5-14/サバイバー:上
顔だけの男、巴彼方。今回の物語は彼の回想から。
後妻とその子供というのは、ずいぶんと粗雑に扱われるものらしい。
前の妻がどんな人間だったのかは知らないし、その子供たちが今幾つなのかも分からない。知っているのはただひとつ、父親に愛想を尽かして出て行ったという点だけだ。
まあ。愛想を尽かされるのも、至極当然のことだと思う。
年端のいかない自分ですら、父親がろくでもない人間であることがわかるのだ。自分はそれが我慢できて、前の家族はそれが我慢できなかった、言ってしまえばそれだけの話。
……いや。我慢出来ている、という言い方は正しくないか。
生まれた時からそれに触れ続けてきたものだから、それが普通だと思っていた。逃げようと思ったことなどないし、そもそも何処へ逃げていいかも分からなかったのだから、そうするより他になかったと言う方がよほど正しいだろう。
母は貧しい家の生まれだった。奨学金を借りて大学に通い、苦心の末に一流企業の新入社員に採用された。
言うまでもなく、それは母自身の努力の賜物だ。しかし事実として、齎された成果のうち何割かは、並ぶ者のない母の美貌によるものだった。
美術品のような、とまではいかずとも、すれ違えば確実に誰もが振り返るであろう美しさ。それが人生の重大局面において加点要素となることは、わざわざ明言するまでもない。
もちろん美貌というのは、ただ利になるだけのものではない。いるだけで周囲の目を惹きつける母は、望まぬ視線に晒され続けることになった。
男からは下卑た目を向けられ、女からは妬み嫉みの対象になる。孤立し、心を摩耗させ続けた母がそれでも仕事を辞めなかったのは、ひとえに家を支えねばならないという認識があったからだ。大学に通わせ、有名企業に就職させてくれた両親を支えるために、たった一人の娘は命を削って働き続けた。
そんな状況から、大逆転のホームランを打つ。少女漫画でもなければ、そんな話は土台ありえない。その企業でもホープと目される男に見初められ、仕事を辞めて家庭に入ることが許されるなど、出来の悪いシンデレラストーリーとして一蹴されること請け合いだ。
……ああ、そうだ。そんな都合のいい話が、あるはずがなかったのだ。
父の部下という立場から、入社数年であれよあれよという間に妻になった母。そんなフィクションじみた展開に対して、周囲の批判は母一人に集中した。それが何故かと問われれば、父親が“理想的な人間”だったからだ。
一流企業の一番槍として業績を上げ、出世街道をひた走る男。ワンマンで強引なやり方も、それを可能にする実力と権力があるのなら話は別だ。まして、結果が重視される世界であれば、その過程は余程のことがない限り許容される。
一人息子ということもあってか、父の親族は総出で彼を甘やかしていた。前の妻と離婚した時にも、「身勝手な嫁に振り回されたかわいそうな子」として扱われていたというのだから、父を取り巻く世界の優しさは折り紙つきだ。
よくできた息子でよくできた父親だと、周囲はおべっかも兼ねて散々に囃し立てた。そうやってひたすら御輿に座り続ければ、人間は自ずと増長するようになる。
離婚で傷付いた男の心に入り込んだ、顔だけしか取り柄のない女。
そんな女が「かわいそうなあの子」をいじめようものなら、“我々一同”が黙っていない。
なぜ前の妻が逃げ出したのか、父は残念ながら理解していないようだった。不和の原因になったであろう態度は変わることなく、何の反省もなく母の身に降りかかった。
食事は勝手に出てくるもので、風呂は最初から湧いているもの。その現実が少しでも否定されようものなら、父は決まって声を荒げた。口論の果てに拳が振り上げられることも、一度や二度ではなかったはずだ。
自分と同じ顔に産んでごめんね、と。そんなことを、母に言われたことがある。
年齢を重ね、暴力を振るわれ、かつての美貌は見る影も無い。周囲の人間はそれを見るや否や、唯一の取り柄すらも無くなったと騒ぎ立てた。
日に日に母に似ていくこの顔は、きっと母本人にとっては呪いだったのだろう。会話するとき、顔を見るとき、次第に目を合わせてくれなくなった母の態度に、思うところがなかったといえば嘘になる。
