を選びはしたものの、できたことといえば精々被弾の角度を反らせた程度だ。
完全に嵌められたと認識した1秒後には、為す術なく樋笠にKOされてゲームエンドである。ささやかな足掻きが通じることはなかったあたり、この世界は実に非情と言うほかない。
「いやお前、んなこと言うくらいなら助太刀してくれてもよかっただろ。初心者を放置して雑魚狩りとか、プレイヤーの風上にも置けんぞ」
「雑魚狩りだって立派な戦術のひとつだよ。そもそも、それを言うなら僕の方が君よりずっと雑魚だしね。生存戦略って言って欲しいな」
「仲間を見捨てるのが生存戦略か。真理だな」
「でしょ? 実際、僕は最後まで生き残ってるわけだからね。勝ったものが正義だよ」
こいつ、減らず口を……。ああ言えばこう言う、とはまさしくこのことだ。
まったくもって悪びれる様子もなく、鼻高々と胸を張る魚見。そのドヤ顔に辟易しつつ、既に次の試合が始まっているモニターへと目を向ける。
そもそも勝ち負けの話を持ち出せば、試合としては樋笠たちに大差をつけられて完敗しているのだ。近接担当と狙撃担当の二人組も彼と同チームだったらしく、合流してからの戦場はそりゃもう酷いものだった。
魚見は最後まで細々とした暗躍を続けていたようだが、戦力も戦法も彼らに比べればあまりにも矮小なものでしかない。いくら生き残って小銭を稼いでも、それで揺るがないからこそ真の強者足り得るのである。いや知らんけども。
「ま、終わっちゃったものに何を言っても仕方ないよ。いつまでも引き摺るのは趣味じゃないしね——あ、鬼島さーん。ちょっと相談なんだけどさ」
心なしか一瞬目を伏せた魚見は、しかしすぐにいつもの調子に戻って走り去っていく。
「鬼島さん」。確かカイン襲撃戦の折に、隊長役を務めていた星皇軍の男性だったか。そんな人まで観戦しに来ているあたり、本当に軍からも注目されているイベントらしい。この距離でよく見つけたなお前。
にしても、だ。
「……なんで知り合いなんだ……」
どうして軍の上層部と、当然のように気脈を通じているのやら……。あまりにも普通に接しているせいで、転入後一週間ほどはコイツの異常性に気づかなかったほどである。
坂本大佐といい鬼島さんといい、改めて考えてもこいつの人脈は大概謎だ。只の学生以上の立場にある、ということは薄々理解しているものの、そのあたりの話を本人は決してしようとしない。実は軍の秘蔵っ子だったとか、そういう裏設定が用意されてるわけじゃあるまいな。
「——お疲れ様、雨宮くん。なかなかいい逃げっぷりだったよ」
「……映ってたのか、あれ」
「なんならほとんど大画面でね。ま、あそこまで迫力ある立ち回りをしてたらそれも当然さ。4対1とか、星皇祭広しといえどもなかなか見られないよ?」
試合中の様子を映すモニターは複数あるが、その中でも最大のものは盛り上がっているバトルにフォーカスしていることが多い。目立つところにどでんと設置されていることもあって、数十人の目に耐え得る展開を映さなければならないのだろう。
大抵の場合、実力者同士の一騎討ちが取り扱われているのだが……まさか、自分の無様な姿が大々的に晒されているとは思いもよらなかった。試合会場から出てきたとき、視線がやけに痛かったのもそのせいか。
……まあ。その辺の話は、一旦置いておくとして。
「で、博士は何しに来たんだ?」
「嫌だなあ、ぼくだって仮にもそれなりの立場にいるんだよ? こういう公的な催しとか、出たくなくても出なきゃならないんだよね」
「……本音は?」
「面白そうだから見に来たに決まってるだろう」
ですよね。
取り繕うことを速攻で放棄した、欲望に正直すぎる回答。いっそ清々しいほどの答えに、呆れすら通り越して感心する。
そも、俺の意見よりも好奇心を優先する人間がどの口で言うのか、という話だ。今更誤魔化せるわけがないのだし、真人間ぶるくらいならせめてキャラを全うして頂きたい。
「学生の戦闘なんて、見ようと思っても中々見られるものじゃないからね。軍の練度にはもちろん及ぶべくもないけど、発想力や頭の柔らかさには驚かされるものさ——ま、突然変異みたいなのもたまーにいるんだけどね」
おい、なんだその目は。俺が異常で浮いてるみたいな言い方はやめろ、傷つくだろ。
もちろん、言いたい事はわからんでもない。見方によっては貴重な実戦データがわんさか取れる場であるし、研究者視点ではそれはそれは面白いイベントなのだろう。
