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再来の英雄は英雄を望まない  作者: にひけそい
3/3

剣聖の名を継ぐ少女

本来2話目はこれと一緒だったんですが、投稿ミスしました。許してください

 

 かつて英雄たちが戦い、退けて見せた異界の軍勢。

 奴らがどこから来るかは判明していない、ただ、どこからともなく現れてこの世界の全てを蹂躙する。目的も、全容も、何もわからない。

 二千年前と、三千年前にそれぞれ一度ずつ大きな侵攻があったということだけが歴史に残っていて、そのどちらも、まるで異界の侵攻に合わせるように英雄たちが現れてそれを退けたという事実だけが伝わっている。


 「あれは」


 誰かが呟く。

 白亜の壁をいとも容易く飛び越えてそいつは都市の中央区に降り立った。

 倒壊する高層ビル群、何百の人の命があっけなく終わっていく。

 降り立った異界の侵略者の姿はこの世界に存在する生物の中で言うならば、ドラゴンが一番近かった。巨体を浮かすための巨大な双翼、発達した前腕部に牙の生え並ぶ恐ろしいアギト。

 そして、その竜は眼下の人間らを見下ろした直後、その巨大な腕を一番人の密集していた場所に叩きつけた。

 衝撃波が走る、砕け散る道路、建造物、潰れた人間たちのあらゆるものが雨風のように周囲へと飛び散って、誰かが叫び、連鎖するかのように恐慌は中央区全体に広がった。

 だが、その中で二人の兄妹は自転車にまたがったまま、ぼんやりとその事態を眺めていた。


 「お兄、どうする?」


 「いや、何もしなくていい。もう終わる」


 そうシオンが言う。その直後、巨大な竜の首がぴたりと止まり、その巨体があろうことか縦に割れた、否、切り裂かれた。

 竜の断面部から恐ろしいほどの血が噴き出し、まるで雨のように町中へと降り注ぐ。その怪物の死骸の中央部に立っているのは、鍛え抜かれた刃を思わせる武人の姿だ。

 武人は女性だった。灰色の髪の毛を流し、凛とした雰囲気を身にまとわせている。


 彼女の名はアイリス・リーンハルト。現世における英雄の一人にして、時代で最も強い剣士に授けられる《剣聖》の称号を継いだ、美しい少女だ。


 「流石は英雄、といったところか。確か、彼女の防衛区域は南東部、ここまではかなりあるだろ」


 アイリスは刀を鞘に納めると、胸元から取り出した通信機で何やら連絡を取っている。恐らくは報告か何かだろう。

 それよりも、こんな事態になったが、学校はあるのかどうか、シオンが携帯を開いて連絡を取ろうとすると、誰かが声を上げた。


 「おい!」


 その場の視線が一人の男性に集まる。

 その男性は血塗れだった。とはいえ、彼自身のものでは無い、恐らくはその腕の中で身体の半分を抉られて死んでいる女性のものだろう。

 彼は泣きはらし、充血した瞳でアイリスを睨んでいた。


 「何でもっと早く来てくれなかったんだ!あんたがもっと早く来てくれていれば・・・あんたのせいで妻は死んだんだ!」


 彼の主張はめちゃくちゃだった。

 アイリスに非は全く無い、彼女は今回、最善の行動を取り、助けられる最大限の人を助けた。

 だが、人の心はその事を理解しても納得は出来ない。だから、民衆は彼の意見に乗る。自分らの無力さを他の誰かのせいにする為に。


 「そ、そうだ!お前がもっと早く来ればこんなに沢山の人が死ぬ事はなかった!」


 「お前みたいな奴、英雄じゃねえよ!」


 いつの間にか、彼らを救った筈の英雄は大量殺人犯のように言われ、そこは彼女を断罪する裁判所の様相を見せ始めていた。


 「醜いな、行こうぜ、アニス」


 「・・・うん」


 言いようの無い苛立ちが腹の底から湧き上がる。もう、学校にも行く気分ではなかった。

 何もしてない連中の身勝手な主張に腹を立てている訳では無い、あれは子供の駄々のようなものだ。泣きじゃくる赤ん坊に本気で切れる奴なんて中々いないだろう。だから、この苛立ちの原因は・・・。


