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その道の先に  作者: たけのこ派
第二部/星皇祭編
42/126

2−1/7月10日、本日はお日柄もよく

2話投稿、後編です。

第二部、本格始動。

「ねっむ」


 開口一番何を言ってるんだ、と思われるかもしれないが、事実として恐ろしいほどに眠いのだから仕方がない。

 授業中に迫り来る、異様なまでに手強い睡魔。あの強さに比肩しうる、あるいはそれ以上といっても過言ではないレベルの眠気が、現在進行形で俺を襲っているのである。昼日中からこんなことを言っているあたり、不動明王もびっくりの煩悩だ。

 実際冷房はいい感じに効いているし、ソファは想像を絶するほどにフカフカだし、これはもう神が俺に寝ろと命じているようなものなのではないか。仕方がないな、よし寝よう。


「よくもまあ、人が話してる目の前で堂々と寝るよね君。世が世なら切腹ものじゃない?」


「勘違いするな、俺だって寝る相手ぐらい選ぶ。目の前にいるのがお前じゃないならきちんと起きてるぞ俺は」


「そんなことを面と向かって言えるあたり、やっぱり僕のことを人扱いしてないよね君は。仏像かなんかだと思ってるでしょ?」


「こんなに喧しい仏像があってたまるか」


 例えるなら、壊れたスピーカーだと前にも言ったはずだが。もっとも、こちらの世界に来てからは多少大人しくなった——魚見の(げん)を信じるなら、監視対象から外れたということなのだろうが——ので、新品のスピーカーと交換するか迷っているところではある。


「まあ、そのへんのどうでもいいことは置いといて……君は何か飲む? もし飲むならついでに買ってくるけど」


「いや、水筒があるからいい。無駄遣いできるほど金持ちじゃないんでな」


 マメだねぇ、と言いながら席を立つ魚見の後ろ姿に、ほっとけと小さく悪態をつく。時間にして数秒後、目と鼻の先にある自動販売機が魚見の小銭を飲み込み、ガコンという爽快な音を響かせた。

 例によって図書館の一角で暇を潰している俺であるが、今回は今までと違いレストルームを使用している。図書館では静かにするのが人間のルールではないのか、という当然の疑問に答えた結果だ。俺とて停滞の日々を送っているわけではなく、日々レベルアップし続けているのですよ。そのうちムテキになって髪の毛から金粉とか出そう。


「そういや、最近水無坂を見かけない気がするんだが。勉強に嫌気がさしたのかね」


「あれ、君が他人のことに興味を持つなんて珍しい。槍でも降るんじゃない? それとも……まさか、『そういうこと』だったり?」


 ちべたいちべたいと呟きつつ、微糖の缶をお手玉しながら戻ってくる魚見。その表情は、紛れもなく新しい玩具を見つけた子供のそれだ。

 ……今に始まった話ではないが、こいつはどうしてここまでゴシップネタに食いつくのだろうか。なんなら使命感に駆られているようなフシすらあるというか、井戸端で(たむろ)してるおばちゃんもびっくりの反応速度だ。噂話の世界大会とかあれば、上位の表彰台に食い込めることは想像に難くない。


「抜かせ。毎日見てた物が急になくなったら、俺でも気にかけるくらいのことはするんだよ」


 我ながら随分と言い訳がましいが、残念ながら紛れもない本心だ。もっとも、それは心配というよりは、単なる興味の面が強いのかもしれないが。

 ここ数週間ほど、水無坂は図書館に一度も顔を出していない。最初の頃は気分転換なのかとも思ったが、それがずっと続けば多少は気がかりにもなってくる。

 場所を移動したのかと思いそれとなく探してみたこともあったが、結局それも空振りに終わった。毎日同じ場所に陣取って勉強していた姿を知る身としては、どうにもあるべきものが欠けているような気がしてむず痒いのである。


