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その道の先に  作者: たけのこ派
第四部/クリスマス編
110/126

EX-9/ファイル3

3ヶ月弱ぶり、になるでしょうか。世間ではクリスマスどころか夏至も過ぎてしまいましたが、相変わらず本作はのんびりとしたペースで進行中です。

本筋にまったく関係ないのか、はたまた……な話が詰まった番外編。暑い夏のお供に、のんびりと読んでいただければ。

No.1/『坂本慎一大佐による記録』(日本星皇軍アーカイブより)


[ゲスト状態では閲覧ができません。セキュリティレベル3以上のアカウントでアクセスしてください]


1.(ファイル名を入力してください).mp4


『あー、あー、マイクチェックワンツー。

 ──問題なし。では録画を開始する。


 ……てなわけで、改めて。現在時刻は5月1日、18時27分。報告者は日本星皇軍大佐、坂本慎一。議題は明日からの英国遠征について、だ。

 正直、機密になりそうなモンをわざわざ撮る意味も分からんが……四郷サマ曰く、『生の空気感を記録しておきたい』とのことらしい。立場上意見するわけにもいかんが、余計な仕事がひとつ増えた、とは言っておく。

 あー……一応言っておくが、この動画を見ている諸君。正規の報告書は別途提出する予定なので、きちんとそちらにも目を通すように。間違ってもこれを公式記録だと思うんじゃないぞ? いいな? 確かに言ったからな?


 ……まあ。とはいえ、なんだ──曲がりなりにも記録映像として、任務の説明程度はしておこうと思う。触れちゃならん機密は容赦なくカットの憂き目にあうだろうが……諸君らは精々、この映像がノーカットであることを祈っててくれ。


 さて。それではまず、この任務の概要だが。

 結界の調査だのなんだのと、報告書に長ったらしい説明があると思うが──大ざっぱに言うなれば外交、それも国交樹立がどうのってレベルの話だ。お相手はそこに書いてある通り、イギリスにある星刻者組織の皆々様ってことになる。

 将来においてどうなってるかは知らんが、少なくとも今この時点において、異なる国の星刻者組織どうしが手を結んだ事例はない。これが成功すれば、文字通りの歴史的な一歩になるだろう。むろん我が軍としても、一二を争う大事業になること請け合いだ。


 というのが、一応の公的な触れ込みになっているわけだが……ぶっちゃけると、そこまで大袈裟な話でもない。

 お互いに関係性がまっさらな状態で、遠路はるばる交渉に行くなんてリスクの高い賭け、俺が許しても速水が許さんだろう。そもそも、あの四郷忍が、ろくすっぽ根回しをしていない状態で動き回るはずもない。

 結論から言えば、だ。こんな酔狂な、前例もクソもない外交の真似事が、なぜテーブルを用意されるまでに至ったのか──その「なぜ」の部分は、既に四郷が済ませてしまっている。それも星皇軍とは、つまり俺たちとはまったく関係のないところで、だ。

 例えば一国の首相同士が握手して、同盟宣言なんてもんをぶち上げたとしよう。言うまでもなく、それはそれは華々しいニュースとして、各方面を駆け巡るだろうが……その宣言に至るまでには当然、水面下での周到なやり取りがある。対外的に宣言する同盟なんてのはあくまで「結果」、それまでの秘密取引の総決算だ。

 どこの誰がコネを使っただの、見返りにこんな利権をバラまいただの。重要な決定は全部裏、駆け引きの末の政治的取引でしかない。今回の場合、その根回しをしたのが四郷だった。

 星皇軍の名誉職だかに()いたっきり、なんの音沙汰もなく姿を(くら)ましていたかと思えば、唐突にこんな話を持ってくるときた。相変わらず何がしたいのか分からんやつだが、とにかく四郷忍は単身で、英国の結界の内側に侵入し、そこの親玉と話をつけてきたらしい。

 この動画を閲覧できる立場にあるのなら、ここの結界が抱えてた問題くらいは当然勉強済みだろう? 日本星皇軍の結界は元来、外から内側への一方通行のみが許されていた。その機能を改造できるのは、我が軍が誇る頭脳たる四郷以外に持ちえない技術なわけだが──同様の被害を、他の国の組織も(こうむ)ってたってわけだ。

 嘘か本当かはさておき、英国の結界にも一方通行の制限が課せられていた。その解除を取引材料にして、四郷は交渉を持ちかけた。それも個人としてではなく、日本星皇軍という組織の一員としての「正式な」ものをな。事後承諾に巻き込まれるこっちの身としちゃ、言うまでもなくいい迷惑だ。

 長々と話したが、要は国交樹立の証にパンダを贈るようなもんだと思ってもらえればいい。「代表」である俺が向こうの親玉と握手する、友好の証に四郷が向こうの結界を調整する。本来の順序はまったく逆なわけだが、少なくとも対外的にはこういう話で通っている。速水じゃなく俺が代表者になるのも相当にアレな話だが、四郷たっての推薦とあらば仕方がない。

 ……ああ、本当に仕方がない。誰か代理で行ってくれる奴がいたら、俺は血涙を流しながら譲ったんだがな。不本意ではあるが、やる気のある若者に譲るのがスジってもんだ──ま、そんな奴は誰一人いなかったわけだが。


 てなわけで、だ。話を戻すが、俺は明日からイギリス旅行と洒落込むことになる。同行者は四郷、だけのはずだったんだが……通訳として、ヤツの娘も同行するらしい。社会勉強の一環だかなんだか知らないが、唐突に同行者を増やされるこっちの身にもなって欲しいもんだ。


 本日の報告は以上。四郷サマの言いつけ通り、遠征中は毎日記録をつけることにする。俺が飽きて辞めない限りは続く、はずだ。

 念の為、各人のバイタルチェックを別途添付しておく。必要があれば適宜参照するように』



2.動画.mp4


『現在時刻は5月2日、20時22分。報告者は日本星皇軍大佐、坂本慎一。

 閲覧者諸君は分かっているとは思うが、これは二日目の記録となっている。なんのこっちゃと思う輩は、一日目の記録を参照するように。


 さて、今日一日の振り返りだが……英国に問題なく到着、その後歓待を受けて終了。もとより(ゲート)を使うだけの楽な移動だが、大事をとって本題は明日から、ってことらしい。

ま、それはそれとして、ちょっとした「お話会」自体はそれなりにあったわけだが。国王陛下へのお目通りはさすがに叶わなかったが、他の面々とは大いにお喋りを楽しませてもらった。


 そういえば、英国の星刻者組織についての話をし損ねてたな。簡単に言えば王政、昔ながらの領主さまが治める統治システムだと思ってもらえばいい。かつての日本がそうだったように、選ばれた一家による支配体制が連綿(れんめん)と続いてきた世界ってわけだ。

