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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
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1−9/早起きは三文の……?

5月16日。本日は晴天なり。

「——っ、ああもう……五月蝿(うるさ)い」


 脳を芯から揺さぶるがごとく、無機質に鳴り響く目覚ましの音。ガラケーの振動を乱雑に止め、そのまま一息に体を起こす。

 液晶画面が示す時刻は6時5分前、いつも以上に早すぎる時間帯だ。雨が降ろうが姉が降ろうが、どれだけ目覚ましがうるさくても6時半までは起きないのが俺の生態なのだが……柄にもなく目覚ましに従って起きてしまったのは、新しい学園生活に心を躍らせているからか、それとも先程まで見ていた気がする悪夢のせいか。

 悪夢である事に確実性が無いのは、夢の内容を全くもって覚えていないからだ。

 気味の悪い夢を見たという感覚だけは残っているものの、その内容はごっそり抜け落ちてしまっている。まあ、悪夢など往々にしてそんなものであるし、テンプレだと言われてしまえばそれまでなのだが。


「うあー……腰痛った」


 華の高校生とはとても思えぬような愚痴を垂れ流しながら伸びをし、よっこいせとベッドから立ち上がる。

 朝一からこのザマな時点で、学園生活に期待してる説など冗談でも無いだろう。テンションは百歩譲って受刑者、刑務所でお勤めをこなしている者のそれである。投獄系男子、またひとつ新たなジャンルを開拓してしまったな……いかん、薄い本がまた厚くなってしまう。


「さて」


 なおも惰眠を貪ろうとする肉体に鞭打ち、暖かな布団(らくえん)からきっぱりと決別する。起きてしまった以上、朝のうちにやらねばならぬことは山積みだ。

 さあ、今日の朝飯は何を作ろうか。体に染み付いた習慣に従い、寝起きの頭でいつものように思案する。

 あの駄姉(あね)のぶんを作らずともよくなったわけであるし、ここは量より質で勝負するのも悪くはないのかもしれない。幸い時間もあるのだから、普段作らないようなものに手を出してみるのも一考の余地ありだ。どうせ食べるのは俺だけなのだし、万一失敗しても問題はないと——


「……あれ?」


 ——が。


 丁度顔を洗い終え、意識にかかっていた霧が取り払われた時。明後日の方向へ向かいかけていた思考は、ようやくひとつの事実へと行き当たる。

 もちろん、あの大食らい姉(フードファイター)の朝食を作らなくてもいいのは言うまでもなく僥倖だ。だがしかし、それよりも余程大事な問題がひとつ。

 

 ——そう。それ即ち、食糧難である。


「まあ、無いよなあ」


 よくよく考えずとも、新居に食品のストックなどあるわけがない。一縷の望みに賭けて冷蔵庫を覗いてみても、中身は当然ながらすっからかんだ。

 昨日買っておけばよかった、という思考が一瞬頭をよぎるものの、そんな時間も暇もなかったのは自明の理だ。そもそも財布がなかったのだし、あの所持金では買い物すら満足にできやしない。


「……どうしたもんかねえ」


 時間が時間であるし、昨日行ったショッピングモールは十中八九開いていないだろう。となるとコンビニくらいしかないが、そもコンビニはここにあるのか否か。

 思いがけない障害に、うんうんと頭を捻ること数分。状況を打破したのは、唐突に舞い込んだ一通のメールだった。

 見計らったようなタイミングで届いたそれは、さして覚えのないアドレスから送信されている。

 意を決し、恐る恐るといった調子で開いてみると——


『差出人:魚見恭平@お悩み解決は一回千円

 件名:言い忘れたけど

 校内に食堂と売店あり。営業時間は朝の8時から夜の7時まで。24時間営業のコンビニなら階段の下にあるから、暇なら探してみるといいかもね』


 ……ええ怖……なんで俺の連絡先知ってんのあいつ……。


 いや、そういえば春先に交換したような気もする。完全に意識から消え去っていたが、登録やらの諸々は全て奴に一任したはずだ。俺の携帯は実質姉とのトランシーバーだからな、むしろ忘れていたのは当然の帰結であるといえよう。

 まあ、そんなことはどうでもいい。何よりも重要なのは、これで少なくとも飯の目処は立ったということだ。

 なんとなーく文面に引っ掛かりを感じないこともないが、それを差っ引いてもこれは有益な情報と言っていい。引越し先で餓死とか洒落にもならんし、ここはおとなしく感謝しておくべきだろう。

