5-12/喉元過ぎるその前に
書き溜めという文化は偉大です。
グラウンドフロア。特にイギリスでは、一階のことをそう呼称するらしい。
アメリカでは一階から順にファースト、セカンドと数えていくが、イギリスではグラウンド→ファーストの順なのだとか。イギリス旅行の際は、ファーストフロアの表示を見て一階に行かないよう注意しましょう……そんな注意書きが、英語の教科書のコラムに載っていたような気がする。
いるよなー、教科書の本文はろくすっぽ読まないくせして、コラムやら豆知識やらは熟読してるやつ。結局そっちの方が頭に残っているあたり、知的好奇心がどれほど偉大なものなのかを実感する。
ともかく。そんなグラウンドフロアの端っこ、5番客室と呼ばれる場所に。日本星皇軍より選び抜かれた俊英、5人の留学生たちが勢揃いしていた。
どさくさ紛れに自分のことも俊英扱いしているが、そのへんは許されるんじゃないかと思っている。ほら、一応歓迎会としてみんな集まってくれたわけですし? これは同列に並べてもいいんじゃないか、的な……ね?
「……どうも、こんにちわ。雨宮俊といいます、第二本部から来まして……」
「声が小さい。それに今は夜です」
おっかなびっくり自己紹介すれば、隣から情け容赦のない言葉が飛んでくる。公衆の面前でそれやるの、水無坂さん? 羞恥プレイとかそういう次元じゃなくない?
だが。それも仕方のないことだろう。4人分の視線を一身に受けて口を開くなど、なかなか経験できるものでもないのだから。
一人は勝手知ったる仲、もう一人も顔見知りとはいえ、残り二人は完全な初対面だ。それも全員が「留学生」、純然たる実力で選ばれた人間だというのだから、コネ選出の俺は縮こまる以外にないのである。
5番客室、つまり北沢さんの客室の内装は、俺に割り当てられた部屋とほぼ同じだ。豪華なダブルベッドといいシックな調度品といい、城というよりはお高めのホテルのような見てくれだが──むろん、外からの客人を招く都合上、そういう風に設えてあるのだろう──いかに整っているとはいえ、5人が一堂に会するとなればさすがに少々狭い。
しかも。その5人が、めいめいに好きな位置に陣取っているのだから尚更だ。
「アメミヤ、シュン……アメミヤ……あ、じゃあ宮ちーでいい? アメミヤくん、って長いじゃん! どお、いい感じ?」
「あー………………わかる。いい感じ、かなり」
「やっぱり? いやー話わかるわー、さすが特待生! あ、ウチのことは宙でいいから! よろ! イェイ!」
「あー……うん。よろ」
よろでーす、イェイイェイ! 未来最高! お前も未来最高と叫びなさい!
……うん、まあ。間違っても、そんなテンションで会話などできるはずがなく。
四人の留学生のうち残り半分、“処分”が終わるまで部屋で待ちぼうけを食っていたと思しき二人。その二人に向けて自己紹介をするや否や、明らかに火力過多なコメントが返ってきた。
身なりといい、その距離の詰め方といい、カースト上位層であることは言うまでもない。降谷とも似ているようで違うその在り方は、なんだかんだ今まで接する機会がなかったタイプの人間だ。
瞳野宙。第五本部初の留学生は、その肩書を背負うに相応しいだけの風格を備えている。
水無坂と比べても明らかに短いスカートに、対照的に少し余らせた袖。未だに制服を着ているのは、夕食からそのままこの部屋で待ちぼうけを食っていたせいもあるのだろう。
160センチありそうな背丈も、胸あたりの長さで整えられたストレートの黒髪も。口ぶりからイメージされる本人像と全く同じ、ここまでの解釈一致もそうそうないと思えるほどだ。英国来てから解釈が一致すること多くない? 気のせい?