 正直なところを言えば、こっちとしては警戒せざるを得なかった。数年前までの日本、つまり四郷家の支配を知ってる身としては、どんな苛政(かせい)が敷かれてるのかと思ってたが──結論から言えば、まったくの取り越し苦労だったってことになる。


 王政とは言うが、それはあくまで形式上の話だったらしい。もちろん本拠地は大層な城で、事実俺もそこに寝泊まりさせてもらってるわけだが……現在の為政を担ってるのは王家じゃなく、王室直属の「騎士団」だって話だ。

言い換えればこの英国は、星皇軍と四郷家の有り得た形と言ってもいい。革命なんて物騒な手段じゃなく、平和的解決で共存することになった、ある意味じゃ理想的な世界線だ。

 もっとも、それはここの王家が穏健派だってことも多分に影響してるんだろう。でなきゃ、俺たちみたいな外からの人間を受け入れるわけがないからな。

 どのような歴史を辿ったにせよ、この世界はかなりの当たりを引いた部類と言える。少なくとも、四郷家なんかよりはよっぽど、な。こんな当たりくじばかりだったら、世界はもう少し楽に回っていただろうよ。


 ……よし、こんなもんでいいだろ。本日の報告はこれで終了する。ほれ、解散解散』



3.動画_新しいやつ.mp4


『現在時刻は5月3日、18時19分。報告者は日本星皇軍大佐、坂本慎一。


 本日の報告、疲れた。バカみたいに疲れた。以上。


 ……というわけにもいかんから、適当に話すことにする。んな事を言っても、今日の内容は大概が口に出せない機密事項か、他のどっかに書いてある公的記録の(たぐい)になるから、俺が今ここで話すのは所感でしかないんだが。ま、適当な旅行記とでも思って聞いてくれりゃいい。


 てなわけで、今日の職務内容だが。一言で言うなれば、今回のメインコンテンツを(まっと)うしたってとこだ。まさか一日で大方の話がまとまるとは思わなんだから、それについては嬉しい誤算と言ってもいい。

 もちろん、死ぬほど疲れたことに変わりはない。クソほどやりがいがある仕事だ、まったく。

 向こうの代表、つまり騎士団長殿は、どうやら想像以上に話のわかる御仁らしい。自分たちと同じような組織が他の国にもあるだの、対等な立場で国交を結ぶだの、四郷家のヤツらが聞いたらひっくり返ってブチ切れるところだろうが……そのへんの話を快諾するあたり、視野の広さはかなりのもんだ。

 通訳が要らんレベルで日本語が堪能だったあたり、色々と経験もしてるんだろう。少なくとも、“内”の世界で純粋培養された人種、って訳じゃあないのは確かだ。

 そんなわけで、国交樹立の話は──形式上、「同盟」って形をとることになったが──呆れるくらいにスムーズに進んだ。四郷の根回しも影響したんだろうが、なんにせよ拍子抜けするくらいの簡単さだったからな。今からでも寝首を()かれるんじゃないかとヒヤヒヤしてるとこだ。

 ……いや、今のは失言だった。今まで殴り合いでしか解決出来なかったぶん、そっちがマトモな手段だと思い込んでるんだろう。

 四郷の家そのものが呪い、なんて話を前にされたことがあるが、あながち嘘じゃあ無いのかもな。これを言ったのが四郷ってとこまで含めて、ジョークとしちゃかなりいい線だ。


 その四郷はといえば、今日から結界の調整に着手したところだ。奴の作業より俺の職務のほうが早く終わるとは思わなんだが、こちらとしても詰めなきゃならん細部の話が無いわけじゃあない。

 少なく見積ってもあと3日ほど、だらだら会談を続けることになるだろう。もっとも、それを記録するやる気が起こるかは、また別の話になるわけだがな。


 今日の記録はここまで。さあ、飯だ飯だ』



5.動画_これが最新.mp4


『現在時刻は5月5日、19時22分。報告者は日本星皇軍大佐、坂本慎一。いい加減この形式も面倒になってきたが……今日で最後だ、そのあたりは大目に見よう。


 というわけで、本日の報告だが……こちらで行う仕事は全て終了した。もっとも、ほぼほぼ四郷の仕事待ちだったわけで、ここ数日の内容は視察という名の交流会でしかない。

 特に四郷の娘にとっては、存外にいい刺激になったらしい。通訳とはいえ、娘をわざわざこんな場に連れてくる四郷も四郷だが……どっこい、一日で適応するあの子の側も大概だ。箱入り娘だとばかり思ってたが、あの適応力は血筋なのかもしれん。


 王女さまやら騎士団のちびっ子やら、話を聞くだけでも相当なメンツと関わったらしい。高校生の身空で持っていいコネクションじゃないが、あの子の感覚としては弟妹のソレなんだろう。

 特に、ちびっ子の中でもひとり──アーサーだったか、随分と大層な名前だったはずだが──他と比べても、また随分と懐いてるヤツがいた。小学生か中学生だか、いずれにせよあの年で騎士団から目をかけられてるあたり、海の向こうにもどでかい才能ってのはあるらしい。願わくば末長く、仲良くさせていただきたいもんだ。

 平等に接する、なんて言うのは簡単だが、それを本気で実行できるヤツはそうそう居ない。そこへ行くと、孤児だろうが王女だろうが平等に扱えるあの子は、聖女かなんかの生まれ変わりってことになるのかもしれんな。ま、最近弟ができた、なんてことを嬉しそうに話していたあたり、本人は根っからの姉気質なんだろう。

 ……それはそれとして、仮にも一国の王女を妹扱いとは。今のとこは問題ないようだが、父親の図太さが遺伝していないことを祈るばかりだ。


 さて。先も言った通り、今回の任務はこれにて完遂だ。あとは明朝に帰還するだけだが、総本部に戻ってから改めて正式な記録をつけることになる。ここまでこの記録を見ている各人は了承済みのことと思うが、そちらの方をきちんと確認するように。


 では、記録を終了する。俺はこれから騎士団長と飲みに行くが──


 ……いや失敬。今のは編集でカットしておいてくれ。担当者、任せたからな──』





別途添付資料:バイタルチェック

①5月1日

・坂本慎一

異常なし(備考:前日21時に飲酒とのこと、本人申告)

・四郷忍

異常なし

・四郷葵

異常なし


# # #



No.2/『音声ログ:─年─月─日 17時48分55秒』アイオーン集積データより(編集済み)


(start)


『──これが、その結末ですか』


『ああ、そうだ。どう思うね?』


(noise)


『プロフェッサー・シゴウ。貴方はこの世界を「異界」と呼びました。「歪み」──否、(ゲート)を超えた先にある、まったく異なった文化が形成された世界であると』


『ああ。そして、ここアメリカの地では、異界はこのように発展した。このありよう、それそのものがひとつの結末であり、同時にひとつの答えというわけだ──改めて聞こう。()()()()()()()()?』


