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その道の先に  作者: たけのこ派
第五部/英国編
114/126

5-4/異常な博士の罪状、または彼は如何にして心配しつつも人造神器を作り上げるようになったか

前回のあらすじ

主人公、知らぬ間にイギリス旅行が決定。帰ってきたときに家があるといいね。

「で?」


「嫌だなあ、雨宮くん。さっきも説明しただろう?」


「ああ、聞いた。で?」


 4月8日。うららかな春の陽気に包まれた、土曜の昼下がり。縁側で日向ぼっこでもしていれば、知らぬ間に寝入ってしまいそうなほどだ。

 暑くもなく寒くもなく、唐突な土砂降りに見舞われるわけでもない、理想的な「春」の1日。近年の異常気象を鑑みれば、今日という日がどれほど有り難いものなのかは察するに余りある。


 ……で、だ。なぜそんな貴重な1日を、俺は博士の隣で過ごしているのか。


「やれやれ、仕方ないなあ……いいかい? 国の代表であるきみを手ぶらで行かせた、なんてことになれば、それは日本星皇軍の名折れに繋がりかねないわけだよ。これは日本とイギリス、双方の橋渡しをする、とても重要な事業なんだ」


「で、武器を大量に引っ提げて行かせるわけか? ケンカ売ってると思われても責任はとらんぞ」


「騎士の剣だって、今のご時世は飾りみたいものだろう? 出来栄えの良いものを目に見える場所に置いておけば、それだけで威厳の度合いはマシマシだ。イギリスのお偉方だって、きっと人造神器(これ)の良さを分かってくれるはずだよ」


「結局最後のが言いたかっただけだろ……」


 よくもまあ、思ってもない言葉がつらつらと。要はイギリスに人造神器を売り込みたい、という話だろうに、何故それを素直に言えないのやら。


「そもそも、そんなに売り込みたいなら自分で行けばいいだろ。第二本部(うち)のマザーゲート使えば一瞬なんじゃないのか」


「前にも話したと思うけど、あれはマナの消費が馬鹿にならないんだよ。日本国内ならともかく、イギリスなんて離れたところに人間を飛ばそうとすれば、一人でも相当量のマナを消費する。ぼく個人の裁量でどうこうできるなら、最初から売り込みに行っているさ──知ってると思うけど、きみが空輸になったのもそれが理由だね」


 キムチパンをもっちゃもっちゃと頬張りながら問いを投げれば、先日も聞いたような話が返ってくる。やたら辛いのにやめられないんだよなこれ……一年前に見たゲテモノ惣菜パンに、まさか自分がハマることになるとは思わなかった。あと空輸って言うな、貨物か俺は。


 (さかのぼ)ること2日前、つまり木曜の放課後。バイトに行こうと思った俺を待っていたのは、例によって唐突の「呼び出し」だった。


 いつものごとく司令部に赴けば、そこにいたのは坂本大佐ひとり。博士やら魚見やらはもちろん、流川少佐の姿すらもない。前回とは真逆の状況に、なんとなく嫌な予感はしていたのだが──

 それが、まさか。「イギリス留学に行け」なんて突拍子もない指示だとは、冗談でも想像できるはずがない。


『留学の話は知ってるだろう? お前の実績を鑑みて、アレに特別枠として参加させて貰えるようになった。月曜から向こうに行くから、土日のうちに準備しとけよ』


『…………なんですか、それ。行きませんけど』


『そうも言ってらんないんだよな、これが。今回の話、総本部たっての“推薦”だ──断るってことになると、俺の立場が大変なことになっちまう。具体的には、俺が昼間っから司令室(ここ)でモン○ンできなくなる』


『軍人やめちまえ』


 などと騒いでみたものの、もちろん抵抗が認められるわけもなく。結局たった十数分で、月曜から二週間のスケジュールが抑えらえてしまった。

 世が世なら訴えられるレベルの横暴だが、さりとて俺一人の力ではどうすることもできないのが実情というものだ。強大な権力を前にすれば、学生など地を這って平伏するしかないのである。弾丸旅行も真っ青な予定の組み方ですが、まあいいでしょう……いや何も良くねえなこれ……。

