2−5/踊る道化、笑う狩人(裏)
前回のあらすじ
戦え……戦え……。
「……これでよし、と」
試合開始からおよそ10分。三人目の脱落者が出たのがついさっきと考えると、なかなかに今回の試合はハイペースだ。
閉ざされた空間の中、緊張を解すようにして息を整える。今まで戦っていた相手は、戦闘不能判定が出たと同時に回収され、場外へと転送されていった。
さしあたって一人は処理したけど、会敵から少しばかり時間を取りすぎた。ポイントも思ったより取られてるし、このまま悠長なことをしてはいられない。
「おっと……やってるやってる」
新しい獲物を探すため、事前に目星をつけておいた狩り場その二へと動き出す。
進路の先では絶賛ドンパチ中なこともあって、移動は細心の注意を払わなければならない。一人程度なら引き込んで処理できるけど、大勢で来られたら僕には為す術もないのが実力差というものだ。
勘違いされているかもしれないけど、僕はどちらかといえばむしろこのイベントを楽しみにしていた部類の人間だ。斜に構えてる俊と同列に見られるなんて、心外なことこの上ない。
怪我も命の危険もない、異能力者同士の殴り合い。小中とこのイベントを見ているだけだった僕からすれば、高校に入ってようやく参加できるのは感動もひとしお、といったところなのである。
……まぁ、感動云々の話はさておくとして。
今回の予選、当然のことながら僕にロック解除は許可されていない。一歩間違えば生徒を文字通り灰にしてしまうのだから当たり前……なんだけど、そのせいで僕の能力は無いと言える程度まで落ちている。
身体能力の補正だけはかろうじてあるものの、それも文字通り雀の涙以下でしかない。平均値から考えてみれば、一般人枠と言われても反論できないだろう。本来ならすぐさま棄権して然るべき、最下層レベルの戦力だ。
……俊には説明していなかったけど、この大会にはむろん棄権という手段も用意されている。相応の手順と条件をクリアすれば、試合中にエスケープすることも可能だ。
スタートダッシュとともに大量得点し、実力者に狙われる前に離脱——なんて戦法も、毎年少数ながら見かけることもある。もっとも、その戦法が主流ではない時点で、エスケープの難しさは推して知るべしなんだろうけど。
もちろん、このルールを俊に伏せていたのは意図的だ。せっかく楽しみにしていた体育祭、相方のエスケープなんてつまらない結末で一回戦敗退になりたくはない。他に人がいなかったから仕方なくチームになっているだけで——僕と俊が転入してきた時点で、団体戦のペア組みは実質的に終わっている状態だった——本気で勝ちを狙いたい僕としては、不本意極まりないペアなのだ。
「うわ、もう四人目が出そう」
想像以上に早く進む試合に、我知らず若干の焦りを口にする。
さすがに100点をひとりで削りきるのは至難の技ではあるものの、それができる実力者も当然ながら存在するのもまた事実だ。人数が減れば残っているのは自ずと実力者だけになるし、隠れている側はより一方的に狩られることになる。
言うまでもない事ではあるけど、僕にはどう転んでも実力者の側に立つ力はない。小手先の技術と情報のアドバンテージで、どうにか食らいついているだけだ。
でも、条件さえ揃っているのなら、それを補えるだけのポテンシャルを発揮できる自負はある。
相手の方が強いなら、その強みを一つひとつ潰していけばいい。坂本さんと鍛練を重ねる中で身に付けた、唯一とも言える極意がこれだ。
狭い狩場に引き込んで一対一の環境を作り上げ、相手のペースを掻き乱して細かい得点を地道に重ねていく。相手が焦れば焦るほど動きは大きく乱れ、結果的にさらに多くの得点が転がり込んでくることになる。
もちろん、このやり方はかなりの綱渡りだ。得点を奪いつつ、相手を退かせないだけの立ち回りが必要になるし、そうでなくとも援軍を呼ばれたら状況は一気に危ういものになる。
そして、何よりも。この戦法、制限時間付きのゲームとは致命的に相性が悪い。
