そして4階へ……
ようやく4階……
そして4階へ……
【馬久瑠医院3階・医院長室への階段前】
「なんで? どうして? ほわい?」
「だってさ~、色々あっておなかすいちゃったし? ……みたいな?」
「そんな、スナックつまんだ感覚で俺の身体喰っちゃったのか!」
こくこく
反省の色が全く見えない顔でうなずくさっちゃん……。
このちっこい身体の何処に人一人収めることが出来るのか……。
とはいえ、俺の身体だったモノはその場から消え、さっちゃんの胃袋に消えたのは事実の様だ。
「……俺って、一生他人の身体のままなのか……」
「だいじょうぶ! だいじょうぶ! どっちにしろ、もう死んでたようなもんだし!」
「よけい、あかんだろぉ!!」
「まぁまぁ、はい!」
ぺろん
「はい?」
途方に暮れる俺の目の前で、おしりを突き出すさっちゃん……DOYUKOTO?
「何のつもりかな? さっちゃん……」
「オスはメスのおしり見ると、すっごく元気になって気持ちよくなるんだよね?」
「はいい?」
おしりをこっちに向けたまま、ドヤ顔で振り向きサムズアップをするさっちゃん……。
「じーちゃんの残したきょーかしょにいっぱい書いてあったし、しゃしんもいっぱいあったよ?」
「教科書ねぇ……」
恨むぞじじぃ……俺はカラカラ笑う爺さんの顔を思い浮かべ、内心中指を立てていた。
それに、間違ってないけど間違ってる……それに俺は尻派ではなく、胸派だ!
さっちゃんのつるぺったん程度で興奮する様な性癖でもない……はずだ!
「だから、にーちゃんもボクのおしり使って気持ちよくなってね?」
スパッツに開いた大穴のせいで、剥き出しのおしりをふりふりするさっちゃん……。
「だから、お願いだから……言い方をね?」
事情を知らない他人が聞いたらドン引きされた上、白い目で見られ通報されるレベルだ。
さっちゃんのおしりから視線を外し見ない様にした、……流石に目のやり場に困る。
「見るだけじゃダメ? さわる? なでる? もむ? ぺろぺろする?」
「もういい、もういいから……先に進むんなら進もうよ……」
「本当にだいじょうぶ? びんびんにならない? もうかれちゃった?」
「うるさいやい! まだ現役……俺の身体じゃないけど、多分……」
どっと疲れた……俺は思考停止してさっちゃんの後に続き、4階への階段を昇り始める。
………
……
…
【馬久瑠医院4階・医院長室前】
「ついた……」
階段を上がりきると「資料室」と書かれたプレートのある扉と。短い廊下で繋がった「医院長室」のプレートがある扉が見える。
資料室には用はない、俺たちは医院長室の前に移動し足を止めた。
「ノックして、もっしもーし!」
バギョン!
「ちょ!?」
さっちゃんがノックと言いつつ、右手でドアをぶち抜いた。
「んーと……ここかな?」
ガキン、ガチャリ……ギィィィ
さっちゃんは、ぶち破ったドアの穴に手を突っ込んだまま内側から鍵を外し、扉を開ける。
「にーちゃん、ボクの”すごいカギ開けテクニック”で潜入成功だよ!」
「あー、そーだね、すごいねー、テクニシャンだねー」
さっちゃんの言う”鍵開け技術”には、もう突っ込む気にもなれない。
潜入というか強行突破というか……さっちゃんはどや顔だし、まぁ、いいか……。
扉をくぐると、もう一つ扉があり、左側には資料室への扉がある……。
「中でも繋がってるのか……めんどくさい作りだなぁ……」
メリョ!
「大丈夫、カギはかかってないよ!」
「……ソウダネ、カギナンテナイヨウナモノダネ」
さっちゃんの右手には、鍵ごと捥ぎ取られたであろうドアノブがある。 さっちゃんが相手じゃ、どんなセキュリティ会社もお手上げであろう。
ギィィィ
「広い……沢山の本、医学書か?」
壁一面を埋め尽くす本棚、それでも部屋は広く感じる。 奥にはさらに扉があり、ここはさながら書庫のような空間だ。 いくつかの背表紙をチラ見すると、かなりレアな医学書もある。
その中央に奴はいた。
奴は俺たちが入ってきたのを気にかける様子もなく、ソファーに座っている。 表情は読めない……まぁ顔そのものが抉れていて表情なんて読めないのだが。
「あれ? おかしいなぁ」
さっちゃんが首をかしげながら抉れ顔に歩み寄り……。
「さっちゃん、不用意に近づいたらあぶ……え?」
めきょ……
さっちゃんが抉れ顔の背後に立って、その頭をもいだ、それはもう雑草を抜くように。
「……」
ぽす……ころん……
「えい!」
めしぃ……
「ヨシ!」
もいだ頭を戻そうとするが、半分抉れた頭はバランスが悪く、中々立たない。 終いには、抉れた顔を下に向けそのまま置き、さっちゃんは戻ってきた。
「だれが、こんなひどいことを!」
「ををい! 全部見えてたよ、さっちゃんが犯人だよ!」
とんでもないことをやらかした上に、しらばっくれてやがる、いったい何がしたいんだよ?