我が物顔でベッドに腰掛けている彼女は、スラリとした美脚を惜しげも無く晒す。やたらと足が長く見えるのは、スカートが短いせいか、それともスタイルが良いせいか。
……いや、ダメだな。脚が綺麗だとか、肌が綺麗だとか、そんなことは全然まったく思っていませんとも。雨宮俊は健全なコンテンツですのでね、ええ。
「ってゆーか、あやのんと仲良いんだ、宮ちー。……えっ、そうゆうコト!?」
「仮にも同期なので。第二本部の代表として来ている以上、相応しい行いをしていただかないと困ります。……もっとも、かなり手遅れのようですが」
大袈裟なリアクションにも動じることなく、落ち着き払ったコメントを返す水無坂。あやのんって響きカワイイな……中身知らなかったらただのちんまい美少女だもんな……。
向かい合わせのソファと、その間に配置されたアンティーク調の机。そこにテキパキとティーセットを用意する水無坂の手腕は、明らかに経験者のそれだ。惚れ惚れするような手際だが、さりとて使用しているのは北沢さんの部屋の備品なのだから、こちらもこちらで大概な傍若無人っぷりである。
見なさいよ北沢さんの顔、すごいなんとも言えない感じの表情してるじゃないの。水無坂が働いてるのに部屋主の自分が動かなくて良いのか、みたいな悩み抱えてるんだろうなあ……わかるよその気持ち、すごくよくわかる。所在なさげに立ち尽くされるとこっちが居た堪れなくなるので、どうか気にせず腰を下ろしてほしい。
「……あの。自己紹介、俺もした方が……?」
と。
件の瞳野さんの隣、数十センチ離れたベッドの端で。これまた所在なさげに身を縮めていた“彼”が、恐る恐るといった体で口を開く。
……いや。もちろん、そこにいるのが「彼」であることは、着ている制服を見れば明らかだ。そもそも、留学生ズのプロフィールは事前に確認しているのだから、最後の一人が誰であるのかも自動的に決定できる。
だが。諸々の事情を差っ引いて考えても、なお余りあると言えるほどに。
「……どうもです。巴彼方、第一本部所属です。その……よろしく、で良いんですかね?」
巴彼方と名乗ったその男は──しかし。
男の枠に分類するには、どうしようもなく整いすぎていた。
長い睫毛に二重の瞳、白い肌にすらりと細い腕。耳を隠す長さの髪も相まって、声を聞かなければ男だと分からないほどだ。
博士も大概に中性的だが、あれはキャラが濃すぎるせいで外見など二の次である。対してこれは本物の「美少年」、男子校にいたら確実に告白されるであろう存在だ。
いや、プロフィール見た時点で写真はあったけどね? それに比べてもというか、実物は段違いに顔がいいというか。星皇学院が共学で良かったな……男子校だったら確実に尻狙われてたぞ……。
「えー? 巴っち、その反応は薄味すぎん? もっと仲良くしよーぜー、ウチら仲間なんだし!」
「え、いや……まあ、そうですけど。じゃあどうします? 写真でも撮りますか?」
「え、イイじゃんそれ! 巴っち、やればできんじゃん! っと、スマホスマホ──」
が、しかし。
自己紹介と、それに続く僅かな会話。たったそれだけで、この男の本質が何であるのか判る。“理解って”しまう。
瞳野さんの注意が逸れたその刹那、時間にして一瞬のアイコンタクト。整った顔が正面を向き、視線が交錯したその一瞬──取るに足りないその時間でも、その確信を図るには十分だった。
──ああ。陰キャだ、こいつ。
絶世の美少年だろうが、選ばれた総本部からの留学生だろうが、そんなことは瑣末なこと。この男の本質、それは雨宮俊とまったく同じ、どうしようもないほどの根暗なのだ。
