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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
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EX−3/0605:ちょっとしたサプライズ

幕間②、ひとつ目のエピソード。ドキドキ(冷や汗)サプライズ大作戦です。

 日本星皇軍。14年前に発足したこの組織は、現在五つの本部と全国に遍在する支部によって構成されている。

 設立当初から存在するのは第一及び第二本部であり、特に第一本部は総本部と呼称されることが多い。その他の三つの本部は組織の規模拡大に従ってそれぞれ設立されてきたが、現在最も新しいのは第五本部であり、その設立は3年前となる。

 各本部の大きな特徴として、星刻者の保護機関である星皇学院が附属学校として存在する点が挙げられる。保護された星刻者は原則としてその本部の学院に入学し、高校卒業までの期間をこの場所で過ごす。

 保護される生徒のうち、その八割は高校生に該当する年齢の生徒である。理由は前章で述べた通り——中略、後略。


「ふむ……」


 ふむ、ふむ、ふむ。ざっとこんなところか。


 ずっしりと重みを持ったその本を一通りめくったのち、元あった本棚へと戻す。

 自分の所属している組織の概要くらいは知っておかないとマズかろうと思い手に取った本だが、暇潰しにするには些か胃もたれする量だ。星皇軍の沿革などというものを大真面目に読んでいるのだから、当然と言えば当然ではあるのだが。

 現在時刻、午前9時を少し回ったところか。よりにもよってニチアサど真ん中、子供にとって黄金そのものの時間帯になぜ俺が図書館にいるかといえば、それにはちょっとした理由がある。

 早い話が人待ち、身もふたもない言い方をすれば待ち伏せだ。別にゲゲルを実行しに来たとか、そういう物騒な目的ではないので安心してほしい。

 俺が目当てとする人物は、休日であれば朝から晩までずっと図書館の同じ席で勉強している。となれば当然、早く来てその場所に予め陣取っておけば、確実に会えるということになる。

 ……とまあ。そういう目算を立て、いざいざと意気込んでやって来たのであるが。

 

「来ない」


 開館時間、つまり午前9時に合わせて行動し、なんなら勉強目的の学生が作る列に混じってまで先手を打ったにも関わらず。いの一番に乗り込んだ俺を嘲笑うがごとく、当の本人は今日に限って遅れている様子だった。

 もっとも、遅れているとはいえ、今の時点でたかが10分かそこら程度のものなのだが。しかし、珍しく気を張って準備していたこちらとしては、どうにも遣る瀬無い気分になるのは避けられない。

 ……いや、別にきちんと約束しているわけでも、言質とって待ち合わせしてるわけでもないんですけどね。というか俺が勝手に張り込んでいるだけだし、どう考えても犯罪臭しかしないなこれ。違うんですおまわりさん信じてください、私はただやるべきことをやろうと思っただけで——


「朝から何をしているんですか、貴方」


 と。

 前触れなく背後から浴びせかけられるのは、冷水もかくやというほどに冷え切った声。待ちに待った女王のようやくのお出ましに、飛び上がりそうな身体を押さえ込んで振り向く。

 ……しかし、あれだな。改めて客観視してみても、待ち人に会えた反応ではなさすぎる。安堵しているのは確かだが、それ以上に警戒心が強まるあたりなんとも言えない気分だ。

 だが、今回ばかりはそんなことを言ってもいられない。そもそも用があるのは俺の方なのだから、ここでにらめっこをしていても話が前に進まないだろう。


「あんたを待ってたんだよ。やらなきゃいけないことがあったもんでな」


「私を? 他人を待ち伏せするような人に用事を作った覚えはありませんが」


 わー、めっちゃ警戒されてるー。まあ、その不信感は至極当然のものなので、何も言い返さないでおく。ステイクール、ステイクールだ。


「あんたにはなくても俺にはあるんだ。そう時間はとらせないから掛けてくれ」


「……では、外で。図書館で話すのはご法度でしょう」


「いや、ここでいい。そこまで大層な話でもないからな。すぐ終わる」


 棘のついた棍棒で殴りあうような言葉の応酬の末、渋々といった体で彼女——水無坂が向かいの椅子に腰を下ろす。ここまで嫌々オーラを前面に出されると、むしろ五周くらい回って清々しくなってくるレベルだ。

 しかし、だ。いかな俺とて、何の考えもなしにこんなことをしているわけではないのである。

 だいたい、何の為に俺がこんなめんどくさい場面をセッティングしたのかということを考えてもらいたい。考えうる限りで一番水無坂を捕まえやすく、また一番小声で話すことが許容される時間帯、その両方を考慮した結果がこの休日朝イチの図書館なのだ。

 念のために申し上げておきますが、学校内で話しかければいいじゃんという質問はお受けいたしません。異性に自発的に話しかけられるスキル、友好的に話題を広げられるスキル、それらすべては俺にとって夢の中の代物です。連絡先の交換? 古代言語か何かですかそれは。


「それで、何の用でしょう。私としても暇ではないので、なるべく手短に終わらせていただきたいのですが」


「だから最初からそう言ってるだろ……」


 畳み掛けるように口を開く水無坂に、事前に話す内容を決めてあるにも関わらず押し負けそうになる。態度から言葉の節々に至るまで、余すところなくひとつひとつが刃物のような切れ味だ。

 何故ここまで彼女に気圧されるのか。しばし黙考してから、彼女の格好のせいだとようやく気付く。

 両耳の後ろから垂れる三つ編みに分厚い眼鏡、そして学生服。日曜日でありながら、彼女の出で立ちはまるで学級委員のそれだ。彼女が何らかの部活に所属しているという話は聞かないし、正真正銘勉強のためだけにここに来ているのだろうが……え? もしかしてこれ私服?


