2−7/笑う狩人
前回のあらすじ
俊、ピンチ! 大体いつもそう!
追い詰めたと思っていたが、猪武者はどうやら俺の方だったらしい。
結局尻尾さえ見せなかった狙撃手と、まんまと戦場に釣り出された俺。数秒にも満たない刹那、予想外の出来事に全員の思考が凍りつく。
……が。
当然。その停滞がいつまでも続くことなど、あるはずがないわけで。
「「——!!」」
「……やっぱり?」
まあ、そうなるな。
お互いの顔を認識するだけの間を挟み、堰を切ったような勢いで動き出す時間。今の今まで死闘を繰り広げていたことが嘘のように、目前の二人は揃って俺に戦意を傾ける。
取りやすいところから点を獲るのは、点取り合戦における常識だ。何が起きたのかわからぬ顔でノコノコと戦場に出てくる奴など、彼らからすればカモもいいところなのだろう。
「せえりゃあぁ!」
「いや待っ——」
せめて一騎討ちの決着くらいはつけて欲しい、という控えめな願いも叶えられることはなく。情けない声から遅れることコンマ数秒、殺意しかない一閃が喉元を擦過する。
「ああもう、動くな!」
「無茶言うな——」
我ながら神がかった回避をしたと思う間も無く、眼前に迫る次の一撃。やむなく人造神器を起動し、閃く刃を真正面から受け止める。
相手が女性であるが故か、それとも相手の携える神器がサーベルとも呼ぶべき代物であるからなのか。ギリギリで差し込んだ刃は、かろうじて鍔迫り合いと呼べるだけの形を維持していた。
「くう……っ」
思いがけず突入した膠着状態に、彼女は一歩も引かないまま歯噛みして呻く。悔しげなその表情は、絶好のチャンスを逃した焦りから来るものか。
どうにかして逃げるつもりだったが、このままであれば正面からの突破も望めるかもしれない。一抹の淡い期待が、脳裏にちらりと姿を見せる。
——が。
胸中を駆け抜けるは、電流めいた例の直感。束の間抱いた小さな期待を、あまりにも強い警告が真黒に塗り潰す。
「っ——」
気配を感じて視線だけを向ければ、そこにいたのはもう一人の男。今まで目の前の彼女と戦っていたはずの彼は、しかしその動きをぴたりと止めていた。
「かがやき」。
男の周囲に凝集していくのは、そうとしか表現のしようがない何か。あまりにも不自然な光量を発する背後の空間に、脳内の警報機がけたたましく鳴り響く。
アレは、ヤバい。
あらん限りの声を上げる直感に従い、退路を確保するべく周囲に目を走らせる。
何が来るにせよ、とにかくここに留まっているのは悪手でしかない。俺と目の前にいる彼女、両の獲物が揃って足を止めているこの状況は、背後にいる彼からすれば願ってもない好機のはずだ。
残された猶予はあと数秒。となれば、この場で取るべき方針について、迷っている時間などもはや存在しない。
「失礼」
「な……っ」
鍔迫り合っている足元の地面から、間欠泉のごとき要領で水流を吹き上げる。
いかに殺傷性皆無の攻撃とはいえ、さすがに予想外の一撃だったのか。不意を突かれ、殊更に大きく飛び退る彼女——面倒だし、剣使いとでも呼ぶことにしよう——の隙を見逃さず、背後の男を視界に入れるべく反転する。
そして。間髪入れず、「かがやき」が極点へと到達した。
燦然たる光が、男の背後に扇状に展開される。音もなくぶわりと広がったそこから放たれるのは、炎を纏った小さな光弾だ。
見るからに危険な極太ビームの類ではないが、さりとてその手数は十分に恐ろしい。続けざまに襲い来る、羽手裏剣とでもいうべき外観のそれらをやり過ごすべく、大通りの構造を最大限に活用して逃げ回る。
「熱つ」
道路に直撃した手裏剣が爆ぜ、爆風とともに瓦礫の破片を撒き散らす。
光弾とは言うものの、その本質はどちらかといえば焼夷弾のそれに近しい。想定以上の威力を持った一発に怯みそうになるが、幸いなことに速度と追尾性はいずれもそれなりだ。