陰キャという存在は不思議なもので、同類を嗅ぎ分けるセンサーのような機能を備えている。いわば同属嫌悪の類なのだろうが、にしてもこのセンサー、誤作動というものがおよそないのだから面白い。
会話を長引かせるとボロが出るがゆえに、それっぽく硬派を気取ってみることも。その実女性から距離を詰めてこられると、どうしようもなく狼狽えてしまうことも。何もかもが経験済みというか、もう見たと言ってしまいたくなるものだ。
例の後輩、皆川七彩ほど壊滅的なコミュニケーション能力であれば、一周回ってそれもアリかと思えるだろう。しかし陰キャの場合、中途半端に社交性があるのだからタチが悪い。
現に瞳野さんから距離をとって座りながらも、抑えきれない視線がちょくちょく太ももに向かっている。分かるぞ、実際めちゃめちゃ気になるよなそれ。でもそれ、案外どこ見てるか分かるらしいから気ぃつけろ。
……まあ。ここまで言っておいてなんだが。今までに放った罵詈雑言のすべては、そのことごとくが自分にぶっ刺さってくるものだ。
陰キャがなぜ同属嫌悪を覚えるかといえば、およそすべてが身に覚えがあるからである。勘違いしてやっちゃったアレとか、気取ってやっちゃったソレとか、今思い出すと死にたくなるというか、もういっそひと思いに殺して欲しい。
こうして人知れず間合いを図っている今も、というかその行為そのものが、センサーをこれ以上ないほどに刺激している。向けられた不用意なことをするな、と言わんばかりの視線は、おそらく俺が向けている視線と同様のものなのだろう。
当然。我々陰キャというものは、そのあたりのことは言うまでもなく承知の上だ。
君子危うきに近寄らず、ではなく、お互いに火傷すると理解しているからこそ。同士討ちが起こらないように適切な距離を保ち、必要に迫られた時にのみ薄っぺらいコミュニケーションを提示する。あまりにも情けない相互確証破壊が、この一瞬で成立してしまったのだ。
「はいはい、写真撮りま~す──ほら、巴っちも宮ちーも顔ヤバすぎっしょ! もしかして笑うの苦手系?」
「……得意ではない、です」
「えー、損じゃねそれ? もっと笑えばモテるって絶対!」
雑に絡まれる巴の姿に、なんとも言えない感覚が背中を駆け抜ける。ああならなくてよかった、の安堵なのか、次は自分だという恐怖なのか、識者によって見解が変わりそうな一幕だ。その程度なら識者なんてやめちまえ。
「おけ、あとでグループに上げとくね〜。宮ちーグループ入ってたっけ?」
「……いや、俺今携帯使えなくて……」
「マジ!? じゃーあとでLI◯E教えて! 送るから!」
おおう……押しが……押しが強い……。
まるで予想外、という顔もつかの間、満面の笑みと共にそんなことを確約されてしまう。そうか、連絡先交換とはこうやるのか……これがコミュ強、選ばれし者の証……。
携帯は男に取り上げられてそれきりなのだが、連絡する相手がロクにいないせいでそれすらも忘れていた。そも、L◯NEもやってない上にスマホですらないのだが……そのへんの話をしても、イヤミなど何ひとつなく対処しそうなのだから恐ろしい。電話帳に連絡先がひとつ増えるのも、時間の問題になりそうだ。
「ね、これどう? よくない!?」
パシャリとシャッター音を響かせるや否や、瞳野さんがずずいと距離を詰めてくる。えっちょっと、いきなりパーソナルなスペースに踏み込むのは心臓に悪いからやめてください。色んなものが当たってるっていうか……うわめっちゃいい匂いする……。
自撮りの要領でスマホを構える瞳野さん、肩を組まれてガチガチに固まっている巴、その後ろで仏頂面を晒している雨宮。手前に写り込んでいる3人の反応は、面白いほどに三者三様だ。むろん、今の俺は巴とまったく同じ状況になっているので、何を笑えるはずもない。
