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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
45/126

2−4/お祭り騒ぎのエピグラフ

前回のあらすじ

(・ヮ・姉)<俊くん餃子まだー?


ついに……ついに、非戦闘シーンで一万字を突破してしまいました。のんびり読んでいただければと思います。

 雲ひとつない空、どこまでも広がる快晴。そして、体操着の裏に汗が滲むほどの熱気。

 言うまでもなく絶好の体育祭日和であるが、俺のようなインドア人間にとってはただの地獄でしかない。授業が潰れるということを差し引いても、なお余りあるほどの絶望だ。

 嫌だ外出たくない、でも行かなければチームの人間に迷惑がかかる。でもよく考えたらペア組んでる相手は魚見だし別にいいんじゃないか、いやしかし——等々、朝から脳内で繰り広げられる熾烈なバトル。それを制したのが何だったかと問われれば、やはりそれは星皇祭というイベントに多少なりとも興味があったからだろう。

 かくして。俺は自分を騙しつつ、ついでに朝ごはんを作れと喚く姉からも逃れつつ——結局昼の弁当まで作った——この灼熱グラウンドへと歩を進めたわけである。


 ……ある、が。


「いつ作ったんだこれ」


「昨日の夜にちゃちゃっと。と言っても準備自体は前々から進めてたから、昨日やったのは最後の仕上げ……言ってみれば、起動のスイッチを押しただけなんだけどね。このグラウンド全部使うわけだし、長い間置いておくわけにもいかないんだよ」


 ご覧ください。眼前に広がるのはもはやグラウンドなどではなく、二つに区切られた異界そのものです。

 ラインカーで引かれた石灰のように運動場の全面を駆け巡っているのは、半透明の淡い光の線。目を凝らしてようやく見えるようになる程度のそれは、10メートル近くの高さまで立ち上り、繋がりあってふたつの四角い箱を形成している。

 イメージとしては、貴重品の展示に使うガラスケースに近いだろうか。小さな建物ならすっぽり入ってしまうほどに巨大なそれがふたつ、運動場にドカンと置かれている状況を考えてみれば、多少は理解がしやすくなるかもしれない。ならないな多分。


「……触ったりは?」


「一応はできるけど、ビリっとくるんじゃない? 要は結界の一種みたいなものだから、外部からの干渉は不可能になってるはずだよ」


 箱にはそれぞれに入口があり、それ以外から出入りはできないことになっているようだ。立ち入り禁止になっている箱の周囲にいるのは、出場待機中の選手と誘導役の係員のみ、という形になっている。

 箱の中がどうなっているのか知りたいのは山々なのだが、どうやら内部の光景はモニター越しにしか映らないようになっているらしい。どれだけ目を凝らして見ても、何の変哲も無いグラウンドの光景が揺らめいているだけだ。

 簡易的といえど、結界とやらの名前に違いはないということなのか。箱の内部空間は蜃気楼のように多少歪んで見えるものの、それ以外に目立って不自然な点はない。()()()()()()()ことが他ならぬ存在証明になっているあたり、トリックアートでも見ている気分になる。


「それよりも君、きちんとスケジュールは把握してる? 時間的にそのうち待機場所に移動することになるから、お手洗いとかは今のうちに済ませておいたほうがいいよ」


「さっき行ってきたとこだよ。で、本当にこの中で試合やるのか? このよくわからん箱の中で」


 開会式があったのはかれこれ一時間ほど前。体育祭特有のテント群で日陰の確保はできるとはいえ、7月の9時過ぎともなればその暑さは推して知るべしだ。

 既に大会はある程度進行し、数組の勝ち負けが決定している。運動場に出てモニターを眺める、というある種シュールな光景も、試合観戦のようなものだと思えばさほど違和感はない。


