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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
15/126

1−14/さあ、ショータイムだ

前回のあらすじ

俊→射撃場へ。迷いそう。

魚見→特訓と称した公開処刑へ。かわいそう。


 日本星皇軍第二本部。大型テーマパークもかくやというほどに広い面積を持っているこの場所にある施設は、大別すると3つの種類に分類できる。

 まず、俺が現在通っている学校、星皇学院。小中高が一緒くたになっていることもあり、それなり以上に敷地は広い。設備も充実しているため、学習環境は以前よりも良いくらいだ。

 そして、その学校の周囲に建っているふたつの施設。ひとつは俺が初日に訪れた軍の基地であり、もうひとつは研究施設と思しき建物だ。

 研究施設の隣には俺が初日に目を覚ました病院があり、魚見曰く研究施設の管轄になっているらしい。果たして病院と呼んでいいのかいまいち不明瞭だが、どうやら『星の力』を利用した治療行為をメインにしているようだ。

 一方の軍の基地、この場所については未だによくわからない部分が多い。魚見をはじめとした多くの人間が本部と呼んでいることから、この施設がここ第二本部の中枢ということは間違いないだろう。

 ……そのトップがあんな人間だと考えると、どうにも頭が痛くなってくるのだが。まあ、優秀な秘書がついている(魚見談)らしいし、たぶん大丈夫なはずだ。大丈夫じゃなくても責任は取らん。

 まあ、坂本大佐の事務能力はこの際置いておくとして。さしあたって、ここまでがざっとした地上層の紹介だ。


 しかし。ここ第二本部には、上記の3つ以外にも重要な場所が存在する。


 そう、お察しの通り地下街だ。他でもない、俺が地獄を見たあの地下街である。

 この第二本部地上層の真下に広がる地下街は、どういう原理か地上よりもずっと広い敷地を確保している。中でも地上から直接繋がっている商業区には、スーパーやコンビニのような一般的な店から専門店まで、膨大な数の店がジャンルごとに区切られて整然と並んでいるのだ。

 俺もあの朝樋笠と会えなければ、おそらくはたっぷり半日ほどあそこをさ迷っていただろう。下手したら飢え死に、地縛霊直行コースである。


 では。その地下街から、目当ての店を探し出すにはどうすれば良いのか。


 いくら同系統の店が集まっているとはいえ、広大な地下街を歩き回るのは骨が折れる。というか迷った。

 そんな(わずら)わしい道のりを大幅に短縮できる、心強い学生の味方。それこそが、地上層のそこかしこに展開されている、地下街の全く違う場所へと繋がる6つの階段だ。

 ちなみにこの6つという数、俺が暇を持て余して数えただけであり、別に確定している訳でもなんでもない。夕暮れに一人で階段を探し回る男、はたから見たら間違いなく狐狸(こり)妖怪の類だ。


 ……話を戻そう。俺が無聊の慰めに探し回ったこの階段であるが、しかしながら新入りが利用するにはなかなかにハードルが高い。


 理由はもちろん、それぞれの階段が全く別のところに繋がっているからだ。間違った階段から地下街に入ろうものならもう一大事、一時間単位で当て所なく彷徨(さまよ)う羽目になる。

 加えて今回は、目的の位置が全くもって分からないという惨状だ。射撃場はこちらという看板が出ていればまた違うのだろうが、そんな便利なものは何処にもない。

 結果。どの階段から近いのか、ヤマを張らざるを得ない状況に陥ってしまった。

 よしんば6分の1を奇跡的に引き当てたとしても、そこからまた目的地を探し回らなければならないのである。これは疑いの余地なく負け試合、生きて帰れるかも怪しいレベルの大博打だ。

