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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
47/126

2−6/踊る道化

前回のあらすじ

主人公(表)、おそらく苦境。

主人公(裏)、手口が卑怯。

 試合開始から10分がすぎ、ようやっと折り返し地点が見えてきた時間。脱落者もぽつぽつと見え始め、そろそろチームごとの点数に差が出てきた頃合いだ。

 だが。俺にとってその事実は、まだ半分以上の時間が残っているという死刑宣告に他ならない。


「うあー……」 


 民家の塀に身体を預け、(わだかま)る感情と疲労感をまとめて吐き捨てる。()()うの体と表現して差し支えない現状は、既に数度の虎口(ここう)を渡り歩いたがゆえのものだ。

 「それじゃ、ここからは別行動で」と言い放った魚見が、一目散に俺の前から姿を消したのが試合開始直後のこと。その時は何のことやら分からなかったが、今の状況を考えれば納得の一言しか出てこない。

 人の噂というのは侮れないもので、俺が総本部に呼び出されたという話すら、もう大衆の知るところとなっているらしい。先日の事件も合わせて、俺の印象はすっかり「正体不明のやべーやつ」で固定されてしまっているようだ。

 ……いや、そんな他人事じみた話ではない。なんか教室に入るたびに一瞬空気が変わるし、なんならこそこそ聞こえたりするし、精神的ダメージがバカになっていないんですよ。てめーらクスクス笑われる側の気持ち考えたことあんのか。

 完全な風評被害ならともかく、()()()()()()噂なのだから尚のことタチが悪い。火のないところに煙は立たぬ、その言葉を事あるごとに実感させられる日々だ。

 ……まあ、その話はこの際置いておくとして。

 まだ噂話程度の被害であれば、何ら問題はなかったのである。若干心が傷ついたりもするが、逆に言えばそれだけだ。


 しかし——異能力者が集うこの環境と、そしてこの星皇祭というイベントの時期。この二つが合わされば、被害はそれどころではなくなってくる。


 突如現れた正体不明の敵を撃破し、あまつさえ総本部に召集までされた。現状俺を取り巻く風聞が、この状況下でどれほどの力を発揮するかは言うまでもない。

 突如表舞台に姿を現した期待の新星として、或いは未だ実力の窺い知れないダークホースとして。どちらの比率が多いのかは知らないが、大多数の人間が俺にそういった目を向けるのは仕方がない話だ。注目度に比例して警戒度も跳ね上がるのだから、こちらからすればたまった話ではない。


 ……そして、何より。そんな奴が一年に潜んでいたという話を聞きつけたバトルジャンキーたちが、合法的に殴り合いのできるこのチャンスを見逃すはずがない。


 試合が始まった瞬間から次々に現れる、やる気に満ち溢れすぎた挑戦者(戦闘狂)たち。頼んでもいないのに入れ替わり立ち替わりやってくる有様は、もはや参拝と形容するのが相応しいと思えるほどだ。ここまで悪目立ちすると、()()()()()()()仕向けられた気さえしてくるのだから不思議である。

 開始直後に襲ってきた襲撃者を何とか躱し、逃げ延びた先でエンカウントした二人組を死に物狂いで撒いて。この10分間ただひたすらに、攻防とすら呼べないほどの無様な撤退戦を晒していただけだ。

 逃げ延びながらもライフは順調に削られ続け、気付けば持ち点は既に半分を割ろうとしていた。目と目も合ってないのにバトルを仕掛けてくるとか、まったくもってトレーナーの風上にも置けない(やから)である。ロケ○ト団の方がまだ良識あるからな。


「……もう少しやる気出して欲しいんだがな」


 胸元をこつんと叩いても、都合よく力が溢れ出してくることは勿論ない。

 反撃すればいいだけの話ではあるのだが、何故だかカインとやりあった時の()()()が何処からも湧いてこない。状況も本気度も雲泥の差とはいえ、仮にも戦闘である以上は昂ぶるものがあるかと思ったのだが……現状サボタージュを決め込んでいるあたり、俺の中にいる闘争心は随分と偏食家のようだ。