「箱ねぇ……ま、知らない人からすれば無粋な言い方もやむなしか」


「や、どう見ても箱だろこれ。可視性が高いのか低いのかよくわからんが」


 渡されたタイムテーブルによれば、星皇祭予選は今日と明日の二日間。そのうち先に団体戦が行われ、個人戦は団体戦が終わり次第、という日程である。

 一日目の頭である現在はまだ団体戦の一回戦でしかないが、それでもグラウンドを包む熱気は十分すぎるほどだ。談笑に花を咲かせる生徒、試合までの時間を緊張の面持ちで過ごす生徒、すべての視線がモニターへと向かい、二転三転する試合の展開をこの上なく盛り上げている。

 団体戦——その概要については以前述べた通りなので割愛するとして、予選は三回戦まであるトーナメント形式で行われるらしい。一回戦は四つ巴が二戦、残りが三つ巴というかたちであり、計29のチームがそれぞれ30分の制限時間内で鎬を削りあう。

 ここまで行われた二戦、そしてたった今決着がついた二戦。そのいずれも三つ巴だったこともあり、四つ巴は目玉競技のような扱いを受けている。場が暖まった頃に目玉競技を出してくるあたり、大会の運営側にも相当に()()()()()()人間がいるようだ。


「まぁ、話すより見たほうが早いし、とりあえずは一度入って見るのがいいんじゃない? ほら、もう入場開始だって。行った行った」


「やめろ押すな一人で歩ける」


 護送に抵抗する犯人のようなムーブをかましながらも、わっせわっせと背中を押されて箱の入口へとたどり着く。折しも流れた誘導のアナウンスに従って、他にも大小何組かのグループがこちらに歩を進めている様子だった。

 俺たちの試合番号は7番、そして今アナウンスで呼び出されたグループも7番。言うまでもなく、今こちらへと集まってくる彼らは皆俺の対戦相手ということになる。

 配布されたトーナメント表を見れば名前もわかるのだが、どうせ顔を知らないので見ていない。ぼっちは交友関係にエネルギーを使わない、よってカロリーゼロ。素晴らしい理論だ。


「——では、こちらへ。中へ入っても、開始の合図があるまでは動かないようお願いします」


「ありがとうございます。……ねぇ、聞いてた?」


「え……いや……ハイ。問題ないです(ダイジョブデス)

 

 隣から向けられた冷たい視線に、当て所なく浮揚していた意識を引き戻す。なんか知らないうちに説明終わっていたっぽいな……あまりに手際よく説明されるものだから、逆についていけなくなってしまった。まあ魚見が聞いてたし大丈夫だろ、たぶん。

 どうやら、試合開始までの残り時間は箱の中——試合会場で待機しろ、ということか。得体の知れない空間に突入するのはなかなか勇気がいるのだが、当然そんなことを言っているいられる状況でもない。

 靄がかかっているように不透明な箱の入り口。魚見に急かされ、(まま)よと意を決して一歩を踏み込む。


「…………ほお…………」


 しかし。

 そこを通り抜けた先にあった風景は、想像を斜めどころか直角に上回っていた。


「ね、言ったでしょ? いろいろ話すより見たほうが早いって。まだ時間もあることだし、あとは使()()()()()建物でも探してて」


 半ば以上無意識に漏れ出すのは、この世界に来てから何度目かもわからない驚嘆のため息。驚きのバリエーションが少ないだと言われるかもしれないが、事実何も言えなくなるのだから仕方がない。

 いつぞやのゲートを(くぐ)った時と似たような、なんとも名状しがたい感覚に身を包まれること僅か。

 踏みしめている地面は、紛れもなく運動場のままであるはずだ。にも関わらず、入り口の向こうには全くの別世界が広がっている。


「さっきも言ってたが、これも結界ってもんなのか? また随分と派手に変わったが」


 目の前に広がる、およそ理解を超えた空間——それは、大小様々な建物の群れ。

 住宅街。そう呼ぶしかないほどに区画整理された街並みが、目の前に整然と広がっている。基本的には一戸建ての住居だが、遠方にはアパートらしき建物も見受けられるほどだ。

 現在地は間違いなく運動場のままであるし、箱の奥行きは100メートルもないはずだ。そんな中で30分もバトルロワイヤルを続けられるのかと思っていたが、ここまで本格的なフィールドがあるのならそれも頷ける。