それでも。兄弟はおらず、学校でも孤立しがちな自分にとって、母はかけがえのない人だった。
そもそも父というものに対して、自分はいかなる期待も希望も持っていない。朝から晩まで外で働き、家にいる僅かな時間に暴虐の限りを尽くしているだけの存在が、父という枠組みに入るのかどうかさえ怪しいところだ。
苦しんでいる母のために、何かできることをしたかった。この人の救いになりたいと、少しでも母の負担を減らすことができればと思いつつも、何ひとつとして成し得ない子供時代を過ごしていた。
「顔だけしか取り柄がない人間」。その罵倒を投げかけるのなら、母ではなく自分の方がよほど適切だ。
母の助けになることなどひとつとして出来ず、目の前で暴力を振るわれるのをただ見ているだけ。母が罵声を浴びせられ、手を上げられるそのたびに、自分がもっと強い人間だったらと思い続ける。
巴彼方という存在が、もっともっと強ければ。「俺」のような軟弱者ではない、父を止められるだけの「誰か」がいたら。
そんな願いを、ずっと抱いていた。何も変わる努力をしないままに、ただ他力本願な望みだけをずっと。
だから、その日も。状況を変えることなど、何ひとつとして出来るはずがなかったのだ。
その時、自分は小学六年生だった。第二次性徴を迎え、男らしい体つきになっていく者もいるなかで、自分はなおも女と見紛うほどに華奢なままだった。
部活を終えて家に帰っても、父が帰宅するまで夕食を食べることはできず。ようやく食卓を囲めても、そこに談笑などというものは一切ない。
いつものような口論と、いつものような暴力と。それを前にしたところで、巴彼方が何を成し得る訳でもない。ただ息を潜め、嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。
そうしていれば、いずれ嵐は過ぎ去っている。不貞腐れた父は食卓を後にし、母は無言で食事を片付ける、「いつも通り」が戻ってくる。
そうなることを、疑っていなかった。楽観と思考停止を続けることを、無意識のうちに肯定しようとしていたのかもしれない。
でも。その日は、「いつも通り」にはならなかった。
いつの間にやら、父は包丁を持ち出していた。母の態度がよほど腹に据えかねたのか、明らかに脅しでは済まない殺気を放っていた。
母が殺される。そう直感した瞬間に抱いたのは、他力本願な願いそのものだ。
此の期に及んでも「俺」は何もできず、ただ誰かに助けてくださいと祈るだけ。あまりに無様なその行為を知れば、誰であろうと自分を見下げ果てること請け合いだ。
“誰か、助けてください”。
“誰か”。
“誰か”。
目の前の父を、今すぐにやっつけることのできる──軟弱な巴彼方とは違う、確かな強さを持った“誰か”。
──その、瞬間。
何かが、自分の中で弾け飛んでいた。
限りなく緩慢な速度で、母のもとに振り下ろされる包丁。湧き上がる『何か』に突き動かされた足が、そんなものとは比べ物にならないほどの速度で父に肉薄して。
ああ、そこまでだ。
そこで終わり。それからどうなったのかなんて、自分には知る由もない。
気付いた時にはもう、すべてが終わっていて。己の手には、血塗れの包丁が握られているだけだったのだから。
自分が何をしたのか、父親がどうなったのか、詳しいことなど何も分からない。理解できるのはただ、これは「俺」がやったのではない、ということだけ。
だって。「俺」には間違っても、そんな力はないはずなのだ。
体を動かす才能などなかった。咄嗟の機転も、刃物を持っている人間に立ち向かう度胸も、何より母親の窮地に奮起できるだけの心の強さも、そんなものはひとつとして持ち合わせていない。
連続していない記憶と、目の前にある信じられない光景。どうにかして説明をつけようとするのなら、それは「オレ」がやった、という以外にない。
無力で情けのない、惨めな「俺」に変わって。為すべきことを成せる「オレ」が、今この瞬間だけ現れていたのだと。
「ぁ…………」
事切れた父から溢れ出す血が、己の足を真っ赤に染め上げていく。震える手から血だまりへと落下した包丁が、まだ汚れていない床に血飛沫を撒き散らす。
