襲撃
フライパンの上で油が弾ける。
甘いような、香ばしいような、油特有の香りが広がって朝のキッチンに満ちる。
シオンはこの瞬間が好きだ。
何でもない日常を感じられるこの一瞬が。
卵をフライパンに滑らせ、軽く塩を振る。
自分の好みに合わせた半熟の目玉焼きを皿に乗せると、バタバタと音が聞こえてきた。
「お兄、おはよう」
「おはよう、アニス。今日は随分と早いな」
リビングに入ってきたのは、シオンと同じ白銀の髪を伸ばした少女だ。
アニス・フィアナ、シオンの双子の妹である。
可愛らしい白ワンピースに身を包んだ彼女は、重力に逆らう寝癖を押さえ込みながら洗面台へと向かう。
「なんとなく早起きしちゃってさ〜、二度寝しても良かったんだけど、お腹空いたから降りてきたの」
「・・・言っとくけどアニスの分は作ってないよ?」
「・・・ダメ?」
「分かったよ」
ため息まじりにもう一つ卵を取り出す。
少し、いや、大分、妹に甘い自覚はあるが。
「お兄」
「何?」
「ありがと」
「・・・ま、お兄ちゃんだからね」
可愛いからついつい甘やかしてしまうのであった。
家を出て、後ろにアニスを乗せながらペダルを漕ぐ。
シオンとアニスは二人とも同じレナリア士官学校に通っている。そこは全寮制の七年制学校であり、二人は家賃を減らす為に一人部屋に二人で住んでいるのだ。
「そろそろ夏休みだけどさ、今年はどうする?」
後ろで足を遊ばせるアニスが言う。
「海でも行くか?」
「んー、それ一昨年やったじゃん?ビミョい」
「それ言ったら毎年やってんだから、もうここだと出来る事ないぞ?それこそ、別の都市に行かないと」
「やっぱ、お金かー」
「だな」
光暦2057年現在、世界の殆どは人類の支配下に無い。広大な世界に点在するように人類の都市が存在し、その都市同士を繋ぐ空路や陸路が僅かにあるだけで、そこを通るには高いお金を払って運搬用の特殊車両に乗る必要がある。
「・・・けど、来年には士官見習いだ。奨学金の返済を考えても二人なら貯金も出来そうだし、そう遠くない内に別の都市に移るのも良いかもな」
「ううん、今年行きたいの、軍官になったらいつ死ぬかも分かんないし」
ポツリと、不安そうにアニスが呟く。それは中々見せない彼女の本心だった。どう返答しようかと数秒迷ってから口を開こうとしたその時、街中のサイレンが鳴り響いた。
「ッ、お兄!」
「ああ、少し急ごう」
この街でサイレンが鳴るような事態は一つしかない。
それは二千年前の再来、かつて英雄達が退けた、異界からの侵略者の襲来だ。