XX-404/結末
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あとどれくらい、動くことができるのだろうか。一歩踏み出すたび、その思考が頭を過る。
左腕の感覚は完全に消えた。出力される視界は変色した虫食いフィルムのような有様な上、おまけに足元もおぼつかない。一歩進む度にふらつき、その場に倒れ込みそうになる。
『なあ、もういいだろ? ゲームセットの時間はとっくに過ぎてる』
頭の中で響く、囁くような誰かの声。
その声は、俺にとってはひどく甘い誘惑の言葉だ。
『受け容れろ。他の誰よりも、お前自身がそれを望んでる』
この言葉に従えば、俺は楽になれるだろう。今すぐ本能に身を委ねれば、俺はこの苦しみを味わい続けなくて済むはずだ。
罪悪感も、葛藤も。何もかもを捨て、今ここで化け物になるのなら。
「黙ってろ」
ただ。少なくとも今は違う。
俺にはまだ、やり残したことがある。果たさなければならない責務がある。それをやり遂げるまで、化け物に成り下がるわけにはいかない。
殻を食い破ろうとする何か、それをなけなしの意志を振り絞って抑え込む。それでもなお、人間として在り続けるために。
「っ、ぐ——くそ」
不意に踏み出す足が縺れる。受け身を取る事も叶わず、無様に頭から地面に突っ込んだ。
『分かってるんだろ? 俺はお前だ。全てお前自身がそう望んで、そう有ろうとしているからこその欲望だ。なら、何故否定する必要がある? 何故そこまで人間であることに拘る。これ以上、人間であろうとすることに何の意味がある?』
鈍い痛みが身体中を伝わっていく。無様に地面に転がる俺を嘲笑うかのように、『俺』が俺に楽しげに語りかける。
——ああ、分かっている。この声の、『俺』の言っていることは正しい。
心の奥底でそう思っているのは、他でもない俺自身だ。自分がとっくに人の道を外れていることなど、誰よりも俺がよく理解している。
『人間のふりをし続ける事に、一体どれ程の価値がある』
この状態がいつまで持つのかもわからない。これが正気でいられる最後の時間なのかもしれない。あるいは、俺は既に化け物で、この苦痛すら微睡みの中の出来事なのかもしれない。
それでも。それでも、だ。
「それでも、俺は人間だ」
揺れる。
揺れる。
無意味な足掻きでも、たとえ全てが烏有に帰したとしても。それでも、歩みを止めるわけにはいかない。
「俺は化け物なんかじゃない。今でも俺がここにいることがその証拠だ」
ここで止まれば、全てが無駄になる。
積み重ねてきたものも、他の誰かが支払ってきた犠牲も。今までの全てが、等しく無意味に消えてしまう。
だから、進み続けるしかない。目的を果たすまで、俺は人間であり続けるより他にない。
『目を背けるなよ。その考え方そのものが、お前が俺であることの証左だろうに』
その笑い声に含まれる感情など、今更言い表すまでもない。
虚空に消えていく『俺』の声。そして、入れ替わるように聞こえてくる足音。
わずかに残った聴覚が、それでも情報を逃さず拾い上げる。消えかけていた意識の炎が、強引な治療で息を吹き返した。
「——やあ」
のろのろと視線を引き上げたのは、馴染みのあるその声に導かれたからか。
其処にあったのは、随分と懐かしい顔。とっくの前に見飽きたはずの顔が、掠れた視界の向こう側に立っていた。
「何しに来た」
「分かりきったことを訊くんだね、君は」
かつて何度も耳にした、心底呆れたような声。非日常に染まりきった世界で聞いたその声は、取りこぼした日常の残滓であり、もう決して戻れない世界の象徴だ。
「これが最後だよ。もしここで君が引き返すなら、この場は何事もなく収まる。でも、もし君がこのまま進むなら——」
「俺を殺す、か? 分かりきったことを訊くんだな、お前も」
とってつけたような質問に、こんな状況にも関わらず苦笑が漏れる。
これが最後——あまりにも遅すぎるその通告は、ある意味最も彼の迷いを象徴したものだ。
こんな問答をしたところで、俺が大人しく引き返すことなどあり得ない。あるいは、俺自身の口からその答えを直接聞くことができれば、迷いも振り切れると思ったのだろうか。
「俺の考えなんて簡単に分かるだろ? なら、やることは決まってるはずだ」
これは儀式だ。お互いの気持ちを整理し、決心を確かめるための小さな儀式。
そして、それを終わらせるために、必要な言葉は一言だけ。
「俺にはもう、時間がない」
ひとつの世界の崩壊が、どこまでも静かに告げられる。
わずかに残っていたその残滓さえ、たった今粉々に砕け散った。
「……ああ。それは僕も同じだ」
絞り出すような声とともに、男が神器を創り出す。奇妙なほどの静寂とともに、身体中の血が昂っていく。
これを制御しきれる時間も長くはないだろう。あと一回か、あるいはそれ以下か。何れにせよ、分の悪い賭けであることは疑いようもない。
「——それ」
「あ?」
「その銃。それ、まだ持ってたんだね。もうとっくに捨てたものだと思ってた」
目を細める彼の声を聞き、手元の拳銃に視線を落とす。
そういえば、この銃はこいつから渡されたのだったか。そんなことすら忘れてしまうほどに、記憶も感覚も磨耗しきっている。数多の死線をくぐり抜けてきたそれは、今の俺の状態を表すかのごとくスクラップ寸前の有様だ。
「捨てられるわけないだろ? 物持ちはいい方だからな。武器も使い潰すんだよ」
言葉を発するたびに、全身から焼けるような苦痛が迸る。正面にいる男を見据えようにも、万華鏡のように不鮮明な映像が出力されるだけだ。
ここに至るまで、彼があらゆる手段を模索してきた事は想像に難くない。恐らく今この場でも、彼は心のどこかで別の方法を探しているのだろう。
俺を殺すことなく、止める方法を。
それは甘さだ。こと殺し合いにおいて、それは不要なものなのかもしれない。少なくとも、致命的な隙を作り出すものになる。
——それでも。その甘さこそが、人間らしさであると俺は思う。どれだけ絶望を味わおうと、決して失ってはならないものだと。
「さて」
小さく息を吸う。感傷に浸る時間は終わりだ。
目の前にいる相手は障害だ。俺が目的を果たすために、排除しなければならない相手だ。
何度も繰り返し、その言葉を自分に刻み込む。俺が俺自身に飲まれないように。
「悪いが、通してもらうぞ」
ふらつく足に鞭打ち、地面を蹴って走り出す。
誤魔化しきれない欲望が、心の何処かで醜く笑っている。
ずっと、ずっと、この瞬間を待ち望んできた。狂おしいほどに求めて止まなかったそれが、まさに今目の前にある。
はち切れんばかりに燃え盛る、どうしようもない歓喜と興奮。その感情に蓋をし、眼前の敵までの距離を駆け抜ける。
俺の戦いを、俺自身の手で終わらせる。そのために、ここで殺されてやるわけにはいかない。お前にも、俺にもだ。
「君を止める。それが僕の役目だ」
武器を構える男が、感情を殺してそう呟く。
『認めろよ。それがお前の本性だ』
醜い怪物のせせら笑いが、朦朧とした脳裏に反響する。
それでも。それでも、俺は。
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