最終話 -そして悪魔は解き放たれた?-
一応、本編の最終話となります。
最終話 -そして悪魔は解き放たれた?-
【馬久瑠医院跡地[約2年後]】
廃墟になった小さな田舎町を見下ろす様に、山間にとある朽ち果てた病院がある……。
30年以上前に、悪魔を崇拝者の医院長が、病院に招き入れた患者や町民を全て惨殺し、散弾銃で自らの顔を吹き飛ばして自殺したという惨劇があった場所である。
将来を有望視された息子が失踪したとか、医院長の座を若手に奪われまいとしてとか、様々な憶測が飛び交っていたが、犯人である医院長が何故こんな凶行に及んだのかは未だに不明のままだ。
次期医院長と期待された若い医者と、通報を受けた警察官数人が院長室で自らの顔を散弾銃で撃ち抜き死亡している医院長を確認した。 警官の一人が病院内を見まわった際、死体の無い所はなかったという事だったが……翌朝に大規模な調査が行われたが、院長室を初め、200を超える町民、患者、医療スタッフ等、病院内の死体は全て消えていたという。
この、不可解な事件は世界中を騒がせ、メディアやオカルト関連を賑わせたのだが、30年もの間、何の進展もなく、一部のオカルトマニアの間では伝説になってはいるが、世間からは次第に忘れられていった。 数年に一度、テレビ番組の撮影や心霊スポットとして僅かな人が訪れる程度の、地図からも消された町となっている。
メディアの撮影や肝試しをした者からは、病院跡から犠牲者の悲鳴だとか、自殺した顔のない医院長の霊が現れるとか、よくある話に加えて、野球帽を被った小さな女の子の霊が、延々話しかけてくる等、突拍子も無いコメントも伺えた。
今や心霊スポットとして、やってきた若者達がネットで騒ぎ立てる程度だったが、一時的にしろ行方不明になった者も実際にいる。それも、もう終わることになるだろう。 何故ならば、あと数年もすれば、ここは土地改革で住宅地用に整備され、惨劇の舞台となった病院があったことも忘れ去られるであろう……そんなところか?
「もう、何十年も前の事件、結局、真実は永遠に闇の中か、被害者には悪いが、このまま忘れ去られた方がいいこともある。 まぁ、後は適当な作り話も混ぜ込めばそれらしい記事にはできるだろう……っと、うん?」
いつ崩壊してもおかしくない病院内をデジカメに収めた中年の男が、記事の内容を思案しながらデジカメの画像を確認した際、ある異変に気付いた。
「あれ? 女の子が映り込んで? なんだこれ!」
撮影中は気づかなかったが、赤い野球帽を被った、銀色の美しく長い髪の女の子が写っている。
しかも、しっかりカメラ目線でピースまでしているのもある……。
「疲れてるのか? それとも地元の子供がこっそり……んなわけあるか!」
人の寄りつかない廃墟、近くに人が住んでるわけもなく地元の子供なんかいるわけがない。
ハイキングなんてもってのほかだ。 嫌な予感がして、女の子の写った画像を削除していくと……。
「あれー! もう写真見れるの? いつげんぞーしたの? ねえねえ!」
「いかん、幻聴まで聞こえてきた。 暗くなる前に帰ろう……」
背後から聞こえた声を無視し、機材をまとめて足早に車に向かう。
ここにいちゃいけない! 私の記者としての本能がそう叫ぶ!
「無視? ねぇ、無視なの? ひっどーい! キミはこんなに可愛い女の子を無視するひゅーまんなんだね?」
男が逃げる様にその場を後にすると、廃墟となった病院が支えを失ったかのように崩壊し、瓦礫の山と化していった……。
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「ねー、ねー、ねーってばー!」
「聞こえない、聞こえない、聞こえない!」
私は崩落の音を背後に、女の子の声から逃げている。
車までの距離がやたらと長く感じた……。
かつて、職場の先輩から条件付きで譲ってもらった、伝説的な大泥棒の愛車と言われる黄色の軽。
色々いじられ、VHSのビデオテープが再生できるなどアニメオタクだった先輩らしいカスタムカーだが、今はその存在感にありがたみを感じる。
機材を後部座席に放り込んだ後、飛び込むように乗り込んでキーを回……せなかった。
何故なら、キーを回そうとしていた私の手首から先がなかったのだ。
「あ、あれ? 手、私の手ぇ!! ひぃ?」
血も出ていない、痛みもない、ショックのため麻痺しているのか?