星皇祭で戦うため、神器の獲得を目指して特訓する学生も一人や二人ではないと聞く。入手したての神器を振り回して戦う学生を観察できるのは、他ではそうそう得られない特権だ。
「それで、面白そうなものに心当たりは?」
「ああ、まさしく今映ってるのがそれさ。実戦らしい実戦は初めてだろうに、ここまで仕上げてくるとは思わなかったよ」
「……へえ」
……いかん。適当な小ボケを返そうと思っていたのだが、普通に感心してしまった。
だが、それも仕方のないことだろう。名前も知らないアスリートの超技術ならともかく、数少ない知り合いの一人が大立ち回りを演じているのだから。
指し示された光景、視線を向けた先にあるモニター。想像を数段上回る光景に、我知らず無言で息を飲む。
気の利いたコメントをすることも忘れ、その姿に見入ってしまう。
「あの手の能力を持ってるやつ、全員があのレベルなのか? 瞬間移動……かどうかは知らんが、その類のものなんだろ、アレ」
「自分以外の物も飛ばせるから、厳密には転移と言ったほうが正しいんだけどね。それでも、彼女ほど使いこなせているのはそうそういないよ。類似した能力は何種類か確認されているけど——彼女の場合は飛魚座だったかな——4月からの短期間であそこまでマスターするのは、常人じゃとても不可能だ。才能の面でも、それ以上に努力の面でもね」
「……ほーん」
スカートの裾をはためかせ、画面の向こうで縦横無尽に動き回る彼女。所狭しと飛び回り、一方的に相手を翻弄する姿は、お察しの通り水無坂だ。
瞬間移動という能力、それ自体は今更驚くことでもない。異能力の類ではどちらかといえばメジャーな方であろうし、それがどんなものなのかも経験済みだ。他ならぬ水無坂の手によって転移させられたのだから、彼女が使いこなせるのは当然だろう。
だが。ここまでのレベルであれば、その話も変わってくる。
中距離からの投擲と近距離における体術、そしてその隙を潰すかのごとく、的確なタイミングで用いられる転移。それらすべてが完璧に組み合わされ、怒涛の勢いでポイントを削り取っていく。
決して相手にペースを握らせず、それどころか反撃のひとつも満足に行わせない。蝶のようにフィールドを飛び交うその姿は、瞬間移動というより高速機動といったほうが当てはまっているほどだ。
「あの飛ばしてるやつ、あれが神器なのか? 随分と数が多いように見えるが」
「ああ、あれはああいうタイプの神器なのさ。一つひとつが貧弱な代わりに、『集合体そのもの』が神器として登録されているから、個数制限というものがない。そしてそれこそが、彼女の強さの秘密でもある。早い話、10本だろうが100本だろうが、いくらでも用意できるってことだね」
「いくらでも、ねえ……」
水無坂が自由自在に操る神器——それは、無数の小さなナイフと思しき得物。スペツナズナイフもびっくりの速度で射出されるそれは、既に湯水のごとき本数が使用されている。
手のひらサイズのそれを何処からともなく取り出したかと思えば、美しい所作で数本まとめて投擲し、また僅かな隙も作らずに能力を行使する。舞うような動きで得点を重ねていくその様は、いっそ美しいと形容しても過言ではない。
「にしても、よくあそこまで綺麗にキャッチできるもんだな。ちょっとでもズレたら手が血塗れになるだろうに」
少しでも戦闘を把握しようと目を凝らせば、投げた神器を掴み取るようにして転移を繰り返す水無坂の様子が見て取れた。
どうやら飛来するナイフのうち一本に相手が注意を向ければ、死角となった別の一本のもとに彼女が転移してくる、というシステムらしい。神器だけでなく本人まで転移してくるのだから、クソゲーの度合いとしては相当なものだ。
正面から飛来したはずのナイフが、唐突に転移して別方向から飛んでくる。この時点で戦法としては完成していると思うのだが、これすらもブラフの一種なのだから手に負えない。ナイフの処理に手間取ったが最後、距離を詰められて詰みという隙のなさである。
投擲からナイフの転移、そして自分自身の転移に至るまで。相手に押し付ける選択肢の多さも、それらすべてを完璧にこなす判断の速さも、およそ人間業とは思えない。
