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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
20/126

1−19/開戦

続いて魚見視点です。

 爆発、そして地響き。響き渡る轟音に、武道場にいた全員の動きがピタリと止まる。


「え……なに?」


 香純が戸惑ったように声を上げ、不安そうに辺りを見回す。

 もちろん、彼女だけが特別というわけもない。予想外そのものの事態に、この場にいる人間が等しく動きを止められていた。

 皆が皆、彫刻のように一様に固まる中。不安が人から人へ伝染し、誰もが困惑した表情で顔を見合わせる。


 ……これは、まずい。


 つとめて焦りを顔に出さないよう、頭を必死に回転させる。

 喉まで出かかった声は気合で押さえ込んだものの、それで稼げる時間はごく僅かしかない。

 面食らっているのは僕も同じだ。余裕綽々という訳にはいかないし、そもそもそんな強キャラムーブは僕には出来ない。先輩のおかげで多少の心構えはできていたものの、こうなることは紛れもなく想定外だ。

 どのみち、この膠着(こうちゃく)状態は長くは続かない。停止した思考力が取り戻されれば、次にやってくるのは未知への不安だ。

 次第に増幅されていくそれは恐怖を呼び起こし、最悪の場合大きなパニックを引き起こす。そうなれば、収拾をつけるのは困難を極める。

 アクションを起こそうにも、残された時間はほとんどない。考えている間にもう一度爆発が起こる可能性も大いにある。

 パニックを鎮められるだけの、具体的かつ即効性のある手段を今ここで用意できなければ、初動が大きく出遅れることは確定だ。


「はいはーい、静かに。ちゅうもーく」


 ——しかし。

 今回に限って言えば、その手立ては驚くほど簡単に用意できるものだった。


 たった一度。坂本さんが声を上げただけで、ざわめいていた集団は一気に静まり返る。


「全員こっち見たか? バッチリ見たか? ならいい。ぱっぱと要件だけ話すぞ」


 平時と何も変わらないその声に、浮き足立っていた空気が明らかに変わる。

 不安げに瞳を揺らめかせる香純も、幾分落ち着いた様子で坂本さんを注視していた。居住まいを正す生徒こそ多いものの、その顔に映る不安の色は先ほどよりも明らかに薄い。


 ……ただ一人。厳しい顔つきのまま押し黙る、樋笠先輩を除いては。


「あー、今の爆発だが、異常事態であることはまず間違いない。俺はその原因を確認しに、これから本部へ戻る。が、残念ながらその間、ここが襲撃されない保証はない。恭平」


「はいはい」


 端的なその指示に合わせ、閉ざされた武道場の扉を開け放つ。

 途端に飛び込んできた光景に、背後で誰かが息を呑む気配がした。

 それを咎めようとは思わない。むしろ、それが妥当な反応だ。

 この光景を見てなおも笑っていられるなら、それは紛れもない「本物」だ。素質アリと見なされて、今すぐに軍からスカウトが来てもおかしくない。


 ——そこにいたのは、無数の「敵」。


 性別も年齢も服装も、恐らくは国籍すらも。何ひとつとして共通点のない人々が、虚ろな目で武道場の外を徘徊している。ゾンビ映画もびっくりの、B級ホラーのような光景だ。


「なるほど、()()()()()()()か」


 誰もが生唾を呑む状況の中、相撲の中継でも見るかのような呑気さで坂本さんが呟く。その言葉を待っていたかのように、彼らの生気のない瞳が一斉にこちらに向けられた。

 坂本さんを捕捉したのは、武道場からほど近いところを徘徊していた7人の敵。示し合わせたようにこちらに踏み込んでくるそのさまは、敵というよりも兵士と呼んだ方がふさわしいか。

 動きこそ単調ではあるものの、そこには確かな統率が存在する。おまけに、その手に携えているのは紛れもない神器そのものだ。この人数の星刻者を一度に相手取るなど、並大抵の使い手では不可能に近い。


 ……でも。

 目の前にいるのは、残念ながら並大抵の人間じゃない。


「恭平」


「了解」


 たった一言。

 意思疎通を最小限の行動で済ませ、扉から離れる僕と入れ替わるようにして——


 坂本さんの姿が、一瞬にして「消えた」。


 人型の暴威(ぼうい)が目の前を通過し、同時に兵士たちが根こそぎ吹き飛ばされる。

 防御体勢を取ることも叶わず、7人がみな一様に宙を舞う。ボロ切れのように吹っ飛んだ彼らは、そのまま地面に叩きつけられ、そのまま跡形もなく消滅した。


「んお、案外脆いな……やっぱパチモンか。にしても大規模だな」


 背後の面々を置き去りにしたまま、なんともない様子でひとりごちる坂本さん。

 世間話でもしているような軽い口調に、僕ですら危機感が狂いそうになる。


「さて、お前ら。今のを見ててわかったと思うが、こいつらは形だけの兵隊、幻影で出来た代物だ。それなりに攻撃力やら知恵はあるようだが、その分防御は紙装甲と言っていい。数発強いのを叩き込めば、こんな風に簡単に倒せる。どれだけ強かろうが所詮は雑魚mob(モブ)ってことだな……っと」