一人のポイントを独占できるという旨味は、裏を返せば長時間で一人しか相手取れないということだ。これまでの立ち回りによって一人ぶんの得点はほぼ物に出来たけど、時間という貴重な対価は確実に支払われている。
獲得できる点数は、どれだけ多く見積もってもあと二人ぶん。その二人さえ、100点を丸々保持している可能性はかなり薄い。良くないことだとはわかりつつも、その事実の前につい気が逸りそうになる。
「うわっと」
大通りで展開される乱闘を目撃し、彼らの視界に引っかからないよう慎重に奥の脇道へと抜ける。
こういった乱闘ではつきものだけど、どうやら狩られる側は既に定まっているらしい。一対多数の圧倒的不利の中、獲物と思しき人影は屋根やら塀やらを必死に逃げ回っていた。
こうして遠目から見ている限りでは他人事だと思えるけど、僕が当事者なら話は別だ。正々堂々一騎打ちなんてことをされたらまず勝ち目はないし、そうでなくても囲んで叩かれたら一巻の終わりと言っていい。感知系統の能力に背後から奇襲された、なんて笑い話にすらできない結末だろう。
彼らがドッジボールの中心で威勢良くボールを投げ合う集団だとするのなら、僕のポジションは傍流のそれだ。彼らの目につかないよう、姿勢を低くしてひたすら逃げ回る雑兵ということになる。
徹底して主戦場からは離れつつ、回ってきたおこぼれを見逃さずにボールを当てる。主役脇役というよりは、もはや悪役と表現した方がふさわしいのかもしれない。
「みっけ」
……そして。悪役となれば、必然的にそこには被害者もいる、ということ。
タイミングの良さに我ながら苦笑しつつも、見つけだした新たなターゲットに狙いを定める。
目の前にいるのは、記憶が確かなら二年の先輩だ。プロフィール通りなら肉体強化型、性格的にも正面きっての殴り合いで最大の効果を発揮するタイプ。そんな相手に奇襲を仕掛けるのはなかなかに外道なやり口だけど、残念ながら騎士道精神のような高潔さを僕に求めるのはお門違いというほかにない。
大通りに出られた瞬間に勝ちの目が消失する以上、この裏路地で決着をつけるのは決定事項。それも表との距離から考えて、最高レベルの効率で仕事をこなさなければならない。
相手の体制が整うまでにどこまで素早く、それでいて嫌味に相手のポイントを削り取れるか。その配分が何よりも重要になる。
「…………」
息を殺し、存在感を隠蔽し、初撃のタイミングを見極める。
こちらの射程に入るまであと数秒、相手はまだ僕の存在に気づいていない。不意打ちを焦るとどうなるか、その結果は今まで散々教え込まれてきた。
……本心を言えば、僕だって大通り側の立ち回りに未練のようなものはある。せっかくの晴れ舞台、叶うことなら真ん中でド派手な攻防をやってみたかったし、かっこよく大量得点を稼いだりもしてみたかった。
でも、その役割を担うに相応しいのは僕以外の誰かだ。俊や樋笠先輩、彼らのような衆目を引きつける人種が大立ち回りを演じれば、日陰者はそれだけ仕事をしやすくなる。
要するに、何事も向き不向きがあるだけの話。適材適所で役割分担、基本中の基本は戦闘中でも変わらない。
「——あ」
……そういえば、俊の話が出たはずみで思い出したけど。
さっきの大通りでの攻防、リンチもかくやというほどにフルボッコにされてたあの人影。よくよく考えてみれば、あの背格好にはとても見覚えがある。
……というか、まあ、うん。狙われてた理由から考えても、該当するのはまず間違いなく一人しかいないわけで——
「よし、集中」
うん、仕方ない。あれは必要な犠牲だった。
そもそもの話、別行動を持ちかけたのは僕の側だったわけで。集中攻撃を受けるリスクを鑑みてこの作戦にしたわけだから、そういう意味では作戦が的中したと言えなくもない。
彼はよくやってくれましたとも、ええ。ほんとに。
さあ、切り替えていこう。
この状況からでも入れる保険はあるのでしょうか。俊の健闘にご期待ください。
次回は明日、12:00ごろに投稿……できたらいいなあ、というレベルです。気長にお待ちください。
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