「うぅむ……」


 ここからどう動くべきなのかを決めかねた末、尻ポケットをまさぐって人造神器を引っ張り出す。

 博士が話をつけたらしく、これの携行は入場時にも許可されていた。本人曰く宣伝のためらしいが、唯一の使用者がこのザマでは誰も使いたがらないのではなかろうか。

 さすがに封星弾の持ち込みは禁止されていたが、それは仕方なしと割り切るべきだろう。異能を戦わせるイベントで能力を封じる武器を持ち出すなど、興醒めもいいところだ。


「……あゝ、マジで疲れる」


 魂の篭った呟きを道端に吐き捨て、試合時間を刻む腕時計もどきに目を向ける。

 休憩中に多少は時間を稼げたかと思ったのだが、未だ試合は中間地点にすら達していない。多対一の鬼ごっこが残り半分とか、とんだ不平等もあったものだ。

 ここに隠れてやり過ごすのも一つの手ではあるが、遅かれ早かれ見つかるのは確実だ。結果として選択肢は動き続けることしかなくなるのだが、そうなると今度は徘徊型の上級生(エネミー)とばったり、という可能性が出てきてしまう。奴ら徘徊型のくせに異様に殺意に塗れてるから嫌なんだよなあ……。

 いっそのこと、魚見と合流するのも悪くはないのかもしれない。どこにいるのかは全く把握できていないが、文字盤の表示を見る限り奴は未だに90点以上を保持している。俺だけが狙われるのも何というか癪だし、こうなればあいつもろとも巻き込んで盛大な自爆を……おっと、本音が出てしまった。危ない危ない、まだ何も言ってませんよ。


「——っと」


 ……まったく。愚痴のひとつも許されないのか、このゲームは。


 屋根の向こうから飛んできた、首元を的確に狙った狙撃。現実を突きつけるがごときその一射を、紙一重の差で屈んで躱す。

 このまま穏やかに残り時間が過ぎ去ってくれればよかったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 誠に遺憾だが、道連れ作戦はまたの機会だ。よかったな魚見、命拾いしたぞ。


「こっちか」


 神器には遠距離武器も存在する、という話は以前に博士から聞いていたが、意識の外から飛び道具を撃たれる緊張感は近接武器とは比べ物にならないレベルだ。銃火器ではなく弓矢なだけまだ温情があるのかもしれないが、音や光で察知できないぶんむしろ厄介といってもいい。

 背筋を走る虫の知らせじみた直感に任せ、コンクリートのブロック塀を駆け上がって敷地の中に侵入する。踏み荒らすことに罪悪感が芽生えるほど精巧に作られた庭は、狙撃の射線を切るには丁度良い具合に入り組んでいた。


 ……さて。逃げ込んだはいいものの、ここからどう動くべきか。 


 脱出のタイミング。逃走経路の確保。思考のリソースをそれぞれに割り当てながら、息を潜めて機をじっと待つ。

 逃走を前提に思考を組んではいるが、此処に隠れ続けるのも選択肢としては大有りだ。というより、消費エネルギーを考えればそれが一番ありがたい。

 残り15分と少しの試合時間、丸々ドブに捨てるほど彼らも馬鹿ではない。根比べに負けて、さっさと狙撃手が諦めてくれれば楽なのだが——


「そこにいるんだろ、雨宮? 隠れてないで出てこいよ」


 もちろん。

 そんな都合のいい話、そうそう上手く通ってくれるはずがないわけで。


 殊更に威圧的なその声が、追い込み漁もかくやといった様子で響き渡る。その声の出所は、思っていたよりもよほど近くだ。

 俺が今いる、ちょっとしたお屋敷とも呼べるサイズの民家——そして、周囲をぐるりと取り囲むブロック塀。確実に敷地内のどこかに侵入されているという事実に、危機を察知した肌が粟立っていく。


「一年が総本部に呼ばれたって話を聞いたときは、一体どんな化け物が居たのかと驚いたモンだ。せっかくの殴り合える機会に、なんでそんな実力を隠したがるかねえ……もう少し付き合ってくれてもいいんじゃねえか?」


 現在俺を包囲しているのは、狙撃担当(スナイパー)近接担当(アタッカー)の二人組。数分前、俺を散々に追い詰めた彼らは、どうやらバトルジャンキー筆頭のようなチームの一員らしい。

 狙撃が来た時点で片割れもどこかにいるものだとは思っていたが、俺が出ていくのを待っているのか。名乗り口上のごとき大音声(だいおんじょう)は、裏を返せば不意打ちなど意に介さないという自信の表れにも取れる。