 どういった技術なのか、それとも能力による産物なのか。何れにせよ、この箱の中には見通しのいいグラウンドなどではなく、複雑に入り組んだ住宅地そのものが存在している。空間的な制約すら、恐らくは取っ払われていると考えていいのだろう。

 ホログラム的なものかとも思ったが、こうして触れてみても手が素通りする、という気配もない。きちんとした質量を伴ったこれらの建造物は、どうやら内部に侵入することすらも可能らしい。


「より厳密に言えば、結界とその他の技術の合わせ技だね。人工的に手を入れた産物というか、改良型といえば分かりやすいかな。局所的なものだし、コスト次第ではもっとすごいこともできるんだけど……はい、とりあえずこれつけて」


「おん? ——っと」


 口を開けたままの俺を(たしな)めるかのように小突いた魚見が、不意に小さな何かを投げ渡す。普通に手渡しできんのかお前は……いや、その渡し方がかっこいいのは否定しないが。

 腕時計のようなそのアイテムは、入り口にて係員から受け取ったものだ。指示通りに右手首につけると、デジタルの文字盤めいた部分に謎の数値が二つ表示される。

 右が100、左がゼロ。文字盤の外周が淡い緑色に発光していることも併せて、さながらゲームのスタート画面のごとき様相だ。ここに%表示も付ければ、見てくれは完全にゲームのクリア率である。


「で、なんだこれ。血圧計か?」


「その歳で血圧気にしなきゃならないの、だいぶヤバい部類だと思うけどね……そんな物騒なものじゃなく、ただ単なるポイントカウンターだよ。右の100が君の持ち点、左のゼロが君の得点。攻撃されたら持ち点が減って、その分が攻撃した相手の得点になる。攻撃の強さとか部位によって得られる得点が変わったりもするから、より多くのポイントが欲しいなら頭とか心臓を狙うのが鉄則だね。というか、さっき説明されてたはずだけど?」


「一度に全部理解できるほど出来のいい頭じゃないんでな。それより、素人の大会で頭とか心臓とか、普通に危なすぎるんじゃないのか? 死人が出るぞ」


 白い目でこちらを見る魚見、その視線を受け流すようにして新しい疑問を投げつける。馬鹿め、今の俺にそこまでの処理能力が備わっているわけがないだろう。リソースの八割は姉に持っていかれてるんだぞ。

 話を聞いていない俺に非があるのはもちろんだが、朝イチでアレの相手をしなければならない俺の身にもなってほしい。朝9時に弁当にトマトが入っていた、という名目で抗議メールが送られてくるとか、俺でなければ一発で発狂ものだ。


 ……まあ、あの駄姉(あね)の話はこの際置いておくとして。


 いくら高校生とはいえ、その異能が超常のものであることは疑いようもない。身体能力の補正も馬鹿にはならないし、何より神器というわかりやすい凶器の存在もある。

 どのスポーツにもある程度の危険はつきまとうものだが、それでもこのレベルはさすがに馬鹿にならない。試合とは言っているが、まだ決闘と表現した方が適切だ。一歩どころか半歩間違えれば、容易く殺し合いになってしまうことは疑いようがない。


