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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
36/126

EX−1/0603:ちょっとしたお話

投稿予告時間遅刻常習犯、今回もやらかす。

今回から数回、幕間のお話のようなものをやりたいと思います。切る場所を見失ったので長めの分量です。(二万字くらい?)

「適合率の検査をしよう」


「メールで伝えろよそれは……」


 我ながらどうかと思うほどに苦り切った顔で口を開く部屋は、他でもない博士の研究室。相も変わらず雑多なもので溢れかえっており、座るのも一苦労な有様だ。

 とある日の放課後。傷もすっかり癒え、図書館でまったりと午後の時間を満喫していた俺の元に届いたのは、【至急】と題されたメールだった。

 簡潔な件名に負けず劣らず、本文も場所と時間が記されているだけ。恐らくは所定の時間に所定の場所に来い、ということなのだろうが、どうにも味気なさすぎて気味が悪い。

 いかな俺といえど、さすがに()()()()()目に合えば警戒もする。ほいほいと出かけた挙句巻き込まれるのもごめんだし、ガン無視する方向で話を進めていた——


 ……の、だが。差出人を見て、すっかり気が変わった。

 

 より正確には、変わらざるを得なかったのである。そんなこんなで午睡を貪ろうとする体に鞭打ち、重い腰を上げてここまですっ飛んできたのが5分前のことだ。

 息急き切って研究室に飛び込んだ俺とは裏腹に、博士はガラクタまみれの部屋で優雅にコーヒーを嗜んでいた。そんな暇があるなら少しでも掃除をしろと思うのだが、どうせ言っても無駄なことはわかりきっている。


「博士、ひとつ質問いいか」


「ん?」


「……どこで知ったんだ、俺の連絡先」


 連絡先——どうにも縁遠い、と言うより最早忘れかけていたレベルの単語。

 世の中には千人単位で繋がっている人間も多いと聞くが、そんな人間からすれば俺は激レアレベルだろう。誰とも繋がりを持たない男、人呼んでユビキタス社会の異分子である。だが俺はレアだぜ、コミュ力は低いぞ。

 ……とにかく。俺の連絡先は姉と魚見、あとは中学時代のごく少数の知人を除いて誰も知らないはずだ。そもそも魚見と繋がりを持っているのも不本意なのだが、そこはまあ、120歩ほど譲ってよしとしよう。

 問題は、なぜ教えた覚えのないこの人が、俺の連絡先を知っているのかということである。ぶっちゃけた話、今日ここに来た目的の九割はこの質問のためだ。

 図書館で携帯を開いたあの時、どれだけ声が出そうになったのを我慢したことか。完全に予想外の方向からぶん殴られただけに、下手な不意打ちよりもよほど高火力だった。情報漏洩、ダメ絶対。


「ああ、それ? 君がこの間の事件で寝込んでる間に、君の携帯を少し触らせてもらったんだよ。これから先、連絡は取れるようにしておいた方がいいと思ってね」


「…………ほーん」


 なるほど、実にわかりやすい理由だ。単純明快で理解も容易、筋もきちんと通っている。

 ただし。俺のプライバシーに一切の配慮がなされていない点を除けば、であるが。


「じゃあ、登録名の『滝川@スーパーすごい博士』は」


「私の趣味だ」


「だと思ったよ……」


 ああ、神様。なぜ俺の周りにはこんな人ばっかりが集まるんでしょうか。

 類はなんとやら、という言葉があるのは理解しているが、それにしたってこの仕打ちはあんまりだ。満場一致でまともと言える人間、樋笠の他にいたっけな……なんなら一周回って樋笠もまともじゃない説がある。


「それで? 適合率の検査、だったか?」


 ここでゴネても何も事態が進展しないことなど、とうの昔に把握済みだ。どうせここから逃げようとしても、例のように捕まえられて引きずり戻されるのは目に見えている。

 と、いうわけで。僅かな希望を溜息に乗せて吐き出し、居住まいを正して向き直る。

 驚きよりも慣れと諦念が先に来るあたり、俺も随分とこの類の状況に耐性がついたものだ。一週間とそこらでこれなら、この先どうなるのかなど想像もしたくない。そうそう慣れてたまるかこんな状況。


「ああ。本来これは、入学前に終わらせておかなければいけない作業なんだけど……ほら、きみは転入生だろう? もう少し待てばまた別に検診があるけど、やっぱり最初の手続きは必要らしくてね。あ、そこに立ってしばらくじっとしてて」


 お前の趣味のついでに検査を済ませてこい、なんて坂本さんに言われた時はびっくりしたけどね。そうぼやく博士の顔を見る限り、この人もこの人で色々と面倒くさい立場にいるのかもしれない。

 そういえば以前の事件の折にも、研究室で指揮をとっていたのは他でもないこの人だった。管制室でもやたら高い位置に座っていたし、行動に反して実際は偉い人だったりするのだろうか。

 ……まあ、偉い人と今更言われても、定着してしまった残念なイメージは覆しようがないのだが。この組織で一番偉い人が坂本大佐(アレ)だし、博士本人も()()()()だし、仕方ないの一言で済ませられてしまう感はある。

 気の毒なのはその通りだが、趣味に付き合わされているのもまた事実なのでなんとも言えない。とりあえず博士の指示に従い、謎の計器類が並んでいる場所へと移動する。


「そう、そこでニッコリ笑って——はい、これでオッケー」


「別に笑う必要なかっただろ……」


 ちょっと、いきなりなんですかそのフリは。急に笑えとか言われても、写真を撮られ慣れていない人間には高すぎるハードルであることを理解していただきたい。

 こういうタイプの人間はですね、自分の証明写真を突きつけられるだけで簡単に死に至るんですよ。我ながらよくもあんなおぞましい顔を……いかん、考えるだけで気分が悪くなってきた。この記憶は永遠に封印するしかない。


「今のできちんと測れてるのか? また随分と短いが」


 第二波が来るかと思って身構えていたのだが、どうやら本当にこれで終わりらしい。拍子抜けするほどの短さに、安堵よりも困惑が先に来る。

 仰々しい設備の割には、かかった時間はせいぜいが10秒と少しといったところか。ヒーローの変身だってもうちょい長いぞ、プリキ○ア初変身の長さを舐めるんじゃあない。


「言ってしまえば、今のはデータを取っただけだからね。体重計に乗るのは一瞬でも、そこから平均値やら体脂肪率やらを算出するにはかなりの手間がかかるだろう?」


「最近のは登録さえすれば一瞬だぞ」


「まあまあ、そんなこと言わずに。とにかく、結果が出るまでは5分くらい待ってもらう必要があるから、その間は雑談タイムといこうじゃないか。結果を見ながらしなきゃならない話もあるしね。なんなら質問も受け付けるよ?」