「何を馬鹿なことを。学生が勉強しに来ているのだから、制服を着ているのは当たり前でしょう。意識が足りていないのではないですか?」


 当然のように俺の思考を読むな。博士といい、ここにいる人間の必須スキルなのかそれは。


「じろじろと見られれば嫌でも分かります。休日に制服を着てくるなんて奇特な人間だ、とでも思っていたのでしょう?」


「や、別にそういうわけではなくてだな……その、毎日髪型を変えてくるのは何か拘りでもあるのかと思っただけだ」


 鋭利すぎる切れ味に対して、綻びを繕うように転がり出した言葉。咄嗟に口を衝いて出たその内容は、しかし半分ほどは本心だ。

 この数週間のうちでも、水無坂の髪型はもはや覚え切れないほどの種類に達している。髪型で人を覚えている人間からすれば、1日ごとに印象がリセットされるのだからたまったものではない。毎日のようにころころと髪型を変えるそのやる気がどこから出てくるのか、気になっていたことは紛れもない事実だ。

 いかにも人の目など気にしません、という常日頃からの彼女の振る舞い。それを見ている限りでは、毎日髪型を変えてくるという七面倒くさい行為は、その振る舞いとは正反対のようなものとして映る。少なくとも、人の目を意識した行為でないとはとても言い難い。

 ……もっとも。思考を言い当てられた悔し紛れという意味合いも、入っていないといえば嘘になるのだが。毎度毎度辛酸を舐めさせられている身としては、反撃してやろうという心情もなくはないのだ。

 俺の用事に付き合わせているのに気付いたらこんなことを考えているあたり、思考回路は紛れもなく小学生のそれである。いや別に? 気になるからちょっかい出してるとかじゃねーし?


「……別に、そんなものはありません。ただ習慣が残っているだけです。そんなことより、はやく本題に入ってください」


 俺の言葉に珍しく言い淀んだ水無坂は、目を泳がせた末に表情を硬くして言葉を繋ぐ。

 殊更に頑なな調子のあるその声は、しかし平時に比べれば明らかに切れ味が落ちている。喉に僅かな間(つか)えていたその言葉が示すのは、()()が彼女にとって好ましくないという事実か。


「じゃ、単刀直入にいこう。この間の——23日の話だ。あんたが助けてくれなかったら、まず間違いなく俺は死んでた。助けられた人間として、改めてきちんとお礼をしたい。そのために今日ここに来た」


 だが。今触れるべきもの、言うべきことは他にある。

 注文通り、なるべく簡潔かつ手短に。

 言うべきことをひとまとめにし、勢いのままに口から吐き出す。一応考えてあったとはいえ、話す内容が楽になるに越したことはない。

 5月23日——もう遥か昔に感じられるその日は、言わずもがなカインが襲撃してきたあの日に相当する。非常事態が極まっていたために有耶無耶になっていたが、あの日俺を絶体絶命の危機から救い出してくれたのは紛れもなく水無坂だ。

 予想外の事態に困惑しているのか、それとも呆れているだけか。今度こそ完全に不意を突かれた、といった表情の彼女は、小さく口を開いたまま固まっていた。普段ならまず見られない姿にささやかな勝利の感動を覚えつつ、椅子から立ち上がって深々と頭を下げる。


「それで、ついでといっては何だが、お礼の品も用意してきた。気に入るかどうかは分からんが、受け取ってもらえたら俺が喜ぶ」


「……あの件のことなら、礼は不要です。以前にもそう言ったはずですが」


「ああ、前にも聞いた。その上でやってるだけだから、要は俺の自己満足だ。必要なかったら俺に返してくれればいい」


 馬鹿め、その答えは対策済みだ。悪役じみた高笑いを脳内で響かせながら、持ってきた鞄をゴソゴソと漁る。

 目当ての人間を待ち伏せして確実に捕まえた上、こちらの話を確実に通すための文言を用意しておく——我が事ながら、完全にヤの付く人種の手口そのものだ。罷り間違っても、プレゼントを渡す側の人間がしていい思考ではない。

 どっこいせと腰を下ろして鞄の奥の方から掘り出したのは、俺と水無坂にとって因縁の品。気の利いた包装など何もない、昨日の夜にスーパーから買ってきただけのそれを、剥き出しのままどでんと机の上に置く。


