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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
18/126

1−17/デモンストレーションじゃ終われない

前回のあらすじ

博士、モニターを獲得。

 宣言通り、ありとあらゆる手を使ったデモンストレーション。最終的には神器の一本まで持ち出したにも関わらず、結果は言い訳の余地がないほど惨敗だった。お情けで一撃ぐらい入れさせてくれてもいいと思うんだけどなぁ、としみじみ思う。

 そして、僕を5分間ボコボコにし続けた坂本さんはというと。


「ほりゃ」


「え……ちょっ、待」


「はい、次」


 ひたすら無双していた。恐ろしいことに比喩でも何でもないんだよね、これ。

 最初は様子を見ていた挑戦者たちも、今は手加減のかけらもない全力で挑みかかっている。

 途中から坂本さんが神器の使用を認めたこともあって、中心地もはや修羅場とでも呼ぶべき有様だ。いささか品にかける表現だけど、事実そう表現するのが一番適切なんだから仕方がない。

 ちなみに神器の使用許可が出た瞬間、ほぼ全ての生徒が躊躇いなく神器を使い始めていた。確かに使う機会がなくて飢えているのはわかるけど、それにしたってこれは行き過ぎな気もする。

 一応飛び道具の類はある程度制限を設けているらしいものの、この騒ぎの中ではとても……ほら、また一本飛んできた。


 しかし。一対多であるにも関わらず、挑戦者たちの攻撃は一度も坂本さんに届いていない。


 ある者は床に転がされ、ある者は投げ飛ばされ、またある者は叩きつけられる。映画にしたら大ヒット間違いなし、倍速でないことが信じられないほどの大迫力アクションだ。

 そして、極めつけは。


「あ~もう、疲れた……何なのあの人、何されたのか全くわかんなかったんだけど」


「あ、お帰り香純。どうだった? 何か掴めた?」


「なーんにも……気がついた時には転がされてたから。だいたい、なんでずっと動きっぱなしで平気なの、あの人? ほんとに人間?」


「それは常日頃から僕も思ってる」


 そう。デモンストレーション以降ずっと戦い続けているにも関わらず、坂本さんの動きのキレは全く衰えていない。坂本さんの人間じゃない疑惑はどこまで上がるんだろうか。

 よいしょお、という豪快な掛け声とともに、女子らしからぬ勢いで香純が腰を下ろす。

 その不服そうな表情を見るに、三回目の挑戦でも掴めたものはなかったらしい。まあ、あの秒殺じゃ無理もないというか、何か掴んでいたらそっちの方が驚くくらいだ。

 ……え、僕? 僕は最初のデモが終わってからずっと見物を決め込んでます。これ以上殴られにいくほど物好きじゃないんで。


「ていうか、あの人って何かやってたの? まさか武道未経験とか言わないよね」


「そのへんもよくわからないんだよねぇ。一通り(かじ)ったとは言ってたけど、相手に当たればいいって結論に行き着いたらしくて……あ、でも刀は練習して使えるようになったらしいよ」


 ちょうど今も、坂本さんが竹刀で飛び道具を叩き落としたところだった。ハエ叩きの要領でペシっと落としたそれ、威力も速度もそれなり以上だったと思うんだけどね。

 ちなみに剣術を練習した理由は、「それっぽく見えるから」らしい。コレやってたら女の子にモテたんだよ、とか(うそぶ)いてたけど、竹刀の正しい使い方は絶対そうじゃないと思う。