 片手間に答えながら、散乱するガラクタの山を漁る博士。ほどなく発掘してきたパイプ椅子をこちらに寄越すと、己の言葉を証明するように両の手を広げてみせる。


「質問ねえ……」


 そういえばここにきた初日、魚見と似たようなやり取りをしたことがあったか。客人に出すとは思えないボロさの椅子に腰掛けながら、だらけた思考を走らせる。

 ちなみにこの椅子、どこかしらの留め具が壊れているのか知らんが、恐ろしいほどにガタガタと揺れる代物だ。卒業式でこんなもん出したら100パー怒られるんだよなあ……まあ、うちの場合は保護者が駄姉(アレ)だし、クレームなんてまずないとは思うが。

 半ば強制的に待機を命じられたのだが、もはやその程度で動じる俺ではない。何やらとてもよくない方向に経験値を積んでいる気がするが、これも成長だと考えれば怖くないぞ、うん。怖くない。


「……そういや、ここに来た初日に大佐が言ってた話なんだが。『星の力』の自我を制御する方法、結局いつ教えてもらえるんだ」


 このひと月で何回めかも分からない質問タイムに、いまいちやる気のない頭を叩き起こす。

 記憶という記憶の中から、抽斗をひっくり返すがごとき勢いで疑問点を探すことしばし。乱雑な思考の果て、放置されたままの話がああることに行き当たった。

 『星の力』の自我は微弱だが、放っておけばこちらの身体を乗っ取ろうとしてくる。体感ではもう随分昔に感じるが、これを聞いたのは三週間ほど前だ。

 坂本大佐曰く、その制御方法は「お前もすぐに教えてもらえる」とのことだったが、結局今になってもなんの音沙汰もない。なんなら基礎を教えてもらう前に実戦に臨んだせいで、やたらと実戦経験だけが積み上がる始末である。素人がなまじ変に覚えると直すのも大変なはずなのだが、そのあたりはもう完全に見捨てられてしまったのだろうか。


「ああ、その件についてなんだが……そうだね、結論から言おう。きみにはその訓練は不要だというのが、坂本さんの判断だ」


「不要? なんでだ」


 どんな答えかと思えば、返ってきたそれは想定よりもだいぶ異なるものだった。

 まさかとは思うが、よもや本当に見捨てられたりしたのだろうか。ただでさえ赤子レベルで何もわからない状態だというのに、ここで見捨てられようものなら完全に孤児まっしぐらだ。みなしごボッチ、意味被ってるな。


「まあまあ、そう怖い顔をしないで。これにはきちんとした理由があるんだ。この機会だし、順を追って説明するとしようか」


 頭上に疑問符を浮かべる俺に対し、博士は待っていましたと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 あー、このあからさまな気合の入りよう、間違いなく説明の流れですね……。なんか腕まくりまでしてるし、今回も今回で相当長くなることは確定まである。間違いない、俺は詳しいんだ。


「まず、そもそもの問題だけど。きみは『星の力』が——つまり星刻者が覚醒するときには、どんな条件があると思う?」


「死にかけることじゃないのか? 少なくとも俺はそうだったぞ」


 自分が訊いた質問である以上、話に乗らないのも不義理といえば不義理になるか。あからさまにテンションが上がった博士に辟易しながらも、適当にそれっぽい答えを捻り出す。自分で言っておいてアレだが、これが真実だったらあまりにもバイオレンスすぎである。

 死に瀕するほどのピンチに陥った結果、何らかの異能力が覚醒する。ありきたりと言われるほどに使い古されたパターンだが、それはそれとして男子のツボをついているのもまた事実だ。男の子は何歳になってもテンプレが大好きなんですよ。

 ……まあ。まさか、そのテンプレに巻き込まれて自分が死にかけるとは、想像だにしていなかったが。


「半分正解、と言ったところかな。瀕死の状況に陥った人間の体が、宿主を死なせたくない『星の力』の自我と共鳴し、結果として本来より早い段階でその能力を発現させるという事例は実際にある。分類の上でなら覚醒、俗な言い方なら暴発なんて呼ばれたりもするね。でも、『星の力』が覚醒するには、もうひとつ別の方法があるんだ。これは解放と呼ばれるもので——ああ、それの電源を入れてくれるかな。高かったんだから落とさないでね?」


 と。そこで話の腰を折った博士は、ガラクタが散乱する机の上を指し示す。

 それ、と無造作に言われたものの、物が多すぎて分かる訳もない。高かったのならきちんとした状態で保存しておけ、と小言のひとつでも言いたい気分になる。


「どれだよ……これか?」


 ガラクタの山を掻き分け掻き分け、やっとの思いで見つけ出した「それ」。

 どれだけ大層なものかと思えば、その実態はルービックキューブ大の四角い箱だった。指示に従い、言われるがままに電源ボタンをぽちっと押し込む。


「ぐえ」


 瞬間。たちどころに発生した強烈な光が、俺の目をソドムとゴモラのごとく焼き尽くした。


「ふふん、驚いたかい? アルカディア社謹製、最新機種のプロジェクターさ。ずいぶんと奮発して買ったんだよ?」


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 何やらドヤ顔の博士が見える気がするが、今はとてもそんな状況ではない。何してくれてんだ殺す気かお前。 


「ああ、今画面を出すから、電源を入れたらそのあたりに適当に置いておいてくれ。えっと、スクリーン、スクリーンっと……」


「……ほんとに高かったのか、これ」


 苦しむ俺を見ることもなく適当に指示を下した博士は、それきり手近なガラクタの山を漁り出す。結局漁るのなら俺要らなかっただろ……頼むから高かったのならもっと丁重に扱ってくれ、と声を大にして言いたい気分だ。

 がたがたと展開されたスクリーンの前に、例のプロジェクターを設置する。もちろん置くスペースなど無いため、ガラクタをまとめて撤去する作業つきだ。なんで抽斗を開けるほどガラクタが増えるんですかねえこの部屋は。