役目を終えたナイフが即座に消失している様子を見るに、使い終わった神器の回収まで戦闘中にやってのけているようだ。あまりにも洗練された手際の良さに、魔法を使っていると言われても信じてしまいそうになる。
「もちろん、タネも仕掛けもなくあそこまで正確に掴めてるわけじゃないさ。ちょっとしたトリックと言えば聞こえはいいけど、要は血の滲むような修練の賜物だよ」
彼女があそこまで頑固なのは予想外だったけどね、と呟くように付け足す博士。
やたらと知った風なその口調は、どういった意味を持つものか。しばらく考えた末、そういえば有事の際に顔見知りムーブをしていたな、と思い当たる。
「まさかとは思うが、誰彼構わず人造神器の押し売りをやってるんじゃないだろうな。普通に犯罪だぞ、あれ」
「ん? ああいや、向こうから声をかけてきたんだよ、彼女の場合はね。四月の中頃だったかな? 神器をより効率的に活かせる方法が知りたい、とか何とか。教えたそばから全部覚えていくし、あの吸収速度はもはや執念とかそのレベルだね」
俺の思い違いに気づいたらしい博士が、ぶんぶんと首を振って否定する。
研究部の人間など、普通に学園生活を送っている分には殆ど接点がないはずだ。4月の時点でその情報に行き着いて助力を乞うあたり、この大会にかける水無坂の熱量は相当なものなのだろう。
「……執念、か。努力家なこった」
もっとも。それは危うさすら覚えるような、暴走寸前の熱量といった方が正しいのだが。
「で、教えた内容は? 神器の創り方とか、出し入れの仕方とかか?」
「その程度の問題なら、ぼくが面倒を見るまでもないさ。というか、その辺りの技術は最初からマスター済みだったからね、彼女。ぼくが教えたことといえば、見方を変えることくらいのものかな」
ほお。見方ねえ。
心なしか、というよりあからさまに得意げな博士の顔。魚見と同じニオイがするドヤ顔に、さてどうしたものかと視線を向ける。
「や、そこまで疑わしい目をされる謂れはないんだけどね……能力をどれだけ使いこなせるかは知識次第で変わってくる、って話は前にしただろう? それと似たようなもので、神器も発想次第で色々と使い道があるものなのさ」
「……ほおん」
空を切って進むナイフを完璧なタイミングで転移して掴み取り、対応しきれない相手を一方的に切り刻む。相手がやっとの思いで体勢を立て直した時には、既に間合いの外から無数のナイフが放たれている。
言葉にして並べるだけなら簡単だが、実際にやれと言われれば話は別だ。分けても俺のような場当たり戦法の人間からすれば、確実に頭がパンクする自信がある。
遠距離と近距離を適切に使い分け、曲芸じみた真似を軽々こなす。実戦での使用に耐えうるまで昇華された修練と、何より初舞台でそれを使いこなすクソ度胸には感服するほかない。俺の知る中では紛れもなく一流、樋笠に並ぶと言っても過言ではない域だ。
「見ての通り、彼女の能力は転移系——自身から一定距離内の空間に座標を設定し、マナを消費してその場所に跳ぶ。あるいは、接触している一定重量以下のものを飛ばす能力だね。……あ、マナの説明は?」
「さっき魚見からされた。だいぶ唐突だったけどな」
じゃあ問題ないね、と心持ち残念そうに口走る博士。その表情を鑑みるに、選択肢次第でとんでもない量の説明が飛んできていたことは想像に難くない。
結果的とはいえ地獄を回避できたのだし、今回ばかりは魚見にファインプレーの称号を送らねばならないだろう。あいつを褒めるのはとんでもなく癪なのだが、背に腹は変えられぬと割り切るしかない。
「座標をいかに速く正確に設定するか、行動までのタイムロスをいかに少なくできるのか。転移系の能力においてアドバンテージを取ろうとすれば、このあたりをどれだけ上手くこなすかが重要になってくる。もちろん練習を繰り返して感覚的なものを掴むのは大前提だけど、それでも超えられない壁というものはあるものだ」
「それを越えるための裏技が、例の見方云々の話ってことか?」
「まあ、大雑把に言えばね。結論から言ってしまえば、神器そのものを転移チケットにしてしまえばいい、という話だよ。いちいち切符を購入するよりも、予め回数券を用意しておいたほうがスムーズだろう? つまりはそういうことさ」
…………いや、分からんが。
つまりどういうことだってばよ……頼むからもう少し噛み砕いて説明してくれ。