 ……まあ。正直なところを言えば、学校から離れられるのはありがたいことではあるのだ。いい加減精神的にも参っていたし、自分のことを知らない人間しかいない場所に行くというのは案外悪くない。

 無論英語などサッパリだが、そこは紳士の国、留学生を無下に扱うなどということはないだろう。ハローとグッバイしか分からない俺でも留学に行けるのだから、(けだ)し直通のマザーゲートという設備は素晴らしいものだ。

 ……などと。事情を知らない間は、のんきにそんなことを考えていたのだが。


『ああ、ちなみにお前の移動手段だが。他の学生はマザーゲートで移動だが、お前には飛行機で移動してもらう。文明の利器を思う存分に活用してくれ』


『……は? なんで?』


『ゲートのマナを一気に消費しすぎて、有事の際に移動できなくなった、なんてことになったら本末転倒だろ? 特に今はクリスマスの一件で、その辺の管理がめちゃめちゃ厳格になってんだ。今回の留学は、移動させられる学生をギリギリまで詰めた上での実施だったが……そこに土壇場でひとり追加なんて言われて、移動分のマナが工面できるはずもない』


 返ってきたのは、想像以上にキッパリとした拒絶だった。

 こうも理詰めでダメだと言われれば、申し開きをすることもできない。なまじ自分にも思い当たる節があるだけに、強弁するわけにもいかなくなってしまう。


『だからってなあ……飛行機(ヒコーキ)なんて乗ったことないぞ、俺。記憶が正しければだが』


『パスポートやら旅費やら、その辺は全部こっちで持ってやるから安心しろ。向こうに着いたら、そこからは現地の“ガイド”が案内してくれるって話だ。お前は成田なり関空なりに行って、適当にイギリス行きの便でも探しゃあいい』


 ええマジ……? むちゃくちゃ言うなこの人……。

 海外どころか国内旅行すらしたことのない人間にこの仕打ち、とても人間のそれとは思えない。人の心とかないんか? なさそうだなこいつ……職務放棄して色違い厳選とかやってるしな……。


 兎にも角にも。そんなこんなのやりとりがあって、俺は留学に赴くことになった、というわけである。


 姉にこの話を伝えた時にはどうなるかと思ったが、驚いたことにその反応は喜怒哀楽の喜に寄っていた。上層部の権力で()じ込まれたと聞けば、拒絶反応を起こすかとも思ったのだが……今回は刃傷沙汰に巻き込まれる可能性もないし、純粋に留学を喜んでくれた、ということらしい。二週間もの間、俺なしで駄姉(アレ)が生き延びられるかは微妙なところだが、それはそうと良い家族を持ったものだ。


 もっとも。今まさに、そんな前提を崩そうとしている存在が、俺の目の前でしゃべり倒しているわけであるが。


「いいかい雨宮くん、これはまたとないチャンスなんだ。遠く離れたイギリスで人造神器の有用性が証明されれば、星皇軍も放っておくことはできなくなる。人造神器(コレ)が単なる僕の趣味じゃないってことを、ワールドワイドに証明できるんだよ。それが成功するか否かは、雨宮くん、君の現地プロモーションにかかってるんだ」


 知るか。もうあんたが留学行け。


「だからってな、アタッシュケース持ち出してくるやつがあるか。どこの闇取引かと思われるだろ、こんなもん」


「むしろ望むところだよ。何事もまずは見栄えから、見た目の立派さも重要な要素のひとつなのさ。君もこのケースは好きだろう? ほら、こうやってパカってするのとか」


「それはわかる」


 留学の準備をわっせわっせと進めている中、博士から電話がかかってきたのが二時間ほど前。どのみちロクでもない呼び出しだろうとは思ったが……まさか、武器商人紛いのことをやらされるとは。

 確かにクリスマスの一件以降、博士には拳銃まで含めて全ての武器を献上していた。メンテナンスも勿論のこと、特に剣盾の神器に関しては、文字通り粉々にしてしまった負い目もあるのだが……にしてもこんなものは、想定外も甚だしい。