カインの火矢や炎の鳥に比べれば、回避するのはよほど簡単だと言えるだろう。命懸けのカインゼミで予習した甲斐あって、回避のコツもしっかり体が覚えている。
「……よく躱す」
聞こえてきた呟きは、必殺の一撃を前にしても粘り続ける俺への驚嘆か。
次々に飛来する手裏剣を躱し、広い道路を縦横無尽に駆け巡る。壁や塀をも蹴り飛ばして三次元機動の真似事をする映像は、観客からすればかなり様になっていることだろう。
流石に弾数が無限ということはないらしく、10秒と経たないうちに襲いくる暴威はピタリと止んだ。制圧力は爆撃そのものといった威力だが、どうやら弾数は二十数発で打ち止めらしい。
——だとすれば。好機と呼べるのは、今を置いて他にない。
見る影もなく崩れたブロック塀から身を乗り出し、剣使いに先んじて男との距離を一気に詰める。
男の背後、翼のように展開していた輝きは、最後の一発を撃ったと同時に光を失って収縮していた。爆撃のインターバルがどれほどあるのかは未知数だが、一度撃ち尽くせばリロードが必要になると見て間違いない。
「ここだ」
地面を大きく蹴り飛ばし、そのままの勢いで男の背後に回り込む。
放置すればまたあの爆撃に巻き込まれる以上、無防備になっているこのタイミングを逃すわけにはいかない。この場から離脱するにしろ、飛び道具を持っているこの男に背を向けるのはリスクが高すぎる。
人造神器、抜刀。ガラ空きの背中目がけ、再び展開された白刃を振るう。
ここまでいいようにされておいて、点のひとつも取れずに落ちるのはさすがに腹立たしい。ここで一撃を入れるくらいは、いかな底意地の悪い神様といえども許してくれるはずだ。
……が。
欲深な俺の考えなど、最初から叶わないと嘲笑うように。
直前まで背を向けていた男が、ぐるりとその身体を反転させる。
「きみ、例の転入生だろ? 噂通りの凶暴性だな」
振り下ろしたはずの人造神器の刃——その細い刀身は、しかし男のポイントを奪い取るには至っていない。
鋭い切っ先を受け止めているのは、男が右腕に構えた小さな盾。大きさにしてバックラーと呼ぶべきその武装は、俺のもとに入ってくるはずだったポイントをしっかりと守り抜いていた。
「……たぶん間違ってますよ、その噂」
前言撤回だ。どうやら、俺はカインの一件から何も学んでいないらしい。
一瞬にして男の腕に出現した小楯は、こちらの刃を頑として通さない。散々辛酸を舐めさせられたにも関わらず、何も学習していない自分に小さく舌打ちする。
「いや、見ればわかる。そんな動き、入りたての素人にはとても無理なはずだ。やっぱりここで潰すしかないか」
「建前でも遠慮して欲しいんですけど」
悔し紛れの愚痴を吐き出し、組み合った状態から無理やり離脱する。
武具だけでなく、防具も神器として存在し得る。その可能性に考えが至っていなかったからこその、あまりにも初歩的すぎるミスだ。
「はあっ!」
「うわ」
体勢を立て直そうと思った矢先、息つく暇もなく襲いくる剣使い。存外に狙いのいい一閃を斬りはらい、攻撃を捌きつつジリジリと後退していく。
盾使い——剣使いに合わせてそう呼称することにするが——を仕留め損なった以上、またいつあの爆撃が来るかわからない。しかしこうして剣使いと切り結んでいる状況下では、この場から離脱するのも相当に困難だ。
撤退はおそらく間に合わず、さりとて奇策を弄するには手札が足りない。全員倒して生き残る、という選択肢を真面目に検討し始める程度には、俺の置かれた状況は危機と呼んで差し支えないものだ。
「……くそ」
視界の隅に映り込む盾使いと、再び「かがやき」を取り戻していくその翼。残された時間が僅かしかないという事実に、冷や汗が首筋を流れ落ちる。
再装填が完了するまで、長く見積もっても恐らく10秒とないだろう。追撃を振り切って逃走するにせよ、ここから強引に盾使いを討ち取るにせよ、この短時間で完遂するにはあまりにも無理がありすぎる。