「あ──かあ、さん。だい、じょうぶ?」
ゆっくりと、振り返る。
壁際に追い詰められていた母は、その顔に恐怖を貼り付けたまま固まっていた。へたり込んだ母に対して何と声を掛けるべきか迷った末、何の価値もない言葉だけが出力される。
労いの言葉が欲しかったわけではなかった。ただ、“誰か”に祈ってまで助けたかった人間が、確かに命を繋いでいることを確認したかっただけだ。
……本当に。本当に、なんてバカげたことを考えていたんだろうと思う。
自分の目の前で、大の大人を刺し殺した小学生。そんなものが、およそ普通の人間に許容されるはずがない。
この世界に有ってはならないもの。有り得ざるモノ、有り得べからざるモノ。
そんな存在を見て出てくる言葉なんて、もとよりそれ以外にあるハズがないのに。
「ぁ──バケモノ……!」
# # #
その手に握られた神器は、何の変哲もない日本刀。仕込み刀だった樋笠とも、装飾されて祭器のようになっていた和泉さんとも違う、あくまでも純粋なカタナだ。
たった一本のそれが。身長の倍ほどもある星屑を、恐ろしいほどの速度で細切れにしていく。
「どォした!? そんなモンかよ、テメエらはよォ!」
巴が吠える。その様子も、体捌きも、数秒前までの巴彼方とは似ても似つかない。
スイッチが入った、などという次元ではない。眼光の鋭さも、迸る雰囲気も、文字通り別者レベルで違う。
「縺ヲ縺阪?√%繧上>」
「は──!」
襲い来るのは、新たな星屑。それを前にした巴の口元に、獣もさながらの獰猛な笑みが浮かび上がる。
飛び掛かる小型恐竜に対し、あくまで巴は自然体。我流であることを示すがごとく、その体はいかなる構えも取られてはいない。
だというのに。敵の動きを、彼は完璧に読み切っている。
「温ィな」
一瞬の交錯。勝敗を分けるのに、必要な手順はたったそれだけ。
最小限の動きで攻撃を躱し、すれ違いざまに一閃を放つ。たまらず踏鞴を踏んだ恐竜に対し、巴はそうなることがわかっていたかのごとく刃を振るう。
すとん、と。恐竜の首が、呆気なく落ちた。
泣き別れになった恐竜の胴体から、間欠泉もさながらに噴き上がる真っ黒な体液。それを気にする様子もなく引っ被った巴は、邪魔だとばかりに足元の首を蹴っ飛ばす。
目の前に展開されているものが、シュールギャグの類だと。そんな馬鹿げたことを言われても、今の俺ならば信じてしまうだろう。
それほどまでに──巴彼方の動きは、常軌を逸していた。
「縺ヲ縺」
「縺ォ縺偵k縲√§繧?∪」
「へえ」
残る群れの頭数は、既にして半分以下。だが、その事実に恐怖を覚える思考回路は、星屑が星屑である限り持ち得ない。
鉄骨の迷路を巧みに潜り抜け、左右から襲い来る手下の2匹。それを目にした上でなお、巴は焦るでもなくただ鼻を鳴らす。
逃げるにせよ、武器を振るうにせよ、行動が大幅に制限されるのは変わらない。あの狭い空間で戦うなど、並の人間であれば自殺行為でしかないだろう。
「悪かない。ま、それだけだがな」
しかし、次の瞬間。
神器を投げ捨てた巴の身体が、ふわりと宙に浮きあがる。
何ということはない、単純な話。周囲に張り巡らされた鉄骨とパイプを利用し、三角飛びじみた動きで飛んだだけだ。
いかに空間を占有しているとはいえ、身動きが取れなくなるほどのものではない。人間ひとりが滑り込める程度のスペースは、確かに上下左右に確保されている。
だが、それは。僅か数センチでもズレが生じれば、成立し得ないもののハズだ。
ギャンブルやら達人の技やら、そんな次元のものでは断じてない。“そうなること”が前提として処理されていなければ、人間はあんな動きを成し得ない──
「2点追加だ」
いつの間にかその手に喚び戻されていた神器が、脳天の直上から投擲される。1匹が地に倒れ伏したその時には、巴は既にもう1匹の背後に降り立っていた。
「縺ヲ──」
遅い、と。ようやく振り向いた恐竜の首が、一刀の下に切り落とされる。
突き刺した神器を引き抜くのではなく、一度消してからの再召喚。ゼロコンマ1秒の狂いすらないそれは、側から見れば手品にしか見えないものだ。