「……何が出てくるかと思えば。他に、もっとこう、ふさわしいものがあるかは考えなかったのですか」


「恥ずかしながら、あんたの趣味嗜好は全く知らなくてな。なんで、自分が思う限りで一番喜びそうなものを選ばせてもらった」


 渋い顔をする水無坂ではあるが、その口調にはいつもほどのキレがない。どうやら不意打ちの効果は覿面だったらしいので、これ幸いとばかりに話を進めていくことにする。

 机の上に置かれたそれは、水無坂に関する事柄で俺が唯一知っているもの。無いも同然の記憶をひっくり返して探し回った結果、ようやく見つけたそれらしい「答え」だ。

 俺と水無坂の、唯一と言ってもいい個人的な絡み——この場所、日本星皇軍第二本部に来たその日に起こったイベント。あの事件から着想を得られるものといえば、自ずと答えはひとつに限られる。


 即ち。言うまでもなく、じゃがじゃがりこりこサラダ味だ。


「それにしても、プレゼントならもっとそれらしいものがあるでしょう。今なら検索も手軽にできると思いますが」


「ガラケーなんだよ、悪かったな。要らないなら返してくれて結構だぞ、俺が食べる」


 机上のそれと俺の顔を見比べた後、ふんと鼻を鳴らす水無坂。その様子を見る限り、どうやら余程俺のプレゼントにご立腹らしい。

 ようやく調子を取り戻したと思えば、こちらを小馬鹿にしたような声が返ってくるとは。たとえ嘘でも適当に受け取っておけばいいものを、どうしてそう波風を立てるのか。

 ……だが、まあ。お嬢様のお気に召さなかったのであれば、これ以上粘ったところで仕方がない。

 出したものを引っ込めるのも癪ではあるが、元を辿れば善意の押し付けだ。これはありがたく、俺のおやつにさせていただくとしよう。


「——待って。待ってください」


 ……ほう。


「待ちなさい。何もいらないとは一言も言っていません」


 ほーう、ほう。その割には思いっきり俺のチョイスをこき下ろしてたんだが。

 心なしか焦ったような口ぶりに、伸ばしかけていた手を止める。所在無さげに揺れる水無坂の腕は、こちらの手を跳ね除けることも無く虚空をなぞっていた。


「仮にも贈りものなのですから、お言葉に甘えて受け取らせていただきます。他人からの好意を無下にするほど、私は非人間ではありません」


「そりゃありがたい。賞味期限が切れないうちに食べてくれると助かるな」


 内なる何かと葛藤するかのように、歯の奥に何かが挟まったような顔をする水無坂。そんな顔するくらいならやめとけ、と思わんこともないが、どちらにせよ決めるのは彼女であって俺ではない。

 未だ渋い顔をする彼女に対し、半ば押し付けるようにして件のブツを机の向こう側へと滑らせる。

 彼女の態度に思うところはなくもないが、一連の反応を引き出せただけで贈った甲斐があったというものだ。ツンデレなのかクーデレなのか知らんが、最近は随分とレベルの高いデレが流行っているらしい。

 ……まあ? 俺は大人ですし? 別にここで引っ込めるとかいう子供じみたことはやらないのでね、ええ。器の大きい人間というのは些事に拘らないのですよ。


「俺の用はこれで終わりだ。朝から邪魔したな。じゃ」


 何はともあれ、これにて任務完了だ。

 いくら開いたばかりとはいえ、図書館でべらべらと話し続けることには一定以上の抵抗がある。この場所にこれ以上留まっていても微妙な空気になるだけであるし、とっとと退散するのに越したことはない。

 そそくさと荷物をまとめ、なるべく水無坂の顔を見ないよう努めながら席を立つ。別れの挨拶に反応がないことにも、最早慣れてしまって何の感慨もない。

 水無坂にとっては他愛のないことかもしれないが、俺からすれば文字通り一世一代の大勝負だったのだ。あからさまな深呼吸は論外だが、密やかに胸を撫で下ろすくらいは許されてもいいだろう。

 女子を、しかもよりによって水無坂を呼び出してプレゼントを渡すとか、文脈だけ捕まえてみれば言い逃れの余地がないほどに()()である。明日あたりに噂になっている可能性も大いにあるし、なんなら尾ひれが付いて告白がどうだのという話に発展していてもおかしくはない。魚見とか絶対面白おかしく誇張するんだよなあ……もし噂になったら真っ先に締め上げるからな、覚悟しろよお前。


「あの」


 と。

 思考の合間に滑り込むように、背後から聞こえてくるその声。

 小さい上にいくらか唐突なそれは、紛れもなく今まで話していた彼女の声で。


 だが。その中には、明らかに今までと違う色が混じっていた。


「……どうも、ありがとうございました」


 律儀に背中に向かって頭を下げた様子の水無坂が、どのような顔をしていたのかはわからない。

 満面の笑みを浮かべていたのかもしれないし、義務感とプライドの圧力に不承不承ながら屈したのかもしれない。後者の方がよほど想像しやすいあたり、俺も随分と彼女に偏見を持っているものだ。


 ただ。

 それがどのようなものであったにせよ——その感謝だけは、彼女なりの心からの言葉だと思えた。


 水無坂という人間が俺に向けた、嘘偽りのない感情だと。

 不思議とそう、確信が持てたのだ。

それは氷解の兆しか、それとも。


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