「わざわざすまないね。綺麗にしようと思ってはいるんだけど、なかなか片付かなくて」


「そんなこと言ってるから片付かないんだろ……」


 呆れを滲ませる俺の言葉もどこ吹く風といった様子で、パソコンの画面と向き合う博士。「片付けられない人が言いそうな台詞ランキング」を作ったら、今の台詞は確実にランクインしている自信がある。具体的には三位あたりに。


「っと。これで映ってるかな? 見にくいところはない?」


「……ああ。なんなら分かりやすくてびっくりするくらいだ」


 馬鹿なことを考えている俺を他所に、スクリーンに映像が映り込む。

 視覚的に分かりやすい図解と、必要最低限しか書き込まれていない文章。一見しただけでも簡潔にまとまっていることがわかるパワポは、これからプレゼンでもするのかと思うほどの整いっぷりだ。

 変なところでマメな人間というのはどこにでもいるものだが、ひょっとしなくても博士のそれは折り紙つきだろう。とてもではないが、ガラクタの山を築いていたのと同一人物とはとても思えない。


「講師の真似事をすることもあるからね。こういうものは作っておいた方が便利なのさ」


「……講師、ねえ」


 どこか得意げな言葉に呼応するように、疲れ果てて机に突っ伏す生徒の姿が脳内で像を結ぶ。

 講義とやらがどんなものかは知らないが、いつまでも話し続けていそうなのが容易に想像できてしまうあたりが実に罪深い。終業のベルとかそっちのけで授業してるんだろうな、この人……いくら内容が面白かろうが、いつ終わるか分からない授業というのは精神にくるものだ。


「それはともかく、話の続きといこうか。星刻者の能力が発現するきっかけのおよそ八割は、この解放が原因になっている。つまり、何らかの命の危機に関わる状況に立ち会わなかった星刻者は、然るべき時期に能力が目醒めるってわけだ。この時期には個人差もあるけど、基本的には肉体がある程度完成に近づいてから——具体的に言えば、15歳あたりになることが多い。そうだね、中学生活も終盤に差し掛かるあたりかな? 思春期真っ只中、精神の成長はまだまだ発展途上な時期だ。そんな時にこんな能力(モノ)をいきなり身につけたら、どうなると思う?」


「……厨二ハートに火がつくんじゃないか?」


 立て板に水のごとき説明を繰り広げる博士と、それに自分なりの答えを返す俺。回答の知能指数がとんでもなく低いことを除けば、それは概ねいつも通りの展開と言って差し支えない。

 何の変哲もない自分がいきなり異能の力に目覚め、敵をばったばったと薙ぎ倒していく。男子なら一度は脳内に描いたことのある、お約束といっても過言ではないシナリオだ。

 まあ、実際その立場になってみたら、二週間足らずで二回も死にかけたんですがね。俺を囲んでくれるヒロインもいないし、描いていた理想に裏切られた気分だ。主人公用の保険とかないの? 命幾つあっても足りないんですけど。


「最初のうちはそうかもしれないね。でも、それも長くは続かない」


 俺の妄想にも動じることなく、頭の悪い答えをさらりと受け流す博士。いつの間にかその手には、講義で使うと思しきレーザーポインターが握られている。


「考えてみるといい。自分の能力がどういうものなのかも、それで何が出来るのかも、説明してくれる人はいない。能力に目覚めたら使い方がわかるようになっていました、なんて親切設計ではないからね。その上、得体の知れない、他の人間には見ることさえもできない化物が、自分の命を狙ってくる。こんな状況が長く続けば——」


「まともな人間なら耐えられない、か」


 説明と共にスライドが展開され、赤い光がスクリーンの上で踊る。その先の答えを予測して口を開けば、博士は我が意を得たりと言わんばかりに頷いた。

 実際、こうして中学生の妄想が具現化したような世界に放り込まれて抱いた感慨は、その大部分が困惑と恐怖だった。俺の場合は魚見という教導者がいたからどうにかなったものの——こんなことを言うと図に乗るので、絶対に面と向かっては言わないようにするが——奴がいない状況なら、どうなっていたか考えたくもない。

 こんな体験を羨ましいと思えるのは、それが物語の()()()()の世界であるからこそなのだろう。もし自分自身が似たような状況に陥ったのなら、精神を病むのは想像に難くない。

 自分が他人とは違う。それは、酷く恐ろしいことだ。

 わけても小さな社会の中で完結している俺たち学生にとって、孤立と孤独は死を意味する。たとえ物理的な死が遠かったとしても、精神的な死までは避けようがない。


「さっきも言った通り、星刻者が『星の力』に覚醒するシチュエーションは限られている。ひとつは覚醒、つまり幼少期に命を失いかけ、その結果能力が強制的に目醒めた子供たちの場合。そしてもうひとつは、解放によって自然に能力が発現した中高生の場合。どちらの精神も、平常の大人のそれとは比べるまでもなく脆弱だ。自分の能力、置かれた環境に怯える日々が長く続けば、精神の均衡が崩れることも十分にありえるだろうね。……そして、それこそが『星の力』の自我のねらいだ」


 浮かび上がる文字とイラストに合わせ、テンポよく説明を繰り出していく博士。ポインターの光がひとしきり画面を飛び回ったあと、待ちかねたようにスライドが切り替わる。


「きみももう知っていると思うけど、『星の力』に存在する自我の目的は、ぼくたちの身体の所有権を奪うことだ。もちろんその存在は微弱で希薄なものだから、直接的にこちらの意識を乗っ取る、なんてことはできない。無意識に介入するくらいが精一杯だろうね。でも、宿主が精神的に弱っているのなら、その嫌がらせもまた別だ」


「……傷口に塩を塗り込む、ってことか」


「いい喩えだね、その通り。夢、幻覚、妄想、その他もろもろ——俗に精神攻撃と呼ばれるタイプの手を使って宿主の精神を侵食し、完全に意識が消え去ったところで身体の新しい持ち主に成り代わる。肉体は新しい所有者に合わせて最適化されていき、最終的には異形のものへと変じる。これが星屑誕生までのプロセスってわけだ」