最初の星屑を撃破してから、時間にして1分経ったか否か。たったそれだけの間に、4匹目の首がぽとりと落ちる。
「……はは」
唇から零れるのは乾いた笑い。それは現実逃避などではなく、現状を確かに認識できているからこそだ。
異常。あえて陳腐な表現をするならば、そう言い表す他にない。
もちろん、キルスコアそのものは理解の範疇だ。やり方そのものは違うとしても、同等の時間でこれ以上の戦果を挙げられる人間であれば、俺にも幾らか覚えがある。
例えばカイン。あの男の能力と判断力を以てすれば、この程度の星屑の掃討など児戯にも等しいだろう。氷の刃を雨のように繰り出し続ければ、どれだけ梃子摺ろうが10秒とかかるまい。
そうではなく。異常があるとするのならば、それは巴の動きそのものに。
武道の達人を名乗るつもりなど毛頭ないが、その手の人間なら知っている。樋笠の、鬼島大尉の、男の強さが、数限りない研鑽と経験に裏打ちされたものであることぐらいは、いかな俺といえど承知の上だ。
人生最高のパフォーマンスを常に維持できるのなら、人間は単身で龍をも喰らいうるだろう。だが人間である以上、そんなことは土台出来やしない。だからこそ彼らは己を鍛え、いかなる状況にも対応できるだけの技術と機転を身につける。
無限にも等しい「想定内」を用意し、その範囲内で出せるだけの全力を叩き出す力。万一「想定外」に遭遇しても、速やかにその事態に対処し、新たな「想定内」に組み上げる力。使い手と呼ばれるものたちはみな、その力を求めて己を鍛え上げる。
そんな彼らですら、一手を誤れば簡単に死ぬ。それが戦闘、命の奪い合いというものだ。
人間の判断に絶対はない。神がかった先読みはその実、どこまでいっても「先読み」にしかなり得ない。
仮に未来が見えたとしても、そこから正しい行動を選択できるか否かはまったく別の問題だ。それが「正しい」かどうかもまた、結局のところ主観でしかないのだから。
そんな、人間としての大前提を。巴彼方は、真正面から否定している。
あえて粗雑な例えを用いるとすれば。武を研ぎ澄ませた彼らが人間としての最高峰であるのなら、巴彼方のそれはゲームの「TAS」に近しいか。
とあるレースゲームがあるとしよう。そのレースで最速のクリアタイムを出すには、道中でただひたすらに“正解”を出し続ければ良い。そして、常に“正解”を出したいと思うのならば、人間の手よりも機械を使った方がよほど効率的だ。
近道、抜け道、コース取りから敵の位置まで。ありとあらゆる情報を把握し、最も効率の良い動きをコンピューターに覚えさせる。予めすべてを決めた状態でプレイさせれば、クリアタイムは自ずと最高のものになる。
ズルをしているわけではなく、あくまでゲームシステムに従った行為しか選択していない。何の違反をしているわけでもないそれは、確かに“理論上は”人間の手で実現可能だろう。
先の展開を知り、どう行動すれば良いかを理解した上で、それを一部の狂いもなく実行し続ける。理論上最も良い行動だけを選択しているのだから、当然出力される結果は最上だ。なるほど単純明快であり、それゆえにその難易度を考えてみるまでもない。
問うまでもなく。そんなものは、人間である限り不可能だ。
先の展開を知っている状態ですら、人間には限界というものがある。増して、一寸先に深淵が広がっている現実では、そんなことを成し得るのは神以外にいない。
しかし──その上で。今までの巴彼方の動きは、そうとしか言いようのないものだった。
そう動けば“正解”なのだということを、誰に問われるまでもなく理解している。その“正解”を実現するために、身体が必要な行動を必要なだけ実行に移す。そこに余分なものは一切なく、それゆえにどこまでも美しい。
それは戦闘ではない、一方的な「狩り」そのもの。絶対的な上位者に弱者は蹂躙されるしかないのだと、そう言わんばかりの有様だった。
「さァて。残りは、お前か」
最後に残った1匹の恐竜は、言うまでもなくこの群れのボス格だ。5メートルほどの体長も、見るからに獰猛なそのフォルムも、捕食者であることをこの上なく明確に示している。
