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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
14/126

1−13/それぞれの0523

5月23日。長い長い1日の始まり。

 言わずと知れた大企業、アルカディア社の日本支部がまもなく始動。本社ビルのオフィス設営は既に完了し、25日には同社代表のなんたら氏が来日することが決定しており……云々(うんぬん)、云々。


 よし。どうでもいいな。


 新聞をパラパラと(まく)りつつ、目に留まったところを適当に抜き出して流し読みする。今更世情に詳しくなったところで、という話ではあるのだが、それでも情報収集はきちんとしておくべきだろう。

 ちなみにこの新聞、俺がついこの間まで日常を送っていた場所、いわば「表側の世界」で一般に流通しているものだ。どうやら外界と行き来できるという坂本大佐の話は嘘ではないようで、数こそ少ないものの図書館には毎日数種の新聞が入荷されている。

 何か重大な事が起こっているかもしれない、と考えて手に取ってみたものの、肝心の内容は一面から平和なものばかりだった。新聞を畳んで元あった場所へ戻そうとしたところで、上部に記載されている日付に目が止まる。


「……一週間か」


 5月23日、つまり今日の日付。

 それは、俺がこの世界へと足を踏み入れてから、早くも一週間の時間が経ったことを意味するものだ。

 しかし転校初日からこっち、俺の身の回りで特筆するような出来事は起きていない。友達が増えたわけでもないし、ログイン一週間記念のプレゼントが貰えるわけでもない。むしろ、初日のイベント祭りが異常だっただけである。

 念の為に日付を遡って新聞を確認してみたものの、例の星屑との戦いは「不幸な事故」として処理されていただけだった。被害の割に記事が小さく、おまけに俺の名前はどこにも登場していなかったあたり、そういった情報操作も星皇軍の仕事ということなのだろう。

 あれ以来剣道部には何度か顔を出しているが、そのうちの十割は降谷のお願い(パシリ)である。早くも生じたスクールカーストに底辺は震えを禁じ得ない。

 授業の方も代わり映えはすることがなく、気づけば新しい世界はすっかり日常に馴染んでしまっていた。

 実技科目やら何やら、『星の力』についての特徴的な授業があるはずだと思ったのだが……どうやら、そういうわけでもないらしい。


『能力の基本的な制御みたいな、初歩の技能は入学前に担当の人間から教えてもらえるんだけどね。それ以外、例えば神器の創り方とか、自分に合った能力の使い方とかは、自力で習得するか、卒業後に軍に入って指導を受けるしかない。まあ神器の創り方に限って言えば、学校でも教えてくれるはずだよ。そろそろ講習会が始まる頃合いじゃないかな?』


 とは、魚見の弁である。能力が多岐に渡りすぎて、専門的な指導をしにくいことも理由のひとつとして挙げられるようだ。

 要は習うより慣れろ、ということなのだろう。感覚的な部分が大きい以上、自分で体験しない事にはどうしようもないのも事実といえばその通りだ。まあ、俺はその初歩的な指導すら受けていないんですけどね。


「で」


「うん?」


「何してんだ? お前」


「その反応酷くない? 僕だって本を読みたくなる時ぐらいあるよ?」


「お前が言うとなーんか胡散臭いんだよなあ……」


 普通の会話でさえどことなく怪しいのは、もはや才能と言う他ないだろう。おかげでこいつと会話する時は無条件で身構える癖がついてしまった。

 言うまでもなく、俺の現在地は例の図書館だ。他にすることもなく、ここの雰囲気が気に入ったこともあり、授業が終わると俺は毎日ここに足を運んでいた。

 時折勉強している水無坂を見かけることもあったが、わざわざ地雷を踏みに行くこともない。彼女からなるべく離れて座り、閉館時間まで読書に勤しむのがここ最近の日課だった。