 長々とした説明の果てに、スライド内に羅列された数々の条件がまとめて赤丸で囲まれる。そこから伸びた矢印の先には、大きなバツのマークが描かれていた。

 目に痛いほどの蛍光色で点滅するそれは、裏を返せばその危険性を分かりやすく著しているとも受け取れる。まさしくバッドエンド、一目でわかるゲームオーバーの印と言っていい。


「……まあ、言いたいことはだいたい分かった。んで、それが俺が訓練を受けなくていい理由とどう関係するんだ」


 スライドとプロジェクターまで持ち出した——というより用意させられたのだが——解説のおかげで、博士の言わんとすることはほぼ理解できた。一部引っかかるところはあるのだが、それは今は放置して構わないだろう。

 だが。それより問題なのは、この説明が俺の話とどう繋がってくるのかということである。

 知識としてはもちろん有用ではあるが、これだけでは体育館で受ける講習会と何ら変わらない。九割の生徒には聞き流された挙句、残り一割の頭からも1時間後には綺麗さっぱり消え去っているあれだ。あの類の講習会で寝てないやつ、たぶん超人の類にカウントしていいと思う。


「まあまあ、落ち着きたまえ。これからその説明に入るところさ。もう少しの辛抱だ」


 俺のコメントにも焦ることなく、対する博士は次なるスライドを準備する。犬猫でも諌めるかのような口調の裏で軽やかにキーが叩かれ、程なくしてスクリーンに新しい資料が現れた。

 ノリノリでパソコンを操作しているあたり、どうにも興が乗ってきたのか。分かりやすい説明なのはいいことだが、それはそれとして腹が立つのでクソデカタイピング音をやめてほしい。


「さて。能力に目醒めた子供たちが星屑(ダスト)になってしまうプロセスは、今しがた話した通りだ。だが当然、星屑が増加する状況は放置して良いものではないし、助けを求めている彼らを見捨てていいはずもない。そういうわけで、野良の星刻者の保護活動をしているのが我々——14年の歴史と誇りある、日本星皇軍ということになる」


「14年で歴史とか言われてもな……」


 なんだその微妙な年数は。長いと言われればそれなりに長いが、誇りあると言うならせめて20年は経っていてほしい。14年で大手を振って歴史ヅラするな。


「星皇軍は新しい星刻者を発見し次第、本部から隊員を派遣して保護する。そして星皇学院に入学するまでの間、この世界に関する基礎的な情報や技術を教えこむんだ。その中でも特に重要で、一番最初に教えられるのが、『星の力』の自我の制御方法というわけだね」


「そういや、魚見もそんなこと言ってた気がするな。それすら教えてもらってないんだが」


 忘れていたものが再浮上したのは、一連の解説に記憶を刺激されたがゆえか。

 能力の制御方法や心構え諸々、とにかく基本中の基本は入学前に指導される——いつだったかの雑談の折、確か魚見がそんなことを口にしていたはずだ。

 別段そのシステムにおかしなところはないのだが、当然ながらその指導も俺は受けていない。そのうち個別に説明がなされるかと期待していたのだが、結局今の今までなしのつぶてだ。坂本大佐はもう少しアフターケアをしっかりするべきだと思う。


「そのぶんの説明もしろって坂本さんから言われてるからね。そうじゃなきゃ、ここまで寄り道の多い話はしてないよ。……まったく、あの人の人使いの荒さにはびっくりだ」


 口から零れた素朴な疑問。それに答える声も表情も、いつになく疲労の色を帯びていた。こうして萎らしくしていると真人間に見えるのだから、まったくタチが悪いことこの上ない。

 ……もちろん、この人が使い潰されていること、それ自体を否定するつもりは毛頭ないのだが。さっきの趣味のついで云々といい、使い勝手が良いのをいいことに便利要員扱いされている気がしてならない。


「まあ、ぼくの話はこの際置いておくとして本題だ。『星の力』の自我を制御することにおいて、何よりも重要なこと——それは理解を深める、という一点に尽きる」


「もうちょっと分かりやすく」


「分かりやすく? うーん……一言で言い表すのなら、『知る』という表現が一番簡単かな」


「……もっと分かりやすく」


  いや、話聞いてなかったのか。かっこいい感じに言いたいのは分かるが、俺に謎解きの適性はないのだということを理解していただきたい。

 言い回しに拘る博士には悪いが、俺が求めているものは婉曲な表現などではないのである。もっとこう、直截的にずばっと。お洒落な比喩表現とかいらないんで。


「分かりやすくも何も、文字通りの意味なんだけどね。例えばきみがお化け屋敷に入ったとして、何処に何があるか、どんな仕掛けがあるのかを熟知していたら、怖がる要素なんて何処にも無いだろう? それと同じだよ。無知であるが故、正体不明であるが故の恐怖心につけ込むということは、裏を返せば理解された途端にその恐怖が減衰するということでもある。どれだけ不安を煽ってこようと、『そういうもの』だと理解していれば何の問題もない」


 困ったように眉を顰めた博士は、幼子にでも言い聞かせるようにして言葉を接いでいく。

 息継ぎの合間、僅かに訪れる静寂の時間。その隙間を埋めるように、規則的なボールペンのノック音が響き渡る。


「無知は罪なり、とまで言うつもりはないけど、大きな隔たりができるのもまた事実だ。まずは自分の力がどんなものなのか、正確に理解すること。『星の力』とその自我がどういったもので、自分にどういった影響を及ぼすのか、それをきちんと把握すること。それが星刻者にとって何よりも重要なことであり、能力を操るための第一歩というわけだね」


「なんか拍子抜けだな。もっと特別なことをやらされるのかと思ってたんだが」


「一見どうでもいい基礎ほど、往々にして重要になってくるものさ。そして、ここからが一番大事な点なんだが——この点において、きみは既に条件を達成している」


 ここが決め台詞だと言わんばかりに、くるくると回したボールペンを勢いよく突きつける博士。いや、そんなこと言われてもですね……。

 条件を達成しているとは言うが、俺ほど何も知らない奴もそうそういないと断言できる。というかその為にわざわざボールペン取ったのかあんた。かっこいいなおい。


「いやいや……そんな顔で首を傾げられたら、ぼくの方が不安になるよ。きみはまったく知識のない状態で、しかも単独で星屑(ダスト)の撃破を成し遂げた。この時点できみは自身の能力を自分なりに理解し、その使い方すらも把握していたことになる。こんな人材、星皇軍広しといえども君くらいのものだ。加えて覚醒からおよそ三週間が経過した今でも、精神や肉体に変調は見られない」