 悠々と話すその背後で、新たに3人の兵士が坂本さんに襲いかかる。

 消滅時の逆再生のようにして、虚空から()()した彼ら。その様子は、さながらゲームで無限湧きする雑兵のごときだ。


「んで、ここからが本題なんだが。程よい強さがある上にリポップするこいつらは、お前らの経験値稼ぎに最適だ。さっきやったことの実践にもなるだろう。そこで、だ」


 しかし、当たらない。


 最小限の動きで為される回避と、そこから繰り出される芸術的なまでのカウンター。たった一撃で兵士たちを消滅させた坂本さんは、何事も無かったかのように話を再開する。

 危機感がないように見えるものの、あえてそう振舞っている面もあるんだろう。

 トップが泰然(たいぜん)自若(じじゃく)としているだけで、気の持ちようは随分と変わってくる。……もちろん、何割かは素だと思うけど。


 そして。体裁を取り繕っていると言うのなら、それは僕にも多いに当てはまる。


 どうにか寸前で踏ん張っているおかげで、今の僕は平静を保っているように見えるはずだ。その裏で必死に頭を回していることを隠し通せる程度には、僕も演技力というものを身につけている。

 今の僕ができること、それ自体はそう多くない。だからこそ、打てる手は一つでも実行に移した方がいい。他人に頼むのは心苦しいけど、何もやらないよりはマシなはずだ。


「お前らの中でこいつらを倒せる自信がある奴は、ここをなんとかして守れ。ただし、深追いはなしだ。必ず自衛に徹すること。倒せる自信がない奴は、ここに(こも)って絶対に出てくるな。飛び道具がある奴は援護してもいいが、必ず当てられる状況以外では使うな——以上だ。さっきも言ったが、俺は今から()()()へ戻って指示を出す」


 気持ち早口に、しかし聞き取りやすい芯の通った声で。一息のうちに伝達事項を並べ立てた坂本さんは、最後に僕の方へと向き直る。


「恭平、お前はこっちに残って戦え。死にそうなら最悪ロックも外していいが、くれぐれもやり過ぎないようにな」


「了解、努力はするよ。……それと香純、さっきのこと、よろしくね。できたらでいいから」


 背後にいる彼女に目配せしつつ、下された指令に首を縦に振る。

 ロック解除のお触れが出るのは正直予想外だったけど、戦力はあるに越したことはない。

 淀みないその指示で勢いを取り戻したのか、武道場の面々は既に戦闘態勢に入っていた。わざわざ力試しに来るだけあって、戦闘に対する忌避感はさほどないらしい。

 坂本さんであれば、軍本部の司令室に着くまでに一分もかからないだろう。どれだけの障害があろうと、この程度では時間稼ぎにもならない。


 さて。香純に「お願い」も聞いてもらえたことだし、僕は僕の仕事をしなければ。


 いくら好戦的な人間が集まっているとはいえ、本気の場では何が起こるか分からない。わけても大半の生徒には初めての実戦、イレギュラーは確実に起こるはずだ。

 兵士たちを纏めて吹き飛ばし、坂本さんが足に力を込める。その様子を横目に見つつ、僕も戦線に加わろうと——


「……っ」


 その時。


 思わず行動を止めてしまったのは、第六感でも虫の知らせでもない。


 もっと単純で、簡単な話。()()()()()()()()()()()が、そこにあっただけのこと。


 ——僕は初めて、坂本さんが攻撃を喰らうのを見た。

 

 数メートルの距離を吹っ飛ばされた坂本さんは、武道場の壁に背中から追突して止まる。一瞬前まで坂本さんが立っていた地面には、爆発が起きたように大きく抉れた痕があった。

 

 そして。もうもうと立ち込める砂煙、その中から現れたのは。


「ぁん? 思ったよりダメージねぇなオイ。ま、そうじゃなきゃ楽しめねぇからいいんだけどよ」


 ひとつ。身に纏う物々しい空気を裏付けるかのごとく、その手に携えられた無骨な突撃銃(アサルトライフル)

 ふたつ。それとはあまりに不釣り合いな、短パンにタンクトップというラフそのものの格好。

 そして、みっつ。極め付けに、人を小馬鹿にしたような軽口。


 そのすべてを併せ持つ、傭兵のような身なりをした白人の青年だった。


 絶対的な自信を表すような笑みが、釣り上げられた口元から覗く。粗野ではあるものの、その口から溢れ出す日本語は流暢そのものだ。

 一見して隙まみれの格好とは裏腹に、その立ち居振る舞いには微塵の油断もない。

 次の瞬間には躊躇いなく発砲できるだけの、確かな力量と自信。その両方が、ふざけた態度の裏から滲み出している。


「っ……」

 

 何よりも。この男の現れ方、それは現状において最高レベルに危険なものだ。


 混乱していた戦況を加味しても、この場の誰にも——坂本さんにすら気取られることなく、一瞬で現れてみせたその能力と手腕。完全な奇襲をされていれば、完全に場を制圧されていたことは火を見るよりも明らかだ。