 ……の、だが。


 私用かはたまた公用か、今日においては水無坂の姿はどこにもなく。そのかわりに、珍しい異物が混ざり込んでいた。

 賢明な諸兄であればもうお分かりだろう。そう、言わずもがな、目の前でへらへらと笑うこいつである。


「そういや、お前も扱い的には転入生なんだろ? 手続きとかしなくてよかったのか」


 放課になればいつも誰かと出かけているはずのこいつが、何故今日に限ってこんな場所にいるのか。

 また随分と不可解だが、聞いてもどうせはぐらかされるに決まっている。というわけで、この一週間のうちに気になっていたことを尋ねてみる事にした。

 不本意ながら——大変不本意ながら、こちらで目が覚めてからの俺は、基本的にはこいつに色々と教えてもらう立場にある。この世界の仕組みにつけ、能力関連のあれこれにつけ、こいつなしでは立ち行かなかったといっていい。


 しかし、だ。よくよく考えればこいつも、俺と同じ日に転入してきたはずである。


 向こうの学校での交友関係も、俺とは比べ物にならないくらい広かったはずだ。いくらこちら側の人間といえど、転入時には俺よりもよっぽど複雑な思いがあったのではないか。

 そう思っていたのだが——


「あぁ、手続きなら君が寝てる間にぱぱっと終わらせたよ。そもそも僕が向こうの高校に通ってたのは、君を監視するためだったしね。クラスの人の記憶も全部処理してもらってあるから、そのあたりも問題なし」


「……もういい。追求はしないからな」


「うん、その方がいいと思うよ」


 返ってきた返事は、俺の想像を軽く超えていくものだった。

 頼むから俺のキャパを飛び越える情報を一度に出さないで欲しい。さも当然のように記憶処理とかいう単語を出すな。


 だが。こうなると、四月から魚見が執拗に俺に絡んできた理由もなんとなく想像がつく。


 監視をする上でなら、遠くより近くの方が効率がいいのは自明の理だ。入学直後からやたら俺の周りをうろちょろしていたことも、裏ではきちんと理由があった、ということなのだろう。こちらにきてから薄々そんな気はしていたが、やはりこうして口に出された方がはっきりする。

 ……もしかすると、こいつが俺をやたらと煽ってきたのにも、あるいは正当な理由があったのかもしれない。監視対象との距離を縮めるが故の行動であるとか。あるいは不測の事態に対応するためであるとか。


「いやあ……」


 ねーわ。うん、無い。

 自分で言っておいて何だが、これに関しては絶対に無いと断言できる。魚見恭平という人間を最大限好意的に分析してみても、間違いなく純度100パーセントのただの煽りだ。花京院の魂を賭けてもいい。


「……? まぁ、本探しも理由の一つではあるんだけどね。面白そうなものを見つけたから、君に渡しておこうと思って。はいこれ」


 俺の独り言に首を傾げた魚見は、しかしさほど拘るでもなく話を本題へと移す。間違いなく重要な裏話のはずなのだが、それを適当に流すあたり、彼にとっては本当にどうでもいいことらしい。

 投げ渡されたのは、乱雑に折りたたまれた一枚のプリント。どうにか受け取って開いてみると、デカデカとした見出しが目に飛び込んでくる。蛍光色がやたらと目に突き刺さるのは、パワポで適当に作った感が丸出しになっているゆえか。


「なんぞこれ……射撃場?」


「そ。せっかく拳銃なんてものを持ってるんだし、使わなきゃ宝の持ち腐れじゃない? 何事もまずは練習からだよ」


「そりゃそうだが、なんでこんな設備まで用意されてんだ。需要あんのかこれ」


「いやあ、それが案外そうでもなくってね。研究部の人達は拳銃の携行が必須だし、割と重要な建物なんだよそこ。金さえ払えば誰でも入れるし、物好きな人は暇つぶしに使ったりもしてるから」


 スマホをぽちぽちと弄りながら、片手間に俺の質問に答える魚見。あからさまに興味のないムーブ、他人に勧める人間のそれじゃ無いんだよなあ……言いたいことは伝わったから、その誤解を招くような言い方をやめろ。