「そりゃ結果論だろ。持ち上げられても別に何も出んぞ」


 似たようなやりとりを思い出し、いつかと同じような答えを返す。あれから実力不足で一度死にかけているのだが、分不相応の評価は未だ改めてもらえないらしい。


「結果論にしても、きみが『星の力』を立派に制御できている証拠には変わりないだろう? その後の経過も含めて、ぼく個人としては100点満点中300点をあげたいくらいの出来なんだよ。一応聞いておくけど、能力が目覚めてから身体に異常があったりは?」


「……ないと思うが。まあ、実はもう人外になってました、みたいな可能性は否定しきれないけどな」


 改めて考えを巡らせてみるものの、異常と言われてもいまいちピンとこない。

 そも、ここ数週間が激動すぎたせいで、自分の変化に鈍感になっている可能性も大いにある。まだ人間だと思っているのは俺ばかり、という可能性も決して否定はしきれないのだ。

 ……いやしかし、床に臓物をぶちまけるのは間違いなく異常事態の範疇ではなかろうか。我ながらあの時はかなりヤバかったと断言できるからな。オフィスの床は冷たい、当たり前のようでなかなか得がたい事実だった。


「それだけ冗談を言えるなら大丈夫だよ。もっとも、きみなら星屑になっても生き残りそうな気がするけどね」


「笑えない冗談だぞそれは……」


 愚痴まじりの冗談をさらりと返し、恐ろしいことを言ってのける博士に戦慄する。たまに水無坂が可愛く思えるくらいの爆弾投げるんだよなこの人……仮に俺が星屑になったとして、生き残ったら間違いなく人類の敵ではないか。


「さて。これで君の疑問について、大まかには答えられたと思うけど。どうかな? 他に疑問に思う点があれば聞くよ?」


「いや、別にいい。疑問点なんて考えだしたらキリがないからな」


 博士の問いに対し、深掘りすることなく首を横に振る。

 どことなくお茶を濁された気がしないでもないが、少なくとも納得のいく説明ではあった。この先を追求しても得られるものはなさそうであるし、この場で引っ搔き回すことでもない。

 そもそもの話、ひとつの疑問を解消するだけで、これほどまでに手間がかかる有様なのだ。想定よりだいぶ長かったというか、ちょっとした短編より余程尺を使っているまである。下手したら単行本一冊分サイズの授業をやられる生徒の身にもなれ。


「ならよかった。これでやっと、今日の本題に入れるからね——さぁお待ちかね、適合率の発表だ。覚悟はいいかい? ぼくはできてる」


「別にそこまで待ってないが」


「気にしない気にしない。ささ、画面の方に目を向けてくれたまえ」


 その「ここからがメインディッシュです」みたいな顔、無性に腹が立つからやめろ。今の時点でそれなりに腹一杯なんだぞこっちは。

 俺のコメントをしかし意に介する様子もなく、博士は映像が切り替わったスクリーンを指し示す。

 流されるままそちらに目を向けると、そこには様々な表やグラフの数値が折り重なるように表示されていた。どうやら準備ができたという言葉は本当なのか、画面上には先程までとはまるで違う雰囲気が漂っている。

 そして、その画面を凝視する博士当人はといえば。


「どれどれ……属性はいいとして、能力傾向もまあいいとして……おおう、適合率106とは。やっぱりぼくの見立ては間違ってなかったみたいだよ——あれ、どうかした? 昼ごはんに下剤でも入ってたとか?」


「……や、別に。少し驚いただけだ」


 俺がここまで見てきた中で、一番研究者っぽく振る舞っていた。

 もちろん「ぽい」と言っても、ただ白衣でデータの塊とにらめっこしているだけなのだが。それがまた妙に似合っているあたり、腐っても本職ということなのだろうか。最後の一言で全て台無しにしていくところまで含めて、いかにもといった感じである。


「妙にとは失礼な。研究者なんだから、様になっていないほうが問題だろう?」


「勝手にモノローグを読むな」


 なんだその無駄な能力は。これ以上変なスキルを披露するんじゃない。

 だいたい、今までほぼプレゼンしかしていなかった博士サイドにも問題があるのだ。そんなだから研究者ではなく便利要員扱いなんだ、と声を大にして言いたい気分である。


「まあ、冗談はこの際置いておくとして、だ。結果を見てどう思う、雨宮くん?」


「いや、どうって言われてもだな……」


 瞳を輝かせた博士が、ノリノリでこちらを覗き込んでくる。

 その勢いに気圧されて口を開くものの、満足な意見ができるはずもない。正直言っている内容の二割も理解できなかったのだから、それも致し方なしだろう。

 画面の何処を見たら分かるのかも謎だが、それ以上にこの数値が何を意味するのか、それすらもとんと見当がつかない。前置きもなく飛び出した属性だの能力傾向だのという単語も、なんとなくのニュアンスでしか把握できていないのが現状だ。


「覚醒直後の星刻者だと、平均的な適合率は70パーセント台といったところかな。能力に慣れればある程度は上昇するけど、大抵は三桁に届くまでのところで打ち止めになる。ちなみに神器を解放するのに必要な適合率はおおよそ80パーセント程度だから、君が神器を使えないのはやっぱり、適合率の他に何か別の要因があるみたいだけどね。何にせよ、初期状態で三桁に届いている君は破格ってことだ」


「ほーん……適合率ってのは、要するに強さの指標みたいなもんなんだよな。どの辺が上限なんだ?」


 提示された情報を脳内で咀嚼した上で、関連が高そうな情報を記憶の隅から引っ張り出す。

 適合率が高いほど、同じ能力でも出力が強くなる。神器の説明に際して、確かそのような旨の話があったはずだ。


「数値上の上限という意味なら、200パーセントがそれにあたるね。でも、そこまで到達できる人間はいない。記録にある中で一番高いのは、確か坂本さんだったはずだけど……あった、これだ。適合率172、この値が日本星皇軍では最高ってことになる。世界規模で見ても、これより高い人間はまず存在し得ないんじゃないかな」


「……上限まで到達できないってのは?」


 データを漁る片手間に口にされた説明は、これ見よがしな()が用意されていた。

 誘導に乗せられていることに言い知れない腹立たしさを覚えるものの、さりとてそれ以外の選択肢を取れるはずもない。なぜ見えている地雷を踏み抜きに行かなければならないのか、この上なく不本意である。