「それも説明されてたはずなんだけどねぇ……まぁ、その点なら大丈夫だよ。これも見たほうが早いだろうし、ちゃっちゃと実演するかな」


 だが。俺の質問に対し、呆れ顔の魚見は虚空から取り出した己の神器を引っ掴む。

 あまりに唐突すぎる上、その動作はおよそ答えになるとは思えない。困惑する俺をよそに、彼は何食わぬ顔のまま神器を振り上げる。


 そして。躊躇なく、その刃を自らの腕に振り下ろした。


「——は?」


 鋭利な刃が腕を刺し貫き、冗談のような量の血が空中に迸る。

 響き渡る絶叫と、次第に広がっていく血溜まり。一ヶ月前の体験が、記憶の傷口から鮮明に抉り出され——


 ……と。

 俺としては、そんな地獄を一瞬で幻視したのだが。


「つまりはこういうこと。どう? 分かった?」


 次の瞬間、実際に目の前で起こった展開。それは、俺が予期したものとは大幅に異なっていた。

 確かに勢いよく、真上から振り下ろされたはずの神器の刃。しかしそれは肌を傷つけることはなく、その表面でするりと滑っただけだ。

 腕を伝うように切っ先を移動させても、鋭利なはずの刃は僅かたりとも通らない。さながらゴムベラのごとく、肌の弾力に押し返される。


「この結界の中では、人体を傷つけうる攻撃は大幅に威力を減衰させられる。だから今みたいに、殺すつもりの全力で剣を振り下ろしたとしても、相手に危害を与えることはほぼ不可能ってこと。できたとしても、精々が数日痣になるくらいだろうね」


「……ああ、よく分かった。肝が冷えるから二度とするな」


 くるくると回して神器を消し去り、何事もなかったかのように話を続ける魚見。止める間もなく立て続けに起きた出来事に、今になってようやく理解が追いついてくる。

 いくら実演のためとはいえ、まさか斜め上の自傷行為を見せつけられるとは思わなかった。そりゃお前は分かってるからいいが、まったく無知の状態で見せられる俺の身にもなってみろ。人体切断マジックの方がまだ遠慮あるぞ。


「で、ここからが話の肝なんだけど。今言った通り、この中じゃ相手の腕を実際に切り落としたりはできない。けどその代わり、このふたつのポイントが代替として増減するんだよね。ライフポイントみたいなものだと思えばいいよ」


 未だ衝撃から脱しきれない俺の頭に、魚見の解説がなだれ込む。

 ライフポイントねえ……100どころか4000くらいあっても良さそうなものだが。


「するとアレか、この右側の100が残りライフってことになるのか?」


「その認識で大丈夫。今は自分で攻撃したからポイントの増減はなかったけど、敵チームに攻撃されたらこの数値が減少するんだ。今のがしっかり入ってたとして、だいたい10ポイント弱くらいかな? それで、減らされた分の数値は攻撃した側の得点になる」


「……ああ。それがこっちの——」


「ご明察。取った得点をカウントするのが、この左の数値ってことだね。一度取った点が減らされることはないし、持ち点はいくら100のままでも得点に換算することはできないから、積極的にポイントを取っていこう、ってゲームなわけ」


 ほう、なるほど。最後まで逃げてやり過ごす派の人間を潰しにくるゲームか。

 いるよなー、鬼ごっこでやたら隠れてて、終いには存在すら忘れられて昼休みが終わる奴。はははまったく誰のことだか。


「とりあえず、右の数字がゼロになったらゲームオーバーってことだな。脱落したら取ったポイントは無駄になるのか?」


「いや、ポイントは取った時点で記録されるから、仮に落ちたとしてもそのままだよ。最後の最後で落ちたけど、チーム全体として取っていた点は多かったから逆転勝利、なんて事例もあるくらいだしね——ただ、相手を()()()()にした人にはボーナスで10点追加されるから、なるべくなら落とされない方がいい」


「無茶言うな」


 特殊ルールまであるのか……攻撃しながら生き残れ、相当鬼畜なことを言われている気がする。ゲーム的には面白くなるのだろうが、個人としてはもう少し穏健派のことも考えていただきたい。