(noise)


『…………私は──いえ、我々は。「異界」に、ある種の望みを託していたのでしょう。我々が生きる世界ではけして叶わない、望みを』


(noise)


『財界にせよ、政界にせよ、裏社会にせよ──アメリカにおいて、私の手の届かないところはもはやない。ですがそれは、この国の支配を目論むなどという、くだらない目的に立脚した行動ではありませんでした。

 この国に根を張り巡らせつつ、私は同志を探し続けた。私と同じ異能を持ち、私と同じ苦悩を抱え、私と同じように追い立てられた者たちが、安心して眠ることの出来る場所──我々の居場所を、作るために。

 情報が足りなかった。己の手に異能があることは知っていても、それが何なのか分からない。怪物に命を狙われているのに、その怪物の正体が判然としない。あの「歪み」が特殊なものだとは分かっていても、その先に立ち入ることは叶わない──だからこそ、貴方の存在は天啓(てんけい)にも等しいものとして映った。

 「歪み」の先にある世界。異能を宿す者たちが自由を謳歌(おうか)する世界。迫害され続けた我々にとっての、ただひとつの真なる安息の地。……そんな世界を、愚かにも夢見た。


 だが──はは。これは、何だ?

 これが、私の夢見た楽園か?』


『人間の本質など、得てして変わらないものさ。あちら側の世界において、君たち異能力者は弾圧された──それが何故かと問われれば、君たちが少数だったからだ。いくら理解できないマイノリティであろうと、囲んで棒で叩けば大抵は大人しくなる。こちら側の世界では、それがまるきり入れ替わったというだけのことだ。

 能力者による絶対主義。無能力者を認めず、虐げ、歪んだ平和を(うた)い続ける千年王国。正直なところ、私も予想外だったよ──これほどまでに、日本と瓜二つの環境が出来上がるとはね。物理的に閉じた世界などろくな事にならないとは思っていたが、まさかこれほどとは。収斂(しゅうれん)進化のモデルケースとして、ここまで美しいものもあるまい』


『貴方が以前語っていたことは、どうやら与太話でもなんでもないようですね、プロフェッサー。四郷(シゴウ)家による支配、そして日本星皇軍による革命……なるほどこのような状態であれば、それも当然の流れであると言えるでしょう。むしろ、彼らに立ち上がる力が残されていたというだけでも、奇跡と言わざるを得ません』


『フム。奇跡と言えば聞こえはいいが……いや、そうだな。確かに様々な要因が重なった結果のものだが、それを奇跡と呼ぶか偶然と呼ぶかは君しだいだよ。

 だが──君は今この場で、君自身の意思で、同じ奇跡を起こすことが出来る。この腐りきった「異界」に革命を起こし、新たな支配体制へと塗り替えることも、君の手腕を持ってすれば容易だろう? なんとなれば、日本での革命よりもよほど手際よく、ね。この世界を一度壊したあと、君たち好みの世界を作りあげればいい。それは、君の言う“楽園”ではないのかな?』


『ええ、それもいいかもしれませんね。

 ……ですが、それではきっと、なんの意味もない。それは単なる後追い、歴史の再生産以上の意味を持ちません。

 不出来な土地を(なら)すには、より思い切った手段を取る必要があった。二つの世界を見て、その意識が確信に変わりました』


『ほう。その心は?』


『異能力者も、無能力者も、本質的なものは何も変わらない。そこにあるのは、中途半端な恐怖です。

 自分たちが優位であることを理解していながら、マイノリティによる反逆の可能性を捨てきれない。見せしめに弾圧を繰り返しておきながら、優位性を保つために根絶やしにしない。それは、支配というにはあまりにも稚拙な贋作(がんさく)だ。

 必要なのは本物です。圧倒的な力を持つ本物の前では、異能力者も無能力者も関係ない。反抗する気力すら奪う絶対的な力が、この世界にはどうしようもなく欠けている』


(noise)


『はは。君のような優れた人間が、そこまで型に(はま)った言葉を口にするとは。

 これではまるで、漫画本の悪役そのものだ。それもあまりに使い古された、どうしようもなく陳腐なタイプの、ね。

言うなれば、君の目的は──』


『ええ。欠伸(あくび)が出るほどに簡単で、だからこそ価値のある答えです。

 この手の話は、有り体かつ単純であればあるほど美しい。「悪役」として、これ以上に分かりやすい旗印などないでしょう?


 ──()()()()ですよ、プロフェッサー。


 圧倒的な力で、全てを等しくねじ伏せる。私を除くあらゆるものが、私の名のもとに等価になる。

 そこには能力者か否かなどという、ナンセンスな区分は存在しない。万人がたった一人に支配されるとすれば、それは限りのない平等だ』


(noise)


『──ふむ、なるほど。


 いいや? もちろん、否定するつもりなど毛頭ないとも。それが己の意思で、それも苦悩の果てに選び取られた道である限り、それは何よりも尊重されるべき選択だ。

 だが、覚悟しておきたまえ。君は自らを「悪役」と、物語における巨悪と定義した。であれば必然的に、君の願いは果たされないということになる』


『……その理由を聞いても?』


『なに。呆れ返るほど単純で、簡単な理屈だよ。君が真に「悪役」であるというのなら、その結末はたったひとつだと言っているんだ。


 君が強大な悪役であればあるほど、君の望みは決して果たされない。果たされてはいけない──「悪役」が「英雄」に倒されてこそ、物語は真に完結するのだから。


 いつか必ず、「それ」は現れる。英雄は悪役を打ち破るよう、()()()()()()に物語は回る。君がどれほど道を複雑にしたところで、全てを壊して最短距離を突き進んでくるだけだ。

 悪役は英雄を、物語を完成させるための、運命に組み込まれた歯車のひとつに過ぎない。君が「悪役」である限り、役割から逃れることなどできはしないんだよ。絶対に、ね』


(noise)


『…………ふ。


 っく──は、はは、ははは──!!!』


(noise)


『ああ──なるほど、確かに。

 古今東西、どの時代においても、悪役は英雄に倒されてこそ完成する。私としたことが、すっかりそれを失念していたようです。


 ですが……ええ、それでも。

 私のやるべきことは、何ひとつとして変わりませんよ。


 私は私のすべてを使い、万難を排して「悪役」を遂行する。もしそれを止める者が、止めることのできる者があるとすれば、それは「英雄」と呼ぶに相応しい存在に他ならない。

 神に選ばれた者か、はたまた神に見放された者か。どちらでも構いません。私を止めることができるのは、(ことわり)を超えた者だけだ』


(noise)