 と、なると。

 さしあたっての問題は、食堂が開くまでの時間をどう過ごすかだが……幸い、今の俺には有効な時間の潰し方が思い浮かんでいた。


 よし、行動方針は決まった。となれば、こうしてダラダラしてるわけにもいくまい。


 かぶりを振って思考を切り替え、諸々の準備を手早く済ませる。袖を通した新しい制服は存外に動きやすく、このまま全力疾走も余裕で出来そうなほどだ。そんな機会そうそうあってたまるか。


「さて、善は急げだ」


 靴を履き替えて踏み出した外はまだ薄暗く、冷たさを孕んだ外気が肌を刺す。

 未だ静寂に満たされた空間の中、砂利を踏みしめて寮の裏手へと回る。


 1分もしないうちに見えてくるのは、今回の目的地——例によって物物しい、地下へと続く階段だ。


 昨日降りた階段とはもちろん別物だが、その外観はおおよそ同等と言える程度には似通っている。地下へと繋がっている、という話もされたことだし、魚見の言うコンビニはこの先にあるのだろう。行き先が例のショッピングモールかはともかく、さすがに行き止まりということはないはずだ。

 この階段の存在を認知したのは、昨日寮の周辺を魚見に案内された折のことだ。軽く触れる程度にとどまっていたこともあり、まとまった時間があれば物見に出向こうと思っていたのである。さすがに昨日は探索どころではなかったが、今であればその時間も取れる。


 ……というか。正直なところ、起きてからこのかた空腹感が尋常ではない。

 昨日からほとんど何も食べていないわけであるし、朝食まで持ち堪えられたら奇跡と言ってもいいくらいだ。


 なけなしの金で買おうとしたじゃが○こは謎の美少女に掠め取られ、あのお高そうな寿司も7割がた魚見が平らげてしまった。

 半ば虐めのような責め苦のせいで、腹の中は文字通りスッカラカンの有様だ。コンビニで適当に焼鳥でも買わなければ、学校が始まる前に俺の命が終わってしまう。

  身を切るような空腹感に耐え凌ぎながら、一歩一歩を踏みしめて降りていく。やたらと折れ曲がった通路に広告が張り出されているあたり、見てくれはまさしく地下鉄の通路そのものだ。

 昨日とは降りる地点こそ違うが、距離的にはさほど変わるまい。しばらく歩いていれば、少なくともコンビニの一軒くらいは見つかるだろう。見つかってくれないと困る。

 そうこうしているうちに階段は終わり、視界に開けた光景が飛び込んできた。


「………………ええ……」


 が。 


 そこにあったのは、あり得るはずの無いパノラマ。その不可解さに、空腹感も忘れて息を飲む。


「マジか、これ」


 漫画的表現さながらに目を擦って確認してみるものの、目の前に広がる世界が変わるわけもない。むしろ、受け入れる他にないという事実がより明確になっただけだ。


 まず第一に、全体像だが——頭上には空があり、目前には街が広がっている。

 この時点で信じがたいことであるが、当然ながら夢幻(ゆめまぼろし)の類ではない。地下の要素など何処にもない、正真正銘の街並みだ。

 さらに。追い打ちをかけるかのごとく、道の両端は様々な建物で彩られている。生半な商店街よりもよほど豪勢な店構えに、それらを繋ぐ入り組んだ道の数々——どこぞの駅前の繁華街と言われれば、すぐにでも信じてしまうことは想像に難くない。


 昨日は階段から屋内に直接出たため意識していなかったが、まさか外側にこれほどのものがあるとは想像だにしなかった。地下街どころか地下にそのままそっくり街があるとか、想像できるわけないんだよなあ……。

 規模といい栄え方といい、どう考えてもショッピングモールどころの話ではない。むしろこの中にあっては、あの建物ですら(かす)んでしまうのではないかと思うほどだ。こうして見えている風景だけでも、異常なほどの敷地面積があることはたやすく理解できる。


「…………とりあえず、飯か」


 出来る事ならある程度建物の配置を覚えておきたいところではあるが、最優先事項は食料難からの脱出だ。このまま呆気に取られていても、時計の針以外に進むものは何一つとしてない。

 道筋になんとなくのアタリをつけ、ポケットの中の財布を確認して進軍を開始する。

 さっさとこの飢えを満たして、そのあと気ままに周囲を散策すれば良いだけの話だ。どうせ時間に余裕はあるのだから、そう焦ることでもない。

 なに、たかだかコンビニのひとつやふたつ、物の数にも入らない。私にかかれば一瞬で見つけだしてやりますよ、わはは。

秘密組織の地下にあるのは、もうひとつの空。

……宇宙は空にある……?


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