 ……などと、悲観していたのだが。


「あった」


 近くの階段から地下街に入り、直感と記憶を頼りに歩くことしばし。

 なんの奇跡か、それとも因果という名の必然か。信じられないことに、現在俺の目の前にその目的地はあった。

 なお、プリントの裏にはきちんと大まかな地図が記載されていたのだが、それを見つけたのは到着後だったことも付け加えておく。脱力感とかいう次元じゃないんだよなあ……。

 なんにせよ、到着した以上はもたもたしていても仕方がない。いまいちすっきりとしない心を抱えたまま足を踏み入れると、受付のおっちゃん以外に人の気配は見当たらなかった。なんとなく病院の待合室じみた空気感があるのは、やはり何処か寂れているからだろうか。

 どうも説明を聞く限り、各々で自由に撃ってちょうだい、という感じらしい。初心者に拳銃持たせて大丈夫なんですかと聞いてみたら、当たりどころが悪くなければ死ぬほど痛いだけで死にはしないから大丈夫、と返された。初心者に寛容なのか無関心なのか、いまいち判断に困るところである。

 

『まあ、仮に体に穴が空いたとしても、即死以外は病院に行けば助かるからね。危険性なんて言い始めたら、どのスポーツも出来なくなるし。結局はやり方しだいってわけさ』


 事もなげに言い放つおっちゃんの口ぶりが、不意に脳裏に去来する。

 これほどあっけらかんと言えるのには、能力の存在も間違いなく関与しているのだろう。治癒能力が当たり前に存在する世界、その場所ならではの常識を垣間見た気分だ。

 おっちゃんに頑張ってねーと気の抜けた応援をもらい、奥へとずんずん進んでいく。中には誰もいないのかと思ったが、一番奥に一人で黙々と撃ち続けている人の姿があった。


「ふむ……」


 遠目からなのではっきりとはわからないが、線の細さを見るに女性だろうか。

 荒れ放題の髪を適当に束ねた白衣の長身は、素人目にもかっこいいと思える動きで拳銃をさばいていた。そのクルクル回すやつ、絶対無くてもいい動きだよな……真似しよ。

 見よう見まねで構えをとり、的に向かって撃ち始める。思ったより軽い反動とともに弾が銃口から飛び出していくさまは、テンポの良さも合わさって一種の爽快感もある光景だ。


「……当たらん」


 が。

 しっかり狙いをつけているにも関わらず、的には全くと言っていいほど命中しない。何発かは思い出したかのように掠りはするものの、着弾するのは真ん中からは程遠い場所だ。

 やはりこういったものは、地道に努力し続ける以外にないのだろう。そもそも、最初から百発百中の戦果をあげようとするのが間違っているのだ。カテゴリー8あたりを使えば別なのだろうが、面白いだけで使わなそうなのでやめておく。


 ……にしても、だ。

 

 先程から——銃を握った時からずっと、胸の奥に妙なものがつかえている感覚がある。

 恐らくではあるが、その正体は既視感だろう。だが、その出どころが分からない。

 射撃場に行った覚えなどないし、それ以外で銃を使った記憶などもってのほかだ。仮にそんな体験があったとすれば、間違っても忘れるはずなどないのだが……。


「……ま、いっか」


 迷宮入りの気配を察知し、思考を適当に切り上げる。考えても答えが出ないのなら、それは考えても無駄ということだ。

 頭から一連の考えを追い出して、銃を再び的に向けて構える。目標は千発百中、撃つべし撃つべし。


「あぁ、そんなに力んじゃダメ。リラックスよ、リラックス」


 と。

 その動きを阻害するかのように、背後から声が掛けられる。


 誰じゃ? 俺じゃ? 忍者! いや、ほんとマジでいつの間に背後取ったんですかねこの人……。

 謎の介入に戦々恐々としつつ、動かせる範囲で首を動かす。すると、先程まで奥で撃っていた人がいなくなっていることに気がついた。おおかた考え事に没頭していたせいで、接近に気付けなかったのだろう。