『ほう、大した自信だ。

 自分の計画が、「英雄」以外に止められることはないと?』


『止められてやるつもりはない、という話ですよ、プロフェッサー。

 あらゆる不確定要素を排除し、全力をもって事に当たる。それが私であり、これからも私はそうであり続ける。

 むしろ、私は楽しみですらあるのです。私が死力を尽くしてなお、太刀打ちできない誰か──人智も作為も、全てを超越した「英雄」。奇跡の体現者のような存在が私の敵だとすれば、これほど光栄なことはない。この身一つで奇跡に挑むなど、そうそう味わえるものではありません』


『なるほど。

 ──やはり、君に賭けたことは正しかったらしい』


(noise)


『以前言ったことを、今ここでもう一度繰り返そう。私に力を貸して欲しい──単なるパトロンではなく、パートナーとして、ね。

 私には私の目的がある。君が今ここで選んだように、私も新しい世界を作りたいのだよ。そのためには、君の力が不可欠だ』


『いいえ、礼を言うのはこちらの方です。貴方を選んだことは、私にとって正解でした。

 どうか私に助力を、プロフェッサー。私の──我々の夢のためには、あなたの力が必要です』


(noise)


『では、これにて契約成立だ。改めて……おっと』


『……何か?』


『いいや、大したことではないんだがね。君をなんと呼ぶべきか、私には未だ判断がつきかねているんだよ』


『ああ、なるほど。

 でしたら──ええ、こうしましょう。


 私のことは、“カイン”と。どうか、そのようにお呼びください』


(noise)


『はは──カインとは、いやはや何とも。

 理由を聞いても?』


『なに、理由と言うほどのものはありませんよ。

 私は新しい世界を作る。そこで殺人など、流血沙汰など許されない。そんなことが起こりえないように、私が力を振るうのですから。

 私が殺す。私が生かす。そんなことをするのは私だけでいい──新世界で人殺しが行われるとすれば、()()()()()()()()()。最初で最後の、ただひとりの殺人者がカインと名乗るのは、中々に洒落が効いているでしょう?』


『……ふむ。君にこのテのセンスがあるとは、(いささ)か予想外だった。

 どうやら、君専用のジョークをいくつか、考えておいた方が良さそうだ。それもとっておきのものを、ね。


 ──それでは、ただ一人の殺人者殿。我々の大事業、その最初の一手を打つとしようか』


(end)


# # #



No.3/週刊月報 特集『消えた凶悪犯を追え! シリーズ』より『事件簿5 闇に葬られた鬼 〜真実を追うもの〜』



『 まず、読者にひとつの謝罪をしたい。連載と銘打ったにも関わらず、この第二回を掲載するまでにここまで時間がかかってしまったことを。

 「榊夫妻殺人事件」に隠された、未だ闇の中に眠る謎を解明する。真相を明らかにし、真実を探求するという確固たる信念のもと、執筆者は取材を敢行してきた。

 だが──いや、幸いに、と言うべきか。この事件は、我々の想像を遥かに超えるほど、深く入り組んだ事件だったのだ。

 連載第二回となる今回は、執筆者が苦心の果てにかき集めた、多くの証言と資料に基づいた記録を掲載する。次々に明らかになる思いがけない事実に、ページを(めく)る手が止まらなくなること請け合いだ。


 想定外の方向に転がる事件が、どのような着地点に行き着くのか。是非ともその目で確かめてもらいたい。



 さかき廉二(れんじ)、その妻梨花子(りかこ)。誰からも祝福され、円満な家庭を築いていた彼らが授かった一人息子は、しかし彼らとは正反対の性格だった。

 引っ込み思案であり、学校でもいじめを受けていた彼らの息子、(りょう)(仮名)。彼はその境遇を、しかし誰とも分かち合うことができず、ただひたすらに鬱屈(うっくつ)とした精神を抱え続けた。芽吹いた絶望は彼の中で根を張り、ついに小学五年生にして両親を殺害するに至ったのである──第一回において、執筆者は事件のあらましをこのように説明した。

 事件直後、世間でうんざりするほどに報じられたその内容も、大筋はこれと似たようなものだ。時間が経つにつれ、胡乱(うろん)な新情報が付け足されることこそあったものの、根本的な「ストーリー」そのものは揺らぐことがなかったと言っていい。

 父母の優秀さゆえ、(かえり)みられることがなかった息子という構図は、お茶の間の興味を釣り上げるには格好の話題だった。凶悪殺人犯としてではなく、悲劇の主人公として“消費”される小学五年生──その是非はさておき、これほどセンセーショナルな有り様を呈していれば、一大ニュースとなるのもごく当然の成り行きと言えるだろう。


 だが。徹底した現地取材を行った執筆者は、その前提を覆す可能性のある情報を手に入れたのだ。

 何故そのような重大情報が、当時報道されなかったのか。疑問に思う読者もいて当然だ。しかしここには、報道番組ではとても触れることの出来ないような、深い闇が広がっているのである。


 ──少し、寄り道をしよう。

 読者諸氏において、『光のみちびき』という名に覚えがある方はいるだろうか。記憶力が良いか、或いはインターネットを隅々まで見て回るのが趣味の方であれば、この時点で既にピンと来ていてもおかしくはないかもしれない。

 『光のみちびき』とは、日本でも有数の宗教団体だ。K県のF市に本拠地を置くこの組織は、一時期は政界にも進出するほどの権勢を誇り、その影響力は全国に及んでいた。

 『健やかなる発展』を第一義に掲げるこの団体は、決して過激派テロリズムに傾倒していたわけではない。全国各地から孤児、或いは生活困窮者といった層を保護し、正当な教育を受けさせることを主張していたそのあり方は、むしろ多くの人の共感を呼び、メディアでも度々報道の対象になるほどだった。……もちろん、それに対する批判も、相応に(つの)ることにはなったのであるが。

兎にも角にも、『光のみちびき』は、社会から概ね肯定的に受け入れられていた。総本山ともいうべきF市には多くの信者、賛同者が移住し、全盛期はまさに宗教都市とでも言うべき有様を呈していたのだ──そう、十数年前までは。

 数年前。まさに「榊夫妻殺人事件」が起こった、そのしばらく後。かねてから派閥対立を起こし、衰退を続けていた『光のみちびき』は、遂にふたつの団体へと分裂した。

 社会的弱者の保護のために富裕層へと敵意を向ける、いわゆる過激派──『美しき夜空の会』と、より穏健派である『調和のひかり』。度重なる利権争い、派閥間の抗争によって疲弊(ひへい)した組織には、かつての威光は見るべくもなかった。

 宗教法人の内ゲバなどという話を好き好んで取り上げるメディアはなく、それゆえに世間からは急速に忘れ去られていった。あとに残ったのは、世間に対してなんの影響も及ぼさない団体ふたつと、住民の大半が去ったF市だけだったのだ。


 ここまで根気よく読み進めた末に、苛立ちを覚えた読者もいることだろう。宗教団体の歴史などをいくら詳細に紐解いたところで、時間と紙幅(しふく)の無駄になるだけだ、と。


 だが。この『光のみちびき』が、榊夫妻殺人事件に新たな光を当てるための、重要なファクター足り得るのだとしたら。

 榊夫妻の一人息子、遼。彼が通い、凄惨ないじめを受け、心の闇を育んでいった小学校が、他でもないF市の小学校であるとしたら──あなたはそれでも、無関係であると言えるだろうか?