「いいかい、雨宮くん。適合率というものは、どれだけ自分の『星の力』と強く結びついているかを示す値だ。当然、結びつきが強ければ強いほど、引き出せる能力も強力になる。でも、それは裏を返せば、自分と『星の力』の自我の同化が進んでることも表しているんだ」


 待ち望んでいた通りの反応が得られたらしく、即座に新たな資料を画面に投影する博士。苦虫を噛み潰した顔をする俺とは対照的に、その顔色は喜色満面と呼ぶに相応しい。


「……これは?」


「ちょっとした適合率のグラフだよ。ぼくの手作りだけど、なかなかどうして様になっているものだろう?」


 映し出されたそれは、言葉通りゼロから200までの数値が書き込まれた数直線だ。適合率を示していると思しき数値のうち幾つかの地点には、注釈が箇条書きで加えられている。


「事実上の最大適合率——言うなればデッドラインは180。この値が人間と星屑の分水嶺だね。ここを境に精神汚染が不可逆になり、肉体も星屑のものに変質していく。つまりこの値を超えた時点で、人間としては完全に死んでいるも同然ってことだ。そして適合率200パーセントで完全に星屑として覚醒し、星刻者を襲い始める、というわけさ」


「それだと、どんな星刻者だろうといつかは星屑に変わるってことになるが——」


「いいや、そうはならないよ。打ち止めになる、ってさっき話しただろう? 基本的に、適合率はおおよそ、10パーセント毎に成長が鈍化する傾向があるんだ。同化が進みすぎないように、肉体や精神がストップをかける。だから、正常な状態の人間なら、適合率が一定のラインを超えることはまずないと思っていい。繰り返すことになるけど、三桁のラインを突破することすらかなり才能が必要だからね」


「……はあ。そういうもんなのか」


 つまるところ。そのストッパーが正常に機能しない者こそが、星屑に変質してしまうということなのだろう。

 精神的にも肉体的にも参っている人間の脆弱性は、正常な人間のそれとは比べるべくもない。『星の力』の自我の干渉を受けやすく、またその結果として同化が進みやすいのは明らかだ。

 適合率は際限なく上がり続け、最後には完全に星屑として生まれ変わる。精神汚染の果てに宿主の意識は消え去り、『星の力』の自我は意のままに操れる肉体を手に入れる。

 なるほど、実に良くできている。なんなら拍手の一つでも送りたくなるような、驚くべきシステムだ。


「逆に言えば、理論上は180ぎりぎりまでなら適合率を高められるってことでもある。自分の肉体と精神を誤魔化しつつ、『星の力』の自我に取り込まれない様な訓練を続ければね」


「ええ……なんだそれ。死んでもやりたくないんだが」


 聞くだに恐ろしすぎる話が、いつもの如く平然と付け加えられる。自殺まがいのことを平然と訓練と言い張るあたり、ひょっとしなくても狂っているのではなかろうか、この組織。


「もちろん、そんな綱渡りみたいなことが出来るのは一部の天才だけだよ。大半の人はそこまで適合率が上がらないし、そもそも無意識の安全装置を外すなんて狂気の沙汰だ。100あれば軍の即戦力レベル、110まで上げられるのは同年代でも数人程度じゃないかな? 120に到達するのなんて、文字通り稀代の才能だ——ああ、ちなみに170台なのは後にも先にも坂本さんだけだよ。あの数値で安定してるとか、正直ぶっ飛びすぎててなんの参考にもならないよね、ほんと」


「精神汚染とかは?」


「全然まったく。能力を完全に掌握してるんだからこそなんだろうけど、それでもあんなレベルの数値、暴走で適合率が爆上がりしている時以外では見たこともない。完全に才能の賜物だよ、あれは」


 呆れたように付け加えられた情報に、驚愕を何周かして戦慄する。今の今まで魚見の保護者程度の認識でしかなかったが、どうも本当に凄い人だったらしい。

 よくよく考えてみれば、仮にもここのトップを務め上げている人間が凄くないはずはない。当然と言えば当然、道理は通っているのだが……あの死んだ瞳のせいで、どうにも休日を返上して働くサラリーマンのような印象しかない。覇権社員だの休日斬業だのと茶化せてしまう程度には、草臥れた会社員の空気感を身に纏い過ぎている。


「それにしても、適合率が三桁で神器が未解放なんてのは聞いたことがないな……うーむ、何が原因なんだ?」


 密やかに坂本大佐への認識を改めていた俺を他所に、博士は画面とのにらめっこを再開している。

 原因と言われても思い当たるフシは全くないのだが、どうやら専門家である博士から見てもそれは同様らしい。うんうんと難しい顔で唸っているあたり、どうやら俺も俺で相当珍しい物件のようだ。


「その、さっき言ってたのとは関係ないのか? 属性とか、能力傾向とかは」


「あー……そうか、それも説明しなきゃならないんだっけ。ほんとに何も聞かされていないんだね、きみ」


「ああ、お陰様でな。さすがにもう少し丁寧に扱ってもバチは当たらんと思うぞ?」


 何かのヒントになれば、と親切心から声をかけたにも関わらず、返ってきたのは心の底から哀れむような声と視線だった。そんな顔されてもですね、俺に落ち度はないと思うのですよ。

 何も知らない、と言われても事実なのだからどうしようもないが、説明責任を果たさなかったそちらにも非はあるのではなかろうか。そちらというか、主に魚見と坂本大佐が、という話だが。


「そうだね——この際だし、まとめて説明してしまおうか。まずは属性だけど、これは読んで字の如く、『星の力』が備えている四つの自然属性のことだ」


「自然属性、ねえ。水とか火とかって解釈でいいのか?」


「ああ。火・水・風・土、現代だとすっかりお馴染みの四大元素だね。どの『星の力』も例外なく、この四つのうちのどれかの属性を持っている。もっとも、属性の本質は字義通りの概念ではない場合もあるから、そういう意味では注意が必要になったりするんだけどね。例えば、氷なんかは分類上は火属性ということになる」


 属性。響きだけを聞けばやたらと仰々しい感じもあるが、説明を聞く限りでは随分とわかりやすいものだ。幾らかの変化球もあるらしいが、巷に溢れるサブカル文化に触れたことがあればそう理解が難しいものでもない。