「時間内に最後まで生き残ったチームが一つだけの時は、そこにチームの数×10点が追加される、ってルールもあるからね。今回は四つ巴だから、生存点で40点もプレゼントされるってわけ。……もっとも、生存点が欲しかったら他のチームを落とさなきゃならないから、結局やることは変わらないんだけど」


 取られたポイントは相手にそれ以上のダメージを与えることでしか取り返せず、生存点を狙うにも相手を落とすより他にない。纏めるとこんな感じだろうか。

 ……いや、どうにも穏健派の人間に厳しすぎると思うのだが。これが正式な仕様なあたり、やはり世界は闘争を求めているということなのか。戦え……戦え……戦わなければ生き残れない……。


「……ま、実際の感覚は始まってみないと分からんからな。それより、さっき戦闘不能とか言ってたが、ライフがゼロになる以外の脱落とかあるのか?」


 ルールの理解をすっぱりと放棄し、別のことに考えを向ける。

 どれだけ仔細に知識を頭に入れたとしても、実戦でそれを使いこなせるかは全く別の話だ。頭でっかちになって動けなくなるよりは、最低限のルールだけを把握しておいたほうが効率がいい。

 それよりも気になるのは、魚見が「戦闘不能」と表現したことである。ライフポイントという喩えを持ち出しておきながらそんな言い方をしたあたり、どうにも何かの含みがあるような気がしてしまう。間違いない、魚見はそんなこと言う。


「持ち点をゼロにする以外の攻略法もあるにはあるよ。一つ目が意識を失った場合、この場合戦闘続行が不可能なものと見なされて、持ち点がいくらあろうとゲームオーバーになる。もちろんこの時も相手にボーナス点は入るけど、最悪の場合100点を無駄にすることになるから、ほとんどの場合好まれないかな。二つ目がマナ切れの時で——」


「はいストップ」


 待てや。聞き慣れた単語だと思わせておいて油断させてきたなお前。

 意図的にそうさせたのかと思うほどに、怒涛の勢いで押し寄せる情報の洪水の中。紛れ込んだ砂つぶのごとき違和感を、聞き逃してなるものかと必死に拾い上げる。


「……なに?」


「いや、何もクソも無いが。マナって言ったか今?」


 マナ。元をたどれば原始宗教に行き着く超常の力、だっただろうか。

 フィクションの類では耳に馴染んだ言葉ではあるが、今この場で出すにしてはあまりにも唐突な新情報だ。なに? 予告でも見せなかった新フォームとかそういうあれ? あまりにもアメイジングすぎるだろ。


「え? あー……そっか君、そういえば何も説明されてないんだっけ。まさかマナの話も?」


「むしろその知ってて当然、みたいな反応の方がだいぶ謎なんだが。説明しろ説明」


 いきなり世界観の違う単語を当然の如く提示されても、突然すぎて何のことやら全く解らない。何? ニンジャストライクとかできちゃう世界観なの?

 苦虫を噛み潰したような俺の言葉に対して、目前の魚見はあからさまにゲンナリした表情をする。おいそこ、めんどくさそうな声を出すな。説明責任を果たさないお前らサイドにも割と問題はあるんだからな。


「まぁ、そこまで難しい話でもないからここで説明するけど。マナっていうのは、そうだねぇ……手っ取り早く言えば、『星の力』を行使するためのMPみたいなもの、かな」


「……MPゲージなんてあるのか、この能力」


 そもそも、そこからして初耳なんだが。てっきり際限なく使えるものだと思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「肉体強化にしろ属性能力にしろ、『星の力』に纏わる異能力は全て個々人が体内に蓄えたマナを消費して発現してる。個人によってマナを保有できる量にも違いがあるけど、複雑な能力ほど消費するマナの値も大きいから、そういう意味では肉体強化型は特殊能力型なんかよりよっぽど燃費がいいってことになるね。君も現段階じゃ水を出すだけだから、マナはそこまで減らないはずだよ」