 「新しい武器の使い心地を試すから、昼にはトレーニングルームまで来るように」と。唐突にそんな連絡を受け、軍部まで出向く人間の気持ちも考えて欲しいものだ。受付のお姉さんにすら少し同情的な視線を向けられてしまったので、いい加減訴えても許されるんじゃないかと思う。


「言うまでもないけど、このケースも特別製だ。軽い、硬い、強いをモットーに、いざとなれば武器として使えるだけの強度を確保してある。きみのことだ、これで殴りかからないとも限らないからね」


「なんだと思われてんだ俺は」


 確かにやるかもしれないが、それは本当にいざとなった場合だ。刀折れ矢尽きた場合と、あとはほんの少しの例外を除けば、そんなことを積極的にやろうとは思わない。

 憮然(ぶぜん)とする俺を差し置いて、博士は手慣れた動きでケースを開け放つ。悔しいことにワクワクしてしまうのだから、俺も俺で大概オトコノコということなのか。

 高そうなスポンジの上に諸々の道具が収まっている様は、さながらスパイ映画のワンシーンだ。それも、中に入っているのが俺専用の装備セットというのだから、興奮しない方が無理な話だろう。


「さて。それじゃ、今日の本題に入ろうか──いやあ、この日をどれほど待ったか。最高の形できみに届けられて何よりだ」


 しかし、だ。それはそれとして。


「なあ。……どう考えても多すぎじゃないか、これ?」


「? きみのことだから、武器はどうせ使い潰すだろう? どのみち見せる目的で持っていくものなんだから、数があるに越したことはない」


「好きで使い潰してるわけないんだよなあ……」


 いち、に、さん、よん。ケースの中に収められていた装備は、どう考えても一人の人間が使うには過積載だ。いくら武器を使い潰すといってもね、限度があると思うんですよ。

 現存する中で一番使い方を熟知していた碧落(ゲテモノ)は、「更なるクオリティアップのため」とかいうよくわからない理由で取り上げられている。おかげでメインウエポンからして完全新規、というかどれがメインかもわからない隙のなさだ。これ全部使い方覚えんの? 阿修羅でもないと無理じゃない?


「安心するといい、どれも使い方は簡単だ。きみの天性のセンスがあれば、楽々使いこなせるだろうさ。さ、まずはこれだ」


 有難くもない信頼だ、などと。そんな愚痴をいくら零したところで、状況が変わってくれるわけもない。俺にできることといえば、おとなしく命令を聞いておくことだけだ。

 真っ先に渡されたその武器は、ケースの中心に対置されていた二本のグリップ。どこかで見た記憶のあるそれは、しかし手に持ってみると微妙に感覚が異なっている。


「銘は桜雲(おううん)、二本で1セットの武器だ。イニシャライズは済ませてある。試しにしっかり握って、起動の意思表示をしてごらん」


「……『桜雲』、起動」


 トリガー起動、なんておふざけをやろうと思ったが、あいにくそのボケは一年前に済ませてしまっている。おとなしくその言葉を口にすれば、思った通りグリップの先端から刃が飛び出した。


「……これ、最初のアレか」


「ああ、ご明察。きみが一番最初に使用した人造神器──ボタンを押せば刃が形成される、あの日本刀もどきのリメイクだよ。前は手動だったが、今回はきみの意志ひとつで機動が可能だ。もっとも、慣れないうちは音声認識にした方が良さそうだね」


 「日本刀もどき」と。名前すら与えられていないのは、それが博士が開発した中でも最初期のものだったからだ。

 コンパクトな点以外は通常の神器と変わらないあの武器は、しかし紛れもなくカイン討伐の立役者だ。後続のゲテモノ武器シリーズを知った今では、むしろあの素直な性能が恋しくなってくるのだが……どうやら、博士にとってはそうでもなかったようで。


「別に、システムそのものはどうでもいいんだが……なんでわざわざ二刀流にした? おい、答えろ」


「そっちの方がかっこいいだろう? ちなみに右が桜雲(おううん)月影(ひかり)、左が桜雲(おううん)星芒(ヒカリ)だ。ぜひ覚えてくれたまえ」


「ぶっ飛ばすぞ」


 満足げに微笑む博士をどれだけ問い詰めようが、当の本人は涼しい顔をしているのだから始末に負えない。製作者のプライドといえば聞こえはいいが、その実態はどちらに転んでも俺が損をするだけのシステムだ。