「これ、えぐえぐじゃない」
「はい?」
ちょっとまて、この抉れ顔は間違いなく俺の首を折った……そう思った時だった。
「カッカカカカカ……サワガシイ……ヤツラメ」
「うぉ?」
抉れ顔が頭部を元の位置に戻しながら、ゆっくりと立ち上がった。……って、生きてたんかい! いや、死んでいるのか?
メキメキ……
抉れ顔の身体が、異形のモノへと姿を変える。
「こいつ、ガゼットと同じ?」
ゴリラの様な胴体に人の手足、蝙蝠の様な翼に悪魔のような尻尾……そして頭部は、一本角が生えた巨大な一つ目の馬だった。
「活きの良さそうな餌が二匹、至高の魔人たる我の糧となることを光栄と思うがいい!」
見た目は間抜けだが、多分ガゼットよりもやばそうな感じがする。
「そこのお前たち! 我が名を聞きたいだろう?」
馬面の魔人は俺たちを指さし、妙なことを言い放つ。 なんか、聞いちゃいけない予感だけがした。
「いや、別に……」
「ふはは、そこまで乞うなら聞かせてやろう! 我の名は、偉大なる魔人”ガー”様なるぞ?」
「いや、聞いてないし……」
「そう、貴様らに分かりやすく呼称するなら、グレート魔人……」
「おおっと、あしがすべったぁぁぁぁぁ!」
メキョ……
「ガァァァァァァ!」
えーと、かいつまんで説明するとね? 奴がご親切にも分かりやすいという「自己紹介テイク2」を始めようとした瞬間に、さっちゃんは後ろにめいっぱい下がり、助走をつけて飛び蹴りをしたのだ。
マンガの様にきりきり舞いで吹っ飛ぶグレート……いや、”ガー”とか言ったか? 奴は本棚に叩きつけられ、大量の本と共に床に倒れ伏す。
「この絨毯すべりやすいよね?」
さっちゃんが、見え透いた言い訳をする。 とても高そうな良い絨毯だ、飛び蹴りになるほどに足が滑ることはなさそうだった。
「ぐ、卑怯な! 名乗り口上中は攻撃を仕掛けてはならないというマナーを知らんのか!」
「をいをい、いつの時代の話だ……戦国武将じゃあるまいし」
「おまえばかだなー、変身中と合体中はともかく、ばかみたいに名乗ってたらスキだらけじゃんか!」
「んんん? さっちゃん、間違っていない様だけど、何か色々おかしいぞ? 」
「くっ、この下等生物どもめ! この最強魔人たる我を蹴り飛ばし、床ペロさせた非礼を後悔させてやる!」
聞いてて悲しくなるようなセリフを吐く、馬面の魔人・ガー。
「で? えぐえぐをどこにやったのさ?」
さっちゃんが、ガーの顔を踏みつけてぐりぐりしながら質問した。 登場シーンを台無しにされた上にこの仕打ち……ちょっと同情する。
「や、やめろ! 無礼者、このグレート魔人・ガぁぁぁぁ!!!」
グズ……ゾリゾリゾリ……
「うへぇ」
さっちゃんのぐりぐりが頬から目に移された。 これは痛い、痛いに決まっている。 なにせ、さっちゃんの靴底で、でかい眼球を直に踏みにじられているんだ。 それにしても容赦ないな……。
「のわぎゃぁぁぁぁぁぁ!!! 目が、目がぁぁぁぁ!!!」
「さっちゃん、そろそろ許してあげない? これじゃぁ話も聞けないしさ……」
「……そだね。 まぁ、足がすべっただけだし許してあげるか」
「ブヒィィ……し、死ぬかと思った。 礼を言うぞ、そこの下賤なるものよ! この、高貴なるグレート魔人……」
ボチュン!
