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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
13/126

1−12/彼女と再会と宅配クエスト

前回のあらすじ

降谷、登場。これにて学生の主要メンバーが出揃いました。

「それでさあ、酷いんだよあの顧問! 雨宮くんを探すだけでも忙しいのに、それが終わったら教室から部室まで荷物運びとか、あたしをパシリか何かと勘違いしてるよ絶対!」


「お、おう……そうか」


 図書館から出た俺たちは今、自分たちのクラスに向かう廊下を歩いている。なんでも教室に運ばなければならないものが置いてあるらしく、その手伝いをしてほしい、とのことだった。

 俺たちのクラス、つまり一年一組は後者の一番端にあるため、必然的にそれなりの距離を歩くことになる。その間、どうにかして会話を繋げねば、気まずい空気になることは必至だ。


 ……が、しかし。どうやら、その心配は杞憂(きゆう)だったようで。


 蓋を開けてみれば、その道程はほぼ全て、降谷の愚痴を聞くことに終始していた。

 内容の大半は、部活の顧問に関してのことだ。彼女が所属している部活は剣道部らしいが、その顧問はよりにもよって岡村なのである。担任と部活の顧問が同じという関係上、今回のように雑務を頼まれることも多くなるらしい。そらストレスも溜まるわな。

 見た目通り快活な話し口の彼女は、話せば話すほどに舌の回りが良くなっている。呼び捨てになっているのは、他人行儀で居心地が悪いという注文が本人からあったからだ。

 ……ま、それはそれとして、俺は変わらず雨宮くん呼びのまんまなんですけどね。

 このそこはかとない距離感、我々コミュ障の間合いを完全に把握しきったそれだ。女子からいきなり名前で呼ばれるとか心臓が死ぬし、これで大正解なんだよなあ……むしろいきなり名前で呼んでくる樋笠とか魚見とか、あの辺のコミュ力がおかしいだけとも言える。


「それにしても、雨宮くんと水無坂(みなさか)さんの仲が良かったなんて知らなかったなー。他の男子が聞いたら怒っても不思議じゃないかも。あ、後ろのドアしか開いてないから気をつけてね」


 ひとしきり愚痴を吐き終わったのか、降谷の口調はだいぶ落ち着いたものになっている。

 そのまま切り出された話になんとなく興味をそそられたものの、内容を問い質すよりも前に教室に到着してしまった。殆ど相槌しか打ってないな……いや、会話が楽だからいいんだけどもさ。


「岡村にね、これを部室まで運べって言われたんだけど……あたしひとりじゃ、どう頑張っても重いんだよね。一緒に運んでもらおうと思ったんだけど、どう? お願いできる?」


 その言葉とともに彼女がズルズルと引き摺ってきたのは、二リットルペットボトルが詰まったダンボール箱だ。

 こんなものを女子に運ばせるとか、岡村には人の心がないんですかね……とてもではないが、女子一人の手に負える代物ではない。

 仕方ない。迷惑をかけた分の借りもあるし、ここはかっこよく決めてやろうではないか。いくら非力とはいえ、伊達に男をやっていないのだ。


「お願いできるも何も、ここまでついてきたんだから手伝うさ——うぉっと」



 気合を入れてどっこいせと持ち上げると、想像以上の重さにふらつきそうになる。ぬおお踏ん張れ俺、目覚めろその魂——

 ……いや、案外イケるなこれ。最初はそれなりに重いが、持ち上げてしまえば楽なパターンだ。死ぬつもりで踏ん張ったんだぞ、燃やした分の命返せ。


「……それで、さっきの話なんだが。水無坂って、図書館にいたあいつのことだろ? 昨日会ったばっかだし、なんなら名前も今まで知らなかったんだが。なんか勘違いしてるんじゃないか?」


 ずり落ちそうになるボール箱に苦戦しつつ、元来た道をよたよたと戻る。両手にペットボトルを抱えながら隣を歩く降谷は、俺の質問に驚いた表情で首を振った。


「水無坂さんて基本的に丁寧なんだけど、必要最低限の話しかしないっていうか、一線を引いてるっていうか。とにかく冷たい感じのする子だから、雨宮くんと盛り上がってるの見てびっくりしたよ。水無坂さんでもあんなにヒートアップするんだなぁって」


 ふむ、なるほど。だいたいわかった。

 ……俺が嫌われてるだけですね、それ。そりゃ嫌いな奴と口論になったらキレるだろ。


「男子が怒る、ってのは?」


「え? そのまんまの意味だよ? 水無坂さん美人だから、男子の人気がすごいんだよね。あんまり喋らないのもそれっぽくていいらしいよ」


「……ほーお、そんなもんなのか」


 どうしてだろう、どことなく詐欺のような香りがするのは。

 水無坂本人にそのつもりは微塵もないのだろうが、イメージと現実のギャップに頭が痛くなる。

 無論、落ち着いて考えてみれば納得できない話でもない。外面だけを捉えて見るならば、水無坂の立ち居振る舞いはまさしく理想の美人そのものだ。

 降谷曰く丁寧な物腰に、多くを語らないミステリアスさ。他の人間と一線を引いているおかげで、遠巻きに眺めているうちは深窓(しんそう)の令嬢のように見えるのだろう。身も蓋もない言い方をすれば騙し絵だ。


「いいよねー、ああいう大人っぽい人。大和撫子? 美人な人ってやっぱり憧れるよ」


 どうやら降谷も騙し絵に引っかかっている側の人間らしく、水無坂を手放しで褒め讃えている。その撫子有毒じゃない? 大丈夫?