会心の喩えを捻り出したといった顔をされても、具体的に何を言いたいのかさっぱり伝わってこない。頭に疑問符を浮かべていると、さすがの博士も見かねたのか助け舟を出してくる。
「なに、そう大層なことじゃない。神器を創り出す時、一本につき転移一回分のマナを付加しておくのさ。あとは任意のタイミングで起動するだけで、神器の側が勝手にマナを消費して転移させてくれる。神器そのものが座標として機能しているから、座標設定に時間を取られることもない。見方を変えた、なんて言えば聞こえはいいけど、要はちょっとした小技みたいなものだね。弾を込めて狙いをつけて引金を引く、って行為のうち、最後の手間だけを負担すればいいってわけだ」
「……小技なあ」
未だに思考のピントは合わないものの、なんとなく言いたいことは理解できた気がしなくもない。
要はこの小技が、パソコンで言うショートカットやエイリアスの役割を果たしているということなのだろう。転移という複雑な能力を使用するために必要な手順、それを可能な限り踏み倒すためのシステムを、彼女の投擲する神器が担っているというわけだ。
「じゃ、投げた神器を転移させてるのはどうやってるんだ。非接触のものは飛ばせないんじゃなかったのか?」
「ああ、普通の物体ならね。でも、前にも言った通り、神器は『星の力』の中核から作り出されたもの——滴り落ちた雫であり、ある意味では『星の力』そのものだ。『星の力』そのものが、能力を行使できないわけがないだろう?」
事も無げにそう言ってのける博士の顔には、冗談の気配など微塵もない。真剣も真剣、大真面目な表情のままこちらを見据えている。
……だからこそ、言っていることを咄嗟に処理できないわけなのだが。
「……じゃあ何か? 神器を飛ばしてるんじゃなく、神器が自分で飛んでるって言いたいのか」
「ま、あながち間違いでもないね。付加されたマナを消費して、一回限りの転移の実行を可能にする。もっと身も蓋もない言い方をすれば、神器と水無坂くんを同質のものと定義させてるわけだ。座標を設定する必要はあるけど、それ込みでもかなり便利な使い方だと思うよ」
「定義させてる、ってなあ……」
小技どころか、それはもう完全にバグ技のノリではないのか。喉元まで出掛かった声が、呆れにも似た溜息に溶け込んで消えていく。
本来想定されていないような、『星の力』というシステムの穴を突いたやり口。それを発見するのも、実用化に漕ぎ着けるのも、まんま内部データを漁って悪さをするゲーマーのそれだ。博士なら嬉々としてやりそうだという感想しか出てこないあたり、ますます持って手に負えない。
……しかし、だ。
無茶苦茶ながらも、一応の理解はできたからこそ。また別の疑問が、新たな角度から脳裏に浮上する。
「まあ、言いたいことは大体わかったんだが。そんな便利な小技なら、みんな使ってるんじゃないのか?」
千年に一度の絶技ならともかく、考案者本人が小技と表現するものだ。見方を変えるだけで編み出せるというのだから、食いつく人間は一人や二人ではないだろう。
お手軽で便利、それもバグ技というある種のロマンまで備えている。バグって何であんなに魅力的なんだろうな……四天王の部屋で転移を使うとなぞのばしょに到達する、割とありそうな内容だから困る。
「どっこい、なかなかそうもいかないんだよ。何よりもまず、これは神器を無尽蔵に生み出せる水無坂くんだからこその強みだ。たった一本の武器じゃ、おいそれと手放すことなんて出来ないからね。神器を使い捨て可能な彼女の性質あってこそ、この戦法が成り立っていると言っても過言じゃない」
だが。
神器をぽんぽん出せるなんて、星皇軍にも殆ど居ないよ——と。そう付け足す博士は、俺の疑問を見越していたかのように反証を並べ立てる。
「二つ目に、要求される技術水準の高さが挙げられる。ナイフの投擲スキルは言わずもがな、転移の使い方を瞬時に見極める判断力も、とても一朝一夕で身につくものじゃないからね。ただでさえ複雑な転移を扱う中で、その上ここまでのタスクを処理するとか、身体がいつバラけてもおかしくないくらいの難易度だよ」
「……バラけるってなあ」
ええ……何それこっわ……。
そんな危ないことしてたのか、アレ。というか何故毎度毎度、そんなとんでもない話をさらりと流すのか。
こちらの基準では常識ということなのだろうが、それにしたってあまりにもぶっ飛んでいる。スナック感覚で体がバラバラになるとか、当事者からしたらたまったものではない。