 博士からのフォローがない以上、自主的に動かしてみるしかない。物は試しと振ってみるが、双方の重さの違いに早速バランスを崩してしまう。

 ……まあ、それも当然だ。この二刀、そもそも大きさどころか、形状からして全く異なっているのだから。

 右の剣──さしあたって、“月”とでも呼ぶことにするが──は、スタンダードな両刃の西洋剣だ。趣としてはショートソードとでも呼ぶべきなのだろうが、サイズといい重量といい、とてもそうは思えない。

 慣れれば軽々と振り回せるのだろうが、ここ一年短刀ばかり使ってきた身にはかなりの試練だ。決して使えないのではなく、片手で扱えるギリギリのラインを攻めてくるのだから、作り手も作り手であまりに性格が悪い。

 その一方で。左の剣、言うなれば“星”については、細身の刀身をしたサーベルに近しい作りとなっている。

 「叩き潰す」ことも視野に入れた“月”に比べれば、より斬撃や刺突に適した形状だ。素早く、無駄のない動きで相手を翻弄する、水無坂のような戦い方が求められることになるだろう。

 

「──なあ。これ明らかに設計ミスだろ、おい」


 確かに、剣が欲しいと博士に発注をかけたのは俺だ。ゲテモノ武器ばかり使わされている現状、そろそろ通常サイズの剣が欲しいと、そう願わなかったと言えば嘘になる。

 でもね? 流石にこの叶え方は、ちょっと詐欺くさいというか。サイズも特質も違う二刀を戦場で振り回せというのは、とてもド素人に要求するレベルではない。これで願いは叶えたなどと豪語するのだから、とんだ邪神もあったものだ。


「失敬な。重さもリーチも、今まで蓄積した戦闘データから最適になるように組んである。その二刀は正真正銘、きみ専用のワンオフ機だよ。まあ、そこにぼくの趣味が入っていないかと聞かれたら、ちょっと首を傾げるところはあるかもしれないが」


 それみろ言わんこっちゃない。余計な言い訳なんぞせずに、最初から性癖の塊です、とだけ言えばいいのだ。元がマッドサイエンティストのくせして、生半に社会性を身につけようとするんじゃない。

 ……いや。というか今、聞き捨てならない一言が聞こえたのだが。


「おい。趣味が入ってる、って言ったか? これに、まだ?」


「よくぞ聞いてくれた。では、この武器がきみのメインウエポンに相応しいところをお見せしよう──さあ雨宮くん、合体(ドッキング)だ」


 背筋を駆け抜ける嫌な予感を、止めることもできないまま。高らかなその声に呼応するがごとく、両グリップの底が淡く光る。後悔先に立たずという言葉を骨の髄まで実感するものの、既にすべてが手遅れだ。


接続器、起動(アンカー・コネクト)換装を開始します(モードⅡ・セット)


 鳴り響く機械音声とともに、繋ぎ合わせた柄尻が文字通り「接続」される。瞬きほどの間も無く連結した二本の剣は、今や全く異なる姿へと変わっていた。

 見覚えのある機能、かつて使い倒したはずの連結システム。だが、その完成度も、形の変わりようも、かつての神器とは段違いだ。

 

「きみから収集したデータによって、神器の接続機能は完成を見た。一撃で相手をなぎ倒す、攻撃力特化の第二形態──桜雲・花霞(カスミ)。並の星屑(ダスト)程度なら正しく鎧袖(がいしゅう)一触(いっしょく)の、超攻撃型神器だよ」


 それは、斧。それも大の大人が両手でぶん回す、身の丈ほどもある両手斧だ。

 見ただけでその破壊力が窺い知れる刀身は、さながら極厚の半月斧(バルディッシュ)か。こんなものに掠りでもすれば、人間の身体など簡単に吹き飛ぶことは言うまでもない。

 物は試しと振るってみれば、鋭利な切っ先が心地の良い(うな)りを上げる。両手武器にふさわしい重さも相まって、破壊力は絶大の一言だ。


「……こんなもん、人間に向けてはまず使えんな」


「ああ、明らかなオーバーキルになるだろうね。刀身の形成、接続、変形と、きみが使ってきた神器の機能をふんだんに取り込んだつもりだけど……正直、こればっかりは少しやりすぎた。二刀の時はともかく、こっちは完全に対星屑用の代物だよ」