「ふーん……でも、一応軍の偉い人なんでしょ? あの坂本さんて人。みんな手加減抜きで殴ったりしてるけど、いいの?」


 至極もっともな香純の疑問に、思わず小さく苦笑が漏れる。

 初対面の人間に一応呼ばわりされるの、軍のトップとしてはどうなんだろうか……あながち的外れとも言い切れないあたり、坂本さんのダメさ加減が透けて見えてくる。


「いいんじゃない? 坂本さんもそのへんはわかってると思うよ。訓練だし」


 そもそも坂本さんだし。ま、上に立つものにはフランクさも必要、ということにしておこう。

 偉い人ではあることは確かなものの、個人としての評価値としては疑う余地なく今が最大だ。知れば知るほどダメな所が見えてくる人間っているよね。誰とは言わないけどさ。


「……まあ、それならいっか。それよりいつもこんな感じなの、あの人の特訓って?」


「いつもこんな感じかなぁ」


 意外そのものといった瞳で尋ねられると、逆にどんなものを期待していたのか時になってしまう。むしろこんな感じじゃなかったことがないんだけどな……。


「うーん、うまくは言えないんだけどさ。なんかもっとこう、必殺技! とか、秘密の型! とか、そんなのを教えてくれるんじゃないかって期待してたんだけど」


「必殺技ねぇ……」


 純真な眼を煌めかせる香純に、さてどう答えたものかと一考する。そんな都合よく、かつ手っ取り早く強くなれる秘奥義とか、あるなら僕が教えて欲しいくらいだ。

 本人は指導と言い張ってるけど、何も教えて貰った覚えはないし。そもそも何かひとつでもまともに教えられているなら、僕はこの数年でもう少し強くなっているはずなのだ。実践派と言いつつ、体のいいサンドバッグにされてるだけの気もする。

 ……というより、大前提として。


「あの人がそのへん重視するタイプに見える?」


「見えない」


 だよね。僕もそう思う。


「これでも一応、いつもよりは手加減してると思うよ? 一対一(タイマン)だとこんなものじゃないし、仮にもセーブくらいはしてるのかな」


 教えるのとかめんどくさいし、とりあえず全員かかってこい。そんなことを言い出した時はどうなることかと思ったけど、いざ蓋を開けてみればこの有様だ。

 デモンストレーション直後、息も絶え絶えな僕の横でそんなことを宣言するあたり、あからさまに当てつけの類だと思う。まあ僕も挑発したから、自業自得と言えばその通りなんだけど。


「あれでセーブとかしてるんだ……あっ、拓海先輩」


 ともすればやや引き気味に、素朴な感想を口にする香純。そのテンションが分かりやすいほどに変化したのは、武道場の中心に新たな動きがあったからだった。

 木刀を携え、今まさに坂本さんと対峙する(くだん)の「先輩」。その存在感と、何より香純の声に釣られて、あてもなく彷徨わせていた視線を中央に引き戻す。

 高等部二年生、樋笠拓海——ひと通りの情報は頭に入れていたものの、直接顔を合わせたのは今日が初めてだ。

 礼儀正しい理想的な人物、という香純の人物評が間違っていなかったことは、挨拶程度の会話でも簡単に理解できたけど……さて、その実力はいかほどか。

 正直なところ、見極めてやろうという気持ちがなかったと言えば嘘になる。

 しかし——


「……すごいね、あの人。坂本さんとワンセット持つ人なんてなかなかいないよ」


 そんな言葉が、半ば無意識に口を衝いて出る。それほどまでに、彼の動きは鮮やかだった。

 挨拶がわりの初撃を難なく(かわ)し、その手に持った木刀で一閃。それを受け止められたことに僅かに眉を動かしたものの、その動揺も一瞬のこと。続けざまに放たれる攻撃を危なげなく跳んで回避し、流れるような体捌きで反撃を叩き込む。

 素人目でもわかるほどに洗練された動きは、ともすれば演舞と見紛うほどに流麗なものだ。文字通りデタラメな動きをする坂本さんとは対象的な完成されきった動作は、明らかに他の学生とは一線を画している。


「でしょ? びっくりするくらい強いんだよ! せんぱーい、がんばってくださーい!」


 なおも食い下がる先輩に、坂本さんも認識を改めたらしい。

 ギアを入れ直したことを証明するかのように、動きのキレが段階的に引き上げられていく。

 攻撃速度。力強さ。そのどちらもが、目に見えるほど明確に変化する。本腰の入った攻撃についてこれるのは、もはや先輩ただ一人だけだ。

 繰り広げられる高次元な戦闘の余波を受け、挑戦者がひとり、またひとりと渦中から叩き出されていく。うち何人かは明らかに巻き込まれ事故というか……うん、弾除けだこれ。あの先輩器用だなぁ……。


「——いや、やるな。学生にここまでのやつがいるとは思わんかった。名前は?」


「……樋笠、です」


「樋笠……ああ、なるほど。()()()()()()か。それなら納得だ」


 二人を除き、すべての人間が弾き出された中心部。舞台の上で交わされる会話は、さながら決闘前の名乗りのようなものか。

 これまでの乱戦が嘘のように、場が膠着(こうちゃく)状態に突入する。水を打ったような静けさが広がるのは、この場にいる人間すべてが固唾を飲んで勝負の行方を見守っているからだ。 