ここぞとばかりに白い目を向けてくる巴に、茹だった頭でどうしたものかと考える。最適解は瞳野さんの身体をやんわりと押し退けることなのだが、そんなことがスマートにできたらこんな人間にはなっていない。
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだと、蛙の身になって初めて実感する。確かに何もできませんねこれ……いやでも、この状態で死ねるのなら本望じゃないだろうか……。
「──瞳野さん、ソレをからかうのはそのあたりで。お茶が入りましたので」
と。
呆れたような、咎めるような、そんなどちらとも取れる口調。冷徹な視線とともに放たれた言葉が、この身に張り付いていた瞳野さんを引き剥がす。
この手の態度には慣れていたつもりだったが、ここまで温度が冷たいのは久々だ。初期の水無坂を思い出してしまうあたり、なんだかんだで関係性にも変化があったということなのか。
「マジ、もう!? あやのん、手際の良さヤバくない? お茶とか習ってたりしたん?」
「紅茶に習い事も何もありませんよ。ただ慣れているだけです。冷めないうちにどうぞ」
「ちょい待って、写真だけ撮るから! ほら、巴っちもこっちこっち!」
一方の瞳野さんはといえば、まったく気にすることもなく紅茶に飛びついていた。その興味の移り変わりの早さ、まさしく現代社会を生きるJKと呼ぶに相応しい。
いやうん、離れてくれて大変ありがたいんだけどね? あのままだと身動き取れないし、そもそも呼吸すらろくすっぽ出来なかったし。でも、それはそれとしてちょっと残念というか、いざ離れられるともうちょっと欲しいと思ってしまうというか──
「ああ、貴方は水で良かったですか? マナーのなっていない人に飲ませるものはありませんので」
「そこまで言う?」
「ええ。よくもまあ、そこまでだらしのない顔ができますね。恥ずかしくはないのですか?」
「情けなくはあるな……」
俺にだけ当たりが強いのもいつも通りだが、完全なアウェーのフィールドでそれをやられるのは新鮮だ。ヤブをつつくまでもなく蛇が飛び出してくるあたり、さっきアルバートに揶揄われたことがよほどご立腹な様子である。
相も変わらず所在なさげに振る舞う巴に、もはや諦めたのか無言で茶を啜る北沢さん。華のある女性陣に比べて、男衆のなんと暗いことか。イギリスくんだりまで来ておきながら、ここだけ茶室のような有様だ。
貴方はこっち、と言わんばかりに隣のスペースを示す水無坂に、北沢さん同様に諦めて腰を下ろす。差し出された紅茶をひとくち飲めば、たちまち芳醇な香りが鼻腔を満たした。
当然といえば当然だが、茶葉も良いものを使っているらしい。城の中で栽培しているわけでは流石にないだろうし、何処かから持ってきているのだろうが──門の外からの輸入なのか、それとも第二本部のように街と呼べるものがあるのか。英国に来てからはや二日経つが、この城以外のことは存外に何も知らないことに気付いてしまう。
5人がひとつの卓を囲めば、スペースは言うまでもなく狭くなる。必然的に水無坂と肩が触れ合うことになり、またぞろ緊張してしまう無限ループに陥っていた。
「あ、そいえば宮ちー、なんか偉いヒトとバトったんでしょ? 大丈夫だったん?」
「……まあ、どうにか。明日から、ちょっと違う予定で動くことにはなるかもだが」
「へぇ〜、すっご。ま、確かに傷とかないもんね。あ、もしかして、バトルの強さで推薦された的な?」
「…………大体そんなとこ」