自分の手駒を立て続けに屠った男に対し、恐竜は怒りに身を任せて大きく吠える。常人であれば、それと正面から相対した瞬間に竦んでしまうこと請け合いだ。
だが、それも。巴という捕食者の前では、およそ取るに足らないそよ風でしかない。
今いる場所では不足と判断したのか、鉄骨の林立地から一息に飛び出す巴。途端に襲い来る噛みつきを、彼は一瞥もせずに潜り抜ける。
「謨オ縲∵ョコ縺──」
「ちょっと痛ェぞ」
すれ違いざまの斬撃。先ほど小型恐竜の頭を切り落とした日本刀は、しかし今度は「下から」繰り出された。
それは、さながら縫い針のように。脳天を撃ち抜くだけの鋭さを持った刃が、文字通りの神速で喉めがけて突き出される。
いかなボス格とはいえ、喉を貫かれようものなら致命傷は避けられない。そのままの勢いで首を千切られれば、屠られてきた手駒の恐竜と同じようにゲームセットだ。
だが。振るわれた刃が、目標を抉ることは無く。
「──は、硬ってえな」
硬化能力。目の前で起こったことを手短に表現すれば、そういうことになるだろう。
恐らくは肉体の一部を硬化させ、一時的に堅固な鎧へと変える能力。喉だけをピンポイントに守るその鎧は、巴の刃すらも頑として受け付けない。
「────!!」
「はは、キレんなよ」
身を震わすほどの怒りが、唸り声となって溢れ出す。対する巴はといえば、相も変わらず獰猛な笑みを浮かべるだけ。
必殺の一撃を弾かれたというのに、その表情に微塵も焦りは見られない。むしろ歯応えがある敵の登場に、歓喜すら示している有様だ。
「豁サ縺ュ」
「おっと」
刀をその場に突き立て、噛みつきをするりと回避する巴。あまりにも最小限のその動きは、およそ当たり判定というものが消失しているとしか思えない。
見惚れるほどに無駄の無い動きで、そのまま流れるように胴体へ。背後に回り込み、仕切り直しを狙うつもりなのか。
しかし。そうはいかないとばかりに、恐竜の背中から背ビレが“生えた”。
「谿コ縺輔↑縺代l縺ー」
折りたたまれていたとでもいうのか、エリマキトカゲもさながらに展開する二枚の薄い膜。今まで気配すら見せなかったそこには、蓄えられたと思しき何らかのエネルギーが光り輝いている。
──ああ、見たことがある。俺は、この攻撃を知っている。
特A級の最終形態、青白いカニのような星屑が繰り出した、全方位への放電攻撃。あれと同じようなものが、まさに今恐竜から放たれようとしている。
間違いなくとっておき、食らえばタダでは済まないであろう一撃だ。だが、今あの位置にいる巴には、どうあってもあの攻撃を避ける術はない。
「……っ、桜雲──」
間に合うか。いや、間に合わせる。
切り札の一枚、この状況を打開しうる唯一の手立て。それを実行に移すため、人造神器を必殺の形態へと──
「へぇ。なるほど、そいつは悪くない」
その、前に。
巴の姿は、その場所から消えていた。
全方位への攻撃に対して、どう対処するべきか。答えは簡単、安全地帯へと逃げ込むことだ。
唯一絶対の安全地帯、それは恐竜の「真下」。こうなることがわかっていたかのように、恐竜の頭の直下に突き立てられた日本刀、まさにその場所に巴が姿を現す。
それは言うなれば、水無坂のような空間転移か。だが、それにしては拭いきれない違和感が──
「テメェには単品で5点つけてやる。光栄に思えよ?」
その思考が、しかし最後まで行き着くその前に。
見事な一撃が、恐竜の心臓を刺し貫いていた。
「…………!!」
声すら出ないままに、恐竜は朽ちて砂になっていく。言うまでもなく一撃必殺、反撃の余地など何処にもない。
「で、次は? まさかこれで終わり、ってわきゃねェだろ?」
「いや、十分だと思うんだが……」
ひと仕事終えたどころか、ようやく準備運動が終わった、程度の口ぶりで。さも当然とばかりにそんなことを言われたら、反論ひとつもしたくなるというものだ。
普通の人間はですね、そんなタイムアタックみたいなノリで敵を攻略していかないんですよ。しかもそれを楽しんでいるものだから、見てくれは完全にバーサーカーのノリである。こいつやっば……戦国時代に生まれてた方が良かったんじゃないの……?
