のばした手が掴むモノ -中編-
のばした手が掴むモノ -中編-
■とある悪魔崇拝者の視点
国が戦争に負けた。
まぁ、圧倒的な戦力の差に負けるであろうとは予想していたが、
問題はそこではない、我が魔繰使の力を見せつける前に戦争が終わった事だ!
軍の上層も、徐々に傾く戦況に、私の力を当てにして投資をしてきた。
軍部の邪魔者を私の協力で呪殺し、なり上がった将校は協力的だったのだが……。
その将校も戦死し、私の研究の予算が減った上での敗戦だ。
予算は打ち切られ、悪魔崇拝者との関係をなかったことにするかのように、
連絡すら取り合ってもらえない始末。
だが、まだだ、まだ終わりはせんよ! 科学の力で負けた? だからどうした!
より高位の悪魔を呼び出せば、敵なんぞ、只の餌にしかならない!
召喚の魔法陣もほぼ完成し、供物も準備してきた……だが、予算が足りない。
隠れ蓑として、街から少し離れ召喚に適した土地に病院を建て、医療として実験を繰り返してきたのだが。
僅かに残った予算も底を突き、敵の捕虜や落ちぶれた若者なども支給されなくなった。
子飼いのチンピラを使えば、街の病院を裏から潰し、実験動物も確保は出来るが……。
”捨てる神あれば拾う神あり”と言う戯言なぞ、唾棄すべき迷信だと思っていたが、
今回ばかりは助かった。
莫大な資産を抱えた、元軍属らしいジジィが金を出してくれることになった。
身を潜めるために偽名を使い、入院患者として匿ってくれればいくらでも金を出すとの事だ。
一も二もなく飛びついた、たかが老人の一人、好き勝手にさせておけばいい。
……そう思っていた。
医療設備の充実、人員の補給等、運営に必要だと説明すれば奴は金を出してくれたが、
召喚も最終段階、”最高の生贄”も買う事が出来た。そんな時だった……。
「お前さん、まさか儂の金で人身売買なんぞしておらんよな?」
「や、山田さん。私は医者ですよ? そんなことする筈が……」
「親に大金を握らせ、子供を買ったりはしておらんよな?」
……何故だ、何故このジジィがソレを知っている?
そうか、先日ここを辞めた婦長か……あのババァは、最後まで口出してきてたからな。
もっと早くに始末しておくべきだったか。
「ほうか……」
ガシィ!
「な、何を?」
ジジィは俺の右手を取り、壁に指を広げた状態で押さえつけた。
ドガガガガガ……
「ひぃ! ぎゃぁ! や、やめ……」
ジジィはコンパス刺しの様に、人差し指で、俺の指の間の壁を次々と抉っていく。
「ふむ、腕は鈍っておらんな、次は目を閉じて……」
「やめ、やめてくれぇぇ、話す、話すから!」
悲鳴を上げる様に懇願し、解放された俺は、その場にへたり込んだ。
指でコンクリートの壁を抉る化け物だ、ここは下手に刺激しない方がいい。
「確かに、子供たちを買ったことは事実です。ですが……」
「ほう?」
一瞬、凄まじい殺気のようなモノを感じたが、何とか平静を装い、俺は語りだす。
子供たちは重度の内臓疾患で親に見放され、やむなく養子として引き取る為の行為だったと……。
嘘は言っていない、重度の内臓疾患と親に見放されたのは事実だ。
ただ、生贄として最高の素質がある為、金をちらつかせて買い取ったのだ。
「ふん、胡散臭いのう……」
「ほ、本当です!、人身売買だったら割が合いません!」
必死だった、あと少しと言う所で、計画を台無しにされるわけには……。
子供らのカルテを見せ、健康でない子供らの臓器売買なども出来ない事をアピールした。
流石に、悪魔召喚の生贄に使うなんて普通思いつかないだろう。
「ふむ、嘘は言ってない様じゃな……」
「でしょう? 冷静に考えて頂ければ、こちらのメリットは少ないですし……」
「いいだろう、じゃがな?」
ぴと……
「ひぃ?」
ジジイは、俺の額に指を当てて言った。
「あの子らを”治せる”と、そう思って引き取ったんなら、”治せなかった”では済まさんぞ?」
「も、もちろんです、私の命に代えてもあの子らを救って見せます……」
……そうだとも、この私の偉大なる計画の、礎になるのだ、
ゴミクズのような存在を、私が救ってやるのだから……。
「……いいじゃろう、もし、その言葉を守れんかったら……わかっとるな?」
「約束しましょう、必ず私が……」
「御託はええわい、行動で示してもらおうか……金はいくらでも出してやる!」
……切り抜けた、ジジイが立ち去り、姿が見えなくなるとどっと汗が噴き出す。
情けない事に、ズボンまで濡らしていた事に今更気づく。
「くそう、覚えていろよ……召喚が成功した時、まっ先に八つ裂きにしてやる!」
………
……
…
あれから、ジジイに悟られぬように、ガキどもの検診等を、見た目にも真面目に行う様務めた。
召喚を行うには、まだ早い……ガキどもが、それまでに死なない様にする事に最善を尽くそう。
おあつらえ向きに、ガキどもはジジイに懐いている様だ……。
最後の仕上げは、あのジジイにさせてやろう、そうだ、それがいい!