 しかし、だ。俺から言わせてもらえるのならば、彼女も十分に容姿は整っている。


 女性にしては高めのモデルのような長身に、いかにも身体を動かせそうなすらりとした手足。恵まれたその頭身は、肩あたりの所で切りそろえられた茶色がかった髪と、それに大きめの二重の瞳に彩られている。見た目で言えば、水無坂とも十二分にいい勝負ができるだろうことは想像に難くない。

 俺のような人間とも距離を詰められる対人能力の高さを合わせれば、まさしくクラスの人気者になるにふさわしい正統派の美少女だ。ファンの総数だけで考えてみれば、恐らくは水無坂よりも人気があるだろう。握手券とかあったら多分買ってる。


「あ、今向こうの方に見えてる建物が部室ね。あともーちょっとだから、頑張って!」


「あいあい」


 ほどなくして目に飛び込んできた建物に、上の空の思考を引き戻す。

 わっせわっせと進む俺の正面で存在感を放っているのは、剣道場と柔道場か。それなりの距離を歩いてきたこともあって、目の前の目的地までがやたらと遠く感じてしまう。

 降谷の声援を浴びながら残り僅かな距離を踏破し、荷物を降ろしてようやく深呼吸。美少女の応援で気合が入るとか、我ながら単純すぎる精神構造だ。


「はい、お疲れ様。あたしはこれを何処に運ぶか確認してくるから、ちょっと休んでて」


 言葉を残して、彼女は身軽な動きで中に入っていく。その姿が見えなくなるや否や、抑えきれなくなった溜息が口から溢れだした。

 一人になった途端にどっと疲れが押し寄せてくるあたり、やはり慣れない会話などするべきではない。わけても女子との会話など、精神力がゴリゴリと削れていくのだから恐ろしいものだ。

 喋るだけで体力持ってかれるとか、怖いなあ女子……いや、原因の八割は水無坂なんですけどね。あれと会話するだけで、一日の消費エネルギー総量を軽く上回ると言っても過言ではない。


「……お」


 待たされること約二分。

 入り口から顔を出した降谷が、こちらに向けて手招きする。その動きから察するに、剣道場(あそこ)がこの仕事の最終目的地ということだろう。

 最後の気合を込めて持ち上げ、のたのたと荷物を中へと運ぶ。段差で足の小指をぶつけた気がしたが、多分気のせいだ。気のせい。痛くない。痛くないぞ。


「ごめんね、わざわざ手伝ってもらっちゃって。助かりました」


 文字通り血の滲む仕事を終えた俺のもとに歩み寄った降谷は、そう言ってペコリと丁寧に頭を下げる。お辞儀の仕方が様になっているあたり、さすがは剣道部所属といったところか。

 だが、彼女に頭を下げさせてしまっては、俺の立つ瀬も無くなってしまう。

 そもそも、今回の事の発端は俺の不手際なのだ。それを考えれば、頭を下げるべきは疑いなく俺のほうである。


「や、まあ、元はと言えば俺が悪かった事だしな。助けになったのなら何よりだ」


「うん、ほんとに助かった。ありがとね!」


 俺の言葉に応えるように、顔を上げた降谷は屈託(くったく)のない笑顔ではにかむ。何の惜しげもなく披露されるそれは、満開の花と形容するにふさわしい。

 なるほど……なるほど。勘違いする人間とはこうして生まれるわけか……心ではなく魂で理解した。握手券十枚ください。


「——わざわざありがとう、俊。香純の我儘に付き合わせたね」


 不意打ちで突き刺さる美少女成分に当てられ、つかの間放心して棒立ちになる俺。その意識を引き戻したのは、彼女の隣に立っている男性だった。

 カスミ——香澄か、香純か。この状況から察するに、降谷の名前だと考えて間違いないだろう。同じ部活の人間なら、下の名前で呼んでいても何ら不思議はない。


 しかし、今それよりも重要なのは、目の前に立っているこの男だ。


 いかな俺とはいえ、最近聞いたばかりの声を忘れるはずもない。ましてや俺を名前で呼ぶ、それも身長が比較的低めの男など、世界規模で見てもただ一人だけだ。


「……まさか、樋笠か?」


 未だ半信半疑の俺の声色に苦笑した様子の男は、慣れた手付きで付けていた面を外す。

 ……果たして。その向こうには、想像していた通りの顔があった。


「久しぶり、でもないね。こんなに縁があるなんて、僕も正直びっくりだよ」


「こっちの台詞だよ……」


 ひとつの縁だとは言ったが、それにしたって完全に予想外の再会だ。

 やたらとかっこいい別れ方をしたせいで、どちらかといえば気恥ずかしさが先に来る。いくら同じ学校の生徒とはいえ、まさか同じ日に再会するとは思わないんだよなあ……世界は狭い。あと足の小指が死ぬほど痛い。


