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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
21/126

1−20/英雄の邂逅

前回のあらすじ

ロック、解除。

 痩身(そうしん)の男だった。

 モデルと名乗ってもなんら違和感のないであろう、高い身長と長い手足。白スーツを難なく着こなし、悠然と佇むその姿からは、背を向けて立っているとは思えない威圧感が迸っている。

 間違いない。

 この男だ、と直感した。


「おや」


 気配を察知したのか、悠然とした動きのまま男が振り返る。

 金髪と碧眼(へきがん)に彩られた、俳優かと思うほどに整ったその容姿は、当たり前だが日本人のそれではない。背格好から判断する限り、年齢は高く見積もっても二十代後半といったところだろうか。


 が。彼の発する強烈な存在感の前では、そんなことなど些細な問題でしかない。


 俺の乱入にも動じないその様を見れば、王だか貴族だかという時代錯誤なことを言われても信じてしまいそうになる。

 吸い込まれそうな光を発する、青みがかった鮮やかな瞳。不思議な圧力を持ったそれが、俺と扉とを興味深げに往復する。


「ふむ。君は——例の大佐ではないな、どう見ても。彼の命令で来たというわけでもなさそうだ。ああ、別に言わなくても良い。見れば分かることだからね」


 流暢な日本語が、男の口から流れ出す。発音も速度も完璧なそれは、目を閉じて聴けばネイティブかと錯覚してしまうほどだ。

 しかし。今の俺には、それに驚いている余裕はない。


「あんた、誰だ」


「私? 私は見ての通り、ごく普通の観光客だよ。それより、今は君のことだ。私の見立てでは、最短でもあと5分はかかるはずだが……なぜ、君はここにいる?」


 俺の質問をあっさりと流し、男が会話の矛先をこちらに向ける。平静を装ったその口調からは、並々ならぬ興味と関心が滲み出していた。

 「あと5分」。何のタイムリミットなのかは知らないが、少なくとも(ロク)なものではないことだけは断言できる。

 この男が例の襲撃者なのかはわからない。だが、このタイミングであからさまに不審なことをしているあたり、まったくの無関係でないことは明らかだ。

 そして。今俺がこの場に乱入してくることが、彼にとって完全なイレギュラーであるだろうことも。


「……ただの勘だ。あんたが期待してるような理由じゃない」


 以上の推測を重ねた上で、限りなく無難だと思われる答えを選び出す。

 あと5分——男のその見立ては、何かの根拠あっての口ぶりだった。であれば、誰の横槍も入らないこの状況には、もう幾許かの猶予が残されている。

 襲撃者に会話を試みるなど、言うまでもなく荒唐無稽だ。鼻で笑われることをしている自覚は十分にある。


 ——だが。この男には、その危険を犯すだけの価値がある。


 まず、最も重要なことがひとつ。俺をここまで駆り立てたモノが指し示しているのは、間違いなくこの男だということだ。

 ドクドクと脈打ち、自己主張を繰り返す異物。俺の中にいる「何か」とでも呼ぶべきそれは、少しでも気を抜けば俺を内側から食い破りそうなほどに猛り狂っている。


 それでも。いや、だからこそ、俺は知らなければならない。


 この男は何者なのか。

 何故ここにいるのか。

 何故、俺をこの場所に連れてきた「何か」は、この男にそこまで惹き付けられているのか。


 今は情報が少しでも欲しい。博士が言うところの「(くさび)」を抜く鍵を、この男は握っているのかもしれない。

