さっちゃん重装改?
【馬久瑠医院2階 3階への階段前】
水を嫌う猫が、力づくで洗われてる様な喧騒が沈静化し、俺の心も落ち着いてきた。
「やはり平和が一番だ……いやまて、よく考えたら全然平和じゃないじゃんか!」
現実逃避に、ひとりボケ突っ込みをする俺、もうダメかもしれない。
「ふぅ、とりあえず状況を整理しよう……」
●ここは何処?
⇒30年以上前に閉鎖された病院?
●この病院って何?
⇒悪い奴に乗っ取られそうになったり、黒魔術の実験場だったとか、悪魔呼び出して放置だとか、町民全部喰っちまったとか、空間がズレていて実際は廃墟だが”存在”していて、未だに人を喰らっているとか……。ゾンビもいるし、兎に角とんでもない所だ。
●私は誰?
⇒俺が知りたい。
●何でここにいるの?
⇒それも俺が知りたい。
●これからどうするの?
⇒顔が抉れた院長の部屋にある魔法陣をぶっ壊す。
●魔法陣壊すとどうなるの?
⇒何かそれが全ての原因ポイ気がするってのもあるが、物騒な悪魔も寝てるっていうし、スパーンと壊して、遠くへ逃げれば全部解決するんじゃないかと思うわけだが、一歩間違うと悪魔が襲ってくるとかなんとか……。
●他に何かある?
⇒そうだなぁ、3階にいるという、抉れ野郎の陰湿な復讐の対象者ってのも気になるが、枯渇しかかってる病院のエネルギーが切れる前に何とかしないと、腹を空かせた悪魔がこっちに来るって事らしいから急がないとな。
●さっちゃんって何者?
⇒俺より前に巻き込まれた女の子?……最初は少年かとも思ったが、さっき確認できた。うん、付いてなかった。一度殺された(されかけた?)俺を助け出してくれたし、色んな情報をもたらしてくれた謎の子供なのだが……ゾンビをモノともしない理不尽なパワーと、歪んだ知識、謎が多いのだが、ただ、協力的なので助かっているし、さっちゃんがいないと俺は何もできずに死んでしまうだろう。
●その……
「にーちゃん! にーちゃん!」
「むを?」
思慮にふける俺を現実に引き戻したのは、さっちゃんの声だった。
そこには、すっぽんぽんのエレファ●トマンではなく、新しい服に着替えたさっちゃんの姿があった。
「んっふふー♪ どう? 似合う? 欲情する? リビドー全開になる? シュ!シュ!」
その場でシャドーボクシングをするさっちゃんの新装備を改めて見ると、ついさっきまでの、”野球ファンの父親と一緒に、野球観戦に行った感じのがきんちょ”スタイルではなかった。スニーカーではなく、本格的な機能がありそうなスポーツシューズ、プリントシャツと無地の短パンから紺色のぴったりとしたスパッツとタンクトップになり、肩の大きく開いた大き目のシャツを着ている。指の開いたグローブ迄着けており、まるでアスリート養成学校のお嬢様みたいな感じなのだが、だが?
「いや、かっこいいし、似合ってるんだけど……その帽子は……」
さっちゃんのトレードマークの野球帽の代わりに、キャスケット帽が被られていた。そこだけ実にアスリートっぽくないのだが……髪は長くて綺麗なんだから、別に帽子なんて被らなくて良いのでは?と思ったんだが。
「ダメ! カラダは許しても、これだけはダメ!!」
「う……、あー、ボウシモニアッテルナー、ステキダナー、カッコイイナー」
帽子を押さえて、プルプル震えるさっちゃんに突っ込みも出来ず、褒ちぎる俺。
「ホント? むふー! だよね? そうだよね!」
ふぅ、機嫌が直ったようだ。さっちゃんは、よほど嬉しいのか、空中3段回し蹴りをしている。
ビュン!ビュン!ビュン!