「……まあいい。それで?」


「それで、って? 説明不足なとこあった?」


 わお。ほんとに言いやがりましたよこいつ。

 一通り内容を精査した後顔を上げれば、目の前の魚見は純粋な顔で首を捻っていた。心底不思議そうなその表情を見るに、どうやら本気で分からないらしい。


「いやなに、お前が完全な善意でこんなことをする奴じゃないってことは知ってるからな。どうせまた変なこと考えてるんだろ?」


「えぇ……そんなに信用ないの、僕? 今回のは純粋な好意なんだけどねぇ。そんな性格のせいで未だに友達ができなくて暇してる人に、いい暇潰しの方法を教えてあげただけだよ」


 呆れと納得を含みながらも、こちらを哀れむような声で魚見が言い放つ。分かってやってるんじゃねえかお前。

 どうやら、「純粋」という単語の辞書登録に深刻なエラーがあったらしい。どのあたりがどういう風に純粋なのか、小一時間問い詰めてやりたい気分だ。


 ……しかし。それはそれとして、である。


 この射撃場、実際にいい暇つぶしになりそうなのがまたこの上なく腹立たしい。

 ()()()()()()ではご法度だが、こちらではまた違う、というのは魚見も言っていた通りだ。何より実際に銃を手渡されたわけであるし、この場所、この世界に慣れるという意味でも、様子を見に行く程度のことはしてもいいのかもしれない。

 ……それにほら、ね? ガンアクションとか男のロマンだし。あの銃クルクルだけでも学ぶ価値はあるというか、なんならあれがメインまである。


「……なら、見に行ってみようかね。このまま何もしないのもアレだしな」


「そうそう、その通りその通り。何事も経験だよ、ほら、立った立った」


 重い腰をよっこらせと上げれば、魚見もそれに(なら)うようにして席を立つ。

 そういや、結局本借りてないんだよなあこいつ……時間的にもさっき来たばかりであるし、マジで何しに来たんだろうか。まあ、聞いてもいつもの如く流されるだけだから気にしないが。


「それじゃ、坂本さんに呼ばれてるから僕はこれで。射撃場は地下街にあるから気をつけてね」


「…………は?」


「いや、まじまじ。じゃ、頑張ってねー」


 別れ際、図書館の入口で魚見が告げたのは、ある意味とんでもない爆弾発言。なんでもないことのようにさらりとそれを落とした魚見は、しかし何かを思いついたらしく、幾許もしないうちに足を止めて振り返る。


「……あ、それと。滝川(たきがわ)って人を見かけても、あんまり関わらない方がいいかもね。もしかしたら、君とは変人同士で波長があう可能性もなくはないけど」


 顔に張り付いたような、軽薄そのものといった例の笑い。もはや見慣れたそれと共にお出しされるのは、いまいち要領を得ない助言だった。

 憮然(ぶぜん)とした顔の俺に構うことなく、魚見は今度こそ悠々とした足取りで図書館を後にする。

 どうやら言いたいだけ言いつくして満足したらしく、その後ろ姿は上機嫌そのものだ。言っちゃ悪いが、お前も大概変人なんだよなあ……無論、それを言い返す気力は既にない。

 

「……にしても」


 地下街。地下街ねえ……。今のところ死亡フラグしか感じられないんだが。

 射撃場、本当に辿り着けるのだろうか。急速に雲行きが怪しくなって参りました。なんかいけそうな気が……しない。


# # #


「失礼します」


 俊と別れた足をそのままに、再び学校へと出戻った僕。目的となる部屋には、理事長室と書かれたプレートがかかっていた。どこか安っぽいそれを見ながら、ノックを適当に済ませてドアノブを回す。

 理事長といっても名前だけで、仕事は全くしていない。それどころか、いなくても全く問題はない。ひょっとしたら理事長室があることすら、ほとんどの学生には知られていないんじゃなかろうか。

 そもそもこの役職自体が、坂本さんが軍の面倒くさい雑務から逃れるために作ったハリボテの役職なのだ。手っ取り早く言ってしまえば、仕事をサボるための大義名分である。響さんをはじめとした優秀な部下がいなければ、今頃どうなっていたことか想像もしたくない。