 嫌そうな顔をしながらも、どうやら魚見は諦めて説明することにしたらしい。

 最初からそうしろと声を大にして言いたいところだが、最短で終わらせようとするその気概には100点満点をつけたい気分だ。解説パートは短ければ短いほどいいんだぞ、聞いてるか博士。


「そうやって聞くとまんまゲームのMPゲージだな。で、無くなるとゲームオーバーか」


「この星皇祭に関して言えば、三割を切った時だけどね。緑に光ってるそこ、体内のマナが三割を切ったら自動的に黄色になるんだよ。そしたらその時点で、問答無用でフィールド外につまみ出されるってわけ。まlあ、普通に戦ってて三割切ることなんてあってないようなものだし、これも作戦に組み込むにはちょっと旨味がなさすぎるかなぁ……って感じ」


 ちなみに一割を切ると真っ赤に光るよ、とドヤ顔でトリビアを垂れ流す魚見。

 ()()とはこのアイテムの外縁、薄く発光している部位のことなのだろうが——にしても、また随分と既視感のあるシステムを採用したものだ。三分経ったら点滅しだすとかありそうで困る。


「ほーん……因みにマナがすっからかんになったらどうなるんだ? 寝込むのか?」


 淡く光を放つ腕時計もどきに視線を向けつつ、抱いた素朴な疑問を口に出す。

 いくらルールとはいえ、三割を切ったら即退場、とはどうにも判定が厳しすぎる気がしないでもない。最後の一発まで、というと大げさだが、せめてもう少し足掻くことくらいは許されて然るべきではなかろうか。


「死ぬよ?  マナ切れになるってことは、その人間の生命エネルギーがすっからかんになるってことだからね。そもそも三割を切った時点で、並の人間なら立つのも難しいレベルまで疲弊するんじゃないかなぁ。もちろん個人差はあるけど、一割を切ったらほぼ間違いなく昏睡状態になると思うよ」


「……もうMPじゃないだろそれ」


 前言撤回。何がMPだこの野郎。

 唐突にバラされた恐ろしい話に、これまでの認識が一瞬でひっくり返される。もはやそれはライフエナジーとかの類だろ。そら三割切ったら退場にもさせるわ。


「マナって呼び方自体、僕たちが勝手に呼んでるだけで正式名称ではないからね。生命力、気、魔力、その他にも色々あるけど——取り敢えず、『そういうもの』として認識していればオッケー」


「……そういうもの、ね」


 眼には見えないが、事実として確かに存在する力——そういったものを定義づけるための呼称として、便宜的に付けられた名がマナ、ということか。なるほど、言いたいことはわからなくもない。


「ちなみに消費したマナは時間が経てば回復するから、一日ぶっ続けで戦ったりしない限りはマナ切れになる心配なんてしなくていいよ。要はオートヒーリング付きの体力ゲージみたいなものかな」


「にしても、なんでまたマナなんてありふれた単語使ってるんだ。まだ神聖力とかの方がいいんじゃないか」


 何となく口にした単語に対し、返ってきたのは露骨にドン引きしたような冷たい視線だった。今うわぁとか口走ったなお前。

 そんな顔をするなら言わせてもらうが、()()()()()は中途半端な恥じらいが一番しんどいのだ。星座由来の異能力なんて言うまでもなく厨二病の塊なのだから、大人しく開き直ってしまえと言いたい気分である。


「そりゃ、分かりやすいに越したことはないからね。変にカッコつけた名前にするより、伝わりやすさを重視した方がいい場合もあるんだよ。とにかく、マナ切れになることなんてそうそうないから、君は思う存分はっちゃければいいってこと——わかった?」


「……まあ、言わんとすることは」


 呆れたように諭す魚見の声で、脱線していた話題が本筋へと引き戻される。

 開始直前にもなって割と重要な新設定をお出しされるとは思わなかったが、元を辿ればこれは団体戦のルール説明だ。正直言って理解度は六割かそこらではあるが、最低限のシステムさえわかっていればどうにでもなる。