「はは、もう驚かないぞ? さっちゃんが空中に浮いてるように見えるのだって、さっちゃんだから仕方ないよね?」
……と、現実逃避していたら爺さんがやってきた。
「うんうん、サイズもぴったりじゃわい」
「爺さん……、アレ、どう見ても海外の高そうな製品じゃね?」
「そうさのう、この国では扱ってなかったから、知人の伝手で取り寄せたんじゃった。正規のルートじゃないから車1台分くらいかのう?」
「ぶ! マジか? いくら何でも子供にプレゼントするには高価すぎるだろ! それに爺さんどんだけ金持ちなんだよ?」
昔とはいえ、そんなに金があるならこんなにボロい病院でなくてもいいだろ?と思ったのだが。
「ああ、金も土地も、資産なら腐るほどあったのぉ、ここの土地も山も儂のモノじゃったかな?」
「をい、ちょっと待て、そんな大富豪がどうしてこんなとこで?」
「ああ、儂の資産目当てで、親類とやらが、がわんさかやって来おってな? 中々死なない儂を囲い込んで、資産を奪い取ろうとしておったのよ。じゃから、自分でこの病院を選んで入ってやったんじゃ」
「うはぁ、醜い遺産争いで薬漬けにして遺書を書かせるっていう、アレかよ……」
「そうそう、この病院にも手を回してくるとか、見てて中々滑稽じゃったな。散々、儂を邪魔者扱いしていた欲の皮突っ張った奴らなんぞに、びた一文とて渡す気はないがな! カッカッカ!」
「邪魔者ねぇ、爺さん、一体何やらかしてそんなに稼いだんだよ?」
「ふむ、平たく言えば、”人を沢山殺して稼いだ金”じゃな……」
「はいい?」
「じーちゃん! にーちゃんと何おしゃべりしてるのさ!」
爺さんの意味深発言に目を丸くしていた所に、さっちゃんが割り込んできた。
「をを、そうじゃったな。 さて、そろそろ行くかのう?」
「え? 行くってどこへ?」
「3階じゃよ、そのために来たんじゃろ?」
「いや、そうだけどさ、爺さんは俺たちを止めに来たんじゃないのか?」
「儂は”侵入者”を排除しろと頼まれたんじゃ……」
「俺たちの事じゃ?」
「お前さんとここでだべって、さち公と組手して、さち公の尻を洗って、煙草ふかして、使いっぱしりでべとべとのすっぽんぽんになって帰ってきたさち公を洗ってる間に、3階にコソコソ上がっていった奴……果たしてどちらが”客人”で、どちらが”侵入者”なのかのう?」
「「え?」」
俺は辺りをきょろきょろ見まわすが、特に誰かがいる訳でもない。
「いくらなんでも、ここを通れば気づくはず……」
「くんくん……、あ、ほんとだ、まくり臭い!」
さっちゃんが、鼻をフンスフンスしながら言った、まくり臭いって……。
「爺さん、まさかワザとか?」
「はて、何のことかのう? それよりも早く行かんとこの階の患者も、また起きだすぞい?」
オオオオオオオ……
倒したゾンビたちが復活したのか、奥の方から何かが動き出す様な気配がしてくる。
「マジかよ……ととっ」
慌てて3階への階段へ向かおうとした時、さっちゃんがお使いで持ってきた段ボール箱に躓く。
「おおっと置きっぱなしだったのか、爺さんこれは?」
「ああ、もういい、捨て置いてくれんか?」
段ボール箱を持ち上げかけたが、爺さんはそれを止めた。
「他にも、大事なもんが入ってるんじゃないのかよ?」
「いいんじゃ、渡すモノは渡せた、もう思い残すことは無い……」
「じーちゃん、ボクが全部やっつけてこようか?」
さっちゃんが新装備の使い心地でも試したいのか、目をきらっきらさせている。服を着替えただけで変わるもんでもないと思うが……。
「止めておけさち公、そんなのに構っておったら時間が足りなくなるぞ?」
「……うん、そうだね、止めておく」
さっちゃんが素直に従い、俺も段ボール箱をその場に置きかけたが、大切なモノだったんだろうし、さっちゃんが苦労して取ってきたことを考えると、直に置くのも忍びなく長椅子の上に置く……。
「ん? これは?」
段ボール箱の中に、古ぼけた写真が見え、つい、それを手に取り懐へしまっていた。”サチヱ”と書かれた段ボールをその場に残し、立てかけておいた金属バットを手に俺も階段へと向かった。
爺さんを先頭に、俺たちは階段を上がり3階へと向かう、俺が最初に目を覚ましたのも、抉れ顔に首を折られたのも3階だったな……。
「でも、このままじゃ追い付かれるんじゃ?」
俺の記憶では3階で集団のゾンビには出くわさなかったが、部屋の中からわんさか出てくる可能性は0じゃない。挟み撃ちは、なんとか避けたいところだ。
「んむ?、院長が通る場所はあまり沸かないんじゃが、念を入れておくとするかのう」
爺さんはそう言うと、踊り場で俺たちを先行させて、足で何か床を調べている様だ……。
「ここらへんか……むん!」
ドゴン!!
ミシ……ベキベキ、バキョン! ズッシャァァァン……
「な?」
爺さんが床の一点を強く踏みつけ、俺たちの元へ戻ると、踊り場部分が支え事崩れ落ちて行った。
「これで暫くは持つじゃろうて」
「ゾンビでこれかよ、一体、爺さんは何者なんだ?」
「カカカ……それは秘密じゃ☆」
気になる……この爺さんはどうして、さっちゃんにあんな高価なものを与える? このボロ病院にだって親族の嫌がらせにしたって、居続ける意味は無いだろうし、俺たちだってその気になれば殺せただろうに、小細工をしてまで上へと通そうとするし、一体何考えてるんだ?
「じーちゃん、にーちゃん、なにしてんのさー! 先行っちゃうよー!」
「わかっちょるわい! 今行く!」
さっちゃんの声が上の方で聞こえ、俺たちは階段を上がっていく。
どちらにしろ先へ進まねばならない……。先行したという”侵入者”が気になるが、さっちゃんと爺さんがいると、充分以上に過剰戦力と思えるから不思議だ。
「はは、俺だけ役に立たねぇなぁ、おい……」
そして、3階へ……。
遅くなりました、ようやくさっちゃんに服を着せることが出来ました。そしてやっとこさ始まりの場所の3階へ……。最終話の草稿自体は、ほぼ出来ているので、そこまで上手く繋げるのと、調整が今後の課題。まずはこのシリーズを最後まで書き上げたいところです。