 リーダーか、あるいは幹部格か。いずれにせよ、襲撃者の戦力において、上から数えたほうが早いであろうことは想像に難くない。


「ったく、痛ってーな……徘徊ネームドにしたって強すぎだろ」


 緊張感の欠けたセリフと共に身を起こした坂本さんが、男の正面に立ち塞がる。

 爆発をモロに受けたものの、どうやら服が焦げている以外は全くの無傷らしい。最悪の事態を免れていたことに、この状況にも関わらず安堵の溜息が零れ落ちる。


「ワオ、バカみてぇに硬ぇなアンタ。そこは期待通りだ」


「豆鉄砲じゃ大したダメージにもならねえよ。武器だけでもG級に変えてもらったらどうだ?」


 軽口を叩きながら睨み合う二人の間からは、しかし(ほとばし)るような威圧感が放たれていた。

 巻き込まれることを恐れたのか、周囲の戦線はじりじりと後退し始める。生徒たちのみならず、幻影の兵隊たちまでもがみな一様に遠ざかっていく。

 一瞬にして作り上げられた、()()のための砂塵舞う武舞台(ぶぶたい)。そこに立っているのは、この戦いの主役である彼らだけだ。


「ま、イイや。オレの役目はアンタの足止めなんでな——悪ィが、暫くは俺と遊んでてくれ。出来ればコトが終わるまでな」


 会話を打ち切り、男が至極当然といった口調で銃口を坂本さんに向ける。


「……っ」

 

 一転して追い込まれた状況に、我知らず小さな呻きが漏れる。

 いくら坂本さんでも手の内が未知数の、増してやこのクラスの相手では、強行突破はまず不可能だろう。

 守るべき生徒を背後にしている現状、正面からの勝負は成立しないとすら言ってもいい。今は坂本さん一人に興味が向いているようだけど、それもいつまで続くかは相手の気分次第だ。

 この場での最良の選択は、この膠着状態を維持すること。しかしそれでは、本部に戻るという坂本さんの目的が果たせなくなる。そして、相手が「足止め」を標榜(ひょうぼう)している以上、その間に別働隊が動いていることは疑いようもない。


 はっきりしているのはひとつ。どちらにせよ、坂本さんは動けないということ。


 で、あるのなら。この状況で、僕がすべきことは——


「恭平、作戦変更だ。本部へ伝言を頼む。至急だ」


「通信機とかないの?」


「全部置いてきた。んで伝言なんだが、『701号室に向かえ』。鬼島か、居なければ滝川にでも言えば意味は通じるはずだ。必要なら今すぐロックを外してもいい。頼んだぞ」


「坂本さんは?」


 なんで軍のトップが通信手段のひとつも持っていないのか。この緊急時に文句のひとつも言いたいところだけど、まとめて携帯を置いてきた以上、僕も大きな口は叩けない。


「コイツと適当に遊んでから行くさ——くれぐれも気をつけろよ。俺を止められる奴がいる時点で、コイツらは相当ヤバい」


「……了解。坂本さんも気をつけて」


 言いたいことはあっても、今はそれを言葉にする余裕がない。指示が出された以上、ここでぐずぐずしていても時間の無駄になるだけだ。

 対峙(たいじ)する二人を横目に見ながら、本部へ向けて走り出す。男は意外にも手を出さず、余裕の表情で僕を見送った。


「止めないのか? 意外だな」


「オーダー以上のことはしたくないんでね。そもそも、オレはアンタが居たからこんな所まで来たんだぜ——分かるだろ、十二宮殺し(ゾディアックキラー)。俺はアンタと本気で遊びてぇんだよ」


「遊びたいって気持ちはよーく分かるが、生憎余裕が無いんでな。それはまたの機会だ」


 背後から聞こえてくる会話が途切れ、水を打ったような静けさが訪れる。

 たった一瞬。予兆のように震える空気が、完全な静寂に身を浸す。


「……っ!」


 そして——それを認識した時にはもう、爆音が僕の隣を一直線に駆け抜けていた。

 心配事といえば、武道場の面々が巻き込まれないか否かだけど……坂本さんなら上手くやってくれるはずだ。というか、やってくれないと色々困る。

 わらわらと、無尽蔵に湧いて出る幻影の兵士たち。その群れを潜り抜け、あるいは蹴り飛ばし、本部への道をひた走る。

 武道場から離れたらもしかして、との思いも叶うことはなく、数が減る気配は一向にない。むしろ広いところに出た為か、より増えているようにすら思える。


 最速で本部までたどり着くこと。それが今の僕の任務であり、最優先すべき事柄だ。

 ——となれば当然、手段を選んではいられない。


「悪いけど、時間が押してるんだ」


 正午で止まったままの腕時計。その竜頭(りゅうず)を押し込むと同時、力の沸き立つ感覚が溢れ出す。

 

 搦手はこの際なしだ。最速最短で押し通る。

前哨戦では吹っ飛ばされた魚見、その真の実力が見られる……かも。


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