 全力でやってもお互いに怪我をすることはなく、ポイントがゼロになったら負け。重要なのはこの二点だけ、この上なく単純明快だ。


「そういや、他のチームは何処に居るんだ。四つ巴だろ?」


「スタート地点は何箇所かあって、最初に入場した時点でランダムに転送されるんだよ。お互いの距離は大体同じはずだから、ゲーム序盤はどのチームが何処に居るのかも探り合いながら進むことになるね」


 まもなく試合を開始します。選手の皆さんは最終確認を行ってください——響き渡るアナウンスに負けないよう、お互いに些か声のボリュームを上げて確認し合う。

 ランダム転送。またもゲームのような仕組みだが、これに関して言えば既に前例がある。

 同時に踏み込んだにも関わらず、全員が違う場所へと飛ばされたアルカディア社の一件。あれを経験しているぶん、敵の数と味方の位置が分かる今回はより簡単だといって差し支えない。少なくとも確かな味方が一人いる時点で、ゲームとしてはこの上なくイージーだ。


「……お、更新されたみたい。せっかくだし、そこのボタン押してみれば? 予習はもう少しくらいしてもバチは当たらないと思うよ、僕は」


 アナウンスの間隙を縫うようにして、やけに思わせぶりな言葉が耳元へと届く。

 やけに癪に触る言い方だが、だからと言って突っぱねるほどのものでもない。誘導に従い、視線を右手首へと落とし込む。


「予習ねえ……」


 魚見がとんとんと叩いて指し示すのは、腕時計もどきの側面にある薄いボタン。のっぺりとしたそこを軽く押し込むと、デジタルの画面がまったく別のものに切り替わった。

 表示されているのは、俺と魚見それぞれの名前。説明らしきものは毎度のことながら皆無だが、名前の隣にあるゼロの文字を見れば、これがなんなのか大体は理解できるというものだ。


「得点か、これ」


「そ。それぞれの取った得点がリアルタイムで加算されて、脱落したら今光ってる名前が灰色になる。他のチームも全員表示されてるから、誰がいるのか予習しておくのも悪くないでしょ?」


 ボタンを一度押すたびに、表示されるチームが切り替わる。予習などと言われても、俺に知り合いなんてものは皆無だと言ったはずなんだが……特に接点も何もない名前の羅列を見ても、はあそうですかとしか思えない。

 試合開始まで、残り2分と30秒。特筆するような感慨もないまま、チーム分けされた個人名のリストを()っていく。

 俺たちを含めて二人チームがふたつ、三人と四人のチームがひとつずつ。なんとなく見覚えのある名前もないことはないが、だとしても碌に話したこともない級友程度が関の山だ。クラスの中で何人が俺と会話したことあるやつ、間違いなく少数派だから誇っていいと思うぞ。


「あ?」

 

 ——だが。

 

 そんな前提を根本から打ち崩すかのような、強烈に見覚えのある名前がひとつ。


「……おい」


「だから言ったじゃん。確認しておいたほうがいい、って」


 ともすれば見落としそうなほどに、その名前は簡潔に書き表されている。

 漢字にすればたった四文字の、淡白極まりない文字列。しかしその存在感は、彼を知っている人間からすれば絶望以外の何物でもない。


「……そういえば、全学年合同イベントだったな」


「そういうこと。さぁ、張り切っていこう」


 星皇祭予選一回戦、四つ巴のサバイバルバトル。対戦相手の中にいた名前は——樋笠拓海。


 ……いや、無理ゲーじゃないかこれ。一回戦から出てきていい相手じゃなくない?

無理ゲー、開幕。ちなみに俊のテンションゲージですが、カイン戦の20%もないと思われます。生きて。


次回は明日の午後、15時ごろ投稿予定です。


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