 俺を焚きつけた、以前にも覚えのあるこの感覚。その全容を知ることは叶わずとも、その一端を垣間見ることくらいはできるはずだ。


「……く、ははは。はは、ははははは——!!」


 だが。

 望んだはずの対話は、しかし果たされることはなく。


「勘……そうか、勘ときたか。これはとんだサプライズだ」


 隠しきれないほどの歓喜の色が、片手で顔を覆った男の口元に浮かび上がる。

 身を震わせ、ともすれば腹を抱えて(よじ)らんばかりに笑う男。その姿は、身に纏う雰囲気とは余りにもかけ離れたものだった。


「——()()()()()()。随分待ったよ、『英雄(ヒーロー)』」


 ひとしきり歓喜に身を委ねた後、男は執事もさながらの仕草で慇懃(いんぎん)に頭を下げる。

 その視線の向かう先は、俺であって俺ではない。紙背(しはい)すら簡単に見透かすがごとき碧眼が射抜いているのは、存在すら不確かな『俺』そのものだ。


「であれば、まずは祝砲だ。僅かな間ではあるが、存分に楽しもうじゃないか」


 およそ初対面の人間に向けるとは思えない、親愛の情が多分に籠った言葉。


 だが。それは俺の中の「何か」が、全力で警鐘(けいしょう)を鳴らす程度のものではあったらしい。


 ——ぞわり、と。

 今までのそれとは全く違う悪寒が、俺の背中を走り抜ける。


 パチンと鳴らされた指の音に合わせ、生成された3つの物体。男の周囲に現出したそれらは一瞬にして引き伸ばされ、確かな形へと整えられていく。

 例えるならば、炎の矢とでも呼ぶべき代物。謎の力で浮揚する3本の矢は、そのまま弾丸のごとき勢いでこちらへと射出された。


「……!」


 「直撃する」。

 当然の結果を予測した脳が、主人の脚に火矢の軌道からの退避を命令する。


 ——が。

 八割がた終了していた回避行動を阻害するように、直感が俺の身体を強引に引き倒す。


「——っ」


 直後。

 3本目の火矢が唐突に軌道を変え、俺が今まで立っていたその場所へと突き刺さった。

 制服の裾を焼いた火矢は床へと吸い込まれ、見た目を裏切らないだけの焦げ跡を残す。いくら小さなサイズとはいえ、まともに受ければ被害を被るのは疑いようもない。


「ふむ……どうにもまだ()調()()ではない、といったところか? 動きが随分と鈍いようだが」


 ふらつきながら身体を起こす俺に対し、男はあくまで自然体のまま話し続ける。

 旧来の友人に向けるかのような言葉のどこにも、敵意や悪意の類は存在していない。ともすれば抱擁さえもしそうな声色のまま、男は俺に照準を合わせている。

 その言葉を聞くに、どうやら一連の動きで何かを察知したらしい。知りたいのは山々だが、今の俺には現状の把握だけで手一杯だ。


「何しに来たんだ、あんた」


「私の素性(すじょう)などどうでもいいだろう? 私は悪役で、きみはヒーローだ。なら、やるべき事など最初から決まっている。さあ、もっと見せてくれ」


 苦し紛れに口にした質問は、しかし相手にされることすらもない。

 会話ですらない、全く噛み合わないそのやりとりを挟んで、再び男が指を鳴らす。

 またしても瞬時に出現し、こちらに照準を合わせる火矢。10本をゆうに超えているそれら、その全てが軌道を自由自在に変更できるのだとすれば、最早俺に残された逃げ場などない。


「…………」


 全身からじっとりとした汗が吹き出し、握り込んだ拳が揺れる。

 生唾を呑み込めば、嫌な感覚が喉元を滑り落ちていく。


 選択肢はふたつにひとつ。このままおとなしく殺されるか、戦うことを選ぶかだ。


「……俺が戦えば、お前は満足するのか?」


 ——まさか。なんの冗談だ?