 話を戻そう。かつて榊家が慎ましやかな生活を送っていたY市に、執筆者は取材のため足を踏み入れた。

 在りし日、高級住宅街だったこの地は一転、榊夫妻殺人事件によって見る影もなくなった──そう考える読者がいるのであれば、それは違うと訂正しておこう。いくら凄惨(せいさん)な事件であったとはいえ、記憶というのは風化していくものだ。私が訪れたY市は、惨劇があったことなど想像も出来ないような、静けさと気品に満ち溢れていた。


 もっとも。閑静な住宅街の中に、拭いきれない空気感がなかったといえば嘘になる。


 どこかうらぶれた、厭世(えんせい)的な影が──例えるのなら、すれ違った人に会釈(えしゃく)せず、目を逸らして通り過ぎるような。そんなさびれた、余所者(よそもの)を跳ね除けるような空気が、町全体を満たしていた。

 もとより歓迎されざる異物が、風化したはずの過去を掘り返しにやってきた。そう捉えられたのか、聞き込み取材は困難を極めた。それでも諦めず、か細い伝手(つて)辿(たど)って情報収集を続けた末、執筆者は重大な事実を掴み取ったのだ。


 『Y市に住んでいた榊夫妻は、F市の小学校に息子を通わせていたらしい』──超弩級(どきゅう)と言うに相応しいこの情報が飛び出したのは、いよいよ調査も行き詰まりを迎えた頃だ。住民のひとりが零したその話は、未だかつて報道された試しのない新情報であり、この事件を根底からひっくり返す可能性さえ秘めていた。


 よく思い出してみて欲しい。この事件は当初、「小学五年生による衝撃的な殺人」という名目で報道されていた。いじめや人間関係の問題、ひいては学校教育のあり方は、最初の時点では問題に挙がってすらいなかったのだ。

 「いじめがあったらしい」などという、根拠も曖昧な漠然とした噂話。それがいつの間にやら、公然の事実としてトークショーで取り上げられるまでになった。それも、学校の具体名が明かされることは一切ないままに、だ。

 昼間のワイドショーにとどまらず、あらゆるメディアを席巻せっけんしたほどの話題性を有していながら、誰一人としてその噂の出処を口にしない。そんな不自然さが黙認され、誰一人として指摘する人間がいなかったとなれば、首をかしげるのも当然の話だろう。


 だが。示し合わせたようなこの状況も、本当に()()()()()()()()いたのだとすれば、話は根本から変わってくる。


 子供の教育と成長を第一義に掲げていた『光のみちびき』は、拠点となるF市の中心部で巨大な学校を運営していた。宗教団体ではなく学習塾だ、とも揶揄やゆされるほどに整った設備は、裏を返せば「最高の学習環境を用意する」という文言に嘘偽りがないことの証明でもあった。

 事実として、当時最新鋭の設備が揃えられた“学校”は、『光のみちびき』の一大看板として機能していた。全盛期ともなれば、それだけを目的に全国から入学者が殺到していたのだから、その影響力は推して知るべしというところだろう。

 絶頂期をとうに過ぎ、衰退期にあった『光のみちびき』が頼みの綱としたのも、やはりこの“学校”だった。減っていくF市の人口と活気から目を逸らすかのごとく、彼らはより一層広報に力を入れ、全国から入学者を募ったのである。


 榊遼は、そんな入学者の中のひとりだった。


 Y市からF市までの距離は、電車でおよそ1時間ほど。何らかの確固たる目的がなければ、そんな場所にある小学校をわざわざ選択する親は居ない。それがY市近隣にある小学校を無視してまで、遠方のF市を選択していたとなればなおのことだ。

 教育熱心な榊夫妻は、我が子に最高の環境で学びを受けさせようと考えたのだろう。その考えのもとに選びとられたはずの場所で、我が子に何か「悪いこと」が起きるなど、想像だにしていなかったに違いない。


 そんな“学校”で起こったいじめがきっかけで、世間を揺るがす大事件が発生した。その一報は、既に斜陽を迎えていた『光のみちびき』にとって、何よりも恐ろしい話として映ったはずだ。

 自分たちに残された最後の一大ブランドである“学校”、その信頼を地に落としかねない事件の存在など、そうやすやすと認められるはずもない。だが、事件そのものを完全に握りつぶし、闇に葬り去るほどの力は、当時の『光のみちびき』にはもはや残されていなかった。

 苦肉の策として講じられた、対メディア用の箝口令かんこうれい。それが一定の成果を収めたことは、事件の経過からも読み取れる。いじめの問題や学校の話題が当初報道されなかったのも、口封じがされていたのだと考えれば辻褄つじつまは合うはずだ。

 だが。どこからともなく広まる「噂話」は、疲弊しきった組織には過ぎた重荷だった。


 いじめなどという大問題が取り沙汰されながら、なぜ学校名が一切公表されなかったのか。なぜ事件が起こってからしばらくして、『光のみちびき』がふたつの組織に分裂したのか。まったくもって無関係のように思える点も、こうしてつぶさに見ていけば、自然と結びついてくる。


 事件を完全に握りつぶすことができなかった『光のみちびき』は、組織運営に致命的な被害を被った。それが風評によるものか、それとも幹部の意見対立なのかはともかく、瓦解しかかっていた組織の最後のひと押しとなったことは明白だ。

 ドミノ倒しのごとく、多くの偶然と運命が絡まった結果、榊遼は思わぬところに大打撃を与えていたのだ。孤独な小学生が行なった決死の復讐劇は、間接的にひとつの宗教団体を崩壊させることになったのである。


✳︎


 以上が、執筆者が粘り強い取材の末に掴んだ、決して報道されることのない「榊夫妻殺人事件」の裏側だ。

 かつての栄光と求心力を失い、一大勢力を誇った宗教団体は無残にも崩れ去った。その決まり手がたったひとりの小学五年生であることなど、誰も想像だにしなかったはずだ。創刊以来多くの謎を解明してきた本誌においても、一二を争うスクープであることは言うまでもない。


 ……しかし、だ。ここまで読んできた読者の方々は、この結果に物足りなさを感じておられることだろう。

 それもそのはず。今回の情報は思いがけない掘り出し物、いわば「副産物」とでも言ったほうが正しいものだ。

 執筆者自身、この事件と『光のみちびき』が関連することなど、予想だにしていなかった。明らかになったのは事件の真相ではなく、その下で口を開いている深淵しんえんのごとき闇だったのだから、それも無理からぬと言ったところだろう。