 隠れている獲物を前に、自分の居場所を知らせて圧力をかける。悪役としてはお手本のような立ち回りだが、それでいてなかなか合理的なのだから手に負えない。

 俺を誘い出せれば儲け物であるし、俺がこの場所から動かない場合は確実に仕留めに行けばいい。パニックになってガムシャラに逃走を図ろうものなら、それこそ相手の思う壺だ。

——よって、結論。どう動こうが、既に間合いは完璧に掌握されている。一発逆転の賭けに出るには、かなり心許ないと言わざるを得ない。


「遠慮させてもらいますよ。人付き合いとか苦手な方なんで」


 それっぽい文言を捻り出し、今しがた飛び越えたばかりの塀の方へじりじりと(にじ)り寄る。

 ひと思いに道路側へと逃げてしまいたい気持ちは山々だが、そんなことをすれば一瞬で狙撃の餌食だ。僅かでも機を逸すれば、(つが)えられた矢は容易に俺を射抜くだろう。

 こちらを襲撃する算段を立てているはずの近接担当(アタッカー)を前にして、神経を針のごとく研ぎ澄ます。彼がどう動くにせよ、初撃が来るまでの猶予はもう幾許もない。

 

 5秒。

 10秒。


 永遠と紛う程の停滞の中で、知覚できる空間すべてに緊張の糸を張り巡らせる。

 秒針は粘ついた時間に絡め取られ、一向に先へ動こうとしない。嵐の前の静けさの中、空気までもが凍りついたかのように動きを止め——


 そして。


「はっはァ!」


 膨れ上がった緊張が、臨界点を突破した瞬間に暴発する。


 咆哮とともに現れた攻撃の出所は、前後左右のどこでもない場所——すなわち上空、屋根の上。

 その速度は、獲物を一直線に狙う猛禽のごとく。砲弾じみた勢いで突っ込んできた近接担当(アタッカー)の先輩は、そのままの勢いでこちらに得物を振り下ろす。


「そォら!」


「どわっと」


 響き渡る爆音。1秒前まで背にしていた塀が、その手に握られた両手剣(じんぎ)によって木っ端微塵に突き崩される。

 魚見は説明していなかったが——或いは、最初からする気がなかったのかもしれないが——どうやらフィールド内部でのダメージ減少効果が適用されるのは、あくまで人体に対してのみということらしい。神器本来の威力と星刻者の膂力(りょりょく)が十全に発揮されれば、取るに足らない建造物など一撃でこの通り、というわけだ。


「いや、(っぶ)な——」


 もうもうと立ち込める砂煙と、その向こうで白く煌めく剣光。息つく暇もなく襲いくる横薙ぎの斬閃を、大きく沈み込んでやり過ごす。

 突き崩された塀の破片が滝のように流れ落ちてくるが、そんなものに気を取られている暇はない。怯んで少しでも動きを止めれば、その瞬間に相手の思惑に嵌ることになる。

 ……だが。この状況も、見方によっては千載一遇の好機と言えなくもない。

 塀が壊されたことによって脱出経路が開け、砂塵によって射線も制限されている。窮地に立たされていることは疑いようもないが、少なくとも今この瞬間は正真正銘の一対一(タイマン)だ。

 唯一にして最大の障害は、目の前にいるこの男。大振りの一発を潜り抜ければ、この局面から脱出できる可能性は格段に高くなる。


「ふん!」


「おわ——」


 しかし。

 そんな甘い考えごと、俺の身体を真っ二つにするかのように。

 暴威のごとき威力を秘めた大剣が、その見た目にそぐわぬ速度で切り上げられる。躱しきれずに胴体を掠めた一撃は、それだけで10ポイント近い点数を俺から巻き上げていた。


「……っ、痛った」


 腹部をなぞった剣先に、これが実戦であったならと身を震わせる。当てずっぽうかと思っていたが、この精度を見る限りではそうでもないらしい。

 その類の能力でも持っているのか、それとも猛特訓の末に手に入れた技術なのか。いずれにせよ、目眩(めくらま)しの効果も薄いとなれば、相手にするのは輪をかけて面倒だ。


「どうした? 反撃しないのか?」


「趣味じゃないんで」


 作戦変更だ。砂煙に紛れて逃げるという選択肢が通用しないのなら、能動的に動いて隙を作るしかない。

 無残に打ち壊された塀のうち、比較的形を留めているものに視線を走らせる。狙いは一点、男の死角を突ける角度からだ。


()()()()