 カインの攻撃に炎と氷の二つが含まれていたのも、そういった変化球のひとつだろう。以前博士が説明していたように、火属性というよりは熱属性と考えたほうが納得もいく。


「次に能力傾向だけど、これは言うなれば適性職のようなものだ。RPGでも、前衛後衛だったり回復役だったり、能力に見合ったポジションが存在するだろう? それと同じで、『星の力』もその能力の内容次第で三つのタイプに分類される。身体能力強化型・属性強化型・最後に特殊能力型だ」


「……ほお。思ったより直球でゲームっぽいんだな、そのあたり」


 単語からその内容が容易に想定できるのはありがたいが、ここまで分かりやすいと逆に不安にならなくもない。仮にも正式に教えられている内容がこんなに俗っぽくていいのだろうか、と謎の心配をしてしまう程度には。


「所詮は分かりやすくするための後付けの分類だからね。直感的に理解できるなら、それに越したことはないんだよ。それはそうと、この三つの説明といこうか——まず、ひとつめに身体能力強化型。これは読んで字の如く、能力者の身体能力が飛躍的に向上するタイプだ」


「……運動能力の向上なら、俺にも覚えがあるんだが。あれ以上ってことか?」


「身体能力が常人のそれに比べて底上げされるのは、すべての『星の力』に共通した特徴だからね。その中でも、輪をかけて補正値が高いのがこのタイプってことだ。パッシブスキルで攻防アップ【大】、場合によっちゃ【特大】なんてものを持ってる人もいる。きみの補正値は【小】、良くても【中】ってとこだから、ただ腕を振るだけできみのウン十倍の火力が出せるってことになるね」


 ゲームを意識した説明だけあって、下手な例えよりもよほどするりと頭に入ってくる。やたらとカッコつけてるところが引っ掛かるが、理解に支障はないので突っ込まないでおく。


「もっとも、どのステータスが伸びるかは、個々の能力でかなりばらつきがあるんだけど。STRやDEXの何れかひとつ、みたいな感じで重点的に高出力化される場合もあれば、すべての身体能力が均等に向上する場合もある。前者は樋笠くんの俊敏性、後者は坂本さんのオールマイティさといえば多少は伝わるんじゃないかな? まあ、坂本さんは適合率と練度のせいで、どのパラメータもチートみたいなことになってるんだけどね」


 あの博士が真顔でそう付け足すのは、大佐が本当にデタラメな性能をしているがゆえか。

 達人と呼ぶに相応しい技量と、それを底上げする目で追えないほどの身体能力。間近で見せつけられた樋笠の動きも相当なものだったが、どうやら大佐はそれを軽々と超えるらしい。まさかパンチ一発で相手が吹っ飛ぶ、なんてことはないだろうが、その絵面が容易に想像できる時点でもはやギャグ漫画の域だ。


「属性強化型についても、そこまで難しく考える必要はないよ。さっき言った『星の力』ごとに宿る属性、その出力が最も高いのがこのタイプだ。きみが口にしたとおり、例のカインとかいう男はこのタイプだと思って間違いない。炎や氷といった属性に直結する事象を発生させ、それをそのまま攻撃に転化する。土台になる力が単調なぶん、能力者の創意工夫、応用力が最も問われるタイプでもあるね」


「応用力ねえ……火やら水やらはまだ分かるが、風とかどう応用すればいいんだ」


 属性をそのまま攻撃に転用する。その脅威、特に炎や氷の恐ろしさは、対カイン戦で嫌という程見せつけられた。規格外の能力(ゾディアック)あってのものとはいえ、確かにあれだけやれれば応用性は随一だろう。

 使い勝手は最悪の部類とはいえ、水についても使い方次第で色々とやれるものだ。他ならぬ己自身の掌から湧いて出てくるのだから、少しは上手い()を考えたりもする。

 ……だが。風に土となると、話はまた別だ。風とか髪の毛のセットくらいしか思いつかないんだよなあ……土に至っては、もう何をするのか想像すらできん。土木工事とかそのへんだろうか。


「確かに、ただ闇雲に力を振るうだけなら単調だろうね。でも、そこを工夫するのが人間というものさ。例えば、そうだな……樋笠くんが使っていたあの伸びる刃、あれも風属性の攻撃だよ。属性の力を一点に集め、一瞬のうちに開放すれば、ああいった芸当も可能になる」


「アレがか? でもさっき、樋笠は——」


「ああ。さっきも言ったとおり、樋笠くんのタイプは身体能力強化型だ。でも、属性はすべての『星の力』に宿っている、って言っただろう? 属性そのものの出力は属性強化型(ほんしょく)には遠く及ばないけど、使いどころを見極めた上で極限まで力を凝集させれば、微弱な属性にも使い道はある、ということさ。もちろん、彼ほどの実力者が努力を積んで初めて使えるようになるくらいの、文字通り一発限りの必殺技だろうけどね」


 血に塗れた視界の中で目にした、カインとの戦いを決着させた一撃。刃渡り以上の距離を断ち切った不可視の刃が、博士の言葉で脳裏に浮かび上がる。

 言われてみれば、あの一撃は確かに風を伴ったものだった。床についた切傷とともに吹き抜けた一陣の風は、けして俺の錯覚ではなかったということか。

 属性によるものだったことも驚きだが、それを実用に耐えうるレベルまで昇華させた樋笠の技量と努力にも驚嘆するしかない。血の滲むような修練の果てに手に入れたであろう、まさしく切り札と呼ぶにふさわしいものだ。


「それで、最後の特殊能力型だけど。……はっきり言って、三つのタイプの中でこれが一番めんどくさいんだ。身体能力の補正も属性の力も一番弱いタイプではあるんだけど、とにかく能力に幅があり過ぎて初見ではまず分からない。『星の力』の専門的な教導を難しくしている最大の要因、と言っても過言じゃないかもしれないね」


「特殊能力、ってことは属性以外の能力なんだろ? 前に言ってた幻術とかそのあたりか?」


 乏しい知識の中から、聞き覚えのある単語を引っ張り出して照合を試みる。今までの二つがイメージしやすかったぶん、残ったこの能力も既存の知識でどうにかしようと考えてしまう。