 舌をペロリと出す博士の顔を見れば、その言葉が本心から出たものかどうかなんぞ明らかだ。その目の横でピース作るやつ、アホほど腹立つから二度とすんなよ。

 ……というか、だ。軽く振り回してみて、気付いたことがあるのだが。


「なあ。これ、()()()()な?」


「さすが雨宮くん、そこに気付くとはさすがの慧眼(けいがん)だ──でも、そこに触れるのはもう少し後の話にしようか。さ、次に行くとしよう」


 ひと通り触った上で感じた、言葉にできない違和感のようなもの。それが確固たる形になる前に、博士は満面の笑みで「次」を指し示す。

 ……なんか、アレだな。どこに地雷があるのかわからんのも怖いが、明言されてるのも相当にイヤだ。

 「もう少し後」になったら何が出てくるのか、今の時点でゲンナリする。目を逸らす手段が別のゲテモノ武器でしかないのだから、もうこれは詰みとかそういう次元ですらない。


「……で、今度は? この棒か?」


「ああ、この武器は少し特異な作りでね。銘は翠嵐(すいらん)、サブウエポンというのも少し違うんだが……ま、これも一見にしかずだ。さあ、起動を」


「なんでそんな言いにくい名前ばっか……」


 手に取った二つ目の武器は、長さ30センチほどの棒。握りやすいように形を整えられていた桜蘭(グリップ)と違い、正真正銘の棒といった雰囲気だ。例によって起動の意思表示をすれば、それはたちどころに一本の槍へと姿を変える。

 2mにも届こうかというそれは、穂先が分かれた二又槍。珍しく正統派の、捻りが一切ないその造形は、美術館に置いても見劣りしないほどの美しさを誇っている。


「……珍しいな。こんなきちんとしたもんも作れたのか」


「ああ、いい塩梅のデザインだろう? ちなみにアイデア元はロン○ヌスの槍だ。残念ながら一撃で使徒を倒せるような代物じゃあないが、負けず劣らずの性能をしているとは思っていてね。それを今から実演してみせよう」


 やたらかっこいい指パッチンとともに、ルーム内に出現する一匹の星屑(NPC)。そういやここトレーニングルームだったな、と思うのも束の間、肉食恐竜じみた星屑はドスドスと音を立ててこちらに向かってくる。