「え? 先輩、雨宮くんと知り合いだったんですか? なんか……意外です」


「知り合いといっても、今朝初めて会ったばかりなんだけどね。地下(した)で迷ってたみたいだったから、少し案内をしただけだよ」


「あーなるほど……確かに、どことなくそんなイメージありますよね、雨宮くん。一回迷ったらとことんまで迷ってそうな感じ?」


 望外の展開に驚いている俺を尻目に、樋笠と降谷は俺の話で盛り上がっている。楽しそうなのはいいことだが、俺に適当な設定がどんどん追加されているのは微妙に納得がいかない。

 そも、俺は別に方向音痴な訳ではない。ただちょっと道を見失いやすいだけで、慣れた土地なら今回のようには——


 いや。待て。


 違う。違う違う、そうじゃない。

 ——降谷は今、何と言った?


「なあ、降谷」


「んー?」


「お前、先輩って言ったか? 樋笠のこと」


「え? うん。当たり前じゃない? 先輩だし、別に間違ってないと思うけど」


「や……まあ。いやまあ、それはその」


 もちろん、その言い分は正しいのだが。ただ、そういうことを言いたい訳ではなくてですね。

 考えてみれば確かに、樋笠は己の情報についてほぼ何も口にしていない。朝の自己紹介においても、明らかになったのはせいぜいが名前くらいのものだ。俺が勝手に勘違いしただけで、自分の学年など一度として言ってはいなかった。

 脳の処理が追いつかない中、助けを求めるように当人の方へ視線を向ける。樋笠は俺が混乱している理由を察したのか、苦笑をひとつ挟んで口を開いた。


「そういえば、朝は学年のことは言ってなかったね。別に隠すつもりはなかったんだけど、混乱させてしまったのなら申し訳なかった」


「いや、そういうつもりはないんだ……です。ただ、タメ口でいいって言われたもんだから、勝手に同学年だと」


 軽いパニックに陥りながら、何とか弁明の言葉を捻り出す。が、口から出てくるのは聞くに耐えない言い訳だけだ。口下手過ぎて我ながら嫌になってきたな……魚見の口のうまさが一割でも欲しい。


「僕としては、むしろこのままでお願いしたいくらいだよ。先輩後輩にこだわるつもりはないし、君も単なる友人として扱ってくれればいい」


 微笑を崩さないまま、それでどうかな、と問う樋笠。そんなかっこよく尋ねられたら、YESと答える以外の選択肢などあってないようなものでしかない。

 彼の言葉が本心からのものであることは、その口ぶりからも明らかだ。今までの言動を見る限りでも、彼がそうしたことを本当に気にしていないことは容易に推測できる。

 樋笠の中では、俺はすでにれっきとした友人として扱われているということなのだろう。あまりに優しすぎるその扱いに、気恥ずかしさよりも困惑の方が先に来てしまう。


「…………なら、遠慮せずにそのままで」


「ああ、そうしてくれるとありがたいよ」


 しばらく考え抜いた末に、結局はその結論に行き着く俺。

 まあ……非礼であることは承知の上で、それでも本人が良いと言ってるんだし? 俺がうじうじ悩むのもアレだろうし? 的な、ね?

 実際のところ、ここから話し方を変えても何となく気持ち悪い。お互いに意識して面倒なことになってもつまらないし、それならいっそ変えない方がいいじゃないか、という名采配なのである。思春期の男女みたいな駆け引きやってんな……や、俺が一人でやきもきしてるだけなんだけども。


「でも、それならなんで降谷は敬語のままなんだ」


「それはいいの! 私が無理を言って、敬語を使わせてもらってるんだから」


 ふと疑問に思ったことを口にすると、一秒もしないうちにレスポンスが返ってきた。敬語って許可制なのか……日本語って難しいな。


「とにかく、雨宮くんは気にしなくてもいいの。細かいことばっか考えてると禿げるよ?」


「やめて」


 嗚呼髪よ、何故毛根は私たちを裏切るのでしょうか……筋肉は我々を裏切らないというのに……。

 ふんすと鼻息を荒げる鈴谷と、その隣でどうでもいい思考を展開する俺。その様子を樋笠は楽しそうな瞳で眺めていたが、会話が一段落したところを見計らって咳払いをひとつ挟む。


「ともかく、これからもよろしく頼むよ、俊。ひとつ年上の友人として気軽に接してくれれば、僕としてもとても嬉しい」


「……ああ、こちらこそ」


 よく通るにこやかな声と、簡単ながらも背筋の伸びた礼。その礼儀正しさに半ば流されるようにして、朝方の自己紹介をもう一度繰り返す。

 この顔にこの性格、まったくもって非の打ち所がない。劣等感どころか憧れすらも通り越してしまうあたり、つくづくイケメンとは恐ろしいものだ。

 ……俺もイケメンになろうかな。手始めにスキンケアとか良いかもしれない。

ヒロインの名字、ようやく判明。名前が明らかになるのはいつになるのでしょうか。


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