 ……しかし。

 この闖入者(ちんにゅうしゃ)がその人だと仮定して、だ。聞こえてきた声は、中性的でいまいち判然としない。


 遠目から見た限りでは女性に見えたが、こうして声を聞くと男性と思えなくもない。女性にしては低く、男性にしては高い、絶妙に通りの良い声だ。

 ……ふむ、わからん。とりあえず注文に従い、少し脱力して構えてみる。


「そうそう、そんな感じ。それと狙いが右すぎるから、もうちょっと左ね。あとはその位置のままゆっくり下げて……そう、そこそこ。はい、撃てぇーい」


 なんということでしょう。あれほど杜撰(ずさん)だった狙いが、アドバイス一つでど真ん中に!

 ……などと、さすがにそう簡単にはいかなかったものの。放たれた銃弾は的中とは言えずとも、それでも先程よりよほどマシなところに着弾した。


「どう? 凄いでしょ」


「まあ、はい」


 聞こえてくる鼻高々な声に振り返る事なく、素直な感想を口にする。

 唐突な乱入には面食らったが、その腕は確かなもののようだ。かっこいい撃ち方をしていただけあって、他人への指導もお手の物らしい。

 どうやら俺の賛辞に気を良くしたのか、背後の彼(彼女?)も鷹揚(おうよう)に頷いている。そうだろうそうだろう、という言葉が、耳触りの良い響きとなって耳朶(じだ)を打つ。


「よし、じゃあもう一発いってみようか。さぁ、構えてー……はいそこ、撃てぇーい」


「えー、あー……撃てぇーい」


 ばーん。


「もう一発、撃てぇーい」


「撃てぇーい」


 ばーん。


 楽しい。


 楽しい、が。なんだこれ……。


 結局渡された弾を撃ち尽くすまで、この気の抜けたやりとりは続いた。少なくとも、シュールとかそういう次元の話でないことだけは確かである。


# # #


「えー、本日はお招きいただき、どうもありがとう。一応自己紹介するが、俺は坂本慎一、いろいろあってここの責任者をしてるもんだ。今日は時間が取れたんで、前々から頼まれてたとおりここで稽古の真似事をしようかと思う。短い時間だが、よろしく頼む」


 坂本さんによるやる気のない自己紹介が終わると、場内に拍手の音が響く。

 パラパラとしたやる気のない拍手ではなく、とりたてて熱狂的なわけでもない。期待と興味が半分ずつ、言葉にするとそんな感じだ。

 坂本さんが今日ここに来るという話は、どうやら僕が思っていたよりも広まっていたらしい。武道場を普段使っている柔道部や剣道部といったメンツの他にも、興味本位で来てみたという人間が何人もいるようだ。中には武道経験者と思しき人たちも交じっている。

 もちろん、実力を見たいという気持ちはもっともだ。負かしてやりたいという気持ちも、まぁ分からないようなものではない。

 仮にも軍のトップなうえ、坂本さんの名前はかなり有名な部類に入る。人間災害だの台風だの、そんな通り名がついているなんて噂も耳にした事があるくらいだ。嘘か誠かは知らないけど、それだけ坂本さんの実力が周知されているということだろう。


 ……もっとも。そこに僕が呼ばれるのも、サンドバッグにされるのも、完全に想定外だったんだけど。台風に巻き込まれる側の気持ちも、少しくらいは考えてくれたっていいんじゃないかなぁ。


 雑な前口上が終わると、早速デモンストレーションが始まることになっている。これは七面倒くさいことは抜きにしたい、実戦で見せた方が手っ取り早い、という坂本さんの考えが反映されたものだ。

 わかりやすく言えば、手っ取り早く僕がボコボコにされるわけである。やらせとかいう人がいたら是非とも代わってほしい。僕だって別に好きで晒されるわけじゃないんだから。


「おい、恭平。ちょっとちょっと」


 これからの予定にますます気を重くしていると、前方から小声で僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 顔を上げて声の出所を探してみると、手招きをしているのは誰であろう坂本さんだ。残念ながら脳内に直接、というわけではない。そんな高等機能が使えるのは、星刻者でも一部の人間だけだ。