「なんだ、残念。けど、そういうことなら心配はいらないよ。水無坂さんなら、最近はずっと本部の方に顔を出してるからね」


「……本部? 軍に用事とかあるのか?」


 あからさまに肩を竦め、期待外れといったふうに言葉を返す魚見。しかしその言葉は、予想外も甚だしいものだった。

 「本部」。総本部と紛らわしいが、第二本部(ここ)で本部といえば軍の建物のことだ。学園を挟んで研究部と向かい合う、坂本大佐が執務に励んでいる(はずの)あの場所である。

 だが、本部にそう頻繁に顔を出すほどの用事が、果たして存在するのか否か。そちらでなければできない手続きも何個かある、という話こそ聞いているものの、そこまで時間がかかるとは到底思えない。


「まあ……用事といえば用事かな。ほら、トレーニングルームの話があったでしょ? 星皇祭に向けて、期間限定で学生にも解放されるってやつ。放課後は毎日あそこに篭って、ひたすら修行してるみたいだよ」


「……ほーお。修行、ね」


 ……おお。なんか思ってのとは違うベクトルの話が来た。

 トレーニングルーム。どうも聞き流していたらしくあまり記憶にないが、そういえば何時ぞやのホームルームにてそんなことを言っていたような気がする。連絡事項のノートを手渡された降谷がよく通る声で読み上げていたし、たぶん間違いないはずだ。

 しかし、だ。幼気(いたいけ)な女子をして修行となると——水無坂(アレ)を幼気と呼ぶのには、些か以上の抵抗があるのだが——、また別な疑問が溢れ出してくる。


「にしても、何週間も前からやる気に溢れすぎだろ。そこまで入念に準備するものなのか? 星皇祭ってのは」


 星皇祭。毎年全ての星皇学園で開催される、通称体育祭とも呼ばれるらしいビッグイベントだ。

 以前にも何度か触れたことがあるが、その実態は星刻者同士のガチバトル大会となっている。見聞きした断片的な情報を繋げて語るならば、その形式は大きく分けて二つ。

 まず一つ目が、2人から5人までのチームで行うトーナメントだ。このチーム戦は原則として生徒は絶対参加であり、俺は半強制的に魚見とチームを組むことになっている。

 一試合につき3チーム、もしくは4チームが決められたフィールドと制限時間の中で戦い、最終的に生き残った1チームが次のラウンドへと駒を進める——こう書くと何やら仰々しいが、要するにサバイバル形式ということだ。聞いた話では一人ひとりに持ち点があり、それを奪い合う形で勝敗が決定するため、必ずしも人数が多いほど優位とは限らないらしい。

 二つ目の形式は、一つ目のそれよりもよほど簡単だ。事前に募った希望者同士のタイマン勝負であり、時間無制限の一本先取である。

 自由参加ゆえに個々人のレベルも高く、トーナメントはバトルジャンキーが集まる戦場の様相を呈しているらしい。能力者の迫力あるバトル、と聞いてイメージしやすいのは断然こちらの方ではないだろうか。

 ……言うまでもないが、もちろん俺は不参加だ。誰が出るかそんなもん。


 そして、この星皇祭。もっとも特筆すべき事項は、予選と本戦に分かれている点だ。


 全国に五つ存在する軍本部、そこに附属校として併設された星皇学院。そのすべてで個人戦と団体戦の予選が行われ、勝ち抜いたものがここ第二本部で行われる本戦に出場できるのだ。総本部とここは人数が多い分倍率も高い、などと樋笠が言っていたのも、このシステムがあるからこそである。

 第二本部での予選が始まるのは今週の木曜日からだが、最終的に本戦が決着するのはもう少し後になるらしい。各本部から選手が泊まり込みで訪れるというのだから、本戦の規模の大きさは推して知るべしということなのだろう。祭、と銘打たれていることからもそれは明らかだ。


「軍の実働部隊志望の人たちとかもいたりするし、ガチ勢にとってはイベントってより競技大会だからね。見方によっては自分の実力をPRできる場ってことでもあるから、特に個人戦出場組はみんなやる気に満ち溢れてるよ」


