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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
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1−18/疾走する本能

まずは俊の視点から。

 ズン、という腹の底に響く轟音と、一拍遅れてやってくる地鳴り。俺にも感じとれる程に大きいそれは、延々と俺を引き止めていた博士の気を逸らす程度の効果はあったらしい。


「……なんだい? 今の」


「さあ? 花火でも上がったんじゃないか」


「うーん、今日は特にイベントはなかったはずなんだけどね。暴走でもあったのかな?」


 軽口にしては恐ろしいことを口走りつつ、モニタに向き直る博士。暴走が日常的に起こる世界、さらりと流されているが恐ろしいことこの上ない。

 次々に映されては消えていく、泡沫(ほうまつ)のような情報の波。あくまで平時と変わらないその表情が固まったのは、今しがた届いた一通の通知を開いた瞬間だった。


「なんだこれ? 第一種……」


 長々と書かれている本文に対し、件名はあまりにも単純だ。

 「第一種警戒態勢」。やたらと物騒な銘を打たれているあたり、尋常な内容ではなさそうだが、何が原因なのかは全くわからない。


「……マズいな、これ。直接管制室に行くしかないか」


 が。


 メールに目を通すが早いか、博士は深刻そのものといった表情で立ち上がる。

 その口ぶりから察する限り、とてもではないが冗談で済ませられそうなものではないのは確かだ。


「……事故でもあったのか?」


「さっきの爆発、あれのことだよ。何者かによる襲撃が起きてる。目的も規模も不明だけど、少なくともここで手をこまねいてる場合じゃない。少しでも多く情報を集めて、司令部と共有しないといけないからね」


 疑問に答えながらも手を休めることはせず、手早く荷物を取りまとめる博士。

 そのテキパキとした動きのどこにも、今までのふざけたテンションは残っていない。


「襲撃——」


 つまり、何者かによるテロ行為。文字列にすれば単純極まりない事実が、現在進行形で起こっている。

 ……もちろん。荒唐無稽な話だと、笑い飛ばすことはできるはずもない。

 そうした外敵と戦うのが星皇軍の役目であるということは、奇しくもたった今説明を受けたばかりだ。星屑と会敵した時に比べれば、現状の事態はよほど理性的に受け止められる。


 だが——いくら頭では理解していても、あまりの唐突さに面食らってしまう。


「申し訳ないけど、きみはここに留まってもらうことになる。なに、心配しなくてもいい。こんな辺鄙な場所が狙われることはまずないだろうし、今外にいる学生達よりはよほど安全だ」


「……つまり、待機してればいいってことか?」


「ああ。不便をかけるけど、暫くは大目に見てくれ。いいね?」


 確認するかのように立てられた、すらりとした博士の人差し指。切迫した調子で下されたその指示に、戸惑いつつも首肯(しゅこう)する。

 いくら呆けた頭とはいえ、それくらいは理解しているつもりだ。何もしないのは気まずいものがあるが、だからと言って何ができるわけでもない。

 何が起こっているのかもわからない現状、闇雲に動いて得することなどひとつもない。俺にできる唯一のことは待機であり、それが最適解なのは自明の理だ。


「緊急の時は、その電話を使えば僕に繋がるよ。それじゃ、ちょっと待っててくれ」


「……ああ。気をつけて」


 最後にそれだけ言うと、博士は白衣を翻して部屋を飛び出していく。

 どたんばたん、と大仰に響くその音も次第に遠ざかり、ややもしないうちに聞こえなくなった。


「……(せわ)しないな」


 ぽつりと呟いたその言葉は、虚ろな世界に吸い込まれて消えていく。

 やけに静かな気がするのは、部屋の主人がいなくなったからか、それとも外からの物音すら聞こえないからか。

 ガラクタが氾濫する研究室の様相は何も変わっていないはずなのに、時間の流れすらも遅くなったように錯覚する。


 ……しかし、だ。


 静寂。その中で、にわかに降って湧いた危急の命題が、俺の頭を悩ませる。

 そう、すなわち——


「……やる事が、ない」


 さて、どうしたものか。

 腕を組んでじっとしてみるものの、それで何ができるというわけでもない。

 待機の指示に頷きはしたが、一人きりで部屋に取り残されるというのは案外辛い。SNSの類で時間を潰せるならともかく、スマホも持っていない俺にはそれすら不可能だ。

 室内にある物の殆どはガラクタと未知の計器類なため、下手に物色するのも憚られてしまう。

 機械いじりの趣味でもあるなら話は別だが、生憎と俺は純文系だ。身近な電化製品の設定にすら四苦八苦するような人間が、the機械ですという風貌のこれらを扱えるわけがない。


 結果。俺の興味は、この場にある数少ない「知っているもの」——つまり、件の人造神器へと向かうことになる。


「……どうやって使うんだ、これ」


 握るのにちょうどいいサイズのそれを手に取り、しばらく眺め回してからはたと気づく。

 使うつもりも無かったのだから当然だが、俺はこれの操作方法を全く理解していない。あからさまにライトセーバーのような見た目ではあるが、残念ながら思考に反応して刃が形成される浪漫(ロマン)ギミックは搭載されていないようだ。

 やはりこういうのは、脳に専用のチップとかを埋め込まないと反応してくれないのだろうか。なんか脳内に別の人格が居座りそうで嫌だな……星門解放.netとか、それっぽい字面を想像できるあたりがまた始末が悪い。ミッションメモリの挿入口とかないの?