パニックになりかけた私の視界、バックミラーに写る赤い野球帽が見えた。
ぼり……がり……くちゃ……
後部座席に誰かが座って何かを咀嚼している。
思い出した。 噂話の中に、廃墟で女の子に出会ったら、決して無視したらダメだと、機嫌を損なうなという話を。
「んー、やっぱりおいしくなーい! チョコレートのほうがいいー! でも、ボクは大人のレディなので、お残しはしないのです♪」
機嫌を損なうと、嘘みたいにかつ冗談のような……そして、悪魔的に生きたまま骨までしゃぶられる。
そんな眉唾噂話が、今、目の前にあった。
「おっちゃん、次はどこがいい? リクエストには応えるよー♪」
「ひっ!!」
写真に写っていた少女が、手首を押さえて震えている私の膝の上にちょこんと正座していた。
「ひぃ、た、た助け……あやまるから……ゆるし……」
ドアを開けた時、車内には誰もいなかった。 それなのに、今さっき後部座席で何かを咀嚼していたはずの少女が、私の目の前で口の周りについた血を舌で舐めとっている。
「こ、ころさ、ない……で」
まるで、背骨に氷でも詰め込まれたような絶対的な恐怖に、涙や鼻水、涎だけでなく、私は色々漏らしていた。
「うにゅぅ? べつに、無視されたからって怒ってな……あ、ちょっとむかついてきたかも! 空腹のレディはおこりっぽくなるっていう”あの日”ってやつだね!」
「ひぃ……ひぃぃ……」
私は恐怖のあまり言葉にならず。 機嫌を損なわないようにするにも、少女の言葉にまともに返答すらできないでいた。
「そこは突っ込むところでしょー! ノリわるーい!」
ブギン!
「ひぎゃぁぁぁ!!!」
「まったくもー、オスはレディをえすえむ? あれ、えすかれーたーだったかな? それをちゃんとしないといけないんだよ! 歯ごたえもよくないなぁ……若くないからかな?」
少女はふくれながら、オモチャの人形で遊ぶかのように私の左腕をもぎり取り、まるでフライドチキンを食べるかのようにぶちぶちと文句を言いながら咀嚼していく……。
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私の左半身がほぼ無くなるのに、そう時間はかからなかった……。
生きているのか?死んでいるのか? 出血も痛みもない。 ただ、自分が食われている感触だけが伝わってくる。
「あ、悪魔……こ……ころして……もうころし……」
「ぴんぽーん! 悪魔でーす!! 大せいかーい!! ひゅーひゅー!」
口の周りを鮮血でべっと汚した少女は、嬉しそうに一人で盛り上がっていた。
「正解者には、うーん……そうだ! ボクのおねがい聞いてくれるなら、後一口で完食される権利が与えられまーす! 権利を使いますか? 使いますよね?」
「う……あ……わかっ……」
このまま苦しみが長引くより、一思いに楽になるなら……と、全てを受け入れようとした時、まだ幼い娘の顔が脳裏をよぎった。
「い、いやだ! 私はまだ死ねない!」
「ほへ?」
恐怖に塗りつぶされていた私ではあったが、このまま死ねない理由に突き動かされた。
私には10歳の娘がおり、数年前に妻と離婚している。
娘は妻が引き取る筈だったのだが、娘は良家の母親ではなく、貧乏記者の父親を選んでくれた。
貧しいながらも、娘がいたから私は今も生きていられた。
今、私が死んだら娘はどうなる? その思いだけが、もう助からないとわかっていても私を奮い上がらせていた。
「私には幼い娘がいる! だから殺さないでくれ!」
「んに? でも、そんなじょーたいで助かっても、その後どーすんの?」
少女は心底不思議そうな顔をする。 可愛らしい少女の姿をしていても、やはり人間ではなく本物の悪魔なのであろう……悪魔が欲しいものと言えば……。
「頼みってのは、私の魂だろ? それなら私の存在ごと全てくれてやる。 だから、せめて娘が独り立ちするまでは……頼む! 私は地獄に落ちたって構わない。 お願いだ!」
「んぅ? むむむ? ををを♪」
無茶な言い分だとはわかるが、娘を一人遺したまま死ねない一心で悪魔を睨みつけたのだが……。
悪魔は何故か、とろんとした恍惚の表情でこちらを見ていた。
「美味しぃぃぃぃ♪ このまろやかなのどごし、いっちゃいそう!」
「は?」
少女は、淫靡ともいえる表情で顔を赤らめ舌なめずりをしている。 一体何が?