 もちろんこの「副産物」も、真相究明のための重大な手がかりであることに変わりはない。事件を追う上での視点はいくらあっても不足することはないが、その中でもこれは特大級の掘り出し物だ。


 だが。肝心要の真実、「榊夫妻殺人事件」の裏に潜む不自然さ──それは存在感を強めながらも、より深い影の中に身を隠してしまったように感じられる。


 一例を挙げよう。確かに件の“学校”は、学び舎として最高峰の環境が整えられていた。しかしそれでも、落ち目の宗教団体が運営に携わっていることは、少しでも調べれば容易に理解できたはずだ。国内トップクラスの大企業、その中でもとりわけ俊英しゅんえいであった榊夫妻が、その程度のことを把握していないはずがない。

 もちろん、事実を知った上で、それを是とした可能性も当然にある。だがそれにしても、執筆者は何か違和感のようなものを覚えずにはいられないのだ。


 F市と『光のみちびき』、そこから分かたれた二つの団体、そして榊遼という個人。

 この事件には、間違いなく「この先」がある。そしてそれに触れることはあまりに危険だと、記者としてつちかった直感が囁いている。

 だが──それはきっと、「副産物」などではない。求め続けた真実の、核とも言える部分のはずだ。

 次回の記事が形になるまでには、おそらく今回以上に厳しい道のりが待っていることだろう。しかし、約束しよう。執筆者は必ず、この事件の全容を暴いてみせると。


 どうか、今しばらくお待ちいただきたい。その期待を裏切らないだけの真相を、お届けすることができるはずだ。




 次回、特集第三回。F市に赴いた執筆者が記録した、驚愕の真実とは──乞うご期待(連載時期未定)』


# # #



No.4/ウルトラポスト『アルカディア社、ついに衛星打ち上げ! 宇宙開発事業にも本格参戦か!?』より



『こんにちは! ライターの植村です。


以前特集したアルカディア社ですが、先日、驚くべきニュースが入ってきました。そこで今回は、緊急特集と題して、アルカディア社の最新情報についてお届けします!


かねてから宇宙開発事業にも注力していくと声明を出していたアルカディア社ですが、昨日、人工衛星の打ち上げを“本社で行う”と発表したそうです! 


瞬く間に世界を駆け巡ったこのニュースは、専門家たちによって昨日のうちに多くの分析がなされました。中にはこの一件によって全く新しい「宇宙の時代」が来る、とコメントする専門家もいるほど、多くの人の興味と視線を集めるイベントとなっています!


この衝撃のニュースの裏に、いったい何があるのでしょうか? 私たちウルトラポストが、真相の解明に迫りました!

それではさっそく見てみましょう!



発表があったのは、日本時間で昨日の朝7時ごろ。代表であるアルバート・ウッド氏直々の会見ということで、世界的に注目が集まっている状況でした。


会見の場に現れたウッド氏は、初めにアルカディア社がこれまで取り組んできた事業について説明します。特に宇宙開発の分野においては、およそ一年前に打ち上げた人工衛星について触れ、宇宙開発産業の重要性について力強く語りました。


宇宙開発に力を入れると宣言し、初の衛星「N-メビウス」を打ち上げたのが一年と少し前。そこからのアルカディア社の軌跡もまた、大変にドラマティックなものでした。

(こちらに関しましては、改めて特集を組もうと思っています。ぜひご覧ください!)


そして、話は今回行う一大事業に移ります。一年前よりも更に大規模な通信衛星の打ち上げを、第二本社で行うと宣言したのです。


第一本社に比べても格段に広い敷地を持つ第二本社は、生活が敷地内で完結するほどに設備が整っていることで有名です。嘘か誠か、社員はそこから一歩も出ずに人生を終えることができる、とまで言われていますが……その広大さとは裏腹に、外部に対してあまりに公開されている情報が少なく、様々なウワサ話が(ささや)かれていました。


そのウワサ話のひとつが、「第二本社には、人工衛星の打ち上げに必要な設備まで揃っている」というものです。以前私たちも記事に取り上げたことがあるので、聞き覚えのある方もいらっしゃるかと思います。


(記事のリンクはこちら!

『急成長を続けるアルカディア社、その真相に迫る!』)


このウワサ話自体は、アルカディア社の強大さを示す有名なジョークであり、根拠と呼べるものはまったくありませんでした。アルカディア社の宇宙開発事業が大きくなるに従って、このウワサも色々なところで耳にするようになりましたが……まさか本当に、人工衛星を打ち上げる設備が揃っているとは、誰も想像しなかったのではないかと思います。


今回打ち上げられる衛星は、その名も「アルコーンⅡ」。最新鋭企業の技術を結集して制作されたこの衛星は、アルカディア社のあらゆる事業を強力にサポートします。無事に打ち上げられた暁には、アルカディア社の技術力は文字通り、ひとつ上の段階へと進化することになるでしょう!


打ち上げは2週間後、4月8日に予定されています。打ち上げの様子は、なんと全世界に生配信されるとのこと。今後の展開も含めて、アルカディア社の新しい挑戦に、目が離せなくなる2週間になりそうです!


いかがでしたか? ウルトラポストはこれからも、読者のみなさまに素敵な情報をお届けしていきます。

もし面白いと感じていただけたのでしたら、こちらの記事もどうぞ!』



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No.—/『とある古びた手記』第36ページより


『無学でも良いし、無知でも良い。礼儀礼節がなっていなくとも、誰もそんなことは気にしない。

 力こそ、才能こそがすべてだと。仮に10年前にそんなことを言っていたのだとすれば、間違いなく鼻で笑われるだろう。タチの悪いアニメの影響でも受けたのかと、お前の頭はいよいよもってバカになってしまったのかと、心配顔で問いただされること請け合いだ。


 でも。残念ながら、世界はそんなバカしか生き残れない世界になってしまった。


 身内自慢ではないが、私たちの両親は良くできた人間だった。年端もいかない私に礼儀作法を叩き込み、一人の人間として恥ずかしくない所作を覚えさせた。お前は兄になるのだからと、手本として生きることになるのだからと、頭のてっぺんからつま先まで相応しくあることを求められた。

 正直に言えば、それを鬱陶しく感じなかったわけではない。彼らの求める水準を完璧にこなすことなど、きっと今ですら不可能だろう。まして10年前ともなれば、要求されるレベルの一割をこなせていたかも怪しいほどだ。

 自分が行なっている作法の、その価値を少しでも理解する頃には、何よりも己が凡才だと理解するようになっていた。要求された十割のうち、自分にこなせるのは六割までだと、己の分をわきまえるようになった。


 もちろん、理解している。私たちの両親が教えたかったのは、そんな下らない諦念などではない。


 問題があったのだとすれば、それはひとえに教育を受けた私の側の問題だ。彼らの教育の結果、誕生したのがこんな軟弱者の愚物だというのだから、彼らも浮かばれないことこの上ない。