ほえー、と感嘆の声を上げる瞳野さんと、対照的に冷たい視線を送ってくる水無坂。いや、これに関しては嘘ではなくない? 確かに盛っているところもなくはないが、そもバトルしたからこその騎士団送りである。騎士団送りってなんかヤだな……騎士って名誉ある職のはずなんだけどな……。
「でも、強さならウチらも負けてないって! ほら巴っち、星皇祭でどこまで行ったんだっけ?」
「……団体戦の本戦で準優勝。個人は色々あって出てません」
「ね、ヤバくない? 一年でこれとか、この先絶対強くなるでしょ!」
「早熟なだけです。……そもそも、俺の力じゃない」
自分のことのように誇る瞳野さんに対し、巴はあくまでも他人事のような態度を崩さないまま。謙遜にしても、それは少々生き過ぎたきらいがあるほどだ。
にしても、星皇祭とは。いくら陰気であろうとこの美形、頭に残っていて然るべきだと思ったのだが……適当に記憶を漁ってみても、それらしい姿はまるで出てくる気配がない。
むろん、準優勝とはいえ団体戦、誰かの活躍の影に隠れてしまった可能性はある。「俺の力じゃない」という言葉も、そういう経緯があれば十二分に納得できるものだ。そも団体戦決勝の時分には、俺は例の毒で生死の境を彷徨っていたのだから、覚えていなくとも何ら不思議はない。
だが、それを勘案した上でなお。まったくと言っていいほどに、該当する人物が記憶に見当たらない。
団体戦の選手とは本戦の最初に軽く接したのみであるし、まさか全員覚えるという芸当ができるわけもない。おおかた記憶から漏れているだけだと思うのだが、にしてもこんな美形を忘れるとは……どうせ魚見は全員覚えているのだろうが、尋ねたら尋ねたで煽られるだけなのでやめておく。
「茶会に相応しくない顔をしないでください。こちらのお茶まで不味くなります」
うーんうーんと唸っても、答えが出るはずもなく。結局、迷走する思考にケリをつけたのは、腹を小突いてくる水無坂だった。
確かにお茶会で思索に耽るのはご法度だが、にしたってその扱いはどうなのか。ほら、なんかすごい注目されてるじゃん……瞳野さんとかめっちゃニヤニヤしてるんですけど……。
「へ〜〜〜……あやのん、やるじゃん。ヒトの前でやるにはだいぶ攻めてない、それ?」
「そうなんスよ、加減して欲しいっスよねえ。今時の若者には節操ってモンがないっていうか」
「……おい、許可もなく入ってくるな」
「いやいや、あとで行くって言ったじゃないスか。はい、厨房からくすねてきた諸々どーぞ──アーサーあたりにバレるとド叱られるんで、くれぐれもご内密に頼むっス」
会話の途中、なんの躊躇いもなく唐突に部屋に押し入ってくるアルバート。その蛮行を咎める前に、瞳野さんがひゃっほいと手を伸ばす。
確かに後で差し入れを持っていくとは言っていたが、にしてもこいつには遠慮ってモノが無いのだろうか。ノータイムで会話に混ざってこれるその精神性、あまりにもタフすぎて見習いたいレベルだ。
「アルちゃんも仕事上がり? じゃ、一緒に飲も飲も! ほれ一気!」
「もちろん、そのつもりで来てるっスよ! よぉし、お兄さん頑張っちゃうぞぉ──まだ仕事残ってるけど、まあイイでしょ!」
良いわけあるか。とっとと帰れ。
「……アルちゃんで一気ってアウトだろ……」
誰に聞かせるわけでもなく、ボソッと呟かれた巴のツッコミ。分かるぞ、その気持ちは非常に良く分かる。どうやら同類だけあって、目の付け所も突っ込みたくなる箇所も同じらしい。
とりあえず、中身はオレンジジュースだから良いものの。高校生の中に(おそらく)成人が混じって一気とか、字面だけ見たらどう考えてもアウトである。
……このテンションでまだ続けるんですか? 正気?