「ま、要するに。このとんでも技術を実現できるのは、紛れもなく彼女という下地があってのものだってことさ。入学からたった一ヶ月かそこらで体得するなんて思ってもみなかったから、正直だいぶ面食らってるよ」
讃えるような視線が向けられた先で、大写しにされた長い黒髪が翻る。
入学から一ヶ月——ということは、彼女も高校からこちらに移ってきたということか。知識も経験もゼロの状態からこの練度まで至ったとなれば、確かに博士が驚くのも無理はない。
文字通り一方的にポイントを刈り取り、反撃のひとつもさせることなく相手を沈めた水無坂。彼女は勝利の余韻に浸ることもなく、そのまま一瞥もくれずに別の獲物を探し始めていた。
——冷徹。無感情。一見すると当てはまりそうな印象は、しかしどちらかと言えば的外れなものだ。
スクリーンに映り込む、美術品かと見紛うほどに整った容貌。その瞳に映る色に、朧げながらも理解する。
何の感慨も、達成感もなく。それどころか、今倒した相手すら、ハナから視界の端にも映っていない。
「……ふうむ」
どうやら、俺は考えを修正しなければならないらしい。
この予選も……あるいは、星皇祭そのものですら。彼女にとっては、通過点の一つに過ぎないのだろう。
言うまでもなく、こんなものはただの直感だ。だが、この上なく無根拠な感覚が、得てして核心を突いている場合もある。
より大きく、より重要性の高い「別の何か」。彼女にとって最大級の意味を持つそれに急き立てられ、追われるままに戦闘という業務をこなしているだけ。
血の滲むような努力も、費やされた研鑽も、間違いなく真実だ。嘘偽りなく、彼女が積み重ねたものだと断言できる。
だが。その成果を披露している現在に楽しみを見出しているかと問われれば、それは間違いなく否だ。
誰も彼もが、みな一様に結果を求める星皇祭。それを彼女は、手段としてしか認識していない。
だからこそ——あれほどまでに、空虚な瞳を晒しているのではないだろうか。
「……そういや、さっきの話に戻るんだが。神器が勝手に転移するのなら、別に水無坂以外が投げても使えそうだよな、このシステム」
「水無坂くんの転移機能を借り受けられるか、という話かい? それなら、神器の転移自体は可能じゃないかな。もっとも、事前に彼女が許可を出していれば、という前提条件が必要になるけどね」
ふと思い至った発想に口を開けば、博士は頤に手をやって考え込むそぶりを見せる。
「んじゃ、俺が水無坂の神器を投げて、そこに跳ぶ——なんてのは?」
「現段階では不可能、彼女が引き寄せも使えるようになればあるいは……と言ったところかな。ただ、散々言っているように、転移の能力は難易度が非常に高い。銃の引金を引くだけなら誰でも出来るけど、その反動に慣れていない一般人が耐えられるはずもないだろう? 体が細切れにならなかっただけでも、奇跡と呼んで差し支えないレベルのものだろうね」
「いや、それもう失敗するって言ってるようなもんだろ」
当然のように細切れという単語を出すな。そんな簡単に挽肉になってたまるか。
万に一回くらいは成功するのかもしれないが、再現性のない成功を戦法に組み込めるはずもない。成功するまで挑戦できるほどに体のストックがあるのなら、物量攻撃でも仕掛けたほうがよほど手っ取り早いというものだ。
……そもそも、だ。さらりと流されたが、転移するにしても彼女の許可が必要になるという話も聞き逃せない。
神器を借り受けられる状況も、彼女が許可を出すシチュエーションも、まったくもって想像できるはずもない。俺も一回くらいはかっこよく瞬間移動を決めてみたかったのだが、どうにも現実は非情である。
「というか、そんな軽率に水無坂の戦法を明かしていいのか。俺は運営側じゃなく選手側の人間なんだから、ぺらぺら吹聴する可能性だってあるだろうに」
「仮に広められたところで、って話だからね。簡単に真似できるスキルでもないし、タネがわかったから対策する、なんてこともできない。そもそもきみが本当に吹聴するような人間なら、面と向かって確認なんて取らないだろう?」
「……ごもっとも」
早撃ちガンマンの持つスキルを懇切丁寧に解説されようと、それで銃撃が防げるわけではない。タネがわかれば封殺可能な特殊能力ならいざ知らず、根本的な対策を考えないことにはどうにもならないのが実情というものだ。