「……倒せ、ってことか?」


「もちろん。ダメージ制限の設定はオフにしてあるから、斬ったらキチンと刀傷がつく。低級星屑のデータだから、数発入れれば簡単に倒せるはずだよ」


 簡単に、ねえ……それこそ簡単に言って欲しくないんだが……。

 一直線に襲い来る星屑に対し、素人丸出しの動きで翠嵐(ぶき)を構える。長物なんざ持ったこともないというのに、ぶっつけ本番で戦えというのだから恐ろしい限りだ。

 呼吸をひとつ。大仰な突進をひらりと躱し、物は試しと側面から突きを──


「……っ」


 手のひらに伝わる、致命的な違和感。今しがた聞いた話と食い違うそれが、この武器の()()を伝えてくる。


「まさか──」


 方向転換した星屑に向け、確認のために横薙ぎの一閃を見舞う。胴体を真一文字になぞった斬撃は、本来なら見紛うことなどないほどの刀傷を与えるはずだ。

 ……そう、本来なら。


「くそ、この……!」


 判断は一瞬。翠嵐(やり)を投げ捨て、振り返りざまに噛み付いてくる星屑の足元を潜り抜ける。

 目当てはコイツを挟んだ先、無造作に転がっているもうひとつの獲物。言ったそばからゲテモノ装備に頼るのだから、俺も俺で大概だ。


「桜雲、起動──!」


 二つのグリップを接続し、起動から一気に斧モードへ。大斧を一息に振り抜けば、子気味良い感触とともに恐竜の首がぼとりと落ちた。

 冗談めかして言ったつもりだったが、どうやら本当に対人使用は厳禁らしい。こんなものを振り回した日には、凶悪殺人犯の汚名を頂戴すること待ったなしの超火力だ。

 ……しかし。今大事なのは、間違ってもそんなことではなく。


「おい、どういうことだこれは」


 さすがだねえ、と手を叩く博士は、いつの間にか安全圏に引っ込んでいる。今なら一発ぶん殴っても許されるじゃないのか。割と本気で。


「どうもこうも、きみが今見たまんまだよ。斬れなかったろう? つまり、翠嵐(それ)についてる刃は飾りってことさ」


 不具合ではなく仕様です、と。悪びれもせずにそんなことを口にされたら、もはや怒る気力すらも失せてくるというものだ。

 最初の突きも、その次の一閃も。ご丁寧に刀傷がつくと説明されたにも関わらず、星屑には一切の傷がついていなかった。それはつまり、あの刃は完全に見掛け倒しというわけで。


「安心してくれ、性能そのものは紛れもない神器だよ。神器と鍔迫り合いをしても折れることはないし、打撃で星屑を打ちのめすことも可能だ。見た目は槍だけど、杖や棍のようなものと捉えてくれればいい。中国武術っぽくてかっこいいだろう?」


刺股(さすまた)の間違いじゃねえのか」


 だったら最初から刃なんて付けるな、紛らわしい。二股なんて余計なデザインをしたせいで、ただの棒より何倍も扱いにくいではないか。

 珍しく正統派なデザインだと思ったが、ひどい引っ掛けにあった気分だ。ただの馬鹿でかい音叉なんだよなあこれ……今からでも鬼に変身できる機能とか付けない? 駄目?


「さて、メインふたつの紹介は済んだし、残りはサクサクいこうか。次はこれだ」


 ()()()()紹介は済んだとばかりに、博士はケースから新しい何かを投げ渡す。このとにかく新しいものを見せたい感じ、精神年齢としては紛れもない小学生のそれだ。


「なんだこれ。アームカバーか?」


「ガントレット、と呼んでくれたまえよ。右手ぶんしか作れなかったけど、それも立派な神器だ。自動フィット機能付きの自信作だよ?」


 促されるままに付けてみたそれは、さながらサ○スのインフィニティガン○レットか。

 ゴツい見た目の割には指の動きを阻害しないあたり、これも俺専用にチューンナップされているらしい。指先にまで力が入るような感覚が、右手全体を包み込む。


「もちろん防具としての価値もあるけど、これの目玉はパワーアシスト機能だ。武器を振り回すのもそうだし、きみの水鉄砲を撃ち出す時にも役立つはずだよ。いざとなれば、これでぶん殴るのもひとつの手段だ。……君にとっては、盾なんかよりよほど使いやすいだろうと思ってね」


「……悪かったよ、粉々にして」


 付け加えられた最後の一言には、博士らしからぬ恨み言が籠っている。もちろん盾を粉微塵にしたのは事実なので、これに関しては何を言えるわけもない。


「いいや、問題ないとも。そのおかげで、今回のこれの開発に繋がったわけだからね。──換装を実行、2番」


『命令を確認しました。換装を実行します』


 ふくれっ面のままに博士が唱えたのは、何らかのキーとなるコマンドか。それを疑問に思う間も無く、唐突にガントレットから機械音声が流れ出す。

 右手に走るぞわぞわとした感覚と、手のひらの部分に開いた丸い穴。そこから転がり出してきたのは、小さな無線イヤホンらしきものだ。


「ま、雑に括るならナノテクみたいものかな。そのガントレットの一部を分解・再構成して、通信デバイスを作る機能が備わってる。未来的でカッコいいだろう? 使わないときはその穴に戻せば元どおりだ」


 穴に放り込んだデバイスは、言葉通り溶け合うようにしてひとつの武装に戻っていく。継ぎ目はおろか、傍目から見れば分離したことすらわからないそのさまは、理想的な近未来の技術そのものと言っていい。