 ——そして、数秒後。

 ()()に定めたその場所から、砂塵を巻き込んだ水流が一直線に撃ち出される。


 この数週間、俺とて何も遊んでいたわけではない。超常の力が手に入った以上、男子高校生(そういう年頃)として出来ることを試したくなったりもしたのだ。

 試行錯誤を重ねたうち、なんとか形にできた数少ない成果。そのうちのひとつが、今使った能力の応用だ。

 元ネタ、というか着想の元になったのは、カインが床から生やしていた氷槍。身体以外の部位から能力を放出する、単純なようで意外と盲点だった。

 彼にできたのなら俺にもできるはずだ、と半ば冗談じみた考えで始めてしまったのだが、まさか実際にできるとは思わなかったから驚きである。何事も挑戦、素晴らしい言葉だ。

 身体を起点として出していた水流を、壁や床を起点にして放出する。期せずして出来るようになってしまったこの応用法のおかげで、俺の戦術の幅は大きく広がった。

 ……もっとも、やれることは依然として水を出すだけなのだが。だがそれも、目潰しに使ったり、はたまた密着した相手を押し流したりと、使い方次第で小回りが利くようになったのである。


「ぐお——」


 ぶち当てた放水車のごとき水流が、得物を振りかぶっていた先輩の体を大きく弾き飛ばす。

 身体に穴を開ける、といった戦法こそ取れないものの、やはりこれは相当に使い勝手がいい。手軽に不意をつけるのも個人的には評価点だ。


「おお、さすが」


 どこぞの()()のような感想を吐きつつ、狙い通りに作った隙に乗じて一目散に逃走する。

 かなり強めの一撃を至近距離から当てたつもりだったのだが、先輩の方は後退こそすれしっかりと両の足で踏ん張っていた。尻餅でも付いていてくれれば楽だったのだが、生憎とそこまで生易しい相手ではないようだ。


「まだ居るな」


 一発。二発。尚もこちらを捉え、得点を奪わんとする狙撃。続けざまに襲い来るそれから身を隠しつつ、少しでも男から距離を取るべく裏道をひた走る。

 いくら塀が崩落して射線が開けたとはいえ、この状況で撃ってくるのはいささか予想外だった。あるいは味方に当ててもポイントが減らないことを利用した上で、少しでも点を取ることを優先したのか。

 今の射撃で、撃ってきた方角はおおよそ割れている。多少のリスクを冒してでも、ここは狙撃手の点を確保しに行く場面だろう。

 このまま逃げ回って狙撃に怯え続けるよりは、その元凶を排除した方がよほど動きやすくなる。点を取りに行くにしてはあまりにも後ろ向きすぎる思考だが、今の俺にとっては死活問題だ。


「っと」


 予想通りの方角から飛んできた狙撃を回避し、入り組んだ家々を繋ぐ道を駆け抜ける。

 頻度や正確さから考えるに、狙撃手は思っていたよりも数段近い位置に潜伏しているらしい。張り詰めた緊張感の糸が、じりじりと首の裏を焦がしていく。

 複雑に入り組んだ裏路地を抜けてきたこともあって、近接担当(アタッカー)に追いつかれるまでにはまだ幾分かの猶予がある。今のうちに狙撃を潰しておかなければ、遠くないうちに同じ窮地に陥ることは自明の理だ。

 なけなしのポイントを稼ぐため……そして何よりも、俺の身の安全を確保するために。なんとしても、今この場で決着を——


「——あれ?」


「——お?」


 だが。

 どうやら優秀な狙撃手(スナイパー)は、その程度の考えなどハナからお見通しだったようで。


 迷路のような裏道を抜け出した先にあったのは、このステージの中央に位置する大通り。突如開けた視界は、射線が通ると言う意味ではこの上なく厄介だ。


 が、しかし。それとは比較にならないほどに厄介な事態が、今まさに眼前に広がっている。


「……おい、マジか」


 笑いと共に口から溢れた言葉は、完全に嵌められたことに対するある種の賞賛か。

 大通りで繰り広げられていた、他チームの二人による派手な一騎打ち——そして、まんまと狙撃手の誘導に乗せられ、そのド真ん中に迷い出た俺。


 ……やられた。


 そんなことを悠長に思う暇など、当然どこにあるはずもない。

 二人分の暴虐が、新たに俺の下と降りかかる。

今回のまとめ! 俊がピンチ!

次回予告! 俊がピンチ!


次回は明日、夕方ごろに投稿してみようかと思っております。あまり当てにせずお待ちください。


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