いくら来ると分かっていたところで、その速度に反応できない限りは意味が無い。どう防ぐか、ではなく、そもそも撃たせないレベルの状況を作ることが必須なのだろう。
「あ、そういえば忘れるところだった。雨宮くん、きみ個人戦には出ないんだよね?」
「うん? まあそうだが。なんかこれからイベントとかあったか?」
と。
唐突に我に帰ったようなそぶりで、全く別の話題を口にする博士。
決着がついたと判断されたのか、気付けばスクリーンは他の戦場に切り替わっていた。新たな戦場の様相を眺めつつ、予期しなかった質問に頭を巡らせる。
「いや、それなら団体戦で初戦敗退してくれたのも、むしろありがたいことだと思ってね——きみに貸し出してる人造神器だけど、データも集まったし、ここらで一度回収させてもらいたいんだ。構わないかな?」
「……まあ、別に問題はないが。なんで急にまた?」
元はと言えば俺が勝手に持ち出したものであるし、回収されること自体に不満はない。いきなり何を言われるかと思ったが、その提案自体は割と順当な内容のものだ。
……だが。それにしたって、随分と急すぎる申し出ではなかろうか。あと言い方ってもんがあるだろ、水無坂にそんな言い方したらどうなるか分かったもんじゃないぞ。
「今きみに貸し出してるアレは、簡単にいえばプロトタイプなんだ。試し斬り程度に使うならともかく、継続して使用するならもっとカスタマイズするべきだと思ってね。実際の戦闘で使うとなればなおさらだよ」
「そこまで頻繁に戦闘する予定はないんだがなあ……」
博士の実験台になる件に関してはもう諦めているが、何故そこまで戦闘狂じみた前提を組まれているのか。断固として抗議したい気分だ。
今までは結果的にそうなっているだけで、俺は本来平和主義者なのである。風評被害だと散々言っているはずなのだが、どうやらまだ周知が足りていないらしい。
「ああ、安心したまえ。代わりと言ってはなんだけど、預かっているうちは別の神器を貸しださせてもらうよ。データは多ければ多いほどいいし、きみとしても色々なタイプの武器の扱いに慣れておくことは有意義だろう? 心配しなくても、ぼくの誇りにかけて中途半端なものを渡したりはしないさ」
いや、そういうところに不満があるわけではなく。むしろ何故、そんな部分に限って保証が充実しているのだろうか。
前々から思っていたが、トップがこれとか研究部も相当である。この人もこの人で、そろそろ博士から武器商人にジョブチェンジするべきだと思う。
「……まあ、はい。了解致しました。それで、俺が持ってるほうは今ここで渡せばいいのか? 日付指定さえしてくれれば、新しいほうも取りにいくが」
「それに関してなんだけど、今日の夜は空いてたりするかな? もしよかったら、七時ごろぼくの研究室に来てもらいたい。手渡す以外にも色々とやりたいことがあるからね」
ええ……今の時点でそれなりに疲れてるんですけど。本当に今日じゃなきゃダメ?
この人にとってはもう完全に記憶の彼方らしいが、俺は今しがた死闘を繰り広げてきたところなのである。殺意全開の集団からボコボコにされ、炎天下に一日晒された後に重めの用事を持ってくるあたり、この人にはどうにも人の心というものが欠如しているらしい。
「……はい、分かりました」
もちろん、そんなことは口が裂けても言えないわけで。
イエス日本人、社畜精神最高です。はあ、今日もまた残業かあ……手当出るといなあ……。
俺の心など知る由もなく、それじゃまた夜にね、と手を振って歩いていく博士。その姿を見送りながら、押し寄せてきた疲労感を溜息にして放出する。
水無坂がどんな苦悩を抱えているのかは知らんが、少なくともこの類の悩みはないのではなかろうか。よくわからん研究者に粘着されるとか、そうそうあってたまるかという話なのだが。
「あ〜〜〜〜…………」
はー、もうやってらんねー。ジュース買いに行こ。
気づいたら1話あたりの文字数がとんでもないことになっていますが、ここまでくると一周して開き直っております。この先文字数はまだまだ増えると思いますが、どうか寛大な目でお付き合いいただければ幸いです。
次回は、明日、23:00ごろ投稿予定です。
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