「恐怖の味付けよりも、こっちのが断然美味しい! 久しぶりだよぉ! そうそう、この味だぁ!」
少女は、一転、高級スイーツを初めて口にした子供の様にはしゃいでいた。
「ねぇ~、おっちゃん。 ボク、もっと欲しいな♪」
「ちょ、女の子がそんな言葉つかうんじゃ……ん?」
安堵の為か、思わず突っ込み気味の言葉を発した瞬間、少女が驚いた顔をしていた。
「そうそう、そういうのも欲しかったんだ!」
「はい?」
「うん、よし! 決めた! おっちゃんのお願い、聞きとどけたよ!」
「た、助かった……のか? 良かった……」
「契約成立ー! では、ちょっとはしたないけど、いっただっきまー……」
「え? いや、ちょっと待っ……」
バグン!
少女が口を大きく開けたと思った瞬間、一瞬で私の視界は真っ暗となり、意識が遠のいていく……肉と骨が粉砕される音を聞きながら……。
…………………………
………………
…………
私の名は、藤枝克典。 フリーの記者をやっている。
主にオカルト系のネタを求めて、世界中を駆け回っているが、稼ぎの為なら芸能人の特ダネ等も追っかけている嫌われ者でもある。
運がいいのか、モノ好きが多いいのか、私のオカルト記事はウケが良く、娘と二人、なんとか質素な暮らしが出来ている。 実にありがたい事だ。
俺の尊敬する先輩が事故で亡くなり、彼が長年追っていた事件を俺が引き継ぐことになった。
30年以上前に小さな田舎町での猟奇殺人、かつ大量失踪事件という、未だ未解決でオカルト界隈では伝説となっている事件だった。
先輩には、昔からその事件の事を聞かされ、取材の許可が下りなかったとかで、一度は個人で現場に訪れ、廃墟となった病院で女の子と出会い、漫画やアニメの話で盛り上がったとか、不可思議な体験をしたとも言っていた。
先輩から車を譲り受けた時の条件。 それが、この事件に関連するものだった。
<<もし、あの子に会ったら渡してほしい>>と言われたモノが車内にある。
その一つが漫画の単行本であり、女の子に続きを見せたかったという事だった。
23巻から36巻という中途半端な冊数だ、”続きを見せたい”というのにも信ぴょう性があるのだが、その女の子が実際にいたとして、今何歳なのか? 興味なんか失っているだろう。
……そう思っていた。 ああ、ついさっきまではね!