「——お?」


 見た目の割に軽い人造神器をなおも隅々まで検分していると、底部の一部分の手触りが僅かに異なることに気付いた。

 持ち上げて覗き見てみれば、なるほど確かに見た目も異なっている。指紋認証のような外観のそこは、そのまま押し込んでくださいと言わんばかりに静かな存在感を放っていた。


「……いや、やめとこう」


 悪魔の誘惑に一瞬揺らぎかけるも、寸前で正常な判断力を取り戻す。

 さすがに使わないと言った手前、これを押すのはどうにも気が乗らない。

 第一、これを起動したところで使い方など皆目見当もつかない。放置しておくのが賢明な判断だろう。

 人造神器を一旦放置し、さてどうしたものかと考えを巡らせる。事態の収束にどれだけ時間がかかるかも分からない中、暇つぶしの手段が無いのはなかなかに辛いことだ。


「あ〜……」


 気分転換がてら、ふらふらと研究室の外に顔を出す。

 仕方のないこととはいえ、研究室というものはどうにも息が詰まって仕方がない。閉塞感の8割くらいは博士の責任なんだよなあ……一回掃除しろマジで。

 誤解されないように言っておくが、もちろん外に出るつもりなどない。

 状況の確認がてら辺りを見回して、とっとと部屋の中に戻るつもりだった。嘘偽りなく、言いつけを守るつもりだったのだ。



 ——何の前触れもなく、唐突に「それ」は訪れた。



 違和感と、僅かな既視感。

 冷たい感覚がぞわりと背中を走り抜け、弾かれたように顔を上げる。吹き出す汗を感じて反射的に振り返るが、もちろん背後には誰もいない。


「…………!!」


 歓喜、興奮、期待。そのどれでもない、言い表しようのない感情。

 星屑に相対していたとき、確かに心中で渦巻いていたもの。確固たるかたちを持ったそれは、急速に肥大しながら俺の中で暴れ回り——そして、ひとつの方向を指し示す。


「——っ」


 迷う暇など無かった、という言い方は正しくないだろう。

 迷うことが選択肢に上がるその前に、俺の身体は動き出していたからだ。

 人造神器をポケットに捩じ込み、半ば以上引きずられるようにして走り出す。命令を聞かない身体は強力な磁石のように、俺を見たことのない目的地へと引き寄せる。

 明らかに立ち入り禁止らしい区画にも関わらず、俺を止める者は誰もいない。何かに駆り立てられるままに奥へ奥へと駆け抜ければ、あっさりと俺はその場所へと辿り着いていた。


「……ここ、が」


 行き着いたそこは、ただ一枚の素朴な扉。文字通り何の変哲(へんてつ)も無いそれは、俺の眼前で静かに佇んでいる。

 第二資料保管室。その名前の通り、ここは研究資料を保管しておくための部屋なのだろう。

 一見した限りでは、この薄い一枚の扉に不自然な点は何もない。


 だが。

 俺の中の「何か」は——俺をここまで急き立てた何かは、心臓を食い破らんばかりに大声で主張する。


 何も間違えてなどいない。(お前)の目的となるものは、正しくこの扉の先にあるのだと。

 震える手でドアノブに手をかける。全身を駆け巡る感覚はかつてないほどに肥大し、今にも俺という殻を引き裂こうとしていた。


『さあ、ゲームスタートだ。楽しもうぜ? 他でもない、お前自身が望んだことだ』


 意識の片隅で響く声。その声は、プレゼントを受け取った子供のように無邪気そのものだ。


 あるいは。『俺』は知っているのかもしれない。

 これから開け放たれる()()()()()の、パンドラの箱の中身を。

 扉という包装を剥がした先に、果たして何が待っているのかを。


 猫は生きているのか、それとも。


「————」


 逡巡の後、意を決してドアノブを押し込む。

 鍵のかかっていないそれは、驚くほど簡単に部外者の侵入を許した。教室ほどの広さのその部屋が、闖入者(ちんにゅうしゃ)である俺を迎え入れる。


 そして。


 そして、そこに居たのは。

猛り、暴れ、燃え盛る。その「中」にいるのはだあれ?


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