 家屋の崩落に巻き込まれた私と妹を、声を枯らして探し回った彼ら。おびただしい量の血を流しながらなお、自身の治療よりも私たちの救助を優先した彼ら。欠けた腕で、苦悶くもんに顔をよじりながら、それでも一心に瓦礫を取り去り続けた彼ら。

 彼らの尽力と、何かを示すように折り重なって倒れていたその死体がなければ、組織は私たちを見つけることができなかっただろう。当然、組織に私たちが拾われることも、こうして衣食住を保証されることも、だ。


 変わってしまった世界から弾き出されるように、両親は向こう側へと旅立った。それが良いことなのか悪いことなのか、私に判断できるすべはない。だが、ある意味では幸運だとも思う。

 持って生まれた「異能」があるか否か。今この時代に、この世に生まれ落ちてしまった時点で、人間は二種類に分断される。学も礼節も身に着けるその前に、絶対的な線引きは既に終わっているのだ。

 屈強な肉体があるか否か、卓抜したセンスがあるか否か、現状を打破できるアタマの回転があるか否か。どれも持っていない人間が、この世界において生き残れる道理はない。そこに例外を求めようとするのなら、それは飛び切りの豪運を持つものに限られる。


 私はきっと、そのひと握りなのだ。


 本来なら生き残れないはずの弱者が、ちょっとした運命の間違いで、こうしてのうのうと生を貪っている。誰かが落とした幸運を拾い集めて、五体満足で、衣食住すべてが満ち足りた生活を送っている。

 特別な力はない。天性の肉体も、センスも、機転もない。そんな人間が、限りある世界のリソースを食い潰しているという事実そのものが、とんでもない侮辱のようにすら思えてしまう。


 何より、だ。私には、情熱がない。


 才能がなければ、努力すれば良い。組織が掲げる大義に、この世界の明日を切り開くという意志に心の底から賛同し、殉ずることをも(いと)わない情熱を持っていれば、凡人であっても捨て石程度には成長できるはずだ。


 組織には大恩がある。私たちを拾い、ここまで育ててくれた恩は、とても一朝一夕で返しきれるものではない。

 組織の大義を素晴らしいと思う。仮に違う形で組織に出会っていても、私はこの場所を、その目的を、素晴らしいものだと感じただろう。その理想の実現のために、身を粉にして働くくらいのことはするはずだ。


 だが。私はどうしても、最後の一線を越えることができないでいる。


 大義のために、組織のために命を捨てる。人が情熱と呼ぶそれに身を焦がし、散っていく仲間の姿を見た。

 それはきっと、意味のある死だ。己ひとりと引き替えに、もっと大きなものを未来へと繋げる、意味も価値もある命の使い方だ。

 両親の死には意味があった。自分たちの命と引き替えに、私たち2人を未来へと繋ぐ、気高く誇り高い生き様だった。


 だというのに。誇り高い両親を持ち、誇り高い組織に所属しておきながら。

 私は。どうしようもなく、死ぬのが怖い。


 お前は兄になるのだから、と教えられた。何ひとつ満足にこなせなかった私が、唯一両親に胸を張れることがあるとすれば、兄としての心構えを持ち続けたことだ。

 理想的でなくとも、相応しくなくとも構わない。あの子が、(かえで)が笑って生きていくことができるよう、火の粉を払う傘としてあり続ける。組織に拾われ、この命を繋いだときから、そう心に誓って生きてきた。

 組織に拾われてから、楓には多くの友人ができた。私が死んでもきっと立ち直れるだろうと、なんの迷いもなく信じられるほどに、あの子の今は笑顔に満ちている。

 それでも……それでも。最後に残った、たったひとりの肉親を失うことが、あの子にどれほどの苦痛を与えることか。

 組織に拾われてすぐのあの子は、思い出すことも辛いほどに憔悴(しょうすい)しきっていた。まる一週間、口に入れるものをひたすらに吐き出していたあの姿を再び繰り返すなど、絶対にあってはならないことだ。


 あの子を一人にしたくない。そんな思いが募るほど、死が恐ろしくてたまらなくなる。

 きっと、浅ましいエゴなのだろう。死への恐怖に震えている自分を正当化するために、妹という影にすがっているだけだと言われても、否定することなんてできやしない。

 英雄ならば、きっとこんな悩みは抱かない。選ばれたものは、情熱のある者は、凡人でない者は、もっとうまくやってみせるはずだ。


 彼らには、世界はどう見えているのだろうか。英雄と呼ばれる人間には、私の見えない何かが見えているのだろうか。


 楓。私は、あなたの兄で良いのだろうか。


 ……頭が痛くなってきた。今日のところは筆をくことにする。



8月9日 一ノ瀬(いちのせ)一輝かずき 記 



✴︎



 やたらウジウジと悩んでいるかと思えば、こんなくだらんことだったとは。興味を覚えた私の時間を返してほしいものだ。

 やあカズキ、悪いが君の日記を覗かせてもらっている。この時代に交換日記などというのも乙なものだろう? これにりたのなら、次はもう少し分かりにくいところに日記を隠しておくといい。もっとも、いくら凝った隠し方をしようと、天才たる私の前には意味のないことだろうがね。

 何の事は無い、先日の茶飲み話が存外に面白かったものでね。続きをしようかと部屋に押し入った次第だが、寝ているようなのでこちらを使わせてもらうことにした。恨むのなら私ではなく、己の健康的な生活を恨んでくれ。


 さて。それではここで、未来の読者諸兄のために、少しばかり説明をしておくとしよう。なにぶん私は親切な人間だからね、そういったサービス精神も忘れてはいないのさ。


 それでは、現状の話だが。ここまでこの手記を読み進めた読者諸兄であれば、この世界の現状はとうに把握できていることと思うが……それを解決するため、現在我が組織では「とある計画」を進行している。

 こう言うと随分とありがちな表現になってしまうが、事実そうなのだから仕方がない。テンプレ的な展開には、テンプレ的な手段が最も有効、というわけだ。

 無能力者と異能力者の対立、戦争を超えた生存競争。それを止めるためには、単純な武力介入ではもはや意味をなさない。どれだけ目の前の敵を叩いても、代わりとなる誰かが出てくるだけだ。

 場当たり的な対処療法でなく、この世界を根本から作り変える。そのための組織であり、そのための計画だ。

 もっとも機密やらなんやらの都合上、計画の目的についてはまだ触れられないわけだがね。計画が次のフェイズに進行すれば、他に色々と話せることも出てくるだろう。イチノセ先生の次回作にご期待ください、というやつだ。


 で、だ。そのくだらない計画を進行するにあたって、先日までひとつの問題が生じていた。

 この計画の要である、とあるシステム……ああいや、この説明からした方が良いか。要するに、今世界で猛威もういを振るっている異能、「超能力者」の力をもとに開発した「人工能力」のお話だ。