「昼間から稽古つけるなんて珍しいね。響さんに何言われるかわかったもんじゃないよ」


 部屋に入ると案の定、坂本さんは執務を放り出してゲームを弄っていた。トップがこれって、普通なら終わってるよねこの組織。


「その響に言われたんだよ。結界まわりの整備をするから、しばらく大人しくしてて下さいってな……しまった、クーラードリンク忘れた」


 上の空で返事をし、職務そっちのけでゲームに勤しむ坂本さん。大人しくって、何もそういう意味じゃないと思うんだけどなぁ……。


「……まぁいいや。それで? 稽古なんてどこでつけるのよ。この時間じゃどこも部活やってて使えないよ?」


「ああ、それなら問題ない」


 僕が俊の観察のために出向——と言ったら大仰だけど——する三月まで、稽古をつけるのはいつも夜になってからだった。空いている武道場や体育館を使って、夜な夜なひっそりと訓練するのが日課になっていたものだ。……まあ、ひっそりと表現するには、ちょっとばかりスパルタすぎたんだけど。

 当然とも言える疑問をぶつけると、坂本さんからは微妙に上の空な返事が返ってきた。最後に一度だけゲーム画面を見たあと、名残惜しげに電源を切って立ち上がる。


「柔道部とか剣道部とか、そのへんの部活が空けてくれるらしい。俺を招待したいとかなんとかで、イベントまで作ったって話だ。星皇祭も近いし、実戦形式での経験を積みたいってとこじゃないか?」


 えぇ……。実戦って、まさか。


「……僕も出るの、それ?」


「おう、デモンストレーションの相手役でな。サンドバッグになる奴が必要だろ?」


「言いたいことはわかるんだけどさ、もう少しオブラートに包んでくれない?」


 遠慮も外聞(がいぶん)も一切投げ捨てた宣告に、一気に心が暗くなる。完全に初耳なんだけど、それ……。

 本人がいくら楽しくても、衆目に晒される側からすればたまったものじゃない。混じりっけのない晒し、弱いものいじめの図になることは明らかだ。というか、この人に指導を頼むことがそもそもの間違いだということに気づいて欲しかった。


「安心しろ、他の奴らも平等にぶん投げてやる。ほら、とっとと行くぞ。開始まであと10分もないからな」


「せめてもう少し早めに言っておいて欲しかったなぁ、そういうの……」


 心の余裕も違っただろうに、どうしてそんなことを直前になって言うんだろうか。

 僕の心境を知る由もなく、適当な返答とともに歩き出す坂本さん。どこまでもマイペースな背中に恨めしげな視線を送るものの、当然ながらその足取りが止まることはない。


「……っ、はぁ」


 一度瞑目(めいもく)し、ため息とともに陰鬱な覚悟を決める。まあそうだよね、僕だけ楽するわけにもいかないよね。知ってた。


「あーそうだ。恭平、これ置いといてくれ」


「ん……ああ、はいはい。僕も置いてこうかな。重いし」


 振り返った坂本さんが乱雑に投げ渡したのは、そのリソースの大半がゲームに充てられているスマートフォンだ。本人曰く「どうでもいい情報しか入っていない」らしいが、だからと言ってここまで雑に扱っていいのか不安になる。

 僕が持ち歩いている分も合わせて、3台のスマホを保管庫にしまい込む。動くのだから邪魔にしかならないし、壊れでもしたら大変だ。坂本さんの相手をする時だけ誰かに預かってもらう、というやり方もアリだろうけど、万が一にでも中身を見られたらタダじゃ済まない。


「どーしたー?」


「今行くー」


 気の無い返事をひとつ返して、小走りで坂本さんの後を追う。

 正直なところ、気乗りしないとかいうレベルじゃない。できることなら今すぐにでも辞退したい……けど、決まってしまったものに文句を言っても仕方がない。後ろからてくてくとついていく僕の表情がどう映っているのか、是非とも誰かに聞いてみたい気分だ。

 なるべく被害を少なくしよう。後ろ向きな決意は、数分後にはすっかり固まっていた。

しばらくはふたつの視点が交錯します。誰がどの情報を持っているのか、に注目しながら読んでも面白いかもしれません。


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