「……ガぎゃぁぁぁぁ!!!」
余計な一言で、その大きな目を踏み抜かれる魔人……。
………
……
…
「というわけです、はい……」
目を潰され、正座で説明をする魔人・ガー。
彼は、抉れ顔が呼び出した魔人であったらしい。 呼び出された直後は、沢山の供物にウハウハでご機嫌だったらしいが、取り込んで美味しい所を持って行くつもりが、憎悪と狂気の塊になった抉れ顔に逆に取り込まれたそうだ。
「我……私の半身はこの建物に同化させられて、もう半身は契約者の身体入れられてしまったんです、酷いですよね?」
「はぁ? 契約者って……抉れ顔のことか?」
「はい、相当恨みがあったんでしょう。 一人の人間をゾンビどもをけしかけては殺し、蘇生させてはけしかけては殺し……と、命令されて私がやってたんですが」
「うぉい、ちょっと待て、あの女性を半殺しにしてたのって、いや、俺の首を折ったのって……」
「女性? 貴様……いえ、あなたの首を? 確かに、チャラくて間抜けなことを抜かす馬鹿っぽい奴のならこの間へし折ったような……」
そうか、俺の姿はあの時とは違うんだった。 でも、今の俺の顔も覚えてないってことか? あ、はい、そうですね、今の奴は目を潰されてて視認できないんですね。
俺の首を折ったのは抉れ顔に扮したこいつだった様だ。
「命令を出すだけ出して、徐々に精神が薄れていったのか最近まで反応もなく、こっちはずーっと働いていたのに酷いですよね?」
「そ、それは災難だったな」
いつの間にやら、ガーの愚痴を聞かされているような?
「何年か前からですね、対象の人間が見つからなくなったんです。 その上、供物から削り取っていた精気や魔素も徐々に減って行って、ひもじい思いを……よよよよよ」
をいをい、泣き言まで言い出したぞ? ん? それってまさか……。
「さっちゃん?」
「ふに? ボクは知らないなー」
暇そうに、ぼりぼりとソファーを齧っていたさっちゃんを見やると、全力で目をそらした。
「聞いてくださいよ、私こう見えても、とても強い魔人なんですよ? それなのにこんな仕打ち! 終いには、私の前に呼び出された奴が好き勝手に動き回って、ここの魔素をかすめ取っているようなんですよ!」
「さっちゃん?」
「へぇ? そうなんだー、ボクは知らないなー」
さっちゃんが言っていた、地下で眠っているとかいう悪魔の事か? いや、でも、さっちゃん自身がエネルギーをかすめ取って溜め込んでいたって……。
ぴゅー、ぴゅるる♪ (:=3=)~♪
俺がジト目でさっちゃんを見ると、また下手な口笛で誤魔化している。
「こないだも大量の魔素が消費されて、見に行ってみたら……」
ガーがきつくこぶしを握り、体を震わせながらうつ向いた。 余程、鬱憤が溜まっているようだ。
「まぁまぁ、落ち着けよ……」
なんだか気の毒になってきた。 そう感じた瞬間。
「貴様がそこにいたんだよ!」
「にーちゃん、あぶない!」
顔を上げた奴の巨大な目の中に、無数の眼球がびっしりと浮かんでいたのを視認したのと、さっちゃんに突き飛ばされたのが同時だった。
ゾブン!
壁まで転がされ、自分のいた場所に目を向けた。 そこには信じられない光景があった。
「さっちゃん!」
さっちゃんは、ソファーから突き出した無数の巨大な棘によって串刺しにされていた。
「ちぃ、運のいい奴! 小癪なチビもろとも仕留めるつもりが……」
ガーの下半身は床と同化し、ソファーの真下から攻撃してきたのだ。 さっちゃんは俺を助けたために逃げ遅れて、胸から下を無数の棘で貫かれ、動けない様だ。
「やーい、わんぱたーん! そんなの、みえみえだよーだ!」
「ちょ! さっちゃん、挑発なんてしたら……」
ブキキ……ブキン!
さっちゃんが、串刺しにされながらも挑発をした瞬間、すべての棘が巨大化してさっちゃんの身体を引き裂き、千切れた上半身が俺の元に転がってきた。
「ふはははは! 余計なことをしなければゆっくりと精気を吸収してやったものを……」
「あぶなかった、帽子がなければ即死だったよ!」
「帽子関係なくない? てか、聞くまでもないと思うけど、さっちゃん大丈夫なの?」
さっちゃんは、まる妖怪〇けて〇の様に、両手だけで立ち上がる。
「大丈夫、たかがメインボディがやられただけだよ! それよりも逃げようよ!」
「ぬを? わ、わかった!」
さっちゃんが俺の首に飛びつき、扉を指さし脱出を促すが……。
「逃がすと思うか、この高貴なる最強魔人、いやさ、グレート魔人……」
ドッゴォォォォォォン!!
「ガァァァァァ!」
「うぉぉ?」
扉を開けた瞬間、謎の爆発音とともに 俺たちは部屋から吹っ飛ばされた。
………
……
…
首をやってしまい、ずいぶんとペースが落ちてますが、何とか最終回に向けてじりじりと書いています。