「こいつは魚見恭平、一応俺の弟子みたいなもんだ。今から俺の相手になってもらうが、その前にこいつからも挨拶がある。はい、どうぞ」


 重い足を引き摺って進み出たとたん、準備もなしにいきなりマイクを押し付けられた。別に言いたいことなんてないし、坂本さんの弟子になった覚えなんてないんだけどなぁ……。

 自分の微妙な前口上の締めを、僕を出すことでうやむやにしようという腹積もりだろう。坂本さんの思惑通りに動きたくはないけど、前に出てしまった時点で時既に遅しだ。

 

 ……よし、もういいや。微妙な終わり方になるくらいなら、もういっそ爆弾でも放り投げてやろう。

 

 坂本さんが僕をダシに使うなら、僕のほうにも玩具にする権利くらいは与えられて然るべきだ。「口が滑った」だけだし仕方ないよね、うん。

 並み居る人々を前にして、坂本さんの隣に歩を進める。

 よく見知った顔、名前程度しか知らない顔。彼らの視線を一手に受け、周りを見回しながら口を開く。


「えー、どうもこんにちは。高等部一年の魚見恭平といいます。弟子というわけではないのですが、簡単に挨拶をさせていただきたいと思います」


 坂本さんには悪いけど、ここは少しハードルを上げさせてもらうことにしよう。僕には二ヶ月ほど坂本さんと特訓していないというハンデがあるんだし、実力差を考えればこれでも大したことはないくらいだ。

 ……もちろん、私怨(しえん)が入っていないと言えば嘘になるんだけど。日本星皇軍最強の男がこの程度で音を上げるわけないし、ちょっとした軽いジャブ程度のものだ。


「今からこの人と立ち会いをするつもりの人は、手加減一切抜きで闘ってください。目でも喉でも、好きなところを狙って大丈夫です。必要であれば神器を使っても構いません。とにかく殺すくらいのつもりでいきましょう。せっかくの機会です、頑張ってください」


 頭に浮かんだ言葉を一気に言い放った上で、以上ですと高らかに宣言する。集まった人々の顔にはそれぞれ、呆れに不安、その他様々な感情が浮かび上がっていた。

 これでいい。こんな突飛な話を今ここで信じる人間がいたら、僕の方が驚く自信がある。実際に相対(あいたい)してみれば、彼らのうちのほとんどは僕と同じ考えに至るはずだ。


「どうしたの? そろそろ始めようよ、時間もないことだしさ」


 あっけにとられたような顔をする坂本さんに、心中でしてやったりとガッツポーズする。

 滅多に見られないこの顔が見られただけで、災難の報酬としては上出来だ。


「……全く、好き放題言いやがって」


 にやりと挑発するように笑えば、坂本さんは諦めたように小さく息を吐く。


 瞑目したのちに開かれた瞳。そこにはもう、気怠そうな色は微塵も残っていなかった。


 坂本さんのこの顔を、僕は知っている。瞳の奥に揺らぐ獰猛(どうもう)な炎は、スイッチが切り替わった何よりの証だ。

 速まる鼓動を押さえつけ、意識の全てを目の前のただ一人に注ぐ。


 消える。

 

 消える。


 僕と坂本さんを残して、全ての存在が世界から遠ざかっていく。見るべきものはたったひとつ、一瞬でも揺らげばゲームオーバーは避けられない。


「久しぶりだ、全力でかかってこい。礼儀のなってない弟子を(しつ)けてやるよ」


 だから、弟子になった覚えはないんだけどね。口頭ではなく心中でそう返し、最後に大きく息を吐く。

 準備完了。さあ——戦闘開始だ。

怪しい人、登場。果たして彼なのか彼女なのか。


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