 異能とは何か。言ってしまえば、それは奇跡のようなものだ。だが、それは断じて「奇跡そのもの」ではない。


 驚異的な身体能力にとどまらず、人智を超えた様々な現象を引き起こす、一代限りの「超能力」。だが、それが一定数の人類に発現している以上、そこには必ず何らかの法則性がある。再現性のない「奇跡」とは、明確に異なっている点がそこだ。

 「超能力」について、我々は、否、私は研究を進めてきた。その内実はまたおいおい記すとして、結果として私は「人工能力」の開発に成功した。世が世なら神と称えられていても不思議ではない偉業だが、残念ながら今この時代に神扱いされても、嬉しいどころか害でしかない。

 人類の技術をもって、人智を超えた「奇跡もどき」を作り出す。ずいぶん大袈裟な話に聞こえるが、なに、原理としては単純だ。必要なのは技術ではなく視点の転換だと、常々私は言っているのだが……いや、失礼。こんなことを後代の君たちに言っても詮無いことだったな。


 これまた詳細は省くが、人間の中には皆平等に“エネルギー”が流れている。我々が超能力者と呼んでいる人種は、そのエネルギーが桁外れに多い存在であるわけだが──面白いことに、この命題の逆は真ではない。“エネルギー”が桁外れに多い存在は、それだけでは超能力者たり得ないわけだ。

 ただの人間が超能力者に覚醒するためには、“エネルギー”に味付けをする必要がある。自然状態において、その過程は受粉のようにシステム化されている──この上なく高度に、スマートに。

 超能力者が物心つく、そのはるか前にシステムが完遂されるおかげで、誰しもが勘違いをしていた。超能力者とは、天から与えられた奇跡であり、選ばれたものの証だとね。此の期に及んで盲信から脱却できないあたり、人間というものはどこまでいっても救いようがない。


 というわけで、だ。人工授粉も、人工授精も成功させた人類は、次なるステップとして人工能力を作り上げた。

 品種改良で青いバラを作り出すように、遺伝子操作で優秀な人間をデザインするように。計画を成就させるための道具として、四つの「超能力」が人の手で産み出された──より正しく言うなれば、私の手によって、だが。

 人工能力の完成によって、夢物語だった計画は一気に前進することになった。それまでは妄言に過ぎなかった「空を飛びたい」という欲望が、四つの人工能力、つまり機体の完成によって一気に現実味を帯びてきたわけだ。けだし人類の叡智とは大したものだ……と言いたいところだが、ここで話は最初に戻ることになる。


 機体の調子は万全、あとは目的地に向けて飛び立つだけ。念には念を入れて、一度テスト飛行をしておこう、と。

 計画が大詰めも大詰めの段階になって、やっとこさ発覚した問題が──“機体を動かすための動力源が足りません”などという噴飯ふんぱんもののミスだったのだから、傑作ジョークになるのもやむなしというものだ。


 この報告を聞いたときは、さすがの私も腹を抱えて笑い転げたよ。組織のお偉方が揃いも揃って右往左往している様は、本当に本当に傑作だった。向こう数年はこの組織で働いても良い、と心の底から思うほどにね。


 さて。このゴキゲンな大問題だが、当然そのままというわけにはいかない。私としては放置しても一向に構わないのだが、この組織の大多数の人間にとってはそうではないのだ。

 悲願の成就を目の前にして、完成したのがスペースシャトルではなく熱気球でした、なんて話になれば、上から下まで全員が舌を噛み切って死にかねない。私としても、組織を追い出されて食い扶持ぶちがなくなるのは困る。そういうわけで、手っ取り早い解決策を提示したのが先日のことだ。


 なに、難しく考える必要はない。単純明快で、バカでも分かる理屈だ。

 人工能力という統一の規格で作り上げた機体ならば、当然動力源も同じ規格のほうが都合がいい。より具体的には、動力源となる人工能力をもうひとつ作って、それを既存の四つに繋げてやれば良い。

 もちろん、それなりに手間はかかった。燃料タンクに特化した能力を用意するとなると、今までとは全く違う方向性が要求される。この私でもしばらくは考え込むほど、骨のある良い問題だったよ。

 だが。今日の昼間、めでたく解決の目処メドが立った。私が書き上げた渾身の設計図が、どうやら形になったようでね。人工能力「proto-5」、これにて無事完成というわけだ。

 もちろん、実際に動かして見えてくる問題も多々あるだろう。技術屋の皆様方におかれましては、どうにか稼働まで漕ぎ着けていただきたいものだ──私が一人で全部やったほうが良い、なんてことになれば、色々な所の立つ瀬がなくなってしまう。十中八九私がやったほうが効率がいいが、私も協調性というものを持っているのでね。


 とにもかくにも、だ。行き詰まっていた計画も、これにて最終段階に入る。

 あとひと月もすれば、我々の船は旅立つことになるだろう。“大いなる目的”を果たすために彼方へと漕ぎ出す、偉大なる旅路の始まりだ。あまりの感動とワクワクに、私も昼しか眠れなくなりそうで困っているところだよ。


 今回の情報提供はここまでだ。後代の諸君が何を考えているのかは知らんが、人の日記を覗き見するのはあまり趣味のいい話ではない。今後ページをめくるときは、カズキと私に多大なる感謝、そして多少の罪悪感を覚えるように。



8月9日 ジュリアス・ホワイト記


P.S 親愛なるカズキ

 すっかり書くスペースがなくなってしまったが、先日の話の件だ。君のアイデアが存外に面白かったので、上に掛け合って正式な話にしてもらった。

 組織組織などと言うが、いい加減正式名称を付けるべき頃合いだと思ったのでね。それらしい名前ができて、彼らもきっと大喜びしていることだろうよ。

 にしても、だ。我々の船が──人工能力が四つに別れているところから、星座の話に発想を飛ばすとは。最高のさかなは知性と教養だとは常々思っていたが、改めてそれを実感したよ。

 確かに、誰にでも思いつくようなことだろう。だがことこの場において、それを一番最初に考えついたのは君だ。

 誇るがいい、イチノセカズキ。君は我々組織の、名付け親になったのだから。

 では。組織改め“アルゴノーツ”の同胞として、ますますの活躍を期待している。


君の友人より』

更新ペースが無に等しいにも関わらず、読んでいただいた皆様に感謝を。この番外編を持って、ようやく第4部完結と相成りました。

次回からは第5部、ようやくの新章突入です。起承転結の転がやたらと多い本作ですが、その中でも大きなターニングポイントになる見込みです。いつもより多めに回る俊の雄姿にご期待ください。

また、更新ペースについても、だんだんとペースを戻していきたいと考えています。二週間後の日曜に次話投稿できたらラッキー、程度に考えておりますので、例によって辛抱強く待っていただければ幸いです。


それでは。第5部英国編、その一話でお会いしましょう。


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