適当に水を出して妨害するのが最善手だが、一度見せてしまったものは対策を立てられていると考えるのが自然だ。剣使いどころか盾使い相手にすら、狙い通りに決められる確率はかなり低いと言わざるを得ない。
誰がどう見ても手詰まりと言えるであろう、窮地と呼ぶに差し支えない現状。
しかし。それを上塗りするように、更に悪い予感が首筋を抉る。
「……っ」
判断は一瞬。直感が鳴らす警鐘に従い、反射的に大きく飛び退る。
——直後。前触れなく飛来した矢が、俺が今まで立っていた空間を貫いていた。
「よお、待たせたな」
「帰ってください」
いっそ鮮やかと言えるほどの軌道を描き、剣使いへと吸い込まれる一射——そこに完璧にタイミングを合わせて現れる、命からがら振り切ったはずの巨体。
またしても屋根の上から降ってくる男は、登場の仕方に拘りでも持っているのか。地を揺らして地面に降り立った彼は、その剣を豪快に盾使いへと振り下ろす。
「つれないこと言うなよ——なァ!」
追いついてきた、というより、好機を伺っていたのだろう。姿を表すや否や電光石火の奇襲をかけてきたのは、散々苦しめられた例の先輩コンビだ。
盾使いと相対しているはずが、その言葉には俺以外の何物も映っていない。手慣れた動きで初動をもぎ取った二人は、またも完璧な連携で戦場をかき乱す。
「おいおい、祭りだぞ? 逃げるこたあ無いだろ」
「騒ぐの嫌いなんで」
いよいよもって混沌としてきた戦場は、惨状と表現してもなんら差し支えないほどだ。一気に増えた情報量に頭が痛くなりながらも、再度この場からの脱出を試みる。
乱戦ならまだしも、この場にいる全員が俺のことを狙っているのだから手に負えない。それらしい答えを咄嗟に返すものの、体操服は冷や汗どころか大洪水レベルで湿っている。
「そこ——」
「ぐう……っ!」
どさくさ紛れに剣使いの胴体を大きく切り上げ、ポイントを多めにかっさらう。よく考えれば初得点の気もするが、とてもそんなことを喜べる状況ではない。
とにかく、一にも二にも離脱あるのみだ。彼女だけでも倒しておきたいのは山々だが、欲を掻いて同じ轍を踏むわけにはいかない。
盾使いを下した先輩が、砂塵の向こうからこちらを見据える。あくまで俺狙いという態度を崩さないのはいっそ清々しいが、標的にされる側からすればこの上なく面倒だ。
「うらァ!」
「っ——」
肉薄と同時に振るわれる、気迫の込められた大振りの一撃。地面を砕くそれに取り合わず、スライディングで彼の横をくぐり抜ける。
ここで相手をしようものなら、今度こそ詰むことは火を見るよりも明らかだ。人影で射線を切って狙撃をやり過ごし、そのまま身を起こして一気に離脱を狙う。
「どうした雨宮? 遊ぼうぜ!」
「っ……あーもう、邪魔!」
執拗な追撃は、尚もこちらを捉えて離さない。徹底して俺一人を捕捉するその姿勢に、口から悪態が溢れ出す。
だが。状況は、さらに下へと落ちていく。
必死の撤退戦の最中、情報を拾うためにあちこちへと飛ぶ視線。それが一箇所に固定されたのは、考え得る限り最悪のものを見つけてしまったからに他ならない。
——満身創痍の盾使い。しかし、その眼はまだ死んでいなかった。
先輩に致命打を貰い、確かに地に斃れ伏したはずの彼。完全に退場したと思っていたが、辛うじて戦闘不能だけは免れていたらしい。
大逆転を狙っての博打か、それとも悪足掻きにも似た意地か。光り輝く翼を背負った彼は、戦士と言うに相応しい覚悟の表情を持って立ち上がる。
不味い。爆撃が来る。
身体を芯から揺さぶる予感は、何度経験しても慣れることがない。咄嗟に落ちていた大きめの瓦礫をひっ掴み、後方へとアタリをつけて投擲する。
「ぐッ……!?」
完全に運に任せた一発だったが、どうやら狙い通りに機能したらしい。
先輩の顎を撃ち抜いたのは、ぶん投げた瓦礫を起点に撃ち出した水流だ。さしもの彼も意識外からの攻撃には弱いのか、刹那の間追撃の手が緩む。