「……よくもまあ、そんな恐ろしいことを平気でやるもんだな。遠い世界すぎてまったくわからん」


「同じ学生なんだから、それほど遠い世界ってわけでもないでしょ。だいたい、水無坂さんも個人戦組だったはずだよ?」


 おっと。そう繋がってくるとは思わなかった。


「——水無坂が?」


 文字通り寝耳に水の情報に、思わず落ちかけていた瞼を持ち上げる。

 もちろん、負けん気の強そうな彼女のことであるし、個人戦に参加していたとしてもなんら不思議はない。むしろ図書館にいない理由がはっきりしたとも言えるだろう。

 だが。あからさまに勉強一本、という空気を漂わせていた彼女しか知らない身としては、その姿勢に幾らかの驚きを覚えてしまう。

 瞬間移動でびゅんびゅんと飛び回る様子は想像出来ないこともないが、修行やら鍛錬やらといった肉体的な行為は彼女のイメージとは食い違う。少なくとも、納得の感情よりは予想外の驚愕の方がはるかに大きい。


「あれ、知らなかったの? 見てればわかりそうなものだけどね。だからこそ、ずっとトレーニングなんてしてるんだろうし。試合で勝つために練習を積むのは当然だよ。最近はちょっと心配になるくらいの追い込み方してるけど」


「お前ほどじろじろ見てないからな——にしても、本当に大丈夫なのか、それ。そんな無茶なトレーニングとか、下手したら本番の前に体が壊れるだろ」


「僕に言われてもねぇ……心配するくらいなら見に行けばいいんじゃない?  ただ、今の彼女はいつにも増してピリピリしてるみたいだから、下手に刺激するとドカンだろうけど」


 ちびちびと缶コーヒーに口をつけながら話す魚見の口調は、いつも通り俺をからかうような調子のままだ。明確に俺が水無坂のことを気にかけているぶん、普段の二割り増しでその調子が強くなっているとさえ感じる。

 ……が、しかし。厄介なことに、この言葉が信用に値することもまた事実なのだ。

 言うまでもなく、水無坂は実際に鍛錬を積んでいるのだろう。そしてその結果、余裕がなくなっていることも恐らくは真実と言っていい。

 ——それは、つまり。こいつの言う通り、無闇に触ればとんでもない暴発につながるというわけで。


「……まあ、頭の隅には留めておくさ。目の前で倒れられたりしたら大変だからな」


「お、応援にでも行く感じ? それなら僕も付き合おうか?」


 よっこらせと腰を上げれば、魚見は茶化したような声で俺を見上げる。どうやらこいつ、本気で俺と水無坂になんらかの関係性を期待しているらしいな……どうなってんだお前の頭の中は。花畑通り越してもはや桃源郷だぞ。

 手負いの虎だか怒れる獅子だか知らんが、危険だと知ったのならわざわざ接近する義理はない。リスクヘッジは幾らやってもやりすぎるということはないのだ。分けてもその相手が、俺に特段の敵意を抱いているのだから尚更である。


「んな訳あるか。水無坂なら自分の面倒くらい自分で見られるだろ。俺は今からバイトがあるんだよ」


 にべもなく言い渡し、散らばっていた荷物を手早く纏める。邪な推測など、なるべく早く潰しておくに越したことはない。

 残念だったな魚見よ、せいぜいそんなことに頭を巡らせているがいい。俺は金を稼がねばならんのだ。バウンティハンターではない、正義の味方と呼びなさい。


「……あ。そういえば、今日君のバイト先に——」


「はいはい、わかったわかった」


 背後で騒ぐ阿呆を適当にあしらい、冷房の効いた天国を後にする。レストルームを出る直前、何事か言いかけていたような気がするが……まあ、いいだろう。重要事項なら追って連絡があるはずだ、たぶん。

 迷うことのない足取りで、一歩踏み出した図書館の外。七月に突入した世界では、むせかえるような暑さが俺を歓迎していた。

次回、バイト先での一幕です。たのしいたのしい接客業。


次回は明日、23:00に更新する予定……ですが、作業が滞りなく終わればもう少し早めるかもしれません。具体的には昼〜夕方あたりに。


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