 「ごめんなさい」


 ふと、突然、辺りが静かになると、細いが、聞き取りやすい綺麗な声がシオンの耳に入ってきた。

 振り返れば、彼女が、何の非もない筈の彼女が彼らに向かって頭を下げていた。

 その姿を見せつけられて、シオンはどうしようもなく苛立ってしまう。

 ああ、どうしてお前が謝るんだ、お前は何も悪くないだろう。


 「今回死んでしまった方々にはいくら頭を下げても足りません。私に出来る事であれば、如何様にも」


 そう言って彼女が地に膝を着けようとした瞬間、シオンは動いていた。


 「ちょっと待てよ」


 「ちょ、お兄!?」


 アイリスの周りを囲む民衆が、シオンの方に視線を向けている。アイリスは相変わらず頭を下げたままで、それがまた苛立ちを加速させる。

 

 「何だお前」


 誰かの質問にシオンは答えない。自転車を降りると、無言でアイリスの元まで歩いていく。


 「どうして、顔を上げない」


 「私のせいで沢山の人を死なせてしまいましたから」


 「違うだろ、あんたは死なせたんじゃない。これだけの人を助けたんだ。頭を下げる必要なんてない、胸を張れ」


 「それは一つの見方に過ぎません。ある面では、私は許し難く、度し難い殺人犯です」


 「っ、お前はどうして、いつも!」


 「いつも?」


 アイリスがシオンに尋ねようとした瞬間、別の男性が声を荒げた。


 「いい加減にしろ!なんなんだお前は!その女の味方をするつもりなのか!そいつのせいで多くの人が死んだんだぞ!」


 「うるせえよ」


 「っ、いま何て・・・」


 男性が激昂しようとした瞬間、発砲音が響き、同時に男性の足元の石が弾ける。


 「うるせえって言ってんだよ。ゴミどもが」


 シオンの手に握られているのは銀色に鈍く輝く拳銃だった。男性が腰を抜かして倒れ込む。硝煙を上げるそれを腰のホルスターにしまったシオンは、辺りを見回す。


 「よく聞け、この能無しどもっ!?」


 「何やってんの!馬鹿お兄!」


 が、アニスに背後から腕の関節を極められて、倒れ込んでしまう。


 「アニス、てめえ!なにしやがる!」


 「お兄こそ、何やってんの!?いきなりアイリスさんの方に行ったと思ったら、民間人に向かって発砲するなんて!イキリ野郎はやめたんじゃないの!?」

 

 「イキリ野郎!?」


 「あ、すいません、アイリスさん。なんか知りませんけど、今回の件、見逃して貰っても良いですか?こんなんですけど、うちの兄、当てるつもりは無かったみたいですし、一応貴方の為に怒っていたっぽいんで」


 そんな風に尋ねたアニスに、アイリスが困ったように返す。


 「・・・はあ、別に構いませんけど」


 「それは良かった!ほら、お兄、行くよ!って、汚い!血塗れじゃん!」


 「お前があんなとこにぶっ倒すからだろ!」


 二人は揉めながらも急いでその場から撤収しようとするが、既に遅かったようだ。

 気づけば、周囲に灰色で統一された軍服を着込んだ連中が立っていた。


 「アイリス大佐、調査班、現着しました」


 一人、前に出たのは生真面目そうな眼鏡を掛けた女性だった。

 彼女はチラリとシオン達に目をやる。


 「彼らの処罰はどうしますか?民間人への発砲、明確な犯罪行為です」


 「・・・ううん、許してあげて、さっきそこの妹さん?と約束しちゃったの。それに、あの子は・・・ううん、名前だけ聞いたら今日は返してあげて」


 「ハッ、そこの二人、名前を聞かせてくれ。要注意リストに加えさせて貰う。二度目は無いと思えよ?」


 

 

 

 

 


 

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