 ……うん、というか。これは、間違いなく──


「今までエセ発明家とか思ってて悪かった、博士。今までのガラクタ、これ一個で全部チャラになるレベルだ」


「ぼくが言えた筋ではないけど、きみも大概失礼だと思うよ、ぼくは」


 珍しく、本当に珍しく。混じりっけなしの「完成品」がお出しされたことに、目頭に熱いものがこみ上げてくる。

 致命的に癖があるわけでもなく、デザインセンスが壊滅的なわけでもない。正真正銘、100人が見たら100人が完璧と答えるであろう、最高にイカした逸品だ。もうずっとこれだけ作ってろお前。


「んで、これに例のダサい名前は付いてないのか? 一応神器なんだろ、これ」


「……それに関しては、少し特別でね。ま、それも一旦後回しだ」


 純粋な疑問を口にすれば、返ってくるのは苦虫を噛み潰したような答えだ。いや実際ダサいし……咄嗟に口から出すには不親切というか、ちょっとは戦場にいるこっちの身にもなって欲しいというか……。


「最後の装備だけど、これはいつもきみが使っている拳銃だ。点検を済ませた上で、今回は弾を多めに用意してある。50連のロングマガジンがみっつ、これだけ用意しておけば遠征にも耐えうるだろう。もっとも、フルオートでばら撒くには心許ない量かもしれないけどね」


「そんな機会がそうそうあってたまるか」


 これまではまだ人造神器のお披露目という言い訳が効くが、これに関しては混じりっけなしの殺人道具である。留学先に持っていくにはあまりに不適というか、これだけ見れば完全にテロリストだ。


「というか、どう考えても税関にひっかかるだろ。ガチガチの銃刀法違反だぞ」


「ま、そのあたりはぼくたちがなんとかするさ。向こうに着くまでは、それこそ桜雲の一本でもポケットに忍ばせておけばいい。健康器具とでも言っておけば、いくらでもごまかしは効くだろう?」


 澄ました顔で言い放つあたり、どうやら冗談でもなんでもないらしい。こいつ、本気で人造神器を生活お役立ちグッズが何かだと考えてるらしいな……よく分からん機能ばかり追加するあたり、悪質なネット通販に引っかかった気分になる。


「さて、雨宮くん。これでひと通りの紹介は終わったわけだけど……忘れちゃいけないのが、あのクリスマスの一件だ。あの一連の戦闘で、ぼくは思い知った」


「……呑まれるな、って話か?」


「いいや、違う。ぼくには覚悟が足りていなかった、って話さ」


 アタッシュケースをパタリと閉じ、こちらを真っ直ぐに見据える博士。その口調に宿る感情は、これまでとは明らかに異なったものだ。

 語気を荒げるわけでも、声を大に訴えるわけでもない。それでも、そこに込められた意思の強さに、知らず知らずのうちに居住まいを正す。


「大人として、ぼくはきみが戦うのを止めなければならないんだろう。だが、きみに戦う道具を、戦うための力を与えたのはぼくだ。きみの背中を押した人間が、中途半端なものを作って渡すなんて、そんなものは傲慢にもほどがある」


 その言葉のうちにどれほどの苦悩があったのか、そんなものは察するに余り有る。

 責任ある大人が、子供に武器を持たせてしまった。どれだけ俺が否定したところで、博士はずっとその板挟みに苦しみ続けるのだろう。だからこそ博士は己の意思で、より強い武器を作ろうとしている。


「圧倒的な暴力と悪意に対抗するためには、それに足るだけの力が不可欠だ。今回揃えた人造神器は、どれもぼくの自信作だけど……ここまでに話した内容だけじゃ、まだ足りない。絶体絶命の状況で、きみの命を救う手段にはなり得ない」


 それは、己が創り上げたものに対する誇りとプライド。

 仮に俺が力尽き、最期を迎える時があったのだとしても。その瞬間まで、俺を支え続けるに足る──正しくゲテモノと呼ぶべき武器を作り出すという、狂気にも似たプライドだった。


「──雨宮くん。これからきみに、“必殺技”を教えよう」

伊達と酔狂の産物、世界デビュー。品質は紛れもない一級品です。

次回は一週間後、来週日曜夜に投稿予定。いよいよ英国に突入です。雲行きがあやしい? 雨宮俊の人生に雲行きが良い時なんてありませんけど?

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