「ををを! ソ●ジャーがフェイスフラッシュ? え? まさか!」
『オイ、ハヤクツギノページニイケ!』
まさか、その女の子を車に乗せてるなど、あの世の先輩も想像すらできないだろう。
女の子の名前は”さっちゃん”というらしく、その肩には小さいさっちゃんまでいる。
二人? は漫画コミックに夢中で、こちらには無関心の様だ……まぁ分かる。
私も、少年時代に熱中した漫画であるからだ。
さっちゃんの質問に、作品がまだ続いてると答えたら、全部見たいと言い出した為、日が落ちて薄暗くなった山道を車で突っ走っている。
はぁ、実感がわかないが、私は既に死んでいる。
某有名世紀末バイオレンス漫画ではない、実際に悪魔に食い殺されたのだ。
まぁ、そう思っている読者もいるだろう……。
いかんいかん、つい癖で、記事の様になってしまったが、ぶっちゃけると悪魔の眷属にされた。 ”悪魔に魂を売って僕となった”といった方が分かりやすいだろうか? どういった仕組みか分からないが、一口で食べられて咀嚼されたはずなのに、身体は元通り……いや、一生付き合うと思われていた腰痛や老眼も、ぷっつりと縁が切れている。 まるで若返ったかのように調子がいい。
しかし、まさか人間をやめた上、先輩の妄想と思っていた、さっちゃんを家に連れ帰ることになろうとは……。
「出版社にどう説明するか……事件の生き証人というか、犯人? を連れ帰った等と……言えるわけがない。 頭がおかしくなったと思われるだけだ!」
事件のあらましをパパッと説明された時は、脳内でかみ砕くのに時間がかかり、今は、じわっている際中である。 間違いなくオカルトでの……いや、現実に起こった事件の真相か? 何はともあれ、未だかつてない特ダネではある。 原稿料も高額で買い取られるだろう……ただ、信じてもらえれば、だが。
今更ながらに思う。 悪魔って本当にいたんだ……。
「それよりも真記になんて説明しよう……」
明日の昼には帰宅できるだろう。 娘が小学校から帰る迄には言い訳を考えなければならない。
記事をでっちあげて編集するのは得意ではあるが、今回は相当苦労しそうだった……。
『オイ、ツギノカンニススメ、イツマデヨミカエシテル!』
「うるさいなー、ラーメン●ンの戦いは何度みてもカッコいいんだから、もっかい!」
「こう見るとただのじゃりン子なんだけどな……そうだ、まだ動くかな?」
普段使う事もない取り付けられたままのVHSのデッキに、先輩が遺していったビデオカセットを挿入する。
DVDを取り付けたいところだが、壊れる迄は現状維持が車を譲る条件の一つだ、きっとテープの内容も……。
「おおおおおおおおおお! キ●肉マンが動いてる!」
『●ビンノイロガチガウ? ウム、イイイロダ……』
思った通り、あの漫画のアニメ版だった。 しかも先輩自身による編集で、私もチラ見てしまう程のチョイスだ。
3倍速だから、1本で6時間はさっちゃん's を画面にくぎ付けに出来るだろう。
何せこの車はカスタムされているとはいえ、普通の車に比べれば遅い。 悪魔っ子といえば聞こえは良いが、少女の姿とは言え正真正銘の悪魔だ。 間が持たない……そういう事だ。
事件の真相であればじっくりと聞きたいところだが、コミック観賞中に声を掛けたら殺意の籠った四つの目で睨まれたのである……お願い分かって。
…………………………
………………
…………
かつて、黒魔術の儀式の隠れ蓑として、戦時中に建てられた病院があった。
数多の犠牲者を贄として、悪魔を呼び出すことには成功したが、召喚者は逃亡し、呼び出された悪魔は放置された。
召喚術の縛りで悪魔は動けずに眠りについたはずだったが、時を経て、別の悪魔が呼び出された事により小さな町一つを含め、すべてのモノが死に絶える結果となった。
最初に呼び出された悪魔の縛りも病院の崩壊により失われ、元の世界に戻れない悪魔は枯渇し霧散する筈であった……しかし。
その悪魔が、漫画に熱中しながら都会に向かっているなどとは誰も予想できなかった……。
-そして悪魔は解き放たれた?- 完
2019年夏ごろに、初めてなろうに投稿した、当初6話モノの連載だったのですが、延長しまくった挙句、ようやく最終回を迎えることが出来ました。 初めてで、拙い文章にしょぼい構成力で何度も迷走しましたが、キャラが色々脳内で暴れまわり、結果30話迄続く事になってしまいました。 連載を続けるにあたり、最終回だけはある程度書き上げていて、ゴールは出来ているからそこに向かうだけだ! と、思っていた自分を締め上げたい……。 さっちゃんも初期プロットでは主人公を騙していぢって引っ張りまわすだけの小悪魔だったのですが、最終的に主人公を(物理的にも)喰ってしまいました(;^_^A
今回で最終話となりますが、病院の崩壊とともに行方不明でも良かったんですが、都会に行った後のさっちゃんを最後に書いておきたかったため、次回のエピローグをもって完結にしたいと思います。
見て頂いてる読者さまには、もう少しお付き合いしてもらえると嬉しいです。