「自分は違います、みたいな顔してんじゃないよ、弟。そうサクサク処理されたら、騎士団の面目丸潰れじゃないか。どうしてくれるんだい?」
「自分で引き入れといてその言い草はなんですか……」
確かに先の星屑は、桜雲でサクサクとやっつけたが。にしてもそれは1匹、それも広いスペースに出たからこそできたものだ。次から次へと挽肉にしていく巴のヤバさは、とても比べられるような次元にはない。
そもそも、だ。このロリ団長、好き放題言ってくれるのは別にいいのだが。
「あなたこそ、片手間に処理しないでくださいよ。一歩も動いてませんよね?」
「私はいいのさ、団長だからね。強者ってのはふさわしい品格が求められるものだろう? 立ってるだけでオーラとか出したいじゃないか」
「それはわかる」
地面に縫いとめられ、死ぬことすらも許されない4匹の恐竜。その体を戒めるのは、木製の拘束具とでも呼ぶべきものだ。
全身に突き刺さる鋭利な木の杭と、そこから伸びて絡まり合う蔦のようなもの。それが一体となって、対象を取り囲む檻が形成されている。
大した強度はなさそうに見えるにも関わらず、それは思いのほか堅牢なのか。なけなしの力を振り絞って脱出を試みる星屑たちは、しかし奮闘むなしく檻に囚われ続けていた。
「……まあ。確かに、楽ではありましたけど」
10匹の恐竜の群れが、ものの数分で片付いている。それを異常と思わない時点で、こちらの戦力も大概なものだ。
本来星屑の群れというのは、もっと処理が面倒なものなのである。例えばクリスマスの時とか……いや、あれはあれで大概におかしいんだが……。
「だろう? だったら、ウォーミングアップはこれで終いだね──それ、次が来るよ」
「……は?」
しかし。これまでの戦闘など、物の数にも入らないと言わんばかりに。
「縺ヲ縺阪□」
「縺ヲ縺阪′縺?k縺」
「縺倥c縺セ縺ェ縺ヲ縺阪?縺薙m縺」
わらわら、と。
その言葉を待っていたと言わんばかりに、無数の恐竜が湧き出してくる。
大型の肉食竜、さらに大型の草食竜、果ては翼竜に至るまで。数もさることながら、その種類も目を剥くほどに多い。
山ほどある障害物のせいで、接近に気づけなかったのか。どうやら今しがたの戦闘音で、残っている星屑をあらかた引き寄せてしまったらしい。
「規模から見て、今回D区域に来てる群れのボスもこの中に居るだろう。そいつを討ち取ったら……そうだね、特別手当くらいはやろうじゃないか」
「へぇ。戦功比べか、悪かねェな」
けらけらと笑う団長に、獲物を構えてニヤつく留学生。揃いも揃って頭がおかしいというか、危機感が足りないと言いたくなる。
もちろん。彼らが間違っているかと言われれば、決してそんなことはない。
戦闘とすらも呼べない会敵のせいで、肩透かしもいいところだったが。どうやら今回の相手は、それなりに勝負にはなるらしい。
近くに海でもあるのか、やけに湿った風が肌を撫でていく。無数の星屑と、それ以上に多彩なオブジェクトの数々を見れば、どう動くべきかなど自ずとわかるというものだろう。
「──桜雲、起動」
なるほど。どうやら想像以上に、楽しい狩りになりそうだ。
雨宮俊の戦闘を見ている他人がどんなことを感じるかというと、巴を見てる俊とだいたい同じです。おまいうの極致。
次回は来週、日曜夜に投稿します。おかしい……この戦闘は一話で終わるはずでは……
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