あのジジイが泣き叫び、絶望する様をあざけり笑ってやるために!
あと少し……星が巡り、最高のタイミングで召喚を行うために……。
………
……
…
―数か月後―
【馬久瑠医院・中庭】
あれから数か月……胡散臭い医院長へのお灸が効いたのか、ガキンチョどもは元気にやっている。
重度の内臓疾患とは言っておったが、今はそうは見えんのう……。
「ふぅー、暇じゃのう……」
さっちゃん・タカ坊・ケン坊の3人は常に儂にまとわりついてくる。
少し前までは、うざったいガキンチョどもだったのだが、今じゃ、かけがえのない存在だ。
「人を殺すだけの儂に、こんな安らぎがあるとはのう……」
定期健診とやらで、3人ともここにはおらず、暇を持て余した儂は煙草をふかしていた。
「後藤、いるんじゃろ?」
「流石ですね、篠塚隊長……」
建物の陰から、スーツ姿の男が現れる。かつての儂の部下だった者だ。
「その名で呼ぶんじゃない、今の儂は”山田のじーさん”だと言ったであろう?」
「失礼しました、ついクセで……」
「ったく、お前さんも退役して、ビジネスマンとやらになったのに……」
……こ奴は、戦時中からデキる男ではあったが、優秀なくせに儂の後を付いてくる。
戦争が終わり、隊が解散した後、姿をくらました儂を見つけ出したりする優秀な変人だ。
「ははは、隊……山田さんには、お世話になりましたからね」
「世辞はいいわい、で、どうじゃった?」
「はい、何とか、ひと揃え用意できました」
後藤は、肩に担いでいたバッグを下ろし中を見せる。
「子供サイズの野球道具一式とユニフォーム、後は流行りの雑誌類と新聞ですね」
「おお、流石は後藤、このご時世に良くそろえてくれたのう!」
「武器弾薬に比べればこれくらいは……後、これも……」
後藤は、高級そうな酒瓶と煙草を差し出す。
「ふん、わかっとるじゃないか」
……そう、ガキンチョどもは驚くほど”遊び”と言うのを知らない。
後藤に調べて貰った限り、親にひどい仕打ちを受けたり、家の中か病院に押し込まれていた。
病院にあった本や、婦長のおかげで、多少の読み書きも覚えたらしい。
「3人の親も調査しましたが、全員失踪しています……」
後藤に渡された調査表に眼を通すが、酷いものだ……。
「はぁ、わかっておったが、見るに耐えんな」
「ヤクザがらみでしょう、羽振りが良くなったと思ったら、急に失踪ですし」
「自業自得じゃろう、とにかくご苦労じゃった」
「いえ、しかし、”鬼人”とまで言われた貴方が……」
「別にええじゃろう、儂だって人の子よ……」
「無粋でした、また何かあれば……」
「すまんの、恩に着る」
後藤は、一礼をして去っていく……と思ったら、戻ってきた。
「山田さん……海外へ行ったついでに、土産物を建物の陰に置いておきました」
「うん? 土産じゃと?」
「きっと気に入るかと……それでは」
後藤は、ニヤリと笑うと再び去っていったのだった。
「土産って何じゃい? まぁ、それは置いといて、どれどれ?」
儂は、後藤に頼んだモノを物色する。
「これがグラブで、こっちがバットか……」
ガキンチョどもにちょっとしたサプライズをと、子供に人気のスポーツグッズを用意した。
儂もスポーツなど分からんが、まぁ何とかなるじゃろう。
雑誌類も、色々用意して貰って、いい刺激になるじゃろうて……。
「うぉ! すげぇ! 髪の毛が黒くねぇ、上も下も銀色だ!」
「ボクの推理では、これは外国の女性ですね」
「綺麗……でも、なんでみんな裸なの?」
ん? ガキンチョどもの声がする。 定期健診とやらは終わったようじゃの。
建物の陰で何を騒いでおるんじゃか……。
「……ん? 外国? 女性? 裸?」
≪海外へ行ったついでに、土産物を建物の陰に置いておきました≫
≪きっと気に入るかと……それでは≫
ぽくぽくぽくちーん!