 特殊能力——どうにも大層な言葉だが、言ってしまえば『星の力』自体特殊能力のようなものだ。そういった意味では、範囲が広すぎるのも当然のことと言える。


「幻術系統もそうだし、その他の精神干渉系も当てはまる。最近は属性強化系と分類するのが主流みたいだけど、治癒系なんてのもあったりするね。言ってしまえば、前の二つに当てはまらない、その他大勢の能力の総称だ。君も話には聞いていると思うけど、あのジャックとかいう男も特殊能力型だよ。あとは水無坂くんの転移もだね。要するに、一番訳のわからない、なんでもありのタイプってことだ」


 ……しかし。

 明らかにされたその範囲は、想像よりもだいぶ大雑把なものだった。


「ずるくないか、それ」


「まあ、分類としてはごちゃ混ぜもいいところだからね……もちろん細分化はされているんだけど、そうすると今度は種類が多くなりすぎるんだ。『星の力』の八割はその他、なんて与太話もあるけど、あながち間違いでもないんだよ、これが」


 漫画やアニメで見るような不思議能力はまとめてこのタイプ、ということなのだろうが、あまりにも範囲が多岐に亘りすぎだ。身も蓋もないぶっちゃけ話を聞いても、然もありなんとしか言いようがない。


「属性と能力傾向のお話はざっとこんなものだね。念のために言っておくけど、タイプや属性の違いによって適合率の高低はないと言っていい。強いて言えば、特殊能力型が能力の習得に多少時間がかかることくらいかな。簡単だろう?」


「……まあ、知識の上では理解できたが」


 すっかり頭から抜け落ちていたが、元はと言えば適合率の高低に関わる話だった。雑談どころかただの寄り道だったはずなのだが、それがここまで詳しくなったのは博士の性分によるものか。

 ……が、しかし。この話題において一番肝心なことが、未だその口から明かされていない。


「で、だ。結局、俺の属性やらタイプやらは何になるんだ?」


 脱線した話題を元に戻そうとする博士を前に、一縷の希望を託して口を開く。

 せっかく検査までしたのだし、そのあたりもはっきりと判明しているはずだ。予想と九分九厘同じ答えが返ってくるだけだとしても、残りの僅かな可能性に賭けてみたいのが男というものなのである。


「わざわざ聞くまでもないと思うけどね。きみの属性も能力傾向も、他ならぬきみ自身がもう十分すぎるほど理解しているだろう? というか、その戦い方を見れば素人でも予想はつくレベルだよ。体から高圧水流を出すなんて、自分で答えを宣言しているようなものだ」


「……分かってても聞いておきたかったんだよ」


 だが。現実はそう甘くないらしい。

 何を馬鹿なことを。言外にそう告げる博士に対し、苦虫を噛み潰したような顔で返答する。

 奇跡の番狂わせを期待したものの、その返答は取りつく島もない。俺の属性も能力傾向も、残念なことに俺の想像通りで間違いないようだ。

 ——それは、つまり。お前の能力はただ水が出るだけだぞ、と正式に宣告されたようなもので。

 実はこの人間放水機モードは能力の一端でしかなかったんです、といった展開もなさそうな事実に、思考の隅で小さく嘆息する。なんだよ人間放水機って……水属性ならもっとスタイリッシュな戦い方ができるはずだろ、液状化とか見習え。


「いやいや、さっきも言っただろう? 属性の力は工夫次第でどうとでもなる。重要なのは柔軟な発想力ってことさ。ちょうど星皇祭も近づいてきたことだし、少しばかり練習を積んでみるのもいいかもしれないよ」


「練習、ねえ……ま、気が向いたらな」


 何を練習するのかもいまいちわからないが、とりあえず頷くだけ頷いておくことにしよう。水の出し方とか練習してもなあ……宴会芸以外に使えないだろこれ。


「とにかく、今日の目的はこれで無事に終了だ。後の処理はぼくがやっておくから、きみは戻ってもらって大丈夫だよ。急に呼び立てて悪かったね」


「そう思うならもっと早く予告してくれ」


 自分から話を畳もうとする博士という天然記念物級にレアな事態に、喜びを通り越して困惑する。てっきり今日これから先の時間はずっと拘束されるかと思っていただけに、ある種の肩透かしを食らった気分だ。

 粗末なパイプ椅子から腰を上げれば、想定外の疲労感がどっと押し寄せてくる。丸一日席に座っていたような錯覚を覚えるあたり、博士との会話はどうにも消費カロリーが高い。


「次からは当日の呼び出しは受け付けんからな。あと携帯を勝手に触るのも禁止だ」


「ああ、そのへんは抜かりなく意識しておくよ。人造神器のテストも近いうちにやるから、頭の片隅にでも留めておいてくれ」


 忠告もどこ吹く風といった様子の博士にゲンナリしつつ、慎重に出口の方へと歩を進める。

 脱出寸前で捕まりはしないかと怯える俺をよそに、当の博士は別れの挨拶もおざなりにしてモニタに見入っていた。他の事象が一切目に入らないといったその様子を見るに、どうやら俺のデータで何らかのスイッチが入ったらしい。

 本質的には自分の興味に正直なあたり、やはりこの人もこの人で相当だ。上からの命令に逆らえない点も含めて、群れの上下関係に従う獣と表現するのが一番近しいまである。

 珍獣の檻、もとい研究室の扉を後ろ手に閉め、さてどうしたものかと思案する。

 拍子抜けするほどあっさりと脱出できたのはいいのだが、結果的に降って湧いた自由時間を持て余してしまった。時計を見ても30分ほどしか経過していないあたり、どうやら夢でもなんでもないらしい。


「……寝直すか」


 今は放課後、部活動真っ盛りの時間帯。

 そんな時間にアポが取れる友達がいるわけでもなく、さりとて家に帰ってやることがあるわけでもない。やれることといえば、一旦は阻まれた午睡を再び貪ることだけだ。

 放課後図書館タイム、ブレンド睡眠。頭文字を取って放課後TタイムとブレンドS、我ながら素晴らしい発見をしてしまったものだ。SNSに乗せたら1万リツイートはカタいに違いない。

 ……言っててなんか悲しくなってきたな。とっとと戻ってとっとと寝よう。

なお、結局寝られなかった模様。


一章完結に際して多くの人に読んでいただけたようで、喜びもひとしおです。ありがとうございます。


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