# # #
「あ”ー……死ぬ……」
ほれ見ろこうなった。
瞳野さんに煽られ、ひたすらにガブガブとジュースを飲み続けたアルバート。そんな調子で二時間も騒ぎ続ければ、どうなるかは言うまでもない。
あれで小器用な面もあるのか、定期的に北沢さんやら巴やらにも話を振り、会話を盛り上げていたことは評価に値する。真の陽キャの面目躍如か、と尊敬した部分もあったのだが……それはそれ、これはこれだ。雰囲気だけでここまで完璧に酔っ払うなど、コスパが良すぎて逆に尊敬するまである。
「ほらアルちゃん、立ってってば。部屋まで歩けないっしょ、このままだと」
「あ”ー……だい”じょ”ゔぶ……」
「いや、無理無理。……あーもう、部屋まで送った方が早いかこれ」
どうにかして立たせようと悪戦苦闘した結果、瞳野さんはそのまま引っ張った方が楽ということに気付いたらしい。手慣れた動きで肩を貸した彼女は、そのまま部屋の外へと歩いていく。
「ってことでウチ、コレ送ってくるわ。よっしー、部屋ありがと! あやのんもお茶ごちそうさま! おやすみ!」
大の大人を引き摺っているのに重さを感じさせないのは、『星の力』の恩恵か、それとも留学生に選ばれた技能の高さが為せる技か。グンニャリとしたアルバートの影に隠れた瞳野さんは、そんなことを北沢さんと水無坂に言い放ち、あまりにもスピーディーに立ち去ってしまった。
お手本のような酔っ払いの介抱だが、それにしてもまた随分と手際がいいのが面白い。もはや飲み会の後始末すら飛び越え、負傷兵の救助でもしているがごとき有様だ。
「じゃ、俺も戻ります。お茶、ごちそうさまでした。……これから二週間くらい、よろしくです」
そして。空気の流れに敏感な陰キャが、お開きになりつつある空気に気付かないはずもない。
形式上と言わんばかりの動きで頭を下げ、そそくさと部屋を出ていく巴。この機を逃すわけにはいかない、などと考えていることは、その動きからもひしひしと伝わってくる。
「洗い物、終わりました。ふきんは私のものを使ったのでお気になさらず──それでは、私もこれで。お部屋、ありがとうございました」
おやすみなさい、と。そんな言葉を最後にして、水無坂も優雅に部屋を立ち去る準備を進めている。アルバートの醜態もどこ吹く風、という態度もさることながら、俺に対する労いの言葉は一切ないままだ。
いやまあ、分かってはいたけどね? 忘れてるかもしれないけど、俺二時間前くらいまで決闘じみたことしてたんですよ。忘れてるかもしれないけどね?
「……何をしているんですか。部屋に送り届ける義務があるでしょう」
「あるのか……」
……まあ。お嬢様にどれほど雑に扱われようと、忠実に尽くすのがお付きの騎士というものだ。
まして今現在に限っては、雨宮俊は本当の騎士(見習い)になってしまったのだから、その要望に応えないわけにもいかないだろう。こんなところを姉にでも見られようものなら、またぞろ気持ちの悪い笑みを浮かべられること請け合いだ。
「……じゃ、お疲れ様です。北沢さんも、しっかり寝てください」
「ええ。さすがに休憩は取りたいですし──それに私としても、若い二人の仲を邪魔するのは本望ではないですから。さあ、早く送ってあげてください」
珍しく揶揄うような笑みを浮かべて、北沢さんは俺の背を押していく。部屋の出口までひたすらに追い立てられる俺の姿は、アルバートに負けず劣らず滑稽なものだ。
既に部屋を出、入り口で待つ水無坂。耳元で囁かれるその声は、俺以外には絶対に聞こえないであろうボリュームで──
「忘れるなよ、雨宮。お前は監視されている」
最後のひと押し。背中を押す掌の強さに、つんのめるようにして部屋の外に一歩を踏み出す。
その言葉の意味が、脳内で像を結んだ時にはもう。彼の部屋の扉は、堅く閉ざされた後だった。
・ウェイウェイ女子高生
・顔だけの男
・おや? 北沢さんの ようすが……?
次回、騎士団初任務。前話から次まで合わせて1話にまとまるはずだったんですが……おかしい、こんなはずでは……。
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