 今すぐに激突しても、容易には決着がつかないことを理解しているのだろう。先輩も焦ることはなく、仕切り直しとばかりに大きく距離を取って構えようとする。


 ——でも。

 断言できる。ことこの局面に限って言えば、その選択は間違いなく判断ミスだ。

 

 ……まぁ。その理由は、僕が常日頃からうんざりするほど「これ」をもらっているから——なんて、極めて残念な経験からくる確信でしかないんだけど。


「そーれ」


 そして、次の瞬間。

 気の抜けた坂本さんの掛け声と共に、先輩が景気よく吹っ飛ばされた。


「……え?」


 うん、わかる。やっぱり初めて見たら誰でもそんな反応になるよね、普通。

 でも、それも仕方のないことだ。この攻撃を数えきれないほど貰った僕でさえ、今だに正確な説明はできないのだから。

 吹っ飛ばされて困惑気味の表情を浮かべる先輩も、この場にいる人間の総意を表すかのように呟く香純も。

 全くもって正常、当たり前の反応だと言っていい。


「……ねえ、今のってただのパンチだよね」


「うん。タネも仕掛けもない、ただの強パンチだよ」


「だよね、やっぱり。でも——」


「うん。あの距離はパンチじゃ届かないよね、絶対に」


「……どういうこと?」


「ほんとにどういうことなんだろうね……」


 隣で呆ける香純に説明を求められるものの、何をどう言えばいいのかまるで分からない。

 「坂本さんの拳が空振って、近くにいた先輩が吹っ飛ばされた」。

 今起こったことを、ありのままに言葉で伝えるならこうなる。もちろん、ふざけているどころか本気も本気だ。

 無造作に振り抜かれた拳が届かないことは、誰の目にも明らかだった。にもかかわらず、坂本さんの「攻撃」は先輩を捉えていた。

 より正確に言うなれば——坂本さんの拳を起点に発生した、無色透明の衝撃波とでも言うべきもの。イメージ的には迫り来る壁のようなそれが、先輩の体を弾き飛ばした。そう表現するのが一番正しいか。

 ……むろん、僕にだけこの衝撃波が見える、なんて都合の良い話ではなく。

 特訓中に飽きるほど貰ったせいで、ただ単になんとなく理解するようになっただけだ。情けない言い方をすれば、身体が覚えているということになるだろう。

 射程数メートル、残弾無限、マナ消費もほぼなし。おまけにその気になれば連発も可能な、紛れもないクソ技だ。ゲームシステムを破壊しかねないようなこれを通常攻撃だと言い張るあたり、本当に坂本さんはどうかしてると思う。


「いやはや、完敗だよ。いい所まではいけたと思ったんだけど、あんな隠し玉があるとは思わなかった。あの衝撃波は属性攻撃とか、そういうものでもないんだろう?」


「本人にもよく分かってないらしいですよ。『なんか適当にやってたら出た』とか何とか」


「……適当にやって出るんだ、あれ」


 香純にどう説明をつけようかと頭を悩ませている間に、気づけば当の樋笠先輩はこちらに歩みを進めていた。

 なんともない様子で戻ってきた彼は、口を開きながらそのまま僕の隣に腰を下ろす。

 割とすぐに活動を再開しているあたり、ダメージそのものは問題ないレベルらしい。手加減してるとはいえ割と重いんだけどなぁ、坂本さんのあれ……さしたる障害もなく立ち直っているところを見ても、やっぱり僕とは格が違うのか。