 全てを見透かしているかのように、頭の片隅に居座る『俺』がせせら嗤う。


「ああ、勿論。私はずっと、この瞬間を待ち望んでいたのだからね」


 ……その通りだ。俺は自分の意思で、自らこの場所に足を踏み入れたのだから。


 導かれるかのように、震える指先が目的のものに触れる。

 ポケットにねじ込んだ人造神器は、人肌に触れて生暖かい熱を放っていた。


『ああ、もちろん。最初から、それだけがお前の望みだろう?』


 選択肢など最初からない。抑えきれない欲望が、次の展開を焦がれるように指し示す。

 人造神器の底面に指を押し当てれば、刃が音もなく滑らかに出現する。柄の形にさえ目をつぶれば、その形状は立派な日本刀と呼んで差し支えない。

 確かめずともわかる。これは本物の武器だ。

 人を傷つけ、殺すことさえもできる武器。俺は今、紛れもない殺人の道具を手にしている。


『他の誰のものでもない。正真正銘、この欲望はお前のものだ』


 欠けていた何かが補われたような、不自然で(いびつ)な高揚感。抑えられつけていた興奮が競うようにして、指先から人造神器の切っ先へと流れ込んでいく。

 確固たる形を取ることすらもなく、泡のように浮かんでは弾ける数々の思考。それらは最初から()()()()()()かのように、戦闘の最適解を模索し始める。


「……どうだかな。期待に添える自信はないんだが——」


 逡巡、困惑、いずれもこの場においては不要。であれば、捨てることに何も躊躇いはない。

 散逸した意識が、乱雑に解放される思考が。

 すべては鋭敏に削ぎ落とされ、一つの道へと収斂されてゆく。


「——とりあえず、話し合うつもりがないってことはよく分かったよ」


 軽口の答えが返ってくるその前に、男のもとへと一歩を踏み込む。

 地面を蹴り飛ばすと同時、一斉に放たれた火矢の大群。そのすべてに構うことなく、ただひたすらに前へと駆ける。

 首元を擦過(さっか)し、脇腹を焦がす数々の火矢。しかしそれらは(ことごと)く、俺の動きを制限するために放たれた布石でしかない。

 本命の火矢はたった1本。それさえ把握していれば、ダミーなど向こうの方から勝手に避けていくというものだ。

 死角から襲いくる火矢の位置を把握した上で、物は試しと人造神器を振るう。(ひるがえ)る刀身に弾かれたそれは、そのまま軌道を歪めて床へと突っ込んだ。


「——ほう。見事な手際だ」


「なら、それにふさわしい反応をして欲しいんだがな」


 その間、わずか数秒。

 火矢をすべて躱され、瞬く間に目前まで肉薄されたはずの男。喉元まで迫った刃を前にして、しかし彼の口調は涼やかなままだ。

 一瞬で状況をひっくり返されたにも関わらず、男は表情一つ変えずに感嘆の言葉を口にする。その口元に浮かぶ微笑は圧倒的な余裕に裏打ちされ、いかなる出来事だろうと小揺るぎもしない。

 最後の火矢を叩き落とし、男の首を刎ねるつもりで放った一閃。


 ——しかし。それは、いつの間にか男の手に握られていた小さなナイフによって阻まれていた。


 無論、ただのナイフではない。その刀身を覆うのは、瞬時に形成された氷の刃だ。

 精巧な彫刻とも見紛うほどのそれは、刀身を一瞬にして数倍の大きさへと拡張していた。ソードブレイカーにも似た氷剣は、その特異な構造によって俺の攻撃を絡め取る。


「反応しているとも。しかし……なるほど。今のきみは未完成ですらない。いかな怪物といえど、孵ったばかりではどうしようもない」


「随分と辛口なことで」


 至近距離で組み合った状態から、もう一度人造神器の底面に手を触れる。

 相手に飛び道具がある以上、雑談に興じていてもいずれ串刺しにされるだけだ。手札が圧倒的に貧弱な今、間断なく攻め続ける以外の選択肢など存在しない。

 武器が邪魔になるのなら、その武器を消してしまえばいい。

 鍔迫り合っていた人造神器の刃をボタンを押して収納し、がら空きになった男の側面へと一気に回り込む。


「まさか。こと才能に関して、私の目に誤りはなかったと断言できる。君は規格外の逸材だよ。君はすぐに、私の想像を遥かに超えるものに成長するだろう。ただ——」


 が、届かない。


 男が右手の人差し指をこちらに向けたのを視認し、直感的に後方へと大きく離脱。間髪を入れず生成された十数本の火矢が、それまで俺がいた位置にまとめて降り注いだ。

 いかに一本が小さいとはいえ、すべてが直撃すればひとたまりもない。あんなものをモロに受けてしまえば、焼きたてのミンチになるのは避けられないだろう。

 仕切り直しだ。これまでに得た情報をもとに、もう一度この男を相手取る道筋を立て直す。

 

 ——ああ、素晴らしい。

 

 熱に浮かされた脳内で、喜悦(きえつ)に咽ぶ声がする。

 血が、肉が、俺を構成する全てのものが、言い様のない歓喜に打ち震えている。


 ああ、そうだ。この感覚こそ、俺がずっと求めていたものだ。

 どれだけ遠ざけられようが、どれだけ深い眠りに落ちようが。結局、俺は必ずここに戻ってくる。


 誤魔化すことなどできるはずもない。この瞬間こそ、俺の求める最上の——


「——ただ。残念ながら、タイムアップのようだ」


 瞬間。

 ひやりとした冷気が、俺の右足に纏わりいた。


「……?」


 束の間の疑問。

 原因不明の問題に対処するため、思考が身体に生じた異常を隈なく探す。

 

 だが。それは、刹那のうちに警告へと変わる。

 

 冷気の出所——それは、いつの間にか床に縫いとめられていた俺の足。

 文字通り氷漬けにされていた足を認識すると同時、かつてないほどの警鐘が脳内に鳴り響く。


「楽しかったよ、ヒーロー。これは餞別だ」


 一瞬で膨れ上がった情報の只中にあって、なおも男は微笑みを崩さない。

 ぱちん、と。男が三たび指を鳴らせば、その頭上に氷細工が如きナイフが並び立つ。

 最初から、半分の手札で勝負されていた。完全に遊ばれていたという事実も、この状況を前にすれば些細なものだ。

 無慈悲な冷気が、固められた右足を通じて思考に突き刺さる。

 ()()()を封じられた今の俺では、数秒後に降り注ぐそれらを回避することなど望むべくもない。

 どのような原理なのか、そんなものはこの際どうでもいい。重要なのはたったひとつだけ。


 何もしなければ、俺はここで死ぬ。


「さて。名残惜しいが、ここでお別れだ」


 視線が交錯し、無数の刃が放たれる。

 決断する時間など、最初から存在しなかった。

英雄——ヒーロー。この作品におけるそれは、一般の意味とは少し違うかもしれません。


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