なけなしの手札を切り、捻り出した僅かな隙。崩れかけのブロック塀を足場にし、絶望的な状況の中を走り抜ける。
華麗な回避の再演といきたいところだが、時間も距離も先程とは段違いだ。何らかの対策を講じなければ、無差別爆撃でゲームオーバーになるのは確定だろう。
かくなる上は仕方がない。不安定な足場を蹴り飛ばし、ブロック塀のさらに上へと身を踊り出す。
危険は百も承知の上だが、塀を乗り越えれば多少の障害物として機能するはずだ。爆撃を掻い潜った後、崩れた塀越しに奇襲をかけるしかない。
残された猶予は1秒以下。かつてない速度で回転する思考が、問題点をひとつひとつ洗い出していく。
一番離れている剣使いは、未知の飛び道具を持っていない限り脅威にはならないはずだ。そもそも位置から考えて、追撃を仕掛けてくる余裕などまずないだろう。
大剣使いの先輩はああ見えて頭は回るし、爆撃までの貴重な時間を消費して突っ込んでくるとは考えづらい。仮にダメージ覚悟でこちらを狙ってくるにしても、盾として利用できるのであればそれはそれで好都合だ。
残る脅威は狙撃であるが、先程の奇襲からある程度の位置は割れている。視界が制限されているこの環境下よりは、むしろ爆撃で射線が通った後のほうが危険と言って良い。
疑いなど持つべくもない。この限られた状況の中、これが今取るべき最善手のはずだ。
だというのに。
この身を削る焦燥感が、脳内に響き渡る警告が。何かを見落としていると、叫ぶような声色で訴えている。
「……いや」
いいや、違う。
——瞬間。
ひとつの答えが、全身を雷のような速さで駆け巡った。
どうして見落としていた? 試合が始まる前から、その存在はずっと最大の懸念材料だったはずだ。
にも関わらず。姿どころか、その存在すら意識の片隅にも上らなかったのは、ひとえにその気配を隠し切っていたからか。
暗殺者と言っても過言ではないほどに薄められ、消し去られた存在感。その違和感についぞ気づくことはなく、俺はまんまとその可能性を頭から消し去ってしまっていた。
「やあ」
爆撃も、狙撃も。世界を構成する要素、その悉くが些事だと言わんばかりに。
前触れなく俺の正面に現れた樋笠は、全てが静止した世界で小さく笑う。
彼の手に握られているのは、鞘に収められた日本刀。そこから放たれる居合の一閃は、本来ならどうあっても俺のもとに届くことはないだろう。
だが。俺は知っている。
一撃限りの、だからこそ必殺足り得る彼の切り札を。カインを屠った文字通りの必殺技が、今まさに俺を捉えて放たれようとしていることを。
……結局。俺は最初から、彼の掌の上で逃げ回っていたわけだ。
相対するは、文字通り必中にして必殺の一太刀。対してこちらの身体は、未だ地に足も着いてもいない。
今までのすべてが、この状況を——俺が完全に無防備になる、その一瞬を用意するための布石。刹那の間を狂いなく狙い撃ちする技量に、こんな状況にも関わらず笑いが漏れそうになる。
ああ、と悟る。
これ以上ない絶体絶命の窮地になって、やっと。
「——は、はは」
本当に、ようやく。全身の血が沸騰するような、懐かしい感覚が戻ってきた。
今までとは比べ物にならないほどの、興奮と歓喜が綯い交ぜになった感情。
巻き上げられた砂塵の一粒すら、この上なく鮮明に出力される。限りなく解像度の高められた世界で、身体が何をすべきかを直感的に把握し——
そして、時計が動き出す。
こんな徹底的にマークされる主人公おる?
羽手裏剣、火炎弾、扇状の光。……言うまでもないことですが、モチーフはあの二人(一人と1フォーム?)です。
次回は週明け、月曜の夜に投稿予定です。体調を崩し気味なので場合によってはより遅くなるかもしれませんが、どうか気長にお待ちください。
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