 あくまでも楽しそうに話す先輩とは対照的に、香純は呆れたような声を出しながらぼんやりと坂本さんを眺めている。

 うん、わかるよその気持ち。僕も最初の方はずっとそれだった。


「恭平くんはあの人の弟子なんだろう? あの攻撃の対策とか、そういうものは?」


「無いですね、正直。ただ範囲は割と狭いので、当たった瞬間でも死ぬ気で横に飛べば、ある程度は受け流せます。あと弟子じゃないです」


 先輩にはフランクに接してくれていい、と言われたものの、僕のほうから丁重にお断りしておいた。

 相手は仮にも上級生、しかも僕が今まで出会ってきた中でも指折りの人格者ときている。こんな僕でも、敬意を払うべき相手ぐらいはきちんと心得ているつもりだ。


「でも、それならなんで恭平はあの人の相手になってたの? 弟子じゃないんでしょ?」


「いや、弟子ではないんだけど……定期的に呼び出されて、今みたいに稽古の真似事させられるんだよね。しかも二人っきりだから、もうキツいのなんの」


 香純の言葉で、奥底に埋まっていた雑多な記憶が掘り起こされる。

 なんだかんだで続いているこの特訓が始まったのは、遡れば小学校の高学年からだったか。

 ……もっとも。それで得た技術の大部分は、正道とは程遠い搦め手だ。

 どうやって隙を突き、裏をかき、勝負を成立させないか。そんな(こす)っからい、小悪党じみたやり方ばかり上手になった。

 こうして数年を経た今でも、まともに攻撃を当てられたことなどほぼないと断言できる。何をどうしたらあそこまで人間をやめた動きができるのか、未だにまるでわからない。技を盗むなんて夢のまた夢だ。

 

「いや、その特訓は決して無駄にはならないさ。分かりやすい結果が伴わなくても、努力そのものが消えてなくなるわけではないんだからね」


 僕の言葉を聞いた先輩は、興味深そうにうんうんと頷く。ネガティブな僕の視線に対し、あくまでも柔和な姿勢のまま言葉を紡ぎ出すのは、努力に関して一家言あるからなのか。


「……そう、でしょうか」


「もちろん。人に自慢できるほどのことはしてないけど、僕がここにいることだって、日々の積み重ねの結果だよ。君の特訓も、いつか必ず、役に立つ時が——」


 が。


 役に立つ時が来る。そう続くはずだった言葉は、しかしあと一歩のところで立ち消える。


 ——たった一瞬。言葉を口にする先輩の顔が、凍りついたようにその動きを止めた。


 それは、注意していなければ気づけないほどにわずかな変化。次の瞬間には完全に平静を取り戻していたことが、彼の力量の高さを何よりも如実に表している。

 でも。その瞳の奥にあるものまでは、どう取り繕っても隠しようがない。


「……先輩?」


 不安げに問いかける香純の声。その声で我に返ったのように振り向いた先輩は、申し訳なさそうな表情を浮かべて苦笑する。


「いや、申し訳ない。こんなにあっさりバレるなんて……積み重ねなんて言っておきながら、僕もまだまだ未熟者だな」


「……何か、気になることが?」


「ああ。空気がピリッとしてる、と言っても、伝わりにくいかもしれないけど——なんというか、『臭う』んだ。感覚的にね」


 おおかた僕の思い過ごしだろうから、そこまで深刻に捉えないでくれ。なんでもないことを強調するかのように、殊更に冗談めかした口調で先輩が告げる。

 表面上は穏やかに語る彼の微笑に、少なくとも香純は落ち着きを取り戻したらしい。居心地悪そうにもぞもぞと動きつつも、視線は再び坂本さんの方へと戻っていた。

 事実——周囲の空気は今のところ、全くと言っていいほど正常だ。特に不審な動きをしている人間は見当たらず、荒事が起こる前特有の乾いた空気もない。

 10人中10人、誰が見ても同じ感想を抱く光景。それほどまでに、この状況は平穏そのものだと言い切れる。


 ……でも。それとこれとは、また別の話だ。


 警戒はするに越したことはないし、いくら些細なものでも違和感には違いない。

 不安の芽は早めに摘んでおくべきだろう。多少の騒ぎが起こることを加味しても、ここで止めなければ万一がありうる。

 より具体的には、坂本さんに連絡だ。ホウレンソウは組織に属する人間の基本、それくらいはいくら僕でも理解している。

 重い腰を上げ、派手に暴れる坂本さんの元へと向かう。あの中にまた飛び込むのは気が進まないけど、さすがに勢い余って殴られるなんてことはないはずだ。……たぶん。きっと。


「よっこいしょっと——」



 しかし。



 どうやら、僕は一歩遅かったらしい。



 急な坂を転がり落ちるように、事態は一気に動き始める。

第一部、佳境へ。意図したわけではないのですが、ここまででちょうど半分なのが面白いですね。


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