後藤、まさか……。
「おっぱいでけぇ! やべぇ、女のって、こんな風に……」
「男性と女性が裸で……これは興味深い……」
「ケンちゃんタカちゃん……これなに? サチにはないよ?」
「「さっちゃんそれは、おちん……」」
「またんか、この小童どもがぁ!!」
一足飛びで、ガキンチョどもの元へ跳び、後藤の土産をひったくる。
「じーさん、なにすんだよー!」
「そうですよ、これは貴重な資料……」
「だまらっしゃい! タカ坊、ケン坊、お前らは、まず鼻血をなんとかせい!」
「「うお?」」
「山田のおじいちゃんは、おっぱい大きいのがいいの?」
「……さっちゃんは、大人になってから考えるんじゃ」
さっちゃんが不安そうに、自分の胸に手を当てているので、頭をポンポンと優しく叩いた。
「とりあえず、これは見ちゃいかん!」
後藤が、海外でチョイスしてきたであろう、お土産の詰まった段ボール箱を抱える。
タカ坊とケン坊がぶーたれるが、流石に海外のは無修正なので見せられん。
「やーまーだーさーん?」
「うぉう!?」
しもうた! 慌ててて、看護婦の存在に気が付かなんだ……。
「これは……まぁ、おひとつ……」
「週刊誌ですか? 一体何処から……」
ぷりぷりしてる看護婦に、つい、本を一冊手渡したんじゃが……。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
まぁ、そうなるわな……。
儂は小一時間程、説教され、お土産が詰まった段ボール箱も没収された。
………
……
…
ようやく解放されて中庭に戻ると、ガキンチョどもが野球グッズで遊んでおった。
「あ、じーさん! これ野球の道具だろ?」
「本物ですよね? この本に載ってますよ!」
「山田のおじいちゃん、かってに開けちゃったの……ごめんなさい」
ユニフォームを手に、しょんぼりするさっちゃん。
病院の服しか着たことないんじゃろうなぁ、滅茶苦茶気になってるようじゃし。
「ほれほれ、ユニフォームは3人分あるから着てみぃ」
「「よっしゃー!」」
「いいの?」
………
……
…
看護婦に見つかったら、また雷が落ちそうじゃが、まあいいじゃろ。
それぞれがユニフォームに身を包み、満足気だ、が……。
「さっちゃんすまんのう、女の子用はなくてな、子供用で一番小さいのでも、それしか……」
タカ坊とケン坊は、ちょっと大きめ程度で済むのだが、更に小さいさっちゃんだと、
野球のユニフォーム風のプリントシャツで代用したのだが、
ズボンにいたっては、長すぎたため、無地の短パンになってしまった。
「ううん、サチはこれでいい! とってもうれしい!」
「さっちゃんはぶかぶかの服にスニーカーを履き、これまたぶかぶかの野球帽を被って満足気だ」
雑誌から得た情報で、野球の真似事やら、いろんな遊びを仕込んでは、みんなで遊んだ。
3人とも、内臓疾患があるとは思えんほどに、とても活き活きとしておった。
……しかし、そんな日々も長くは続かなかったんじゃ。
………
……
…
数週間経った頃、さっちゃんが倒れた。
自由に歩きまわることが出来なくなり、殆どをベッドで過ごすことになった。
お気に入りだった服も、壁にかけたままで、スニーカーも大事にしまわれている。
唯一、帽子だけは寝る時以外は被っている……。
さっちゃんの、綺麗で長かった黒髪もほとんどが抜けてしまい、今は短髪でそれを隠すためでもある。
「さっちゃんは、将来何になりたいんじゃ?」
……胡散臭い院長を締め上げても、手は抜いていない様だった。
襲い来る不安を振り払う様に、儂や、タカ坊とケン坊は普段通りにさっちゃんに接した。
「サチはね、こういうひとになりたい!」
さっちゃんは、海外のスポーツ雑誌がお気に入りだ。
海外では、女性のアスリートというのが流行っているらしい。
「ケンちゃんやタカちゃんはいいなぁ、男のこだから、野球が出来て」
「まぁ、この国じゃぁ、女性はスポーツで活躍なんてせんからのう」
「だからね? サチは元気になったら、こうなりたいな……」
……儂は無力じゃのう、いくら金があってもこんな小さな子の夢をかなえることもできん。
だが、せめてこれくらいは……。
「そうじゃ、さっちゃんが元気になったら、この本に載ってるユニフォームを買ってやろう!」
「え? でも……たかそうだよ?」
「なぁに、儂はすっごいお金持ちなんじゃぞ? 何でも買ってやるわい!」
「うれしい、あのね? サチね、これも欲しいの……」
「ほうほう、さっちゃんからおねだりとは珍しいのう、どれどれ……」
さっちゃんが指さしたのは、大きい外国の帽子だった。
やはり女の子じゃな、自分の髪が気になるのだろう……。
「ほうほう、キャスケットと言うのか、さっちゃんに、良く似合いそうじゃのう!」
「だめ……かな?」
「なーに、まかせておけい! 最高級の一番高いヤツをかってやるわい!」
「うん、サチがんばるね!」
力なく微笑むさっちゃんを寝かしつけた後、儂は病室を出た。
「後藤、聞いていたじゃろ?」
「はい」
気配を殺し、病室の外に立っていた後藤に、声をかける。
「儂の身バレは覚悟の上じゃ、都会の病院、最新の医療設備、最高の医者を手配できんか?」
「よろしいのですか?」
「構わん、金に糸目はつけん、それに……」
「幸恵さんへの退院プレゼントですね? 何とかしましょう」
「ああ、ここはいまいち信用できん、3人ともできれば何とかしてやりたい」
「わかりました、可能な限り……」
「すまん、恩に着る」
後藤が去った後、さっちゃんを心配して、中庭でしょんぼりしているであろう二人の元へ向かう。
………
……
…
在宅になっても残業、残業また残業。 寝落ち率高めになってしまう。




